このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』6、読了推奨。
 時系列は、6巻2章の辺り。


この可愛い妹に息抜きを!

 魔王軍の幹部や大物賞金首と渡り合ってきた俺達の活躍は、ついに王族の耳にも入る事となり。

 俺達に興味を持った王女様に、晩餐会に招待されて。

 そこで、俺を気に入った王女様が、俺を城へと連れ帰ってしまい……。

 王女様は……

 いや、アイリスは、俺を兄と慕ってくれて。

 

「おはようございます、お兄様。……あの、こんな時間まで眠っていたんですか?」

 

 その日、俺が目を覚ますと、アイリスはすでにレインの授業を終えていて。

 

「おはよう、アイリス。昨夜はアイリスが部屋に戻った後、何をして遊ぶか考えていて眠れなかったんだよ。ほら、俺ってアイリスの遊び相手役になっただろ? どんな遊びをしたらアイリスが楽しめるか、クレアやレインから教われないような事を教えられるかって考えてたんだ」

 

 本当は、日頃から夜型の生活を送っているせいで眠れなかっただけなのだが。

 ……アイリスが相手だと、どうも良い格好をしたくなる。

 これが、妹を持った兄の気持ちなのだろうか?

 俺に義妹がいたら、ニートなんかにならずに済んだかもしれない。

 アイリスは、俺の言葉に嬉しそうに。

 

「それでは、今日はどんな遊びを教えてくれるんですか?」

 

 特に考えてませんでしたとは言えない俺は、少し口篭もり。

 

「……アイリスは、鬼ごっこをやった事はあるか?」

「鬼ごっこですか? いえ、私には同年代の友人がおりませんし、……それに、王族は代々優秀な血を取り入れていて、とてもステータスが高いのです。体を使った遊びをするには、身体能力に差がありすぎて……」

 

 アイリスが、しょんぼりと肩を落としてそんな事を言う。

 そういえば、この世界の貴族は強いという話を聞いた事がある。

 

「おいおい、俺をそこらのボンボンと一緒にするなよ? 魔王の幹部や大物賞金首を討伐したカズマさんだぞ? 鬼ごっこ、アイリスはやってみたくないか?」

「それはもちろん、やってみたいです! ……でもお兄様、無理はしないでくださいね?」

 

 俺の事を心配しつつ、アイリスがうずうずしているのは明らかで。

 

「大丈夫だって。失敗したところで死ぬわけじゃないしな。初めてやるって言うんなら、最初は俺が鬼をやってやるよ。本当は五人くらいいた方が面白いんだが、そこはしょうがない。ルールは簡単だし、知ってるよな? 鬼にタッチされたら交替。鬼になったら、十まで数えてから追いかける。逃げる範囲は……じゃあ、この城の中」

「分かりました!」

「いーち、……速!」

 

 俺が数え始めるのと同時に、駆けだしたアイリスの背中はあっという間に遠ざかり……。

 マジか。

 王族、マジか。

 

「――にさんしごろくしちはちきゅうじゅう!」

「お、お兄様!? 数えるのが早すぎます!」

「何言ってんだ? 十まで数えただろ、誰も十秒とは言ってないぞ!」

 

 俺は早口で十まで数えると、アイリスを追いかけるために駆けだした。

 

 

 *****

 

 

 必死で追いかけても、アイリスの背中は捕まえられず。

 ……俺の身体能力は、魔法職であるめぐみんよりも低い。

 敵感知スキルがなかったら、とっくにアイリスを見失っていただろう。

 

「ま、待て……!」

「待ちません!」

 

 息も絶え絶えに叫ぶ俺に、アイリスが楽しそうに答えて駆けだす。

 これだけ走る速さに差があって、逃げる側は楽しいものだろうか?

 まあ、アイリスが楽しそうにしているし、問題はないのだろう。

 だからといって、負けっぱなしで終わるつもりはないが。

 

「ふはは、甘いぞアイリス! 城内の見回りスケジュールは把握済みだ。ちょうど、その角から見回りの騎士が歩いてきてるとこだぞ!」

 

 俺の言葉と同時に、アイリスが廊下の角を曲がろうとし。

 

「あっ、す、すいません!」

「おい、気を付け……! ア、アイリス王女!? これは失礼しました!」

 

 俺は走る速度を上げて、廊下の角まで辿り着き。

 騎士とぶつかって足止めを食らっているアイリスに手を触れ……。

 しかし、そこにいたのは兵士だけで。

 

「あ、あれ? いない……!」

「残念でしたねお兄様、私はここです!」

 

 アイリスがそう言って手を振るのは、廊下のずっと先の方で。

 

「速! くそ、騎士に足止めされると思ったのに、もうそんなところまで……! いくらなんでも、足が速すぎるだろ!」

「お、おい、お前……!」

 

 騎士がなんか言ってこようとしていたが、俺はそれに構わず走りだし。

 アイリスも、俺から逃れるために速度を上げて……。

 と、速度を上げたアイリスの前に人影が立ち塞がり。

 

「ぐうっ……!」

「あっ、すいませ……! ク、クレア!? どうしてここに!」

 

 アイリスの体当たりを真正面から受けたクレアは、苦しそうな顔をしてアイリスの肩を掴み。

 ……クレアがどこか嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?

 ひょっとして、こいつもダクネスと同じ性癖の持ち主なのか?

 

「どうしてここにではありません! 何をやっているのですかアイリス様、廊下を走るなどはしたない! 淑女たるもの、常に優雅に振る舞わなくてはいけませんよ!」

「ご、ごめんなさいクレア、でも……」

 

 アイリスが、クレアに申し訳なさそうな顔をしながら、迫りくる俺に慌てる中。

 俺はクレアに。

 

「でかしたクレア! そのままアイリスを捕まえておいてくれ!」

「また貴様か! いい加減にしてくださいカズマ殿! あなたの教える遊びは、アイリス様に悪影響を与えます!」

「ま、待ってくださいお兄様! 今捕まえるのはズルいです! タンマ! タンマです!」

 

 クレアに捕まり、手足をじたばたさせるアイリスに、俺は遠慮なくタッチして。

 

「真剣勝負にタンマなどない。ほれ、次はアイリスが鬼な」

「ああっ、クレアのせいで捕まってしまったではありませんか!」

「えっ! も、申し訳ありませ……!? いえ、捕まってしまったではありませんよ! そのようなはしたない遊びは今すぐおやめになってください! 城内を走ってはいけません!」

「わ、分かりました。お兄様、ルールを変えましょう! 鬼ごっこにはいろいろなルールがあると聞きました。色鬼や高鬼や、……走ってはいけない歩き鬼というのもあるのでしょう? それにしましょう。それなら城の中でも遊べます」

「何言ってんの? 俺は下賤で無礼な冒険者だから、城の中で走ってても怒られないし、歩き鬼なんてやらないぞ。アイリスは王女なんだから、はしたない事は出来ないし、歩けば良いだろ? 俺は走るけど」

「お、お兄様!? 初対面の時に私が言った事を、実は結構根に持っていたんですか? あの言葉は撤回しますので、待ってください! そんなのズルいです、不公平ですよ!」

「いいかアイリス、人生ってのは戦いなんだ。いつでも公平な勝負が出来ると思ったら大間違いだぞ。じゃあ俺は逃げるから」

 

 そう言って走りだす俺の背後から。

 

「ま、待ってくださいお兄様! 逃がしませんよ! お兄様ーっ!」

「待つのはあなたですアイリス様! 走らなければ良いというものではありません! そんなはしたない遊びをしているところを、大勢の者に見られる事が問題なのです!」

「は、離してクレア! お兄様が逃げてしまうわ!」

「いいえ、離しません! とにかくその遊びは……ああっ! 全力で振り払われたら……、ア、アイリス様! 本気で怒りますよ!」

 

 廊下の角を曲がると、二人の姿は見えなくなり、さらに進むと声も聞こえなくなり。

 敵感知スキルでアイリスの場所を探るが、まだ動いておらず……。

 そのまま、クレアに連れられてか、俺のいる方とは反対に動きだして。

 

「……よし、勝った」

 

 

 

 ――勝利宣言をするために敵感知の反応を追っていくと。

 二人は空き部屋にいるらしく。

 おそらく、アイリスがクレアから説教をされているのだろうが……。

 俺がドアを開けると。

 

「いいですかアイリス様。あなたはこの国の王女なのですから、全ての国民の模範となるよう、常に己を律し、気高くあらねばならないのです。ほら、激しく走り回ったりするから、後ろ髪がこんなに乱れていますよ」

「あ、あの、クレア? そこはさっきも梳いてくれていたと思うのですが……。それに、髪を梳いてくれるのは嬉しいですが、膝の上に乗る必要はあるのかしら?」

 

 そこにいたのは、椅子に腰掛け、アイリスを膝の上に乗せて、幸せそうな顔でアイリスの髪を櫛で梳くクレアと。

 そんなクレアに髪を梳かれながら、困惑した顔をしているアイリスで。

 

「……何やってんの?」

 

 俺のその言葉に、クレアが跳び上がって驚き。

 

「ななな、何を覗き見ているのだ無礼者! さっさとドアを閉めて部屋から出ていけ、ぶった斬るぞ!」

「お兄様、鬼の前に出てくるとは油断しましたね!」

 

 そう言って、クレアの膝から降りたアイリスが、すごい速さで駆け寄ってきて俺にタッチし。

 

「何言ってんだ? こういうやめる時がはっきりしてない遊びは、チャイムが鳴るか、大人に止められた時点で終了だろ? 最後に鬼だったのはアイリスだから、俺の勝ちだな」

「鬼ごっこにも勝ち負けがあるのですか! でもそれなら、私がクレアに止められた時にはお兄様が鬼だったのですから、私の勝ちだと思います!」

「アイリスは自分が鬼になったって認めたんだから、あの時点ではまだ鬼ごっこは続いてただろ。それを今さらなかった事にするっていうのはどうなんだ?」

「ズルいです! 私はそんなルールを知りませんでした!」

「おっと負け犬の遠吠えか? 勝ちたいならルール確認は基本だぞ」

 

 悔しそうに涙目になるアイリスに、俺がニヤニヤと笑い大人げなく勝ち誇っていると。

 

「おい貴様、黙って聞いていればアイリス様を愚弄しおって! そこに直れ、ぶった斬ってやる!」

 

 激昂したクレアが、腰の剣を抜きそんな事を言ってきて……。

 …………。

 こいつはどんだけ俺をぶった斬りたいんだろうか。

 いや、それよりも。

 

「やめなさいクレア、……お兄様?」

 

 俺は、クレアを制止しようとしたアイリスを止めて。

 不思議そうなアイリスの視線を受けながら、クレアと向かい合い。

 

「そんな事言われても。俺が勝ったのは事実だし、言ってる事だって間違ってないだろ? それに、遊びの勝敗ごときで、斬り捨て御免ってのはどうなんだ? 気に入らない相手は一人残らずぶった斬っていくのがこの国の模範ってやつなのか? それで本当にアイリスの誇りは守られるのか?」

「そ、それは……」

 

 迷うように剣の切っ先をぶれさせるクレアに、俺はさらに声を大にして。

 

「今のアイリスに必要なのは、リベンジの機会だ! 鬼ごっこでの負けは、鬼ごっこで勝たないと取り戻せないんだ! お前はアイリスからその機会を奪うつもりか! アイリスの教育係として、それはどうなんだよ!」

「そ、それは……! しかし……!」

「まあ俺だって、王族が城の中を走り回るのが問題だってのは分かるよ。だからここは、色鬼で決着をつけるってのはどうだ?」

 

 

 *****

 

 

 色鬼。

 鬼が、その場にある色を一つ指定し、逃げる側は鬼が指定した色に触れる。

 その色に触れていれば、鬼は捕まえる事が出来ないが、色に触れる前に鬼に捕まったら、鬼を交替する。

 全員が、鬼が指定した色に触れる事が出来たら、鬼は別の色を指定する。

 

「ルールは分かったか? それと、鬼は色を指定してから三秒間待つ事。……三まで数えるんじゃなくて、三秒間な。逃げる側は、同じ物に複数の人間が触れてはいけない事にしようか。だからって、他人が触れてるものを奪ったり、邪魔したりってのはなしだぞ。ここはそんなに広くないし、鬼が色を指定してから三十秒間逃げきったら、鬼は次の色を指定する事にしよう」

 

 俺はそう言って、周りにいる者達を見回し……。

 

「色……、鬼が色を指定し……。逃げる側は色に触れて……」

「うう……、どうして私まで……」

 

 ブツブツとルールを確認しているクレアの隣で、レインが暗い顔をしてうなだれる中。

 

「お兄様、勝敗は! 勝敗はどうやって決めるんですか!」

 

 アイリスが一人、やる気に満ちた表情で拳を握り締めている。

 

「いや、あれはクレアを巻きこむための方便だからな。まあ、終わりの時間に鬼だった奴が負けって事で良いんじゃないか」

「負けない方法ではなく、勝つ方法を教えてください! 勝ちたいならルール確認は基本だと言ったのはお兄様ではないですか!」

「お、おう……。アイリスも結構面倒くさいところがあるな? じゃあ、鬼になって色を指定した回数の一番少なかった奴が勝ちって事にしよう。制限時間は、夕食の時間になるまでだな」

 

 俺達は、城の裏庭に来ていた。

 ここなら人目につかないし、さらにクレアの指示で、夕食の時間まで誰も寄りつかないようになっている。

 アイリスが少しくらいはしゃいでも問題はないだろう。

 裏庭といってもそこそこ広く、流石は王城だけあって、こんなところまで手入れが行き届いており、色とりどりの花が咲いているので色鬼をするには丁度良い。

 

「よし、最初の鬼をじゃんけんで決めるぞ」

 

 俺がそう言って、じゃんけんをするために手を出すと、クレアとレインが渋々といった感じに手を出す中、アイリスが。

 

「お兄様、最初の鬼は色鬼とは関係なく鬼になるのですから、鬼になった回数に数えるのは不公平だと思います」

「何言ってるんだ? 運も実力のうちって言うじゃないか。勝負事に運が絡むのは当たり前の事だし、鬼ごっこの鬼をじゃんけんで決めるのも普通の事なんだから、じゃんけんだって鬼ごっこのうちだ」

 

 そして俺は、じゃんけんで負けた事がない。

 

「じゃーんけーん!」

 

 クレアが負けた。

 

「い、色を指定し、その色に触れていない者を捕まえる……。よし! では赤だ!」

「色を指定したら、鬼はその場で三秒数えるんだからな」

 

 すぐに駆けだそうとしたクレアを、俺がそう言って止め。

 俺達は三秒の間に、花壇に咲いていた赤い花の花弁に触れて。

 

「ああっ……」

 

 三秒数えて駆けだそうとしたクレアが、すでに指定された色に触れている俺達を見て、ガッカリした声を出す。

 

「クレアはこれで、二回目の鬼ですね」

「どこかに書いておかないと忘れそうだな」

「では、私が記録しておきますね」

 

 レインが、アイリスの勉強に使っている小さな黒板を取りだして、そこに俺達の名前を書き、クレアのところに二本の線を引く。

 レインが書き終わるのを律義に待っていたクレアが。

 

「金色!」

 

 俺はすかさずアイリスの頭を両手で掴んだ。

 

「お、お兄様!?」

「貴様、王族の頭に気安く触れるとは何を考えているんだ! 今すぐ手を離せ無礼者め!」

 

 アイリスが驚き、クレアが激昂し、レインはオロオロしながら金色のものを探していて。

 そんな中、三秒を数え終えたクレアが俺達に向かって歩み寄ってくる。

 

「き、金色……、金色……! お兄様、私の頭から手を離してください!」

「おいアイリス、あまり急に動くなよ。手が離れちまうだろ。他人が色に触れるのを邪魔するのはルール違反だから、アイリスは走るなら俺の足の速さに合せてくれよ」

 

 ルール上、アイリスはすでに俺が触れているアイリスの髪に触れてもカウントされないし、俺を強引に振り払う事も出来ない。

 焦ったように裏庭を見回すアイリスだが、金色なんて自然の中では簡単には見つからない。

 そんなアイリスの下に、クレアが辿り着き……。

 

「き、貴様! 早く手を離さないか!」

「何言ってんの? 遊びに身分を持ちこむとか、お前、それでも誇りあるベルゼルグの貴族なの? 別に俺は手を離して貴族様ごめんなさいって謝っても構わないが、そんな事をしてアイリスが喜ぶのか? ほら、アイリスは金色のものに触ってないぞ? すぐ目の前にいるんだから、アイリスにタッチするってのが鬼として正しい行動なんじゃないのか?」

「くっ、……この男……!」

 

 俺がクレアを挑発し、クレアが歯ぎしりして悔しがる中。

 アイリスが、クレアの髪に素早く手を伸ばし。

 

「ア、アア、アイリス様!? 何を……!」

「触りました! 金色のものです! これでクレアは私を捕まえられません!」

 

 背の低いアイリスがクレアの頭に触ろうとすると、縋りつくような格好になっていて。

 それに、クレアが顔を真っ赤にして……。

 

「ああああ、こんな、こんな事が……!」

「おいクレア、この状況は俺のおかげだって事を忘れるなよ」

「感謝します、深く感謝しますよカズマ殿……!」

「あ、あの、クレア? 早くレインを捕まえに行かなくて良いのですか……?」

 

 アイリスのその言葉に、クレアが幸せそうに緩んでいた表情を引き締め、レインを探し。

 俺とアイリスがその視線を追うと。

 レインはすでに、自分の手に嵌めていた指輪に触れていて。

 

「クレアが三回目の鬼ですね」

 

 アイリスが、クレアの髪から手を離してそう言い、俺もアイリスの髪から手を離すと、クレアが複雑そうな表情で俺を見ながら。

 

「むう……。なかなか捕まえられませんね。カズマ殿、何かコツのようなものはないのですか?」

「鬼ごっこにコツと言われても。それに、俺達は勝負の最中だからな。知っていても教えないよ」

「そうですよクレア。コツは自分で見つけなくてはいけません」

「アイリス様がそう言うのなら……。アイリス様? どうして少しずつ離れていくのですか?」

 

 クレアと話しながら、俺とアイリスは少しずつ距離を取っていて。

 不思議そうに聞いてくるクレアに、アイリスが。

 

「それはもちろん、クレアが色を言った後に、すぐに捕まらないためです。コツかどうかは分かりませんが、近くに人がいる時には、すぐに色を指定してしまった方が良かったと思います」

「……! あ、青!」

 

 アイリスの言葉に、クレアが慌てたように色を言うが、すでに遅く。

 三秒の間に、俺達は青い花に手を触れていた。

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 

「おいおい、不甲斐ねーな大人達! そんなんでアイリスの護衛が務まるのか?」

「お兄様、そんな言い方をしてはいけません。二人は慣れない遊びに付き合ってくれているのですから」

 

 鬼になった回数は、アイリスが一回、俺が五回、レインが八回、クレアが十三回。

 こういった遊びに熱中するのは子供で、大人はどうしても少し手を抜いてしまうものだ。

 レインは、子供の遊びに付き合ってあげている大人そのもので、鬼になっても悔しがる事もなく、淡々と色を指定している。

 クレアは、俺が煽ると激昂して何も考えず色を指定するので、連続して鬼になる事が多い。

 アイリスは、本気で勝つつもりらしく、一番うまく立ち回っていた。

 この場にいる三人とも、魔法職であるレインでさえも、貴族だけあって俺よりも身体能力が高い。

 ……ここでアイリスにリベンジを達成されては、兄としての沽券に関わる。

 

「……なあアイリス、あいつらが本気を出せるように、ルールを追加しないか?」

「いえ、やめておきましょう。後からルールを付け足すのはどうかと思います」

 

 俺の言葉に、アイリスが少し考え、警戒するようにそんな事を……。

 …………。

 こういう時、俺が、勝つために策を弄する事を見破られているらしい。

 ……勘の良い子供は嫌いだよ。

 

「おいクレア、お前らいまいちやる気が出ないみたいだし、鬼になった回数の一番多かった奴が罰ゲームってのはどうだ? それと、今の状況だとクレアの負けが決まってるようなもんだし、最後に鬼だった奴は十ポイント追加しよう」

「お兄様!? 後からルールを付け足すのはズルいですよ! それに、一番負けているクレアがそんなルールを受け入れるはずが……!」

「罰ゲームは、ひらひらの可愛い服を着て思いきり可愛い子ぶるってのを考えてるんだが」

「よし分かった」

「!?」

 

 俺の言葉にクレアが即答し、アイリスが驚愕する。

 

「レインもそれで良いか?」

「えっ、……わ、分かりました……」

 

 すかさずレインに問いかけ了承を得るクレアの様子を見ながら、俺はアイリスに。

 

「四人中三人が賛成してるんだから、ルールを付け足しても問題ないと思うんだが」

 

 現在、鬼のクレアが、明らかにアイリスを狙い撃ちする目で見ている。

 夕食の時間が近いから、最後にアイリスを鬼にすれば俺の勝ちだ。

 これで、俺が逆転する可能性も出てきたと言えよう。

 俺がそんな事を考えていると……。

 

「クレア! レイン! 三人でお兄様を狙いましょう! お兄様がそのつもりなら、私にだって考えがありますよ!」

「「「!?」」」

 

 堂々とズルを宣言するアイリスに、俺達は驚愕の表情を浮かべ。

 その言葉に、レインがコクコクと頷いて……。

 

「わ、分かりました……!」

「おいクレア! お前はそれで良いのか? たかが遊びとはいえ、こんな卑怯な手を使うアイリスを許したら、アイリスが俺みたいになるかもしれないぞ! 王族として、それで良いのか? ここは王族らしい正々堂々とした戦い方をするように、アイリスを教育してやるのが教育係の務めなんじゃないか? アイリスはレインと組むみたいだし、俺とお前が組んだら、二対二で丁度良いと思わないか?」

「……! そ、そうだな……。申し訳ありませんアイリス様。しかし、これはあなたのためなのです」

 

 俺の言葉にあっさりと流されるクレアに、アイリスが悲しそうな顔をして。

 

「クレア……! どうしても、駄目ですか……?」

「うっ……。い、いえ、アイリス様の頼みとあらば……!」

「可愛い服だぞ、可愛いアイリスが可愛い服を着るんだぞ? 想像してみろ、ひらひらの可愛い服を着たアイリスを。いつも可愛いのに、可愛い子ぶるアイリスを……!」

「!? も、申し訳ありませんアイリス様! やはり王族は、正々堂々と戦うべきです! ……黒!」

 

 会話の途中で色を指定し、クレアは迷わずアイリスに向かって駆けだす。

 

「黒!? ク、クレア、この場にない色を指定するのはルール違反ですよ! この裏庭に黒いものなんて……!」

「あるだろ、黒いもの」

 

 焦って辺りを見回すアイリスに、俺は自分の黒髪に触れながらそう言って。

 

「! ほ、他に黒いものは……!」

「タッチです! アイリス様、鬼は二回目ですよ……!」

 

 黒いものを探していたアイリスに、駆け寄ったクレアがタッチする。

 

「茶色!」

「!?」

 

 即座に色を指定するアイリスに、クレアが驚き、茶色いものを探して……。

 ……!

 茶色いものといえば、裏庭の外周にある花壇の土だが、花壇はアイリスを挟んで向こう側にあって。

 俺とクレアが、三秒間に花壇まで行くのは不可能で……。

 

「おいクレア、受け取れ! 『クリエイト・アース』!」

「! 感謝します、カズマ殿!」

「お、お兄様! 魔法はズルいですよ!」

「そんなルールはないだろ。後からルールを付け足すのはズルいぞ?」

「ううっ……! ……い、良いのですよレイン。お兄様を狙うとは言いましたが、私のためにわざと鬼になる必要はありません」

 

 俺とクレアが、俺が魔法で創った土に触れる中。

 アイリスが悔しそうな表情で、花壇の土に触れようかどうしようか迷っていたレインにそう言って。

 

「ふはは、三回目だぞアイリス! そろそろ負けが見えてきたな!」

「灰色です!」

 

 ……?

 灰色のものは、俺達の後ろにある城の壁がそうだが。

 どうしてすぐ近くにある色を指定するのだろうと、俺が不思議がりつつ城の壁に触れると。

 

「申し訳ありませんカズマ殿、この壁にはすでに私が触れています」

「お兄様、一つの物に複数の人間が触れる事は出来ません。そういうルールでしたよね?」

 

 口々にそう言う二人を前にして、俺は。

 

「おいクレア、俺に良い案がある。お前の目的は、アイリスに可愛い服を着てもらう事だろ? ここで俺が鬼になるより、アイリスにもう一回鬼をやらせた方が良いと思わないか? そのためには、まず、クレアが壁から手を離し、俺が壁に触れる。そうすると、アイリスはクレアを追うしかなくなるから、すぐに俺が壁から手を離し、クレアが壁に触れる。この繰り返しで三十秒を稼いだら、次の鬼もアイリスだ!」

「カズマ殿……! あなたの英知には感服します!」

 

 そう言って、クレアは壁から手を離し。

 俺の目の前にまで迫っていたアイリスが、悔しそうに足を止めてクレアの下へ……。

 

「離したぞ! アイリス、今はクレアが色に触れてる判定だ!」

「ううううっ……! ズルいですお兄様! こんなのズルい!」

 

 俺の素晴らしい作戦に、こっちに向かってこようとしたアイリスが涙目で地団太を踏み。

 

「最初に協力者を募ったくせに何言ってんだ! なんでもありを受け入れておいてズルいって言うなんて、それこそズルいぞ!」

「金色!」

「!?」

 

 まだ三十秒は経っていないのに、アイリスが急に声を上げて。

 ……三十秒経ったら次の色を指定しなければいけないというルールだが、その前に他の色を指定してはいけないというルールは作らなかった。

 マズい。

 アイリスの髪は金色だが、三秒以内にアイリスの下まで辿り着くのは不可能だ。

 アイリスがクレアにやったように、鬼が近づいてきたところで髪に触れるのも、アイリスは俺より身体能力が高いので無理。

 クレアは自分の髪に触れているし、レインは指輪に触れている。

 他に何か、金色のものは……!

 

「タッチ! 捕まえました、お兄様が鬼です!」

「黒!」

 

 鬼になった俺は、即座に叫び。

 俺が三秒を数えている間に、アイリスが俺の髪に触れてきて……。

 

「よし三秒! アイリス、捕まえないから髪から手を離してくれないか? これじゃあいつらを追いかけられない」

「駄目です。手を離したらお兄様は私を捕まえるつもりでしょう」

「……アイリス、お兄ちゃんの事が信用できないのか?」

「協力がありなら裏切りもありなのですから、色鬼をやっている間、お兄様を信用する事は出来ません!」

 

 素直だった妹がこんな事を言うようになるなんて……。

 

「……分かったよ! じゃあ背中に乗ってくれ」

「はい!」

 

 おんぶなら、めぐみんにいつもやっているから慣れている。

 俺が、頭に両手を触れながら、なぜか嬉しそうにしているアイリスを背負うと……。

 

「き、貴様! アイリス様になんという事を……!」

「そんな事より、逃げなくて良いのか十三回」

「鬼になった回数で呼ぶな! 貴様こそ、アイリス様を背負ったまま、三十秒の間に私を捕まえられるのか?」

「無理に決まってる」

 

 俺の狙いは、最初からレインの方だ。

 この裏庭に黒いものは俺の髪以外にないから、俺の髪に触れているアイリス以外は三十秒間逃げ続けるしかない。

 レインも俺よりは身体能力が高いが、それほど広くない裏庭で、相手に触れられないように逃げ続けるのは難しく……。

 

「タッチだ! 次の鬼はレインだな!」

「……はあ、はあ。仕方ありませんね。……白!」

 

 俺から逃げ続けたせいで息を切らしたまま、レインは素早く色を指定して。

 ……白?

 白と言えば……。

 アイリスが俺の背中から飛び降り、白スーツことクレアの下へ駆け寄っていき。

 クレアが、鬼になってもらえないのは残念だけど触ってもらえるのは嬉しいという複雑な表情で、アイリスにズボンを掴まれ、自分は上着を触って。

 

「今の時季、ここに白い花は咲いていませんよ、カズマ様」

 

 三秒を数え終えたレインが、そんな事を言いながら俺の方へ駆けてきて……。

 マズい。

 俺の身体能力では、レインから三十秒間逃げきるのは無理だ。

 この裏庭に、白いものはレインが着ている服の上下しかないが、それには二人が触れている。

 他に白いもの……。

 アイリスが今日着ている服には白がないし……。

 …………。

 

「これだあああ! 『スティール』ッ!」

 

 レインに追われながら、俺はクレアに向かって手を突き出し。

 

「よし! やっぱり今日も白だったか! 助かったよクレア」

 

 俺の手には、今日も白だったクレアの下着が……。

 

「えっ……? きゃああああああ! き、貴様、もう勘弁ならん! そこへ直れ、今度こそぶった斬ってやる!」

「お、お兄様、なんでもありとはいえ、流石にそれはどうかと思います」

 

 ぱんつを掲げて勝ち誇る俺に、二人が口々にそんな事を……。

 

「カズマ様……」

 

 おっとレインまで蔑むような目で見てきてますね。

 

「わ、悪かったよ。ちょっと調子に乗り過ぎた。スティールはもう使わないよ」

「当たり前だ! 貴様がアイリス様のお気に入りではなく、ダスティネス卿の関係者でもなければ、すでに三度は斬り捨てている!」

 

 俺が謝りながらぱんつを差しだすと、クレアは俺の手を叩くようにしてぱんつを奪っていった。

 ……でもこいつ、どうやってぱんつを穿くつもりだろう。

 スカートではなくズボンだから、まさかこの場で脱ぐわけにも行かず。

 時間制限のあるゲームの最中だから、途中で退場するわけにも行かず。

 クレアもそれが分かっているのだろう、ぱんつを握り締め、顔を赤くしていて。

 と、そんな時。

 

「黒!」

 

 いきなりレインが声を上げて。

 俺が、続けるのかよと驚いている間に、クレアが俺の頭を掴み。

 

「ふ、ふふふ……。アイリス様の可愛らしい姿を見られないのは残念だが、貴様への意趣返しにはなるだろう……!」

 

 そう言うクレアが遠くを見ているので、その視線の先を追うと。

 一人のメイドが裏庭にやってくるところで……。

 あのメイドは多分、夕食の支度が出来た事を伝えに来たのだろう。

 だが大丈夫だ。

 さっき走ったおかげで、レインとは距離が離れているから、レインに捕まるよりもメイドが夕食を知らせる方が早いはず。

 可愛い服を着て可愛い子ぶるのはレインだ……!

 俺が、そんな事を考えて安心していると。

 

「行きますよ、レイン!」

「は、はい、アイリス様!」

 

 アイリスが、レインの足を掴み、ジャイアントスイングの要領でぐるぐる回って、俺の方に向かってレインを投げ飛ばしてきて――!

 

「お、おいクレア、離せクレア! くそ、三人掛かりは卑怯だぞ!」

「貴様が言うな! こ、こら、色に触れているのを邪魔するのはルール違反だ! 大人しく負けを認めろ!」

「カズマ様あああああ!」

 

 飛んできたレインにぶつかり、俺達三人は揉みくちゃになって芝生の上を転がった。

 

 

 *****

 

 

 ――夕食の後。

 

「きゃるーん! カズマでぇーす!」

 

 せめて他の奴らの見ていないところでという懇願を聞き入れてもらい、俺の自室にて。

 

「……ほう、それで? 本気で可愛い子ぶるのだろう? まだ行けるだろう?」

「カズマ様、こちらに装飾品もご用意しましたので、良ければお使いください」

「お兄様。もうちょっとスカートを持ち上げてみてはいかがでしょうか!」

 

 腕を組みネチネチと俺を辱めてくるクレアと、淡々と可愛い衣装を用意するレインと、目を輝かせてアドバイスしてくるアイリスに囲まれて。

 俺は、夜遅くまで。

 

「では次は、雌豹のポーズとかいうのをやってもらおうか」

「カズマ様、せっかくですので下着も女物にしましょうか? ムダ毛の処理もいたしますよ」

「お兄様、可愛いです! すごく可愛いですよ!」

「勘弁してください! もう許してください!」

 

 畜生!

 もうお婿に行けない!

 

 

 

 …………この場にあいつらがいなくて本当に良かった。

 




・カズマの髪
 書籍版やアニメでは茶色ですが、今回はWeb版に準拠。

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