このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1,7、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻1章の辺り。


この異世界転生者に現実を!

 日本ではどこにでもいる普通の高校生をやっていた俺は。

 トラックに轢かれそうになっていた女子高生を颯爽と助け、身代わりとなって命を落とし。

 女神によってファンタジー世界へと転生し、冒険者ギルドに登録したのだが……。

 ひとまず資金集めのためにギルドの酒場でバイトを始めたがクビになり。

 次に八百屋でバイトを始めたがクビになり。

 ファンタジーというには世知辛すぎるこの世界で、金も稼げず馬小屋暮らし。

 

「……もうやだ。日本に帰りたい」

 

 ――異世界生活三日目の朝。

 馬小屋の隅っこで膝を抱えた俺がそう呟くと、俺をこの世界に転生させた女神であるアクアが、不機嫌そうに口を尖らせ。

 

「私だって天界に帰りたいわよ! 魔王を倒すまでは帰れないんだから、仕方ないじゃないの!」

「そういえば、そんな設定もあったな。でも、魔王を倒すなんて無理だろ。俺、最弱職の冒険者だぞ? それどころか、今の俺達って本当に冒険者なのかと問いたい。誰に問えば良いのかも分からんが、小一時間ほど問いつめたい。なんで異世界にまで来て、毎日毎日バイトしなきゃならないんだ? 剣と魔法のファンタジー世界っていうんなら、モンスターを倒して素材を売ったり、森に入って珍しい薬草を採取したりするもんじゃないのか? 俺だってもっと、冒険者っぽい事をしたいんだが」

「はあー? 何の役にも立たないヒキニートのくせに何言ってるんですかー? あんたが戦って勝てる程度のモンスターなら、そもそも討伐対象になるわけないじゃないの」

「ああ、クソ! 分かってるよそんな事は! だからこうして、装備を整えるために資金を貯めてるんじゃないか。ジャージ一丁でモンスターに立ち向かって死んだりしたら、死ぬに死にきれないからな」

「まあカズマさんってば一回死んでますけどね! それも家族にまで笑われるような情けない死に方で! あっちの方が死ぬに死にきれなかったと思うんですけど! プークスクス!」

「おいやめろ、その口撃は俺に効く」

 

 

 昨夜、パン屋で無料で手に入れたパンの耳の残りを朝食にして。

 アクアとともに街の広場に向かった俺は、仕事の募集が貼りだされている掲示板の前まで来て。

 

「よしアクア、今日こそまともな仕事にありつくぞ。三度目の正直って諺を知ってるだろ? いい加減上手く行っても良い頃のはずだ。というか、そろそろ上手く行かないと空腹で死ぬ。育ち盛りなのに食事がパンの耳だけとかあり得ねえ」

「任せてちょうだい。私もそろそろ、上手く行ってもいいんじゃないかと思いはじめてたところよ! このアクア様の本気を見せてあげようじゃない!」

 

 そんなのがあるんだったら、もっと早く見せてほしかったのだが。

 ……いや、どうもこの自称女神はいまいち役に立たない。

 こいつに期待をするのは、やめておいた方がいい気がする。

 

「……おっ?」

 

 俺が、一枚の貼り紙に手を伸ばすと……。

 俺が貼り紙を剥がす前に、アクアが、バンと掲示板を叩き、剥がせないように貼り紙に手を突いてきて。

 

「ねえカズマ、冗談よね? 冗談にしたって笑えないけど、冗談に決まってるよね? まさかこの水の女神アクア様に、溝さらいの仕事をやらせようってんじゃないわよね? 今ならまだ許してあげるから、冗談でしたって言ってよ! ねえ言いなさいな!」

 

 そう、俺が選んだ仕事は溝さらい。

 誰もが嫌がる仕事なのはこの世界でも変わらないようで、給料がそこそこ良いのにもかかわらず、俺達と同じように掲示板を見ている人達も、貼り紙を見るとすぐに視線を逸らしている。

 俺は、貼り紙を押さえて妨害してくるアクアに。

 

「うるせーバカ! 八百屋のバイトをクビになったのは、お前がバナナを消しちまったからなんだぞ! 仕事の選り好みなんかしていられる立場だと思ってんのか? 一回くらい、まともに仕事して給料を貰っておかないと、冒険に出るどころじゃなく心が死ぬんだよ! 今日ばかりは失敗しなさそうな仕事にしておきたい。さすがに溝さらいなんて単純作業で失敗するとも思えないし、今日一日だけでいいから我慢してくれよ」

「何よ! せっかく私の超凄い芸でお客さんを集めてあげたのに、売る用のバナナを用意しておかなかったカズマが悪いんじゃないの! 大体、溝さらいなんて仕事は、じめじめして湿った薄暗い場所に生息している、なめくじみたいなヒキニートにこそお似合いの仕事じゃない。この気高くも麗しいアクア様には似つかわしくないわ! あんた一人で行ってきなさいよ!」

 

 この野郎。

 

「よし分かった。じゃあ俺一人で行ってくるが、今日の分のお前の食費はないんだから、お前はパンの耳を食ってろよ。俺は自分一人の食い扶持を稼ぐだけで精いっぱいだし、お前の事まで考えてる余裕はない。自分の生活費も稼げないっていうんなら、これからは別行動だ。短い間だけど世話になったな。達者で暮らせよ」

「わあああ待って! 待ちなさいよ! 私をこの世界に連れてきたのはあんたなんだから、あんたが私の面倒を見るのは当たり前じゃないの! それに、私はアクシズ教の女神なのよ? 何もしないでも信徒がお金を貢いでくれたり、チヤホヤしてくれたりするのは当然なの。私があくせく働く事なく大らかな気持ちで昼寝するのは、むしろ世界の平和を表わすためになくてはならない事と言えるんじゃないかしら?」

「お前バカか。この世界が魔王軍に追い詰められててヤバいからって言って俺みたいなのを転生させといて、自分は昼寝してるとかバカにしてんのか。ていうか、お前って一応、俺がここでの生活に困らないように、魔王軍と戦えるようにって事で貰える特典の扱いなんだろ? その特典っていうのは、何の役にも立たないばかりか、生活費を要求して転生者を困窮させるものなのか? お前の目的って、ひょっとして俺達をこの世界で餓死させて、赤ん坊からやり直させる事なんじゃないか? 女神とか言ってるけど、実は人類の敵だったの? それとも世間知らずな若者を騙して、こっちの世界の魂を増やすつもりなの?」

「ち、違うわよ、女神がそんな狡すっからい事するわけないじゃないの……!」

「そもそも、お前って本当に女神なのか?」

 

 俺が疑いの目を向けると、アクアが泣きながら掴みかかってきて。

 

「わああああああーっ! ふわああああああーっ! ちょっとあんた何言ってんのよ! 見なさいよ、この美しく青い髪! この麗しい美貌! この私が女神以外の何に見えるって言うのよ! 撤回して! アクア様ごめんなさいと土下座して、愚かな私が間違ってましたって、一万回謝って! これからは心を入れ替えて養わせてもらいますって言って! そうしたら私も寛大な心で許してあげるわよ!」

 

 と、俺はアクアの言葉に、手四つで取っ組み合っていた動きを止めて。

 

「……あれっ? なあ、お前って本当に女神なんだよな? 職業もアークプリーストって言ってたし、回復魔法が使えるんだろ?」

「何言ってるの? 当たり前じゃない。それも、そんじょそこらのプリーストとは違うわよ。なんたってアークプリーストですし、女神ですし! そんな事より謝って。ねえ、早く謝りなさいな!」

「じゃあ、こういうのはどうだ? お前はバイトをするんじゃなくて、冒険者ギルドに行くんだ。クエストを終えた冒険者達は、疲れていたり怪我をしていたりするだろう。そんな連中に、回復魔法を使ってやるっていうのはどうだ? 冒険者は命懸けの仕事だから金を持ってるだろうし、少しくらい料金を高くしても、疲労や怪我を明日に持ち越さない事を選ぶんじゃないか? 例えば、一回千エリスって料金設定にしても、客が十人来れば一万エリスも稼げるぞ」

 

 ネットゲームでいう、辻ヒールというやつだ。

 ゲームではアイコンを出したり一言お礼を言うだけで良かったが、現実的に考えれば、あれは金を貰ってもいいような行為のはず。

 俺の言葉に、不機嫌な顔をしていたアクアは見る見る機嫌を直し。

 

「いいわね! それよ、それこそアークプリーストの仕事ってもんよ! さすがクソニートね、せこい手を考えさせたら右に出る者はいないわ! 私に任せておきなさいな! この街の駆けだし冒険者達を治療してあげて、がっぽり治療費をふんだくってやるわ!」

 

 人をクソニート扱いするのはやめろとか、そういうところが女神らしくないとか、いろいろと言いたい事はあったが。

 せっかく本人がやる気になっているのだからと、俺は何も言わずにアクアを送りだした。

 

 

 *****

 

 

 ――その日の夜。

 一人で溝さらいの仕事をした俺が、アクアを迎えに冒険者ギルドに行くと。

 ギルドの酒場は、まるで宴の最中のように騒がしく……。

 体格の良い冒険者達に内心でビビりながら、俺が酒場の中を見回すと、宴の中心で騒いでいるのは、どう見てもアクアで。

 俺は、アクアの下へと近寄っていき声を掛ける。

 

「いや、お前何やってるんだ? 酒場で飲み食いする金なんかなかったはずだろ。回復魔法でどれくらい稼いだんだ?」

「んあー? 何って……臭い! あんた臭いわ! 溝の臭いがするわ。せっかくいい気分でお酒を飲んでるんだから、近寄らないでちょうだい」

「し、仕方ないだろ、溝さらいやってたんだから。ていうか、なんだよこれ? 宴会みたいになってるけど、どういう状況なんだ?」

「あっ! そうそう、聞いてよカズマ! とってもいい話よ! 私がギルドの隅っこで、冒険者にヒールを掛けてあげていたら、あなたのヒールは素晴らしいって言ってくる人がいたの! その人に、大怪我してる仲間を回復してくれって言われて、宿までついていってヒールを掛けてあげたら、なんと十万エリスもくれたわ! 十万よ十万! 一日で十万! もうパンの耳を食べなくてもいいし、宿もいい部屋に移れるわ!」

「マジかよ! やったじゃないか。今日だけでそんなに稼げたんだったら、もうバイトなんかしなくてもいいな。というか、ギルドでヒールをしていれば、冒険者として活動しなくても生きていけるんじゃないか? 正直ちょっと疑ってたけど、お前って本当に女神様だったんだなあ……」

「まったく、現金なんだから! 今さらそんな事言ったって遅いわよ!」

 

 口ではそう言いながらも、上機嫌な様子のアクアは、

 

「だって、もうお金は全部使っちゃったから、あんたがお酒を飲む分のお金はないわよ」

 

 そんな、とんでもない事をさらっと……。

 …………。

 

「えっ」

 

 わけが分からず絶句する俺に、アクアは上機嫌なまま。

 

「私達は冒険者なんだし、装備を整えて、明日からクエストを請ければ、十万エリスくらいはすぐに稼げるはずよ。なんてったって、このアクア様がいるんだもの! 一日で十万エリスも稼いだ、このアクア様が!」

「……えっと、つまり、俺の装備はすでに買ってあるって事か? それで、残った金で酒を飲んでるんだな?」

「何言ってるの? あんたの分の装備なんか買ってるわけないじゃない」

「……? お前が稼いだ金だから、お前の分の装備だけを買ったって事か? ちょっと納得行かないけど、まあ確かに、お前の回復魔法のおかげだし、クエストを請けられるなら文句は言わないよ。装備もないままついていったら、俺は確実に死ぬと思うけどな」

「ねえカズマ、さっきから何を言っているの? 装備は買ってないって言っているじゃないの。女神が必死になって武器を振るうとか絵にならないし、私の装備はこの羽衣だけで十分よ。カズマったら、お酒も飲んでないのに酔っぱらっているのかしら? それとも溝さらいの仕事で脳まで腐っちゃったの? なんなら、頭にヒールを掛けてあげましょうか?」

「いや、ちょっと待ってくれ。さっきからお前が何を言ってるのかさっぱり分からんのだが、俺がおかしいのか? 明日からクエストを請けるために、装備を買ったんだよな?」

「買ってないわよ」

「…………じゃあ、金は何に使ったんだ?」

「そんなの決まってるじゃない! コレよ、コレ!」

 

 そう言うアクアは、笑顔で液体の入ったジョッキを掲げていて……。

 

「それって、酒か? お前、その見た目で酒なんか飲んで大丈夫なのか? いや、っていうかなんで酒なんか買ってるんだ? そうじゃないだろ? 冒険者として活動するために、装備を整える資金を稼ごうって話だっただろ? 今日こそどうにかして金を稼ごうって、今朝言ったよな?」

「何よ、人がせっかくいい気分で飲んでるっていうのに、細かい事を言ってくるのはやめてちょうだい! この宴会はね、私が怪我を治してあげた冒険者のパーティーの人達が、泣いて感謝して、十万エリスとは別に奢ってくれたのが発端だったの。重傷完治おめでとうパーティーなのよ! それで、私達が楽しく飲んで騒いでいたら、クエストから戻ってきた冒険者達が、事情も知らないのに一緒になって騒ぎだして……。私もとっても気分が良くなってきたし、たった一回のヒールで大金を稼いで、これでカズマを見返してやれるって思って気分が良かったから、皆に奢ってあげようって……。そんなわけだから、お金は全部使っちゃったわ」

 

 俺は、ドヤ顔でバカな事を言うアクアに。

 

「お前バカか。一日で十万エリスも稼いだってのは確かにすごいが、全部使った? はあー? なんのために金を稼いだんだよ! 毎日毎日馬小屋暮らしでパンの耳を食ってるような生活してるのに、どうして一日で十万エリスも使っちまえるんだ! しかも、気分が良かったから奢った? はあー? お前はどこのお大尽だよ。そういうのは金持ちがやる事だろうが。お前、どうすんの? せっかく稼いだのに、また無一文じゃないか」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは今さら状況を理解したようで、オロオロと周りを見回し、近くにいた冒険者の一人に話しかけて……。

 

「ね、ねえ、ちょっとあなた。そのお酒、私が奢ってあげたやつなんですけど。なんていうか、その……、奢るっていうの、やっぱりなかった事になりませんか?」

 

 そんな、どうしようもない事を言いだすアクアに、赤ら顔の冒険者は。

 

「あん? なんか勘違いしてねえか、お嬢ちゃん。これは俺が自分の金で買った酒だぜ」

「…………」

 

 その冒険者の言葉に、さらにオロオロしだしたアクアは、周りにいる冒険者に片っ端から声を掛けていくが、色好い返事は貰えないようで……。

 ……誰が奢った相手で、誰がそうでない相手なのかを、把握していなかったらしい。

 やがて、酒場中の冒険者に声を掛けたアクアは、肩を落として戻ってきて。

 

「誰が奢ってあげた相手なのか、分からないんですけど。というか、私がヒールを掛けてあげた人のパーティーも、すぐに王都に向かうって言って、出発しちゃってるんですけど。この人達は、一体何がそんなにおめでたくて騒いでるのかしら?」

 

 一番おめでたいのはコイツの頭だと思う。

 

「……ね、ねえカズマさん。カズマさんは今日、溝さらいの仕事でお給料を貰ったのよね? 食事の代金くらいのお金は手に入ったんでしょ? それって、具体的にはいくらくらいなのかしら?」

 

 俺の顔色を窺うようにそんな事を言ってくるアクアに、俺は。

 

「一万エリス」

 

 作業自体はそれほど大変ではなかったが、臭いがきつく、誰もやりたがらないので賃金が高めらしい。

 給料の額を告げると、俺を溝臭いと言っていたアクアが、鼻を摘まみながら擦り寄ってきて。

 

「ねえカズマ様、あなたって、なんていうか、そこはかとなくアレよね?」

「特に思いつかないなら無理に褒めようとしないでいいぞ。というか、褒めるつもりなら鼻から手を離したらどうだ」

 

 俺の言葉に、鼻から手を離したアクアが、顔を顰めながら。

 

「……ねえカズマ、この臭いを落とすためにも公衆浴場に行きましょう。私が案内してあげたら、私の入浴料も払ってくれる?」

「……しょうがねえなあ。案内の代金って事で、夕飯も奢ってやるよ」

 

 俺がそう言うと、アクアはパッと顔を輝かせ、嬉しそうに食事を注文した。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 馬小屋で目を覚ました俺達は。

 

「昨日の事で分かったが、お前が回復魔法を使って冒険者から金を貰うってのは、悪くない方法だと思う。今日からは、バイトするのはやめて、それで稼ごう」

「分かったわ! 昨日は感謝されて私も気分が良かったし、バイトなんかするより、よっぽど女神らしい労働よね! 今日もまた、十万エリスも稼げちゃったらどうしようかしら! あんたが仕事で失敗しても、少しくらいならお金を貸してあげてもいいわよ?」

 

 俺は、機嫌良さそうに夢見がちな事を言いだしたアクアに。

 

「何言ってんの? 今日は俺も、お前と一緒に冒険者ギルドに行くぞ」

「……? 別にいいけど、何をしに行くの? 酒場のバイトはクビにされちゃったし、装備も揃えてないから冒険者としての活動も出来ないでしょう?」

「俺は酒場の隅っこの方で、お前がバカな事に金を使わないように見張ってるよ」

「ちょっとあんた何言ってんのよ! 嫌よ! それは嫌! 絶対に嫌! どうしてあんたが酒場の隅っこでぼけっとしている間、私がせっせと回復魔法を使ってお金を稼がないといけないのよ? 私も働くんだから、あんたも仕事をしてお金を稼いできなさいな! 私はあんたのお母さんじゃないんだから、ニートなんて認めないわよ!」

「そりゃ俺だって仕事をした方がいいと思うよ。でも、俺が見張ってないと、お前はまた酒を飲んだり奢ったりして金を使い果たすだろ? それに、二人でバイトするより、お前がギルドで冒険者の治療をしてた方が金が稼げると思うぞ」

「嫌ったら嫌! 私一人だけ働くのは嫌よ。あんた一人を楽させるくらいなら、ちょっと給料が悪くても、二人でバイトした方がマシよ!」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアに、俺は。

 

「……でもお前、普通のバイトだとまたクビになるだけで金にならないじゃないか」

「大丈夫よ! ほら、昨日そろそろ上手く行くはずだって言ってたじゃない。昨日は結局、お金にはならなかったし、今日こそ上手く行くと思うの」

「三日連続で収支ゼロのくせに、その自信はどこから来るんだよ?」

 

 こいつはプリーストとしての腕前だけは確かなようだから、冒険者ギルドにいてくれた方がありがたいのだが……。

 一人で置いていくと、また金を使い果たすに違いない。

 

「何よ、あんただって収支ゼロじゃない! 三日も掛かってお金を稼げないって恥ずかしくないんですかー?」

「俺の稼いだ金がなくなったのは、お前がギルドの酒場に作ったツケを清算したせいだけどな」

「…………」

 

 俺の言葉に、アクアは耳を塞いで顔を背ける。

 

「おいこっちを向け。お前こそ、一日で十万以上使うってなんなんだ? どうして俺が、お前の作ったツケを支払わないといけないんだ? このままだと、今日もまたパンの耳を食う事になるんだぞ? ひょっとしてお前、神は神でも疫病神なんじゃないか?」

「やめて! 私は日本担当の超エリート女神なんだから! 疫病神呼ばわりしないでちょうだい!」

 

 ……こんなんだったら、チートなしでも俺一人で異世界に来た方が良かったんじゃないか?

 

 

 

 街の広場にて。

 アクアが自分だけ回復魔法を使って働くのは嫌だと駄々を捏ね、俺もアクアだけをギルドに残して仕事に行くのは不安だったので、仕方なく二人で出来るバイトを探すため、アクアとともに掲示板の前に立つ。

 この世界の常識がない俺にも出来て、バカな自称女神でも余計な事をしないような仕事は……。

 

『平原のクレーター埋めのための土木作業員募集』

 

 と、その貼り紙を剥がそうとする俺の手を、アクアが掴んできて。

 

「ねえちょっと待って? ひょっとして、この私に土木作業をやらせようって言うんじゃないでしょうね? 嫌よ、絶対に嫌! 私を誰だと思っているの? 土や埃にまみれた肉体労働なんて私には似合わないわ」

「お、お前……、何度でも言ってやるが、仕事を選り好み出来る立場だと思ってるのか? 回復魔法でちょっと大金を稼いだからって調子に乗るなよ。結局全部使い果たして収支はゼロだし、むしろ酒場のツケを俺が払ってやったんだから、お前は俺に借金があるって言えるんじゃないか?」

「な、何よ? 借金をなかった事にしてやるからって、私にいかがわしい事をするつもり? これだからヒキニートは! 引き篭もった部屋の中で情欲を悶々と募らせているから、そんな腐った発想が出てくるのよ!」

「いや、お前相手にそういうのはない。俺にだって選ぶ権利くらいあるだろ」

「なんでよーっ!」

 

 アクアが叫び声を上げ掴みかかってくる。

 しばらく取っ組み合っていると、気づけば周りにいた、俺達と同じく仕事を探しに来ていた市民達が遠巻きにしていて……。

 俺はいきり立つアクアをどうにか宥めすかし。

 

「……というか、ちょっと待ってくれ。そんな話じゃないだろ? 仕事を選り好みするのはやめろって言ってんだ。もう女神がどうとか、アークプリーストがどうとか言ってる場合じゃない。俺も、サンマを畑から獲ってこいとか、わけの分からない指示を出されてもキレないようにするよ」

「……? カズマこそ、何をわけの分からない事を言っているの? サンマを畑から獲ってくるっていう指示の、何が分からないのかしら」

「……? いや、いい。今はそれどころじゃないだろ。何の仕事をするのかって話だ。俺はこの、土木作業員の募集ってのがいいと思う。溝さらいの仕事は昨日で終わって、当分は募集がないって話だし、他に俺達がまともに出来そうな仕事なんてないじゃないか」

「ねえカズマ、溝さらいを選択肢に入れるのはやめてほしいんですけど。土木作業も嫌だけど、この私が溝さらいなんてあり得ないって分かってるのかしら?」

「うるせーバカ。お前こそ、選り好み出来る立場じゃないって分かってんのか? もうお前の意見なんか知るか。とにかくこの、土木工事に参加するぞ」

「嫌よ! いやーっ! ねえ待って! これよ! ほら、これなんかどうかしら!」

 

 俺がアクアを引きずって歩きだそうとすると、アクアが掲示板から無造作に何かの貼り紙を剥がし、俺に見せてきて……。

 

『魔改造スライムの運搬。秘密を守れる者を求む。報酬は十万エリス』

 

 …………。

 

「いや、これはないだろ。なんだよ、魔改造スライムって。スライムって言えば雑魚モンスターだろうけど、モンスターには違いないし冒険者の領分じゃないのか? しかも秘密を守れる者ってのが怪しいし、報酬が十万エリスってのも怪しい。これ、絶対ヤバい仕事だろ。俺は犯罪に加担するつもりはないぞ」

「魔改造スライムっていったら、服だけを溶かすやつとか、医療用に使うやつとか、いろいろあるわね。一般人でも取り扱えるくらいだし、扱いを間違えなければ危険はないわ。犯罪だったらこんなに堂々と依頼を貼りだしたりしないはずだし、きっと大丈夫なはずよ! それより、十万エリスよ! これで昨日使っちゃったお金を取り戻せるし、あんたの装備を整えてクエストにも行けるじゃない。あんただって、このままちまちまとバイトでお金を稼ぐより、さっさと大金を手に入れて冒険者として活動したいでしょ? これはチャンスよ。失敗続きの私達に舞いこんできた、起死回生の大きなチャンスに違いないわ! この仕事が私達の、栄光のロードの入り口なのよ!」

 

 アクアが浮かれた口調で言いながら、貼り紙を俺にグイグイ押しつけてきて。

 

「ああもう、分かったよ! そんなに土木作業が嫌なら、こっちのスライムの運搬でいいよ。でも、犯罪だって分かったら、すぐに警察に行くぞ。いくら十万エリスが貰えるっていっても、警察に捕まるなんて割に合わないからな」

「分かってるわよ。私だって犯罪に手を染めるつもりはないわ。アクシズ教は何をするのも自由だけど、犯罪だけはやっちゃいけないんだから!」

 

 それは、わざわざドヤ顔で言うような事でもないと思うのだが。

 

 

 

 俺がアクアとともに貼り紙に書かれていた待ち合わせ場所に向かうと、そこには人の良さそうなお兄さんが立っていて。

 俺達の姿を見ると、お兄さんは手を振り微笑んで。

 

「やあ。君達も、魔改造スライムの運搬の仕事をしに来たのかい?」

「そうです。……あの、いきなりこんな事を聞くのもどうかと思うんですけど、これって犯罪じゃないんですよね?」

 

 俺が思わずそんな質問をすると、お兄さんは。

 

「やっぱりそう思うよね。僕も最初は、こんな美味しい話あるはずないって思ってたけど、本当に十万エリス貰えるし、犯罪でもないらしいんだよ。僕は何度もやってるし、警察にも確認したから間違いないよ」

 

 う、胡散臭ぇ……。

 お兄さんの人当たりの良さに、警察の目を掻い潜る運び屋のような犯罪ではなく、壺を買わされる系の詐欺っぽさを感じる。

 考えすぎだろうか?

 いやしかし、こんな美味い話があるはずが……。

 

「……えっと、具体的にはどういう仕事をするんですか?」

「これから青空市場に行って、魔改造スライムを業者から受け取るんだよ。それを、無事に領主様の屋敷まで届けたら、その場で十万エリスが貰える」

「領主様? これって、貴族の依頼なんですか?」

「さあね。詳しい事はよく分からないけど、お金が貰えるなら僕は気にしないよ。下手に質問をして、次からは別の人に頼むって言われても困るしね。……疑うのはもっともだけど、ここで話していても仕方ないし、とりあえず行こうか」

 

 そう言って歩きだすお兄さんについていきながら、俺はアクアをつついて。

 

「おいアクア、壺とか買わされそうになったら、すぐに逃げるからな? いくらお前がバカでも、高い金を払って変てこな形の壺を買ったりするなよな。ああいう連中は、払えないなら借金しろとまで言ってくるかもしれないから気を付けろよ」

「あんた、私を何だと思ってるのよ? なんの変哲もないただの壺に、霊験あらたかな逸話を添えて高値で売りつけるのは、アクシズ教の主な収入源なんだから。自分のところでやっている事をやられたからって、私がそう簡単に引っかかるわけがないじゃない」

「……いや、ちょっと待ってくれ。お前、ついさっきアクシズ教は犯罪をしないとか言ってなかったか? 詐欺が主な収入源ってどういう事だよ」

「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい! 詐欺じゃないわ! 夢を売っているのよ!」

「その夢に高値を付けるのはどうなんだ? 詐欺じゃないって言うんなら、安くしてやってもいいんじゃないか?」

「何言ってるの? まったく、これだから物の価値ってもんが分かっていないニートは! 安く買ったものでいい夢が見られるわけないじゃない。値段が高ければ高いほど、買った人は、さぞや霊験あらたかなんだろうなって、幸せな気持ちでその壺を眺める事になるのよ」

「言っとくけど、普通はそういうのを詐欺って言うんだぞ?」

「詐欺じゃないって言ってるでしょ! 女神の加護で、ちゃんとご利益もあるんだから」

「ほーん? 幸運のステータスがやたら低いお前の加護が、どんなご利益を運んできてくれるんだよ?」

「家に置いておくと、なぜかアンデッドに好かれやすくなるわ」

「加護じゃなくて呪いじゃねーか」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアにツッコみを入れていると、青空市場に辿り着く。

 お兄さんは、怪しげな商品を売っていてあまり人のいない区画に行くと、そこで明らかに堅気の人間には見えない強面の男から、何かが入った透明の容器を受け取って。

 

「はい、君達もこれを持って。慎重に、あまり揺らさないように頼むよ。荷車も使えないくらい繊細なものだから、僕達みたいのに運搬を頼んでいるって話だ」

 

 容器の中に入っているのが魔改造スライムらしい。

 ……この状況、明らかに麻薬の運び屋か何かのように思えるのだが。

 俺はスライムの入った容器を抱え、歩きだしたお兄さんについていきながら、再びアクアをつついて。

 

「なあなあ、これって本当に犯罪じゃないのか? このままあいつについていって、俺達は本当に大丈夫なのか? 途中で警察に見つかって捕まるくらいならまだいいけど、口封じって事で領主に殺されたりしないよな?」

「ちょっと、揺らしちゃいけないって言われてるんだから、脇腹をつつかないでよ! あっ、ねえ、見て見てカズマ! この子、表面をうねうねさせてるわよ。私に甘えようとしているのかしら? 領主の人に頼んだら、ちょっとだけ分けてもらえると思う?」

「いや無理だろ。運ぶだけで十万エリスも貰えるような高級品なんだぞ。というか、なんかあのお兄さん、人のいない路地裏ばかり選んで通ってないか? なあ、これって絶対犯罪だと思うんだが」

「……汝、犯罪だろ犯罪だろと言って自分のモラルを守りつつ、このままバレずに十万エリス貰えたらラッキーとか考える小心者よ。安心しなさいな。領主が白と言えば、黒いものも白になるんだから、これは犯罪じゃないわ」

「おいそれ駄目なやつだろ」

 

 と、俺がアクアにツッコんだ、そんな時。

 路地裏を歩く俺達に声が掛かった。

 

「おい、お前達、そのスライムはなんだ? スライムに詳しい私の見立てでは、それは普通のスライムではないな? 魔改造スライムか? 衣服だけを溶かす、魔改造スライムだろう?」

 

 背後から掛けられた高潔そうな女の声に、俺とアクアがスライムの入った容器を抱え、顔を見られないように俯く中。

 お兄さんが振り返って、笑顔で声の主と相対する。

 

「違いますよ。これは確かに魔改造スライムですが、人間の肌の汚れや角質だけを食べる、美容用のスライムです。領主様の屋敷に運んでいる途中です」

 

 ……このお兄さんは、実は大物なのかもしれない。

 それとも、本気で犯罪ではないと考えているのだろうか?

 

「領主の屋敷に? それならばなぜ、こんな路地裏をコソコソと歩いているんだ? 後ろ暗いところがないのなら、大通りを堂々と歩けば良いではないか。それは本当に、ただの美容用のスライムなのか?」

 

 領主という言葉に、なぜか詰問する声がますます厳しくなるが、お兄さんはそれにも動揺する事なく。

 

「僕はそう聞いていますよ。一度、警察の人にも呼び止められた事がありますが、その時も問題なかったですし。……路地裏を歩いているのは、ルートを指示されているからで、スライムが日光に弱いので、なるべく日陰を歩くためだそうです」

「……警官が見逃した? こんなにも怪しいというのに、一体どういう事だ? それに、そこの二人がこちらに顔を向けないのはなぜだ? やはり何か隠しているのでは……」

「い、いやいや、そんなわけないじゃないですか。ただ俺達、今日初めてこの仕事をやるので、何も知らないっていうか!」

「そ、そうです。私達は無関係です。ただ言われた仕事をやっているだけなんです!」

 

 怪しむような女の言葉に、俺とアクアは顔を背けたまま口々に無罪を主張する。

 ……というか、コイツ、さっきまでの強気な発言はなんだったのだろうか。

 

「悪いが、本当に美容用スライムだとしても、見掛けたからには見逃すわけにはいかない。三人とも、警察署までついてきてもらおうか」

「分かりました」

 

 厳しい女の口調にも動じる事なくお兄さんは頷いて……。

 

「お、おいアクア、大丈夫なんだよな? 本当に大丈夫なんだよな!?」

「大丈夫よ。ええ、大丈夫に決まってるじゃない! もしも違法に改造されたスライムだとしても、私達は知らなかったんだから大丈夫なはずよ!」

 

 

 

 ――いつの間にか夕方になっていた。

 警察署の取り調べ室で、嘘を感知するという魔道具を使って事情を聞かれ。

 少なくとも俺達三人に犯罪に加担しているという意識がなかった事は立証されたものの、運んでいたスライムが違法に改造されたものだった事も判明していて。

 

「……その、三人とも、違法に改造されたスライムとは知らずに運搬していただけなので、罪に問われる事はありません。そこは安心してください」

 

 俺達を尋問した女性警官が、長く引き留めている事に対し申し訳なさそうにしながら、そんな事を言ってきて。

 ……お兄さんは、本気で犯罪ではないと信じていたらしく、自分が運んでいたものが違法改造されたスライムだと知って、俺の隣で真っ白になっている。

 俺は、隣に座って退屈そうにしているアクアに。

 

「だから言っただろうが! こんな美味しい話、あるわけないって! どうすんだよ! また今日も収入ゼロじゃないか!」

「はあー? なんでもかんでも私のせいにするのはやめてもらえます? あんただって、十万エリスって言われて鼻の穴膨らましてたじゃないの! 最後にやるって決めたのはあんたなんだから、こういうのは連帯責任ってやつじゃないかしら!」

「ふざけんな。そもそもお前が土木作業を嫌がらなければこんな事にはならなかったんだよ! もう済んじまった事は仕方ないが、これからは大金に惑わされず、コツコツとバイトして稼いでいくからな!」

「……ねえ、そんな事よりお腹が空いたんですけど。そろそろパン屋さんに行かないと、パンの耳がなくなっちゃうんじゃないかしら?」

「そ、そうか。いつもはもっと早い時間にバイトをクビになってたからな。あの、すいません。俺達って、いつまでここにいればいいんですか? あのスライムについてもよく知らないし、これ以上話せるような事はないと思うんですが」

 

 と、俺の言葉に、女性警官が困ったような顔をした、そんな時。

 部屋の外から言い争う声が聞こえてきて。

 

「待て、アルダープ! あのスライムは、あなたの屋敷に運ぶものだったという話だぞ。これはどういう事なのか、きちんと説明していけ!」

「なんの事だか分かりませんな。ワシはそんなものを買った覚えはないし、受け取る予定もありませんでした。大方、ケチな犯罪者がワシの名を出して罪を逃れようとしているのではないですかな? ダスティネス様ともあろうお方が、そんな嘘に踊らされ、このワシを疑うとは嘆かわしい」

「あの者達は嘘を吐いていない! 彼らがあのスライムをあなたの屋敷に運ぼうとしていた事は事実だ!」

「では、ワシを陥れるために何者かが仕組んだ事なのでは? とにかく、ワシは忙しいのです。いくらダスティネス様と言えど、こんな下らない事で呼びだすのはやめていただきたいものですな。おい、お前達、そこをどけ。ワシは帰らせてもらう」

「待て、まだ話は終わっていないぞ!」

 

 騒ぎが通りすぎていく間、部屋の外を見ていた女性警官は、外が静かになると俺達に顔を向け直して。

 

「そ、そうですね。あなた達は罪に問われているわけでもないですし、もう帰ってもらっても大丈夫だと思います。一応、上司に確認だけしてきますので……」

 

 ――警察署を出ると、すでに夕日は沈み、辺りは暗くなっていて。

 

「……今日も金が稼げなかった」

「まあいいじゃない。過ぎた事は悔やんでもしょうがないわ! 明日はきっと上手く行くわよ。ほら、早くパン屋さんに行きましょうよ!」

 

 パンの耳は残っていなかった。

 

 

 *****

 

 

 カビ臭い地下室。

 

「ああ……、くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 そこでイライラと、薄汚い一匹の悪魔に当たり散らしていた。

 

「魔改造スライムの運搬は、絶対に見咎められないようにしておけと言っただろう! どうしてそんな簡単な事も出来ないのだ! 役立たず! この役立たずが……!」

「……? 魔改造スライムは誰にも見つからないし、見つかっても怪しまれないはずだよ、アルダープ。見つかってしまったのかい? おかしいよ、それはおかしいよ。ヒュー……、ヒュー……」

 

 足蹴にされているというのに何事もないかのように、わけの分からない言い訳をする悪魔、マクスを、さらに蹴りつけながら。

 

「何が見つからないはずだ! 出来もしない事を言いおって! ついさっき、その件で警察署まで呼びだされてきたところだ! 証拠は何も残していないはずだが、この件に関係した者達の記憶を明日の朝までに、全て都合の良いように捻じ曲げ、辻褄を合わせておけ! 分かったな!」

「ヒュー……、ヒュー……! 分かったよ、アルダープ! ねえアルダープ。そうしたら……。そうしたら、代価を支払ってもらえるかい? ヒュー……、ヒュー……!」

「ああ、支払ってやる。これまでにも、ワシはお前に何度も代価を支払ってきているんだ。お前はバカだから、それを忘れているだけだ。今度もちゃんと支払ってやるとも」

 

 そう言って、まともな記憶力がなく何度も騙されるこの悪魔に、諭すように優しく告げる。

 

「任せておいてよアルダープ、それくらいなら容易い事だよ! 早く君の願いを叶えて、報酬が欲しいよアルダープ! アルダープ! ヒューッ、ヒューッ!」

 

 気味の悪い音を出す悪魔に背を向け、地下室を後にする。

 メイドが働いているところに、衣服だけを溶かす魔改造スライムをけしかけて楽しむつもりだったのに……。

 

 

 *****

 

 

 ――異世界生活一週間目。

 俺とアクアが、街外れにある骨董屋の倉庫で、仕舞われている物を虫干しする仕事をしていると。

 どこからか爆発するような音が轟き、地面が激しく揺れて。

 

「うおっ! なんだ今の!? 爆弾でも爆発したのか? まったく、この世界は本当になんなんだよ。ひょっとしてこの世界では、今みたいなのが日常茶飯事なのか? ……おいアクア?」

 

 と、俺が文句を言いながらアクアの方を見ると、両手を前に差しだすような格好で立ち止まり、足元に視線を落としていて。

 それはちょうど、手に持っていた物を落として呆然としているような……。

 

「おいアクア。嘘だろ? ここにあるものは俺達には弁償出来ないくらい高額だから気を付けろって、店長が言ってたじゃないか。そりゃ、確かに今の爆発には俺も驚いたけど、だからって持っていた物を落とすなんて、そんなベタな失敗はしてないよな?」

「何よ! 急に大きな音がしたんだからしょうがないじゃないの! これは何かを爆発させた誰かが悪いんであって、私のせいじゃないわよ!」

 

 逆ギレするアクアの足元には、きれいに真っ二つに割れた壺が……。

 

「そ、そうだよな。さすがにこんな事態は想定外だろうし、店長も許してくれるはずだ。それに、これだけきれいに真っ二つになっているんなら、簡単に修復出来るんじゃないか?」

「あんたもたまにはいい事言うじゃないの! そうね、このくらい、私にかかればちょちょいのちょいよ! くっつけてあげるから、ご飯粒を持ってきなさいな! ……カズマ? なーに、変な顔しちゃって。私を笑わせようとしてるの? ねえ、そんな変な顔をしなくても、あんたは元から変な顔をしているんだから大丈夫よ? いいから早く、壺をくっつけるためのご飯粒を……」

 

 と、黙りこむ俺の様子にようやく気付いたアクアが、俺の視線を追って背後を振り返り。

 そこにはこの仕事の雇い主である、骨董屋の店長が立っていて……。

 

「クビ」

「なんでよーっ! 待って! 待ってよ! 今回は私のせいじゃないんですけど! いきなりの爆発に驚いただけなのよ!」

「そ、そうですよ。いきなりだったし、あんなの予想出来るわけないじゃないですか」

 

 口々に言い訳をする俺とアクアを見て、店長は溜め息を吐き。

 

「まあ、確かにあの爆発には私も驚いたからな。他に壊れているものもないようだし、壺を弁償しろとは言わんよ。だが、ウチは骨董屋なんだ。壊れたものをご飯粒で直そうとする奴には、商品を任せておけん。……何か言い訳はあるか?」

「……ありません。すいません」

 

 お父さん、お母さん。

 今日も仕事が早めに終わったので、夕飯はパンの耳を食べられそうです。

 


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