このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻終了時から2巻開始時点の間。


この果てしない借金地獄に救済を!

 

 魔王軍の幹部、ベルディア。

 アンデッドの大軍を率い、一騎当千の剣技を操るデュラハン。

 そんなベルディアの討伐に最も貢献したとされ、莫大な報酬を受け取った俺達は――

 

 

 

「ふぇっくし!」

 

 ――自分のくしゃみで目が覚める。

 そこは馬小屋の藁の中。

 ベルディアの討伐報酬として莫大な賞金を受け取るとともに、アクアが起こした洪水被害の補償として、討伐報酬を上回る大金を請求された俺達は、相変わらず馬小屋で寝起きしていた。

 日本にいた頃は朝方に眠って夕方に起きるという自堕落な生活をしていた俺だが、最近では朝早く目覚める事も珍しくない。

 寒くて寝ていられないのだ。

 この世界には、暖房もなければ温かいお湯がすぐに出てくる蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないし金が掛かる。

 暖を取るには自力で何とかするしかない。

 俺は藁束の端っこで体育座りになり。

 

「……『ティンダー』」

 

 点火の魔法はあるが燃料がないので、ティンダーの小さな火に直に当たる。

 俺がティンダーを何度も何度も使って、かじかんだ指先を温めていると。

 

「……んっ……」

 

 背後から、そんな小さな吐息が聞こえてきて……。

 振り返れば、アクアとめぐみん、ダクネスが、一枚の毛布に三人で包まって身を寄せ合っている。

 暖房もお湯の出る蛇口もなく、銭湯はあってもまだ開いていないのだから、暖を取る一番の手段は人肌の温もりというやつだろう。

 ……俺もあの中に混ざりたい。

 下心も何もなく俺がそんな事を思っていると……。

 

「ふぇっくし!」

「……ちょっとカズマさん、うるさいんですけどー? 何よ、まだ外は暗いじゃない。一人でゴソゴソするのはいいけど、静かにやってくれないかしら? また他の冒険者に怒られても知らないからね。まったく、最近は朝早くからいつもいつも……」

 

 …………。

 俺が少しくらいうるさくしても、他の冒険者に怒られる事はない。

 なぜなら、他の冒険者達はベルディア討伐の報酬を得て、とっくに冬を越すための宿を取っているからだ。

 本当なら俺達だってそうしていたはずなのだ。

 俺は、顎先まで毛布に埋めてぬくぬくと眠ろうとするアクアに。

 

「オラァ! さっさと起きろ、冒険だ! クエストに出るぞ! そんでもって、さっさと借金を返して馬小屋生活とはさよならするんだ!」

 

 大声で喚きながら毛布を引っぺがし。

 

「な、何事だ!? 敵襲か!」

「あああ、何ですか、いきなり何をするんですか! 寒い! 寒いです、毛布を返してください!」

「ちょっとあんた何すんのよ、それは私達の毛布でしょ! 返しなさいよ! 眠れる女神を起こすと天罰が下るって知らないの? あんたの寝るところだけいつも雨漏りする罰を下すわよ!」

 

 口々にそんな事を言ってくる三人に、俺は――

 

「ふぇっくし!」

「「「うわっ、汚っ!」」」

 

 

 *****

 

 

「……なあ、今朝は昨日よりも寒い気がするんだけど、これ以上寒くなるのか? このまま馬小屋で冬を越すなんて事になったら、俺は凍え死ぬんじゃないか?」

「情けないわねえ、さすがはご両親を泣かせに泣かせたヒキニートなだけあって貧弱ね。私だってあんたと同じところで寝てるけど、まだまだ耐えられるわよ! この女神の羽衣はね、モンスターの攻撃や状態異常はもちろん、暑さや寒さからだって守ってくれるんだから!」

「じゃあそれ、寝る時だけでも俺に貸してくれよ。お前らは三人でくっついて寝てるから少しは暖かいかもしれないけどな、俺は一人なんだよ。ここんとこ毎朝自分のくしゃみで目が覚めるんだぞ?」

「嫌に決まってるじゃない。なーに? カズマったら、私の身につけた物をクンクンするつもり? まったく、しょうがないエロニートね!」

「それはない」

「なんでよーっ!」

 

 冒険者ギルドの酒場。

 その隅っこのテーブルにて。

 俺とアクアは一番安い定食を半分こして食べながら、ダラダラと言い合いを続けていた。

 朝一番で、冒険者ギルドが開くとともにここに来て、こうしてクエストの依頼書が掲示板に貼り出されるのを待つのが、最近の日課になっている。

 ギルド内は馬小屋より暖かい。

 俺がベルディア討伐に参加した事を知ってか、そんな俺の今の惨状を見るに見かねてか、たまに職員がギルドが開く前に入れてくれたりもする。

 ……このロクでもない世界で、人の優しさが身に沁みる。

 

「とにかくクエストだ! 楽が出来て安全で、それでいて実入りの良いクエストを受けて金を稼ぐぞ。今のままじゃ借金を返すどころじゃない。それに、冬になるとほとんどのモンスターが冬眠して、危険なモンスターを相手にしたクエストばかりになるんだろ? そんなの、俺達でどうにか出来るとは思えん」

「あっ、何すんのよ! それは私のカエル肉よ! ……まあ、そうね。私もあんまり危ない事や大変な事はしたくないわ。楽ちんにお金が稼げて、お酒が飲めていい気分になれるなら、他の事はすべてカズマさんに任せるから。あ、でも馬小屋は寒いし、早く良いお布団で眠りたいわね!」

 

 俺とのおかずの取り合いに敗れたアクアは、口を尖らせながらそんな事を言う。

 ……女神といったら勇者を導き魔王を倒す手助けをする存在のはずなのに、なぜ俺が女神を導く感じになっているのか。

 俺が筋張ったカエル肉を噛みしめながら考えていると。

 

「お前達は、何をバカな事を言っているんだ? そんなクエストがあれば皆がやっている。それに、モンスターの脅威から力なき市民を守る事が冒険者の務めだ」

「そうですよカズマ。この私がいるのですから、どんなクエストでも恐れる事はありません。どんな強敵が相手でも、我が爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばしてやりますよ」

 

 ダクネスとめぐみんが、口々にそんな事を言ってくる。

 

「だからカズマ、一撃が重そうな強敵と戦うようなクエストを……!」

「ですからカズマ、雑魚モンスターの群れを一掃するようなクエストを……!」

「……ねえカズマ、私はなるべく楽ちんで安全なクエストが良いんだけど」

 

 …………。

 なんでコイツらはこう、まとまりがないのか。

 

 冷静に考えて――

 

 ダクネスは、他の冒険者を一撃で倒したベルディアの攻撃に、長い時間耐え続けるほどの防御力を持っている。

 しかし、いくらダクネスが耐えられるといっても、俺達にはまともな攻撃手段がないし、めぐみんの爆裂魔法では間違いなく巻き込むから使えない。

 

 めぐみんの爆裂魔法は、女神であるアクアが浄化できなかったアンデッドナイトの大軍を、一撃で消し飛ばすほど威力が高い。

 しかし、ウチのパーティーの壁役はダクネスだけだから、モンスターの群れに襲われたらすべてを食い止める事は難しく、ダクネスが止めきれなかったモンスターに襲われれば、俺やめぐみんは一撃で死ぬだろう。

 

 アクアは、ベルディアにやられた冒険者達の治癒をし、魔法で洪水を起こしてベルディアを弱らせた。

 しかし、アクアが洪水を起こしたせいで俺は莫大な借金を負う事になった。

 アイツを活躍させたら、間違いなくそれ以上のしっぺ返しがあって、それはもうひどい事になるだろう。

 

 ……本当に。

 なんでコイツらはこう、噛み合わないのか。

 

 俺達が食事を終える頃にちょうど新たなクエストが貼り出されたので、俺達は掲示板の前に立った。

 

「……よし」

「却下」

 

 勝手に一枚の紙を剥がすアクアの方を見ずに俺が言うと。

 

「ちょっと、こっち見てから言いなさいよ! 今回は悪くない話よ! とっても楽ちんで報酬も高額なんだから!」

「お前なあ、ダクネスも言ってたが、そんな良い話があるわけないだろ」

 

 俺はアクアが差し出してきた紙を見て。

 

『魔法実験の練習台探してます ※要、強靭な体力か強い魔法抵抗力を持つ方』

 

 …………。

 

「カズマさんなら、へーきへーき」

「楽ちんって、お前は何もしないで報酬が貰えるって事か? しばき回すぞ。ていうか、これは俺よりダクネスに向いてるんじゃないか?」

 

 俺がダクネスの方を見ると、俺が持っている紙を覗き込んだめぐみんがドン引きしながら。

 

「……な、仲間を躊躇なく魔法の実験台にするつもりですか? カズマが鬼畜なのは知っていますが、さすがにそれはどうかと思いますよ」

「そういえば、めぐみんは仲間になる時にどんなプレイでも耐えてみせるって豪語してたな」

「待ってください! 待ってくださいよ! 私は爆裂魔法以外はただの一般人です! か弱い女の子ですから、依頼の条件に合致しません!」

 

 と、ダクネスが、半泣きになるめぐみんを俺から庇うように背中に隠し。

 

「それくらいにしてやれ。あまり女の子を泣かすものではない。どうせ泣かせるのなら私を……コホンッ! 残念だが、私はその依頼を請ける事が出来ない」

「……? そうなのか? お前なら喜んで請けそうだけど」

「……ん。どうも私を実験台にしても反応が普通ではないとかで、依頼者の望んだデータが取れないらしくてな。依頼者も真面目な奴で、私を実験台にするくせに何度も謝ってきたり、大丈夫ですかと安全を確認してきたりして、責められてもちっとも楽しくないのだ」

「……お前、性癖で他人に迷惑を掛けるのはやめろよな」

 

 簡単なクエストは報酬が安いし、報酬が高いクエストは危険がともなう。

 当たり前だが、美味しいクエストはなかなかない。

 

「これはどうだ? 簡単そうな割に報酬が高いけど」

 

 俺が一枚の紙を指さして言うと、めぐみんが。

 

「……森に悪影響を与えるエギルの木の伐採ですか。私達では難しいかもしれませんね」

「そうなのか? そのエギルの木ってのをどうにかすれば良いんなら、めぐみんの爆裂魔法でまとめて吹っ飛ばせば良い事じゃないのか?」

「カズマはエギルの木を知らないのですか? エギルの木は一ヶ所に群生する事はありませんよ。森のあちこちに散らばって生えているので、爆裂魔法を使えば木材になる普通の木も一緒に吹き飛ばしてしまいます。それに鹿肉を狙ってモンスターもやってきますから」

「……鹿肉? なあ、なんでいきなり鹿の話になってんだ?」

「エギルの木には鹿が生るんです」

「……今なんて?」

「エギルの木には鹿が生るんです。その鹿が周りの木の樹皮を食べるので木々が枯れてしまうし、鹿肉を狙うモンスターまで呼び寄せるので、樵の人達が森に入れなくなってしまうのです」

「この世界って本当にロクでもないな……」

 

 いくら攻撃が当たらないダクネスでも、木の伐採なら出来るだろうと思ったのだが。

 モンスターまで呼び寄せるとなると、俺達ではどうにもならない。

 俺が他のクエストを探そうと、掲示板に目をやると……。

 

「……? ダクネス、何やってんだ?」

 

 ダクネスが一枚の紙を剥がし、俺の目から隠すように胸元にしまい込んだ。

 

「い、いや、何でもない。なあカズマ、これなんかどうだ? 冬眠を前にして食欲が増し凶暴になったブラックファングの討伐。安心しろ、どんな強敵だろうと私が攻撃を受け止めて」

「……『スティール』」

「ああっ!?」

 

 俺はダクネスから奪い取った紙を見る。

 

「……コボルトの巣の壊滅? なあ、コボルトってのは俺も聞いた事があるが、雑魚モンスターじゃないか」

「そうですね。弱いのに討伐報酬が高い、美味しいモンスターですよ。繁殖力が高いので見つけたら討伐する事が推奨されているのです。……このクエストも、森の中に棲んでいるコボルトが増えすぎて街道で人間を襲うようになったから出されたみたいですね。依頼報酬もなかなかですし、美味しいクエストじゃないですか」

 

 めぐみんの説明を聞くと、ダクネスがこのクエストを隠そうとした意図がますます分からない。

 俺とめぐみんの視線に、ダクネスは気まずそうに顔を背けて。

 

「だ、だって……、ズルいじゃないか! このところ、めぐみんが喜ぶような雑魚モンスターを相手にするクエストばかりで、私が袋叩きにされたり、強力な一撃を食らう事もなく…………」

 

 …………。

 この変態クルセイダーは、欲求不満が溜まって美味しいクエストを隠そうとしたらしい。

 このドMが喜ぶような状況は、俺達には対処が難しいから、ダクネスの不満が解消される事はないだろう。

 今後もこんな事をされると金が稼げない。

 ……コイツには、一言言っておく必要があるな。

 

「めぐみん、ちょっとコイツに話があるから、お前はクエストを請けてきてくれないか?」

「わ、分かりました……。でもカズマ、あまりきつい事は……ダクネスは喜ぶでしょうけど、やめてあげてくださいね」

 

 俺の様子に、めぐみんが不安そうにしながら受付へと行き。

 しょぼくれながらも、正面から俺を見返してくるダクネスに、俺は真面目な顔で。

 

「なあダクネス、焦らしプレイって知ってるか?」

「!?」

「お前は耐えたり我慢したりする事が好きだな? その好きな状況を楽しめないって事も、我慢する事には違いないんじゃないか? なあダクネス、お前の望むような強敵相手のクエストを請けてやれなくて、俺だって悪いと思ってる。出来ればめぐみんが喜ぶようなクエストばかりじゃなくて、お前が喜ぶクエストだって請けてやりたいさ。でも、分かるだろ? 今は無理なんだ。俺達のパーティーで楽して稼ごうと思ったら、めぐみんの爆裂魔法に頼るのが一番良い。借金を返せたら、いくらでもお前の好きなクエストに付き合ってやるから、今は耐えて、我慢してくれないか? それに、そうやって焦らされた後で望みが叶えられたら、いつもより……」

「い、今は耐えて……我慢……? 仲間のために……! ……んくうっ……!? ……ハア……ハア…………。カ、カズマ、お前という奴は、お前という奴は……!」

「おいやめろ、鼻血出すほど興奮するなよ。……アクア、この変態にヒールを……アクア?」

 

 静かにしていると思ったら、アクアは立ったまま鼻ちょうちんを作っていた。

 

「ぷぇー……」

 

 

 *****

 

 

 アクセルの街から離れたところにある、森の中。

 俺達はその森を、さらに奥へと進んでいた。

 コボルトの巣はこの森のどこかにあるという話だが、正確な場所は分かっておらず。

 

「……ええっと、ここも違うな。じゃあ、次はあっちに……。いや、あっちだな」

 

 俺達は、ギルドで貰った大ざっぱな森の地図を頼りに、コボルトの群れが棲みつきそうな洞穴や木のうろを巡っていた。

 いわゆるスカウト技能を持っている者がいないので、探索はあまり順調ではない。

 敵感知と潜伏スキルで、モンスターを避けながら移動しているせいもある。

 

「こちらの洞穴の方が位置が近いですけど、……崖下を先に目指すのですか? 一応理由を聞いても良いでしょうか」

 

 俺と一緒に地図を覗き込みながら、めぐみんが首を傾げて聞いてくる。

 ダクネスはその間、警戒するように辺りを見回していて、アクアは……。

 

「ねえもう疲れたんですけどー。さっきから同じ場所をウロウロするばっかりで、ちっともモンスターと戦わないじゃない。もう帰りましょう? ちょっと遠出してめぐみんが爆裂魔法を撃って帰るだけだと思ってたのに、こんな森の中を歩き回るなんて聞いてないんですけど」

 

 出発する前にきちんと説明したというのにそんな文句を言うアクアを無視し、俺は手近な木の枝を折りつつめぐみんに。

 

「先に崖下を見ておきたいんだよ。コボルトの巣がそこにあるようだったら、クエスト失敗だとしても帰ろうと思う。崖下にコボルトの巣があったとして、そんなところに爆裂魔法を撃ち込んだら地形が変わるどころの騒ぎじゃないだろ」

「……カズマはそんな事まで考えていたんですか? でも、森の中で爆裂魔法を撃てば木々も吹っ飛んで地形は変わってしまうでしょうし、今さらなのではないですか」

 

 そうかもしれないが……。

 

「なるべく周りに影響を与えたくないんだよ。ほら、ベルディアが攻めてきたのはお前が廃城に爆裂魔法を撃ち込んだせいだし、借金を負ったのはアクアが洪水を起こしたせいだろ?」

 

 俺の言葉に、めぐみんとアクアが耳を塞いで聞こえない振りをする。

 そんな俺達に、こちらを見ないままダクネスが。

 

「カズマ、ならば私がコボルト達の前に姿を現し、囮になるというのはどうだ? そして私に襲いかかってきたコボルト達を、爆裂魔法で私もろとも……!」

 

 …………。

 

「そういうわけだから、とりあえず崖下に行くぞ。コボルトの巣があったら、帰る事も検討しよう。もしかしたら巣の場所を知らせただけで少しは報酬が貰えるかもしれないしな」

「な、なあカズマ、さすがに無視というのは寂しいのだが。そ、それともこれが、放置プレイというやつなのか……?」

「ド変態に構ってる暇はない」

「……んぁ……!?」

「ていうか、今お前は鎧がないんだからな? あんまりバカな事言ってんなよ」

 

 ダクネスは顔を赤くし、息を荒くしながら。

 

「カ、カズマ……。わ、私を責めるのか心配するのか、どちらかにしてくれ……! 一体お前は私をどうするつもりなんだ……!?」

 

 どうもしません。

 

 

 

 しばらく森の中を進んでいくと。

 

「……何か来るな。敵感知に反応がある」

 

 俺がそう言うと同時に、余計な事をしないように真っ先にアクアの手を掴み、潜伏スキルを発動させると、アクアがニヤニヤしながら俺を見返してきて。

 

「何よカズマ、いきなり私の手を握ったりして? 今は討伐クエストの最中だって分かってるんですか? そんなに私が恋しかったの? まったく仕方ないわね、このエロニートは! 本来ならあんたみたいなニートがこの私の手に触れるなんて許されない事なんだけど、寛大な私は特別に許してあげるわ! 存分に感謝して、帰ったらキンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってよね!」

「バカな事言ってるとお前だけ潜伏スキルの対象から外すぞ。俺にだって選ぶ権利があるんだからな? クエストを達成して帰れたら酒くらい奢ってやるから、今は静かにしてろよ」

「シッ! 二人とも静かに! 来ましたよ、ブラッディモモンガです!」

 

 めぐみんが囁き、ダクネスが俺達を庇うように前に出る。

 現れたのは、三匹の大きなモモンガ。

 潜伏スキルで隠れている俺達に気づく様子はなく、どこか慌てたように低空を滑空してくる。

 ダクネスがモモンガを警戒する中。

 俺はアクアが余計な事をしないか警戒し――

 

「ああっ!? 何よ! 何か降ってきたんですけど!」

「バカ! 静かにしてろって……!」

 

 いきなり騒ぎだしたアクアに俺は小声でそう言うが、ブラッディモモンガはそんな俺達の声に気づかなかったようで、真っ直ぐに飛び去っていく。

 モモンガ達の姿が完全に見えなくなって。

 

「……なあ、あいつらって耳が悪かったりするのか?」

「いえ、そんなはずはありませんが……」

 

 俺が首を傾げながらめぐみんに聞くと、めぐみんも不思議そうに首を傾げる。

 そんな中、アクアが羽衣の袖に鼻を近づけ……。

 

「臭い! なんか変な臭いがするんですけど!」

「ア、アクア、それはブラッディモモンガが獲物のマーキング用に掛ける尿です。その臭いは一週間は取れません」

「「…………」」

 

 おずおずと言うめぐみんの言葉に、俺とダクネスは無言でアクアから距離を取った。

 獲物のマーキング用という事だが、潜伏スキルを使っていた俺達が見つかっていた様子はないから、おそらくは運悪く掛かってしまったのだろう。

 

「ちょっと、なんで二人とも離れていくのよ! ねえ、私達って仲間よね? 仲間って苦しい事や辛い事を分かち合うものじゃないかしら?」

「おいやめろ、こっち来んな! あっ、臭い! 本当に臭いぞお前!」

「わあああああーっ! やめて、臭い臭いって言わないで! ねえ逃げないでよ! 私だって好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんですけど! めぐみん、めぐみんは私と一緒にいてくれるわよね?」

「す、すいません、私もブラッディモモンガにはちょっと嫌な思い出があるので……」

「わあああああーっ! ふあああああーっ! ああああああーっ!」

「あ、おい! ヤバい! ちょっと黙れ!」

 

 俺は討伐クエストの最中だというのに大騒ぎするアクアに飛びかかり、潜伏スキルを発動させる。

 

「カ、カズマさん! カズマさんは私と一緒にいてくれるのね……? ひっぐ、えっぐ……、あ、ありがとうね……!」

「バカ! いいから静かにしろ。おい、二人も来てくれ。また敵感知に反応だ」

 

 俺がそう言うと、二人はアクアの臭いに嫌な顔をしつつ俺の体に触れた。

 反応があるのは、さっきブラッディモモンガが飛んできたのと同じ方向。

 ひょっとすると、あのモモンガ達はこの何かから逃げているところだったから、俺達の声に気づいてもそのまま行ってしまったのかもしれない。

 そんな事を考えながら潜伏スキルを使い、隠れていると……。

 

 ――でかい熊が現れた。

 

 超でかい。

 ヤバい。

 黒い。

 そんな頭の悪い感想しか出てこないくらい、危険な雰囲気を醸し出している。

 熊は茂みをガサガサと掻き分けて俺達に近寄ってきて。

 フンフンと鼻を鳴らしながら、辺りの地面を嗅ぎ回る。

 マズい。

 アクアについた強烈な臭いに気づかれたら――

 俺のそんな考えを読んだかのようなタイミングで、熊は顔を上げ。

 アクアの方を真っ直ぐに見て。

 

 ……嫌そうな顔をして、逃げるように去っていった。

 

 …………。

 熊の姿が完全に見えなくなり、足音も聞こえなくなってから、詰めていた息を吐き出しためぐみんが。

 

「い、一撃熊……! 今のは一撃熊ですよ! 紅魔の里の近くにも棲んでいる、人間の頭くらいなら一撃で持っていくモンスターです! まあ、上級魔法を使える紅魔族にとっては小遣い稼ぎと経験値稼ぎの獲物でしかないんですが」

 

 何それ怖い。

 ……紅魔族怖い。

 ていうか、ちゃんとした紅魔族だったら今のも隠れるまでもなく倒せてたって事か?

 

「……おい、私に言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

「言ったら聞き入れてくれるのか?」

「そんなわけないでしょう」

 

 ですよね。

 俺とめぐみんがそんなやりとりをする中、一撃熊の去っていった方をジッと見ていたダクネスが。

 

「今のが一撃熊……。アイツの前足の一撃を受け止める事が出来たら、さぞ気持ち良い……ではなく、クルセイダー冥利に尽きるのだろうな。…………んっ……!」

「……想像して興奮したのか」

「し、してない」

「してただろ」

 

 いや、変態に構っている場合ではない。

 あんなのまでいる森に、長居していられない。

 俺は近くの木の枝を折り。

 

「コボルトだけならともかく、秋の森には腹を空かしたモンスターがいくらでもいるんだな。ダクネスの鎧がないってのに、あんなのと戦わせるわけにはいかない。とにかく崖下だけは見るとして、そこにコボルトの巣があったら帰るぞ。なかったら……、なくても帰った方が良いかもな。このクエストは俺達には早すぎたよ。おいアクア、いつまで蹲ってるんだ? ……アクア?」

 

 いつまでも立ち上がらないアクアに目をやると、アクアは地面の上で膝を抱えていて。

 

「……ねえカズマさん、私ってそんなに臭いの? あんな熊畜生に嫌な顔されて逃げられるくらい臭いの?」

「…………そんな事ないぞ? ほら、バカな事言ってないで、さっさと行くぞ」

 

 そう言ってアクアを引っ張り起こす俺を、めぐみんとダクネスが怪訝そうな顔で見ていた。

 ……ピュリフィケーションを使えば臭いを消せそうだが、尿の臭いで一撃熊が寄ってこないようなので、森を出るまでは黙っていよう。

 

 

 

 ――地図にある崖下の近くにやってきた。

 

「……当たりか」

 

 俺は小さく呟き、ため息を吐く。

 木々が邪魔でほとんど見通せないが、崖下の窪地に見張りらしきコボルトが立っていて、敵感知には大量の反応がある。

 五十匹ほどもいそうなコレが、すべてコボルトなのだろう。

 ……どうしよう?

 あの崖は崩してしまって良いのだろうか。

 自分でクエストを請けに行って、きちんと詳細を聞いてくれば良かった。

 足を止めた俺の様子から状況を察したのだろう、めぐみんが早くも瞳を紅く輝かせ……。

 

「おいバカ、早まるな! 崖崩れなんか起こしたら何がどうなるか分からないんだぞ。また厄介事を起こすつもりか?」

「ですがカズマ、私達は冒険者です。冒険者の本分はモンスターを討伐し、力なき市民を守る事。コボルトの巣を見つけ、倒す手段があるのなら、放置しておいて良い理由などないはずです。ここで私達がコボルトを見逃す事で、あのコボルト達の被害に遭う人が一人でも出てしまえば、私は自分の事を許せなくなってしまいます」

「それっぽい事言いやがって。お前は爆裂魔法を撃ちたいだけだろうが」

「まあそうですが」

 

 めぐみんは事もなげに認める。

 俺だって、コボルトを倒したい。

 だが、そのせいでまた借金が増えては本末転倒だろう。

 俺が決めかねていた、そんな時。

 

 ――風向きが変わった。

 

「……!? なんだ? 急にコボルトが慌てだしたぞ」

 

 それは敵感知スキルを持っている俺にしか分からない変化。

 三人は俺の顔を見て、不思議そうにしている。

 俺は自分でも何が起こっているのか分からず、どう説明したものかと三人を見返して。

 

「……あっ!」

 

 アクアの顔を見て、声を上げた。

 

「な、何よ? どうしたっていうの? 私、今日はまだ何もおかしな事してないわよ? してないわよね? ね?」

 

 冤罪を主張しながら、自信がないのかしつこく繰り返す、アクアの臭い。

 ブラッディモモンガがマーキング用に掛けた尿の臭いが、風向きが変わった事でコボルトの巣の方向に流れていた。

 さっきの一撃熊の反応からして、潜伏スキルは完全に臭いを消せるわけではないのだろう。

 コボルトは非常に弱いモンスターだ。

 そんなコボルトが、ブラッディモモンガの尿の臭いを嗅いだら、パニックになっても無理はない。

 パニックになったコボルト達は、てんでバラバラに巣から逃げようとしていて。

 ……このまま逃がしたら、どこでどんな被害が出るのか分からない。

 

「……仕方ない! やれ、めぐみん!」

 

 俺のその言葉に、ダクネスが俺達を守るように前に出て、大剣を地面に突き刺し。

 

 

「『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 

 破滅の光がめぐみんの杖先から崖下へと放たれ。

 轟音とともに巻き起こる破壊の風が、崖を崩し、周囲の木々を薙ぎ倒す。

 ……すでに巣から逃げだしていたコボルトもいたので、撃ち漏らしが出るかと思ったが。

 そいつらも崖崩れに巻き込まれたようで。

 風が吹きやんだ時には、敵感知にあった反応は一つ残らず消えていた。

 俺はフラつくめぐみんに肩を貸し。

 

「よし、全部倒せたみたいだ。依頼完了だな。……ご苦労さん」

「ふはは。我が爆裂魔法をもってすれば、この程度の事は造作もありませんよ!」

「……おんぶはいるか?」

「あ、お願いします」

 

 俺がめぐみんを背負っていると、大剣を納めたダクネスが物足りなさそうな顔で。

 

「これで終わりか。……な、なあカズマ、せっかくだし一撃熊と」

「却下」

「んん……!? こ、この雑な扱い……!」

「……お前、ひょっとして俺に拒否られたくて妙な事を言ってきてないか?」

「…………」

「おい、こっちを向け。俺の目を見て否定してくれ」

 

 俺とダクネスがそんなやりとりをしていると、退屈そうにあくびをしていたアクアが。

 

「ねえー、めぐみんが爆裂魔法を撃ったんだし、クエストは終わったんでしょ? さっさと帰りましょうよ。今日は森の中を歩いて疲れちゃったし、帰ったら冷たいお酒を……」

「おいやめろ、そういうフラグになるような事を言うなよな。あっ、ほら! お前が余計な事言うから敵感知に反応が……!」

「ちょっとあんた変な言いがかりはやめてよね! 私のせいじゃないわよ! めぐみんの爆裂魔法で呼び寄せられてきたんだと思うんですけど!」

「あっはい。そうですね、私のせいだと思います。……すいません」

 

 アクアのツッコミに、俺の背中でめぐみんが縮こまる中、俺はポツリと。

 

「ちなみに来たのはブラッディモモンガみたいだが」

「…………」

 

 おそらくアクアに付いた臭いを追ってきているだろうモモンガ達に、アクアはオロオロしだし。

 

「えっ、えっ、どうしよう? ねえカズマさん、でもこれってやっぱり私のせいじゃないと思うの。だって私、好きでおしっこ引っかけられたわけじゃないんだし、……そんな目で見ないでほしいんですけど!」

「……潜伏」

「ふあああああーっ!? カズマさん? カズマさーん!」

 

 めぐみんとダクネスとともに俺が潜伏スキルで隠れると、一人取り残されたアクアが泣き喚いてこちらに駆け寄ってきて。

 ……木の根っこに躓いて転んだ。

 俺の背中に乗っているめぐみんが肩をバシバシ叩いてくるし、俺が肩を掴んでいるダクネスも責めるような視線を向けてくる。

 泥だらけになって泣いているアクアを見ると、俺も悪い事をしたとは思う。

 事前に話してたら厄介な事になっていただろうから、反省はしてないが。

 ……帰ったら、キンキンに冷えたクリムゾンビアーを奢ってやろう。

 俺がジェスチャーでダクネスに指示を出すと、ダクネスは少し驚いたように目を見開いて頷き、大剣を引き抜いた。

 少ししてブラッディモモンガが現れ。

 アクアが逃げだし。

 ダクネスが、アクア目掛けて向かってくるブラッディモモンガの前に立ち塞がった。

 潜伏しているダクネスの存在に気づかず突っ込んできたモモンガ達は。

 

「くっ……! ううっ、……ぐ……! ……こ、これが焦らしプレイの効果か……! 感謝するぞカズマ、新境地に達した気分だ……ハア……ハア…………」

「おい、鼻血出てるぞ」

 

 ダクネスに激突したブラッディモモンガ達は、三匹とも目を回して地面に引っくり返った。

 不器用なダクネスでも、動かない相手になら攻撃を当てる事が出来る。

 ほこほこした顔のダクネスが三匹のモモンガにとどめを刺している間、俺は逃げようとしてすっ転び泣いているアクアを立たせてやり。

 

「今回は悪かったよ。でもお前、囮役やれとか言っても聞かないだろ?」

「うっ、うあああああああああ! カズマがー! カズマがああああああ!」

「なあ頼むから泣きやんでくれよ。またモンスターが来たら本気でどうにもならないからな? 分かったよ、帰ったらクリムゾンビアーを奢ってやるから」

「……カエルの唐揚げも食べたい」

 

 コイツ、意外と余裕があるな。

 

「分かった分かった。それも奢ってやるから」

 

 と、大剣を納めたダクネスが。

 

「……そういえば、帰り道は分かるのか? その、私は森に入った経験があまりないし…………、正直に言えば、焦らしプレイと言われて興奮していたので、どちらから来たのかもよく覚えていないのだが」

 

 ダクネスのその言葉に、俺達の中で一番旅慣れているめぐみんに皆の視線が集まる。

 

「えっ、私ですか? ……すいません、爆裂魔法を使えるのが嬉しくて、あまり周りに気を配っていませんでした」

 

 次にアクアに視線が集まるが素通りし、

 

「なんでよ! ちょっと、私にも聞いてよ!」

 

 ……最後に、期待するように俺を見る。

 モンスターに突っこんでいくド変態クルセイダーと、爆裂魔法を撃ちこむ事しか考えていない頭のおかしいアークウィザード、そして何の役に立つのかよくわからないアークプリースト。

 まあ、こんなもんだろう。

 俺は地図を取り出しながら。

 

「そこは大丈夫だ。俺が移動しながら目印に木の枝を折ってきたから、帰り道は分かる」

「…………えっ」

 

 俺が自信ありげに請け合うと、アクアが驚いたような声を……。

 …………。

 

「おい、何をした? 言え」

「だって! だって! 周りに影響を与えるのは駄目とか言ってたのに、カズマさんがやたらと木の枝を折ってるから、これは私がちゃんと治しておかないとって思って……ヒールで……」

「ヒールで?」

「回復しちゃった」

「このバカ、何してくれてんだ! もう夕方になるってのに森から出られなかったらどうするつもりだよ! それどころか、帰り道が分からなかったらこのまま迷って死ぬかもしれないんだぞ! 後は帰るだけのはずだったのに、お前のおかげで俺達の戦いはこれからだよ!」

「わあああああーっ! うわあああああーっ! 私だって、私だって良かれと思ってやったのに!」

 

 

 

 *****

 

 

 

「……今なんて?」

 

 真顔で聞き返す俺に、受付のお姉さんは目を逸らし。

 

「で、ですから、めぐみんさんはベルディア討伐の際にレベルが上がって、爆裂魔法の威力も上がったじゃないですか。その威力がちょっと、頭がおかしい……もとい、こちらの予想を超えていると言いますか。今回、コボルトの巣があったという崖、あの崖やその周辺の小山は、冒険者ギルドとしては崩れても困らない土地でした。それで、コボルトは優先的に倒していただきたいモンスターですし、こちらからもあまり強く注意はしなかったのですが……。きちんと調査しなければ正確な事は言えませんが、サトウさんの話を聞くと崖崩れの規模が想定より大きいようなので、森の小川に土砂が流れこみ、下流の湿地帯にまで影響が出るかもしれません。そうなりますと、湿地帯の希少な植物が採れなくなったり、生態系が崩れたりして……その、また補償金をいただく事になるかも…………可能性! あくまでも可能性の話ですから!」

 

 俺の表情から何を感じ取ったのか、受付のお姉さんが半泣きでフォローしてくれる。

 あくまでも可能性。

 まだ調査の段階。

 しかし、なんだろう? こういう話が出てきた時点で、もう駄目なのが確定している気がするのだが。

 

「ちなみに補償金って、いくらくらいになるんですか?」

 

 俺が気力を振り絞って聞いてみると、お姉さんは営業スマイルを引きつらせて。

 

「ええと、ですね…………」

 

 その金額を口にした――!

 

 …………。

 夜の森を半泣きで抜け。

 命からがら街に戻ってきて。

 ギルドでクエスト完了の報告をし。

 ……今日くらいは仲間達とパーッと飲もうと思っていたのだが。

 呆然と受付を離れる俺に、上機嫌のアクアがやってきて。

 

「ねえカズマさんカズマさん! ほらほら、クリムゾンビアー! カズマさんの分も頼んでおいてあげたわよ! どうしたの? カズマさんはいつも変な顔だけど、もっと変な顔してるわよ? なんかあったの? まあいいじゃないの! 今は忘れちゃいなさいよ! 何もかも忘れて、パーッと飲んで楽しみましょ! ほら、グイっと行って! さあ早くグイッとやんなさいな!」

 

 能天気に浮かれ騒ぐアクアに、俺は……。

 

「よし、パーッと飲んで忘れるか!」

 

 

 

 ――考えるのをやめる事にした。

 




・エギルの木
『祝福1』に名前だけ登場する、森に悪影響を与えるらしい木。詳細不明。
「木に鹿が生る」は独自設定。元ネタはバロメッツです。

・魔法実験の練習台探してます
『祝福1』にて掲示板に貼ってあったクエストのひとつ。
 ダクネスが過去に請けていた事、依頼人の性格は独自設定。

・一撃熊
『祝福1』に名前だけ登場。または『爆焔』シリーズにたびたび登場。
 2巻を読む限り、カズマ達がここで遭遇しているのはおかしい。妄想ですから。
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