竜王国へ
「強いわ……ね。……グフッ!」
陥没した地面や爆発で焼け焦げた壁。呂布と蒼の薔薇の戦いは壮絶なものだった。だが、それもまもなく終わる。
魔剣キリネイラムを地面に突き立て、それを支えとしてどうにか立っていたラキュース。だがその顔には疲労の色がにじみ出ている。肩で息をしているような状態だ。立っているのがやっとなのだろう。
対するは呂布。彼女たちの猛攻を受けたはずではあるが、しかし目立った傷は見受けられない。それに絶望するラキュースは呂布を警戒しながらも、まわりに倒れている仲間を視界の端に捕らえる。
まるでぼろ雑巾のように地面に突っ伏している彼女たち。もちろん死んではいない。鎧などの傷に比べれば軽微な損傷だ。顔などは土などで汚れてはいるものの、外傷はない。
ラキュースはリーダーとして最後まで立ち続けているがもう限界だった。気力も尽き、膝から崩れ落ちるようにして彼女は倒れた。
「連携はさすが、アダマンタイトというべきか。だが俺を満足させるには足りんな」
倒れる彼女たちを見てそう評価した呂布。その目はもうひとつの戦いへと移った。イビルアイとロジャーの戦いだ。
いっぽうそのふたりは戦いを休止し話をしていた。どうも和やかな雰囲気だ。
「……それで、お前も十三英雄と共に旅をしたのか?」
イビルアイはそう言った。話をすれば、ロジャーも十三英雄と旅をしたというではないか。
「そうだね。君が抜けたあとに少し連れ添った感じかな。リーダーから君のことを聞いたのを思い出すよ。はははっ」
昔のことだ、と小さくつぶやくイビルアイはどこか照れくさそうだった。合点がいった様子な両者。そんな懐かしい昔話もほどほどに、別の話題へと移った。
「あの男は“ぷれいやー”か?」
イビルアイはこくりと顎を上げ、呂布を指し示す。やはり彼らにとっての関心事はそれだった。
「うーん、違うようだ。ぷれいやーは一般的に、外見と似つかわしくない言動をするのは知っているよね」
ユグドラシルのプレイヤーは例外なく強力な力を持つ。それはイビルアイもまじかで見て思い知っている。しかし、それとはちぐはぐなほど物腰が低かったり、どぎまぎしたりするのだ。
「彼らとは違う風格をあの男は持っている。また、主人への過度な執着を見せるえぬぴーしーでもない」
そう言ったロジャーは大きく息を吐き、イビルアイへ問うた。
「君からみて、あの男の強さはどうだ?」
そう聞かれたが、彼女は困ったように首をかしげる。
「あの呂布という男の強さはわからん。だが相当な強者なのは確かだ。……ふふ」
イビルアイはそこで自嘲気味に笑った。
「――私も最近は強者ばかりに会うから、感覚も鈍ってきているのやもしれん」
「はははっ。それはご愁傷様」
「はあ~他人事だと思って。お前も、世界の裏を知っている者として、いや――」
彼女はそこで言葉を区切る。そして真剣な声色で続けた。
「――知ってしまった者としての責任は感じないのか?」
いつになく真剣な表情で――仮面で見えないが――発した言葉だ。彼女が十三英雄と別れてからずっと抱いてきた重圧。それを共有できそうな相手に会えたのだ。少しくらい弱音を吐いてもいいのではないだろうか。
「我々ひとりの力ではなにもできんよ。気にしても仕方ない。難しいことは、竜王や法国にでも任せておけばいいのさ」
あっけらかんとそう言ったロジャーにイビルアイは思わず笑ってしまった。
「はははっ。それではまるで、私がバカみたいではないか。ククク……」
腹を抱える勢いで笑うイビルアイにロジャーは驚く。
「何か琴線でも触れたのか? それとも強者ばかりにあっておかしくなったのか?」
「クフフ……。はあ、取り乱してしまったな」
笑いの収まったイビルアイは、倒れている仲間たちを見る。
「はあ、興が冷めたな。私は彼女たちを介抱しよう」
そう言って彼女たちのもとへ向かうイビルアイ。そのときロジャーはふと思いついたように彼女に尋ねた。
「そうだ。君はモモンの力を見たんだろう? 呂布とどっちが強いかな?」
「ふむ……」
手をあごへと持っていき考え込むイビルアイ。
「さっきも言ったように、どちらも私より強いという事ぐらいしか把握できん。ヤルダバオトのように、敵意を向けられたら分かりやすいがな」
あの時は本能が彼女に警鐘を鳴らした。だが今は平時だ。実力差が開いているため、把握はできなかった。
そうして、その日はお開きとなった。
数日後。
「えぇい!! つまらんぞ。どこかに強い相手はいないのか!!」
呂布は組合の酒場でそう言って杯を叩きつける。その音でその室内にいた者たちがびくりと肩を震わせるのが分かる。円形のテーブルに座る彼の隣にはイビルアイがいた。ロジャーが呂布を置いて王都を出たので、彼女が代わりに付いているのだ。
「まあまあ、何事も無い方が気が楽だ。それに呂布。お前が暴れたら建物のひとつやふたつ簡単に崩れてしまう」
笑いながらそう言ったイビルアイだが、その表現は比喩ではない。実際にまだ残っていた奴隷娼館の摘発に参加した呂布の力で地上の建屋が崩落した。
不満げな呂布は追加の酒を一息に飲み干す。
「ふう~。都が荒れれば賊が出てもおかしくないはずだが、なぜこうも穏やかなのだ? 洛陽のときは、残った財宝をめぐって賊が屋敷から井戸まで荒らしまわったと聞いている」
「まあ、民心が王から離れていないということだろう。その洛陽というのも大変だったのか?」
イビルアイはそう聞き返した。呂布のもといた世界に自然と興味が湧いていたのだろう。
後漢末期。洛陽は当時最も栄えた都だった。しかし呂布の主君、董卓が連合軍に追われ金銀財宝を漁った後、火を放ったのだ。そのとき民も一緒に連れていくため、彼らの住居にも火を放って無理やり連れてこさせた。
「都に火を放つ、か」
イビルアイはそうつぶやいた。そこで暮らす民のことを考えれば非道とも言える。だが焦土作戦とでもいうのか。戦略としては必ずしも間違ってはいなかった。
「それで、その後態勢を整えて都を取り返したのか?」
焦土作戦の目的はそれだ。敵に占領地から何も得させず、疲弊したところを反撃し大打撃を与える。それに相手は連合軍というではないか。勢いがあるときは結束するが、いったん士気が低迷すれば、瓦解するのは必然。その董卓がそれを狙っていたのであれば、暴君ではあるが無能ではないと思ったイビルアイ。
「いや、奴は遷都した先で酒池肉林に溺れた。つまらん男よ」
「それは……はは。教科書通りの暴君だな。私も長く生きてきたがそこまで欲望に忠実なやつは知らんぞ。……うん?」
イビルアイが話に興じていたとき、冒険者組合に入ってきたある者が自分のもとへと近づくのを感じ振り返る。その者の服装には竜王国の紋章が刻まれていた。
「竜王国? 私に何の用だ?」
その者にそう聞くイビルアイ。あきらかに尊大な態度ではあるが、それを咎めることはなかった。
「蒼の薔薇とお見受けします。私は竜王国よりの使者であります。どうかご助力を――」
イビルアイに一礼してそう言った使者から、竜王国の現状を聞かされた。
「援軍なら、私よりまずは王国に……ああ」
そこまで言って気づいたイビルアイ。
「……断られたのか」
「……はい」
消え入りそうな声で答えた使者。見るからに落ち込んだ様子である。そんな使者にイビルアイは容赦なく言い放つ。
「――蒼の薔薇も断る」
今のこの王都から、蒼の薔薇が離れるわけにはいかない。彼女一人で判断していいものではないが、おそらくは反対するだろうと。あのラキュースでも。そう思ったイビルアイだった。
「おい。イビルアイ、そのビーストマンというのは?」
「ん? ああ……」
呂布の質問にイビルアイは答えた。ビーストマンは普通の人間の十倍ほどの強さを持つ。そしてそれが、確認できただけでも十万を超えるほどの大軍勢で攻めてきている、と。
それは呂布の求めた戦だ。久しぶりに彼の血が騒ぐものだった。そして呂布は勢いよく席を立った。
「俺が行こう」
「はっ!? そ、その……」
呂布から迫られ戸惑う使者。決めかねている使者にイビルアイは後押しした。
「この男なら問題ないだろう」
「そ、そうですか。分かりました。どうかよろしくお願いします」
竜王国
「く……味方は押されているか」
そこは竜王国の最前線。呂玲綺の活躍により、都市の陥落は免れたもののいまだ散発的な衝突は起こっている。いまは敵が橋頭保として建設中の拠点を、襲撃しているところだった。
参加したのはアダマンタイト級冒険者チーム“クリスタル・ティア”を含めた精鋭。だが敵の戦力は思った以上だった。
「俺はっ! 陛下のため! ここで死ぬわけにはいかないんだぁ!!」
そのリーダーであるセラブレイトは奮起している。光を放つ剣を持ち、ビーストマンたちを切り伏せていく。アダマンタイトたる働きぶりだ。しかしその背後から討ち漏らしたビーストマンが迫る。
「危ない!!」
「グアアッ!!」
断末魔をあげるビーストマン。窮地のセラブレイトを助けたのは呂玲綺だった。
「これは玲綺殿!! お恥ずかしいところを……救援、感謝します」
「他の者たちは?」
「……分断されてしまいました」
そう言葉を交わす間にもどんどん敵は迫ってくる。斬っても斬っても敵は湧いてきた。あげく敵に囲まれ、背中合わせになる二人。対するビーストマンたちも探り合い、ふたりの隙を見出そうとしている。
そのとき、呂玲綺はそんな敵の群れの奥で複数の味方兵士が吹き飛ばされるのを目撃した。それは他の敵よりもひとまわり大きな個体だった。
「奴を倒さねば被害が増える。セラブレイト、ここは任せるか?」
肩越しに呂玲綺は彼を見る。そんな彼は余裕を見せていた。
「大丈夫です。俺の陛下を想うこの刃は、決して折れはしない」
“閃烈”に相応しい気概を見せるセラブレイト。
「ふっ、見事な忠義だ。はあっ!!」
前方の敵を切り崩し、強敵へと向かう呂玲綺。一騎当千の活躍を見せる彼女に敵も気づき、たったいま食していた兵士を放り投げる。そして呂玲綺に、その巨体から繰り出される強力な打撃を喰らわせる。
「グルアァッ!!」
「くっ!!」
その一撃を十字戟で受け止める呂玲綺。他の個体よりも数倍強力な一撃だ。彼女の身体を支える足が地面にめり込む。押しつぶされそうなそれだが、呂玲綺は気丈に立ち向かう。数刻の競り合い。
「私は鬼神の娘! 絶対に負けられぬ! はあっ!!」
そう声高に叫んだ彼女は敵を押し返す。
「グヌッ!?」
呂玲綺は戸惑いで態勢の崩れた敵に、さらなる追い打ちをかけるため跳躍。五メートルほどの空中で十字戟を振りかぶる。
「ここで散れ! 消し飛ばす!」
十字戟を眼下の敵に向け投擲。ビーストマンの腹部に突き刺さり、地面に縫い付けた敵をさらに十字戟を高速回転させて斬り刻む。断末魔をあげる暇さえ与えない。放たれる衝撃波が広範囲の敵を吹き飛ばした。その一撃であたりには無数の死体ができていた。
「グギャッ!? 逃げろ、敵いっこねえ」
残った敵は呂玲綺の武勇に恐れおののき、撤退をはじめていく。
「はあっ、はあっ。くっ」
呼吸を整える呂玲綺。あたりを見れば疲労困憊の味方が地面に横たわっている。セラブレイトをはじめとする者たちが駆け寄ってきた。ここ数か月死地を共にした仲間だ。そんな彼女たちに言葉は要らなかった。
「皆、勝鬨を上げよ!」
本陣へ戻った彼女たち。戦の準備でせわしなく動く兵士たちから、彼女たちに歓声が送られた。そんな彼女たちは、それぞれに与えられた宿舎へと戻って回復をする。無為に休み暇など無い。一日に十回以上の出撃も珍しくなかった。
宿舎に戻った呂玲綺。壁に十字戟を掛け、黒く染められた鎧を脱ぎだす。そして汚れを落とすため水浴びを始める。
「ふう~」
汗で額に張り付いた髪を、邪魔くさそうにたくしあげる。
一人になった彼女は戦場での苛烈さが嘘のように、寂しそうな顔をする。
「父上……」
(私は下邳城で父を失い一人になった。この地でも、私は一人なのか……)
彼女がこの地に来てより、幾度となく繰り返してきた問答だ。孤独への恐怖が彼女にはあった。
(……いや、何を弱気になっている)
呂玲綺は頭を振って、
そのとき、突然扉越しに声が掛かった。
「玲綺殿、報告があるのですが」
「きゃあっ、な、なんだ?」
思わず取り乱し、あわてる呂玲綺。
「首都より連絡がありまして、王国より援軍が来てくださるようになりました」
「そ、そうか。それは良かったな。して、どれほどの軍勢だ?」
彼女は自然とそう聞いた。しかし、様子がおかしいことに気づく。
「どうした?」
「その……一人。ひとりです。王国からの援軍はひとり……」
「どういうことだ」
思わず語気を強める呂玲綺。ふざけているのか、という気持ちが多分に含まれていた。王国ならば五千ほどの兵を向けることも可能だと推察していた。それが結果はひとり。
ひとりでビーストマンの大軍勢を抑えるのは不可能だと彼女は判断していた。彼女と、それを支える兵士たちでやっと抑えているのだ。個の武勇ではとても不可能。
(それこそ、父上ほどの猛者でなければな……)
「その援軍とやらは、竜王国が滅ぶのを見物に来たのか? そいつの名を教えろ」
「お、落ち着いてください。その御仁の名は、呂布と言います」
「――なん、だと!?」