ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
昼になりサリーはロビーで待っていた。しかし、誰一人として来る気配がない。おもむろに辺りを見回す。人はまばらだが混んでいるという程ではない。
サリーにとって多くは見慣れたものばかりだ。我が家に帰ってきたと言っても過言ではない。
親子連れを見て口元が緩む。二人の子供は時差ぼけからだろうか目を何度も擦っている。海外旅行に慣れていないのか夫婦も疲れが出ているように見える。睦まじい家族の愛情にほだされてしまいそうだ。
サリー「幸せ、か」
恭夜「何ニヤけてるんだよ」
恭夜は不敵な笑みを浮かべている。
サリー「ひっ!な、な、なんだ!?急に声をかけるな!かけるならかけるって言え!バカ!」
恭夜「どっちがバカだよ」
サリー「――ん?恭夜しか来てないのか?」
恭夜「見て分かんない?」
サリー「どういう事だ?」
恭夜「二人だけで話をしよう。昔みたいに」
サリー「……そういうことか」
二人だけで食事をするのはいつぶりだろうか。テーブルに並べられた料理の数々はどこか懐かしさを感じさせる。出会って間もない頃は寄り添って食事をするのが日課であった。いつからか向かい合うようになったのだ。
恭夜はさりげなく呟く。
恭夜「ここの料理、味変わった?なんか薄い」
サリー「味覚が変わったんだろう。昔とは違うんだ」
恭夜「あ、グリーンピース入ってんのかぁ。サリー、口開けて」
サリー「馬鹿にするな。自分で食べる」
恭夜はサリーのシチューにグリーンピースを添えた。
サリー「食わず嫌いは相変わらずだな。子供みたいだ」
恭夜「サリーから見たら、俺って子供?」
サリー「私がいなきゃ何も出来ないからな」
恭夜「サリーから見たら、あかりは妹?」
サリー「当然だ。愛くるしいしな」
恭夜「ならどうして喧嘩したの?」
サリー「恭夜には関係ない」
恭夜「なんとなくだけど分かるような気がする」
サリー「……恭夜、昨日のドレスどうだった?」
恭夜「昨日話してた男の人ってさぁ――」
サリー「もう忘れた」
恭夜「俺は覚えてる」
サリー「ごちそうさま」
恭夜「サリーのドレス、綺麗だったよ。昔みたいに」
サリー「ありがとう……恭夜」
サリーは席を立つ。逃げるようにロビーを出る。気まずさからではなかった。携帯に着信が入っていたからだ。周りを警戒するように携帯を左耳に当てる。相手は以前と同じ声だ。
?『昨日の件、考えてもらえたかい?』
サリー「もちろんです」
?「それでは日が沈む頃に待ち合わせるということで」
携帯を持ち替えて右耳に当てる。
?「どうかしたかい?」
サリー「本当に……本当に約束は守って頂けるのですか?」
?「それは貴女のお心次第だよ。それでは良い返事を――」
サリーは男の言葉を聞き終える前に耳から遠ざける。眼にはうっすらと涙を浮かべていた。
恭夜はサリーとの会話を反芻している。違和感の正体を探るかのように。ホテルのバイキングの味、いつもと同じ時間、いつもと同じ料理。違ったのはサリーの表情だけ。
恭夜が嫌いな食べ物を押し付けようとすると、恥ずかしさからか周りを気にしがら食べる。しかし、そんな素振りは見せなかった。
そして、極めつけは着飾ったサリーを褒めても笑顔で感謝することが一度もなかったからだ。
バレバレの態度を隠そうともしなかったのだ。どこかで助けを求めているような、そんな気が恭夜の中でぐるぐると渦巻いていた。
廊下の壁に寄りかかり一点を見つめてると、視界にツインテールの髪型がちらつく。ぼやけたシルエットは鮮明になり声も入ってくる。あかりだ。
あかり「――ちゃん――お兄ちゃん!恭夜お兄ちゃんってば!」
恭夜「うわっ!?……なんだ、あかりか。なんでここに?お昼は食べた?」
あかり「うん……」
恭夜「とりあえず中に入ろう」
扉を開いた瞬間、頭に直接響くような騒音が耳をつんざく。ゲルマと隆太がスゴロクをしている。
ゲルマ「――あっしの番でござるな。サイは投げられた!――あいや四でござる。育児休暇を取得したでござる。次のサイコロの目がなんと二倍!」
恭夜「声でけぇよ。何のゲームしてるんだ?イクメンスゴロク?あかりが好きそうだな」
あかり「イケメンじゃないよ、恭夜お兄ちゃん」
恭夜「悪かったな、イケメンじゃなくて」
隆太「次は僕のターンですね。いきますよ。んん、ゴホン!サイは投げられた!――三かぁ。おっ!ホワイト企業に就職しました!三マス進みます」
あかり「隆太お兄ちゃん、楽しそうだね」
恭夜「隆太のために作られたゲームだな」
ゲルマ「いくでござる。サイは投げられた!――2でござる~。ややっ!子供が生まれたでござる!」
あかり「まだ生まれてなかったんだね」
恭夜「育児休暇はどうやって取得したんだ?」
隆太「おめでとうございます!ゲルマさん!それじゃ次いきます。サイは――」
恭夜「その掛け声はいるのか?」
隆太「よし!7です!……会社が倒産。専業主夫になる。一回休み。そんな~」
あかり「専業主夫になると一回休みになるっておかしいよね?」
恭夜「問題の多いゲームだな。しかも男限定とか」
ゲルマ「残念だが、あかりは参加できないのだ。まあ朝は鬼、昼は武士、夜は女の仮面を被れば参加できるかもしれないがな」
あかり「そんなのおかしいよ。ゲームなのに」
隆太「そもそも鬼や武士の仮面を被った人なんていませんよ――兄さん?」
恭夜「朝は寝起きが悪くて人相が悪い。夜はドレスで着飾り別人になる」
あかりは不安そうな目で恭夜を一瞥する。
隆太「それってもしかして……」
ゲルマ「長年連れ添い、マスターと共に過ごしてきた家族が誰にも告げずに我々の元を去ろうとしている」
隆太「サリーさんのことですよね?」
あかり「何かあったの?」
恭夜「ゲルマ、居場所は?」
ゲルマ「既に出ているようだ。発信器が付いていれば跡を追える。それに携帯電話の電波を傍受出来れば会話の盗聴も可能だ」
隆太「サリーさんはどこへ?帰ってきますよね?」
恭夜「ちょっとした家出みたいなものだから」
あかり「あたしのせいで……」
ゲルマ「あかりが責任を感じる必要はない」
恭夜「サリーが一人で抱えて勝手に出ていっただけだから」
隆太「そういえばルナさんは?」
あかり「部屋で本読んでる」
恭夜「俺、探してくるよ。皆は待ってて」
隆太「一緒に探した方が早いよ」
ゲルマ「駄目だ。サリーの事を熟知するマスターに任せればいい」
あかり「お願い恭夜お兄ちゃん、サリーお姉ちゃんを助けて」
恭夜「アハハ、大丈夫だよ、夕食までには帰ってくるから。そしたら今度は皆で食べよう」
廊下に出るとルナが待ち伏せていた。刀を抱えているがルナのものとは違う。
ルナ「私も行く」
恭夜「ルナは皆と一緒に――」
ルナ「サリーは苦しんでる。だから助ける」
恭夜「その刀って――」
ルナ「早くしないとサリーが遠くに行っちゃう」
恭夜「あ、ああ」
何故ルナがサリーの刀を持っているのか不思議だったが二人は急いでサリーの足取りを追った。
夕日は水平線に沈み始めた。海は穏やかさを保っている。港にはこぢんまりとしたクルーズ船が漂う。船体には躍動感溢れる字体で「リーク・ゾルガ」と書かれていた。外観は錆や日焼けで変色しており、薄汚くみすぼらしい。船上には一人の男が電話をしている。男はボタンをかけ違えているように見えるが、そういうファッションなのだろうか?
ドラジェ「お久しぶりです。フェリックス・ボロゾフ先生」
ボロゾフ『またお前か。今度は何用だ?』
ドラジェ「あなたが探していたお嬢さん、見つけましたよ」
ボロゾフ『そうか。今立て込んでいるのだ。こちらから折り返す』
ドラジェ「今、お伝えしたいのですが――」
ボロゾフ『情報屋如きが偉そうな口を聞くな!』
ドラジェ「わかりました、わかりました。ではお時間が――」
ボロゾフ『誰だ、そこにおるのは?』
ドラジェ「!……おっと、これは僕の客人が来たようです」
ボロゾフ『ククク……足をすくわれぬよう気をつけるのだな』
ドラジェは携帯を胸ポケットにしまった。ドラジェの前に青いドレスを着たサリーが現れる。
ドラジェ「良かったよ、来てくれて」
サリー「私もお会い出来て嬉しいです」
ドラジェ「そんなにかしこまらなくてもいいのに。どうだい?一緒に」
ドラジェはグラスを差し出す。
サリー「いえ、お気遣いなく――」
サリーの手は震えていた。
時を同じくして恭夜とルナも港に向かっていた。ゲルマからの指示を仰ぎ先を急ぐ。