ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
記憶を失ったサリーの面倒を見ることになり一段と賑やかな日々を送る恭一朗。研究は順調に進み最終工程を終えれば実験が始まる。多忙な日々を送る中、正晴は相変わらず書物を読み漁っていた。
研究所にあるテラスは一息つく職員の溜まり場になっている。テラスから見える湖は女性職員に人気があり、この研究所を建設する為だけに湖畔を選んだのだ。
正晴は端整な顔立ちに持ち前の明るさで女性だけでなく男性からも支持されている。その上、アンドロイドの設計図を作成するほどの非凡の才能を持ち合わせているのだ。天は二物を与えずと言うがこの男は例外だ。
恭一朗もまた例外かもしれない。正晴ほどの人望や才能は持ち合わせてはいないが科学者の一面と医者としての顔も垣間見る事が出来る。その証左としてこのコモンソウル・プロジェクトのリーダーに抜擢されたのだ。努力の天才であり大学時代から切磋琢磨してきた友人がいたからこそ、今の研究に心血を注げると言っても過言ではない。
恭一朗「もうすぐだ。そっちは安全テストと耐久検査を済ませてくれ」
正晴「自我形成プログラムのチェックはまだやらないのか?」
恭一朗「優先順位を守れ。この研究所のルールだぞ」
正晴「あっ……ああ、そうだった」
恭一朗「最近
正晴「そうかもしれない。気をつけるよ」
恭一朗「あと三日でこのプロジェクトも終わりを迎えるんだ。その後に休暇でも取ればいいだろう」
正晴「僕にとっちゃ仕事も休暇も趣味も同じようなもんだ。君の方こそ家族サービスをした方がいいと思うけどな。新しい家族が増えたんだろう?」
恭一朗「麗華と恭夜がいれば十分だ。俺にとって一番重要なのはプロジェクトの成就のみ。家族の事を考えている余裕はない」
正晴「でもねぇ、まさか偏屈の君が絵画を見に行くとは麗華さんも驚いたんじゃないのか?」
恭一朗「魔が差しただけだ。もう二度と行くか」
正晴「サリーちゃんだっけ?元気にしてる?」
恭一朗「病院で検査を受けさせたが異常はなかった。しかし、記憶が曖昧で本人も混乱した様子だ。名前しか思い出せないとは難儀な話だ、と言ってしまえばそれまでだが」
正晴「恭夜君が一人っ子だからって可愛いそうに思えて誘拐しちゃったとか?」
恭一朗「馬鹿言うな!その場には俺以外にも麗華と恭夜がいたんだ!そもそも恭夜が絵に触れなければこんな事に……」
正晴「な、何だって!?」
恭一朗「お前と話していると頭が痛くなる。雑談は終わりだ。作業に取りかかるぞ」
正晴「ちょ、ちょっと教えてくれ!君はさっき絵に触れたと言ったな?」
恭一朗「俺じゃない。恭夜が俺の腕から離れようと絵に手を伸ばした。その後は……」
正晴「何か見えたのか?」
恭一朗「周りの客が……ざわめいていた……」
正晴「すこぶる顔色が悪いように見えるけど少し休んだ方がいいんじゃないか?」
恭一朗「お前は……」
正晴「おいおい、そんな怖い顔をするなよ。一匹狼の恭一朗から他の仲間がどんどん離れていくじゃないか」
恭一朗「ここに入れば皆孤独だ。いや、お前は例外か」
正晴「妻は施設内にいるからなぁ。会おうと思えばいつでも会えるけど他の男と会話してると考えると胸が締め付けられるよぉ」
恭一朗「お前の気持ちは理解に苦しむ。一人の方が楽でいい。何故か分かるか?好きな事に没頭出来るからだ」
正晴「たまには部下を飲みに誘えばいいのに。本当に強情、頑固、意地っ張りだよ、恭一朗は」
恭一朗「だからこそ正晴、お前には感謝している」
正晴「いやいや、やめてくれないかそんな辛気臭い顔。まるで――」
正晴は言葉に詰まった。恭一朗が湖を見つめている。風が吹いていない穏やかな一日。
全工程が終了し遂にその日を迎えた。各々の研究者が結集した知恵と技術の結晶。研究者達の情熱と緻密な努力が新たな魂を吹き込んだ。自我形成を可能にしたアンドロイドの動作実験を今か今かと皆胸踊らせる。
実験場には職員の他、麗華が見届け人として招待された。恭一朗が招待した訳ではない。
恭一朗「どうしてお前がここにいるんだ?」
正晴「最初に伝えようと思ってたんだけど麗華さんを呼んだら君は怒ってただろう?」
麗華「当然よ。この人、女は家事さえやってればいいとか平気で言う人なんだから。古い人間なのよ」
恭一朗「昔の話じゃないか。今は思っていない」
正晴「うちの妻が恭夜君とサリーちゃんの面倒を見てるから、今回だけは大目に見てほしいなぁ」
麗華「サヤさんが呼んでくれたのよ。あなたの仕事ぶりを評価してあげてほしいって」
サヤは正晴の妻だ。
恭一朗「――避難通路の開放状況を教えてくれ」
恭一朗は施設内全体をモニター越しに監視している職員と連絡を取り始める。麗華の存在を意図的に無視した。仕事場に土足で踏み込んで来た事を相当根に持っているようだ。正晴が麗華に平謝りしている。
職員があくせく動き回る。目が回ってしまいそうな光景が広がる中、正晴は屈託のない笑顔でアンドロイドを目に焼きつけていた。
全ての準備が整い、後はプロジェクトの集大成を見守るだけ。全ての研究者はプロジェクトが成功に終わると信じて疑わなかった。
ただ一人、恭一朗を除いて……