時系列は、10巻2章。
アイリスの婚約をぶち壊すため、隣国エルロードへと向かう旅の初日。
今日の分の移動を終え、俺が野宿の準備を始めようとしていると、ダクネスが国が保有するとかいう最高級の魔道具を使って、屋敷を出した。
その屋敷の台所にて。
俺はアイリスとともに、夕飯の支度をしていた。
「よし、そこだアイリス! やれ! やっちまえ!」
「お任せくださいお兄様! 『エクステリオン』!」
激闘の末に、アイリスが包丁で必殺技みたいなのを放つと、キャベツが真っ二つになって鍋に落ちる。
……俺が知ってる料理と違う。
「『エクステリオン』!」
アイリスがさらに必殺技みたいなのを放ち、玉ねぎを真っ二つにするも。
「お、お兄様! すいません! 目が……!」
どうやら、玉ねぎが最後の抵抗にと、真っ二つになった断面から汁を飛ばしたらしく、アイリスが涙目になって俺の方を見る。
「よし、アイリス。よくやった。お疲れさん。今、クリエイト・ウォーターを掛けてやるからな」
「すいませんお兄様。油断しました……」
アイリスに上を向かせ、魔法の水で目から玉ねぎの汁を洗い流して。
「見てろアイリス! 魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合ってきた俺の実力を! 野菜相手ならこの手が効くだろ! 『スティール』!」
俺が野菜に手を突きだし唱えると……。
外皮がつるりと剥けて、真っ白な中身を現した玉ねぎが、俺の目にピュッと汁を噴きかけ窓から逃げていった。
「あああああ! 目がーっ!」
「お兄様ーっ!?」
――野菜にとどめを刺し、まともな料理を始めて。
「よし、餃子のタネと皮はこれでいい。後は、このタネを皮で包んで焼くだけだ。せっかくだし、茹でたり蒸したりするのもいいかもな」
「勉強になります!」
料理をしている間、アイリスは俺の行動にいちいち表情を輝かせ、尊敬の目を向けてくれる。
俺は作業を進めながらアイリスに。
「タネをスプーンでこれくらい取って、こんな感じに皮で包むんだ。この作業なら失敗する事もないだろうし、数が多くて大変だから、アイリスも手伝ってくれるか?」
「はいっ、お任せください!」
そう言ったアイリスが、スプーンを手にして餃子のタネを掬い皮で包むが……。
「……あっ、す、すいませんお兄様、皮が破れてしまいました」
「大丈夫だ。これくらいなら水を付けて修復できる。……ほら、これで元通りだろ? そうしたら、ひだを作って……。よし、またひとつ出来た。次はアイリスだけでひとつ作ってみてくれ。破れないように、慎重にな?」
「分かりました……! や、破れないように……。この、ひだを綺麗に作るのが難しいですね。あんなに簡単に作ってしまえるお兄様はすごいです!」
俺が餃子を上手く作れるのは単に料理スキルを取っているからなので、そんな風に素直に尊敬されると少し申し訳ない気分になってくる。
「お兄様、このひだはなんのために作るのですか?」
「…………見た目が綺麗だからだな」
「なるほど! 料理とは見た目でも楽しむものですものね! 勉強になります!」
……料理スキルにそういった知識は付いてこないので、本当はよく知らないわけだが。
*****
俺がアイリスと楽しく餃子を作っていると、台所のドアが開きアクアが顔を出して。
「なんだか二人とも、随分と楽しそうね。そんなに楽しい事をやっているんなら、私も混ぜてほしいんですけど。部屋を決めたらやる事がなくて暇なのよ。それと、食堂に一番近い部屋は私の部屋だからね!」
「それはいいけど、めぐみんとボードゲームで遊ぶって言ってなかったか? 俺達は遊んでるわけじゃないんだから、邪魔するつもりならめぐみんに相手してもらえよ」
「めぐみんはダクネスと爆裂散歩に行ったわよ。今日はアイリスばっかり活躍してて、うっかり爆裂魔法を使いそびれちゃったらしいわ」
めぐみんは旅先でも一日一爆裂をやめないつもりらしい。
……というか、護衛対象であるアイリスを放って出掛けるとか、あいつは俺達がアイリスの護衛としてついてきている事を忘れていないか?
「まあ、手伝ってくれるって言うんなら、別に断る理由はないよ。タネを皮で包む作業は面倒だって思ってたところだしな。アイリスもそれでいいか?」
「私は構いません。よろしくお願いします、アクア様!」
「アイリスは素直でいい子ね。めぐみんやダクネスとも仲が良いみたいだし、この旅が終わったらウチの子になる?」
「いいんですか!」
バカな事を言うアクアに、アイリスが一瞬嬉しそうな表情になるも、すぐに残念そうに微笑んで。
「……いえ、そう言っていただけるのは嬉しいですが、私はこの国の王女ですから」
「そう? でも、気が変わったらいつでもウチに来ていいからね。いろいろ大変な事とか面倒くさい事とかあるかもしれないけど、大概の事ならカズマが何とかしてくれるから大丈夫よ」
「おいふざけんな。俺に国を敵に回せってか。ていうか、そうなったらめぐみんが大喜びで悪の魔法使い役をやって、王城に爆裂魔法を撃ちこみそうだからやめろよ。そんな事になったら、俺達は完全にお尋ね者だぞ」
俺の言葉に、アイリスが真顔で。
「お頭様ならやりかねませんね……。やっぱり私は、当分の間はお城にいようと思います」
……当分の間は?
いや、というか……。
「なあアイリス、気になってたんだが、そのお頭様っていうのはなんなんだ? めぐみんと随分仲が良くなったみたいだが、俺が知らない間に会ってたりするのか?」
「そ、それは……。陰から支える活動なので、お兄様には内緒です」
えっ……。
あの、俺の言う事ならなんでも素直に信じて、俺が吹きこんだ嘘八百をレインにドヤ顔で語り、訂正されて顔を真っ赤にしていたアイリスが、俺に秘密を持つなんて。
これが反抗期というヤツだろうか?
と、俺が内心ショックを受けていると。
「お二人とも、凄いです! どんどん餃子が出来ていきます……!」
俺とアクアが餃子を作る様を見ていたアイリスが、そんな事を言う。
料理スキルのお陰か、無意識に餃子を作り続けていたらしい。
「ふふん。まあ、私くらいになると、こんなのは目を瞑っていても楽勝ね。さらに、餃子の皮でこんな事も……」
アイリスの尊敬する視線に気を良くしたアクアが、さらに餃子を作る手を速め……。
……いや、コイツは何をやってんだ。
「見て見て、餃子の皮で作ったダクネスよ! 鎧は着脱式じゃないけど、ちゃんと食べられるのよ」
「これはララティーナですか? 凄いです! 餃子の皮で作ったとは思えないほど精巧で、このままお城の宝物庫に入れてもおかしくないくらいです。食べてしまうのが勿体ないですね……」
「おい、食べ物で遊ぶのはやめろよ。アイリスは素直なんだから、変な事を教えるなよな」
「何よ! これは遊んでるんじゃなくて、見た目でも楽しめるようにしているのよ! そんな事を言うんだったら、餃子のひだだって食べ物で遊んでるようなものじゃないの!」
「お兄様、私の事を思って言ってくれているのは分かりますが、お城ではこのような事は誰も教えてくれないのです。せっかくの機会ですから、いろいろな事を教えてくださいませんか? 私だって小さな子供ではないのですから、良い事か悪い事かくらいは自分で判断出来ます」
「アイリスだってこう言っているんだから、カズマこそ邪魔しないでちょうだい。そうね、アイリスは初めてだし、まずは簡単なのにしましょうか。エリスのパッドなしバージョンなら、ダクネスと違ってぺったんこだから作りやすいわよ」
「あの、一応我が国の国教はエリス教なので、あまり不敬な事は……」
小さな子供よりも良い事と悪い事の判断の出来ないアクアがバカな事を言いだす中、アイリスが困ったようにそう言った。
「飽きたわね」
――しばらく餃子のタネを皮に包む作業を続けていると、鼻の頭を小麦粉で白くしたアクアが、いきなりそんな事を言いだした。
「いや、お前は何を言ってんの? 暇だから手伝いたいって言いだしたのはお前だろ。確かに単純作業だし面倒くさいけど、アイリスだって文句も言わずにやってるんだから、お前も頑張れよ」
「い、いえ、私は楽しいです! いつまででもタネを皮に包んでいられます!」
俺の言葉に、アクアはなぜかドヤ顔で。
「アイリスは初心者だから、単純作業でも楽しめるでしょうね。でも、私のような上級者には、こんなのは簡単すぎるわ。普通の餃子をたくさん作ってもつまらないし、変わり種の餃子を作りましょう」
「変わり種のぎょーざですか?」
いきなりバカな事を言いだしたアクアに、アイリスが興味を持ったように身を乗りだす。
「楽しいとかつまらないとか、そんな理由で料理しているわけでもないだろ。それに、アイリスは今日初めて餃子を食べる事になるんだから、普通ので十分じゃないか」
横から俺が言うと、アイリスが振り返って俺を見上げ。
「お兄様、確かに私は普通のぎょーざを食べた事がありませんが、それはこれまで作った分で十分ではないかと思います。お城に戻ったら、いつまたぎょーざを食べられる機会があるかも分かりませんし、この機会にいろいろなぎょーざを食べてみたいです!」
「よし、分かった。変わり種餃子だな? お兄ちゃんがいくらでも作ってやるよ!」
即答する俺にアクアが口を尖らせ。
「……ねえちょっと、私とアイリスとで、どうしてそんなに態度が違うのかしら? 言ってる事は同じなのに、納得行かないんですけど!」
「お前は何を言ってるんだ? 可愛い妹と、いつもいつもバカな騒ぎを起こす元なんとかとじゃ、扱いが違って当然だろ。そんな事より、いきなり変わり種って言われても、すぐには思いつかないな。自分で言いだした事なんだから、お前もアイディアを出せよ。とりあえず、エビとチーズとキムチなんかは定番だろうけど。……なあ、この国にもキムチってあるのか?」
「元じゃなくて、今も女神なんですけど! 謝って! この私を厄介者扱いした事を謝って! 変わり種の餃子を作るっていう私の提案でアイリスが喜んでるんだし、もっと感謝してくれてもいいんじゃないかしら!」
「あ、ありがとうございますアクア様! アクア様のおかげで、美味しいぎょーざを食べる事が出来ます!」
駄々をこねるアクアに、アイリスが気を遣ってそんな事を言う。
「アイリスはいい子ね。そこの捻くれたクソニートとは大違いだわ。アイリスのために、私が超すごい変わり種餃子を作ってあげるから、楽しみにしていてね」
「おいやめろ。お前が張りきると大抵ロクな事にならないんだから、やる気を出すのはやめろよ。夕飯は俺とアイリスで作る事にするから、飽きたんだったら昼寝でもしてればいいじゃないか」
「私を仲間外れにするのはやめて! そんなに心配しなくても大丈夫よ。賢い私は学習したの。超すごい私が本気を出すと、周りの有象無象はついてこられないんだってね。あんたに合せて手を抜いてあげるから、さっさと準備をしなさいな」
「お前、そういうとこだぞ」
俺が、懲りるという事を知らないアクアにツッコんでいると。
変わり種の餃子と聞いて、備え付けの魔導冷蔵庫の中を覗いていたアイリスが。
「お兄様、これなんかどうですか!」
そう言って取りだしてきたのは、陶製の壺に入った黒い粒々したもので……。
…………。
「……何これ?」
「これはキャビアね。あっちでは世界三大珍味って言われてたアレよ。こっちでも高級品なのに、どうしてそんなものが冷蔵庫に普通に入っているのかしら? ねえアイリス、ひょっとして、トリュフとかフォアグラも入っているの? それって、この旅の間に食べるために入れてあるんだし、私達が食べてもいいんじゃないかしら?」
「おいやめろ。それってめちゃくちゃ高級食材じゃないか。後から代金を請求されたらどうするんだ!」
「何よ。私だっていつも頑張ってるんだから、少しくらいご褒美があったっていいじゃないの! カズマがくれるお小遣いが少ないせいで、美味しいものも食べられないんだから!」
「いやちょっと待て。こないだ、ふぐ食ったばかりじゃないか。それに食材は安くても、俺には料理スキルがあるんだから味は悪くないはずだぞ。毎回お代わりまでして食いまくってるくせに何言ってんだ」
俺達が言い争いを始める中、アイリスは陶製の壺を冷蔵庫に仕舞い、高そうな箱に入った肉を取りだして。
「フォアグラというと、これでしょうか? あの、お兄様。この冷蔵庫の中身は、旅の間の食料として用意されたものですから、後から代金を請求されたりといった事はないはずです。もしもそんな事になったら、私のお小遣いを……」
「いや待ってくれ。世間ではクズマとかゲスマとか呼ばれてる俺だが、流石に妹のお小遣いを貰うほどのクズじゃないぞ」
「ねえアイリス、旅の間の食料って事は、これは私が食べちゃってもいいのよね? これをおつまみにすれば、とっても美味しくお酒を飲めると思うの」
「もちろんです、アクア様。私はお酒にはあまり詳しくありませんが、旅の間に不自由しないくらいには入っているはずです」
「ねえカズマ。私、ここのウチの子になるわ。この屋敷はどこにでも持ち運びできるし、マイケルさんのお店の隣に持っていって、高級なおつまみでキュッと一杯やろうと思うの。私という尊い存在と離れ離れになってしまう事にカズマが泣いて頼んだら、まあ思いとどまってあげてもいいけど、私の決意は固いから止めないでね」
「そうか。旅の間の食料なんだから、なくなったら追加されないだろうし、そもそも国が保有する最高級の魔道具って話だから、貸してくれるわけないと思うが、好きにしたらいいんじゃないか」
「まったく! カズマったら、そんなツンデレな言い方で止めなくても、泣いて頼んだら思いとどまってあげるって言ってるのに! 仕方ないわね。そこまで言うんだったら、ここのウチの子になるのは諦めるわ」
「いや、お前は何を言ってんの? 好きにしたらいいって言ってるだろ。ていうか、そこまで言うなら、むしろお前が元の鞘に戻ろうとするんだったら泣いて頼めよと言いたい。まあ、決意は固いらしいし、お前はそんな事しないよな。今回の旅は国家レベルの事なわけだし、帰ったらダクネスが奮発してくれそうだから、軽く宴会でもする事になるだろうけど、お前の分の食材は買わなくていいんだよな?」
「待って! ねえ待って! 泣いて頼んだら思いとどまってあげるって言ってるんですけど! アクア様行かないでくださいって一言がどうして言えないのかしら! 宴会をするんだったら私も参加させてください! お願いしますカズマ様!」
と、俺達のやりとりをニコニコしながら見ていたアイリスが。
「お二人はとても仲が良いんですね」
……そんな風に微笑ましそうに言われると、すごくやりづらいんですが。
*****
「――こっちがチーズのやつで、こっちがエビのやつな。キムチは流石に冷蔵庫に入ってなかったし、また別の機会にやるとして、アイリスは何か入れてみたいものとかあるか?」
「あの、申し訳ありません、お兄様。私はぎょーざというのを食べた事がないので、変わり種と言われても何を入れればいいのかよく分かりません」
俺が食材を混ぜながら聞くと、アイリスが申し訳なさそうにそう言う。
「それもそうだな。俺の方こそ、気が利かなくてごめんな。それじゃあ、量だけはたくさんあるし、味見って事で少し焼いてみるか。食べてみたら、アイリスも美味しい変わり種食材を思いつくかもしれないしな」
「いいのですか? まだ夕ご飯の時間ではありませんが……」
「これは味見だから気にするな。それに、いつもの食事の時間以外に食べると、いつもより少し美味しいっていうのは、城で俺と一緒につまみ食いをした時に学んだだろ?」
「あ、味見……! なるほど、そういうのもあるのですね。それじゃあ、料理人になったら、いつでも好きな時につまみ食いが出来ますね! あんなに美味しい食べ方が、毎日でも……!」
アイリスが何か勘違いしている気もするが、楽しそうなので訂正はしないでおく。
普通の餃子を、いくつか鍋に並べて焼き……。
「『クリエイト・ウォーター』!」
特に意味もなく魔法で水を出して、蒸し焼きにする。
「よし、出来たぞ。アイリスが作ったやつは俺が食うから、アイリスは俺が作ったやつを食ってくれるか?」
「お、お兄様。私が作ったものは皮が破れていたり形が悪かったりするものばかりなのです。お兄様に失敗したものを食べていただくわけにはまいりませんので、そちらは私が……」
「何言ってるんだアイリス。妹が作ってくれた料理は、どんなものでもお兄ちゃんにとっては世界一美味しいものなんだぞ。まあでも、アイリスだって、自分で作った餃子を食べてみたいよな? 美味しいから、ひとつ食べてみろよ」
そう言って俺が餃子を皿に乗せ差し出すと、アイリスは餃子を上品に口に運び。
「……! ……!! ……ッ!!」
……熱かったらしい。
アイリスは口を押さえ涙目になるも、礼儀作法が身に付いているからか、口を開いてハフハフ言う事も手足をバタつかせる事もない。
「す、すまんアイリス! 出来立ての餃子はすごく熱いんだ。それを我慢して食うのが美味いって奴もいるけど、そういうのは上級者向けだな。『クリエイト・ウォーター』! 『フリーズ』! ほら、冷たい水だぞ。これで口の中を冷やしてくれ」
「アイリス大丈夫? 今、ヒールを掛けてあげるわね」
冷たい水を飲み、アクアにヒールを掛けられて落ち着くと、アイリスは微笑んで。
「熱かったですが、餃子というのはとても美味しいですね。皮がパリパリしていて、皮の中にタネの美味しさが閉じこめられていて……」
「そうだろ、美味しいだろ? それ、アイリスが作ったやつだからな。初めてなのにこんなに美味しい料理を作るなんて、流石は俺の妹だ」
「ありがとうございます! お兄様のお陰です!」
「それで、餃子に入れる変わり種食材は、何か思いつきそうか? まあ、俺もアクアも作ってるし、アイリスは初めて料理をするんだから、無理しなくてもいいけどな」
「いえ、せっかくの機会ですから、私も変わり種のぎょーざを作ってみたいと思います!」
そう言って、何を入れようかとアイリスが悩み始める中、アクアが焼いた餃子に手を伸ばし。
「私もひとつ貰うわね! ……熱ッ! 熱いわ!」
アイリスが我慢していたというのに、行儀悪く、口を開いてハフハフ言うアクア。
そんなアクアをじっと見つめるアイリスに、アクアが。
「いい、アイリス。餃子っていうのは庶民の食べ物なのよ。お行儀悪く見えるかもしれないけど、これが熱々の餃子を食べる時の正式なマナーなの」
「勉強になります!」
「おいやめろ。素直なアイリスに余計な事を吹きこむのはやめろよ」
「――これはみじん切りにしたタコを入れたから、歯応えがあって美味しいわよ。こっちはトマトを入れたから、ちょっと違った感じで美味しいわ。それと、これは餃子の皮が余ってたから、リンゴとバターを乗っけて、即席のアップルパイを作ってみたわ」
用意した変わり種餃子の説明をしながら、アクアがドヤ顔をする。
「ほーん? どうせロクでもない事になると思ってたが、意外とまともじゃないか。食材の大半が無駄になる事も覚悟してたんだけどな」
「まあ、この私に掛かればこんなものね。私が張りきるとロクな事にならないとか、やる気を出すのはやめろとか言っていたカズマさんは、私にごめんなさいするべきじゃないかしら」
「なあ、ひょっとしてお前、五人以上集まったら宴会だと思ってるのか? 宴会芸の事になると無駄に器用なところがあるし、餃子って酒のつまみにもなるし、これも一応、芸のひとつって事なのか?」
「たまには素直に褒めてくれてもいいと思うんですけど! 美味しそうなら美味しそうって言いなさいな! ねえ、言ってよ!」
「お、美味しそうですね! すごいです、アクア様!」
駄々を捏ねるアクアに気を遣い、アイリスがアクアの餃子を褒める。
「ううっ……。アイリスはとってもいい子ね。やっぱりウチの子にならない? そこのクソニートとトレード出来ないかしら」
バカな事を言いだすアクアに、アイリスが困った顔をする中。
俺はアイリスの手元を覗きながら。
「それで、アイリスはどんな変わり種餃子を作ったんだ?」
アクアが、美味しい変わり種餃子を作って俺をびっくりさせてやるなどと言いだしたので、アイリスもどんな食材を入れるかは教えてくれなかった。
おかしな食材を入れても笑い話になるし、アイリスが作ったものならどれほど不味そうでも残さず食べるつもりだが……。
「こちらはフォアグラ餃子です」
「…………」
「こ、こちらはキャビア餃子です」
「…………」
「そ、それで、こちらがトリュフ餃子です」
「…………」
高級食材を惜しげもなく使ったらしい庶民の料理に、俺とアクアは無言になる。
そんな俺達の反応に、アイリスが不安そうな表情で。
「……あ、あの、お兄様。私、何か失敗してしまいましたか? お兄様が言われたとおり、小さめに刻んで入れたのですが……」
……高級食材を小さめに刻んで入れたらしい。
「い、いや! そんな事はないぞ! アイリスが作ってくれたんだ、美味しいに決まってるだろ! なあアクア!」
「そ、そうね! アイリスが作ってくれたんだもの! ……ねえカズマ、高級食材はもう残ってないのかしら? アレをつまみにお酒を飲むの、楽しみにしてたんですけど」
「おいやめろ。アイリスがせっかく作ってくれたんだから、ガッカリした顔をするのはやめろよ。高級食材を使ってるんだから、あの餃子も美味しいに決まってるだろ。飲みたいなら、アレをつまみに酒を飲めばいいじゃないか」
俺は気を取り直し、アイリスに笑いかけ。
「よし、それじゃあ焼いてみようか!」
*****
――夕飯の時。
餃子を美味しく食べていためぐみんとダクネスに、変わり種餃子の中身を聞かれ、答えると、めぐみんは泣きそうな顔になり、ダクネスは一瞬真顔になっていたが、それはまた別の話。