時系列は、7巻1章の辺り。
――シルビアの賞金を受け取り小金持ちになってからというもの。
「この料理を作ったのは誰だあああ!」
「シェフを呼んでちょうだい!」
俺とアクアは、アクセルの街の飲食店に通い、毎日こうして美食巡りをしていた。
店内の片隅を占領した俺達の下に――
「……この店のシェフは俺だが」
「「!?」」
やってきたのは、熊とゴリラを足して二で割らなかったような、強面の大男。
シェフよりも冒険者をやった方が似合っていそうだ。
というか、俺達よりも冒険者らしい。
「俺の料理に何か不都合でも?」
アクアが、テーブルの傍らに立ったシェフの鋭い眼光に怯え、目を逸らして黙々と料理を食べ始めた。
「……い、いや、この料理が美味しかったのでお礼を言いたかっただけなんですよ。最近王都で城暮らしをしてた俺の舌をうならせるとは大したもんです」
俺は、用意していたセリフをなんとか言いきったにもかかわらず、顔色一つ変えないシェフに。
「こ、このシチュー! まったりとしてそれでいてしつこくなく、すべての食材が器の中で完璧に調和して…………あ、味の宝石箱やー」
「バカにしてんのか」
「そ、それと、しっかり煮込まれた肉が柔らかくて口に入れた途端にとろけて超美味い」
「……ほう、他には?」
「他!? ……か、隠し味のワインが絶妙で」
「ワインなんか使っていないが」
「そう、使ってない! 使ってないのにこんなに美味しい!」
――料理を食べ終え、逃げるように店を出た俺達は。
「お前、俺を見捨てただろ。自分だけ関係ないみたいな顔して料理を食いやがって」
「何よ、しょうがないじゃない。二人してあのおじさんに叱られるよりも、一人を犠牲にした方が被害は少ないでしょ? 賢い私の作戦ってやつよ。そのおかげで最後には取りなしてあげられたじゃないの」
「ふざけんな、俺が言いがかりつけたみたいな言い方しやがって! 超美味かったのに、もう俺一人じゃあの店行けないじゃないか!」
「はあー? そんなの、カズマさんが美味しいシチューに変な言いがかりつけたのがいけないんじゃないですかー?」
「お前だってノリノリだったくせに何言ってんだ! 畜生、食通ごっこがしたかっただけなのに、どうしてこんな事に!」
俺とアクアは、せっかく美味しい料理を食べて満足したというのに、そんなギスギスした会話をしながら屋敷に帰り着き。
「ただまー!」
広間では、めぐみんが不機嫌な顔でテーブルに並んだ料理を片付けているところで。
「あ、やっと帰ってきましたか! その様子だと、食事は外で済ませてきたみたいですね。まったく、そういう時は事前に教えてくださいと言っておいたではないですか! せっかく作った料理が余ってしまいましたよ!」
「悪いなめぐみん。それは夜食にするから仕舞っといてくれよ」
「私も私も! お酒を飲む時のおつまみにするわ!」
「当たり前ですよ! 私の目が黒いうちは、料理を残したり捨てたりするなんて、許しませんからね!」
食事にも事欠く幼少期を過ごしためぐみんが、目を紅くしてそんな事を言う。
「分かってるって。俺だって、世界に誇るMOTTAINAI精神の日本人だからな。めぐみんが作ってくれた料理を無駄にしたりしないよ」
「それなら良いのですが……」
料理を残された事が不満らしく、めぐみんはまだ少し口を尖らせていた。
――翌朝。
めぐみんの夜食のおかげで満腹になり、穏やかな夜を過ごした俺が、昼の美食巡りに備えて日の出前に眠ろうとしていると。
「わああああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」
階下から、大声で俺を呼ぶアクアの声が……。
…………。
「寝よう」
俺がベッドに潜りこみ目を閉じていると、部屋のドアがバンバン叩かれて。
「カズマ! 大変よカズマ! このままじゃ、めぐみんの爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばされるかもしれないわ! ねえ起きてるんでしょ? 早く来てー、早く来てー」
「ああもううるせーな! なんだよ、いくらめぐみんだって、流石にこの屋敷に爆裂魔法を撃ちこむ事はないと思うぞ? ……多分。……あれ、お前、頭になんかくっついてるぞ」
俺が部屋のドアを開けると、焦った様子のアクアが俺の腕を掴んできて。
「いいから早く! めぐみんにバレる前になんとかしないと!」
「……なんですか、私がどうかしましたか?」
「めぐみん!? どうしてこんなに朝早くから起きているのよ!」
眠そうに目をこすりながらやってきためぐみんに驚くアクアに、同じく起きてきたダクネスが呆れたように。
「あれだけ騒げば誰だって起きるだろう。こんな朝早くから何を騒いでいるんだ? お前が宴会好きなのは知っているが、そういうのは夜にやれと言っているだろう。それとも、昨夜からずっと飲んでいるのか?」
「違うわよ! いいから早く、めぐみんを取り押さえてちょうだい!」
アクアのそんな言葉に、めぐみんとダクネスは不思議そうに顔を見合わせ。
「アクアがわけの分からない事を言うのはいつもの事ですが、今回はどうしたのですか? 酔っぱらっておかしな夢でも見たのですか? ……あの、ダクネス? どうして私の肩を掴むんですか?」
「い、いや、めぐみんもアクアと同じくらい何をしでかすのか分からないし、取り押さえろと言うのなら、とりあえず取り押さえておいた方が良いのかもしれないと……」
「離してください! いくら我が爆裂魔法が誰も無視できないほどの破壊力であるとはいえ、理由もなく拘束される謂れはありませんよ!」
「そ、それはそうなのだが……。カズマ? カズマはどう思う?」
「寝ようと思う」
取り押さえようとしためぐみんに暴れられ、困った顔で俺を見てくるダクネスに即答すると。
「ねえちょっと! 困るんですけど! めぐみんはそのまま寝ちゃっても良いけど、カズマが来てくれないと困るんですけど! ほら、早く来なさいな! この屋敷の危機なのよ、寝ている場合じゃないわ!」
「……屋敷の危機? それは聞き捨てなりませんね」
アクアの言葉に反応したのは、俺ではなくめぐみんで。
「さっきから聞いていれば、どうして私を除け者にしようとするんですか? 本当に屋敷の危機だというのなら、私だって何かしたいと思うのですが」
「そうだな、私も協力は惜しまない。一体何が起こっているんだ?」
「協力してくれるって言うんなら、ダクネスはめぐみんを取り押さえておいてちょうだい! 行くわよ、カズマ!」
「俺は寝たいんだが」
俺の文句は聞き入れられず。
焦った様子のアクアに引っ張られ、台所に辿り着くと。
「……なんだこれ」
そこは一面、緑色で。
何か胞子のようなものが、無数に舞っていて。
……アクアの髪にくっついていたのは、その胞子のようなものらしい。
「カズマ、油断しないで! こいつらは……!」
アクアがそう言うのを合図にしたかのように。
ふわふわと舞っていた胞子のようなものが、一ヶ所に集まり、合体していって……。
「この世界にいる精霊は決まった実体を持たず、出会った人達の無意識のイメージによって姿を変えるって前に話したわね? 冬には冬将軍、春には春一番、日本から来たチート持ち達のイメージに影響される精霊は少なくないわ。そして、このじめじめした梅雨は、カビの季節。でもカビってのがなんなのか、この世界の人達はよく分かっていないから、日本から来たチート持ち達に、強く影響を受けたみたいね。そいつは、カビって言ったらアレだよなっていう、チート持ち達のイメージによって実体化したカビの精霊! そう、アンパンの天敵……カビランランよ!」
現れたのは、カビの胞子が集まって作られた大きな顔から、細長い手足を生やした存在。
「……なあ、この世界って俺をバカにするためにあるのか? ちょっと、魔王と一緒になって世界を滅ぼしても良いんじゃないかと思えてきたんだが」
*****
カビランランは大きな口を開くと、緑色の胞子を大量に吐きだしてきた。
「ぶわっ! ゲホッ! ゲホッ!」
熱くも冷たくもないが、呼吸が出来ない!
顔を腕で覆って咳きこむ俺に、アクアが。
「『ピュリフィケーション』! 何やってんの、気を付けなさいな! カビランランのカビのブレスを食らったら、体中にカビが生えて、あっという間に養分を吸い取られるわよ!」
「いや、ちょっと待ってくれ。あいつ、あんな間抜けな顔してんのに、そんなに危険なの?」
「当たり前じゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ。この世界の子供達はね、料理を残すともったいないお化けが出るぞって言われる代わりに、料理を残すとカビランランが出るぞって言われて育つくらいなのよ」
そのアクアの言葉に、ふと。
「……なあ、あいつって、料理を残したりすると生まれてくるんだよな」
俺がそう聞くと、アクアは目を逸らし……。
…………。
「おい。昨日、酒のつまみに食うって言ってた、めぐみんが作ってくれた料理。あれってどうなったんだ? 食ったんだよな?」
「い、今その話は関係ないでしょ! 今は目の前のカビランランをどうするかっていう……」
「またお前のせいか! お前ってやつは、どうしていつもいつも余計な事をして面倒事を起こすんだよ! 残した料理を食うっていう簡単な事が、どうして出来ないんだ!」
「だって! だって! 昨夜はお酒を飲もうとしてたら、急にダクネスが、最近ゴーストのイタズラが増えてるって言いだして……! そういえば、定期的に共同墓地を浄化するっていうウィズとの約束を、ここんとこ忘れてたって事を思いだして……。共同墓地で迷える魂を浄化して、帰ってきたらお腹が空いていたし、めぐみんの料理を食べようとしたら、こうなっていたの。これは私のせいじゃないわ! どっちかって言うと、ゴーストのイタズラが増えてるなんて言いだしたダクネスのせいよ!」
「ふざけんな、やっぱりお前のせいなんじゃないか!」
と、そんな事を言っている間にも、カビランランはカビのブレスを撒き散らし、部屋中を緑色にしていて。
「おい、ヤバいぞ。このままじゃ台所中がカビだらけになって、食料の備蓄が……!? ヤバいって! なあ、これってすごくヤバいって! そんな事になったらめぐみんが何するか分からないぞ!」
「だから、さっきからそう言ってるじゃない! 屋敷に爆裂魔法を撃ちこまれるのが嫌だったら、さっさとあいつを倒してよね!」
「俺にそんな事言われても! 倒すって、どうやって倒すんだよ? あいつって、冬将軍と同じ精霊なんだろ? 精霊って、実体を持たない魔力の塊なんだろ? 最弱職の俺に精霊と戦えなんて、無理に決まってるじゃないか!」
「それをなんとかするのがカズマさんの役目なんですけど」
…………。
「よし、一つ思いついた。アンデッドに好かれるくらい神々しくて生命力に溢れるお前を、カビ達の養分として差し出すってのはどうだ? お前くらい生命力があれば、カビランランも満足してどっか行ってくれるかもしれないな」
「カズマさんったらバカなの? カビに養分なんて与えたら、ますます繁殖するに決まってるじゃない。カビランランの倒し方は、発生した部屋のドアと窓を閉めて、外に逃げられないようにして、養分を失うのを待って餓死させるのよ。カビランランは存在しているだけでも養分を大量に消費するから、放っておけば半日と立たずに餓死するわ!」
「なんだ、それなら簡単じゃないか。台所のドアを閉めておけばいいだけだろ?」
「大事な事だから二回言うけど、カズマさんったらバカなの? 台所にある備蓄食料が、カビランランにカビだらけにされてみなさいな。めぐみんが何をするか分からないじゃない!」
「い、いや、ちょっと待て。いくらめぐみんだって、カビランランを屋敷ごと爆裂魔法で吹っ飛ばしたりはしないだろ? 確かに、めぐみんは人一倍、食料を無駄に捨てる事を嫌がるけど、屋敷に爆裂魔法を使ったら食料だって無事では済まないぞ」
「カズマさんったら、バカなのね? 怒っためぐみんにそんな理屈が通じると思うの?」
思わない。
爆裂魔法に関する事以外は常識的だと思っていためぐみんだが、最近はそうでもない事が判明してきている。
前門のカビランラン、後門のめぐみん。
……何これ詰んだ。
「クソ、カビランランだけならどうにかなるかもしれないのに、めぐみんのせいで選択肢がない! カビランランが出てきたのだってお前のせいだし、モンスターより仲間の方が厄介ってどうなんだよ?」
「頭のおかしいめぐみんはともかく、女神である私を厄介者扱いするのはやめてほしいんですけど! あんまりバカな事言ってると、この世界に一千万人いるアクシズ教徒が……ふわーっ! ケヘッ、ケホッ……!」
話している途中にカビのブレスを食らい、慌てて自分に浄化魔法を掛けるアクア。
「おいアクア、ピュリフィケーションであいつを丸ごと浄化しちまうってわけには行かないのか?」
「無理ね。精霊は魔法防御が凄いし、それに、カビは浄化できるけど、カビランランには浄化が効かないもの」
「……それじゃあ、こんなのはどうだ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』」
クリエイト・アースで創った土は、畑に使うと良い作物が採れるという。
つまり、栄養豊富。
俺が創りだした、養分と水分をたっぷり含んだ泥団子を投げると、カビランランはそちらに興味を惹かれたようで、ふよふよと飛んでいった。
「よし、今のうちに台所にある食料を運びだすぞ。食料を運びだしてから閉じこめれば、めぐみんも怒らないだろ。お前は、俺がカビを食らって危なくなったら、浄化魔法を掛けてくれ」
「分かったわ! 支援も掛けてあげるわね」
俺は、カビランランが泥団子に気を取られているうちに、冷蔵庫や戸棚を漁り、食料を運びだしていく。
と、俺のやっている事に気づいたカビランランが、細長い手で泥団子を掴み、戻ってきて。
大きく息を吸いこみ、カビのブレスを吐きだして――!
「……ゲホッ! ゲホッ! うわ、服にカビが生えた! アクア、浄化魔法! 浄化魔法を頼む!」
「『ピュリフィケーション』! ……駄目ね。この服はもう、奥にまでカビの根っこが張っているわ。いくら浄化しても、またカビが生えてくるわ」
「マジかよ。なんだよあいつ、めちゃくちゃ危険じゃないか!」
「当たり前じゃない。カビランランはね、雑魚キャラって思われがちだけど、意外とアンパンを戦闘不能にしているのよ。愛と勇気だけが友達の正義のヒーローにすら致命傷を負わせるんだから、貧弱なカズマが正面から戦ったら、養分にされるだけでしょうね」
俺は顔がアンパンで出来ているわけではないから、汚れたり濡れたりしただけでは戦闘不能にはならないが……。
「よし、もう無理だ。やっぱり台所に閉じこめよう。食糧は無駄になるが、めぐみんには後で土下座でもなんでもして許してもらおう。なんなら、アクアを爆裂魔法の的にしても良いって言おう」
「待ってよ! ねえカズマ、バカな事言ってないで、あの戸棚の中にあるものだけでも運びだしてちょうだい。あの中にはね、私がずっと楽しみにしていた、お酒によく合うっていうおつまみが……」
「ふざけんな、最初からそれが目的か! お前こそバカな事言ってる場合じゃないだろ。そんなもん諦めてとっとと台所から出るぞ!」
「いやよ! いやーっ! 昨夜はアレを食べながらお酒を飲むのを楽しみにしてたのに、共同墓地の浄化に行ってきたのよ? 今晩こそはって思ってたんだから、カビだらけにさせてたまるもんですか! 取ってきて、ほら早く取ってきてー!」
台所の外に出ようとする俺を、アクアがカビランランの前に押しだそうとする中。
カビランランが、台所の外に運びだした食料に釣られてか、台所から出ようと飛んできて。
「あっ、クソ! またカビのブレスが……! ゲホッ! ゴホッ……!」
「いいわよ、こっちに来なさい! アレをカビだらけにされるくらいなら、台所から出てきなさいな! ケホッ、ケホッ……!」
このクソバカ! 酒のつまみのためにカビランランを外に出そうってか!
こんな厄介な精霊が台所の外に出たら、面倒な事になるのは確実だ。
広間にあるソファーや絨毯も、カビだらけにされてしまう。
しかし、貧弱な冒険者の俺が、精霊相手にまともな抵抗を出来るはずもなく。
「『フリーズ』! 『ドレインタッチ』! 駄目だ、全然効かない!」
ふよふよと浮いているだけのカビランランの、まったく勢いのない突進を止められず、俺はアクアと諸共に台所から弾きだされた。
俺は広間の絨毯の上を転がって、室内の様子を見回すカビランランから距離を取り。
「おい、どうすんだ! 部屋の中で餓死させるって以外に、こいつをどうにかする方法があんのかよ!」
「そんなのあるわけないじゃない。冬将軍と同じ精霊なのよ? 魔法防御力は凄いし、攻撃したってカビの塊だからあまり効果はないし、カビのブレスで周りをカビだらけにして、自分に胞子をくっつけてどんどん巨大化していくし……。たった一体のカビランランが、街一つをカビだらけにしたって話もあるくらいなんだから」
「いや、ちょっと待ってくれ。マジか? あんな間抜けな顔の奴を相手に、俺達って今、結構マジでピンチなのか? 街一つ駄目にしたとか、ハンスと同じくらいヤバいって事じゃないか」
そのヤバい奴を、酒のつまみ惜しさに解き放ったアクアは。
「まったく、カズマったらあんぽんたんなんだから! そんな事、この世界では子供でも知ってる事よ」
……とりあえず、酒のつまみは没収しよう。
俺がそう心に決めた、そんな時。
階段の上から声が。
「おい二人とも、こんな朝っぱらから何を騒いで……。こ、これは……! カビランランか……!」
「……なるほど。それで私に隠そうとしたのですね。それにしても、台所に閉じこめておけば良いだけなのに、どうして広間に出てきてしまっているのですか? カビランランを外に出したら、被害が増大するばかりですよ」
寝間着から着替えためぐみんとダクネスが、早足に階段を下りてきて、そんな事を言う。
「そ、それは……」
流石に、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないと思ったとは言えず、口篭もる俺の隣で、アクアが。
「だって、台所の食料をカビで台なしにされたら、めぐみんが爆裂魔法で屋敷ごと吹っ飛ばすかもしれないじゃない」
俺が言わなかった内容をまるっと口にしたアクアに、めぐみんがため息を吐いて。
「まったく、二人とも私をなんだと思っているんですか! 確かに私は食べ物を無駄にするのが嫌いですけど、時と場合ってものがある事は分かっていますよ。それに、食べ物を無駄にするのが嫌で屋敷に爆裂魔法を撃ちこむなんて、本末転倒も良いところではないですか! 私にだって、街中で爆裂魔法を使わないくらいの分別はありますよ」
「まあ、それもそうだな。変な事で疑って悪かったよめぐみん。でも、めぐみんは爆裂魔法に関しては常識的な判断が期待できないから、念には念を入れるのも仕方ないだろ?」
「私もごめんね! でもめぐみんは、頭がおかしくて何するか分からないし、私のとっておきのおつまみを吹っ飛ばされたら困るから、仕方なかったのよ」
「おい、謝る気がないならはっきり言ってもらおうか! 爆裂魔法に関する事だと、いかに私に常識的な判断力がなくて、頭がおかしいか、いくらでも教えてやろうじゃないか!」
俺とアクアの余計な一言に目を紅くするめぐみんを、二人して宥めていると、ダクネスが。
「お、おい三人とも! そんな事を言っている場合か! カビランランのせいで、絨毯が! ああっ、ソファーが……!」
「『ピュリフィケーション』! 大丈夫よ、ダクネス! すぐに浄化魔法を掛ければ、カビなんて恐れるに足らないわ!」
おいやめろ。
変なフラグを立てようとするな。
正義のアンパンと悪のバイキンとの戦いに参加しているカビランランは、フラグには敏感らしく、余計な事を言ったアクアに向けて猛烈なカビのブレスを吐きだして。
「あはははははは! そんなもの効かないわ! 『ピュリフィケー……』……ケホッ! ケホッ! ちょっ、待っ! 『ピュリ』……ッ! ……! カズマさーん! カズマさーん! 呼吸が出来な……ケホッ、ケホッ!」
と、涙目になっているアクアの前に、両手を広げたダクネスが立ち塞がり。
「待てカビランラン、私の仲間に手を出すな! 『デコイ』……ッ!」
「おお、ありがとうダクネス! 浄化は任せなさいな! 『ピュリフィケーション』! ついでに支援も掛けてあげるわね。流石、ダクネス! カズマさんより頼りになるわ!」
「ケホッ、こ、これがカビのブレス……! ああっ、養分を吸い取られる! これは……、こんな、こんなっ……! ……ドレインタッチより、ずっと凄い!」
…………。
「もう爆裂魔法で屋敷もあいつらも吹っ飛ばしちまえば良いじゃないかな」
「バカな事を言っている場合ではないでしょう! カビランランは危険ですよ。街一つを丸ごとカビだらけにしたという話を知らないのですか?」
俺の呟きに、いつの間にか隣に来ていためぐみんがそんな事を言う。
「その話ならアクアから聞いたよ。でも、それって実話なのか? そんなに危険な存在なのに、今までカビランランなんて聞いた事もなかったんだが」
「カビランランは、対処を間違えなければそれほど脅威ではありませんからね。部屋に閉じこめれば良いだけですから、子供でも倒せます。それに、外に出てしまったとしても、晴れていればすぐに乾いて死んでしまいますから……。話にある街がカビだらけになったのは、その周辺で雨が一週間も降り続いたせいだそうです」
「……なんだか思ったよりもヤバい相手じゃなさそうだな」
「今は梅雨ですし、今日だって雨が降っていますから、脅威には違いありませんよ。外に出してしまったら、本当にその街と同じ事になって、アクセルの街が滅びかねません。どうせ台所はカビだらけなのでしょう? カビランランは自分の勢力を広げたがりますから、もう台所に閉じこめるのは無理でしょうね。広間に出してしまったものは仕方ありませんし、残念ですが家具は諦めて、ここに閉じこめる事にしましょう」
室内では爆裂魔法が使えないからか、めぐみんはやけに冷静な判断をする。
ソファーを見ながら、寂しそうに。
「……あのソファーは気に入っていたのですが」
…………。
広間の絨毯は元からあったものだが、他の家具や雑貨は、後から俺達が買い集めたもので、思い入れもある。
とはいえ、そんな理由でアクセルの街を危険に晒して良いのかというと……。
「…………ああもう、しょうがねえな! ダクネス、カビランランを外に出すぞ! アクアは余計な事しないで浄化だけしてろよ!」
「なっ! カズマ、何をバカな事を! こいつを外に出したら、アクセルの街がカビだらけに……! ……ケホッ……、ち、窒息プレイとはやるではないか!」
「お前……、長時間そいつを押さえてもらう事になるかもしれないんだから、バカな事して余計な体力を使うなよ? 『クリエイト・アース』! 『クリエイト・ウォーター』! ……ほら、こっちだ!」
俺は、魔法で創った栄養たっぷりの泥団子を投げて、カビランランを誘き寄せ……。
「ぶっ! おいカズマ、割と真面目にカビランランと戦っている私に、泥団子をぶつけるとはどういうつもりだ! 次はもっと強くぶつけてこい!」
「い、いや、すまん。投げるだけだと狙撃スキルが働かなくて……。お前今、次はもっと強くぶつけろとか言ったか?」
「言ってない」
「いや、言っただろ。……よし、ダクネス。デコイを使ってカビランランを外に誘いだしてくれ」
俺が玄関のドアを開けそう言うと、ダクネスが心配そうに。
「……本当に大丈夫なんだろうな? 私は貴族として、市民を危険に晒すような真似はしたくないのだが……」
「大丈夫だ。……多分。いつも、最後にはなんとかしてきた俺を信じろ」
俺のその言葉に、ダクネスはフッと笑って。
「そうだな。……『デコイ』!」
外に出たダクネスと、ダクネスを追いかけていくカビランラン。
俺達三人も外に出ると、めぐみんが言った通り、空は曇っていて、勢いはそれほどでもないが雨が降っている。
「ダクネスはそのまま、そいつの足止めをしてくれ。アクアはカビが広がらないように浄化魔法を掛け続けろ。俺が二人のフォローをする。……その間に、めぐみんはウィズの店に行ってきてくれ。紅魔の里で、農作業の時に使う、天候制御の魔法があっただろ? ウィズなら多分、使えるはずだ。あれで雲を晴らしちまえば、こいつは乾いて死ぬ」
俺の指示に、ダクネスは。
「分かった、私は時間を稼げば良いのだな! さあ来い、カビランラン! どんと来い! あの凄まじいブレスをもう一度だ!」
「おい待て。余計な事を言うなっつってんだろ、このド変態クルセイダーが! ブレスは困るぞ! 範囲が広すぎる!」
そんな俺のツッコミに、アクアが。
「大丈夫よカズマ。私が一粒残らず浄化してあげるから、カビなんて怖がらなくていいのよ! すべて私に任せておきなさい!」
「お、お前……、バカなの? 学習能力ってもんがないのか? さっきフラグを立ててピンチになったばかりだろうが」
そして、めぐみんはというと。
なぜか空に手を突きあげ、目を紅くしていて……。
「お、おい、めぐみん? 早くウィズの店に……」
「確かに街中で爆裂魔法を放つわけにはいかないのでしょうが、私は戦力外扱いですか、そうですか……」
めぐみんを取り巻くように紫電が走り、周囲の景色がおぼろげに歪みだして。
「要するに、あの雲を吹っ飛ばしてやれば良いんでしょう?」
「い、いや待て。マジで待て。雲って、高いところだと一万メートルくらい上の方に……」
俺の制止も聞かず。
「『エクスプロージョン』――ッ!」
めぐみんは、手の中に生み出した小さくも破滅的な光を解き放った――!
*****
めぐみんの爆裂魔法によって、空を覆っていた雲は晴れた。
アクセルの街の住民達は、久しぶりに見る青空を喜んだそうだが。
雲を晴らしためぐみんと、その仲間である俺達はというと。
「……街中で爆裂魔法を撃った事情は分かりました。確かに、『コントロール・オブ・ウェザー』を使える魔法使いは希少ですし、ウィズさんが使えるのかも分からなかったのですから、仕方ないと言えるかもしれませんね」
冒険者ギルドではなく、警察署で取り調べを受けていた。
街中で爆裂魔法を使うのはもちろん違法であり、上空に放ったために物的な被害はなかったとはいえ、多くの市民が叩き起こされたり、轟音と震動に驚いたりと、迷惑を被った。
しかも、爆裂魔法で直接倒したのではなく、晴れ間を作って間接的に倒した形なので、冒険者カードの討伐数は増えていなかった。
こういう時は、嘘を感知する魔道具があって良かったと思う。
「ですが、市民に迷惑を掛けたのもまた事実です。皆さんは魔王軍の幹部を何人も倒した冒険者なのですから、他の冒険者の模範となるよう、今後はこのような軽率な判断を下さぬように……」
カビランランを討伐するための行動であり、ダクネスの取り成しのおかげもあり。
俺達は、取り調べをした警察官の説教を受けただけで、お咎めなしという事で解放され。
屋敷に帰ると、すぐに冒険者ギルドにも呼びだされて……。
「苦情が来てます」
ですよね。
「爆裂魔法による直接的な被害はなかったそうですが、音に驚いて食器を割ってしまったとか、料理しようとしていた食材に逃げられたとか、眠れそうだったのに目が冴えてしまった不眠症の方もいたり……、他にも……」
「はい」
「というわけで、報償金がこんな感じです」
「はい」
俺は、逃げようとするめぐみんを捕まえて、受付のお姉さんの説教を聞かせた。
――長時間の説教にぐったりとしためぐみんを連れて屋敷に帰ると、大事に取っておいた酒のつまみがカビていたと、アクアが泣いていた。
ざまあ。
・カビランラン
言うまでもなく独自設定。