ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
一ヶ月が経った。恭夜は星宮兄妹の近況を伝えるため病院に向かう。
母親の顔色は以前と変わらない。
母「三人で暮らすなら風邪なんて引いちゃ駄目よ」
恭夜「わかってるよ」
母「あっ!」
恭夜「気分でも悪いの?」
母「違うわよ。ちょっとそこの引き出しにファイルがあるから取ってちょうだい」
恭夜は上から順に引き出しに手を伸ばす。二段目を引くと青い分厚いファイルが見えた。埃臭さが鼻をつく。
母「この近くにアンドロイドの修理が出来る工場があるのよ」
恭夜「聞いたことないけど」
母「地図を渡すから見に行ってくれない?」
恭夜「えー、
母「別に話をしに行ってって頼んでる訳じゃないでしょ」
恭夜「アンドロイドがなかったらすぐ帰るから」
母「報告お願いね。確認出来たら後はサリーに頼むわ」
病院を出ると日が暮れていた。地図を頭に叩き込み急いで工場に向かう。人通りの少ない小道を進み正門らしき場所で足を止める。正門は施錠されており、守衛所に警備員はいない。
恭夜「ここだな」
鉄製の正門の高さは約二メートル。恭夜は少し悩んだ後距離を測り周りに人がいないことを確認する。助走を取ると跳び箱の要領で正門を飛び越えた。
恭夜「あっぶねぇ……」
明かりがなく、まるで廃工場のようだ。恭夜は人の気配を探るように歩く。するとシャッターが開いている場所に辿り着く。中は真っ暗であるが恭夜は人がいることに気づいた。
恭夜「お化けじゃないよな?」
人影を観察していると、やんわりとした風が髪を揺らした。
恭夜「すみませーん……」
ルナ「誰?」
恭夜「ここにアンドロイドがあるって聞いて来たんですが――」
暗闇から足音が大きくなる。近づく足音に恭夜は身構える。暗闇から長身の女性が現れる。恭夜の口から安堵の空気が漏れた。
ルナ「会いに来たの?」
恭夜「え?い、いやそういうわけじゃ……」
ルナ「ずっと一人」
恭夜「君はずっとここにいたの?」
ルナ「私はルナ」
恭夜「ん?あ、ああ。ルナって言うんだ。俺は――」
ルナ「あそこにずっと一人でいる」
恭夜は会話が噛み合っていないことに戸惑った。
ルナ「あの人も孤独?」
恭夜「人なんてどこにもいないけど――」
ルナ「私もずっと一人だった」
恭夜「そうなんだ」
恭夜は暗闇の中心に意識を集中させる。得体の知れない何かがこちらを見ているような気がしたからだ。
恭夜「ずっと気になってたんだけど、どこかで会ったことある?」
ルナ「この刀が教えてくれる」
恭夜「はあ?」
支離滅裂な会話に辟易しているとルナは忽然と姿を消していた。ルナの立っていた場所がにわかに湿っている。
恭夜「雨が降るなんて聞いてねぇよ……」
足早にその場を後にした。
アパートに着くとあかりが出迎える。
あかり「恭夜お兄ちゃん、おっかえりー!」
恭夜「ただいま」
隆太「兄さん、遅いよ。もうご飯出来てるよ」
恭夜「あかりが学校終わったとき雨降ってなかった?」
あかり「それ恭夜お兄ちゃんが急いで帰ってきたからじゃない?」
隆太「何かあったの?」
恭夜「あれ?俺の気のせいか……」
あかり「はっはーん!恭夜お兄ちゃん、お化けに会ったんだぁ!」
隆太「兄さんって結構怖がり?」
恭夜「美人なお化けに会ったんだよね。また会えるかなぁ」
あかり「そんな人にホイホイついて行ったら、恭夜お兄ちゃんも死んじゃうよ!そんなのイヤ!」
隆太「そんなゴキブリみたいな言い方しなくても」
恭夜「誰がゴキブリだ」
三人は夜更けまで騒ぎ続け、疲れはてて眠ってしまった。。賑やかな一日はあっという間に過ぎていく。
窓から朝日が差しこむ。恭夜は隆太の家事で目を覚ました。あかりは目を擦りながら制服に着替えている。
恭夜「今日も行ってみるか」
あかりが学校に行くのを見送ると直ぐに身支度をする。
隆太「兄さん、今日も遅いの?」
恭夜「なるべく早く帰ってくるよ」
隆太「雨が降るみたいだから傘持っていった方が良いよ」
恭夜「さすがは家政婦だ」
隆太「兄さん、夜道に気を付けてね」
隆太の目が笑っていない。どうやら機嫌を損ねたようだ。
傘を手に工場に向かう。正門を通ると守衛所に警備員がいる。事情を説明し入場許可証を首から下げる。工場内からは人の気配がする。シャッターは今日も開いていた。中を覗くと一人の男が作業している。人の形をしたロボットのような物を修理しているようだ。
恭夜「やっぱり。母さんが言ってたことは本当だったのか」
男はメガネをかけている。
恭夜「すみませーん!」
メガネは作業に没頭している。
恭夜「ちょっといいですかぁ!」
メガネはパソコンを操作している。
恭夜は無視されていると思い息を大きく吸い込む。すると女性が後ろから顔を覗きこんできた。
恭夜「うわぁぁぁ!?出たぁぁぁ!?」
メガネ「誰かいる?」
恭夜「はっ……はっ……」
ルナ「大丈夫?」
メガネ「ルナの知り合い?」
ルナ「昨日も来てた」
恭夜「あ、お、俺はアンドロイドについて調べてて――」
ルナ「ゲルマの友達?」
恭夜「ゲ、ゲルマ?」
メガネ「ゲルマって言うのは、このアンドロイドの名前みたいだよ」
ルナ「私が見つけたの」
恭夜「見つけた?」
メガネ「駄目だよ、ちゃんと説明しないと。ルナの目の前にゲルマが現れたんだけど、その日雨が降っていてショートしちゃったんだってさ」
恭夜「昨日の事?」
ルナ「違う」
メガネ「昨日は雨なんて降ってなかったし、ここ最近も降ってなかったと思ったんだけどね」
恭夜「このアンドロイドの修理ってどのくらいかかる?」
メガネ「もう終わってるんだけど、全く動かないんだよ」
恭夜「どうして?」
メガネ「さあね。僕が聞きたいくらいだよ」
恭夜「母さんに聞いてみるしかないか」
ルナ「――ゲルマ?」
恭夜はアンドロイドの雰囲気が不気味に感じた。両目から発する赤い発光体がこちらの動きを注視しているように感じたからだ。
眼鏡をかけた男の名前は和久井誠(わくいまこと)。恭夜は怪しまれる前に工場に来た目的を誠に伝えた。
登場人物紹介
サリー・ラングニック―女・20歳
5歳の時に唯城夫妻に拾われる。
恭夜を溺愛しているが、本人にその自覚はない。
恭夜の母が入院しているため代わりに生計を立てている。
二人で世界中を回っていたが、恭夜本人に快く思われていない。
ちょんまげのような髪型がトレードマーク。
勤勉で努力家。極度の船酔い体質。
得意科目は世界史(主にヨーロッパ)。
いつも刀を持ち歩いており刀身は錆や刃零れが酷く、恭夜からは拷問用の道具だと思われている。
刀の使い方は時代劇で習得。