ホットスパーズ ~命知らずの騎士と二人の女神~ 作:公私混同侍
サリーは三日三晩、恭夜の胸の中で涙を枯らした。ライナがいなくなった実感はない。まだそばにいるようなそんな気がした。ボロゾフ邸で恭夜達が身支度をしていると、ある人物が訪ねてきた。
カイン「話は聞いたよ。どうりで皆暗い表情をしているわけだ」
隆太「カインさんは今までどこにいたんですか?」
カイン「ある人物に会いにウィーンへ向かっていたんだ。それとこれはボクからの気持ちさ」
持参したレモンティーの葉とエクレアを手土産と言わんばかりに隆太に手渡す。
包帯姿の恭夜が現れると顔を引きつらせた。
カイン「やけに痛々しい格好をしているね。黒いマスクと相まって仮装しているようにしか見えないな」
恭夜「ゲルマなら外出してるぞ」
カイン「今は止めとくよ。気まずいからね」
あかり「あたし達だって辛い思いしてるのに……」
カイン「そうだった。すまない」
隆太「大丈夫ですよ。僕達は明日からまた一つ屋根の下で暮らせるんですから」
恭夜「下ばかり向いちゃいられないからな。花見もしなきゃいけないし」
カイン「ボクが来たのは杞憂だったようだ。ゲルマとサリーには時間が必要だと思うがキミ達がいれば心配ないだろう」
あかり「カインお兄ちゃん、会いに来てくれてありがとう!」
カイン「礼には及ばないさ。キミ達にはゲルマとライナが世話になったようだからお礼をさせてほしい」
隆太「そんな気を遣わないで下さい」
カイン「キミ達はボクが責任を持って日本までお送りしたい」
恭夜「そういえば帰る方法まで考えてなかったな」
カイン「キミはどこまで場当たり的なんだ。それでサリーを幸せに出来るのか?」
あかり「何言ってるの?恭夜お兄ちゃんはあたしと隆太お兄ちゃんも幸せにしてくれるんだよ!ね?」
隆太「え?僕も?」
恭夜「もちろん。二人が大人になるまで面倒を見るつもりだよ」
カイン「キミ達の事情にこれ以上は口出しはしない。この『世界』はキミ達の世界だ。それじゃ、また後で落ち合おう」
隆太「もう帰るんですか?レモンティー、一口も飲んでないですよ」
カイン「所用を思い出したんだ。それでは失礼するよ」
あかり「じゃあねー!」
カインははにかみながら出ていった。
恭夜「相変わらず忙しい奴だなぁ」
景色が変わり六人はカインが待っているという空港に到着した。ロビーで待っているとカインとシェリーヌが出迎える。
サリー「シェリーヌ・カルピンスキー!?無事だったのか!?」
シェリーヌ「ええ、幸いにも怪我は大した事はありません。サリー様も大変辛い思いをされたとお聞きしましたが、立ち直られたようで安心しました」
ゲルマ「ご婦人には大変申し訳ない事をした」
シェリーヌ「お気になさらず。ゲルマ様のご事情も小耳に挟んでおります」
恭夜「でもどうしてここに?」
シェリーヌ「唯城様もそのマスクが鼻に馴染んだようで」
恭夜「いやぁ、もう外せないですよぉ」
あかり「見慣れてきたよね」
隆太「それでも周りの人の目が痛い」
シェリーヌ「あかり様も隆太様も一回り大きくなられましたね」
ルナ「おば様……」
シェリーヌ「ワタクシはルナ様とは無関係の人間でございます。あなたは自らのご意志でボロゾフ様の元を巣出ったのです。これからはルナ様ご自身の足で世界を見て下さいね」
ルナ「うん、おば様」
シェリーヌ「それと先ほどの唯城様のご質問にお答えしましょう。ワタクシはあのローマでの一件でボロゾフ様に救われたのです」
ルナ「え?」
ゲルマ「ボロゾフ氏を裏切った貴女を助けただと?」
シェリーヌ「はい。ワタクシはヘリを市街地に墜落させ警察や野次馬に取り囲まれていまいました。そこに颯爽と現れ事を収めて頂いたのでございます」
カイン「ボロゾフ氏は弁護士だ。執り成しに関しては申し分なかったということさ」
恭夜「心の底まで腐り切ってたわけじゃないってことか」
あかり「なんか詐欺だよね」
隆太「弁護士だけにね」
サリー「それだけとは思えんが……」
シェリーヌ「どうやらヘルマン・ラングニック様に絵画を奪われた一件で大変憤っておられました。オークション会場での皆様の行動に思うところがあったのでございましょう。私見ではございますが後悔の念に駈られているご様子でした。ですが、事を収めて頂いた代わりに『ご依頼』を承りましたので皆様にお伝えしましょう」
ルナ「依頼?」
シェリーヌ「ボロゾフ様は皆様に『引導を渡してこい』と仰られました」
隆太「えぇ!僕達、これからインドに連れてかれるんですか!?」
あかり「毎日カレーなんて嫌だよぉ!」
恭夜「主食はナンでもいいぜ!」
カイン「見事な連携だ」
ルナ「ふふふ、面白い」
ゲルマ「引導を渡すということはオレ達に復讐すると?」
サリー「ならばこの場で叩き斬るまで」
シェリーヌ「これはボロゾフ様のご冗談でございます。もちろんワタクシめも皆様のご帰宅を阻止しに来たわけでもありません」
ゲルマ「ボロゾフ氏の本心は何だ?」
シェリーヌ「『もしお前達が警察の世話になった暁には、弁護を引き受けてやる――』」
あかり「やったー!これで安心して暮らせるね!」
隆太「ダメでしょ!警察のお世話になったら!」
サリー「シェリーヌ氏の伝言には続きがある」
ルナ「うん」
シェリーヌ「『だがなこれだけは覚えておけ!吾が輩の六法に無罪という文字は無いぞ!』」
恭夜「それって弁護士としてどうなの?」
カイン「この世界にはそんな六法があるのか!?なんて事だ!これから世界中の淑女を集めようと思っていたのに!」
サリー「どういう理屈なんだ?」
ゲルマ「世界中の淑女は集めてナニをするのか気になるところだが」
あかり「ここに素敵なレディがたくさんいるのにやらしいこと言わないでよ!」
サリー「男どもはやましい心しか持ち合わせていないようだな」
シェリーヌ「全くでございます。もう少し女心を勉強なさった方がよろしいかと存じ上げます」
恭夜「ゲルマとカインがいると風紀が乱れるんだよなぁ」
シェリーヌ「ワタクシは唯城様にも申しております」
恭夜「へっ!?お、俺!?」
サリー「恭夜もまだまだ子供だな」
隆太「兄さん、一緒に頑張ろうね!」
あかり「何で隆太お兄ちゃんが嬉しそうなの?」
シェリーヌ「それではワタクシはこの辺で失礼します。最後にルナ様――」
ルナ「おば様?」
シェリーヌ「人生は一度きりしかございません。後悔はなさらぬよう、女性としての幸福をお掴み下さいね」
ルナ「……はい」
シェリーヌに見送られフランスを後にする。行き先は日本ではない。向かう先はロシア、ウラジオストクだ。