ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
カイン「本当にその大剣はキミの役に立つのか?」
ゲルマ「分からない。だが、友人からの施しを粗末には出来ない。ありがたく頂戴する」
カイン「そうか、それなら良かった。ボクはこれからウィーンに向かわなくてはいけない。先に失礼するよ」
ゲルマ「待ってくれ」
先を急ごうとするカインを呼び止め腰に納めていたナイフを取り出した。
ゲルマ「代わりにこれを持っていてほしい」
カイン「それはキミの……命よりも大切なモノではないのか?」
ライナ「そうなの?」
男同士の会話にコスモスと戯れていたライナが横槍を入れてきた。
ゲルマ「女には関係のない話だ」
ライナ「じゃあ、そこのいけすかない男に聞くわ」
カイン「ボクから話してもいいが……キミが話さなければライナを悲しませてしまうかもしれない。それでも――」
ライナ「それってどういう意味?命より大切なモノは誰にでもあると思うけど黙って押し通そうとするなんて絶対後悔するわよ」
ゲルマ「このナイフは父の形見なんだ。親が遺してくれた唯一のお守りだ」
カイン「それをボクが預かれと?」
ゲルマ「ああ」
ライナ「それならワタシが預かるわよ。そんな男よりよっぽど信用出来るわ」
カイン「キミは話を聞いていたのか?」
ゲルマ「オレは傭兵だ。もしオレが死んだらこのナイフを墓標にしてもらいたい」
カインはナイフを受け取った。ライナは言葉を失ったが顔色一つ変えない。
カイン「友人の為だ。立派な墓を建てると約束しよう」
ライナはコスモスに触れる。コスモスは座り込んだ。
ゲルマ「感謝する」
ライナは森に向かってコスモスを歩かせる。
カイン「キミの死を悲しむ者が出来てしまったな。それを嬉しいと捉えるか、心苦しいと捉えるかはボクには理解し難いが」
ゲルマはライナの後ろ姿を見て大剣が入った薄茶色の袋を背負った。
カイン「キミに出来る事は少なくない。生きて帰ってくればまた三人で会うこともある。ボクとしても話相手がいないのは寂しいからね」
ゲルマ「ああ、人の馬をたぶらかす女は野放しにしてはおけない。オレの馬を取り返しに行かなくては――それでは失礼する」
カインに別れを告げライナの後を追う。それほど引き離されてはいなかった。すぐに追いつき紐を手首にくくりつけた。
ライナ「怖くないの?」
ゲルマ「何がだ?」
ライナ「死ぬことよ。ワタシなら堪えられないわ」
ゲルマ「死んだことがないのだから答えようがない。これで満足だろ?」
ライナ「答えになってないわ。あなたが死んだら悲しむ人がいるでしょ?……え~と、誰だったかしら……ヴァレン?」
ゲルマ「ヴァレンは多くの戦争で多くの仲間を失っている。オレ一人死んだところで悲しむ感情も暇もないだろう」
ライナ「ならコスモスは誰が面倒を見るの?」
ゲルマ「コスモス?……ああ、オレは馬と常に一緒だったからな。オレが死んだらライナが面倒を見てやってくれ。馬が死んだら……」
ライナ「死んだら?」
ゲルマ「その時はその時だ」
ライナ「どうしても行くの?」
ゲルマ「今さらどこに行くという?戦争のない楽園があるというのなら是非教えてもらいたい」
ライナ「あるわよ……きっと……」
出会った時の威勢の良さは見る影もない。人の死を簡単に受け入れる事は難しい事なのかもしれないが、これほどまでに表裏をはっきりと見せられてしまうと残された人間が少し哀れに見えてしまう。
ゲルマはこの戦争がどのような結果を迎えるかに興味はない。ただ戦争さえ絶え間なく起こり続けていれば自分のようなならず者が同じような想いを抱き、同じような運命を辿り、同じような最期を迎えるに違いない。
ヴァレンの望みを叶えることこそがこの国の繁栄に繋がり、そしてカインの依頼を成就させればゲルマにとっての二重の幸福となる。その中で自分の死など目的が達成されればちっぽけな問題でしかないのだ。従って失う物がないゲルマにとってこの時代は人生の重荷もない
ゲルマ「さあ、さっさと降りろ。家まで送ったんだ。もう思い残すことはないだろう」
ライナはコスモスの温もりを感じつつゆっくりとした動きで下りた。
ライナ「ありがとう。ゲルマ、コスモス」
ゲルマは無言で立ち去ろうとした。だが、コスモスがその場を動こうとしない。何かを訴えかけているような、ゲルマはそんな気がした。
ゲルマ「そうだな」
ライナ「え?なに?」
ゲルマ「オレは二十四年間生きてきて一度たりとも幸せを感じた事はなかった」
コスモスがゲルマに寄り添い頭を垂れた。
ゲルマ「だが、初めて生きてて良かったと思えた。それはカインとライナに出会えたからだ」
優しくコスモスの頭を撫でる。
ゲルマ「ありがとう、ライナ」
ライナ「必ず……必ず生きて帰ってきなさい!コスモスも一緒にね!」
ゲルマはその時、ライナが何を想い考えていたかは知るよしもなかった。二人は覚悟を決めている。扉の向こうでライナは号泣していた。二人は気づいていなかったかもしれないがコスモスが敏感に反応していたのだ。ゲルマは二度と後ろを振り返らないと心に固く誓った。
森を抜け川が見えた。橋を渡りライナと出会いに想いを馳せつつコスモスに股がる。ゲルマはヴァレンの居城があるエーガーへ向けて野原を駆けた。