魔術協会カルデア査察録―あるいは誰かの査察録― 作:タマヤ与太郎
~シールダー・ガラハッド/マシュ・キリエライト~
「どうしよう……」
カルデア施設内の廊下で、1人の女性が途方に暮れていた。
灰色のコートを纏い、フードで顔すらも覆い隠しているその女性は、
先程から、周囲を見回し、進んでは止まり、戻っては止まりを繰り返していた。
彼女はこのカルデアに査察に来た魔術協会の査察員の1人。
査察団のリーダーであるロード・エルメロイ二世の内弟子、グレイ。
有体に言って、彼女は今迷子だった。
職員ならともかく、つい数日前にやってきたばかりの人間ならばむべなるかな、
行くも廊下、戻るも廊下。少しお手洗いを借りに割り当ての部屋を出たばかりに、
彼女はにっちもさっちもいかない状況に追い込まれていた。
「と、とにかく。人を探さないと……」
基本的に寡黙で内向的、人と関わることは得意とは言えない彼女であったが、
事ここに至ってはやむを得ない、とばかりに、周囲の人影を探す。
すると、天が彼女に味方をしたのか、すぐに人影を見つける。
「す、すいません! 道を……」
言葉はすぐに途切れる。なぜならば―――――
「…………っ」
その人影が見るからに幼い少女であり、涙目で、怯えたように周囲を見回していたからだ。
迷子、2人に増える。
「……本当に、どうしよう」
グレイは先ほど同様、途方に暮れた様子で廊下を進む。
その傍らには、先程の少女。褐色の肌に青味がかった髪、
よほど寂しかったのか、先程から見ず知らずの他人であるグレイのコートを掴んで離さない。
グレイとしても、迷子であろう彼女を放っておくほど冷たくはなく、
共にあてどもなく施設内を彷徨っている。
「拙も、迷子なのだけど。……あなた、お名前は?」
「……っ」
返事はない。身振り手振りで何かを示そうとはしているようなのだが、
グレイにはそれを理解することはできない。
何らかの要因で、口がきけないのかもしれない。
「ごめんなさい、拙にはよくわかりません……」
申し訳なさそうに言うと、少女もまた申し訳なさそうに俯く。
そんな彼女を見ていて、グレイははた、と気づく。
この少女は、何者なのかと。ここはカルデア。
魔術協会の頂点に座する12の家門の1つ、アニムスフィア家の管理する機関。
魔術というには幾分現代的な施設だが、ここは、紛れもない魔術の徒の巣窟なのだ。
師であるロード・エルメロイ二世は、『余計なことはするな』といった。
『不用意に彼らと接触を取るな』とも言った。あれは、どういう意味だったのだろう?
そう考えながら、グレイは前を見る。その途端、グレイは不意に硬直した。
―――――『余計なことはするな』。『不用意に彼らと接触を取るな』。―――――
その意味を、正しく理解したからだ。
「ぁ、……っ」
声が出ない。威圧感など感じないはずなのに、体の全てが凍ったように動かなかった。
目の前には、死が立っていた。
そう錯覚するほどに、目の前に立っていた存在は「死」を纏っていた。
大柄な、ドクロの面をかぶった人物。
その体は闇に溶けるような漆黒の鎧で覆われ、同色のマントを纏う。
まるで騎士の様だった。
髑髏のうつろな眼窩には2つの光が灯り、こちらを見ている。
「―――――迷うたか、異邦の客人よ」
大きくはない。が、言い知れぬ風格を持った声であった。
「あ、は。はい……」
ただ、それだけを口にするだけでも、ひどく疲労する。
少女はグレイの陰に隠れ、硬く目を閉じてしがみ付いていた。
「こちらだ」
髑髏の騎士は踵を返すと、つかつかと歩き始める。
グレイは一向に動こうとしない少女を抱え、その後を追った。
正直得体の知れない相手に追従する恐怖はあったが、
このような場に取り残される恐怖の方が勝ったのだ。
そして、少し後。
「ははは、迷うよねえ、ここ。あたしも最初は何が何やらで」
カルデアのラウンジで、茶髪の少女がグレイに笑いかけた。
あれから少しして、髑髏の騎士が導いたのは1人の少女の元であった。
白い上着と黒いスカート、カルデアのマスター用の制服に身を包んだ少女。
名を藤丸立花。資料によればカルデアにおけるマスター、その最後の1人で、
奇跡的な偶然によりカルデア唯一のマスターとなり、
七つの特異点を駆け抜けたのだという。
「お手数をかけてしまってすいません……」
「いいのいいの。えーと、グレイさんだっけ?
二世さんのお弟子さんだったら、あたしにとっても他人じゃないし。
ねえ、マシュ?」
そう立花が笑いかけたのは、傍らにいるショートカットに、メガネをかけた少女。
色白で大人しそうな雰囲気で、活発で明るい印象の立花とは対照的な少女だった。
マシュ・キリエライト。カルデアのマスター候補で、立花の相方のような関係らしい。
「ええ、そうですね。こちらの二世……便宜的に、孔明さんと呼び分けますが……
孔明さんにはお世話になってますし、少しですが、貴方の話も伺っていました。
少し内向的だが、良い方だと」
屈託ない笑いと共にそういわれて、気恥ずかしさに縮こまってしまう。
そこで、ふとあの少女の事を思い出した。
視線を巡らせれば、近くのベンチで横になり、寝息を立てていた。
「そういえば、ちびちゃんと一緒にいたんだっけ。いやあ、いなくなったのは聞いてたけど、
あの子も見つかってよかった。お世話役のザイードも今手が離せないしねえ」
「あの、彼女は職員の方のお子さんなのですか?
こういう場には、なんというか、似つかわしくないというか……」
ふと口を突いて出た疑問に、立花はうーん、と唸ると、驚かないでね? と前置きをして、
「あの子ね、サーヴァントなんだよ、一応。クラスはアサシン。
サーヴァントって言っても、戦闘能力はないんだけどさ。ほぼ外見通りの幼女。
ギリギリ気配遮断は持ってるらしいんだけど」
「サーヴァント、ですか」
サーヴァント。過去に活躍した英雄を使い魔として召喚したもので、
グレイ自身、幾度か交戦した経験もある。だが、それらの印象とは、まるで違う印象だった。
サーヴァントの持つ霊格や、存在感、そういったものが、
彼女にはほとんど感じられなかったからだ。
「左様。あのちび助は我が同胞、百貌のハサンのひとかけら。
その中でも、最も幼く、無力な存在ではありますがな」
不意に立花の背後から飛んできた声に、グレイはまたも硬直する。
先程の髑髏の騎士ほどではないが、死を具現化したような人影が、そこにいたからだ。
騎士同様の髑髏の仮面に、痩身で大柄な体躯だが、極端な猫背のせいでそれ程大きくは感じない。
しかし、その包帯で包まれた右手からは、異様な雰囲気を漂わせている。
「こーらー。先生、脅かしちゃダメじゃん。ほら見なよ、固まっちゃってる」
「そうですよ、私たちは慣れたものですけど、普通の人には刺激が強いんですから」
立花とマシュに咎められ、これは失礼を、と一礼する髑髏の人物。
「ははは、ついいつもの癖でやってしまいましたな、これは失礼を。
私はアサシン、ハサン・サッバーハ。呪腕のハサンという名で通っております。
ハサンを名乗るサーヴァントも多いゆえ、お気軽に呪腕と呼んでいただければ」
「は、はあ……」
外見からは全く想像できない好々爺とした言動に、まだ緊張は解けないながらも挨拶を返す。
「我らアサシン、その中でもハサン・サッバーハを名乗るサーヴァントは、
各々一芸を極め、それを『ザバーニーヤ』と呼ぶのです。
百貌めが修めたのは『妄想幻像』。今で言うならば多重人格と言うようですが、
かつてはいくつもの己を使い分ける、余人に真似できぬ魔技と映ったのです。
そして、英霊に召しあげられ、サーヴァントとなった後、その技は昇華されました。
いくつもの「こころ」を使い分ける技ではなく、いくつもの「肉体」を使い分ける技へと」
「幾つもの、自分……」
多重人格の人間が英霊となることにより、
心だけではなく、肉体をも分割することができるようになった。
かいつまんでいえば、そのような技である。そう、呪腕は説明した。
各々の人格が習得している技能はそれぞれ違い、
それにより、千変万化の技能を行使することができる。
ならば―――――
「なら、あの子には……どんな特技が?」
その問いに、呪腕は首を横に振った。
「無いのです。何も。技もなく、言葉もなく、
己が百貌のハサンの片鱗であるという自覚すらなく。
そのような存在なのです。あやつは」
どことなく切なげな声音で、呪腕が言う。
元々は捕縛された際、表に出すことで何一つ口を割らぬための人格であったようで。
それがサーヴァントとなってより、あのような無垢な幼子として現出している。
そう、彼は語った。
「そんな……」
「でもさ、それほど捨てたもんじゃないんじゃないかな。昔はあれだけど、今は違うじゃん?
アステリオスとか、ナーサリーとか、ジャンヌリリィとか、
子供のサーヴァントって割といるんだよね。
そんな子らと遊んでるちびちゃんは、ほんと楽しそうだよ」
俯くグレイに、明るく笑って、立花がそう言う。
「英霊は確かに過去の人間だよ。
でも、サーヴァントとしてここに居るみんなは、確かに今を生きてる。
サーヴァントとしての経験が大本の英霊に記憶として残ることもあるし、
今こうして、ちびちゃんが楽しく過ごすっていうのはさ、
悪いことばっかりじゃないんだよ。特異点で戦ってた時はさ、
そんな感じでできた縁に最後まで助けられたよ」
「……そうですね。特にエリザベートさん等には、様々な特異点で助けられました」
懐かしむように、傍らのマシュも首肯する。
彼女たちは自分より幾分か年若いが、自分が二世の弟子となってから駆け抜けてきた時間、
あの騒がしくも楽しい日々のような、そんな時間を供に駆け抜けてきたのだろう。
綺羅星のような、幾多の英霊たちと共に。
「物は考えよう、ということなんでしょうか。なんとなく、拙にも分かった気がします」
「そういうこと。よし、じゃあ食堂いこうか!
グレイさんのためにエミヤ特製のケーキを作ってもらわなきゃ」
言うなり、立花はグレイの手を引いて食堂へと誘う。
その背に、呪腕はちびを起こさぬよう抱え上げながらも声をかける。
「魔術師殿、そういうことならばちび助は後で連れて行きましょう。
ナーサリー達にも声をかけてやらねばなりませんでしょう?
後で不公平だと騒がれてはたまりませんでな」
「そうだね。じゃあ先生、ちびちゃんはお願いね! ほら、行こうグレイさん!」
駆け出し、ラウンジを飛び出していく少女たちを見送り、呪腕はため息を一つ。
そして、誰もいないはずの背後に、声をかけた。
「―――――これでよろしかったのですかな、『初代様』」
確かに誰もいなかったはずなのに、そこには、1人の影があった。
黒い鎧を纏い、髑髏の仮面をつけた、死を具現化したような存在。
「うむ、構わん。子供の扱いならば、我よりはお主の方が手馴れていよう」
「初代様も魔術師殿には甘いようで……」
グレイを立花の元へと導いた髑髏の騎士。
呪腕が初代と呼ぶその人こそ、呪腕達ハサン・サッバーハの始祖。
初代ハサン・サッバーハ。真名を『山の翁』と言う。
「その程度の褒美はあってもよかろう。それだけのことを、あの娘たちは成した。
それに、この程度の罪滅ぼしはあってもよかろうと、そう考えたまで。
『あの男』の、己の全てすら擲ったあの覚悟。それに少しでも報いねばなるまい」
「……そうですな。ロマニ殿は、打つ手のなかったあの戦いで、その突破口を開いた。
己の命だけではない。存在すら擲つなど、私でもできたかどうか」
「左様。我らにすら成し得ぬことを、あの男は成した。
魔神王の目論見を偉業というならば、あの男の成したこともまた偉業なり。
藤丸立花、マシュ・キリエライト。あやつらをこの未来へと導いた。
それ即ち、人理修復の立役者と言える偉業であろうよ」
ロマニ。ロマニ・アーキマン。真の名を魔術王ソロモン。
英霊へと召し上げられて後、とある聖杯戦争において勝者となり、人へと生まれ変わったもの。
人へと成る直前に見た、絶望的なヴィジョン。
それを回避するために足掻き続け、もがき続けた男。
人理焼却が起こり、七つの特異点を駆け抜ける立花とマシュを補佐した、一人の男。
彼は七つの特異点を攻略した後に現れた終局特異点、
冠位時間神殿ソロモンにて己の存在すべてを放棄し、消滅した。
魔術王ソロモン……その骸に巣食い、成り代わった72柱の魔神の総意、
魔神王ゲーティアを倒すために。藤丸立花、マシュ・キリエライト、両名を救うために。
あの場に居合わせたすべての者は、その雄姿を忘れないだろう。
数多の英霊を引き付け、その心を動かすほどの輝きを秘めた少女、藤丸立花。
己の宿命を悟ってなお、懸命にその命を燃やした少女、マシュ・キリエライト。
あの2人を助けるためならばすべてを擲とう。そう思ったのは、彼だけではないのだから。
「……呪腕よ、そろそろ行くがよい。そ奴が起きぬうちにな」
「はっ。では、これにて失礼いたします、初代様」
呪腕がラウンジより去って後、山の翁は一人、その場に佇む。
「よもやこの時代で聖槍の使い手に出会おうとはな。かの王本人ではないようだが……
全く、人も酷な事をする。己が己でなくなる恐怖、
それよりも、槍の使い手を産むことを優先するとは……全く、度し難いものだ。
まあ、あの2人や、孔明、彼奴と共にあらば、健やかに育とうよ」
そう呟き、山の翁もまた、ラウンジより去る。
人理修復を成し遂げた英雄たちの日常は、これからも続くだろう。
多くの英霊に見守られながら、騒がしくも、暖かく。
そんなこんなで2話も。グレイを出したいがために1話を書いたようなものなので、
1話に比べ大幅に容量が増えております。
いいですよね、二世の事件簿。