ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
ゲルマは意識を取り戻した。見慣れない部屋だ。目頭を押さえながら上体をゆっくり起こす。首と額に包帯が巻かれている。体の節々が痛む。足が重い。折れているわけではない。ライナが寝ているからだ。
ゲルマ「くそっ……」
息を吐くように愚痴を漏らす。するとライナが目を覚ました。
ライナ「ゲルマ?」
扉が開きカインがやって来た。
ゲルマ「カイン?何故ここに?」
ライナ「カインがたまたま通りかかってゲルマを村まで連れて来てくれたの」
ゲルマ「そうか。お手を
カイン「キミは女性がいてもその調子なのか。その律儀さは戦場だろうが舞踏会だろうが容易に想像出来るね」
ライナ「ゲルマはカインと知り合いなの?」
ゲルマ「ああ、カインはオレの友人だが……ライナはどういう関係なんだ?」
ライナ「このツンツン男、ずっとワタシを監視してた変態よ」
ゲルマの目頭がピクッと動く。
カイン「誰がツンツン男だ。誤解を招くような物言いはしないでほしいね。ゲルマの傷が開いてしまう。そもそもボクはキミの心配なんてしていない。ゲルマの様子を見に来ていただけだ」
ゲルマ「オレの様子を見に来ていた?……オレはどのくらい眠っていたんだ?」
ライナ「三日よ。お医者様にいつ意識が戻るか分からないって言われたから、ワタシずっと心配してたのよ」
ゲルマ「三日だと?まずい……オレは帰る」
ゲルマはベッドから出ようとした。だが、首に激痛が走った。苦悶の表情で床に膝をつく。
ライナ「ダメよ!まだ安静にしてなきゃ」
ゲルマ「オレは……約束を……」
ライナ「え?」
カイン「ちょっといいか?」
ゲルマは首が動かせないので視線だけ合わせる。
カイン「ライナ、ゲルマと二人で話がしたい。キミがそばにいたって止めることは出来ない。それに怪我でもしたら仕事に支障が出るだろう?」
ライナは返事をしなかったがカインの言葉を聞き入れ部屋から出ていった。
カインはゲルマをベッドに寝かせ扉の横に置いてあった椅子を持ってくる。
カイン「ライナから全て聞いたよ。キミが女性と会話をするなんて驚いた」
ゲルマ「あの女が絡んできたんだ。どうしようもなかった」
カイン「熊の皮を被った女とはライナの事か。ちょっと意外だったよ」
ゲルマ「あの女、またベラベラと喋ったのか。だから嫌なんだオレは」
カイン「その割にはライナに冗談を言ったみたいだね。キミらしくない」
ゲルマ「冗談?オレは本気だったんだ。うるさい女を黙らせようと思って馬をけしかけたんだ」
カイン「そしたら愛馬に蹴られたと?」
ゲルマ「くっ……」
カイン「ハッハッハ!ごめんごめん、調子に乗りすぎた。それにしてもキミの体には脱帽したよ。馬に蹴られたら普通は即死ものだよ。なのに頭のヒビと首の
ゲルマ「正直、オレにも理解出来なかった。オレ以外の人間に興味を示すなんて今までなかった。それに女を簡単に乗せるなんてあり得ない事なんだ」
ゲルマは身振り手振りで話す。不恰好な動きにカインは口元を手で隠している。
カイン「そ、そうか。それは災難だったね」
ゲルマ「災難?」
カイン「い、いや。言葉を間違えたよ。なんて言えばいいのか……おっ、そうだな奇跡だ」
ゲルマ「奇跡……」
ゲルマは二文字の言葉を口ずさむと目を瞑る。神や奇跡の類いは信ずるに値しないと内心思っていたが今回ばかりは『奇跡』という言葉がしっくりする。
初めてライナに出会った時、コスモスは人ですら見分ける事が困難な距離でもライナの存在を認識するような仕草をしていた。ゲルマは人の気配を感じたが場所までは特定出来なかった。それだけではない。女性どころかゲルマ以外の人に懐かないはずなのだがライナの言葉と動作に服従するような動きをしていた。まるで主君に
カイン「おっと、ボクとしたことが大切な所用を忘れていた」
カインはすっと立ち上がり壁に立てかけてある縦長い楕円形の物体に手を伸ばす。薄茶色の袋に包まれているが中身の見当がつかない。袋を外すと中から大剣が姿を現した。見た目から伝わる重量感と質感、
カインが
カイン「知人に
ゲルマ「頭が割れそうだ……気分が悪い……医者を呼んでくれ」
カイン「あ、ああ。すぐ呼んでくるよ」
カインの歯切れは悪かった。面妖な魔剣の力に魅入られたと思ったのかもしれない。カインと入れ違うようにライナが帰って来た。
すると嘘のように痛みが引いていく。大剣を見るが先程よりも重量感も圧迫感も感じない。
ライナ「大丈夫?顔色が悪いわよ。水を持ってくるわ」
ゲルマ「いや、もう大丈夫だ――」
大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。袖で額の汗を拭った。
ライナ「あのツンツン男、凄い勢いで帰って行っちゃったけどケンカでもしたの?」
ゲルマ「カインとはどんな関係なんだ?」
ライナ「あはーん!もしかして嫉妬してるのぉ?」
ゲルマ「ヴォェ……胸焼けと吐き気がする。今すぐ出ていけ」
ライナ「う、嘘よ!そんな繊細なの?純情なのね、ゲルマって」
ゲルマ「厚かましい女だ。まさかと思うが絵に向かって話しかけているんじゃないだろうな」
ライナ「そうよ!ワタシは絵の前で独り言を呟く変人よ!悪かったわね!友達もいないし話相手が欲しかっただけよ!あのツンツン男だって最初は体目当てだったのよ!ああ、汚らわしい!」
ゲルマ「とりあえず言いたい事は分かったからあまり喚かないでくれ。それに体うんぬんは誇張し過ぎだろう。訂正した方がいい」
ライナ「でもツンツン男は真実でしょ?」
ゲルマ「返答に困る質問をするな。傷に響く」
ライナ「あれでもワタシのパトロンだから無下には出来ないんだけどね」
ゲルマ「なるほど――」
ゲルマはカインと交わした取引を思い出しライナとの接点を見いだした。だが、どうしても気になる点があった。
ゲルマ「腑に落ちない点がある。カインが絵に興味を持った理由だ」
ライナ「無名の絵師に興味を持つなんて変わってる、って言いたいんでしょ?」
ライナはゲルマの口調を真似しておどける。
ゲルマ「い、いや、そういう意味で言ったわけでは――」
ライナ「言いたい事は分かるわ。でも絵の価値を理解するには時間が必要だとワタシは思っているの」
ゲルマ「時間?絵を勉強するという事か?」
ライナ「それもあるけど初めて絵を見た人ってその絵の良さを直感、あるいは本能的に判断してると思うの。ゲルマには分からないかもしれないけどね」
ゲルマ「すまない」
ライナ「フフッ、なんで謝るの?」
ゲルマは自分でも何故謝ったのか理解出来なかった。芸術の世界とは無縁で過酷な人生を送っていたからかライナが眩しく見えた。それゆえに自分のような秩序を乱すならず者が一芸を極める求道者の足を引っ張っているのだと痛感した。
ライナ「絵は誰かに強要されて描くものでもなければ、自ら才能ひけらかすものでもない。ワタシの絵を評価してくれる人にしか見てほしくないわ。そもそも価値を理解出来る人は自ら足を運んで目に焼きつけていくのよ」
ゲルマ「だが、すぐに忘れてしまうものではないのか?」
ライナ「そうよ、だからたくさん鑑賞するのよ。
ゲルマ「要するにだ。絵の価値を理解するために必要なのは……時間?」
ライナ「ツンツン男にも言ったけど、『絵の価値を理解出来るのは暇を持て余した人達だけ』ってこと」
ゲルマ「それが時間か」
ライナ「フフフ、無理しなくてもいいのに」
ゲルマはライナの笑顔に釣られて笑っていた。話している間は気づかなかったが痛みがほとんど消えている。話疲れてしまったのか二人はぐっすりと眠ってしまった。