ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
航海が始まりどのくらいたっただろうか。サリーは調子を取り戻したようだ。
サリー「――あの男、私の髪型を見てなんと言ったと思う?」
隆太は分かっていながら答えをはぐらかす。
サリー「あの男はチョンマゲみたいだといい放ったんだ!今思い出しても腹が立つ!」
隆太は苦笑する。
サリー「怒りに震える私は恭夜の指を折ってやったんだ!ハッハッハ!」
高笑いした。腕時計を見る。
サリー「む!もうすぐ夕食の時間か」
隆太「気分の方は大丈夫ですか?」
サリー「だいぶ良くなったよ。ありがとう」
隆太はサリーの屈託のない笑顔に少し頬を赤らめてしまった。悔しかったのだろう。頭を何度も左右に振る。
サリー「私は着替えてから行くから先に食べててくれ」
隆太「わかりました――あれ?」
髪を下ろしていた。隆太は話に夢中で気がつかなかったらしい。
レストランではあかりは食べ物の品定めをしている。ゲルマは女性の品定めをしている。すると、奇抜なファッションの男に目が留まった。
あかり「あ~あ、つまんな~い!」
ゲルマ「ガシャ!あかり、向こうを見てみろ。イケメンの御曹司がいるみたいだぞ」
あかり「え?どこどこ?」
ゲルマ「ほら、白のタキシードにボタンを一つかけ違えてる癖にナルシストを全面に醸し出す雰囲気イケメンがそこに!」
あかり「そこまでわかるの?」
ゲルマ「ああ。サリーが嫌いそうな男だ」
あかり「あ!こっち向いた!どうしよう……」
ゲルマ「ヒエー!ウインクなんかしてるぞ!」
あかり「うわーキモいよ~。ボタンかけ違えてるくせに」
ゲルマ「こっちに来たぞ」
あかり「イヤー!凄いニヤついてる!」
?「そこの貴婦人、この僕と他愛のない世間話でもどうかな?」
あかり「あ、あたしボタンをかけ違えてるナルシストイケメンよりも、チャック全開の恭夜お兄ちゃんの方が好みなんで!」
ゲルマ「まさに目くそ鼻くそ」
サリー「こんな私で良ければお相手します」
サリーは赤いドレスに着替えていた。普段は控え目な格好だが今は上品な風貌に様変わりしている。ぶっきらぼうな性格は鳴りを潜めている。
耳にはピアスを付け足元は薄汚い靴ではなく白いヒールを履いている。その変貌ぶりは見るものを惹きつけ周りの男達を虜にするには十分過ぎるほどだ。
あかり「え?あれってサリーお姉ちゃん?」
ゲルマ「ほほう?こんなことが――」
隆太「兄さん、いましたよ!あっかりー!」
恭夜「今思ったんだけど、あかりとゲルマって一番危険な組み合わせだよな」
ルナ「あかりもゲルマも危険じゃない」
あかりとゲルマは三人と合流。
あかり「見てみて!サリーお姉ちゃんが!」
隆太「サリーさん、さっき着替えて――えっ!?」
ルナ「あれがサリー?」
恭夜「へぇ、赤いドレスなんて持ってたんだ」
白々しく言い放った。
隆太「誰かと話してるみたいですね」
あかり「凄いキレイだよね」
ルナ「うん。ドレスが似合ってる」
恭夜は頭を掻きながら二人を見ている。
ゲルマ「マスターはあの二人に嫉妬しているようだ」
恭夜「腹減ったな。あかり、回ってみよう」
あかり「あ、うん」
ルナは恭夜とサリーに何度も視線を移している。隆太は並べられた料理を堪能していた。
食事を終えた六人は部屋に戻った。男三人の部屋は四つのベッドが置かれているが、女三人の部屋に比べ三分の一程度の広さしかない。女尊男卑と言われそうだ。恭夜達にとっては取るに足らない事なのだが。
ゲルマ「もう九時か」
隆太「兄さん、先にお風呂入る?」
恭夜「俺は後でいいや」
ゲルマ「明日は色々見て回る。早めに休んだ方がいい」
隆太「それじゃあ先に入りますね」
隆太は風呂に向かう前に窓ガラス越しから景色を眺める。天候を気にするかのように。
恭夜はベッドに嘆息しながら寝転がる。
恭夜「あ~あ!参ったな~!」
ゲルマ「まさかサリーを抱き込もうとする男がこの世にいるとはな」
恭夜は起き上がる。
ゲルマ「あの男は一体何者なのだろうか?」
恭夜「ゲルマでも分からない、ということはそういうことだ」
ゲルマ「一癖ありそうな顔立ちなのだが個人情報をほとんど引き出せなかった。あの男の背後には後ろめたい存在がいる可能性がある。サリーなら知っていそうだが……」
恭夜「昔聞いた話だと情報屋とか言ってたな。今何してるか分かんないけど」
ゲルマ「やはり。後は名前か」
恭夜「メモを取るからちょっと待っててくれ――」
瞳を閉じ記憶の海に飛び込んだ。
ゲルマは顔をなめ回すように見ている。
恭夜「――よし。たぶんこれだと思う」
ゲルマ「似たような名前なら数が限られる」
恭夜「そる――」
ゲルマ「ゾルギーノ・ドラジェ。通り名はリーク・ゾルガ」
恭夜「はやっ!」
ゲルマ「個人情報が極端に少ない。そもそもこの名が本当の名かどうかすら怪しい」
恭夜「名前は重要じゃない。危険なのは奴が情報を自在に操作できるってことだ」
ゲルマ「サリーは弱みを握られたか」
恭夜「それだったらわざわざ船の中で会う必要があるのか?俺達もあの野郎を見てるんだぞ」
ゲルマ「我々の情報も奴の手の内、ということか。この船の乗員乗客は奴の手駒かもしれないな」
恭夜「好き勝手に動けば海に沈められるかもな!」
ゲルマの頭から水のようなものが吹き出し始めた。どうやら冷や汗を表現しているらしい。無駄な機能が増えるごとに恭夜の懐は寂しくなるばかりだ。
一方、乙女達は踊り明かしたような疲労感に浸りつつ部屋へ入っていく。
あかり「あー、食べ過ぎちゃった!」
ルナ「もう少しタバスコ食べたかった」
サリー「タバスコは食べると言うより飲む方が正しい気がするが――」
あかり「ねえねえねえ!サリーお姉ちゃん、そのドレスどうしたの?」
ルナ「タバスコみたいな色」
サリー「言い方と言うものがあるだろ。例えばケチャップみたいな色とか」
あかり「そんなことどうでもいいよ」
ルナ「あのボタンの人、サリーのお友達?」
サリー「お友達ではないが昔世話になった人だ」
あかり「雰囲気がイケメンだよね。何て言うか――近寄りたくない!って感じかな」
サリー「それを言うなら近寄りがたい、だな」
ルナ「何話してたの?」
サリー「他愛のない昔話さ」
あかりはサリーの顔を凝視している。
ルナ「あの人、なんか怖い」
サリー「そんなことはないさ。恭夜と違って気遣いはできるし、仕事に情熱を傾ける努力家でもある」
あかり「……」
ルナ「?」
サリー「どうしたんだ。急に黙りこむなんて」
あかり「おかしいよ……」
ルナ「あかり?」
サリー「何が言いたい?」
あかり「どうして恭夜お兄ちゃんと比べるの?いつものサリーお姉ちゃんなら――」
サリー「そうだな」
ルナ「サリー?」
サリー「ごめん、今は何も話したくないんだ」
ルナ「サリーは疲れてる。あかり、一緒にお風呂行こ」
あかりは後ろ髪引かれる思いでルナと共に部屋を後にした。
クルーズ船は漆黒の大海を物ともせず突き進む。海風が髪を撫でていく。生暖かい風は肌を包んでいくようだ。サリーは夜空を見上げた。今宵も月は出ている。
クルーズ船は二週間かけて航行する。日本を南下し東南アジアへ向かう。大小様々な国々に寄港しオセアニアを経て太平洋を横断。北米を経由しパナマ運河を通過。六人の最終目的地はイギリス・サウサンプトンである。
定刻通りに六人は舞い降りた。サリーの忠告に従い厚着をしている。空は雲が数えるほど伸びているが太陽が臆する程ではない。
地上では乙女達の雰囲気がどんよりとしている。あかりは誰とも目を合わせようとしない。
移動中のバス内は険悪であった。朝が早いからという訳では無さそうだ。
ゲルマ「女組から漂う修羅場の予感」
隆太「なんか怖いですね。喧嘩でもしたんでしょうか?」
恭夜はわざとがましく
不穏な空気の中、ホテルに到着。
ホテルの名は「リーク・ホテル」。恭夜は率先して荷物を下ろしゲルマも追随する。
恭夜「あかり、ルナ。こっち来て」
隆太「サリーさんは?」
恭夜「サリーに受付任せるから俺達で荷物を運ぼう。サリー頼んだよ!」
サリー「ああ」
ゲルマ「合点承知!荷物はオイラに任せろ!」
隆太「あかり、何怒ってるの?」
あかり「隆太お兄ちゃんには関係ないから」
ルナ「ごめんね、隆太」
隆太「い、いえ!ルナさんが謝る必要ないですよ!」
恭夜「あのさぁ、皆に頼みがあるんだけど」
ルナ「サリーは?」
恭夜「そのサリーの事なんだけど、お昼はサリーと二人だけにして欲しいんだ」
隆太「僕たちはどうすれば――」
ゲルマ「時間をずらして鉢合わせないようにする、ということだ」
ルナ「わかった」
あかり「勝手にすれば」
隆太は不穏な空気に流されるがままゲルマの後を付いて行く。
部屋はクルーズ船と同じく男女に分かれる。サリーは部屋に入ると頬を緩ませた。
サリー「ここも懐かしいな」
ルナ「よく来てたの?」
サリー「ああ。二人でよく泊まったよ」
あかりはソファーに座りテレビを点けた。
ルナ「楽しかった?」
サリー「楽しいことは少なかったな。ホテルにいることがほとんどなかったから。でも、幸せだったよ」
ルナ「今は?」
サリー「え?」
ルナ「今は幸せ?」
サリー「もちろん」
あかり「嘘つき」
サリーの顔色は変わらない。
あかり「サリーお姉ちゃんはズルいよ」
ルナ「どこ行くの?」
あかり「どこでもいいじゃん」
ルナ「待って――」
サリー「いいんだ、ルナ。全部私が悪いんだ」
ルナ「恭夜がお昼は皆で食べようって」
サリー「だが、あかりが――」
ルナ「あかりは私が探してくる。サリーは先に行ってて」
サリーは小さく頷いた。
ルナ「サリーは何も悪くない。だからあかりのこと、嫌いにならないで」
ルナは踵を返しあかりを追いかける。
サリーはあかりの温もりが残るソファーに座り膝に顔を埋めた。