人中の呂布   作:UNIGHT

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 見てくださってありがとうございます。今回、はじめて一万文字超えました。
 




蒼の薔薇

 

 夜が明けた。まだ薄く太陽のひかりが差し込む程度だ。それでも、店の準備や荷物の運搬などで人が動き始めている。

 

 黄金の輝き亭の一室。

 アルシェが泊まっている部屋の前に呂布と、神官であるロバーデイクがいた。

 昨夜、神官ということもあったのか、酒を慎んだロバーデイクはいつも通り早起きをしていた。そこで鍛錬を終え、戻ってきた呂布と鉢合わせしたのだ。呂布が王都へ向かうことを聞いた彼は、別れの挨拶を済ませようと、呂布を連れてフォーサイトのメンバーのところへ行った。

 

「アルシェ、いるか?」

 

 ロバーデイクがドアを叩いても反応をしないので、呂布はアルシェの名を呼んだ。

 部屋の中でガタッ、という何かが落ちた音がすると、すこし間をおいて中から返事をする声と、扉に近づいてくる足音が聞こえる。

 小さくガチャリ、と取っ手をひねる音が聞こえ、そして木枠の軋む音すら感じさせず扉があいた。隙間からちょこっ、と顔をだすアルシェは寝癖でも気にしてるのか、頭部を抑えながら扉の前に立っているふたりを見る。

 

「どうしたの?」

 

 ふたりを見て、意外な組み合わせだな、と思いつつアルシェはロバーデイクに尋ねた。

 

「呂布殿は王都へ向かわれるそうだから、あらためて礼を言おうと思ってな」

「……え? ええ。わかった。じゃあ準備するからちょっと待って」

 

 アルシェは何か言いたそうな表情を浮かべながらも、扉を閉めて準備をする。

 少しして彼女は出てきた。

 

「お待たせ」

 

 アルシェは普段の無骨なガントレットや、いくつも縛って固定しておかなきゃいけない革装備ではなく、少女らしいラフな格好に着替えている。そして優雅にひらり、と一回転して部屋の扉を閉める。どう?、とでも言いたそう顔で振り返った。だが思ったような反応はない。

 

「あ、あの人たちは私が呼んでくるから、ふたりは先に下に行ってて」

 

 アルシェはそう言って、やや不満げな顔で残ったひとつの部屋へと向かう。ちょっとぐらい褒めてもいいでしょうが、と書いてあるような顔だった。

 フォーサイトが取った部屋は三つだ。アルシェでひとつ。ロバーデイクでひとつ。そしてヘッケランとイミーナでひとつだ。フォーサイトは普段こんないい宿屋に泊まることもない。だが今回は前日のギガントバジリスク討伐の功もあり、冒険者組合が費用を負担してくれるというのでこのように部屋を取ったのだ。

 

「ヘッケラン、イミーナ、いる?」

 

 アルシェが扉越しに声を掛ける。まだ朝早いこともあって、その声は小さい。特に黄金の輝き亭に泊まる客は、有力な貴族や大商人などの富裕層だ。余計ないさかいは起こしたくない。

 声をかけたが中からの返事がない。困惑していると中からガタンッ、という音が扉の前に立っているアルシェに聞こえた。

 

(はあ、まだ寝てたのね)

 

 さっきの自分と同じように、起きようとして身体を動かし、おもわずベッドの柔らかさにバランスが崩れて落ちたのだと――。

 そう思ったアルシェだったが、中からいっこうに出てくる気配がないことを訝しむ。 

 異常を察したアルシェは魔法を使った。

 

「――<兎の耳>(ラビッツ・イヤー)

 

 アルシェがそう唱えると、さらさらと透き通るような金髪の中から兎の耳が出てきた。それは周囲の音を探知する魔法で、ウサギの耳が頭に生えるエフェクトが特徴だ。

 そしてアルシェは耳を澄まして音を拾う。

 彼女の知覚が扉をすり抜け、最高級の宿屋に相応しい大きな部屋の中へと潜り込んだ。もしかしたら、自分たちの報酬を奪いに侵入者がいるのかもしれない。可能性は低い。だが万が一がある。

 彼女は緊張して気を引き締め、そして――。

 

 

 

 

「……うんっ、だめっ。もう、あなたったら。いま朝なのに……あんっ」

「へへへっ、まだまだだぜ、イミーナ」

「…………」

 

 アルシェはそっと魔法を解いた。

 

「ふう~」

 

 一旦アルシェは大きく息を吐いて、張っていた肩を落とす。

 そして昔聞いた話を思い出す。男の中には戦いの後の興奮を異性で発散させる者もいる、と。

 

(でもあんたら何にもやっとらんだろうがっ!)

 

 ――と心の中でつっこみを入れたアルシェは、なに朝からよろしくやってんだこんちくしょう、というような顔で情事にふける二人を置き、下の階へ向かった。

 エントランスはエ・ランテル最高の名に恥じぬ豪華さだ。こんな時間でも眩しいくらいのシャンデリアが隅々まで照らしていた。まだ朝早いこともあり、いるのは従業員のみ。だがそれはまるで自分たちが貸し切りしているような優越感を覚えさせる。

 

 

「ふたりはまだ寝ているみたい。よっぽど疲れているのね」

 

 下にいた呂布とロバーデイクにそう言った。なにで疲れているかは言わない。

 

「ふむ……。申し訳ない呂布殿」

 

 確かに命の恩人に対しては失礼だった。しかし呂布はそんなことを気にする素振りを見せなかった。彼にはさして興味のないことだったのだ。

 

「まあいい。……お前らには世話になった」

「そんな。私たちも本当にお世話になりました。奉先さんの力はすごいですね」

 

 めずらしく呂布から礼が述べられたことに戸惑いながらも、アルシェは賞賛の意を述べた。ロバーデイクもうなずく。

 

「呂布殿は他の地で生まれたとのこと。その武勇はなんと称されていたのか気になるのです」

 

 ロバーデイクもその力に興味があったようだ。呂布はその問いに、こころなしか嬉しそうに答える。

 

「そうだな……。俺の武芸を称して飛将、あるいは飛将軍」

「おぉ!!」

 

 ロバーデイクは男ゆえの性なのか、そういった二つ名・異名に興奮しているようだ。

 

(たしかに昨日は飛んでたものね~)

 

 アルシェの方は、そういうのにはあまり興味がなさげだった。

 

「……俺の戦場での暴れっぷりから――鬼神」

「おぉ!!」

 

(暴れっぷり。たしかにね。でもどっちかってゆうと脳筋の方が……。いやいや、それはさすがに失礼)

 

 アルシェはどこかの童貞食いの戦士のような異名があたまに浮かんだが、すぐに消した。

 

「……最強の武人として、人中の呂布」

「おぉ!!」

 

(あんたさっきからおぉ、しか言ってないじゃない)

 

 言い終わった呂布はアルシェの方を向いた。その目に映るは、鬼神がはじめてみたか弱い少女としてのアルシェとはまた別の存在だった。

 

「お前の魔法は役に立つ。ワーカーとしての活動に飽きたら、いつでも俺のもとへ来い。退屈させんほどの武にめぐり合わせてやろう」

 

 それは呂布らしい褒め言葉であり、また友愛の証でもあった。

 

「はあ~、だから私はそんなんじゃないってば。もっとさ~何かない?」

 

 アルシェは服の裾を両手で摘まみ、見せつけるように優雅な所作を披露した。それは数多くの上流階級の美女を見てきた、黄金の輝き亭の従業員も見惚れるようなものだった。呂布もそれを見て、深く考えそして口を開いた。

 

「ふふ、玉の肌、花の貌、傾国の色あり、とでも言えばいいのか?」

 

 呂布はからかうようにそう言った。鬼神にはアルシェが背伸びする少女に見えたのだろう。

 

「まあ、五年後に期待というところか。はっはっは」

「もうっ」

 

 アルシェは顔を赤くし、ふてくされていた。そんな彼女のあたまを呂布は無造作にわしゃわしゃと撫でる。

 

 そして別れ、というより再会の約束のようなやり取りを済ました呂布はエ・ランテルの城門を抜け、王都へと続く街道を歩いていた。都市が見えなくなるほど歩き、あたりに誰もいなくなったところで忽然と風がなびく。

 

 風が止むといつのまにか黒いローブを着た魔法詠唱者、ロジャーが呂布の目の前に立っていた。その姿はあたりが緑一色の草原であるため目立っている。呂布もさして驚いてはいないことから、未明あたりにそういう約束でもしていたのだろう。

 

「では向かうか。途中までは魔法で送ろう」

 

 ロジャーはそう言って、呂布のそばにより魔法を発動した。さっきまでいたそこには影も形もなく、ただ風がなびくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはリ・エスティーゼ王国が誇る、王都の冒険者組合。今は、というよりここ一週間ほど、それを支える太い柱がなくなったように空気が沈んでいた。

 店内の最奥に設置されたテーブル。そこは王国が誇るアダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”専用の席だ。特にそこから流れ出る空気は、一線を画すほど沈んでいた。

 

「いい加減、元気だしたら」

 

 目のやり場に困るほど妖艶な忍者装束を着た“蒼の薔薇”のティナが、同じくテーブルに座るイビルアイに声を掛けた。イビルアイは、力なくぐったりと、まるで芋虫のように上半身を這いつくばらせながら顔を向ける。いつものように真紅のローブを纏い、顔にはお馴染みの仮面を着けているが魂でも抜けた様子だ。

 

 それもそのはず。一週間前、下火月<九月>の十日。王都を襲った大災害、“ヤルダバオトの襲撃”で大活躍をした漆黒の英雄モモンが王都を去ったからだった。そしてモモンに恋心を抱いていたこの娘は、それ以来抜け殻のように過ごしていた。

 何か依頼でもあれば、彼女の気も少しぐらい紛れるかもしれないが、残念ながらそんなものはなかった。無論、アダマンタイト級冒険者が必要な事態がそう頻繁に起こっては、今頃王国など影も形もなくなっているのだが。

 

「ももんさま~」

 

 愛しの人を思って呟くイビルアイ。そんな彼女が垂れ流すオーラの濃密さは尋常じゃない。一部のアンデッドが持つ、接触した相手にダメージを与える<負の接触>(ネガティブ・タッチ)でも付与されているかのようなものだった。それを見た他の冒険者から「もしかしたらイビルアイはアンデッドじゃないか」と冗談交じりに言われているほどである。

 

「よしよし。私でよければいつでも慰めようか。いや、慰めさせてください」

「んん~」

 

 イビルアイの気を紛らせようと、ティナはレズビアンのティアの真似をする。そしてイビルアイの頭を撫でながら、ティナは下卑た攻撃を加えようとした。イビルアイもいつもなら抵抗するはずだが、うめきながら身体をくねくねさせるだけだ。それくらい落ち込んでいるのだった。そんな様子なので、ティナもちょっかいをかけるのをやめた。

 

「だから、ついていけばよかったのに」

「ぐぬぬ。そうなんだよな~。でも、いまさら一人で行くのもな。そうだ、蒼の薔薇として行くのは?」

「鬼ボスたちは今日帰ってくる予定」

 

 “蒼の薔薇”のリーダーであるラキュースと、先の襲撃で死亡したティアとガガーランは、復帰のためにいま郊外へ出ている。いち早く失った力を取り戻すために、回復魔法を使えるラキュースがみっちりとしごいているのだ。

 

「でも、行ってどうする。ナーベに勝てる?」

 

 そう。それが問題だった。モモンと連れ添う絶世の美女ナーベ。彼女に美貌において勝てるとは思えない。魔法でも難しい。イビルアイが苦戦した大悪魔の配下、イビルアイはふたりを相手に、ナーベは三人を相手に戦った。

 

「くう~」

「身体もナーベのほうが気持ちよさそう」

 

 ティナはそういって、胸のあたりを持ち上げるようなしぐさを見せる。たしかにナーベの方が肉感的だ。胸、腰、尻、太股すべてがだ。自分も本来ならもっと、とイビルアイは悔しがる。

 

「イビルアイが勝てるとすれば、英雄様がロリコンっていう可能性」

 

 そんなことを言われて悔しいはずだがそれに期待するしかない。しかしそれでは格好がつかない。英雄のとなりに立つは美女、あるいは姫が定番だ。可能性があるとすれば、イビルアイより貴族出身で美女のラキュースの方が高い。しかもモモンはやけにラキュースに興味があるような素振りを見せていた。もしや、という考えが頭をよぎる。

 

 そんなとき、冒険者組合の入り口の扉。(くるる)の軋む音が聞こえた。誰かが入ってきたのだ。もちろん、王都の冒険者組合は他の都市より出入りが多い。ゆえに特に気に留めることはないのだが、他の冒険者たちが入ってきた者を注視する構えを見せていた。 

 それを察した蒼の薔薇。ティナは横目で探り、イビルアイもめんどくさそうに顔を向けた。

 

 

 冒険者組合に入ったその人物に、周囲の視線が集まる。まず目についたのは、鍛えられた肉体とそれを覆う武骨な黒い鎧。蒼の薔薇のガガーランよりも大きく、身長は二メートルを超えるだろう。頭には地に付くほど長い、赤色の羽根飾り。視線を落としていくと、吊り上がった眉に、獰猛な瞳。首もとにはオリハルコンのプレートを掛けている。とても目立つ容貌だ。

 しかしこの場にいたほとんどの者は、その男を知らなかった。オリハルコンなら話が広まってもおかしくはない。アダマンタイトには劣るがそれでも有数の実力者だ。ただ、彼らが知らないのも仕方ない。男がオリハルコンになってから、三日と経っていないのだ。知っているのは情報を手に入れることに特化した者や、伝言(メッセージ)などを使って情報が伝わった組合関係者ぐらいだった。

 

 多くの者が男を見定めようと目を向ける。見えない何かに押しつぶされそうなそれだが、男は構うことなく受付へ向かった。一歩一歩、その男が足を運ぶにつれ床が軋む。いつもなら、掻き消えるその音がやけに大きく聞こえていた。

 そして受付嬢の前に立つ。王都らしく、華やかで美人な女性だ。毎日ティアの欲望にまみれた視線に晒されているためか、彼女の胆力は強い。座ったままの彼女は首が痛くなるのを我慢して男を見上げ、室内の異様な空気を察してか口内に溜まった唾液を呑み込む。 視界の端に映る冒険者から、色んな感情の込められた視線が彼女にも向けられていた。「がんばれ」「気の毒に……」など。おおむね激励・同情の言葉が込められているようだった。

 

「モモンはどこにいる?」

 

 男のその言葉に受付嬢はほっとした。予想外の用件ではなく、ここ最近ですっかり慣れている要望だったからだ。先の“ヤルダバオトの襲撃”で大活躍したモモンに会いたがる者は多い。他の都市からも一目見ようと集まってくるほどだ。冒険者は当然として貴族、商人でも面会を求めてくる。

 

「申し訳ありません。モモン様はもうここにはおられません」

 

 受付嬢は何度もやって体に染みついたお辞儀をする。それら一部始終を、その場にいた冒険者たちは見ていた。金級以下の者たちは、オリハルコンのプレートを掛ける男に憧憬の念を。ミスリルからは、次のランクに立つものとしてより一層の憧憬、そして情熱を。同格のオリハルコンからは、新たなライバルかと期待の眼が向けられる。

 そしてアダマンタイト級のふたり。ティナはその男の情報を知ってそうな素振りを見せる、ひとつとばした席に座るオリハルコンの情報屋に手話で合図をする。その情報屋との手話を介した壮絶な交渉の末、ティナは男の正体を知る。普段クールで表情の変わらない彼女。その細くキリッとした眉が、驚きで一瞬動くのをイビルアイは逃さなかった。

 

「ティナ?」

 

 イビルアイの呼びかけに答えることもなく、ティナは顔を寄せて小声でいま得た情報を伝えた。

 

「あの男、エ・ランテルでギガントバジリスクを倒したらしい」

「ほお」

 

 イビルアイから興味と感嘆の入り混じった声が漏れ、仮面越しではあるものの、男を見る目の色が変わったような気がした。

 

「それで名前は?」

「りょ――ふ? 呂布っていうらしい」

「ふむ」

 

 イビルアイは深く考えているようだった。呂布の成しえたギガントバジリスクの討伐。それはアダマンタイト級でも難しい。それは蒼の薔薇で近接戦を受け持つガガーランも、死を覚悟しなければならないほどだ。難度百五十を誇るイビルアイからしても、手を抜くわけにはいかない存在でもあった。

 

 

「そうか……モモンはいないのか。戦ってみたかったのだがな」

 

 受付嬢からモモンが不在だと聞かされた呂布。その口からは失望の気持ちがこぼれていた。だが「モモンと戦ってみたい」。この言葉はその室内で様々な波紋をよんだ。

 

「おいおい、あんた。いくらなんでもモモンさんと戦うのは無謀だぜ」

 

 さっきティナが情報を仕入れたオリハルコンの冒険者が、まるで呂布を挑発するかのような口調で言い放った。その物言いは呂布の性格を知っていて、そして自身の目で実力をみたいというのが含まれていた。

 呂布は振り返り、その者がアダマンタイトのプレートでないことを確認した。

 

「たしかに、そのモモンというやつは強いらしい。だがお前程度が、俺と奴の実力差などわかるはずもない。もちろん、俺の方が強いがな」

「貴様っ……」

 

 同じオリハルコンのはずなのに舐められたことを受けて、その冒険者は怒ったようで呂布へと近づいていく。まわりは巻き込まれないよう、少しずつ避難しはじめる。

 だが最も近くにいた受付嬢は、仕事ということもあり動かない。いや、実は誰も気づいていないが、両者の空気に思わず腰が抜けて動けなかったのだ。しかしそれを知らない冒険者からは「凄い胆力だ~」と声が挙がる。(動けないよお~助けてぇ)というような受付嬢の気持ちを無視して睨みあうふたり。

 

 オリハルコン同士が争えば、目も当てられないほど被害がでる。

 しかし、両者の間の剣呑な雰囲気。それを切り裂くような低い声が室内に響いた。

 

「ギガントバジリスクを討伐したぐらいで、いい気になっているようだな」

 

 それは奥の席。蒼の薔薇が誇る、極大級魔法詠唱者イビルアイの放った言葉。睨みあう両者に有無を言わさず近づいていく。呂布のもとまで来たイビルアイ。二メートルを超える呂布と比べれば小さすぎるが、その態度は呂布に匹敵するほど大きかった。

 

「モモン様はお前が想像しているより、その何倍もいや何十倍も強い。手合わせぐらいなら、寛大な心をお持ちのあの方だ、受け入れてくださるだろう。それぐらいにしておけ」

 

 イビルアイの言葉に呂布は黙る。その首にかけるはアダマンタイトのプレート。それが彼の目に映ったのだ。

 

「強ければ、強いほどいい。それを乗り越えてこそ、最強というものに価値がある」

「ふふ、(たぎ)っているのか?」

 

 イビルアイはわずかな笑みを浮かべる。呂布ぐらいしか気づかないほどの微笑だった。呂布とイビルアイの両者は目を合わせる。お互いはまったくそのつもりはないが、まわりからは一触即発のようにも見えた。

 その時、呂布の肩を銀色のガントレットが叩いた。

 

「呂布。やめておけ。ここで争ってもなにも益はない」

 

 そう言われ呂布は振り返る。そこにいたのは黒いローブからガントレットをのぞかす者。衆人の目が注目していた中で、まるで幽霊のように突然現れた。

 それは呂布とともに王都へ来ていたロジャーであった。他の冒険者はまったくその存在に気づけなかった。忍者として索敵に優れているティナも、感知できなかったことを悔しがっているようだ。皆の目がロジャーへと移ろうとする中、さらなる来客が訪れた。

 

「お前ら、何やってんだ?」

「ひさしぶりに帰ったらこの始末」

「ちょっと、どうしたの?」

 

 蒼の薔薇の三人、ガガーラン、ティア、ラキュース。特に前二人の鎧・装備にはたくさんの傷が付いていることから、壮絶な修行だったのだと推察できる。修行から帰ってきた彼女たちは、イビルアイとそれに対峙する大男を見て、なんか揉め事でもあったのかと思う。

 

「あいつでけえなあ」

「うん。ガガーランに青い血が流れてるなら、あっちは緑」

「もう何言ってるの。……ん?」

 

 ティアの冗談を頭をポンッと叩き、たしなめたラキュース。ラキュースに触れられ「むふふ」と修行の成果だろうか、ティアも平常に戻っていた。それを無視し、ラキュースは何かに気づいたように小首をかしげる。その目がロジャーへと、いや正確にいうなら彼の顔に付けた眼帯。それに吸い込まれていた。

 

「あー!! あなた!!」

「むむ……」

 

 ロジャーの付けている眼帯。それはだいぶ前のこと。彼女がカッツェ平野でひとりになった時に、まわりに誰もいないことを確認して着用していたものだった。目を負傷し、あたりを敵に囲まれ四面楚歌のなか、霧の中で奮闘する英雄。それを模して行う彼女だった。

 戦闘後、眼帯のカッコよさに魅入られ、何か理由をつけて日常でも着用しようかな、と思ったラキュース。その油断していた隙に、霧の中を徘徊していたロジャーに盗られたのだった。

 

(この人、アンデッドでしょ。なんでここにいるの)

 

 アンデッドにもいい人がいることは、彼女自身よくわかっていた。蒼の薔薇のイビルアイがそうだ。長年付き添い、今では信頼のおける仲間である。だが、闇雲に受け入れられるものでもない。

 

(こんなところで暴れられたらまずい)

 

 物的な被害だけではない。王国民の、先の襲撃で受けたこころの傷はまだ癒えていない。そんな状況で不用意に戦端は開けなかった。そんなラキュースの焦りも知らず、イビルアイは呂布へと告げる。

 

「ちょうど仲間が帰ってきたようだ。かれらの復帰も兼ねて、その滾り、私が鎮めてやろうか?」

「ふふ、いいだろう。アダマンタイトの実力とやらを見ておきたい」

「決まりだな。お前たち!! 準備をしろ。久しぶりの大物だ」

 

 イビルアイがやけに好戦的なのを見てティア、ティナは手話で会話する。

 

「ふんっ」   (なんぞ、これ?)

「ふんっ、ふん」(モモンに会えないからって憂さ晴らししてる)

「ふん、ふんっ」(困ったおチビちゃん)

 

 イビルアイの言葉を受け、ラキュースは一歩前にでる。

 

「分かったわ。では組合の闘技場を借りましょう。ただ危険が伴うので、観客はなしでお願いします。では行きましょう」

「修行の成果を試してみてえぜ」

「ボスがいうなら」

「りょーかい」

 

 こうして呂布たちは、アダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇と一戦交えることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 豪華な部屋。

 だが王族が執務にあたるには少し小さく思える。しかし、唯一置かれた椅子に座る幼い少女のことを思うと、それで十分のような気もしてくる。

 

「では、任せたぞ」

「はっ! 陛下、お任せください」

 

 一人の兵士がその女王の天真爛漫な声を受け、任務へと出立する。そして立ち上がり、颯爽と部屋を出る。

 

「はあ~」

 

 足音が遠くへと行くのを感じたその部屋の主人は、人が変わったようなため息を見せる。まるでおっさんが温泉に浸かったときに吐露する声のようだ。

 

「この姿は疲れるのお~」

「お疲れ様です陛下」

 

 それは竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルス。今現在、ビーストマンの軍勢に襲われるこの国の頂点に君臨する者である。傍らに立つ宰相も彼女を気遣う。

 

 ビーストマンの襲来は、絶望的な戦いであった。もともとの人とビーストマンのスペックの違いに加え、例年の法国からの援軍はない。加勢を求めた帝国も、検討すると言って使者を追い返す始末。今は王国へ向かっているが、悪魔騒動や会戦で忙しいため援軍が来るかは不明だ。唯一の頼みの綱であるアダマンタイト級パーティーのリーダーはロリコンという状況だった。

 しかし、最近戦況が好転、とまではいかないが膠着状態には持ち込めた。

 

「今日の面会はあの兵士で最後だったか?」

「いえ、実はあの娘が前線から帰ってきているようです」

 

 そのとき、部屋の前に立つ衛兵より来客が来たとの声が掛かる。

 

「噂をすれば。通しなさい」

 

 衛兵の返事とともに執務室の扉が開かれる。

 そこから一人の娘が現れた。

 透き通るようなショートカットの銀髪はサラサラと揺れ、それをティアラのように包み込む兜には、短い赤色の羽根がつき立っている。見惚れるほどの美女だ。鍛えられ、それでいて女性としての魅力も健在な四肢も併せ持つ。姫と言われてもおかしくはない。いや戦場での彼女の活躍からして、戦姫と呼ぶがふさわしかろう。

 

「陛下、ただいま戻りました」

 

 見た目通りの凛々しく、頼もしい声が聞こえる。ドラウディロンも席を立って彼女を歓迎する。

 

「そなたの働きは聞いておるぞ。れーき殿。軍中随一と言ってよい働きぶりじゃ」

「ありがとうございます。陛下」

 

 女王がれーきと呼ぶ彼女が、この竜王国に加わり戦局は変わった。彼女の振るう十字戟という得物。通常の戟のもう一端にも刃をつけ、それを二本結合させたものだ。それは忍者のもつ手裏剣を思わせる。切り離すことも可能となっており、扱いが非常に難しい。しかしそれをこの娘は使いこなしていた。そんな彼女の働きで竜王国は首の皮一枚つながったといってもいい。

 

「そなたは武勇もさることながら、とても美しいのじゃ。『一度振り向けば城が傾き、二度振り向けば国が傾く』とでも言うのかのお」

 

 ドラウディロンはその娘をそう称した。実際ビーストマンの攻撃で傾いているのは竜王国である。

 

「お戯れを。陛下」

 

 女王の賞賛を込めたその言葉をその娘は軽く受け流す。

 

「流浪していた私を、陛下が迎え入れてくれたおかげでいまの私はあるのです。このご恩、戦働きにて返させていただきます」

「はっはっはっ! 根っからの武人じゃな。そなたが“鬼神のむすめ”というのも嘘ではないようじゃっ」

 

 ドラウディロンは思わず自分の形態を忘れるほど大笑いした。

 その時の女王の思っている鬼神というのはあくまで空想上のものだ。まさか実際にそんな存在がいるとは思っていなかった。

 

「ふむ。期待しておるぞ」

「では行ってまいります」

 

 女王の激励を受け、出ていくその女。

 彼女の名は 呂玲綺――鬼神、呂布の娘である。

 

 

 

 

 

 






擬音が多いかなあ。あと執筆中にティアとティナ間違えてたのでおかしいところや無理やりなところがあるかもしれません。

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