ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~   作:公私混同侍

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水のワルキューレ

ボロゾフはサリーの刀に思い当たる節があるようだ。

 

ボロゾフ「可笑しな力を持っているようだな」

 

ゲルマ「白々しいのはその鷲鼻だけで十分だ」

 

ボロゾフ「自由と平和の女神はどちらに微笑むのだろうか?」

 

ゲルマ「何が言いたい?」

 

ボロゾフ「当時、無名の画家であったライナ・リゲイリアは例の絵画を完成させた直後、歴史の表舞台から姿を消した」

 

ゲルマ「ライナ?……リゲイリア?……」

 

ボロゾフ「そして、あの絵画は不吉な力を秘め――」

 

ゲルマ「ライナ……ぐっ!」

 

ゲルマはふらつき何かに取り憑かれたように苦しみだした。

 

ボロゾフ「三枚の絵画を所有した者は永遠の名誉と強大な権力を得たという。もちろん一国の支配者になった者もいた。だが――」

 

ゲルマ「俺は……」

 

ボロゾフ「その一枚は私の手の内」

 

ゲルマ「守れなかった……」

 

ボロゾフ「それは残念だったな」

 

ゲルマ「ボロゾフ……お前は知っているのか?ライナはこの世界にいるのか?」

 

ボロゾフ「私は知らぬ。だが、あの男なら――」

 

カイン「ゲルマ、ボクはあの絵に触れてこの時代にやって来た。恐らくキミもそうだ」

 

ゲルマ「……」

 

カイン「あの絵画が完成した時、ライナは不治の病で命を落とした。そして、キミはあの絵を守ろうとしたんだ」

 

ゲルマ「俺はライナに……」

 

カイン「三枚の絵画はもうじき揃う。そうすればボク達も元の時代に帰れる」

 

ボロゾフ「残り二枚の絵画は既にあの男の手に渡った。これで全ての神器(レガリア)が揃った」

 

二つの影が鏡に写し出されたように立っている。一方では水を空気中に漂わせ、また一方では水を氷に変えてしまいそうなほど冷たい眼光を放っている。

 

シェリーヌ「ワタクシはお嬢様に手荒な手段を用いたくありません」

 

ルナが「おば様もみんなを傷つけるの?」

 

シェリーヌ「目的のためならば」

 

ルナ「こないで!」

 

ルナは剣先を向け空気中の水をシェリーヌの周りに漂わせる。

 

シェリーヌ「芸がありませんね」

 

シェリーヌは護身用の短刀を持ち出し露を払う。ルナは慌てて刀を斜めに降り下ろす。

シェリーヌは水の刃をその身に受けるも、持っていた短刀で刀を抑え、空いてる左手で拳を作り腹部に一撃を見舞った。

 

ルナ「うっ!……げほっ……げほっ」

 

シェリーヌ「次は刀を二度と握れないように致しましょう」

 

ルナはふらつき方膝をついた。刀で体重を支える。目を潤ませながらサリーと恭夜を見つめ口元を緩ませる。

 

ルナ「私ね、助けてあげたんだよ」

 

シェリーヌ「はい?」

 

ルナ「海で溺れた恭夜を助けたの」

 

シェリーヌ「なんと!?」

 

ルナ「恭夜は覚えてくれてたんだ」

 

シェリーヌは自らがルナに譲った刀を見る。ルナは刀を抱きしめ過去を語り始めた。

 

ルナ「この刀が不思議な力を持ったのはその時から」

 

シェリーヌ「お嬢様には大切な人がおられますか?」

 

ルナ「みんな大切だよ。もちろんおば様も」

 

シェリーヌ「ワタクシの目は誤魔化せませんよ」

 

ルナ「え?」

 

シェリーヌ「好きな人がおられるのではないですか?」

 

ルナ「私は……みんなが好き」

 

シェリーヌ「答えたくないのであればそれでも構いません。ですが――」

 

シェリーヌはサリーと恭夜を一瞥する

 

ルナ「私も……」

 

シェリーヌ「その言葉は本人に伝えたらよろしいのでは?」

 

ルナは目元を拭う。

 

ルナ「私ね、もう一人じゃないよ」

 

シェリーヌ「立派になられました」

 

ルナ「それに夢もあるの」

 

シェリーヌ「是非、お聞かせ願いますか?」

 

ルナ「おば様みたいなメイドさんになるの」

 

シェリーヌ「もう叶えているではないですか」

 

ルナ「似合ってる?」

 

シェリーヌ「服に着られているようにお見受けします」

 

ルナ「ふふふ」

 

シェリーヌ「お嬢様はどうなされたいのですか?」

 

ルナ「私、もう帰らない」

 

シェリーヌ「お父上様が許して下さるとは思えませんが」

 

ルナ「それでもいい」

 

シェリーヌ「……」

 

ルナ「今まで、私の家族でいてくれてありがとう」

 

ボロゾフ「何をしている?カルピンスキー」

 

シェリーヌ「ボロゾフ様、もうよろしいのではないでしょうか?」

 

ボロゾフ「確かに拒むと言うのなら致し方ないのかもしれないな」

 

ボロゾフは所持していた拳銃をルナに向ける。ルナは銃口を睨みつける。

 

シェリーヌ「お止めください!」

 

カインは小さく舌打ちした。

 

隆太「ルナさん!」

 

あかり「そんな……どうして?」

 

ゲルマ「……何が……どうなっている?」

 

ボロゾフ「これが最後の警告だ。私と一緒にこい!」

 

ルナは首を横に振る。

 

ボロゾフ「ならば――」

 

隆太がルナの前に立った。足がガクガク震えている。

 

隆太「う、撃てるもんなら撃ってみろ!」

 

あかり「隆太お兄ちゃん!」

 

ルナ「ダメ!逃げて!」

 

ボロゾフ「娘をたぶらかした挙げ句、私に楯突くとは」

 

隆太「親子で傷つけあうなんて僕には堪えられません!」

 

ボロゾフ「親には子をしつける義務がある」

 

隆太「あなたは親なんかじゃない!」

 

ボロゾフ「ならば教授してもらいたいものだ。正しい親の在り方とやらを」

 

隆太「……僕とあかりは十年前に母と父を事故で亡くしました」

 

ボロゾフは不快な表情で鼻を鳴らした。

 

隆太「だから家族の思い出はほとんどありません。それでも僕はあかりと力を合わせて生きてきました」

 

あかりは隆太を見つめている。思うところがあるのだろう。

 

隆太「ルナさんが頼れるのはメイドさんしかいなかった……ずっと孤独だったんですよ」

 

ボロゾフ「それは過去の話だ」

 

隆太「僕は今の話をしてるんです」

 

ボロゾフは弾丸の数を確認する。隆太の全身が強ばる。ゲルマがボロゾフの拳銃に手を伸ばそうとしたがカインが制止した。

 

ルナ「隆太……」

 

隆太「ルナさんは僕が守ります。だから――」

 

ボロゾフ「二度も言わぬ。そこをどけ」

 

隆太「僕の人生に……」

 

ボロゾフ「なんだと?」

 

隆太「後悔という文字はありません!」

 

ボロゾフは憤怒に満ちた表情で引き金に手をかける。シェリーヌは引き金が引かれるのを予測し隆太の前に立った。躊躇いもなく弾丸が放たれる。シェリーヌの腹部を貫いた。

 

シェリーヌ「――うっ!」

 

隆太「メイドさん!」

 

ルナ「おば様!」

 

あかり「い、いやぁぁぁ!」

 

ゲルマ「カイン、なぜ止めた?」

 

カイン「……」

 

ボロゾフ「お前まで私に楯突くのか?私に雇われた分際で」

 

シェリーヌ「うっ……ご心配……なさらず……」

 

ルナ「許さない……」

 

隆太「ルナさん?」

 

刀を握るルナ。水の粒子がボロゾフの拳銃を覆っていく。ボロゾフが慌てて引き金を引くが弾丸は発射されない。

 

ボロゾフ「何だ?何なんのだこれは?」

 

水は次第に腕を通り、肩、首を伝い顔を覆っていく。

 

ボロゾフ「小賢しい真似を!私の息の根を止めると言うか!?」

 

カイン「なんということだ」

 

ルナ「死んで……死んで……」

 

顔を水で覆われたボロゾフは焦りと苦悶の表情を露にする。左手で水を掻き出しているが窒息するのも時間の問題だ。

 

ゲルマ「ルナ!」

 

ルナ「!」

 

ゲルマ「マスターが悲しむ。たとえ不義理の親だとしても手にかけてはいけない」

 

ルナ「ゲルマ……」

 

ボロゾフの息の根を止めようといていた水は風船のように弾け床に飛び散った。

 

ボロゾフ「――ハァァァ……ホッ!ゲホッ!」

 

手と膝を床につけ呼吸を整えている。

 

ボロゾフ「ゴホッ……ゴホッ……はぁ……はぁ……」

 

ゲルマはボロゾフに近づく。

 

ゲルマ「大丈夫か?」

 

ボロゾフ「よくも……私を……こけにしてくれたな……このガキどもが……」

 

ゲルマ「フェリックス・ボロゾフ。答えてもらおう。あの絵はどこで手にいれた?」

 

ボロゾフ「知らんな」

 

ゲルマ「ではオークションに出されていた絵を買った人物との面識は?」

 

ボロゾフ「あるかもしれん」

 

ゲルマ「ゾルギーノ・ドラジェは生きているのか?」

 

ボロゾフ「私は知らん」

 

ゲルマ「なるほど、大体は理解できた。ドラジェのコピーを差し向けた人物、そして絵を買った人物も同じ。だとすればその人物が黒幕ということか」

 

ゲルマ「カインはどうする?」

 

カイン「考えさせてくれ」

 

ゲルマはあたりを見回している

 

カイン「もうすぐ警察が来る。まだやらなければならないことがあるのなら逃げた方がいい」

 

ゲルマはカインの言葉を聞き恭夜とサリーの元に駆け寄る。

 

ゲルマ「ルナ、隆太、あかり、すぐにここを出る。マスターとサリーは任せてくれ」

 

ゲルマは恭夜とサリーを両脇で抱える。

シェリーヌはルナと隆太に支えられ会場を後にした。

 

ボロゾフ「何をしておる!何故逃がした!」

 

カイン「娘を探していると依頼を受けたのだ。ボクとしてはボロゾフ氏の先ほどの蛮行は受け入れがたい」

 

ボロゾフ「あの男の右腕と聞いていたから置いといてやっているのだ!私に刃向かうというのなら――」

 

床に落ちている拳銃を手繰(たぐ)り寄せる。

 

カイン「告げ口したければすればいい。だが、あなたが生きていればの話だ」

 

ボロゾフ「そんな脅迫に――」

 

カインは稲妻の仮面を投げ捨てた。

 

カイン「尻拭い――してもらおう」

 

ボロゾフは拳銃を向ける。見抜いていたカインは発砲音と同時に大剣で腕ごと薙ぎ払った。

 

ボロゾフ「ウワァァァ!?!?!?わ、私の腕がぁぁぁ――」

 

腕を薙ぎ払われたボロゾフは痛みで絶叫しのたうち回る。カインはボロゾフを尻目に会場から姿を消した。立っていた場所にはレモンの残り香が漂う。

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