大洗女子学園との練習試合の2日後、西は学園艦内の内線電話を取っていた。
「分かった。では13時に局長室でいいか?」
「かしこまりました。お忙しいところ恐れ入りますが、宜しくお願いします」
西は総務局長室の内線に連絡をし、前隊長である辻に面談の約束を取り付けたのだった。
余談ではあるが、知波単の学園運営は一般的な生徒会を軸とした運営形態はとっておらず、学園長の直轄組織として、人事局、総務局、経理局、医務局、教育局、調度局、船務曲、艦政局といった局が連なる形が取られ、運営の意思決定は各局長の局長会議を以て行われている。
その中で総務局は戦車隊の代表者が局長を務めるのが伝統となっており、隊長の座からは退いたものの依然前隊長である辻が局長の任に就いていた。
総務局の所掌事務は「庶務・制規」が主で、他戦車道に関わるところの大半を担っていたのだが、学園艦の運航や整備等を担う艦政局、学園艦内の規律や庶務を担う船務局のいわゆる「海局」とそれ以外の「陸局」との対立はもはや伝統の域に達しており、特に総務局と船務局との確執は溝を埋めようがない状態であった。
さらに言えば、特に辻は独断で進めることが多いため各局からはかなり嫌われており、独断で新型戦車を投入しようとしたものの、経理局や調度局などの他局から猛反発を食らい断念せざるを得なかったということもあった。
そして辻自身も戦車隊の隊長よりかは総務局長として辣腕を振るう方が性に合っているようで、明らかに隊長職よりも総務局長としての任務に重きを置いていた感があった。
もっとも、これは辻の代に限った話ではなく、隊長は必ず総務局長を兼任する決まりがあるわけではないのだが、総務局長が実質戦車道の運営の主体者である以上、隊長は総務局長を兼ねるべきとの暗黙の了解があった。
実際問題として、戦車隊の隊長が総務局長を兼ねることはかなり無理があって、西が知波単の戦車道の変革を進めるつもりなら、こういったあたりの見直しも必要となる可能性が高いが、それはまだ西の考えが及ぶところではない。
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「局長、西であります!」
「入れ」
西が12時59分30秒に局長室のドアをノックした。
「失礼します」
辻が西に席を促し、西も着席した。
「大洗との試合は大変だったようだな」
「はい。目を覆わんばかりの惨敗でしたが・・・非常に得るものも多くございました」
「練習試合の報告だけなら報告書を出しておけばよいものを」
「いえ、直接お話したいことがあってお時間を頂きました」
辻は、西の生真面目さがそのようにしたと思っていたが、西は報告とは違う決意を秘めていた。
「さっそく聞こう」
「はい。私は・・・今の知波単の突撃を変えようと思っています・・・」
言葉の切り出しに少し迷いはあったが西は一気に言い切った。
「うむ。そのことには異論はないが、何をどうするかは定まっているのか?」
「はい・・・そのためには・・・これまでの突撃を否定するところから始めないといけません」
「・・・!!!」
「否定とは穏やかではないな・・・どういうことだ?」
一瞬たじろいだが、辻は務めて冷静を装って言った。
「はい・・・これまでの突撃には・・・何も背負ったものがございませんでした。言うなれば自己満足のために行っていたようなものです」
知波単の伝統を、先人の思いを背負った自負のあった辻にとっては、さすがにこの言葉は聞き捨て出来ないものであった。
「貴様!・・・立場を分かっているのか!? 確かに貴様自身が後悔することのないようにとは言った。しかし、私を・・・伝統を蔑むような発言は許せんぞ!!」
辻の怒りは当然西も予想したものだった。
前もって用意していた質問を辻にぶつける。
「では・・・辻隊長はどのような思いで突撃されていたのでしょうか?」
「知れたこと。”必勝の信念堅く、規則至厳にして攻撃精神充溢せる戦車隊は、よく物質的威力を凌駕する”ということだ。物質面での圧倒的な不利を克服するのは無限の精神力しかない。そして、そうすることが先人への手向けであり、伝統を守るということだ」
「これのどこに・・・否定の余地がある!!」
「では・・・先人はどのような思いで突撃をしていたのでしょうか?」
「大和民族として・・・国民の一縷の望みを背負っている以上、相手が誰であろうと逃げることは許されない!! せめて・・・名を貶めぬよう潔く突撃し散華するということではないのか!!」
「本当にそう思っていたのでしょうか?」
「なんだと!!」
「兵達は国や家族をなんとか守ろう、防波堤たらんとして最後の最後まで諦めずに戦おうとしていたはずです。そして、銃後は無事と武運を祈り、国の勝利を信じ、一縷の望みを託していたはずです。散華することは誰も望んでいなかったことではないでしょうか」
「・・・!!!」
辻も聡明な人物ではある。西が何を言わんとしているかは、なんとなくでも理解は出来たものの、しかし自身が否定されて燃え上がった怒りをそれで沈められるほど大人ではなかった。
「ええい! うるさい!! 貴様、大学選抜との試合で戦果が挙がったからといっていい気になるなよ!!」
「いい気になぞなってはいません! むしろあの一戦で私の苦悩は深まるばかりでした。指揮官が違うだけであれだけ戦果が異なるわけですから・・・」
「・・・」
確かに西の言う通りである。隊長としてその差を見せつけられた思いは如何ほどであったか・・・辻もようやく怒りを納めることが出来た。
「もうよい、貴様に話すことはもうない」
「かしこまりました」
「いや、あと一つ。来月にはあじさい会(あじさいは習志野のシンボルの花で知波単のOG会のこと)との会合があるが、その場でも同じことを言うのか?」
「教練を見に来るわけでもない先輩方に一々言う必要もないことでしょう。私自身突撃を捨てるつもりはないですし」
「では、なぜ私には言ってきたのだ?」
「・・・言うなれば私自身の決意表明なんでしょうが・・・ただ辻隊長にはお伝えしないといけないと思っていました。そして・・・私自身辻隊長が苦しんでおられるのを副隊長として支えられなかった後悔があります。先ほど否定すると言いましたが、私が辻隊長の薫陶を受けてここまで来られたことには変わりありません」
「私自身が為すべきことを達成できた時、辻隊長の教えが間違っていなかったことを証明出来るものだとも思っています」
西は真っ直ぐに辻を見ながら言った。
「・・・」
「もうよい、下がってよい」
「かしこまりました。失礼します」
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「ふーー・・・」
西が出ていき1人となった局長室で、辻は大きなため息をついた。
「(あんな物言いをする奴だったか? 生真面目だがおどおどしてなかなか自分の考えを言えなかった奴が・・・一方で必要ないと切って捨てることもいとわない・・・)」
「(試合に勝つとは・・・それほど人を変えるものなのか・・・)」
辻は西の苦悩を思うとともに、羨ましくも思った。
同じころ西も歩きながら大きなため息をついていた。
「(これで後は前に進むのみだ。あとは・・・)」
本日の戦車道の教練は16時からであったが、昨日学園艦への帰途で玉田らから少し思い詰めた感じで”学園艦に戻ったらお話ししたいことがあります”と言われていた。
その約束は15時からを予定している。
「(悪い話じゃなければいいのだが・・・)」
そう思いつつ、西は教練の準備を再開した。