ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
母『みんな元気にしてるの?ちゃんと食べてる?』
恭夜「大丈夫だよ。俺は何もしなくてもサリーが全部やってくれるから――」
恭夜は公衆電話の外で待っているサリーをチラッと見た。声が外に漏れているわけではないが機嫌を損ねぬよう慎重に言葉を選ぶ。
母『いつまでも頼ってばかりじゃ双子ちゃんにも見捨てられちゃうんじゃない?』
恭夜「わかってる。母さんもあまりパソコンばかり見てちゃダメだよ」
母『はいはい、どうせサリーに言わされたんでしょ?本当にサリーはお母さんの思いの優しい――』
恭夜「おーい」
母『何よ』
恭夜「そういえばさ、アンドロイドの遠隔操作プログラムだっけ?そのデータって解析終わってるの?」
母『遠隔操作プログラムの解析なんてとっくに終わってるわよ。どうしたの?アンドロイドを海にでも沈めちゃったの?』
恭夜「沈めてやろうと思ったことは何度もあるけど……」
母『そんなにイライラしないで。たくさん大変なこともあると思うけど、サリーに協力してあげなさい。あなたの事をちゃんと考えてくれる女の人なんてサリーぐらいしかいないでしょ?』
咳払いをしようとしたが喉の奥でつっかかってしまった。決まらない返事はするものの声が少し裏返る。恥ずかしさで頬を赤らめた。
母『何むせてるのよ。それより気になってた事があるのよ』
恭夜「サリーに代わる?」
母『ダメよ。サリーに心配かけられないわ』
恭夜「俺ならいいのかよ」
母『あなた達が日本を発った後にね、私に会いに来た人物がいたのよ。その後ぐらいかしらねぇ、データの入ったUSBを無くしちゃったのよ』
恭夜「無くしちゃったって……バックアップはあるんでしょ?」
母『もちろんよ!いつでも開けるわよ!』
恭夜「いや、今開かなくてもいいよ」
母『でもね、あの……なんだったかしら?エマチャン
恭夜「
母『そうそう!それよ!そのエマージェンシー・プログラムの解析が進まないのよ!』
恭夜「自我形成プログラムのパスワードならずっと前にサリーが解いたじゃん」
母『その後よ!もう何が何だか……開いてみたらまるで戦場の地図なのよ!』
恭夜「意味わかんない。難解な文字や記号が多いってこと?」
母『あっ!戦場の地図っていうのはね。ナポレオンの字の汚さを比喩した表現よ!この前お見舞いに来た時にサリーに教えてもらったの!ウフフ』
恭夜「あっそ」
母『サリーはそこにいるの?』
恭夜「いるよ。それよりさぁ、母さんに会いに来たっていう人って誰?」
母『姿は見てないのよねぇ。けど聞いたことのある声だったのは確かなのよ。う~ん……』
母に会いに来る人物などそうそういない。だからこそ恭夜聞かずににはいられなかったのだ。当てずっぽうで誘導してみる。
恭夜「その声ってさ、機械音とかしなかった?」
母『してたかも』
恭夜「会話はした?」
母『ちょっとだけね。あの人のファイルを見せてほしいって言われたのよ』
恭夜「ファイルはあるの?」
母『あるわ。ちゃんと返してもらったもの』
恭夜「ファイルは渡したのに姿を見ていないって……」
母『変よね?どうしてかしら?』
恭夜は会話を終え電話を切った。軽い胸騒ぎに鼻を擦る。外に出るとサリーが腕を組ながらしかめっ面で立っていた。
サリー「お母さんは元気だったか?」
恭夜「お母さん?あ、うん。元気過ぎて怖いぐらいだったよ」
サリー「そうか」
恭夜「サリー、スマホ持ってるよね?隆太に電話してほしいんだけど」
サリー「構わないが用件は何だ?」
恭夜「えーと……『先に飯を食っててくれ』って」
サリー「たったそれだけか?隆太なら気が利くし、わざわざこっちから言う必要もないだろ」
恭夜「ダメ?」
サリー「……まあいい」
スマホを取り出し耳に当てる。十秒、二十秒、三十秒……サリーはスマホを耳から遠ざけかけ直す。胸騒ぎがますます酷くなる。
四十秒、五十秒、六十秒……隆太は出ない。
サリー「どういう事だ?」
恭夜「帰ろう。誰もいなくなる前に」
サリー「あかりと隆太の身に何かあったのか?恭夜は知っているのか?」
恭夜「それを確かめたいんだ」
サリー「水族館はどうする?恭夜が言い出したんだぞ」
恭夜「ごめん、また今度にしよう」
サリー「まあ、日本に帰れば桜が見れる頃合いだ。今回は許してやろう」
恭夜「サリー、いつも俺のそばにいてくれてありがとう」
サリー「お、おい。急にそんな……まるで死に急いでいるみたいで気味が悪い」
恭夜「怖いんだ。サリーがいなくなるのがさ」
サリー「私がいなくなる?私がいなくなったらどうする?」
恭夜「だからずっとそばにいてよ。サリーには今まで辛いことや苦しい思いをさせてきたから。今度は俺が全て引き受けるよ。どんな汚い手を使ってもどんな卑劣な手段を使ってでも俺はサリーのそばにいるから」
サリー「それではストーカーだ。私がストーカー嫌いなのは恭夜だって知っているはず」
恭夜「じゃあ騎士になるよ。これで大好きな人を守られる」
サリー「フッ。だが、ただの平凡な騎士じゃ誰も守れない。恭夜ならどんな騎士になる?」
恭夜「それなら命知らず騎士にでもなろうかな」
サリー「なれるものなら――なってくれ」
二人はボロゾフ邸に向かって駆け出した。手を繋ぐ影がはっきりと伸びる。太陽は二人の未来を照らすようにさんざめく。