ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
恭夜「道は合ってるのか?」
イヤホンを通してゲルマの声が伝わる。
ゲルマ『そのまま港に向かってくれ。恐らく停泊中の船があるはずだ』
ルナ「はぁ……はぁ……」
恭夜「サリーの刀、持つよ」
ルナ「大丈夫……早く……」
恭夜「このペースじゃ船が出ちゃうよ」
ルナ「うん……わかった」
周囲は闇に溶け込んでいく。月だけは眩さを増しているように感じた。
ルナ「恭夜……気をつけて」
恭夜「え?」
ルナ「もうすぐ……サリーがいる」
恭夜「どの船だ?」
船上では部下とおぼしき人物がドラジェに駆け寄る。
部下「ドラジェ様!」
ドラジェ「何だ騒々しい」
部下「それが……」
ドラジェ「そうか。船を出せ」
サリー「何かあったのですか?」
ドラジェ「どうやら跡をつけられていたみたいだ」
サリー「えっ!?」
イヤホンを外すとけたたましい音が鳴り響いている。
ルナ「恭夜!あの船!」
ルナの目線の先にはクルーズ船があった。既に動き出している。十メートル以上離れており、恭夜の運動神経をもってしても飛び付くことは不可能だ。
ルナ「私が――止める!」
ルナは躊躇いもなく刀を抜く。膝をつき刀を海面に突き刺した。
恭夜「刀を海水に浸けてどうするの?」
ルナ「こうする――」
クルーズ船の進路を妨害するかのように海面が盛り上がっていく。水の山はクルーズ船より高くなり津波のように押し返した。クルーズ船は凄まじい勢いで岸壁に叩きつけられる。
恭夜「えぇぇぇっ!?」
ドラジェ「うゎぁぁぁ!?」
サリー「ぐっ!」
岸壁とクルーズ船に挟まれた海水は水柱となり豪雨のように恭夜達に降り注いだ。
ドラジェ「何が起こってるんだ!?」
部下「分かりません!ただ、港から船が出せなくなりました!」
ドラジェ「あいつらの手品か」
サリーは揺さぶられたせいか顔が青白くなっている。
恭夜「これはチャンスだ。乗り込もう!」
ルナ「うん!」
ドラジェ「ならばしょうがない。彼らの歓迎会を開くとしようか」
サリーの震えはさらに酷くなった。
恭夜達は船内に突入する。ルナはドラジェの手下達を切り払っていく。
ルナ「どいて!」
恭夜「殺しちゃ駄目だよ。サックリならいいけど」
ルナ「いた!サリー!」
ドラジェ「ようこそ、リークゾルガへ……いや、我が家へ」
ルナ「汚い家」
恭夜「ボタンもかけ違えてるしな」
サリーは腕で口元を隠した。笑いを堪えているのか、吐き気を抑えているか見分けがつかない。
ドラジェ「おい、船を傷つけたのは君達のせいだ!それにこれは僕のファッションだ!君達は置かれた立場を理解してるのかい?」
恭夜「ああ、だから会いに来たんだよ。情報屋ゾルギーノ・ドラジェ、あんたにな」
ドラジェ「久しいね。華やかな貴族のパーティーに君もいたんだっけ?あんな不釣り合いでみすぼらしく場違いな少年がいたなんて。フハハハハ!サリー嬢も不憫だねぇ。こんな男に振り回されて」
恭夜「あんたの言う通りだよ。俺は昨日みたいな華やかな場所は嫌いだから、いつもサリーには迷惑をかけてたんだ」
ドラジェ「だからサリー嬢は僕を選んだのさ。貧乏人の君じゃなくてね」
ルナ「そうなの、サリー?」
サリー「……そうだ」
ルナ「うそ!サリーはずっと恭夜と一緒だったのに?どうして?」
ドラジェ「それを聞いても君達にはどうすることも出来ないよ。そもそも僕が本当に欲しいものがここにはないからね」
どうやらサリーが狙われたのは他に理由があるらしい。サリーが狙われたのは取引を持ちかけられたからではないかと恭夜は考えた。
ルナ「サリーはあかりと隆太がいなくても何も思わないの?」
サリー「もう決めたことだ」
ルナ「私はイヤ!」
ドラジェ「話のわからない女だ。サリー嬢は君達の事を守ろうとしているんだ」
ドラジェはルナとの問答に呆れ果てている。
サリーはドラジェから脅迫紛いの取引を持ちかけられ、あかりや隆太に危害が及ばぬよう事を進めていたのではと恭夜は睨んだ。
サリー「ルナ、分かってくれ。頼む」
ドラジェ「君達に選択肢なんてないんだ。既に『サイは投げられている』んだからね」
嫌でも聞き慣れた言葉に耳がピクッと反応した。
ルナ「恭夜達の部屋から聞こえてきた」
恭夜は口に手を当て記憶を辿る。ホテルの名前とクルーズ船の名前を口に出した。目を見開き悟ったようだ。この男がサリーの後援者ならばホテルを盗聴出来る事に。そして、ドラジェがサリーを狙ったのは好意によるものだけではなかったのだ。
ならば、この男の真の狙いも見当がつく。
ルナ「恭夜、刀が――」
恭夜が持っているサリーの刀とルナの刀が共鳴するかのように光っている。だが、恭夜にルナの言葉は届いていない。
サリー「恭夜、私の分まで――」
恭夜「わかったぞ。あんたのが欲しいものが」
ルナ「サリーじゃないの?」
恭夜「サリーだけじゃない。ゲルマもだ。正確に言うとゲルマの頭脳だな」
ドラジェ「だが、今は手にする事ができないのさ。サリー嬢と取引したからね」
ルナ「ゲルマは渡さない」
ドラジェ「君達が抗おうとゲルマは手に入れたのも同然さ。僕にはサリー嬢の力添えもあるからね」
恭夜「……あんたの言った通り選択肢がないみたいだ」
ルナ「恭夜?」
ドラジェ「君は本当に話が分かる。僕の手駒として使ってあげるよ」
恭夜「……ごめん、ルナ。俺、サリーがいないと何も出来ないや」
ルナ「そんなことない!私が皆を守る!だから恭夜はサリーを守って!」
ドラジェ「こう言うときに使うのだな。馬の耳に念仏とは……フハハハハ!」
ルナ「恭夜なら……恭夜なら私のこと理解してくれる」
恭夜は目を疑った。ルナの背後にもう一人、女性の姿をした影がうっすらと現れたからだ。その女性はどことなくサリーに似ている。瞬きをすると影は夜空へ消えた。
恭夜「ゾルギーノ・ドラジェ、俺はあんたと取引がしたい」
恭夜はルナと目線を合わせたままドラジェに請う。
ドラジェ「僕も情報屋だからね。取引なら聞いてあげても構わないよ」
恭夜「ゲルマを渡す。だからサリーを返せ」
ドラジェ「だが、その取引既に終わっている。答えはノーだ」
恭夜「取引出来ないなら――この刀で俺を殺してくれ」
サリー「何をバカな!」
恭夜「サリーが側にいてくれないなら死んだ方がましだ。誰でもいい。この刀で俺を殺してくれ!」
サリーの刀が輝きを増していく。
恭夜「サリーもルナもあかりも隆太も俺の大事な家族だ!誰かが傷ついたり、誰かがいなくなったり、誰も守れなかったら俺に生きる意味なんてないんだ!」
サリー「恭夜……もうやめてくれ……」
ルナ「恭夜はゲルマが嫌いなの?」
恭夜「大っ嫌いだ!あんなやつ!」
ルナ「じゃあ私も恭夜のこと、嫌いになる」
恭夜「ルナとはやっぱり分かりあえない」
ルナ「うん。死んで、恭夜」
ルナはサリーの刀を引き抜く。そして、恭夜の腹部を真一文字に切り裂いた。
恭夜「――いっ!」
顔が苦痛に歪みよろめいた。服は鮮血に染まっている。呼吸が荒くなる。
サリー「ルナッ!?なんてことを……!?」
ドラジェ「とんだ茶番だ。また僕の船を汚す気かい?」
ルナ「さようなら、恭夜」
ルナは恭夜に剣先を突き立てる。恭夜は両手を広げ待ち構えた。ルナは態勢を低くし走り出す。刃は滑らかに腹部を貫いた。刃から血が伝い床に滴り落ちる。刀を引き抜くと恭夜は膝から崩れ落ちた。
サリー「恭夜?……嘘だろ?……どうして……」
恭夜「――グフッ!」
ピクリともしなくなった。へたりこんだまま小さく口が動いている。
ドラジェ「男女の諍いほど醜いものはないよ……はぁ」
ルナは恭夜の身を案ずるどころか船の外を見渡している。
サリー「恭夜、返事をしろ!恭夜!」
恭夜「うぅ……」
サリー「ルナぁぁぁ……貴様ぁぁぁ……」
女の顔から鬼の形相へ。怒りの矛先はルナに向いている。怒りのあまり本性を剥き出しにした。その豹変ぶりにドラジェはたじろいでいる。情報屋も知らなかったようだ。
ドラジェ「サ、サリー嬢?ど、どうしたんだい?」
ルナが空を見上げた。すると、黒い人影が宙を舞い船上に降り立った。
赤き眼光と短い白髪が強烈な存在感を放つ。
――ゲルマだ。