ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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見えざる手

カインはオークション会場に入る。既に始まっているようだ。受付の男が奇妙な仮面に気づき二度見する。場内は二部オークションに集まった高尚な老若男女で溢れ帰っている。

カインは目もくれず控え室の扉を開いた。中では壮年の男が椅子で眠っていた。膝の上にはパンフレットが置かれている。この男こそフェリックス・ボロゾフ。カインの気配に気づき目を開けた。ボロゾフは再びパンフレットに目を戻す。

 

ボロゾフ「――自由と平和の女神『コスモス』。三枚で一つの絵となり右手は自由を、左手は平和を司る。本物であるのであれば是非お目にかかりたいものだが……調子はどうだ?仮面の男よ」

 

カイン「……ご期待に添えず申し訳ない」

 

ボロゾフ「娘は元気であったか?」

 

カイン「特に報告出来るような事もない」

 

ボロゾフ「そうか」

 

カイン「だが、再会は約束しよう」

 

ボロゾフ「ほう。娘がここに来ると?」

 

カイン「ああ。ラングニックの娘と共にな」

 

ボロゾフ「それは面白い事になりそうだ。あの男の娘とまみえる事になろうとは。これぞまさに女神の思し召し」

 

カイン「取り巻きはどうする?」

 

ボロゾフ「恐るるに足らん。私には矛と盾がある」

 

カイン「聞こえは良いが過信は命取りだ」

 

ボロゾフ「その仮面は弱さを隠すためにあるのか?」

 

カイン「何?」

 

ボロゾフ「ククク、私の盾は矛にもなりうるのだ」

 

室内に金属が擦れたり軋んだりする音が響く。二人は耳を塞ぎたくなるような音から距離をとった。人型の物体が姿を現しカインはのけ反った。

 

ボロゾフ「哀れな男よ。調子はどうだ?」

 

?「ギ、ギ、ギ――」

 

カイン「ふっ、こんな切り札があったとはボクが臆病だった」

 

ボロゾフ「仕事を奪ってしまうが、お前は取り巻きを見張っていればよい」

 

カイン「わかった」

 

ボロゾフがトイレのため席を立つ。カインは人型の物体に意味深な笑みを浮かべた。腰に掛けていた袋から葉っぱを取りだし手の中ですり潰す。粉を鼻に近づけた。香りを楽しんだのだろう。指を舐め余韻に浸るように目を瞑った。

 

ボロゾフ邸には恭夜、サリー、あかりの姿はない。一足先にオークション会場に向かったようだ。用意していた衣装に着替えるため部屋に閉じ籠るルナ。部屋の前では隆太とゲルマがそわそわしながら待っている。

 

隆太「今度はみんなで食事が出来そうですね」

 

ゲルマ「胸焼けがする」

 

ゲルマは神妙な面持ちで胸部分を押さえる。いつもの調子に戻ったようだ。

 

隆太「いや、心臓なんてないじゃないですか」

 

ゲルマ「まあいい、それよりもルナはいつまで待たせるんだ!ええい!しゃらくせい!」

 

ゲルマ「ウワァ!だ、駄目ですよ!着替え中なんですから!」

 

ゲルマ「くっ、(うず)きが治まらん!」

 

下腹部を押さえるゲルマ。

 

隆太「どこが疼くのかなんて聞いちゃ駄目だ」

 

ルナ「お待たせ」

 

予想外の服装に二人は驚嘆の声を上げた。使用人と同じ格好にルナは嬉しそうだ。

 

隆太「――な、なんて美しさだ!」

 

ゲルマ「まさかその格好で行くのか?」

 

ルナ「似合ってる?」

 

隆太「もちろんです!まるで女神のようです!」

 

ゲルマ「かっ!また疼きが!」

 

ルナ「どうしたの?」

 

隆太「聞くだけ無駄だと思いますよ」

 

ルナ「この(ふんどし)、すげー(こす)れるぜよ」

 

隆太「なんで穿いてきたんですか?」

 

ルナ「ふふふ、変なしゃべり方」

 

オークション会場では間もなく第三部が始まろうとしていた。場内は多くの来場者で賑わっている。

恭夜達は控え室で時間を持て余していた。

 

あかり「お腹すいたなぁ。早く始まんないかなぁ」

 

恭夜「あはは。可愛いなぁ、あかりは」

 

サリー「にやけすぎだ。ロリコンめ」

 

恭夜「また言ったな!二度ならず三度までも!頭きた!武士の顔も三度までだぞ!」

 

サリー「誰が武士だ!それを言うなら仏だ!」

 

あかりは夫婦喧嘩をよそに青いドレスを着こなすサリーを凝視する。髪を下ろしたサリーは別人のようだ。

 

あかり「サリーお姉ちゃんって本当は凄い美人なんだね」

 

サリー「誉めているのか、馬鹿にされてるのかわからん」

 

恭夜「なんで素直になれないかなぁ」

 

あかり「あの髪型、止めた方がいいと思うよ」

 

サリー「……」

 

恭夜「違うんだよ。あの髪型は俺のためにしてくれてるんだ」

 

あかり「恭夜お兄ちゃん、あの髪型の女性が好きなの?」

 

恭夜「ある意味、あの髪型が似合う女性が好きなのかもしれない」

 

サリー「悪かったな、似合わなくて。ルナの方がスタイルも抜群で、女性らしくて可愛いしな」

 

あかり「ルナお姉ちゃんはルナお姉ちゃんだよ」

 

恭夜「青いドレスも似合うじゃん。ね?あかり」

 

サリー「――これは仕事をするためだ」

 

あかり「仕事?」

 

サリー「ドレスは仕事をするとき以外着るつもりはない」

 

あかり「でもアタシは今のサリーお姉ちゃんが好きだな~」

 

サリー「考えとく」

 

恭夜「それは楽しみ」

 

あかり「恭夜お兄ちゃんも今のサリーお姉ちゃんの方がいいと思うでしょ?」

 

恭夜「俺はどっちも好きだよ」

 

あかり「なんかズルい」

 

サリー「し、仕事があるから私は先に行く」

 

あかり「顔が真っ赤だったよ!タバスコみたいに!」

 

恭夜「それならケチャップの方が良くない?」

 

定刻になり第三部が幕を開けた。気品溢れる紳士淑女がどっと押し寄せる。恭夜達は波に流されるように中央へと動く。

 

サリー「凄まじい熱気だな」

 

あかり「ルナお姉ちゃん達、どこにいるの?」

 

恭夜は目を丸くして訝しむ。違和感を覚えたのは会場にいた人間全てだ。

 

恭夜「な、なぁ?あれってルナ……だよな?」

 

サリー「ゲルマと隆太もいるな」

 

あかり「この会場ってコスプレしてもいいの?」

 

恭夜はルナが放つ大人の色気に目を奪われた。

サリーは強烈な嫉妬心で恭夜を半ば強引に振り向かせた。

 

サリー「おい!こっちを見ろ!」

 

あかり「やめてよ!サリーお姉ちゃん、バカップルみたいだよ!」

 

端の方から恭夜達を探していた隆太は周りから痛いほどの視線を感じていた。

 

隆太「兄さん達、向こうにいますよ」

 

ゲルマ「サリーは青いドレスを着ているのか。前回は赤だったから次は黄色だな」

 

ルナ「信号機みたい」

 

隆太「サリーさんに斬られますよ」

 

ゲルマは電子音を奏でながら周囲に注意を払う。もちろんルナを獣のような男達から守るためであろう。

隆太達は人垣を掻き分け合流した。

 

あかり「ルナお姉ちゃん、メイド姿もかわいい!」

 

ルナ「ありがとう、あかり」

 

サリー「なぜメイドなのだ?」

 

ルナ「私の夢だから。恭夜似合う?」

 

恭夜「ずっとその格好でいてよ」

 

あかり「――恭夜お兄ちゃんの浮気者!」

 

ゲルマ「――マスターのエロ男爵!」

 

隆太「――兄さんの変態!」

 

サリー「――このスケコマシ!」

 

恭夜「エロ男爵だけは絶対に認めねぇ!」

 

ルナ「ふふふ、みんな面白い」

 

会場が暗転する。始まったようだ。

ライトアップされた舞台に司会者が現れる。

 

司会者「さあ!皆さん大変長らくお待たせ致しました!」

 

隆太「なんだか凄いお宝が出てくると思うとワクワクしますね!」

 

あかり「ここにいる人達ってみんなお金持ちなんだよね?」

 

サリー「どうだろうな?必ずしもオークションに参加している人間だけとは限らないからな」

 

司会者「ただ今より夜の部を開催致します!」

 

舞台の両端から巨大な板のような品物が運びこまれる。大掛かりに準備された品物には布が覆い被さっている。

 

司会者「まず最初の出品は絵画です!」

 

恭夜「でかくね?」

 

ルナ「うん」

 

司会者「こちらの作品はかつて盗難により消失されたとされる二枚の絵画!その名も――」

 

ゲルマは握りこぶしを閉じたり開いたりしている。周囲を警戒しているようだ。

 

司会者「秩序の女神『コスモス』!」

 

恭夜「へ?」

 

サリー「……っ!?」

 

ルナ「うそ!」

 

ゲルマ「これは……」

 

あかり「隆太お兄ちゃん、この絵画知ってる?」

 

隆太「どこかで見たような……」

 

司会者「今回は『右手の自由』、そして『左手の平和』が出品されました!さあ――」

 

一同は司会者の言葉に耳を疑った。会場はざわめく。悲鳴と歓喜の不協和音。驚きの声を上げる者、恍惚の表情で見つめる者、更にはよほど嬉しかったのか泣き出す者までいる。

オークションが始まると徐々に静寂を取り戻し淡々と進行していく。

三十分で初老の男が落札した。口髭を蓄え髪はボサボサ、外見からでは高貴さは一切見てとることは出来ない。サリーと目があった。初老の男は何かを喋っているが遠すぎて聞き取ることは不可能だ。サリーが近づこうとすると目の前に大柄の男が立ち塞がり見えなくなった。押し退けたが既に立ち去っていた。

オークションが終わりと食事会が催される。あかりと隆太は長丁場で疲れ切っていたのか、豪華なバイキング形式の料理をこれ見よがしに胃袋へ流し込む。恭夜はサリーが化粧直しに行っている間にルナのメイド姿を目に焼き付けていた。だが、ルナの元に野獣達が押し寄せる。ゲルマはルナを不安にさせまいと常に男達の間に割って入る。

 

隆太「ルナさん、色んな男の人達に囲まれちゃったけど大丈夫かな?」

 

恭夜「ゲルマがついてるはずだし、大丈夫っしょ」

 

あかり「ねえねえ、あそこに怪しい仮面着けた人がいるんだけど」

 

隆太「どこにそんな人が――ああ!」

 

恭夜「目を合わせちゃ駄目だ」

 

あかり「なんか食べながらこっちきたよ。しかも腰につけた袋をぶらぶらさせてるし」

 

カイン「やあ、キミ達。あまり物欲しそうな顔で見ないで欲しいな。それともこのエクレアがそんなに欲しいのか?ん?こっち?申し訳ないが、この袋は柑橘の香り漂うお気に入りの一品なんだ」

 

カインは楕円形の袋を背負っている。薄茶色の袋は年季が入っていて、所々糸がほつれている。

 

隆太「駄目だよ、あかり。怪しい人から変な物貰っちゃ」

 

恭夜「またルナに会いに来たのか?」

 

あかり「エクレア仮面さんはルナお姉ちゃんを探してるの?」

 

カイン「エクレア仮面ではない。ボクの名はカインだ。それとルナを探さなくてもあんな格好していればすぐ目に入る」

 

隆太「ですよね」

 

恭夜「じゃあオークションに参加してたのか」

 

カイン「あの女神の絵画は今日の目玉だったようだが、ボクには理解できない代物だ」

 

あかり「じゃあエクレアを食べに来ただけなの?」

 

カイン「ボクも手持ちぶさたでは帰れない」

 

隆太「それじゃサリーさんをナンパしにきたんですね!どうぞどうぞ」

 

あかり「隆太お兄ちゃん、サリーお姉ちゃんに斬られるよ」

 

カイン「ボクはルナの方が好みだ。それよりさっきから青いドレスを着た女がこちらを幾度も伺っているようだが、キミならわかるか?」

 

恭夜「俺も不思議に思ってるんだ」

 

あかりと隆太は阿吽の呼吸で溜め息をついた。

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