ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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揺さぶる天秤

その時であった。耳をつんざくような銃声に会場は騒然となる。状況に気づいた参加者達が我先にと出入口に殺到する。

恭夜はあかりと隆太を瞬時に見つけ駆け寄った。サリーは状況を確認するため膝をついた。ゲルマはルナの腕を引き寄せ中央に陣取る。

カインはこれからが本当のオークションだと言いたげに壁に持たれ掛かっている。

 

?「アイタカッタヨ……ギギ」

 

聞き覚えのある声にサリーは鳥肌が立った。

 

サリー「な、なんだ?」

 

威厳のある出で立ち。その場に居合わせた人間が身震いした。赤黒いスーツを着こなし首元には天秤を模したようなバッジを着けている。腰に携帯している拳銃のシルエットにゲルマは身構えた。

 

ボロゾフ「ご挨拶だ。ゾルギーノ・ドラジェ」

 

恭夜「ゾルギーノ・ドラジェだって!?」

 

サリー「バカな!?」

 

ルナ「生きてる?」

 

ゲルマ「なんだあの姿は?」

 

全身を機械化させた哀れな姿にゲルマは同情を隠せなかった。

 

ボロゾフ「元気そうだな」

 

ルナ「……」

 

恭夜「あかり、隆太。俺達から離れるな」

 

ボロゾフ「そんな顔をするな。お前を出迎えに来たのだ」

 

ルナ「私は行かない」

 

ゲルマ「無理矢理連れ去る行為は誘拐だ。弁護士のあなたが理解出来ないはずがない」

 

ボロゾフ「部外者に用はない。これは私達親子の問題だ」

 

恭夜「あんた、ルナの気持ち考えたことあるのか?」

 

ボロゾフ「何?」

 

恭夜「ずっと一人にしてたんだってな」

 

ボロゾフ「使用人を雇っている」

 

ゲルマ「親としての役目はなんだ?」

 

ボロゾフ「愚問だ。正解などない」

 

隆太「ルナさんはあなたについていけば幸せになれるんですか?」

 

ボロゾフ「それも愚問だ」

 

あかり「ルナお姉ちゃんをどうするつもりなの?」

 

ボロゾフ「私の仕事を手伝ってもらう。そして私が認めた男の元へ嫁がせる」

 

ルナ「私の未来は私が決める」

 

ドラジェ「シアワセニ、デキルオトコハ、ツネニカネト、ケンリョクヲ、モチアワセテイルモノダヨ」

 

サリー「違う!人には自らの未来を切り開く力がある!」

 

ゲルマ「それを否定するものに我らを引き裂くことはできない」

 

ボロゾフ「ククク……ハッハッハ!」

 

ルナ「私は皆が好き。パパは私が嫌いなの?」

 

ボロゾフ「親が子を愛さぬわけがなかろう」

 

隆太「信用できません!」

 

あかり「ルナお姉ちゃんを幸せに出来るのは私達だけだよ!」

 

ボロゾフ「若造どもが知った風な口を――そこまで言うのならば私が現実を教えてやろう!」

 

ルナは背後に殺気を感じ振り返った。目を疑いたくなるような影に戦慄した。額から汗が滴り落ちる。

 

シェリーヌ「――お許しください。お嬢様」

 

シェリーヌは恭夜達の退路を断つように対峙する。

 

ルナ「!」

 

恭夜「メ、メイドさん!?」

 

サリー「考えたくはなかった」

 

ゲルマ「悪い夢を見ているようだ」

 

隆太「冗談……ですよね?」

 

あかり「味方……なんだよね?」

 

シェリーヌ「私は使用人です」

 

ボロゾフ「全ては使用人カルピンスキーから聞きえている。娘の事を家族だのとぬかしたそうだな」

 

サリー「あの時の会話は不自然だった。なぜ素直にガソリンを与えたのか」

 

シェリーヌ「もちろん演技でございます」

 

恭夜「ゲルマが人間じゃないことを知ってたってことか」

 

シェリーヌ「皆さんには大変申し訳ないことをしました」

 

ルナ「私は……信じてた」

 

ルナは目を潤わせる。今にも涙が(こぼ)れてしまいそうだ。

 

シェリーヌ「ワタクシはお嬢様の世話をしている身でございます」

 

ルナ「でも……でも……」

 

シェリーヌ「皆様に感謝しているのは本当でございます。今までお嬢様と仲良くして頂き――」

 

サリー「二度も言わせるな!」

 

シェリーヌ「!」

 

ゲルマ「忘れたとは言わせん」

 

あかり「ルナお姉ちゃんはメイドさんが思ってるほど弱くない!」

 

隆太「ルナさんは僕達の女神なんです!」

 

恭夜「俺達はこれでも家族なんだ」

 

カインは仮面に手を当て肩を震わせている。シェリーヌは何かを確信したような眼差しをルナに向けた。

 

ボロゾフ「私を怒らせるな。若造などに二度とシャバの空気を吸わせぬようにしてやる!カルピンスキー、ドラジェ、カイン!こやつらを引っ捕らえろ!」

 

号令にも関わらずカインだけその場を動こうとしない。

 

シェリーヌ「お覚悟を、お嬢様」

 

ルナ「どうして?」

 

ドラジェ「サリー、コンドコソ、ボクノアイヲ、キミニ」

 

サリー「私はしつこい男に興味ありません」

 

サリーはいつになく切り替えが早い。決意は固いようだ

 

ゲルマ「あの男は機械の体にされているようだ」

 

恭夜「ルナの刀があればあんなやつボコボコに出来るのにな」

 

ゲルマ「マスターが好きな方を選ぶんだ」

 

恭夜「意地悪な質問だな。俺は二人とも助ける」

 

ゲルマ「ならばルナに助太刀する!」

 

恭夜「おい!サリーを見捨てるな!」

 

カインは腕を組み壁にもたれている。あかりと隆太が近づいてくるのを見て姿勢を正した。

 

隆太「エクレアのカイザーさんはどちらの味方なんですか?」

 

カイン「ボクはカインだ。あえて言うならボクはボロゾフに加担している」

 

あかり「やっぱり敵なんだ」

 

隆太「どうして何もしないんですか?」

 

カイン「迷っているからだ」

 

あかり「迷ってる?」

 

カイン「キミ達の言葉を聞いてやるせなくなってしまった」

 

隆太「お願いです!僕達はどうなっても構いません!だからルナさんを、みんなを助けてください!」

 

カインは仮面を手で覆う。二人に向けていたもの寂しい眼差しを窓から覗きこむ月に向けた。

 

カイン「……」

 

あかり「隆太お兄ちゃん……」

 

カイン「ゲルマ……」

 

隆太「え?」

 

あかり「ゲルマって、ゲルマお兄ちゃんのこと?」

 

カイン「ゲルマについて聞かせて欲しい」

 

窓から月明かりが差し込み、サリーの刀は光を帯びていく。

 

サリー「チッ!刀が効かぬとは」

 

恭夜「俺も手伝いに――」

 

サリー「邪魔だ」

 

恭夜「なんだって?」

 

サリー「そこで見てろ」

 

恭夜「……はい」

 

ドラジェ「トドケ、ボクノオモイ」

 

ドラジェは両手をサリーに向けて放つ。

 

サリー「そんなもの――」

 

弾丸のように発射された拳を薙ぎ払う。

 

ドラジェ「ギギ!」

 

サリー「次は私の番だ!」

 

刀を振り上げ飛びかかる。

 

サリー「一刀両断!」

 

ドラジェは両腕をクロスさせ刀を受ける。

 

ドラジェ「ギギギギギギ」

 

サリー「厳しいか」

 

ドラジェの両目が宝石のように赤く光った。

 

恭夜「サリー!伏せろ!」

 

サリー「なに――」

 

眼球から放たれた光線はサリーの右肩を貫いた。青いドレスが黒ずんでいく。

 

サリー「ぐぅ……不覚……」

 

恭夜「サリー、俺が――」

 

サリー「うるさい……そこで黙って見てろ」

 

恭夜「わかったよ、でも――」

 

サリー「私が守るから」

 

恭夜は既視感を覚え心臓の鼓動が速くなる。刀から発する光が同調する。

 

ドラジェ「ボクナラ、キミヲ、キズツケサセナイ」

 

サリー「どの口が言う」

 

右腕は力なくだらりと垂れ下がり血が重力に従い指先から滴り落ちる。

サリーは刀を左手に持ち替えた。

 

サリー「これで終わりにする!」

 

刀を真横に構えると刀身に光が凝縮していく。

 

サリー「貴様の首、捻斬(ねじき)る!――月影気斬(げつえいきざん)!」

 

刀を真一文字に振り抜く。巨大な月の刃がドラジェの首目掛けて穿つ、と誰もが思った。

 

ドラジェ「ギギ!」

 

頭を外し月の刃の盾にした。衝撃でドラジェの体が剥離する。

 

恭夜「そんなのありかよ!」

 

ドラジェ「――アブナカッタヨ」

 

目玉が抉れ赤き眼光が剥き出しになる。ドラジェは何事も無かったように頭をはめ込んだ。

 

サリー「くそが……」

 

恭夜「体全部、機械になってるのか」

 

サリーは脱力するようにへたりこんだ。恭夜が支えるように寄り添う。

 

サリー「もう打つ手はない」

 

恭夜「だからって腹を斬るのはなしだよ」

 

サリー「フッ」

 

ドラジェ「サリー、ワカッタダロウ?ボクノホウガ、キミヲマモレルコトヲ」

 

恭夜「だってよ」

 

サリー「世迷いごとを聞く余裕はない」

 

恭夜「傷塞がないと」

 

教夜はサリーの傷口を手で押さえた。

 

サリー「うっ……私は大丈夫だ……」

 

ドラジェ「オマエ、サリーカラ、ハナレロ」

 

抑揚のない喋り方だが言葉の節々から敵意を感じ取れる。

 

恭夜「ちょ、ちょっと待って!」

 

ドラジェ「?」

 

恭夜「サリーを本当に愛してるなら、どうして傷つける?」

 

ドラジェ「フリムイテ、ホシイカラダヨ」

 

恭夜「そっか」

 

サリー「あの男の話を真に受けるぐらいなら、私の目を見てくれ」

 

恭夜「嘘じゃないと思うけどな」

 

サリー「あの男の話を受け入れろと?」

 

恭夜「そうじゃないけど……けどさ……」

 

恭夜はドラジェの言葉を反芻するように耳を傾けていた。

サリーはその表情に奥ゆかしさを感じたのかもしれない。奥底に秘めていた想いを呼び起こした。

 

サリー「恭夜、私の目を見てくれ」

 

恭夜「なんだよ――!!!」

 

サリーは左手で恭夜の顔を引き寄せる。ドラジェから見れば唇を重ねているようにしか見えなかった。

 

ドラジェ「グググッ!?」

 

サリー「恭夜、愛してる」

 

恭夜は恥ずかしさで惚けてしまった。

 

ドラジェ「ミトメナイゾ!ボクハ、ミトメナイ!」

 

サリー「私を守ってくれ」

 

恭夜「……うん」

 

ドラジェ「コロシテヤル、イツワリノ、キシメ!」

 

ドラジェは握手するように両手の指を向ける。そして勢いよく発射した。

 

恭夜「くっ……」

 

指の弾丸は体を掠める。恭夜はサリーから刀を取り上げた。

 

恭夜「刀借りるよ」

 

サリー「は?」

 

ドラジェ「ナニヲ?」

 

恭夜は刀を天井に向けて放り投げた。不規則な回転のまま落下する。

 

サリー「ま、まさか――」

 

恭夜「いっけぇ!ボレーシュートォォォッ!」

 

(つか)を目一杯蹴りつける。刀は矢のような軌道を描き加速する。ドラジェは右手を前に出し受けて止めようとするが、刃に凝縮されたエネルギーに耐えきれない。腕を巻き込み胸元を串刺しにした。壁に叩きつけられ悲鳴のような金属音を轟かせる。

 

ドラジェ「ギギィィィ!」

 

サリー「刀は私の魂だぞ!」

 

恭夜「武士みたいなこと言うなよ。でもこれで動け―― !」

 

ドラジェは原型を留めない腕と左手を器用に使い胸元に刺さる刀を挟む。強引に引き抜いた。

 

恭夜「駄目か」

 

ドラジェ「ビンボウニンハ、シッソナセイカツヲ、オクッテイレバイイノニ」

 

恭夜「貧乏人だって人を好きになるんだ」

 

ドラジェ「ダケド、エラブケンリガ、アルノハ、ボクミタイナ、カネモチサ」

 

恭夜「金も必要かもしれない。でも一番大切なのは人を好きになる心だ」

 

ドラジェ「ボクハ、ヒトヲシンヨウシナイ。シンズルハ、ザイリョクノミ」

 

恭夜「俺はお金がなくても今が一番幸せだ」

 

ドラジェ「オマエガ、ソウオモイタイ、ダケダロ」

 

恭夜「人は一人じゃ生きてはいけない。支えあって生きていくんだ。あんたはそれをわかってない!」

 

ドラジェ「ボクニ、セッキョウスルナ!」

 

ドラジェは再び赤き光線を放つと同時に残っていた左手も発射させた。

 

恭夜「げっ!」

 

タイミングは完璧だ。ドラジェは恭夜の動きを計算し狙いを定めていた。ゲルマのヒートレーザーよろしく熱線は避けられた。だが、バランスを崩され思考も働かせる間もなく拳を鼻で受けてしまった。血を吹き出しながら弾け飛ぶ。

 

サリー「なぜ避けないんだ!?」

 

恭夜「……鼻は……どこだ?」

 

鼻血を垂れ流したまま床をまさぐる。ふざけている様子はない。

 

サリー「鼻はついているが……」

 

ドラジェ「ジャクシャハ、ユルヤカニ、シンデイケバイイノサ」

 

恭夜「……つまらないヤツ」

 

ドラジェ「ナンダイ?」

 

恭夜「……よく言われるだろ」

 

ドラジェ「ニンゲンハ、ツマラナイ、イキモノダヨ」

 

恭夜「あっそ」

 

ドラジェ「コレデ、サヨウナラダネ」

 

教夜は鼻を押さえながら立ち上がる。そしてドラジェに背を向けた。

 

恭夜「サリー、タイミングを計って」

 

サリー「タイミング……む、無理だ!私には出来ない!」

 

恭夜「俺はサリーを信じてるから」

 

(まぶた)をゆっくりと閉じる。

 

ドラジェ「ビンボウニンノ、シンゾウヲ、ボクノテデ、エグリダシテヤロウ!」

 

ドラジェは恭夜の心臓に突進を始める。あっという間に距離を縮める。恭夜にとっては一瞬かもしれないが、サリーにとっては永遠に感じた。それはサリーが望んでいたものだったからだ。

恭夜の死を想像したのか目を閉じてしまう。身を震わせ涙が流れる。蹴り捨てられた刀が呼応する。時間が少し止まったような気がした。

腹の底から愛する者の名を叫ぶ。

 

サリー「――きょうやぁぁぁっ!!!」

 

恭夜は目を見開き、後方へ飛び上がる。意表を突かれたドラジェはスピードを落としてしまった。自転車を漕ぐように振り落とされた足はドラジェの頭部を直撃した。

 

ドラジェ「グギャアァァァ!!!」

 

悲鳴のような奇声を上げて床にめり込む。首まわりから煙がたちのぼり、その後は一切動かなくなった。

 

恭夜「見たか!これが貧乏人のバイシクルだ!」

 

ゆっくりと目を開けるサリー。涙で視界がぼけているのだろう。恭夜を見つけることが出来ない。恭夜は千鳥足でサリーの元に向かう。膝を枕にし横たわる。

 

サリー「あんな無茶なやり方が通用すると思っていたのか?」

 

恭夜「……サリーだったから」

 

サリー「え?」

 

恭夜「サリーにカッコいいとこ見せたかったから」

 

サリー「鼻血さえなければカッコよかった」

 

恭夜「じゃあ鼻血が止まらないから膝も借りるね」

 

サリー「ああ」

 

教夜は眠るように目を閉じた。

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