このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』2,3巻、読了推奨。
 時系列は、3巻の後。


この事件解決に協力を!

 ――冬。

 弱いモンスターのほとんどが冬眠してしまい、手強いモンスターしか活動しなくなり。

 アクセルの街にいるような駆け出し冒険者達は、クエストを請ける事もなく宿に篭りのんびりする、そんな季節。

 この世界に来てからというもの、魔王軍の幹部を討伐したというのに借金を背負わされ、一時期は冬を越せるのかと危ぶまれたり、大物賞金首を討伐し街を救った英雄だというのに、冤罪を着せられ、牢屋に入れられ裁判にまで掛けられたりした俺は。

 

「……なんだか、こっちに来て初めて心からゆったり出来てる気がする。せっかくファンタジー世界に来たってのに馬小屋暮らしでアルバイトやらされたり、変な仲間ばかり集まってきたり、魔王軍の幹部が襲撃してきたり、借金背負わされたり、家を手に入れたと思ったら大物賞金首が襲撃してきたり、冤罪を掛けられたり。……思い返せば、ロクでもない事しかなかったな」

「過ぎた事はもういいじゃないの。ほら、これでも飲んでのんびりしなさいな」

 

 屋敷の居間にて。

 俺はこたつでぬくぬくしながら、アクアから受け取ったお茶を飲み……。

 

「いやこれお湯じゃねーか。どうしてお前は、お茶を淹れさせると毎回お湯にするんだよ。いい加減にしろ!」

「何よ! 私がお酒とかお茶に触ると水にしちゃうのは、体質なんだから仕方ないじゃない! 水の女神である私が触った聖なる水なんだから、感謝してくれてもいいと思うの!」

「するわけないだろ。俺は聖なるお湯じゃなくて普通のお茶が飲みたいんだよ。バカな事言ってないで淹れ直してこい」

「お断りします。カズマったら、バカなの? 私のお茶を淹れるついでに、カズマの分のお茶も淹れてきてあげたのよ。どうして私が、わざわざカズマのお茶を淹れるために、寒い台所に行かないといけないの? そんなにお茶を飲みたいんだったら、そこから出て自分で淹れてきたらいいじゃない」

「超断る」

 

 こたつから出ろなどとバカな事を言うアクアに、俺は断固とした口調で答える。

 このこたつは、冬に入り手頃なクエストがなくなって、冒険者として活動出来なくなったので、俺が元の世界の知識を使って作ったものだ。

 冬の間は商品開発でもして、安全に金を稼ごうと考えていたのだが、こたつでぬくぬくしていると何も考えられず、作業は中断している。

 

「……ん。このこたつとかいう暖房器具は素晴らしいが、出たくなくなるのが問題だな。カズマ、お前は昼食の時も、テーブルに座らずこたつで食べていたではないか。いくら寒いからといって、いつまでも暖房器具に入ってぬくぬくしているのは健康に良くない。冬が寒いのは当たり前だ。少しくらい我慢して、台所でお茶を淹れてきたらどうだ」

 

 ダクネスが、俺と同じくこたつに入ってぬくぬくしているくせに、そんな事を言う。

 

「はあー? いいかダクネス、筋肉ってのは熱を発するんだ。俺より鍛えてて腹筋が割れてるダクネスには、台所の寒さもなんて事はないかもしれないが、筋肉のない俺にとっては凍え死ぬような寒さなんだよ」

「ななな、なんの話だ! あのくらいの寒さで死ぬわけがないだろう! 私だって寒いが、我慢しているんだ! というか、私の腹筋は割れていない! 割れてないからな! おい、聞いているのか!」

 

 涙目で喚きだしたダクネスをよそに、俺はアクアが入れたお湯を飲む。

 と、こたつのテーブルに頬をくっつけだらだらしていためぐみんが。

 

「まあいいではないですか。カズマが頑張っていたのは事実ですし、私達も結構迷惑を掛けましたからね。少しくらいのんびりしてもいいと思います。それに、冬に冒険者がのんびりするのは普通の事ですよ」

「そ、それはそうだが……。まあ、めぐみんがそう言うなら……。なあめぐみん、爆裂散歩から帰ってきたばかりで、自分がのんびりしたいからそんな事を言っているんじゃないよな?」

「違います」

 

 疑わしそうなダクネスの視線から逃れ、めぐみんが顔を逆方向に向けた、そんな時。

 

「サトウさん! サトウさんはいらっしゃいますか!」

 

 屋敷のドアが、突然激しく叩かれた。

 

 

 *****

 

 

 突然屋敷にやってきたのは、以前、俺の事を犯罪者呼ばわりした検察官、セナだった。

 

「粗茶ですけど」

「どうも。……? ……!?」

 

 アクアに淹れてもらったお茶を手に、セナがアクアを二度見する。

 その様子にピンと来て視線をやると、カップの中は透明で……。

 

「いや、お湯じゃねーか。お前、客に出すお茶までお湯に変えるのはやめろよ。どんな嫌がらせだよ」

「い、いえ! いいんです! 職務を果たしただけとはいえ、自分はサトウさん達に大変ご迷惑をお掛けしましたので。……その、アクシズ教徒の方からの嫌がらせがこの程度で済むのであれば、かなりマシな方ですので」

 

 セナが恐縮した様子でお湯を飲む中、俺はアクアに顔を寄せ。

 

「おい、アクシズ教徒って、店を訪ねていっただけで怯えられるとか、デストロイヤーに踏まれても生き残るとか、おかしな評判しか聞かないんだが、どういう事なの? まあ、お前を信仰するような奴らだし、ロクでもない連中だっていうのは分かるけどな」

「ちょっと! 私のかわいい信者達を不当に貶めるのはやめてちょうだい。ウチの子達は少し誤解されやすいだけで、とってもいい子ばかりなんだからね!」

「ほーん? まあ、俺がお前の信者と関わり合いになる事なんてないだろうし、この世界が大概おかしいのにも慣れたから、いいけどな」

 

 俺達がそんなどうでもいい事を話していると、ダクネスが。

 

「それで、セナはなんの用でここへ来たんだ? 冒険者と違って、王国検察官はこんな真っ昼間から遊び歩いているものではないはずだが。……んんっ! お、おいカズマ、いきなり何を!? こ、こたつの中で私の足をつつくのはやめ……!? そういう事はセナが帰ってからに……!」

 

 いきなり顔を上気させ悶えるダクネスに、セナが怪訝そうな視線を送る中、俺は小声でダクネスに。

 

「おいやめろ。どうやって言いくるめて追い返そうか考えてるのに、本題に入ろうとするのはやめろよ。よく分からんが、バニルを倒してから、どうもセナは俺の事を正義の味方みたいに思ってる節がある。今回もどうせ厄介事を持ってきたんだろう。せっかくこたつを作ってのんびりしてるってのに、また面倒に巻きこまれるのは嫌なんだよ。ああいう期待に満ちた目を向けられると断りにくいし、ここは本題を言いださないうちに追い返したい」

「お、お前という奴は……! 王国検察官が厄介事を持ってくるという事は、それだけ信頼されているのだから誇るべき事だろう。それに、セナは司法のために働いているのだから、セナを助ける事は、か弱い市民を助ける事にもなる。冒険者として、少しは市民のために何かしようとは思わないのか?」

「ちっとも思いません」

「おお、お前という奴は……!」

「ていうか、俺は冒険者として、魔王軍の幹部を倒したり、大物賞金首を食い止めたり、市民のためにやれる事はやってる。これ以上何をしろっていうんだよ?」

「そ、それはセナに聞いてみれば……、……ッ!」

「おいこら、セナに話を聞こうとするのはやめろって言ってるだろ。こたつの中でお前の足がどうなっても構わないのか?」

「くっ……! むしろ望むところだ……!」

 

 俺が、どうしようもない事を言いだしたダクネスを、どうやって黙らせようかと考えていると。

 アクアがソファーに腰を下ろしながら。

 

「検察官の人が来たって事は、ウチのカズマさんがまた何かやらかしたのかしら? まったく、カズマったらしょうがないわね! ねえねえ、私がきつく言っておくから、今日のところは見逃してくれない? 今日の食事当番はカズマさんだから、連れていかれると困るんですけど」

 

 俺は余計な事を言いだしたアクアに。

 

「おいふざけんな。俺は何もやってない。ここんところ、俺が一日中こたつから出てないのは、お前だって知ってるだろ。最後に出掛けたのは、こたつが出来る前に冒険者ギルドの酒場で宴会をやった時くらいだぞ」

「こ、この男、そんなロクでもない事を堂々と……!」

 

 潔白を訴える俺の言葉に、なぜかダクネスが頭を抱える中、セナが少し困ったように。

 

「い、いえ、本日伺ったのは、とある事件の捜査のために、サトウさんに是非とも協力していただきたいと思いまして……」

 

 そんな、面倒くさい事を……。

 …………。

 

「協力って言われても、俺に出来る事なんてないと思うぞ。犯人を捕まえるノウハウもよく知らないし、尋問だってあの嘘吐くとチンチン鳴る魔道具があれば誰がやったって同じだろ」

「いえ、そういった基本的な捜査は我々の方ですでにやっています。ですが、それでも犯人を捕まえる事は出来ておらず……。この事件の解決には、サトウさんのような方の助言が役に立つだろうと思いまして」

 

 と、セナのそんな言葉にアクアが。

 

「カズマさんみたいな人? お昼近くまで起きてこなくて、起きてもゴロゴロしているだけの、お金があるから働こうともしないヒキニートよ? こんなのが世の中の役に立つなんて、ちょっと信じられないんですけど」

「待ってくださいアクア。基本的な捜査はやっているそうですから、必要なのは特殊な視点からの意見なのではないでしょうか。カズマには狡すっからい手を使って強敵に勝ち逃げしてきた実績があります。犯人が同じような事をしているなら、カズマなら相手の手の内を読む事が出来るかもしれませんよ」

「おいお前ら引っ叩くぞ。これまで魔王軍の幹部や大物賞金首と渡り合ってきたカズマさんだぞ。セナが求めてるのは、そんな凄腕冒険者としての助言に決まってるだろ」

 

 捜査に協力なんかしたくないが、こいつらに言われっぱなしも腹立たしい。

 口々にロクでもない事を言うアクアとめぐみんに俺が文句を言っていると、ダクネスが何かに気づいたような表情でセナの方を見て。

 

「そういえば、このところ下着泥棒の被害が多発しているという話だが」

 

 ダクネスのそんな言葉に、その場の全員が俺の方を見た。

 

「おいふざけんな。お前らひょっとして俺を疑ってんのか? 犯罪者を見るような目を向けるのはやめろよ。そんなわけないだろ。ここんところ、一日中こたつの中にいたし、そもそも俺が下着を盗んだのは、ランダムで相手の持ち物を奪うっていうスキルを使ったからで、別に好きで下着を奪ったわけじゃないんだからな。というか、俺に嫌疑を掛けた事に対し深く謝罪をとか言ってたくせに、やってる事が以前と変わってないんだが。どういう事ですかね検察官さん」

「ち、違います! そうではなくて、下着泥棒を捕まえるために協力していただきたいのです」

 

 セナが、俺から目を逸らしながら、そんな事を……。

 

「……ひょっとして、協力してほしいとか言って、俺がボロを出さないか見張ってるつもりだったのか? 俺を疑うんだったら、明確な根拠を持ってこいって言ってるだろ! また疑われるなんて不愉快だ! 帰ってくれ! ほら、出ていって!」

「い、いえ、自分は決して、サトウさんを疑っているわけでは……!」

 

 と、追い返そうとする俺の言葉にセナが慌てだした、そんな時。

 ――チリーン。

 セナが手にしていた鞄の中から、聞き覚えのある音がした。

 

「…………」

「『スティール』」

「……ああっ!」

 

 気まずそうに目を逸らすセナに俺が片手を突きだし唱えると、手の上に嘘を感知する魔道具が現れる。

 俺は魔道具をこたつの上に置き、こたつのテーブルを指でトントンと叩きながら。

 

「なあ検察官さん、これは一体どういう事なんですかねえ? 一度俺を冤罪で死刑にしようとしたあなたが、まさか、また俺に冤罪を被せようとしてたなんて、そんな事はないですよね? ……ここに来たのは何のためなんだ? 本当のところを教えてくれよ」

「……そ、その……、このところアクセルの街では下着泥棒の被害が多発していまして。我々も全力で捜査に当たっているのですが、なかなか犯人を捕まえる事が出来ず……。一度は警官が犯人の姿を見たにもかかわらず取り逃がしてしまった事もあり、犯人は相当な手練れだと予想されています。そこで、高名な冒険者でもあるサトウさんに、犯人逮捕に協力していただこうと思い、本日はこちらに参りました」

 

 俺はテーブルの上のベルを見る。

 ……鳴らない。

 

「なるほど、協力を頼みに来たっていうのは嘘じゃないんだな」

「そ、そうなんです! サトウさんには、是非とも我々に協力していただきたいのです!」

「それで俺があんた達と一緒に行動するうちに、どこかでボロを出さないか見張ろうと思ってたのか?」

「…………」

 

 一瞬表情を明るくしたセナが、俺の言葉に暗い顔をし黙りこむ。

 

「黙ってちゃ分かんないでしょーが! ほら、本当の事を言ってみろよ。わざわざこの魔道具を持ってきてるし、俺が犯人だと思ってたんだろ? まったく、一度早とちりして失敗したくせに、また同じ事を繰り返すつもりかね! この国の司法はどうなっているんですか!」

「すすす、すいません……! しかし、捜査が行き詰まっていて、サトウさんに協力していただきたいというのも本当なんです。魔道具を持ってきたのは、あくまでも確認のためといいますか、疑いを晴らすためで……!」

 

 泣きそうな顔でペコペコと頭を下げるセナを、俺は調子に乗って責める。

 

「確認のためとか疑いを晴らすためとか言われても、疑いを掛けられた俺の心はとても傷ついたわけですが、そこのところはどう思ってるんですか? 捜査のためだから仕方ないんですか? 大体、下着が盗まれたからって俺を疑うってのもおかしいだろ。確かに俺は街ではクズマだのカスマだの呼ばれてるらしいが、検察官のくせに噂に踊らされすぎなんだよ。俺が下着泥棒なんかするわけないじゃないか」

 

 俺の言葉に、セナがチラチラとこたつの上のベルを見る。

 ……鳴らない。

 俺が内心ほっとしていると、セナが深々と頭を下げて。

 

「失礼な真似をしまして、本当に申し訳ありませんでした。し、しかし、その……、下着を盗みそうな人物の中で、警官の追跡を振りきる事が出来るという条件を加えますと、この新米冒険者の街では他に容疑者がおらず……」

「おい、だから人を下着泥棒の予備軍扱いするのはやめろよ」

「す、すいません、すいません……!」

 

 こんなに謝られると、なんだかこっちが悪い事をしているような気になってくる。

 と、そんな微妙な空気の中、めぐみんが。

 

「あの、こんなタイミングで言うのはどうかと思うのですが。実は、私の下着がいくつか紛失しているのです」

「!?」

 

 めぐみんのその言葉に、その場にいる全員が俺の方を……。

 

「おいふざけんな! 俺はやってないって言ってるだろ! だからその犯罪者を見るような目を向けてくるのはやめろよ!」

 

 俺の言葉に全員がベルを見るが、鳴らない。

 当たり前だ。

 俺はめぐみんの下着を盗んでなんかいないし、下着がなくなったという話も今初めて聞いた。

 

「ひょっとして、それもセナが言ってる下着泥棒の仕業なんじゃないか?」

「……そうでしょうか? いくら街で噂になるほどの下着泥棒とはいえ、こんな街外れにまでわざわざ下着を盗みに来るとは思えないのですが」

「いえ、犯人はおそらく盗賊職でしょうから、元々は貴族の持ち物だったこの屋敷を狙っても不思議ではありません」

「だが、なくなっているのはめぐみんの下着だけで、金目の物が盗まれたわけではないのだろう? というか、下着が盗まれるというのもそれなりに大事だと思うのだが、どうして今まで黙っていたんだ?」

「どこかに紛れこんでいるのでなければ、どうせ犯人はカズマだろうと思っていたので。良心の呵責に耐えかねて、泣いて謝ってくるまで泳がせておこうかと」

「おい、だから当たり前のように俺を下着泥棒扱いするのはやめろって言ってるだろ」

 

 俺達が下着泥棒について話し合っていると、真面目な空気に耐えられなくなったのか、ソファーに寝そべって退屈そうに足をパタパタさせながらアクアが。

 

「ねえカズマさん。余計な事を言うと疑われそうだし、カズマさんが私達の下着でお風呂をいっぱいにして、『下着風呂だひゃっほう!』って喜んで入っていた事は内緒にしといてあげるわね!」

 

 いや、こいつは何を言ってんだ?

 アクアの言葉に、いきなりバカな事を言いだしたアクア以外の全員がベルを見るが……。

 

 …………。

 

 ……鳴らない。

 

「いや、なんで鳴らないんだよ! ちょっと待て、そんなのやった事ねーよ! ほ、ほら、ベルは鳴ってないし、俺が嘘吐いてないって分かるだろ?」

 

 冷たい目で俺を見てくるめぐみんとダクネス、セナに、俺は必死で言う。

 なんだこれ。

 どうしてアクアの大嘘に魔道具が反応しないんだ?

 

「……おかしいですね。どちらかが嘘を吐いているはずなのに……。ひょっとして、故障している……?」

 

 セナがベルを見つめながら困惑したように言う。

 

「すいません、サトウさん。署までご同行願えませんか? も、もちろん、疑っているわけではないのですが、確認のためというか、疑いを晴らすために……」

「その言い訳はもう聞いたよ! なんだよ、明らかに俺を疑ってんじゃねーか! 根拠を言えよ、俺が犯人だっていう明確な根拠を!」

「い、いえ、サトウさんを疑っているわけでは……。しかし、この魔道具は本来、部屋に掛かった魔法と連動して使われるものなので、単体だと精度が低くなる事もあります。同じ質問を繰り返すだけですので、どうか……。というか、私の本来の目的は、捜査協力のためにサトウさんをお連れする事です。是非とも、あの大悪魔バニルを打ち破ったお力を貸していただけませんか」

 

 セナはそう言って、俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 ……クソ、こんな風に素直に頼まれると、断るのが悪いような気がしてくる。

 

「……しょうがねえなあー。そこまで言うなら警察署には行ってもいいよ。どうせ出掛けるんだから、捜査にも少しなら協力する。でも、犯人が捕まらなかったからって、俺のせいにするなよ。俺は確かに冒険者だけど、警官でもなんでもないんだからな」

「それはもちろんです。このたびは無理を言って申し訳ありません」

「い、いや、分かってるならいいんだよ。それじゃあ……、……いや、お前らは何を知らん顔してるの? 俺が行くんだから、お前らも一緒に来いよ。この寒い中、お前らが暖かいところでぬくぬくしてるのに、俺だけ働かされるなんて冗談じゃないぞ」

 

 忙しなく立ち上がり屋敷を出ていくセナに続いて、俺が渋々とこたつを出る中、ちっとも動こうとしない三人に、そんな事を言うと……。

 

「嫌です。今日は寒いので、ここから出たくありません」

 

 コタツの魔力に捕らわれためぐみんが、そんなロクでもない事を言う。

 

「お、お前、自分の下着が盗まれたかもしれないのに何言ってんだ。当事者みたいなもんなんだから、捜査に協力してやれよ。なんの関係もない俺が駆りだされるのに、お前だけこたつに入ってのんびりしてるなんて俺は認めないからな。おいダクネス、お前からもなんとか言ってやれ。というか、いつもならこういう時、真っ先に飛びだしていきそうなお前が、何をぬくぬくしてるんだ?」

「そ、それが、こたつから出ようとしているのだが……。どうしようカズマ。こたつの中が暖かくて、出られないのだが……!」

「ああもう! いつも人の事をニートだの駄目人間だの言ってるくせに、俺がちょっとやる気を出したらこれかよ!」

「ま、待ってくれ。市民が被害に遭っているのだ。私も一緒に行くに決まっているだろう。今、こたつから出るから……」

 

 コイツら駄目だ。

 俺が、駄目な事になっている二人を放置して、アクアの方を見ると。

 

「……? なーに? 私に協力してほしいの? 嫌に決まってるでしょう。どうしてこんなに寒いのに外に出ないといけないの? バカなの? 私は何があっても、この暖炉前の特等席から動かないわよ。それに、こないだカズマだって、ずっとそこにいていいぞって言ってくれたじゃない」

「あれはコタツを作ったから暖炉前のソファーを使っていいって話だろ。……まあ、お前が手伝ってくれても、どうせロクでもない事にしかならないし、お前はそこで大人しくしててくれ」

「ちょっとあんた待ちなさいよ! 私を役立たずみたいに言うのはやめてちょうだい。この私の冴え渡る脳細胞に掛かれば、下着泥棒なんて簡単に捕まえられるわ」

「……いや、本当についてこないでいいんですが」

 

 俺は、ソファーから立ち上がり涙目で殴りかかってきたアクアと取っ組み合いながら。

 

「アクアでもやる気を出してるのにおまえらと来たら」

 

 俺の言葉に、二人は悔しそうな表情でこたつから出てきた。

 

 

 *****

 

 

「わ、わざわざダスティネス卿にご足労いただけるとは……!」

「いや、今日は冒険者として来たのだから、あまり気を遣わないでくれ」

 

 ダクネスと女性警官がそんな話をしながら、アクア、めぐみんとともに警察署に入っていく。

 三人が会議室のようなところに案内されていく中、なぜか俺だけが別室に通され……。

 

「いやちょっと待て。ここって、前に使った取り調べ室だろ。おいふざけんな。確認のためだの疑いを晴らすためだの言っておいて、完全に犯人扱いじゃねーか! 捜査に協力してほしいとか言ってたくせに、どういうつもりだ!」

「ちちち、違います! 嘘を感知する魔道具は、この部屋の魔法と連動しているので、ここで事情を聞くのがサトウさんの潔白を証明するためにも一番いいはずなんです! どうかご協力を!」

 

 ……セナが本当に申し訳なさそうな顔をしているので、なんだかこっちが悪い事をしている気になってくる。

 や、やりにくい……。

 

「ああもう、分かったよ。こんなのとっとと終わらせよう。質問してくれ」

「では、サトウカズマさん。年齢十六歳。職業は冒険者、クラスも冒険者。出身地と、冒険者になる前は何をしていたかを……」

「そこからかよ! それは前回答えただろ! そういうのはすっ飛ばしてストレートに聞いてくれよ! お前は下着泥棒なのかって! もちろん違うぞ。俺は下着なんて盗んだ事もない!」

 

 ――チリーン。

 ベルが鳴り、セナの顔がいつかのような冷酷そうな無表情になって……。

 

「……サトウさん?」

「いや待て。ちょっと待ってくれ。今のは言い方が悪かった。確かに女の子の下着をスティールした事はあるが、あれはスキルの効果であって俺の意思じゃない。それ以外では下着を盗んだ事なんてない」

 

 セナがベルを見るが、ベルは鳴らない。

 

「それと、屋敷でアクアさんが言っていた事ですが。あなたが仲間の下着を集め風呂に入れて、『下着風呂だひゃっほう!』などと言っていたというのは……」

「事実無根です」

「……間違いないようですね。すいませんが、確認のためにもう一度だけ聞きます。このところアクセルの街で多発している下着泥棒は、あなたの仕業ですか?」

「違います」

 

 ……鳴らない。

 セナはほっとしたようにため息を吐き。

 

「ご協力ありがとうございます。不快な思いをさせて、申し訳ありませんでした」

「いや、分かってもらえればいいんですけどもね? というか、相変わらずお茶も出ないんですかねここの署は! 今回、俺は容疑者ですらないんですけどもね!」

「す、すいません! 今淹れてきますので……!」

 

 セナは慌てて出ていき、お茶を淹れて戻ってくる。

 俺はそれを一口すすり……!

 

「ヌルい! おっとこのパターンは前にもありましたね! じゃあせっかくだし、前回聞けなかった事を聞いてみようかね。俺の事を根掘り葉掘り調べたみたいだが、あんたには後ろ暗いところは何もないんですか?」

「な、何を……! そんなものあるわけがないでしょう。自分は王国検察官として……!」

 

 ――チリーン。

 流石に検察官として黙っていられなかったのか、反論しようとしたセナだが、ベルが鳴ると口を閉じる。

 ……後ろ暗いところ、あったのか。

 俺がじっと見つめていると、セナは言いにくそうに。

 

「その……、以前にもアルカンレティアで、間違いなく犯人だと思っていた相手に嘘を感知する魔道具を使ったところ、嘘を吐いていなかった事が判明し、ロクでもない報復を受けた事がありまして……。こないだのサトウさんの一件もあり、ひょっとして自分はこの仕事に向いていないのかと悩んでいます」

「そ、そうか……。いや、大丈夫だと思うぞ。俺も身に覚えのない罪を被せられそうになったが、なんだかんだで疑いが晴れたのもセナのお陰みたいなもんだしな。……そ、そんな事より、ほら、アレだ。俺を呼んだのは下着泥棒を捕まえるためなんだろ?」

 

 

 

 取り調べ室を出て、会議室のような部屋へ行くと、そこでは……。

 

「ねえ待って! これは違うのよ! その石鹸は美術品であって、卑猥に見えるとしたらあなたに芸術を見る目がないからで……!」

「いえ、そういう事ではなく。美術品だろうがなんだろうが、この石鹸のモデルは自分ですよね? こんなものを勝手に作られては困ります」

「だって! だって! ……ねえ、ダクネスからもなんとか言ってちょうだい! ダクネスって、貴族のお嬢様なんでしょう? ダクネスがごめんなさいしてくれたら、きっと警察の人も許してくれると思うの」

「ダスティネス家はそのような権力の使い方をしない。というか、この、風呂で使っている内にだんだん鎧が溶けていくダクネス石鹸というのは……」

「あの、アクア。ダクネス石鹸があるのに、どうして私の石鹸がないんですか? 使っているうちに木っ端微塵になる爆裂めぐみん石鹸をお願いします」

 

 女性警官に自作の石鹸を取り上げられ泣き喚くアクアと、そんなアクアを窘めようとするダクネス、アクアに石鹸作りを依頼するめぐみん。

 ……いや、コイツら何やってんだ。

 

「おいお前ら、人が事情聴取されてる間に何やってんだ。というか、やっぱりロクでもない事になってるじゃないか。お前、何しに来たの?」

「あっ、カズマ! ねえ、カズマからも言ってやってちょうだい! あれは卑猥なものじゃなくて、芸術品だって! ほら、言ってやって!」

「ええと、保護者の方ですか? その、以前、アクアさんには勝手に露店を開いたという事で注意をしたのですが、その時に売っていた石鹸を見せてほしいと言ったところ、このような事に……。美術品だかなんだか知りませんが、勝手に自分をモデルにしたものを作られたり売られたりされるのは困るんです」

「分かります」

 

 困った表情でそう言う女性警官に、俺は即答する。

 

「……すいませんが、アクアさんには取り調べ室で事情を聞かせていただけませんか? いえ、別に犯人扱いとかそういう事ではなくて、あそこだと嘘を感知する魔道具が作動するので、事情を聞くのにもいろいろと便利だからです」

 

 厳しい目でアクアを見て、女性警官がそんな事を言う中、セナが。

 

「そういえば、先ほどアクアさんが言っていた、サトウさんが仲間の下着を集め風呂に入れて『下着風呂だひゃっほう!』と言っていたという件ですが、嘘を感知する魔道具で調べたところ、サトウさんはそんな事をしていないと証明されました。その件についても話を伺いたいのですが」

「ねえ待って! 本当に待って! 今日ここに来たのは、ついに冒険者から犯罪者にクラスチェンジしたカズマさんを慰めるためじゃないの? どうして私が怒られてるの? おかしいじゃない! こんなの絶対おかしいわよ!」

「アクアさんはアクシズ教徒だそうですね。犯罪でなければ何をやってもいいという教義だそうですが、あなた方のやっている事は軽犯罪に当たると自分は考えています。故意に嘘の証言をして人を犯罪者扱いするのは犯罪なので、気を付けてくださいね。では、こちらへどうぞ」

「やめて! ウチの子達は皆、ちょっと誤解されやすいだけでいい子達ばかりなんだから! そ、それに、確かにちょっと大げさに言ったかもしれないけど、未来の被害者を救うためと思えば仕方ないんじゃないかしら? あっ、私を不当に扱うと、世界に一千万人いるアクシズ教徒が黙ってないわよ!」

「それは裁判の時に言っていた嘘ですね。信者数の誇大申告……」

「わあああああーっ! ふわああああああーっ! カズマさーん、カズマさーん!」

 

 アクアが、女性警官に連れていかれながら、涙目で俺の名前を叫ぶ。

 そんなアクアを、俺はにこやかに手を振り見送った。

 

 

 

「――コホン。改めまして、皆さんには下着泥棒の逮捕に協力していただきたいのです」

 

 アクアが女性警官に連れていかれると、セナがそう切りだした。

 

「協力って言われても。具体的に何をすればいいんだ?」

「はい。皆さんには我々とは違った独自の視点から捜査をしていただければと考えています。……先ほども言ったとおり、犯人は冒険者だと考えられます。ですが、冒険者ギルドからの情報をもとに怪しい人物を探したところ、該当者は見つかっていません。……こちらの捜査資料は部外秘ですので、内容については口外しないでください」

「警官の包囲から逃げだすのは、確かに冒険者でなければ難しいだろうが……」

 

 セナがテーブルに広げた、冒険者ギルドが提出したというデータを見ながら、ダクネスがそう言って首を傾げる。

 そんなダクネスに、同じくテーブルに広げられたこの街の地図を指さしめぐみんが。

 

「この印が被害者の家ですよね? 犯行現場は街中に散らばっていますね。こういう場合、犯人は自分の住んでいる場所の近くから、少しずつ遠くへと犯行の範囲を広げていくという話ですが」

「はい。犯人はその事を知っていて、自分の住んでいる場所を知られないようにしているのかもしれません」

「なるほど、犯行現場はかなり広い範囲に散らばっているな」

「あの、ダクネス。私はあまりこの街の地理に詳しくないのですが。この辺りがどういう地域なのか分かりますか?」

「……ん。その辺りは宿泊施設が多いな。この時季だと、街の外から来た人々が多く泊まっているはずだ。冬の間は冒険者が宿に篭るから、護衛を雇えない行商人や旅芸人なんかが、同じように留まっているんだ」

「それじゃあ、犯人はわざわざそういう人達を狙っているのでしょうか?」

「ええと、被害者のリストは……」

 

 めぐみんとダクネスが意見を言う中、俺はセナが広げた捜査資料をじっくりと見て……。

 なるほど、分からん。

 というか、こっちの世界に来るまでただの学生だった俺に、こんなものを見せられてもどうしようもない。

 めぐみんとダクネスは捜査資料を見ながらああだこうだと言っているが、やはり俺が役に立てる事などないのでは……。

 …………。

 ……いや、ちょっと待て。

 

「なあ、この街の男性冒険者は、下着泥棒なんかやらないと思うんだが。怪しいって言うんなら、女性冒険者か、冒険者じゃない普通の街の住人か、またはこの街に来たばかりの冒険者なんじゃないか?」

「犯人は男性冒険者ではない……? し、しかし、女性が女性の下着を盗むとは思えませんし、一般市民が警官の包囲から逃げられるとも思えません。それに、冬の間にこの街に来た冒険者は、真っ先に調べましたが怪しい人物はいませんでした。というか、この街の男性冒険者が下着を盗まないというのは、何を根拠に言っているのでしょうか?」

 

 俺の言葉に、セナが不思議そうに言う。

 ……サキュバス達のおかげで、わざわざ犯罪に手を出さなくても性欲を解消できるからだとは言えない。

 例の喫茶店は一般市民を対象にしていないから、怪しいのは男性冒険者ではなく、一般市民や女性冒険者、またはこの街に来たばかりの人物だと思うのだが……。

 

「ま、まあ、そこは俺なりの推理ってやつだ。実際、この街では男性冒険者の性犯罪ってものすごく少ないんじゃないか?」

「それは……。そのとおりです。この街は国内でも最も治安が良く、特に男性冒険者による性犯罪の件数が、他の街と比べものにならないほど少ないです。ですが、それだけでは犯人が男性冒険者ではないとまでは言えないのでは……」

「これまで普通のやり方でやってみたけど、犯人を捕まえられなかったんだろ? さっき、俺達には独自の視点から捜査に協力してほしいって言ってたし、ありそうにないと思うんだったら、むしろ条件に合致してると思うんだが。男性冒険者に対する捜査を優先して、女性冒険者や一般市民への捜査は後回しにされてるんじゃないか?」

「た、確かに……! 分かりました。協力を頼んだのはこちらですし、本日はサトウさんの提案に従いたいと思います」

 

 ……いや、素人の俺をそんなに頼りにされても困るのだが。

 

 

 *****

 

 

 ――なかなか事情聴取の終わらないアクアを残して、警察署を後にした俺達は、冒険者ギルドにやってきた。

 

「それにしても、冒険者ギルドですか。一般市民が犯人ではないかと仰っていましたが、なぜ冒険者ギルドに?」

「ギルドっていうか、酒場に用があるんだよ。情報収集といえば酒場だろ?」

「そ、そういうものですか……?」

 

 俺の言葉に、あまりピンと来ていないらしいセナ。

 ……あるぇー?

 間違ったか? しかし、自信満々に冒険者ギルドに来てしまった以上、今さら勘違いでしたとも言いにくい。

 俺がギルドのドアを開け中に入ると……。

 

「やあ、カズマ君じゃないか! 久しぶり! それに皆も……、あれ? アクアさんはいないの? それに、その人は前に君を国家反逆罪で裁判に掛けた検察官さんだね。えっと、皆で何をやってるの? ……どうして私の手を掴むの?」

「女性冒険者……。しかも、盗賊職……。そして俺にぱんつを盗まれた事がある……。犯人はコイツです」

「ちょっと何言ってるのか分かんないかなあ! ねえ君、何言ってんの? あたしが何をしたって言うのさ! ていうか、最後のは絶対に関係ないよねえ!」

 

 言い逃れしようとする女盗賊、クリスの手を、俺は強めに掴んだ。

 

 

 

「まったく! カズマ君じゃないんだし、あたしが下着なんか盗むわけないじゃんか!」

 

 事情を説明すると、クリスは不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「おいやめろ。俺だったら下着を盗んでもおかしくないみたいに言うのはやめろよ。裁判の時、お前のその証言のせいで俺が死刑になりそうだったのを忘れたのか?」

「そ、それは悪かったけど、元はといえば君があたしの下着をスティールしたせいじゃないか」

「あれはお前が吹っかけてきた勝負だろ。俺はそれに乗っただけだし何も悪くない。自分から吹っかけた勝負の結果に、後から文句を言うのはどうかと思う」

「わ、分かったよ。あたしが悪かったよ! そんな事より、今日は下着泥棒の事で来たんだろう? あたしはなにも知らないけど、協力できる事はするよ」

 

 俺の追及を逃れるためか、そんな事を言うクリスに、ダクネスが。

 

「カズマの話で、犯人は女冒険者ではないかという疑いが出てきてな。下着を盗んでいくのだから、おそらくは盗賊職だろう。そこで、クリスには知り合いの女盗賊がいれば紹介してほしいのだ。盗賊同士のネットワークのようなものはないのか?」

「うーん……。盗賊同士のネットワークかあ。残念だけど、あたしはそういうのは知らないかな。知ってる女盗賊も、あの、なんていったっけ? 魔剣の……」

「魔剣の勇者、ミツルギ殿ですか?」

「そうそう。その人と一緒にいた盗賊の女の子くらいしか知らないよ。それに、あの子とは裁判の時にチラッと顔を合わせただけだから、名前だって知らないし。盗賊は成り手があまり多くないし、ひとつのパーティーに一人いれば十分だから、盗賊同士の交流ってそんなに活発じゃないんだよ。冒険者みたいに、教えてもらわないとスキルを覚えられないわけでもないからね。そういうわけだから、残念だけど力にはなれそうにないかな」

 

 クリスが残念そうに、ごめんねと両手を合わせる。

 俺はそんなクリスに。

 

「犯人は警官に包囲されながら逃げたって話なんだが、盗賊職にはそんなスキルがあるのか?」

「そうだね。逃走スキルっていうのがあるから、それじゃないかな。でも、盗賊が逃げる時には、バインドとかワイヤートラップとか、いろいろ便利なスキルがあるんだけど、その犯人っていうのはそういうスキルを使ったの?」

 

 クリスに聞かれたセナが、困惑したように首を傾げ。

 

「えっ、いえ……。私はその場にいたわけではないので、話を聞いただけなのですが。バインドなどを使ったという報告は聞いていません」

「それってちょっとおかしくない? まあ、盗賊職だって事を隠そうとしたのかもしれないし、スキルを使わなくても逃げられる状況だったのかもしれないから、断言は出来ないけど……」

「で、では、サトウさんの言っていたとおり、犯人は盗賊職ではない……?」

 

 クリスの言葉に、セナが驚愕した表情で俺を見る。

 ……俺はただサキュバスが経営している店の事を知っていただけなので、そんなに尊敬の目を向けられると困るのだが。

 聞けそうな事は聞いたので、俺達がクリスのもとを離れようとすると、セナが振り返って。

 

「すいませんクリスさん。最後にひとつだけいいですか? ただの確認ですので。……もちろん、これは任意の質問なので、断っていただいても構いませんが」

 

 セナが、嘘を感知する魔道具をテーブルに置き、クリスに問う。

 

「いいよいいよ。嘘なんか吐かないから、なんでも聞いてよ」

「お前、裁判の時に俺が追いつめられてるのを見て、ぱんつを盗んだ罰が当たってざまあみろと思ってなかったか?」

「……!? お、思ってません」

 

 ――チリーン。

 

「……ほう? どういう事ですかねクリスさん。さっき悪かったって言ってたのはなんだったんだ? おい、本当は全然反省してないんじゃないか?」

「待って! ねえ待ってよ! これって事件と関係ないよね!」

「サトウさん!? 魔道具を私的に利用するのはやめてください! そ、それに、この魔道具はあの取り調べ室の魔法と連動しているので、ここでは真偽の判断を間違う事もありますよ! ……クリスさん、あなたはこのところ街で多発している下着泥棒ですか?」

「ち、違うよ……!」

 

 ネチネチと追及する俺に涙目になったクリスが、セナの質問に答える。

 もちろんベルは鳴らない。

 

「ご協力ありがとうございました」

 

 

 

 涙目のクリスをダクネスが慰める中、俺はめぐみん、セナとともに酒場の奥へと進んでいく。

 

「なあなあ、その嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具で、この場にいる全員に、あなたは下着泥棒ですかって聞いて回ればいいんじゃないか?」

「この場にいる全員にですか? し、しかし……。この魔道具はあの取り調べ室の外で使うと、きちんと作動しないかもしれないので……。絶大な効果を持っているからこそ、安易に頼ってはいけないと教えられています。サトウさんの提案で持ちだしてきましたが、本来はこういった形で使うものではないのです」

「いや、屋敷に持ってきたくせに何言ってんの?」

「……ッ。そ、それに、令状もないので尋問は任意のものになりますし……。これを使っての尋問は、される側としても不愉快なものでしょうから……」

 

 俺のツッコミにちょっと詰まるが、セナがめげずに反論してきた、そんな時。

 めぐみんが俺達から離れ、酒場の隅へと行き。

 

「あなたはさっきから、なんなんですか? チラチラチラチラと見てきてうっとうしい! 話しかけたいのなら、自分から話しかけてくればいいではないですか!」

「ええっ! 話しかけても良かったの? だ、だって、あの検察官の人もいるし、何か用事があって来てるみたいだから、邪魔しちゃ悪いと思って……!」

 

 めぐみんが、酒場の隅の席で、一人寂しくボードゲームをしていたゆんゆんに絡んでいく。

 

「そんな事を言っていたら、誰にも話しかけられませんよ! 邪魔だったら邪魔だと言いますから、とりあえず話しかけてくればいいでしょう!」

「そ、そんなの無理! 面と向かって邪魔なんて言われたら、立ち直れないし……!」

「ああもう! 面倒くさい子ですね! 時々ものすごく大胆になるくせに、どうして人に話しかけるというだけの事が出来ないのですか!」

 

 めぐみんが、手にしていた杖の先でゆんゆんの頬をぐりぐりし、ゆんゆんが涙目になるが……。

 ゆんゆんもちょっと嬉しそうにしているし、あの二人の事は放っておこう。

 俺が、少しだけ微笑ましく思いながら、酒場の中を見回していると。

 

「おっ! カズマじゃねえか。最近見かけなかったが、でかい屋敷に住んでるんだってな? 羨ましいねえ! 屋敷でのんびり冬を越すなんざ、ベテラン冒険者でも憧れるような生活じゃねえか。おまけにお前さんの周りにゃ、見た目だけは綺麗なのが集まってるしな……。お前さんがそんなんじゃないってのは分かってるが、この時季になると俺も人肌恋しくなってな」

 

 俺に声を掛けてきたのは、酒を片手に赤い顔をしているチンピラ冒険者、ダスト。

 そんなダストに、セナが、俺を尋問していた時のような冷たい目を向けて。

 

「小さな犯罪を繰り返し、何度も捕まっている、チンピラ冒険者のダスト……ですか。サトウさん、あまり素行の悪い人物と付き合うのはどうかと思います」

「おうコラ、お前さん、セナっつったか? いきなりご挨拶じゃねえか! 俺とカズマは、お前さんなんかじゃどうにも出来ねえような深い絆で結ばれてんだよ!」

「深い絆……? 裁判の時もそんな事を言っていましたが……」

「ただの知り合いです」

 

 冷たい目で俺を見てくるセナに、俺は事実を告げる。

 

「おいカズマ!? 俺達の仲はそんな浅いもんじゃねえだろ! 俺達、親友じゃなかったのかよ!」

「そんな事より、最近噂になってるっていう下着泥棒について何か知らないか?」

 

 俺の言葉に、ダストは俺と一緒にいるセナをじろじろと見て。

 

「あん? よく分からんが、その下着泥棒を捕まえようとしてるって事か? って事はよ、ここはお前さんの奢りだよな? 犯罪者逮捕に協力するんだ。捜査協力費ってのが出るのは当然じゃねえか?」

「あ、あなたという人は……! サトウさんは報酬の交渉などせずに、快く協力に応じてくれましたよ! あなたも冒険者として、市民のために微力を尽くそうとは思わないんですか?」

「はあー? 俺は冒険者として、日頃からモンスターを倒して市民を助けてるじゃねえか。それなのに金がなくて、冬を越せるかも分からねえんだぞ? そんな俺に、タダ働きしろってか? そりゃ俺に死ねって言ってんのか? 俺はカズマ達みたいに懐に余裕がねえからな。働いたらその分の見返りが欲しいってのは当然の事じゃねえか。タダ働きなんか誰がするかよ」

 

 ダストの正論に、セナが悔しそうな顔をする。

 あれっ……?

 そういえば報酬の交渉なんかしていないが、これってタダ働きなんだろうか?

 バニルの討伐報酬が入ったし、別に金が欲しいわけではないが……。

 

「どう見ても酒を飲んでいるだけのようにしか見えませんが……? 冒険者としてクエストを請けているのならともかく、このところ、冬になったり、魔王軍幹部討伐で懐が暖まったりして、冒険者達が働かなくなっているという報告を聞いています。どうせクエストがなくてダラダラしているだけなら、その時間を市民のために充ててもいいではないですか」

「おいおい、お前さん、さっき俺の事をなんて言ったんだ? 素行の悪いチンピラ冒険者が、そんな事するわけねーだろ。優秀なはずの検察官様は、そんな簡単な事も分からないんですかねえ?」

「こ、この男……! サトウさん、やはりこんな男とは縁を切るべきです!」

 

 ……俺も昼に起きだしてきて、こたつに入ってダラダラしていたんですが。

 バニルを討伐するまでは、国家反逆罪の疑いを掛けたり魔王軍のスパイの疑いを掛けたりして俺に冷たい目を向けていたくせに、セナの中で俺の評価はどうなっているのだろう。

 

「正直に言えば、自分はあなたも容疑者だと考えています。前回の新月の夜、どこで何をしていたか聞かせてもらえますか? これは任意の事情聴取なので断る事も出来ますが、断れば心証が悪くなりますよ」

 

 セナがそう言いながら、嘘を感知する魔道具を取りだしテーブルに置く。

 

「ああ? その夜はここの酒場で宴会やってたな。カズマ達も一緒だったぜ。こいつのところのプリーストのおかげで盛り上がって、べろんべろんに酔っぱらってたな。久しぶりに飲みすぎて、帰りはテイラーに肩を貸してもらったくらいだ」

「……嘘ではないようですね。下着泥棒が警官隊の前に現れ、包囲から逃げていったのは、その夜の事だそうです。まともに歩けないほど酔っぱらっていたという事は、あなたは犯人ではないようですね」

 

 …………ん?

 

 セナが、さらにダストにいくつか質問する中、俺は自分の記憶を思い返し冷や汗を流していた。

 ……セナが言っている下着泥棒というのは、俺の事じゃないか?

 いや、待ってほしい。

 俺は下着なんか盗んでいない。

 ただ、あの夜は酒を飲んで気分が良くなった勢いで、なぜか高いところに登りたくなり、冒険者のステータスに物を言わせて家々の屋根の上を駆け回ったりした。

 なぜか敵感知のスキルに反応があったので、千里眼や潜伏を駆使して逃げ延びたのだが……。

 まさかあの夜の行動が、下着泥棒のせいにされているとは。

 普通は屋根の上になんか登らないし、このところ下着泥棒の犯行が騒がれているというから、あの夜の俺を下着泥棒だと勘違いしたのだろう。

 というか、これってマズいのではないだろうか?

 下着泥棒が捕まらないのは、俺のせいで間違った犯人像が広まって、捜査が変な方向に行っているからなのかもしれない。

 ……俺、また捕まるの?

 国家反逆罪で捕まった時も牢屋の中は寒かったのに、本格的な冬が到来した今、牢屋の中はあの時よりも寒くなっているはずだ。

 

 …………。

 ……………………。

 

「よし、分かった! 俺がこの手で下着泥棒を捕まえてやる!」

「……? どうかしましたかサトウさん。まあ、やる気を出していただけたなら、自分としては助かるのですが……」

「すいませーん、こっちにもクリムゾンビアーひとつください!」

「サトウさん!?」

 

 俺は、声を上げるセナをよそに。

 

「なあダスト、頼みたい事があるんだが」

「ほーん? さっきも言ったが、いくらお前さんの頼みとはいえ、タダで聞いてやるほど俺は安くないからな。……そうだな、まずは酒でも奢ってもらおうか」

「こ、この男……!」

 

 セナが怒りに震える中、俺は運ばれてきた酒を飲み。

 

「んぐっ……! 久々に酒場で飲む酒は美味いな! どうせお前ら、冬越しの金が足らなくなったら困るとか考えて、安い酒しか飲めてないんじゃないか? 今日の俺は気分がいいから、この店で一番高い酒を奢ってやるよ!」

 

 俺の言葉に、ギルドにいた皆が歓声を上げ……。

 

「あ、あの、サトウさん!? それは一体どういう……!」

 

 セナがオロオロする中、俺が奢った酒をきっかけに、宴会が始まった。

 

 

 

 ――しばらくして。

 俺は宴会が盛り上がり、皆が酒を飲んで程よく酔っぱらうのを見計らって、セナに嘘を感知する魔道具を貸してもらい……。

 

「おいお前ら、これを見ろ! 知らない奴もいるかもしれないから説明すると、警察署で使われてる、嘘を吐くとチンチン鳴るっていう魔道具だ! 例えば、……そこのなんちゃって貴族令嬢、ララティーナお嬢様に質問ですが、お嬢様の腹筋が割れているというのは本当ですか?」

「誰がなんちゃって貴族令嬢だ! 私は正式な……というか、ララティーナと呼ぶのはやめろ……!」

「で、腹筋は割れてるのか?」

「……割れてないです」

 

 ――チリーン。

 ベルが鳴り、その場にいた全員の視線が、ダクネスの腹に集まって……。

 涙目のダクネスをクリスが慰める中、俺は魔道具を掲げながら。

 

「と、こんな風に、誰かに恥ずかしい質問をしたり、秘密を暴いたりするのに使えるぞ。魔道具はこのテーブルに置いておくから、好きに使ってくれ。まあ、宴会の余興みたいなもんだ。質問されたら、正直に答えてもいいし、嘘を吐いてもいいが、何も言わずにやり過ごすのだけはやめろよ。そんなの面白くもなんともないからな」

 

 そう言って俺が魔道具をテーブルに置くと、クエストを請ける事もできず暇を持て余していた冒険者達が、我先にと群がってきて……!

 

「な、なあ……。俺達って、付き合ってるんだよな? この前、酒場でたまに相席する冒険者が、君が他の男と一緒にいるところを見たって言ってたんだが……。ひょっとして、浮気してるわけじゃないんだよな?」

「当たり前じゃない! 私が好きなのはあなただけよ!」

 

 ――チリーン。

 

「前々から思ってたんだが、お前、カードゲームで賭けをする時、イカサマしてないか? いくらなんでも勝率が高すぎるって、ずっと思ってたんだ」

「バ、バカな事を言うな! 仲間同士でイカサマなんて、するわけないだろ……?」

 

 ――チリーン。

 

「ねえダスト、あんた、あたしにかなりの借金があるけど、それって返すつもりあるの? ていうか、キースとテイラーからも借金してるみたいだけど、ちゃんと返すんだよね?」

「当たり前だろ! いくら俺がクズでも、仲間からの借金を踏み倒すほどクズじゃねえ!」

 

 ――チリーン。

 

「あのさ、ダクネス。いい機会だし聞きたいんだけど、二人でパーティーを組んでた時、たまにあたしのバインドを食らってたのって、あたしが失敗したんじゃなくて、わざとだよね?」

「そそそ、そんなわけがないだろう! 私はクルセイダーとして、仲間を守るために……! そんな、縛られたくてわざとバインドを受けるなんて、そんなわけがないだろう!」

 

 ――チリーン。

 

「ね、ねえめぐみん。私達って、しんゆ……、と、友達……、…………。私達って、友達だよね!」

「私とゆんゆんは、友達ではありませんね」

 

 …………。

 

「え、宴会の余興……? 事件捜査に使われる貴重な魔道具が、余興……?」

 

 いろいろな人が魔道具を使い、とあるチンピラがボコボコにされたり、とある変態痴女が呆れられたり、とある紅魔族の少女が泣いて逃げだしたり、大騒ぎになる中。

 自分の持ってきた魔道具がおかしな使われ方をしている事に、セナがショックを受けたように呟く。

 

「お、落ち着け。これも作戦なんだって。もう少しだけ様子を見ててくれよ」

 

 ――しばらくして、嘘を感知する魔道具による興奮が少し落ち着いた頃。

 

「なあ、このところ、街で下着泥棒が噂になってるって知ってるか? 逃げ足が速くて、警察も捕まえられないらしいぜ。犯人は冒険者じゃないかって話だ。ひょっとして、お前じゃねえよな?」

「はあ? そんなわけないだろ。というか、この街の男性冒険者が下着泥棒なんてするわけないじゃないか」

 

 ダストの質問に、その男性冒険者は怪訝そうにしながらも答える。

 ダストはその後も、冒険者達に同じ質問をしていくが、誰もが自分は下着泥棒ではないと、嫌な顔もせず素直に答える。

 ……ベルは鳴らない。

 宴会の余興と言われた事と、酒が入った事で、嘘を感知する魔道具を使った質問でも、あまり嫌悪感が湧かなくなっているようだ。

 その様子を見ていたセナが、驚いた様子で。

 

「あ、あんなに簡単に質問を……。サトウさんは、最初からこれを狙って……?」

「お、おう……。いや、そんなに素直に尊敬した目で見られても困るんだが」

 

 日本ではおもちゃの嘘発見器がパーティーグッズとして売られていたから、そこから思いついただけなのだが。

 と、俺がセナの素直な賞賛に気まずい思いをしていると……。

 

「カズマカズマ! カズマの言ったとおりでしたよ! 皆が嘘を感知する魔道具を使って盛り上がっているのに、こそこそと逃げだす人がいました」

 

 俺に言われて出入り口のドアを見張っていためぐみんが、そう報告してくる。

 

「おっ、でかしためぐみん! ええと……、こいつか。こっちをすごく警戒してるな。敵感知に反応がある。じゃあ、俺が一人で捕まえてくるから、めぐみんは他に怪しい奴がいないか見張っててくれ。ひょっとしたら何かの勘違いかもしれないし、あんまり騒ぎを大きくしない方がいいだろ」

「サ、サトウさん、あなたという人は……!」

「えっ……。いや、その」

 

 感動したように俺をじっと見つめてくるセナから、俺は目を逸らす。

 冒険者であれば警察がすでに見つけだしているだろうから、多分、犯人は一般市民だろう。

 一般市民が相手なら、この場にいる冒険者達が追いかければ、簡単に捕まえられてしまう。

 ……警察の包囲から逃げだしたはずの下着泥棒が、簡単に捕まってしまっては変に思われるだろうから、俺だけが追いかける状況を作り、苦労話をでっち上げようとしていたのだ。

 

「しかも、相手は警官の包囲から逃げだすような凄腕の冒険者……! それなのに、危険を承知でたった一人で追いかけるのですね……! 心から謝罪させてください。街の噂に目を曇らされ、自分はあなたを見誤っていました。あなたこそ、真の冒険者です……!」

「あっはい」

 

 目をキラキラさせ、俺を見つめてくるセナ。

 ……自分で狙った状況ではあるのだが、すごくやりにくい。

 俺がそんな事を考えていると、ダストがやってきて。

 

「おいおい、あいつが下着泥棒だったのか? なあ、検察官さんよ。俺達があいつを捕まえたら、褒賞金でも出るのか?」

「そ、それは……。分かりました。特に賞金などが懸かっているわけではありませんが、少しくらいなら自費で出します。犯人を捕まえてくださった方には、一回分の酒代を支払うという事で、いかがでしょうか?」

「おう、お前ら! 下着泥棒を捕まえたら、そこの恋人いなさそうな検察官さんが酒を奢ってくれるってよ!」

「「「うおおおおおっ!」」」

 

 ……えっ。

 さっきまで酒を飲んで酔っぱらい、嘘を感知する魔道具を使って盛り上がっていた冒険者達のほとんどが、下着泥棒を追いかけようと出入り口に詰めかけていた。

 このところクエストを請ける事もできず、暇を持て余していたせいで、こういう機会を待ち望んでいたのかもしれない。

 何それ困る。

 相手は一般市民だろうから、冒険者が追いかけたら簡単に捕まってしまう。

 そうしたら、下着泥棒の逃げ足が実は速くない事がバレてしまい、警官の包囲から逃げたのが俺だとバレるかもしれない。

 それはマズい。

 俺は、冒険者達とともに、下着泥棒を追ってギルドを飛びだし……。

 

「おい、近づきすぎだろ! もっと離れろ! 邪魔なんだよ!」

「な、何よ! 私の事を守ってくれるんじゃないの?」

「お前、俺より先に下着泥棒を捕まえて、セナさんに奢ってもらうつもりだろ! そうは行くか! 卑怯者め!」

「ち、違う! ああ、クソ! こんな時まで、カードゲームの事を引きずるなよ! みみっちい奴だな!」

 

 ……なんかチームワークが乱れている気がするんだが、それはともかく。

 敵感知を駆使し、道をショートカットして先頭集団に追いついた俺は。

 

「お前さんが下着泥棒だな! おい、止まれ! 止まれっつってんのが聞こえねえのか!」

 

 下着泥棒に追いつきそうになっているダストの頭上に。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 俺が手を向け唱えると、道の脇に建っていた家の屋根に積もった雪が、水がぶつかった衝撃で落ちてきて、ダストに降りかかった。

 

「ぶわっ! カズマ! てめー、何しやがる!」

「おっとすまん。下着泥棒の進路を塞ぐつもりだったんだが、思ったよりも走るのが速かったんだ。大丈夫か?」

「ふざけんな! そんな言葉に俺が騙されると思うのか! お前、金持ってるくせに、そんなにあの検察官に奢ってもらいてえのか!」

「一回分の酒代、プラス一回分の喫茶店代」

「よしカズマ! 今の事は気にすんな! 協力してあいつを捕まえようぜ!」

 

 俺はダストと協力し、下着泥棒を追いかける冒険者達を密かに妨害して、白熱の追跡劇を演出した。

 下着泥棒は一般市民らしく、必死で逃げているのだが冒険者からは逃げきれず……。

 下着泥棒を捕まえ、ボロボロになった冒険者達と、冒険者ギルドに戻ると。

 

「その方が下着泥棒ですか? 冒険者のようには見えませんが……。えっ? サトウさんの言っていたとおり、一般市民? し、しかし、これだけの数の冒険者の皆さんが、それほど苦労して捕まえたのですから、さぞや逃げ足が速かったのでしょう。皆さん、ご協力ありがとうございました」

 

 そう言って深々と頭を下げたセナに、逃げ疲れぐったりしている下着泥棒を預けて。

 

「皆、ご苦労さん! この寒い中、街中を走らされて疲れただろ? 酒飲んで体を温めようぜ! 今日は俺の奢りだあああああああ!」

 

 そんな俺の言葉に、ボロボロになった冒険者が歓声を上げる。

 

 ……正直すまんかった。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 俺は昼過ぎに起きだし広間に行くと、いつものようにこたつに入る。

 俺がぬくぬくしていると、ダクネスが俺の前に昼食の残りを置きながら。

 

「まったく、どうせこたつに入ってダラダラしているなら、せめてもっと早くから起きてきたらどうだ?」

「どうせこたつに入ってダラダラするんだから、何時に起きてきても一緒だと思います」

「お、お前という奴は……! こないだ、警察も捕まえられずにいた下着泥棒を捕まえた時には、少しは見直したというのに」

「そんな事より、俺はダラダラしていたいんだよ」

 

 ――俺達が下着泥棒を捕まえた後。

 取り調べ室で嘘を感知する魔道具を使い、セナによる尋問が行われたという。

 それによって、容疑者だった下着泥棒が犯人だった事が確定し、今は裁判に向けて証拠を集めているところらしい。

 下着泥棒の名前や身分についても、わざわざ屋敷に来たセナから丁寧に説明されたが、興味がないので聞き流していた。

 警官の包囲から逃げたのが俺だという事は、バレずに済みそうで安心している。

 計画通り……!

 

「……ん。食器を片付けるついでに、お茶でも淹れてきてやろう。お茶はどうですかアクア様」

「いえダクネス、アクア様のお茶なら私が淹れますよ」

 

 笑いを堪えながらそんな事を言う二人に、ソファーに膝を抱えて座っていたアクアが。

 

「やめて! 女神だなんて思ってないくせに、からかわないでよ! 私が女神なのは本当の事なんだから! かわいそうな子扱いしないでよーっ!」

 

 なぜか嘘を感知する魔道具を使っても反応がなかったアクアは、自分の嘘を本当だと思っているかわいそうな子と認定され、解放された。

 ここ数日、その事でアクアを女神扱いしてからかうのが屋敷で流行っている。

 

「そういえば、セナが言っていたが、犯人は盗んだ下着をすべて保管していたそうだが、めぐみんの下着だけは見つかっていないらしいな。それに、下着泥棒はこの屋敷に盗みに入った事もないと言っているらしい。嘘を感知する魔道具によれば、その証言は嘘ではないらしいが……」

「盗まれたというのは勘違いで、単に紛失しただけなのかもしれませんね。旅行に行ったわけでもないのに、下着を紛失するというのもおかしな話ですが」

 

 めぐみんとダクネスが、そんな事を話し合いながら首を傾げている。

 と、俺がダクネスの作った料理を食べていると、こたつの中の足が何かに当たった。

 このこたつはかなり大きく作ってあるから、普通にしていれば誰かの足がぶつかるという事もないはずなのだが……。

 …………。

 ふと、コタツの中を覗いてみると、そこにはちょむすけが、黒い下着を枕のようにして頭を乗せ眠る姿が。

 

「おい」

 

 そういえば以前、ちょむすけに、めぐみんの下着を持ってきたら美味しい餌をやると教えこもうとした事があった。

 あの時はめぐみんに見つかって失敗したが、この賢い猫は俺の言った事をきちんと理解していたようだ。

 俺が、こたつの中に手を入れ、ちょむすけから下着を取り上げようとしていると……。

 対面に座っているめぐみんが、こたつの布団を持ち上げ、向こう側からこたつの中を覗きこんできて。

 

「あの、カズマ。いくらなんでもそこまで直球のセクハラはどうかと……、……!?」

 

 俺の行動を勘違いし、スカートの裾を押さえためぐみんが、ちょむすけが枕にしている黒い下着を見つけ、言葉を止める。

 

「……そういえば、あなたは以前、ちょむすけに美味しい餌と引き換えに私の下着を取ってくるように教えこんでいましたね」

 

 嫌がるちょむすけから取り戻した下着を懐にしまいながら、めぐみんがジト目でそんな事を……。

 

「い、いやちょっと待て。あの時は結局、ちょむすけは俺の言う事を聞かなかったんだからノーカンだろ。今回だって俺のところに持ってきたわけじゃないんだし、あの時の俺の言葉とはなんの関係もないはずだ。自分の飼い猫がやった事を人のせいにするのはどうかと思う」

「まあそうですが。参考までに聞いておきたいのですが、カズマがこたつの中に手を突っこんでいたのはなんのためでしょうか? 持ち主である私が目の前にいるのですから、私に教えてくれればいいと思います。まさか、私の下着をこっそり手に入れようとしていたわけではありませんよね」

「あ、当たり前だろ。俺はただ、めぐみんに教えるより自分で取った方が早いと思っただけで……」

「そういえばダクネス、今回の件で、たまになら嘘を感知する魔道具を借りられるようになったそうですね」

「あ、ああ……。貴重な魔道具だし、本来なら魔法の掛かった部屋から出すべきものではないのだが、カズマなら、より効果的な使い方を見つけられるかもしれないという話だったな」

「ではダクネス、早速ですが、借りてきてもらってもいいでしょうか? カズマはあの魔道具の前でも同じ事を言えますか?」

 

 ……クソ、貴重な魔道具なら警察署の中でだけ使っていればいいのに!

 俺はそんな事を思いながら、速やかにこたつから出て土下座をした。

 




・石鹸ネタ。
 特典SS『アクアの泡開発』より。

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