ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
コモンソウル・プロジェクト
二日後に恭夜が三歳の誕生日を控えていた。恭一朗(きょういちろう)は
アンドロイドの設計を任されている星宮博士は夫婦で研究を行っている。星宮夫婦とは学生時代の友人であり、同じ研究に没頭する仲間でもある。そんな夫婦に子供が産まれ時には家族ぐるみで盛大に祝ったほどだ。生まれたばかりの双子の兄妹と対面した恭夜は目をキラキラさせていた。
星宮夫婦も恭夜が誕生日を迎える度にプレゼントを送っていた。ほとんどがガラクタに等しい発明品ばかりだが、幼い恭夜はおもちゃだと思い喜ぶのだ。恭一朗はゴミが増えるから止めてほしいと切に願った。当然口に出すことはない。星宮夫婦が恭夜の笑顔を見るのを楽しみしているからだ。
恭一朗「息子の命を確実性の低いプロジェクトに託さねばならないとは……」
星宮正晴(ほしみやまさはる)はコーヒーを机に置いた。
正晴「焦りは禁物だ。三人の力を合わせれば不可能はないだろう?いつも君はそう言っていたじゃないか」
恭一朗「なら後何年かかる?この計画は長いスパンが必要になるんだ。その間に恭夜の心臓がもたなければ妻は心を病んでしまうかもしれない」
正晴「恭夜君の心臓は先天性の難病に侵されている。十歳まで生きられるかどうか……医者の資格を持つ君でも治療は不可能と判断したんだ。だけど恭夜君を救う為にこの計画が必要なんだろ?」
恭一朗「お前達が編み出したこの設計図さえあれば実現出来るはずなんだ。だが、どうやって肉体から魂を切り離すというんだ……」
正晴「最後の綱は女神の信託のみ。この世界に出没した預言者に会えれば僕達の宿願も果たせるんだけど」
恭一朗「俺達はそんな根も葉もない
正晴「僕達の研究で誰かが救えるならそれでいいじゃないか。名誉も地位も努力の証かもしれないけど僕は恭夜君とあかりと隆太が健やかに生きてくれたら、それで十分だよ」
恭夜の心臓は大きな爆弾を抱えていた。生まれつきの難病により余命を宣告されている。医者の資格を持つ恭一朗は血眼になり、治療法を模索したが移植はおろか延命治療ですら困難であると知ったのだ。それでも十歳まで生きられると前向きにとらえ、現実的な方法で行える治療法を模索してきた。
意を汲んだ正晴は自分に出来ることはないかと申し出、研究を人助けに役立てようと決心したのである。
互いのやり方は全く違うが目指すべき目標は同じであった。
小さな命の為に全身全霊を尽くす男達の姿はいつしか芽を出し始めていた。それこそ正晴が最終手段として練っていた壮大な計画である。自我を無条件に形成し学習能力も兼ね備え、且つ巨大なネットワークを駆使し他の追随は許さない情報収集能力を持つアンドロイド。
その名も
もともとオカルトに
それは預言者の出現とあらゆる願いを叶えると謳われる
正晴「おーい」
恭一朗「人を呼ぶなら名前で呼べと言ってるだろう。周りの人間がキョロキョロしているじゃないか」
正晴「恭一朗は歴史が嫌いだから聞くだけ無駄だと思うけど――」
恭一朗「なら何故呼び止めた?本ばかり読んで研究が
正晴「あはは……そんなバナナ」
白衣の胸ポケットからバナナを取り出す。
恭一朗「バナナは凍らせれば釘を打てるほどの硬度を持つらしい。後でお前の奥さんに『釘を刺し』ておくよう助言しておこう」
正晴「な、なにぃ!冗談だろう?『釘を刺す』を『物理的に刺せ』なんて表現するとは恐るべし」
恭一朗「ところで何を調べていたんだ?歴史書など今さら開いたところでなんの役にも立たないだろう?」
正晴「いやぁこれがねぇ、驚くべき発見しちゃったんだよねぇ」
恭一朗「じれったい男だ。それだから子供が懐かないんじゃないか?」
正晴「それは君もだろ。可愛い恭夜君が君みたいな愛想のない男になってほしくないよぉ」
恭一朗「まったく……それで何が分かったんだ」
正晴「それが……存在しなかったんだ」
恭一朗は目障りなバナナを奪い皮を剥く。
正晴「あっ……」
恭一朗「ちゃんとあるぞ。で、何が言いたいんだ?」
正晴「『コスモス』っていう絵画について調べていたんだけど、どうも辻褄が合わないんだよ」
恭一朗はバナナを食べ始めた。
正晴「作者はライナ・リゲイリア。処女作にして遺作らしい。その絵が描かれた時期に論争があってね。まあ、簡単に言うと絵画は生きている間に描かれたのか?それとも死んだ後か?うーん、歴史もロマンだなぁ」
恭一朗は皮を正晴の胸ポケットに戻した。
正晴「しかも、『コスモス』が描かれた後の五百年に空白があって、誰一人して拝んだ事のない幻の作品と化していたんだ。でもその絵が現代になり一躍脚光を浴びたんだけど……」
恭一朗はコーヒーを一口含み、ごくりと飲みこんだ。
恭一朗「かつて信じられていなかった理論や学説が数年後、再評価され日の目を見る。あらゆる分野に共通する話だと思えるが」
正晴「僕も最初はそう思ったんだ。でもね、その絵を所持している人間について調べたんだけど、名前どころかどこにあるのかさえ出てこない」
恭一朗「親族が隠していただけだろう。それがたまたま見つかっただけだ」
正晴「この絵が描かれたのは十七世紀。当時三十年戦争が起きていて、ヨーロッパは戦火の真っ只中。そんな状況で傷一つなく保管出来るとは思えないんだけどなぁ」
恭一朗「結論が出せない以上、無駄話を続ければ同僚達に迷惑がかかってしまう。俺は持ち場に戻るぞ」
正晴は恭一朗の背中を見て、胸ポケットに気づく。指先でバナナの皮を持ちゴミ箱へ放り投げた。