ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
恭一朗は時間を読み上げマイクから指示を送った。
ガラス越しにアンドロイドが直立している。アンドロイドの肌艶はきめ細やかに再現され高い完成度を保っている。瞼を閉じる姿は眠ってる人間そのものだ。
数秒後、恭一朗の言葉に反応し目を開けた。固唾を飲んで見守っていた職員達が歓声を上げる。
ところが、起動直後に異変が起きた。別室で観察していた部下から連絡が入る。部下らしき声がスピーカーから室内に響いた。
恭一朗「どうした?」
部下『そ、それがデータより……』
正晴「落ち着くんだ。こっちに異変はない。状況を説明してくれ」
部下『は、はい。実験直後の観測データを見比べていたのですが、異常な波形が見られたので一応確認を取ろうと……』
恭一朗「異常な波形とは何だ?」
部下『自我の形成プログラムに波長が見られ――』
正晴「バ、バカな!?まだ起動直後のはずだ!自我が形成されるわけがないじゃないか!」
恭一朗「取り乱しすぎだ。もう少し様子を見てくれ」
部下『お言葉ですが実験を中止になさった方が賢明かと。十分な成果は得られたはずです――』
正晴は振り返り麗華に笑顔を向けた。不安を和らげようと思ったのだろう。
恭一朗「お前は誰だ?俺は知っているんだぞ。そこにいるのは分かっている」
部下は返答しない。そもそも部下に向けられたものなのか、アンドロイドに向けられたものなのかさえ誰にも分からなかった。
正晴「アンドロイドに話しかけているのか?」
?『コレハ……イッタイ……ドウシテ?』
スピーカーからは聞こえてきたのは部下の声ではない。機械的で無機質な言葉だ。職員達は声の主を理解し驚きを通り越し恐怖に支配された。
アンドロイドが研究所のネットワークをハッキングしたのだ。
正晴「最悪な展開になってしまったな……あはは」
恭一朗「ハッキングしたのはお前だな?」
アンドロイドに問いかけるが表情に変化は見られない。
ゲルマ『ココハ……ドコダ?ナゼ……ミテイル?』
正晴「もしかして既に別の魂を取り込んでしまったのか?」
恭一朗「仮定の話をしても意味がない」
施設内の扉は全て施錠されてしまったようだ。退路はない。職員達の脳裏に悪夢がよぎった。
アンドロイドの両目が赤みを帯びていく。
ゲルマ『コスモスニ……アダナス……イキトシ……イケル……ニンゲンドモヲ……シュクセイスル』
正晴「ちょっとメモするから……え~と、コスモスに仇なす生きとし生ける……あら、何だっけ?」
恭一朗「全ての者達を粛清するか、最もらしい事を言う」
麗華「あの人、もしかして怒ってるんじゃないかしら?」
正晴「悠長な事を言ってるのは僕達だけみたいだよ。君は全てを見透かしていたみたいだけど」
足元で地鳴りがする。まるで地震のようだ。
ゲルマ『イノチシラズナ……モノタチメ……クイアラタメヨ……オノレノアヤマチヲ』
職員達はまともな精神でいられなくなり阿鼻叫喚の巷と化した。
恭一朗「地下倉庫を爆発させたか……」
麗華「どうしてそんな事を!?」
正晴「地下倉庫に爆薬を取り付けておいたんだよ。情報漏洩を防ぐ為にはこれしか手段がなかったんだ」
恭一朗「フハハハ……実験は成功したようだ」
麗華「ふざけないで!この期に及んでまだ実験に拘るつもり?あなたは他の職員達の命を預かっているのよ!少しは考えなさいよ!」
正晴「麗華さんの言う通りだ。恭一朗、もうデータは取れたし皆を安全な場所に避難させようか」
爆発音が大きくなり立っていることも困難になる。すでにエレベーターとエスカレーターは使用不可。残るは非常階段と緊急用の避難通路だが……。
恭一朗「俺にはまだ仕事が残っている」
麗華「いい加減にして!そんなに仕事が大事?」
正晴「麗華さん、安心してくれ。皆を避難させたら僕達も逃げるから」
恭一朗「いや、俺は最期まで残ろう」
麗華「何言ってるの?」
正晴「時間がない。君の遺言なら避難した後でも聞くよ」
恭一朗「時間ならある。俺はこの場所で死ぬ
麗華「分からない……あなたの考えてる事が分からない……ねぇ……教えてよ」
正晴「それはあの絵画に関係しているのか?」
恭一朗「あの日、恭夜は女神の絵画に触れた。その時、形容し難い光景の中、俺はライナと名乗るその人物と契約を交わした」
麗華「契約?」
正晴「君の口から女神なんて言葉が出てくるとは意外だね」
恭一朗「信じるか信じないかは麗華次第だが、恭夜の心臓は完治したとその人物が断言した」
麗華「ええっ!?本当に?本当なの?」
正晴「君が初対面の人間を信用するとは……価値観まで変わったのかもね」
恭一朗「そして俺は未来を垣間見た。恭夜の成長、お前達が歩むべき道、そしてこの計画の行く末……」
麗華「何が見えたの?」
正晴「契約が全てを物語る、そうなんだろ?」
恭一朗「この計画を成功させる見返りは俺の命なんだ。すまない、麗華」
麗華「あなた……仕事の為に……命まで投げ出すの?」
正晴「君は……なんて事を……」
恭一朗「俺が死から逃れれば所内にいる人間はあのアンドロイドに殺害されてしまう。これが預言者の筋書きらしい」
麗華「恭夜は……サリーは……どうなるの?」
正晴「僕に出来ることは?」
恭一朗「設計図を預言者に渡すな。それと俺が組み上げた簡易プログラムをお前に託す」
恭一朗は青い分厚いファイルとUSBを正晴に手渡す。麗華は両手で顔を覆う。
正晴「これは……夢じゃないんだな?」
恭一朗「俺にとってこの世界は夢みたいなものだ。お前達に出会えて本当に良かった。恭夜とサリーを頼む」
麗華は残酷な現実を突きつけられ、その場から動けなくなってしまった。正晴は麗華を抱き抱え避難通路に向かって歩き出した。職員の避難は無事完了し最後に正晴達が安全な場所まで辿り着くと、研究所は大爆発を起こした。恭一朗と正晴が青春を賭けて築き上げた叡知の城は灰塵と共に湖の底へと沈んでいった。