時系列は、6巻1章。
――それは、俺考案のライターが搬入され、ウィズの店がかつてない賑わいを見せた日の夜。
屋敷の広間にて。
「明日はウィズのお店を手伝ってあげようと思うの」
夕食が終わって皆で寛いでいると、アクアがそんな事を言いだした。
「今日の様子からして、明日もきっと忙しくなるでしょう? ウィズにはいつも美味しいお茶をご馳走になっているし、あのお店は私の縄張りみたいなものだから、私も接客を手伝ってあげようと思うのよ」
良い事を思いついたと言わんばかりの顔で明日の予定を語るアクアに、俺は。
「おいやめろ。余計な事をするのはやめろよ。ウィズには俺も世話になってるし、お前が手伝いに行こうとしたら全力で止めるからな」
「……? ちょっと何を言ってるのか分からないんですけど。ウィズにはいろいろとお世話になってるから、お店を手伝ってあげたいって言ってるんじゃない」
「お前が余計な事をすると、どうせロクでもない事になるだろ。せっかくライターのお陰で黒字になってるらしいし、しばらくそっとしておいてやれよ」
「ねえカズマ。なんだか私がお店を手伝うと、赤字になるって言ってるみたいに聞こえるんですけど」
「そう言ってるんですけど」
俺が、激昂し飛びかかってきたアクアを迎え撃ち揉み合っていると、食後のお茶を淹れてきたダクネスが。
「お茶が入りましたよ、ご主人様」
サイズの小さいメイド服を着たダクネスが、そんな事を言いながら俺の前にお茶を置こうとし、カップを引っ繰り返した。
「うあっちいいい!」
「ああっ! すまんカズマ! 手が滑って……ッ! い、いや、申し訳ございませんご主人様。ただいまお拭きいたします! それと、どうかこの不出来なメイドに罰を……! ハァハァ……!」
俺は濡れたズボンの股間部分を拭こうとするダクネスを振り払い。
「いや、お前は何をやってんの? 思いきり素で失敗してたじゃねーか! もういいよ! 自分で拭けるから普段着に着替えてこいよ!」
「ええっ! ではお仕置きはどうなるのだ?」
「お仕置きなんかしないって言ってるだろ。お前の場合、こういう機会にお仕置きすると、また同じ失敗をするだろうし」
「しかし、メイドとして仕事を失敗したのだから、お仕置きを受けるのが当然ではないか?」
「よし、じゃあその格好のままダスティネスの屋敷に戻って、親父さんに……」
「すぐ着替えてくる!」
俺が言い終わる前に、ダクネスは逃げるように階段を上っていく。
と、ダクネスがお茶を引っ繰り返した時に避難していたアクアが寄ってきて。
「カズマさんのカズマちゃんが大変だわ! 待ってて。今、ヒールを掛けてあげるわね」
「おいちょっと待て。言い方に悪意を感じるんだが」
アクアにヒールを掛けてもらう俺に、ゴミを見るような目をしためぐみんが。
「というか、あなた達は何をやっているのですか。カズマは紅魔の里で……その、いろいろあって、ソワソワしているのではなかったのですか? 私の前でダクネスと乳繰り合うのはどうかと思います」
「な、なんだよ。別に乳繰り合ってなんかいないだろ。ダクネスが、王女様に会う時にKIMONOはやめろとか無礼を働くなとか言うから、こっちも一週間メイド服でご奉仕しろって条件を出しただけだ。というか、ソワソワなんかしてないって言ってるだろ。お前、自分で言ってたくせに、悪魔の言う事に翻弄されるなよ」
「べべべ、別に翻弄されてませんよ!」
「このところ、アルカンレティアに行ったら魔王軍の幹部と戦う事になったり、紅魔の里に行ったら魔王軍の幹部と戦う事になったりしてたし、たまにはこれくらいの役得があってもいいと思う。むしろ、湯治に行こうって誘ったり、ツンデレを発揮して里帰りしたがったりしためぐみんが、俺にご奉仕してくれてもいいと思うんだが」
「アルカンレティアで魔王軍の幹部と戦う事になったのは、私のせいではないと思いますが……。確かに、紅魔の里行きに関しては世話になりましたし、……その、メイド服を着て給仕の真似事をするくらいなら……」
「おっ。いいのか? なんだ、言ってみるもんだな。それじゃあ、ダクネスが着てたメイド服を借りてきて……、…………」
少しずつ声が小さくなっていき、ついには黙りこむ俺に、めぐみんが。
「おい、どうして私の胸を見て露骨にガッカリした顔になるのかを教えてもらおうか」
*****
――翌日。
「おはようございます、ご主人様。朝ですよご主人様。いや、朝というか、もう昼前だ! さっさと起きてください、ご主人様! ……おいカズマ! 起きろ! 早く起きてくれ! 大変だ! ウィズの店が大変なんだ!」
深夜まで起きてゲームをやり、朝方眠りに就いたばかりの俺を、メイド服姿のダクネスが起こしに来た。
「……なんだよ、昨夜は遅くまでゲームやってて眠いんだよ。それに、メイドさんだったら、もっと優しく起こしてくれよ。お前、メイド服を着てご主人様って言っておけばメイドさんだと思ったら大間違いだからな? メイドさんってのは奉仕の精神が大事なんだ」
「そんな事はどうでもいい! このままではウィズの店が大変な事になる!」
「ウィズの店……? なんだよ、どうしたんだ?」
「さっき、アクアがウィズの店を手伝いに行くと言って出掛けていった」
……あれだけやめとけって言ったのに、あのバカ!
めぐみんはどこかに出掛けていて、ダクネスはメイド服姿で出掛けるのを嫌がったので、俺一人でウィズの店に行く。
店の前には珍しく客が行列を作っていて、その向こうでは……。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今からなんと、このライターが合図と共に消えてなくなりますよ!」
アクアが、すごく嫌な予感のする芸をやっていた。
俺は駆け寄って止めようとするも、客が邪魔でなかなか前へ進めず。
「種も仕掛けもありません! この布をライターに掛けます! そして消えろと念じます! 消えろー、消えろー……。さん、はい!」
「「「「うおおおおおっ!?」」」」
被せていた布を取り払うと、ライターは消えている。
並んでいる客が盛り上がる中、アクアの隣でニコニコしていたウィズが。
「すごいですねアクア様! きっとこれで、ライターを買ってくれるお客さんが増えましたよ! ……あの、アクア様? 消したライターを出してもらえませんか? お客さんを待たせてしまいますよ」
「ウィズったら、何を言ってるの? ライターは消しちゃったんだからもうないわよ? さあ今度は、売るための新しいライターをちょうだい」
「ええっ! それは困りますよ! 仕入れと売り上げの数が合わないと、バニルさんに怒られますよアクア様」
……アイツには学習能力ってもんがないのだろうか。
「まったく、ウィズはどうしてあんなのに大きな顔をさせているのかしら。この店の店主はウィズなんだから、もっと堂々としていたらいいと思うの。それに、私は女神なのよ? あんな木っ端悪魔に怒られたところで、ちっとも怖くないわ。あとカズマさんに怒られるのも別に怖くないんだからね。ちょっとしか。ええ、ほんのちょっとしか怖くないわ」
客の行列を通り抜け、アクア達の下に辿り着いた俺は、ウィズに向かって何か言い張っているアクアの後頭部を引っ叩いた。
「このバカ! どうせロクな事にならないんだから、手伝おうとするのはやめろって言っただろ! 俺の言ったとおりになってるじゃないか。売り物のライターを消しちまってどうするんだよ!」
「何よ! 邪魔しないでよ! ウィズは来てくれてありがとうって言ってたし、カズマに文句を言われる筋合いはないんですけど!」
「そ、そうですよカズマさん。アクア様は私のためを思って手伝ってくださっているんですから、あまり怒らないであげてください」
迷惑を掛けられたのに、ウィズがアクアを庇おうとする。
「ウィズもコイツを甘やかすなよ。どうせ迷惑しか掛けないんだから、手伝いなんか断ってくれていいんだからな? というか、昨日は客がたくさん来て、ライターが足りないくらいだったはずだろ。客が多いから接客を手伝うっていう話だったのに、どうしてライターを減らして客を増やしてるんだよ? これ以上客が増えたって、売れる物がなかったら意味がないだろ」
「ほーん? カズマったら、狡すっからい手を使って強敵相手にも勝ち逃げして、ここのところ調子に乗ってるみたいだけど、賢い私の超すごい販売戦略には気づかないみたいね? いい? 客が来るのにライターがないって事は、ライターを買うためのお金が余るじゃない。そこで、普段は売れない魔道具を売りつければ、客は喜んで買っていくってわけよ。さあウィズ、今こそ売れない魔道具の売り時よ!」
「……!? すごいです、アクア様! そんな方法があるなんて……!」
バカな事を言いだしたアクアに、ウィズが目を輝かせ、魔道具を取りだすために一旦店の中に入って……。
…………。
「いや、そんなの上手く行くわけないだろ。ライターを買いに来たのにライターがなかったら、そのまま帰るに決まってるじゃないか。ウィズも、売れない商品がいきなり売れるようになるわけないんだから、欠陥魔道具を持ちだしてくるのはやめろよ」
「大丈夫ですよカズマさん。ライターを買いに来てくれたお客さんなら、きっとこの魔道具も気に入ってくれるはずです! いつでもどこでも火を点ける事の出来る魔道具ですから」
店のドアが開いた時、店の中にいたバニルがチラチラとこちらを見てきたが、接客に忙しいようで何も言ってこない。
「えっと、そんなものがあるんだったら、そもそも俺がライターを作ってもこんなに客が集まらなかったと思うんだが。どこか欠陥があるんじゃないのか?」
「いえ。これは一部の冒険者の間では旅の必需品とも言われる、とても人気のある魔道具なんですよ。昔、私が冒険者をやっていた時にもとてもお世話になりました」
懐かしそうに語るウィズの言葉に、ライターがないと言われガッカリしていた客達が身を乗りだす。
「ちなみにそれって、いくらするんだ?」
「そうですね。本日はライターを買いに来てくださったのに、売り切れという事になってしまったわけですし、少し値下げして九十万エリスで……あれっ? 皆さん、どうして帰ってしまうんですか! 待ってください! わ、分かりました、もう少しだけ値下げを……!」
ウィズが呼び止めようとするも、客達は帰っていく。
……少しくらい値下げしても、元の値段がライターとは比べ物にならないくらい高いのだから仕方がない。
あの魔道具を旅の必需品だと言う一部の冒険者とやらは、この街にはいないようなベテラン冒険者なのだろう。
と、店のドアが開き、やり遂げた様子のバニルが現れて。
「フハハハハハハハ! 今日の分もあっという間に売り切れたわ! これは追加で発注する必要があるかもしれぬ! この店で働きだしてそこそこ経つが、まさか追加発注に悩むほど儲かる日が来るとは……!」
感極まったように言葉を止めるバニル。
いつも好き勝手に生きているようだが、コイツも苦労してるんだなあ……。
そんなバニルは店の前の様子を見て。
「うむ。ポンコツ店主に災厄女神よ、そちらも上手く商品を捌いたようだな。何かと厄介事を巻き起こさずにはおれぬ貴様らの事、おかしな事をしでかすのではないかと気を揉んでいたが、流石にある物を売るだけで失敗するほどではなかったか」
「…………」
上機嫌にそんな事を言うバニルに、ウィズがさっと目を逸らす。
「……、どうやら無事に商品を売ったわけではないようだな。この状況で一体何をやらかしたのかは分からぬが、正直に話すが吉。さもなければ、貴様はバニル式殺人光線を浴びる事になる」
「そ、その……、ライターがなくなっているのは、売れたからではなくて、アクア様が消してしまったからでして……」
言いにくそうなウィズの言葉に、バニルがアクアを見ると。
アクアは、アクアの芸目当てに居残っている客達に向けて、どこからともなく大量のネロイドを出しながら。
「……何よ? 木っ端悪魔のくせして、このアクア様に何か文句でもあるのかしら?」
「ないはずがあるか、この大たわけめ! どうでも我輩の邪魔をするというなら、今日こそ決着を付けねばなるまい! まともに売れる商品を仕入れた、せっかくの機会をふいにしおって!」
「ほーん? せっかくウィズが嬉しそうにしてるし、今日くらいは見逃してやろうと思ったけど、そっちがその気なら仕方ないわね」
睨み合うアクアとバニル。
二人の間に漂う不穏な空気に、アクアの芸を見ていた客達も離れていき……。
と、いつものように二人が喧嘩を始めようとした、そんな時。
「あの、すいません。少しお聞きしたい事があるのですが……」
バニルの方を見てビクビクしながら、警官がアクアに声を掛けた。
「ウィズ魔道具店さんですよね。こちらでは、店の中だけでは客を捌けないかもしれないからと、店頭のスペースも使えるようにと販売許可の申請を出していますね。それについては許可が出ているのですが、あくまでも商品の販売許可が出ているのであって、大道芸はそこには含まれないんですよ。近所の方から、青い髪の女の人が大道芸をしているとの通報を受けてここに来たんですが、通報されたのはあなたという事でいいんですよね? というか、あなたは昨日もここで大道芸をやっていたという話ですが、昨日は許可を取っていないですよね? 似たような違法行為を何度もされるのは困りますよ。お手数ですが、署までご同行願えますか」
「待って! ねえ待ってよ! 今回の芸はあくまでも客を集めるためで、商売の一環っていうか……。ねえ、どうして誰も私を助けようとしないの? 私、お店を手伝うために来てあげたのに! 嫌よ、私は捕まるような事はしてないわよ! 私を誰だと思ってるの? 何を隠そう、水の……。あっ、すいません。同行するので手錠はやめてください。すいません」
警官に連行されていく女神を、悪魔とリッチーが見送っていた。
えぐえぐ泣いているアクアを警察署で引き取り、屋敷に帰ると。
引き攣った笑顔で出迎えたダクネスが、ペコペコと頭を下げながら。
「お、おお、お帰りなさいませ、ご主人様……!」
…………。
「……おい、今度は何を失敗したんだ? 言え」
「ななな、なんの話だ! 私は何も失敗していないし、お前の部屋になんか入ってもいない! あっ、待て! 違うんだ! 本当に違うんだ! その、悪気があったわけでは……!」
俺は縋りついてこようとするダクネスを避け、足早に自分の部屋へ行く。
そこでは――。
俺の留守中に、ダクネスが掃除をしようとしてバケツを持ちこんだらしい。
そのバケツが倒れ、中に入っていた水がこぼれて、ベッドの下にまで広がっていて……。
*****
――翌日。
「ま、待ってくれ! 本当に待ってくれ! 謝る! 謝るから許してください! 他の事ならなんでもする……いや、しますから、それだけは……!」
「おうコラ、俺のお宝をあんなにしておいて、無事に済むと思ったら大間違いだからな。今日はお前が本気で嫌がるお仕置きを山ほどしてやるから喜べ。まあ、どうしてもって言うなら、別のお仕置きにしてやってもいいけど」
「そ、そっちで! 別のお仕置きでお願いします!」
「その格好で冒険者ギルドに」
「……!! た、確かに冒険者ギルドよりは……。しかし……!」
「あんまり我が侭を言ってると、その格好で王女様との晩餐会に出させるからな。それで俺達が不敬罪に問われようが知った事か」
「おお、お前という奴は! お前という奴は……! そんな事になったら、本当にダスティネス家が取り潰しに……!」
「おら、分かったら抵抗するな! それとも、目的地を冒険者ギルドにされたいのか!」
ベッドの下のお宝を台なしにされた俺は、メイド服姿で街に出たくないと泣いて嫌がるダクネスを、屋敷から引きずり出そうとしていた。
そんな俺を、アクアとめぐみんがドン引きした目で見ているが、今の俺は気にならない。
涙目のダクネスが、そんな二人に。
「二人とも、頼むから見てないで助けてくれ……!」
「ダクネスには悪いけど、今のカズマさんは目が血走っていて何をしでかすか分からないし、関わり合いになりたくないんですけど」
「私も今のカズマには出来るだけ近づきたくありません。まあ、カズマの大切にしていたものを駄目にしてしまったらしいですし、仕返しされるのも仕方ないのではないでしょうか? それに、ダクネスはお仕置きされたがっていたではないですか」
「こ、こんなのは私が望んでいたお仕置きではない!」
ダクネスが人に見られないように路地裏を通ろうとするので、無駄に迷い、ウィズの店に着くのが予定よりも遅くなった。
俺達がウィズの店に着いた時には、すでに店の前には行列が出来ていて。
「よし、行けララティーナ。俺の言ったとおりにやれよ」
「ラ、ララティーナと呼ぶのは……! わ、分かった。お前の言うとおりにする! それは分かったが……。なあ、本当にこれはメイドの仕事なのか? 何かおかしい気がするのだが……」
「いいから、ほれ、早く言えって」
「……い、いらっしゃいませ、ご主人様!」
釈然としないような顔をしつつ、ダクネスがそう言って客に頭を下げる。
……コイツがこういう格好をしていると、メイド喫茶っていうよりイメクラみたいに見える。
俺がダクネスに列の整理を任せて店に入ると。
「いらっしゃいませ! あ、カズマさん。今日も手伝いに来てくれたんですか?」
「よく来た! ベッドの下の物を台なしにされマジ切れしたはいいものの、お仕置きと称して一線を越える度胸もなく、いつもの嫌がらせでお茶を濁そうとする小僧よ! 店の外にいるというのに、あの小娘の放つ羞恥の悪感情をビンビン感じるわ! フハハハハハ! 美味である美味である! おっと、ライター三つにバニル人形であるな。ご一緒にバニル仮面もいかがか?」
客にライターを売りながら、ウィズがにこやかに、バニルがニヤリと笑いながら俺を出迎える。
「べべべ、別に度胸がないとかじゃねーし! そんなんじゃねーし! ……ウィズ! 接客でも品出しでもなんでもやるぞ!」
「ありがとうございます。それでは、接客をお願いできますか」
「任せれ」
俺が、ウィズ、バニルとともに、次から次へと来る客を捌き続けていると……。
「いらっしゃいませ、ごしゅ……、…………。い、いや、違う。人違いだ。私はララティーナなんていう名前では……。ち、違うと言っているだろう! ええい、私をララティーナと呼ぶな!」
いきなり店の外でダクネスが騒ぎだした。
ダクネスの事を知っている冒険者がやってきたらしい。
……まあ、そのうちこうなるだろうと思ってたけども。
ウィズ魔道具店は、欠陥魔道具ばかり置いているが魔道具店なので、一般市民よりも冒険者の方が多く訪れる。
ダクネスは冒険者ギルドよりこちらの方がマシだと思っていたようだが、どちらでもあまり変わらない。
と、バニルが何もかも分かっているという表情で、顎で外を示すので、俺は外に出た。
店の外では……。
「いたたたたた! 痛い痛い! 出ちゃうから、中身が出ちゃうから!」
「ああああああ! 割れる、頭が割れる! クソ! おい、メイドさんがご主人様にこんな事していいのかよ!」
ダクネスをからかっていたらしい冒険者二人が、怒ったダクネスのアイアンクローを食らって悶絶している。
ダクネスが手を放すと、二人は頭を抱えてうずくまった。
俺は、肩で息をしながら二人を見下ろすダクネスに。
「おいララティーナ。ご主人様になんて事してるんだ」
「!?」
俺の言葉に、ダクネスが驚愕の表情で俺を見返してくる。
「いいかララティーナ。店員とメイドってのは、共通点が結構ある。店員は客のために働き、メイドは主人のために働く。店員は客に逆らわないし、メイドは主人に逆らわない。つまり、今のお前にとって、すべての客はご主人様って事だ。メイドがご主人様に襲いかかるわけないよな? 分かったら、何を言われても大人しくしてろよ。分かったかララティーナ」
「そ、それは……。わ、分かった。分かったから、ララティーナと呼ぶのは……」
「今日のお前はメイドのララティーナだ」
「お、おいカズマ、いい加減に……!」
「…………」
「……わわ、分かりましたご主人様」
何か文句を言おうとするも、俺が睨むと気まずそうに視線を逸らしたダクネスは、失礼しましたと言いながら、未だ悶絶している冒険者達を介抱し……。
――しばらくして。
引き続きダクネスに外を任せ、店の中に戻った俺が、客足が落ち着いた頃に外に出てみると。
「ララティーナちゃん可愛いですね! おっ、なんだその顔は? おいおい、メイドがご主人様に逆らうのか? この店のメイドは躾がなってねえなあ!」
マジ切れしているダクネスと、そんなダクネスをからかうダストの姿が……。
…………。
と、ダクネスが射殺すような目で俺を見て。
「……カズマ。お前が大切にしていた物を駄目にしてしまったのは、悪かったと思っている。だが、私にだって我慢の限界というものがある。これ以上耐えろと言うつもりなら、私にも考えがあるぞ」
「い、いや、客も捌けたし、今日はもういいよって言いに来たんですけど」
「……へっ?」
間抜けな声を上げたダストにダクネスが襲いかかっていき、締め上げられたダストの体から、人体から聞こえてはいけない系の音が聞こえてきた。
*****
――翌日。
「というわけで、今日の手伝いはめぐみんと行こうと思う」
「何がというわけなのかは分かりませんが、構いませんよ。ウィズには私も世話になっていますからね」
ウィズには俺達全員が世話になっているから、全員で手伝いに行きたいのだが、客がたくさんいるところに全員で行くと邪魔になるかもしれないから、日によってメンバーを替えて手伝う事にする。
……という言い訳でアクアを説得したのだ。
実際には、四人くらいいてもなんとかなるだろうし、邪魔なら店の外に出ていればいい。
というか、金を貰って商品を渡すだけなのだから、手伝いなんて要らないような気もする。
店を手伝うというより、アクアに店を手伝わせないための方便だ。
その辺りの事情をめぐみんに説明すると。
「そ、そうですか。その話、アクアが聞いたら泣きますよ。まあ、ライターを消したり店の前で騒ぎを起こしたりと、アクアが迷惑を掛けているのは事実ですからね。いいでしょう。いつもは爆裂魔法を撃って何もかも吹っ飛ばすだけの私ですが、今日くらいはアクアのフォローをしてあげますよ。こう見えて、食堂で働いていた事もあるのです。接客は任せてください」
そう言って、ドヤ顔で胸を張るめぐみん。
……なんだろう? すごく不安だ。
「誰がクソガキですか! その喧嘩買おうじゃないか」
「おいやめろ! 店員が客に襲いかかってどうするんだ! というか、接客は任せてくださいって言葉はなんだったんだよ!」
「離してください! 紅魔族は売られた喧嘩は買うのが掟なのです! その購入したライターもろとも爆裂魔法で木っ端微塵にしてやりますよ! ああっ、逃げます逃げます! 言うだけ言って逃げだすとは、なんという卑怯者!」
「今のお前を見たら誰だって逃げるに決まってるだろ!」
俺は、目を真っ赤にして客に襲いかかろうとするめぐみんを、後ろから押さえる。
めぐみんは、一般常識のないダクネスや、論外なアクアと違って、普通に接客は出来るのだが、ちょっとした事で凶暴化して客に襲いかかろうとする。
「……ったく、アクアのフォローをするとか言ってたが、お前も同じくらい問題児だからな。少しくらい我慢できないのか?」
「これでも少しは我慢しようとしているのですが……。というか、カズマより私の方がステータスは高いのですから、本気でやってやろうと思ったらカズマに止められてもボッコボコですよ」
「効果音に魔法使いらしさがちっとも感じられないんですけど。……ああもう! 紅魔族は知能が高いとか、アークウィザードは冷静沈着が売りとかいう話はどこに行ったんだよ? お前だってウィズには世話になってるんだから、ウィズのためにも我慢してくれよ」
「むう……。それを言われると弱いですね。分かりました。我慢しましょう」
「言っとくが、その台詞は今日だけで三回目だからな。俺のいた国には、仏の顔も三度までって言葉がある。どんなに優しい人でも、許してくれるのは三回目までって意味だ。今回は説教だけで許してやるが、次に同じ事をしたら……、…………」
少し考えてウィズを見る俺に、めぐみんが慌てた様子で。
「な、なんですか? 次に同じ事をしたら、私は何をされるんですか? 気を付けますからあまり過激な事はやめてほしいのですが。ダクネスは昨日、本気で泣いてましたし、今日は朝から部屋に引き籠もって出てこないんですからね」
「次に同じ事をしたら、ウィズにアルカンレティアに送ってもらうからな」
「!?」
アルカンレティアに送られたら自力で帰ってこられないめぐみんが、驚愕の表情を浮かべた。
と、接客に戻ろうとする俺に、バニルが。
「……ふぅむ。流石は三者三様に頭のおかしい仲間達をまとめ上げる保護者なだけはあるな。あの喧嘩っ早いネタ娘を思いとどまらせるとはやるではないか。特に嫌がらせの方法は、悪魔である我輩から見ても見事なものだ」
「おいやめろ。悪魔目線で褒められてもちっとも嬉しくないんだよ」
そんなこんなで、しばらくは平和に商売をしていたのだが。
「おう、邪魔だクソガキ。……おっと、なんだその顔は? この店は、店員が客に暴力を振るうのか? お前、アレだろ。毎日爆裂魔法を撃たずにはいられないとかいう、頭のおかしい紅魔族だろ。お前のせいでこっちは商売上がったりなんだよ!」
客と店員という立場を笠に着て、めぐみんに絡む男が現れ……。
「あれは狩人組合の者のようだな。爆裂娘が爆裂魔法を撃つせいで、狙っていた鳥が飛び立ち困っているらしい。相手が冒険者では正面から文句も言えぬが、客と店員という立場から気が大きくなっているようだな」
…………。
「いや、それってめぐみんの自業自得じゃねーか。相手の態度も悪いし、ここでキレるのは仕方ないかなって少しだけ思ったが、むしろ謝ってやるべきなんじゃないか?」
そんな事を言う俺の視線の先で、目を真っ赤にしためぐみんは。
「……今の私はウィズ魔道具店の店員です。今日のところは見逃してあげますから、買い物が終わったのならとっとと帰ったらどうですか」
……!
上級前衛職『狂戦士』の素質が誰よりもありそうな、短気なめぐみんが、喧嘩を売られたのにもかかわらず大人しくしているなんて……!
俺が密かに感動する中、男はめぐみんの態度が癇に障ったのか、ますますしつこく絡んでいく。
「けっ! 何が爆裂魔法使いだ! 爆裂魔法なんてネタ魔法しか使えないくせに、何がアークウィザードだよ!」
めぐみんが何よりも許せないという、爆裂魔法をバカにする言葉を吐く男。
それでも耐えているめぐみんに、俺がもういいんだと言おうとした時。
めぐみんの肩をポンと叩いたウィズが。
「めぐみんさん、お店のために我慢してくれてるんですね? ありがとうございます。でも、もういいんですよ。魔法使いは自分の使う魔法に誇りを懸けるもの。爆裂魔法使いのめぐみんさんが、爆裂魔法をバカにされて、黙っている事はありません。魔法使いの誇りを存分に見せつけてやってください!」
意外にも好戦的なウィズの言葉に、めぐみんは嬉々として男に襲いかかっていき――
自分よりも体格の良い男を、素手でボッコボコにした。
……アイツ、やっぱり狂戦士なんじゃないか?
魔法使いの誇りとやらはなんだったんだろう。
「帰りましたよー」
「おかーえり! カズマ様! めぐみん様もね!」
屋敷に帰るとメイド服姿のアクアに出迎えられた。
ダクネスのために用意したメイド服は、わざと少しサイズの小さいものにしていたから、アクアでも着られるらしい。
「いや、なんでお前がそれ着てるんだよ。一週間ご奉仕するって約束だったのに、ダクネスはどうしたんだ?」
「ダクネスなら、今日は朝から自分の部屋に引き籠もって出てこないわよ。昨日、メイドの格好で接客したのがよっぽど恥ずかしかったみたいね。まったく、えっちな本を駄目にされたからって、あんなに怒る事はないでしょう? ダクネスは恥ずかしがり屋なんだから、少しくらい手加減してあげてもいいと思うの」
言いながらアクアが、メイド服のスカートをつまんでくるくる回る。
……気に入っているらしい。
と、一日中接客して疲れているらしいめぐみんが、ソファーでひと息つきながら。
「ふう。やっぱり、屋敷に帰ってくると落ち着きますね。お茶を淹れようと思いますが、二人もどうですか?」
「あ、めぐみんめぐみん! 待ってちょうだい! 二人は一日中、ウィズの店を手伝って疲れてるだろうし、メイドな私がお茶を淹れてあげるわ!」
そう言って、アクアが入れてきたお茶は。
「お湯なんですけど」
*****
――翌日。
ライターの物珍しさも受け入れられ、多少は客足が落ち着くだろうから、今日はもう手伝いに来なくていいとバニルには言われている。
それでも一応、ウィズの店に行くアクアを見張るため、俺もアクアについていく事にした。
「……いってらっしゃいませ、ご主人様」
メイド服姿のダクネスに見送られ屋敷を出る。
……ダクネスの目が死んでいたが、俺は悪くないと思う。
俺がアクアとともにウィズの店のドアを開けると。
「ああああああああ! ぐああああああああ! ぬあああああああああーっ!!」
そこには、黒焦げになった何かの前で、猛り狂うバニルの姿が……。
「ちょっとあんた何やってんのよ! 居候悪魔の分際で、店主であるウィズに逆らうなんて身の程を知りなさいな! ウィズが優しいからって調子に乗りすぎよ。ウィズったら大丈夫? 今、ヒールを掛けてあげるわね」
「あ、ありがとうございますアクア様……。でも、私はリッチーなのでヒールを掛けられると消えちゃうんですけど……」
どうやらあの黒焦げになっているのはウィズらしい。
弱っているところをアクアに追い打ちをかけられ、薄くなっているが……。
俺は、余計な事をするアクアの後頭部を引っ叩き、珍しく頭を抱えてるバニルに。
「おい、朝っぱらから何やってんだよ。ライターのお陰で今月は黒字だって、昨日は上機嫌だったじゃないか」
「ライターの売り上げなど、そこの黒焦げ店主のお陰で吹っ飛んだわ! 性能が良く安価、さらには物珍しさもあり、個人商店としては破格の売り上げを叩きだしたというのに、この無商才店主がガラクタを仕入れて台なしにしおった! 珍しく黒字になったので、たまには極貧店主のために華やかな晩餐を用意してやろうと、我輩が食材を買いに行った隙を突いてくるとは! この我輩とした事が抜かったわ!」
「お、お前も苦労してるんだなあ……」
「我輩は悪魔であるので、人間の同情など不要である。不要であるのだが……、日頃、頭のおかしい仲間達に囲まれ苦労している貴様に言われると、我輩でも少し絆されるものがあるな」
バニルが、黒焦げで薄くなっているウィズと、そんなウィズを介抱するアクアを見ながら、遠い目でそんな事を……。
……なんだろう? 相手は悪魔なのに、ちょっと理解し合えた気になってしまう。
気のせいなのだろうが……。
と、アクアのヒールのせいで薄くなっているウィズが。
「う、売れるんです。これはきっと売れるんです……。だから怒らないでください、バニルさん」
「ここ数日の売り上げを使いこまれて怒らずにいられるか! 人間だった頃の汝はもっと優秀だったと思うのだが……、一体何が汝をそこまで変えてしまったのか? ひょっとして、あの時の汝はとっくに死んでしまい、リッチーになったと言って現れたのはよく似た別人だったのか?」
「ひどいですよバニルさん。私は私です。あの時、ダンジョンで会ったのと同じ私ですよ」
バニルに嘆かれたウィズが、しょんぼりしながらも主張する。
そんなウィズに、さらにバニルが文句を言おうとした時。
店のドアが開き、ドアについた小さなベルが、カランカランと涼しげな音を立てて。
「いらっしゃいませ!」
微妙に煤けた背中のウィズが、笑顔で客を迎え入れ――!
バニルがため息を吐いて、ウィズが仕入れたらしいガラクタを片付け始めた。