「はあっ、はあっ。おい、そこの兵士!!」
「は、はい!! どうなさいました玲綺様」
そこは竜王国の首都。呂玲綺はビーストマンの軍勢を一通り蹴散らし、戻ってきたところだった。早馬で急いでいたのだろう、門番の兵士のもとへ息を整えながらずこずこと歩んでいった。彼女の姿を見て憧憬の目を向ける兵士や住民のことなど眼中にないようだった。
「援軍はどこにいる!」
「それでしたら今、使者殿と宮殿へ……あ、玲綺殿!?」
呂玲綺は兵士の話を聞き終わる前に、女王の居城へと勇み足で入っていく。その気迫に押され兵士も後ろ姿を見守るだけだった。
「そ、そなたが援軍……か」
わざわざリ・エスティーゼ王国から来てもらった援軍に、簡易的な謁見でも済まそうとした女王。その場で、援軍としてきた呂布の威容に、後ずさりしているようだった。
「ふん。戦があると聞いてな。早く俺を楽しませろ」
「――むっ」
女王の傍に控えた兵士が、呂布の物言いに顔をしかめる。いかに亡国の危機にあるとはいえ、軽んじていい存在ではない。主君の為、呂布の言動を正そうと兵士が動く。
だが即座に女王より、兵士へ引き下がるよう目くばせがされた。それを見て、もどかしく思いながらも兵士は引き下がる。
「ほう、彼を咎めませんか、陛下。それもありかもしれませんが、女王としての矜持はお忘れなきよう」
小声で宰相が女王に耳打ちする。女王であるドラウディロンはお前が言うな、とでも言いそうな顔を一瞬宰相に向けるが、すぐに真剣な顔に変えた。
「お主は感じぬか?」
「はて? 強さ、でありますか。この御仁は少々野暮ではありますが、頼もしく感じますな」
「…………」
宰相の言葉にドラウディロンは沈黙で返した。女王のその態度を訝しむ宰相に、彼女は呂布を見て感じたことを言った。竜王の血を引く者としての能力で、大まかに相手の力を感じ取ることが出来るのだ。
「……この男、曾祖父らに匹敵するやも知れぬ」
「まさか――いや、冗談ではなさそうですな」
女王の重い言葉に宰相も軽口はやめた。ドラウディロンの曾祖父。それは八欲王の時代を生きた
それは頼りになるというレベルではない。扱いを間違えれば竜王国が滅ぶほどの強さだった。
「あ……呂布殿。そなたに託す任務についてだが……」
女王は呂布の力を見極めるのと、なぜここに来たのかを探るため別の任務を任せようとした。
しかし――。
「ええい、小賢しい!! 俺は思うままに戦う。指図はするなっ!!」
呂布はそう吐き捨てて、その間から出ていく。慌てたのは竜王国側。とてつもない力を持つ者の気を損ねたのかと、戦々恐々とする。真紅の絨毯を早足で歩く呂布。その先には謁見の間が誇る巨大な門があった。その前に立つ呂布は、兵士六人ほどでようやく開閉できるそれを、片手で軽々と開け放つ。
勢いよく重い金属扉が開き、重厚な音が鳴り響く。緊張で張っていた空気が消し飛ぶようだ。そしてまぶしい光が謁見の間に注ぎ込み、中にいた者たちの目を眩ませる。そんな彼らの目に入る白い光の中に、門の前で待っていただろう人影が映った。
「――父上っ!!」
それは門前で侍女に止められていた呂玲綺だった。そんな彼女は父親である呂布の姿を見て、歓喜の含まれた声をだす。彼女は呂布に駆け寄り、夢じゃないかと確かめた。
「父上……」
「玲……綺? 玲綺なのか!?」
一方の呂布も呂玲綺の姿を捉え、目を大きく見開く。向かい合うふたり。しばし見つめあい、自然と呂玲綺の方から言葉を紡いだ。
「――この呂玲綺。鬼神の帰還を待ち望んでおりました。この地より、父上の伝説が……あ、くっ!」
父を前に、気丈に振る舞う呂玲綺。だが、感涙で上ずった声になり途中で顔を伏せた。彼女は手で涙を拭う仕草を見せる。
「……お見苦しい姿を晒し、申し訳ありませんでした」
「…………」
呂布はそんな呂玲綺に何も言わず、ただ見ているだけだった。だがその表情からは、鬼神とは別の存在が表れているように見えた。
「はあっ、はあっ。れーき殿、どうなされてたのじゃ?」
玉座から、門前で立ちすくむ二人のもとに、女王ドラウディロンは駆け走っていった。呂玲綺の目元が赤くなっていることを見つけた彼女は事情を聴いた。
「……というわけなのです」
「なんとっ! それでは、この御仁はれーき殿の父上であらせられるのか」
呂玲綺から呂布の事を聴いたドラウディロンは驚き、へたりこむ。
「それで陛下は、父上をどこへ送られるつもりで?」
「あ~そのことなんじゃが、ちょっとよいかのう」
よろよろと立ち上がった女王は、呂玲綺を手招きし二人で話をしはじめる。その間、宰相に呂布の相手をするように目で合図をした。そのときの宰相の顔は、女王が見たこともないほど引きつっていた。
「れーき殿、正直そなたの父上はわしじゃ御しきれん。恐縮ではあるがそなたに任せることはできんかのう? おねがいなのじゃっ!」
それはドラウディロンの、心からの叫びでもあった。
「陛下、分かりました。父上の扱いは私にお任せ下さい。――そんな悲痛な顔はなさらないでください。この竜王国とその民は、私が守り切ります」
「うわぁぁ!! ありがとうなのじゃ」
女王ドラウディロンはそう言って、呂玲綺の豊かな胸に顔をうずめる。
(くっ! なんでわしがこんなことをせねばならんのじゃ。いや、これもこの国の為。仕方ないのじゃっ!)
「大丈夫ですよ、陛下」
呂玲綺はそう言いながら幼女姿の女王の頭を撫でる。
(はあ~、くんくん、れーきはいい匂いじゃの。若い娘はなんでこんなにも甘いにおいなんじゃろな。わしは大丈夫かの。トカゲくさくないじゃろか? 褒美としてセラブレイトにでも嗅がせるか。いやそれはわしが悶え死ぬ)
「陛下、これぐらいで……」
「う、うむ。わかった」
女王から離れた呂玲綺は、彼女とともに門前の呂布のところへ向かった。
そこで彼女は呂布を説得したのだろう。積もる話もあるようで宮殿の長い廊下を、親子並んで歩いていった。
「ふう~大変じゃったわい」
「まことにそうでありましたな」
疲れを吐露する女王に、傍らの宰相は同意を示す。
「さて陛下、実は前線の将兵たちへ送る手紙がまだ残っておりましてな。彼らの士気を上げるため、あと二十枚ほど書いていただきましょうか」
「ぐぬぬっ」
宰相のその言葉に思わずそう唸り、女王は両手でその顔を覆った。
そこはナザリック地下大墳墓。その主であるアインズ・ウール・ゴウンは自室でベッドに横たわりながら読書をしていた。
「うーん。そうゆうことか~。ふむふむ」
それはナザリックが誇る大図書館より見つけ出した代物。かねてより探していた外交、商業、軍略のハウツー本であった。それまでの小難しいものよりも分かりやすく、アインズでも理解できるようなものであった。今日の当番メイドはいま扉の外へ出している。でなければこんな支配者にあるまじき本など読めるはずもなかった。
ベッドの横にある台には読み終えた本が五冊ほど積んである。その一番上。持ってきた最後の一冊へと無造作に手を伸ばす。
そのとき扉の方から声が掛かった。声からして担当のメイドのようだ。
「アインズ様、デミウルゴス様が面会したいと」
廊下からの気配からアインズにもデミウルゴスが来ていると分かった。何のようだろうかと思ったアインズ。王都での“ゲヘナ”は大成功に終わり、帝国との会談は終始こちらの思い通りに進んだ。聖王国はデミウルゴスが勝手にやってくれているようだし、八本指もアルベドに任せている。――そう考えているとアインズはあることを思い出した。
「皇帝から言われた、会戦で使う魔法のことか……」
それはジルクニフとの会談後のこと。バハルス帝国が王国との戦端を切り開くときに、アインズに最大の魔法を放って欲しいというものだった。それに使う魔法をアルベドとデミウルゴスに尋ねていたのだ。
思い当たったアインズは体を起こし、ベッドに腰かける。衣類のしわを伸ばし、入ってくるよう命令した。何度も練習した威厳のある声だ。もうすっかり慣れてしまい流れ作業のようにそう言った。だがアインズは即座に気づいた。台に乗っているこれらの本を隠さなければと――。
だが隠そうとするその前に扉が開かれ、デミウルゴスが入ってきた気配を感じる。思わず手を止めるアインズ。
「アインズ様、お疲れのところ申し訳ありません」
「いや、いいのだ――」
否定するときあわててしまい、積んである本に手が当たってしまった。そのまま落下した本は床へと叩きつけられ、両者の間に散らばる。自然とデミウルゴスがそれらの本を拾おうと腰を落とす。どんな本を読んでいたのかが彼の目に映った。
「おや? ――ほお……」
そう呟き、テーブルに本を積み直したデミウルゴスはしばし思考する。そのあいだ、しまったというような顔のアインズはどう弁明するかを考えていた。
(まずい。こんなものを読んでいると知れれば支配者としての威厳が……)
だがプレアデスやシャルティアとは違い、生半可な理由では喝破される。――万事休す。そう思ったアインズはデミウルゴスの口が開くのをただ見ていた。
「――これは申し訳ありませんでした。アインズ様にそれほどの心労を与えているとは」
「へっ!?」
デミウルゴスからは謝罪の言葉が述べられた。アインズはどうしたものかとあたふたしている中、彼の言葉は続いた。
「アインズ様から漏れ出る言葉。その一言に幾重にも張られた策があることは重々承知であります。しかし我らの至らなさゆえ、それを理解することができず恥じ入るところでありました。アインズ様がかような書を読み、あえて我らにも分かるようにかみ砕こうとしていたとは。我らの無能さが恨めしい……」
「い、いや、その……無能は言い過ぎだ。ゴホンッ!」
大きく咳払いしたアインズ。威厳は保てたかもしれないが、これ以上誤解されるのは面倒なことになりそうなので話題を変えることにした。
「あ~、それで会戦の魔法のことだったか?」
「はい、左様でございます。私としましては
それはユグドラシルでも人気であった魔法。同時にアルベドからもその魔法を提案されていた。
「やはりそれか。私としては
(
そう考えていたアインズ。慎重な彼ならではだろう。
「――っ! やはり、慈悲深き御方」
「……へっ!?」
突然のデミウルゴスの発言に戸惑うアインズ。
「
「えっ!? あ、いや……」
「しかしアインズ様っ!!」
戸惑うアインズをよそに、デミウルゴスが一際大きな声でアインズに言葉を掛けた。
「此度の戦は帝国への示威行為を多分に含んでおります。失墜する天空の場合、愚かな人間では魔法を発動したという認識すら湧かないでしょう。彼らに恐怖を覚えさせるには、王国兵が無残に殺される姿を見せるのが重要なのです。……いずれ彼の国を従属させるにも必要なこと」
(……従属? 何の事だっ!? まあ、デミウルゴスがこうも言ってくるならそっちの方がいいのか)
「分かった。ではそなたの意見を採用しよう」
「ありがとうございます、アインズ様。では失礼いたします」
ご苦労、と言おうとしたアインズだがそれを言うと、またいつものくだりが待っているので黙して見送った。扉が閉じ、またひとりになったアインズ。大きなため息をつき再び読書をし始めた。
「それで、父上はこの世界に来たと」
出立するため、馬の面倒を見ながら呂布と呂玲綺は話しこんでいた。
「玲綺、お前はどうしていたのだ?」
下邳城での敗北で呂玲綺は命からがら逃げ延びた。父親として自分の娘のことを心配していたのだろう。
「あの後、父の愛馬、赤兎馬を探しておりました。私が中原を駆けていると、敵に捕らえれた赤兎馬を見つけ、搬送されるところを奪還いたしました」
「おお! そうか」
呂布からも感嘆の言葉が漏れる。しかし呂玲綺はすぐに顔を伏せる。
「ですが申し訳ありません。この地に来て霧の中を散策中、赤兎と離れ離れになりました。やはり私では、あの馬を操るには力不足でありました」
赤兎馬は血のように赤く一日で千里を駆けると言われる名馬だ。その体格は大きく、はるかに目立つ存在だった。
「まあいい。赤兎ならこの地でも無事であろう。それにあれだけ目立つのだ。目撃した者もいるのではないか? 試しにそこの行商にでも聞くか」
二人はそう言って街の通りにいた商人に尋ねた。
「は、はい! なんでありましょうか?」
いきなり大男に詰め寄られあたふたする商人。彼はビーストマンとの最前線を渡り歩いていた商人だった。
「……血のように赤い馬。もしやっ!! それでしたらビーストマンらを蹴散らし奥地へと走っていったような気がします。もう数か月前でありますが……」
「ほお」
「父上、それは有益な情報でありましたな」
「ああ、奴も俺を待っているだろう。行くぞ玲綺!! 赤兎を取り戻す」
「はい。ともに参りましょう」