そこは組合の保有する闘技場。
円形の、まるでコロシアムのようなところだ。帝国の保有する闘技場と比べると小さいが、百人ぐらいなら軽く入れる広さだ。いつもなら新人冒険者の訓練や、非番の兵士が鍛えているところだが今は八人しかいない。
「皆様、こちらでございます」
美人な受付嬢が蒼の薔薇、そして呂布、ロジャーを案内した。
「案内してくれてありがとう」
ラキュースが彼女に礼を言った。
「その……ラキュース様。なるべく壊さないようにしてください」
受付嬢の忠告にラキュースは苦笑いで返した。
よく見ると、その闘技場の壁のいたるところに修繕の跡がある。それは悪魔騒動後の鍛錬のせいだった。
この闘技場は頑丈だ。だがアダマンタイト級冒険者の全力の一撃を受けることなど想定していない。悪魔騒動後、久しぶりに初心に帰ったガガーラン、ティアにつられて、蒼の薔薇もここを利用するようになった。そしてガガーランやラキュースの新技の余波で壊れることが多くなったのだ。そのせいで、半ば追い出される形で外へでていたラキュースたちだった。
受付嬢が出ていくのを確認した一行。
闘技場に入った蒼の薔薇は話し合い、イビルアイと残りの四人の二チームに別れる。
「どうする呂布?」
ロジャーが呂布のもとへ行き、尋ねた。
「ふん。俺が全員相手をしてもいいが」
「ははは、まあ待て。わたしにも獲物をくれよ」
「ならばどちらをとる?」
呂布からの問いにしばし考えるロジャー。
「そうだな……。あの仮面を付けた魔法詠唱者。あいつには少し興味がある」
ロジャーの視線の先。そこには小柄な魔法詠唱者、イビルアイがいた。二人の視線を受けてコクリ、と首をかしげるその姿は年相応で可愛らしい。だが、両者にそんな感情はなかった。
「まあいい。複数人との戦闘は久しぶりだからな。ここらで勘を取り戻しておこう。それとお前の戦闘も見ておきたい」
「ふふ、鬼神に目を付けられんよう、控えめに戦おうか」
両者は別れ、それぞれの相手の前に立つ。仮面を付けたイビルアイの前にロジャーが立った。
「ほお。お前がくるか。てっきりあっちの方だと思ったんだがな」
イビルアイは仮面越しに呂布の方を見る。
「ふふ、わたしのわがままだ。それと少しお前に興味があってな」
「はっ、私も人気者になったようだ。それとも、私の魅力にとりつかれたか?」
さっきのナーベの話もあったのだろう。イビルアイは半分自虐的にそういった。
四人の前には呂布が立つ。呂布はまだ力を発揮していないが、前衛として受け止める役割をもつガガーランは冷や汗を流していた。
「おいおい、こいつホントにオリハルコンか? あの虫女なんて比じゃねーぞ」
「それマジ?」
先の悪魔騒動での敵を思い出すガガーラン。同時に殺されたティアも驚く。ガガーランの呟きに気を引き締める蒼の薔薇。
そして火ぶたが切って落とされた。
「では、行きますっ!!」
ラキュースがかけ声と同時に、魔剣キリネイラムを地面に突き立てる。そして前に立つ仲間に支援魔法が掛けられた。
「うっしゃぁっ!! いくぜ!」
支援魔法を受けたガガーランがその巨体に似合わないほどの俊敏さで、呂布へと突撃する。同時にガガーランの横。両側に展開した忍者姉妹からくないの投擲が行われた。
三方向からの攻撃。どう対処するか見極めるための攻撃だ。
「ふんっ!」
呂布は方天画戟を横薙ぎに振るった。その風圧でくないは落とされる。ガガーランも勢いを削がれるが、気力で立ち向かう。
「うおらあぁっ!!」
ガガーランの巨大な刺突戦鎚による打撃。常人では到底受けきれないそれを呂布は受け止める。だが受け止められることを予見していたのだろう。ガガーランも間断なく攻め立てる。
連続攻撃。嵐のようなそれに加え、姉妹からの忍術。そしてラキュースからの魔法。猛烈な攻撃による余波で、あたりが砂煙で見えなくなっても手を緩めることはない。そして最後の一撃。ガガーランは素早く身を引き、それの代わりにラキュースが入ってきた。
出し惜しみはしない、という認識だ。
「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」
ありったけの魔力を注ぎ込んだその一撃。悪魔騒動のときは周囲の低級の悪魔を倒すため、威力を弱め広範囲を薙ぐようにした。だが今回の相手は呂布一人。すべての力が彼に注がれた。
衝突の瞬間、超巨大な漆黒の爆発が起きる。蒼の薔薇も見たことのないような威力だった。闘技場どころか、周囲の建物も揺れる。まるで地震でもおきたかのようだった。
決まった、というような恍惚の表情を浮かべたラキュース。だがすぐにしまったというような顔をする。あたりをみれば、それまで修繕していた箇所はもとより、頑丈に作られている柱にまで傷が付いている。戦う前に受付嬢から言われた言葉を思い出していた。
一旦距離を置き砂煙が晴れるのを待つ蒼の薔薇。
「やり過ぎ」
「さすが鬼ボス、容赦ない」
「だって、ガガーランがあんなに本気だったから」
ラキュースがそういうと、忍者姉妹もガガーランの方を向いた。ガガーランのその目は呂布のいる煙の中を凝視していた。三人の軽口に何も言わずただ見ていた。ガガーランは前衛として生存本能を刺激され、呂布に対し手を緩めるということが出来なかったのだ。
「死んでたらどうする?」
「そ、それは蘇生すればいいんじゃないかしら。はは……」
最悪蘇生させればいい、というお転婆な考えをもつラキュースだった。
砂煙が薄くなる。目を凝らすガガーランはその中で人影を見つけたようだ。
「やっぱり、生きていたか。肌に突き刺さる恐怖ってやつが、消えなかったからな」
そして煙の中から声が聞こえる。思わず身体が震えた。そして――。
「次は俺の番だ。行くぞっ!!」
第二ラウンドが始まった。
「あっちは始まったようだ。私たちも始めようか」
イビルアイのその声を受け、先手を打ってロジャーは魔法を放つ。
「では、《マジック・アロー/魔法の矢》」
そう呟くとともに、六個の光球が彼の背後に現れた。それにより並の魔法詠唱者ではないことがそれで分かった。
「おぉ!! それほどの腕前か。自信があるのも頷ける」
イビルアイはそれをみて驚く。称賛。だがその言葉には余裕があった。肉体能力や魔法を使い光球を避けるイビルアイ。次はこっちの番だ、とでも言うように魔法を使う。
「《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》」
イビルアイのもとに現われた、鋭利な刃を持つ短剣。それはロジャーに狙いを定め一直線に飛ぶ。
(む、水晶系か。めずらしいな)
ロジャーも魔法を発動させてそれを打ち消す。それらを繰り返していく両者。イビルアイも久々の好敵手を前にして気分がよい。
「この私を前にしてやるじゃないか。ふふ……」
そして不敵な笑みを浮かべたイビルアイ。
「餞別だ。受け取れ!!
防御突破を込めた魔法。そして――。
「
それは第四位階に属する魔法。同時にイビルアイが苦楽を共にし、長年使い続けていた魔法である。
「――くっ!?」
それはロジャーの身体に深々と突き刺さった。同時に彼の顔の幻影も消え、アンデッドである姿があらわれる。
(やはり、ラキュースの言っていることは本当か。こいつはアンデッド、それもリッチを超えるレベルか……)
正体がばれて、どう反応するか見物するイビルアイ。だが思いもよらぬ言葉が掛けられた。
「――小柄な少女。似つかわしくない尊大な態度。水晶系のエレメンタリスト。すぐいい気になる癖。はは。こうも的確だと逆に怪しいね」
「?」
疑問符を浮かべるイビルアイ。どうみても相手の様子がおかしい。そう思った次の瞬間、決定的な一言が述べられた。
「イビルアイと言ったか。ふむ……“キーノ”という名に聞き覚えは?」
「……何だと!?」
そこはナザリック地下大墳墓第五階層。絶対凍土の地。
その主である凍河の支配者コキュートスは、日課である鍛錬に精を出していた。
「ハアッ! フンッ!」
手にするは神器級の武器。彼の創造主である武人建御雷より下賜されたものだ。コキュートスは、この世界に来てより鍛錬は欠かさない。このナザリックの防衛の要であるためだ。最近はリザードマンをはじめとした湖の種族をナザリックに恭順させる仕事についている。だがやはり、自らの武をもって尽くしたいというのが本音だった。
その気持ちを刃に載せて振るっていた。
「コキュートス殿、いまよろしいか?」
突然、コキュートスのあたまの中に聞きなれない声が響いた。だがすぐに記憶を探り、返事をする。
「パンドラズ・アクター……カ? 珍シイナ。拙者ニ何用ダ?」
相手は宝物殿の守護者パンドラズ・アクターだった。アルベドたちとともに、一度顔合わせしたぐらいで、それ以来会話はしていない。ゆえに意外な様子で返事をした。
「至急、宝物殿に来ていただきたく。すでにアインズ様より許可は取っております」
彼からの急な用件に戸惑うコキュートス。だがアインズより許可が出ているのでなにか重大なことだろうと思ったのだろう。
「分カッタ。ナラバ第八階層マデ降リタ方ガ良イカ?」
「いえ、これから私が向かいます」
そう言うやいなや、コキュートスの目の前にパンドラズ・アクターが現れ、ともに宝物殿へ向かった。
「シテ、何カアッタノカ?」
コキュートスの問いに答えることなく、パンドラズ・アクターは宝物殿の入り口に設置されたテーブルに向かう。
その上には白い布がかぶされた何かが置かれていた。そのテーブルの横に立ったパンドラズ・アクター。
「これが、あなたを呼んだ理由です」
パンドラズ・アクターはそう言うと、その覆い被さっていた布をはぎとった。
「オォ!! コレハッ!!」
コキュートスが驚きで目を見開く。
それは一振りの刀であった。
彼の創造主、武人建御雷が最後に製作したもの。刃をしまう鞘はなく、持ったが最後、相手を倒すかあるいは自らが倒れるまで戦うという決意があった。それは武人建御雷が、ワールドチャンピオンであるたっち・みーをただ倒すためだけに打った刀だった。
だが、たっち・みーがナザリックに顔を出さなくなったことで、一度も使われることなく宝物殿の最奥にしまわれていたものだ。
その刀がなぜここに、という疑問をパンドラズ・アクターに投げかけるよりも早く、彼から声が掛かった。
「お感じになりませんか? コキュートス殿」
「ムムッ!?」
言葉の意味を瞬時に理解したコキュートス。その刀の前に跪き、顔を近づける。
(……コキュー……武を……頂……)
「建御雷様ッ!? コレハ、建御雷様ノ声デハナイカ!!」
聞き間違うはずはない。その刀から出ていたのは武人建御雷の声だった。
「やはりそうでしたか」
「コレハ、ドウイウコトダ!?」
コキュートスが必死な顔でパンドラズ・アクターを見る。
「私がいつもどおり、宝物殿のアイテムを整理していたときのこと……」
パンドラズ・アクターの長いくだりを話半分に、コキュートスはその刀に目をやる。その刀身に魅入られたのか、彼の腕が自然に引き寄せられる。刀を手に取ったコキュートス。それにより、刀から発せられていた、かすれ気味だった声がはっきりと聞こえるようになった。
「…………」
目を閉じ、その声を聴くコキュートス。一言も逃さず、魂に刻む思いで聴いていた。
(……ワカリマシタ。ソレガ御方ノ望ミトアラバ)
ある決意を胸にコキュートスは目を開く。
「パンドラズ・アクター。コノ刀ハ、某ガ持ッテオク」
「であるからして――分かりました。ふふ、滾っておられるのですね」
パンドラズ・アクターから反対されるかと思ったが、すんなりと受け入れられた。そしてコキュートスは居城である第五階層へ戻る。その刀は神器級すら超越する力を秘めるものだ。
「名ハ、ソウダナ……“俱利伽羅剣”」
コキュートスは自身のスキルでもある剣の名を与えた。それは人の煩悩や因縁を断ち切る降魔の剣。創造主の切望を、これで果たすという決意があった。
“俱利伽羅剣”を手に鍛錬を行うコキュートス。それは武人建御雷のスキル構成を参照して作られたため、コキュートスには合わない能力もあった。だが、創造主のことを思い一心不乱に振るうコキュートス。
「ハアッ、ハアッ。武ノ頂ハ遠イ。果タシテ、良イ相手ハ何処カニイナイモノカ……」
荒れ狂う猛吹雪の中、コキュートスの呟きが聞こえた。
コキュ「良イ相手ハ何処カニ、イナイモノカ……」
???「ふん。だれか呼んだか?」
???「面白そうでありんす」