ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
恭夜は魔剣の前に立った。地鳴りがする。耳鳴りがする。何かを訴えかけているようだ。折れていた両腕が浮き上がる。
恭夜「うおっ!?腕が勝手に――」
意識に反して魔剣に腕が吸い付く。痛みは驚くほど感じない。やんわりと柄を握った。
しかし、重過ぎるのか刀身を引き抜けない。
ヘルマン「若造には無用の長物と言うべき代物。ヌハハハ!」
ゲルマ「これでいい。これで――」
すると闘技場内に設置されていた無数のアーチが開かれた。
ぞろぞろと人影が入場する。
ヘルマン「千載一遇の機会が巡ってくるとは――さぁ!我が下僕達よ!ゴロツキどもに引導を渡してやるがよい!」
ドラジェのクローンが軍団となって押し寄せる。約二十体のアンドロイドが殺戮マシーンと化した。
ライナ『あんなたくさん、ワタシ達だけじゃどうにもならないわ!』
ルナ「私が
ゲルマ「その必要はない。マスターを振り向かせたいのなら最後まで信じ続けろ」
ライナ『無茶よ!一人じゃなおさら――』
ゲルマ「サリーが立ち上がれる状態であればどうにかなったかもしれないが、オレもルナも満身創痍だ。マスターにオレ達の命を預けるしかない」
愛する父の死に直面したサリーに戦う気力は残されていない。恭夜は魔剣を引き抜こうと躍起になっているが、びくともしない。
ドラジェ軍団が押し寄せる。
ドラジェA「コノ聖域ヲ」
ドラジェB「侵シタ」
ドラジェC「全テノ生物ヲ」
ドラジェD「末梢スル!」
ゲルマ「魔剣は真の王に対する忠誠の証。力を示してやれ!その牙で!」
恭夜の脳裏に風のイメージが流れ込んだ。無数の気流が魔剣に集まる。
恭夜「大地よ――裂けろ!」
魔剣が恭夜の声に応えた。時間と空間を支配し、あらゆる制約を無力化する。
恭夜「
引き抜かれた魔剣は巨岩を根こそぎ薙ぎ払う。同時に巨大な風の渦が刃となりドラジェ軍団を飲み込んだ。
ドラジェ「グキャギャギャ……!?」
竜巻のような暴風が四肢を切り裂き次々に首が転げ落ちる。風の刃はあかりと隆太の檻を直撃した。無惨にも鉄屑の山となったが、双子は頭を押さえながら縮こまっている。風は意思を持ち適格に獲物を屠っていく。ドラジェの残骸は天高く舞い上がり、鉄の雨は闘技場全体に降り注いだ。
恭夜「はぁ……はぁ……」
ルナ「すごい」
ライナ『たった一回振っただけで全部バラバラにしちゃうなんて……』
ヘルマン「ワシとした事が、なんたる失態だ!」
ゲルマ「つぐつぐ運に見放されてるな。同情の余地はないがな」
ヘルマン「かくなる上は最後の手段を使わざるえまい」
ライナ『もうこれ以上、醜い姿を晒さないで!おじ様!』
ゲルマ「いや、奴の手の内は全て把握した。残された手段があるとすれば――」
ヘルマン「決着は次の機会としようか。まあ、お主らに次は無いがね」
ゲルマ「逃げる気か?」
ヘルマン「戦争を知る人間ならば、それを戦略的撤退と呼ぶのだ」
恭夜「屁理屈ばかり言いやがって!てめぇはこの魔剣で――」
ゲルマ「怒りに身を任せて剣を振るうな!その魔剣は怒りを増幅させ心を蝕んでいく」
恭夜「くっ……」
ゲルマ「マスターは役目を果たした。奴は俺の手で必ず始末する」
ヘルマン「人間には寿命というものがある。ワシは百年後の世界にでも旅立つとしよう」
ライナ『旅立つって……まさか、また時を越えると言うの?』
ゲルマ「芸の無い男だ」
ヘルマン「百年後に飛び越えたとしてもお主らは生きていまい」
ゲルマ「愚直な発想だが――」
ライナ『ここで止めなきゃヘンリーの願いが潰えちゃうわ!』
ヘルマン「たとえ魔剣を用いたとしてもワシを止める事は出来んがね」
体が絵画に融け込んでいく。
恭夜「父さん、星宮博士、力を貸してくれ……」
ゲルマは手のひらの穴をまじまじと見ている。ヘルマンを殺めてしまうことも厭わないようだ。
ヘルマン「これでお別れだ。全ては女神の思し召し。指を加えて見ているがよい」
ゲルマ「これが使えれば――」
女神と目があった。ライナは愛す者にしか見せないような笑顔をつくる。ゲルマは心の奥底に秘めた
ゲルマ「絵画を消滅させればヘルマンの思惑を食い止められる。だが、それでライナはどうなる?」
ライナ『ワタシはみんなの思い出の中で生き続けるわ。だから後はお願いね』
ルナの体から淡い光が抜ける。強烈な光が絵画に飛び込んだ。
ヘルマン「な、何の真似だ!?」
ゲルマ「ライナ?」
ヘルマンは頭と手足以外を絵画に残したたまま身動きが取れなくなる。時空と現実の間に挟まれた。まるで磔のイエス・キリストだ。
ヘルマン「ワシに何をした!?ライナ!?」
ライナ『もうやめてよ!おじ様!どうしてワタシの気持ちを理解してくれないの?』
ヘルマン「何を言っておるのだ!お前はワシの為に力を使えばいいだけの話ではないか!」
ライナ『嫌よ……そんなの……人を悲しませるために使われるのなら……消えてしまった方がましよ』
ゲルマ「絵画さえ無くなってしまえば全てを終わらせられる。オレは――」
恭夜「絵画を消すってライナはどうなるんだ?」
ルナ「そんなのダメ!」
ライナ『いいの。ルナはワタシの友達よ、だから強く生きてね』
ヘルマンはライナの覚悟に血の気を失った。
恭夜「こんな終わり方、誰も望んでないよ……ライナはこれから幸せにならなきゃ……」
ライナ『嬉しいこと言ってくれるのね……ゲルマに言ってほしかったなぁ……』
ゲルマ「演技でもない。お前は迷っている。でなければそんな涙は流さないだろうからな」
恭夜「サリー、聞いてる?」
サリー「ああ……」
ライナ『サリー、アナタのことを想ってくれる人がたくさんいるんだから泣いてばかりいちゃダメよ』
サリー「ライナは私の、心の底から敬愛する女神だ」
ライナ『ワタシが女神ならアナタは天使ってとこかしら?』
サリー「天使か。天使ならあかりと隆太で十分だ」
ゲルマ「気持ちの整理はついたか?」
ライナ『いつでも……』
恭夜「ゲルマはそれでいいのか?せっかく会えたのにこんな最後で」
ルナ「ゲルマは泣いてる」
サリー「魂が泣いているか」
ゲルマ「これでも傭兵だ。人の死を悲しむ余裕はない」
ライナ『ゲルマ、アナタに会えて本当に良かった』
ゲルマはライナの愛と悲哀が入り交じった表情を脳裏に焼き付ける。
ライナ『大好きよ……ゲルマ』
ゲルマは両手を広げ絵画に向けた。照準を合わせた絵画の背には満月が輝く。
あかりと隆太が固唾を飲んで見守る中、ライナの言葉が虚しく響いた。
ライナ『さようなら……』
ゲルマ「これは別れではない!お前を必ず見つけて救い出してやる!だから待っていろ!」
ゲルマの両手に暖かい光が集まる。凝縮されたエネルギーは腕を通して熱を帯びる。
ライナは頬を涙で濡らしながら女神らしい姿で微笑んだ。
ヘルマン「ワ、ワシにはまだやれねばならんことがあるのだ!こんなところで死ぬわけには――」
ゲルマ「悔い改めるがいい!己の罪深さを!欲望にまみれた人生はオレの手で消し炭にしてやる!」
ヘルマン「おのれぇぇぇ!!傭兵風情が粋がりおってぇぇぇ!!」
ゲルマ「万全な備えが憂いを断つ、ただ一つの方法だ。この言葉はオレを育てた父、ヴァレンが好んで使っていた言葉だ」
ゲルマ「その憂いを今!この聖域で!汚れた魂ごと打ち砕く!
両腕に溜められたエネルギーは満月へと放たれた。エネルギーは光の柱となり絵画を包みこむ。ヘルマンは断末魔を上げるが熱波と轟音がかき消す。
ライナ『みんな――元気でね』
光の柱が夜空を貫ぬいた。そして流れ星のように儚く消え光の欠片が町中に降り注ぐ。暖かな風と共に恭夜達を覆っていく。ヘルマンが着ていた甲冑だけが残り静かな時間だけが流れた。
何とも言えない喪失感と悲壮感だけが残ってしまった。
女神の面影を偲びつつ、恭夜達は夢の中をたゆたうのであった。