時系列は、6巻3章。
王城に留まるため、巷で噂の義賊を捕まえる事になった俺達は、義賊に狙われそうな最有力候補である、アクセルの街の悪徳領主こと、アルダープの別荘に滞在している。
ダクネスが連日、貴族の付き合いだとかで出掛ける中、アクアは布教活動と言って王都のエリス教徒に嫌がらせをし、めぐみんは爆裂魔法を撃ちに行って王都の住民を震撼させ……。
そんな二人への苦情がアルダープに届けられているらしく、アルダープが少しずつ痩せていっている。
そんな中、俺はといえば――
「だから違うっつってんだろ! あんたは大きさに拘りすぎだ! 何事も程々でいいんだ! 重要なのは形と感度なんだよ! あとバランスな! 大きければ大きいほどいいって言うんだったら、牛の乳でも絞ってればいいじゃないか! 牧場に行って乳絞り体験でもしてこい!」
「な、何をっ!? 黙って聞いておれば付け上がりおって! 平民の分際でこのワシに意見するというのか! 本物の価値を知らぬ冒険者風情が! 巨乳が最高に決まっておるだろうが!!」
アルダープの別荘に滞在し、数日が経った日の夜。
俺は、なぜかアルダープと巨乳について言い争っていた。
義賊を捕まえるために夜中に張りこみをしていたら、通りかかった食堂で、アルダープが酒を飲んでいたのだ。
すぐに出ていこうとしたのだが、酔っぱらったアルダープが絡んできて……。
気づけばこうして、巨乳について言い争っている。
……どうしてこうなった?
「まあ、落ち着け。あんたの言いたい事は分かるつもりだ。巨乳は最高だ。だが待ってくれ。俺も最近になって思うようになったんだが、巨乳が最高であるのと同じくらい、貧乳だって最高なんじゃないか? というか、巨乳は大きいから最高なのか? そうじゃないだろ? 大きければ大きいほどいいなんて考え方は、むしろ巨乳の素晴らしさを損なっていると思わないか?」
「フン。何を愚かな。女の胸というのは、大きければ大きいほどいいに決まっているだろう。あの指が沈みこむ柔らかさは、巨乳でなければ味わえんではないか! 貧乳なんぞ、揉んだところで何も感じぬだろう! 男か女かも分からんような輩を、ワシは女とは認めん!」
「分かってない! あんたはなんにも分かってない! 触った感じだとか見た目だとか、どうしてそんな即物的な事しか言えないんだ! 巨乳には夢が詰まっているから大きいし、貧乳は夢を与えてしまったから慎ましいんだ! あんたは金持ちのくせに、心が貧しい!」
「心がなんだ! ワシには使いきれんほどの金がある! 地位もある! 巨乳だろうが貧乳だろうが、女などいくらでも寄ってくるのだ! ワシは貴様ごときでは想像も出来んような、本物の巨乳を揉んだ事があるのだぞ! それはもう、すんごかったとも!」
「マ、マジで? ちょっとその話、詳しく。いや、あんたの言葉に屈したわけじゃないぞ? でも、それはそれとして、ほら、お互いに正しい情報を知っておいた方が、議論が白熱するし、正しい結論に至れるってものじゃないか?」
「……ほう? 最初からそうやって、素直にワシに傅いておれば良かったものを! だがまあ、ワシも鬼ではない。アルダープ様お願いしますと言うのなら、話してやっても……」
「アルダープ様お願いします!」
俺が即答すると、なぜかアルダープは気まずそうな顔をして。
「き、貴様にはプライドというものがないのか?」
「バカ! そんなもん、いくらでも捨ててやるよ! そんな事より、巨乳の話を……」
「バ、バカ……? だからその言葉遣いを改めろと……!」
「すいませんでしたアルダープ様! これからは気を付けるので、とっとと巨乳の話をしろよ」
「フン。分かれば……おい、今なんと言った?」
と、俺達がどうでもいい事で言い合っていた、そんな時。
食堂のドアが開かれ、眠そうに目をこすりながらめぐみんが顔を出して。
「こんな夜遅くに、一体何を騒いでいるんですか? カズマはその悪徳貴族と随分仲が良さそうですね。巨乳がどうとか言っているのが廊下まで聞こえましたが、なんの話をしていたんですか」
「今めぐみんの話はしてない」
「何おうっ!? どうして私の胸を見てやれやれみたいな顔をするんですか! おい、なんの話をしていたのか、詳しく教えてもらおうじゃないか! 返答によっては、明日の爆裂魔法の標的はこの屋敷になりますよ!」
「ままま、待っていただきたい! 慎ましい紅魔族の娘よ! なぜその男の失言でワシの屋敷が被害を受けるのだ!」
「その答えは自分の胸に聞いてみてはどうですか。前回は、こめっこにいいところを持っていかれてしまいましたし、このところ大きな標的に爆裂魔法を撃っていなかったので、丁度いいです」
「バ、バカな……! 貴族の屋敷に爆裂魔法を撃てば、それこそ国家反逆罪に問われるのだぞ! 今度こそ、貴様らまとめて処刑してやる! それでもいいと言うのなら、撃ってみるがいい!」
両目を攻撃色に光らせるめぐみんに対し、バカな事を言うアルダープに、俺は。
「おいバカ! 余計な事を言ってめぐみんを刺激するのはやめろよ! そいつはアクセルの街で有名な、三度の飯より爆裂魔法が好きな、頭のおかしい紅魔族だぞ! 国家反逆罪に問われようが何しようが、撃てって言われて黙ってるわけがないだろ! あんたの屋敷が吹っ飛んでもざまあみろとしか思わないが、王都で爆裂魔法を撃ったりしたら、アイリスが困るだろうが!」
「なっ! き、貴様! ワシへの言葉遣いを改めるのではなかったのか! というか、貴様の仲間なのだから貴様が止めろ!」
「ああもう! どうして誰も彼も、こいつらの面倒を俺に見させようとするんだよ! あんたは後で、巨乳の話を聞かせろよ!」
「わ、分かった。約束しよう。だからその頭のおかしい娘を止めてくれ!」
と、いちいち余計な事を言うアルダープにめぐみんが。
「おい、私の頭がなんだって? 私の仲間を処刑にするだとか言った事といい、撤回するのなら今のうちですよ。さもなくば、いかに私の頭がおかしいかを思い知る事になる」
「おいやめろ。いくら悩みが吹っきれたからって、犯罪者になってまで爆裂魔法をぶっ放そうとするのはやめろよ。明日また、俺が爆裂散歩に付き合ってやるから、大人しくしてくれよ」
めぐみんを止めようとする俺に、めぐみんは不機嫌そうに眉をしかめて。
「どうしてカズマがその悪徳貴族を庇うのですか? というか、あなたは冤罪を吹っかけられて処刑されそうになったのに、何を仲良く話していたのですか?」
「バカ言うな。俺が庇ってるのは、アルダープじゃなくてお前に決まってるだろ。街中で攻撃魔法を使ったら犯罪だし、ましてや貴族の屋敷を吹っ飛ばしたりしたら、本当に国家反逆罪で死刑にされてもおかしくないんだからな。めぐみんが、爆裂魔法が三度の飯より好きな、頭のおかしい奴だってのは知ってるが、だからって爆裂魔法のために死ぬ事はないだろ」
「そ、そうですか。カズマが私のためと言ってくれるのは嬉しいですし、ここは引き下がってあげましょう。ですがカズマ、私は爆裂魔法のために死ねるなら本望ですよ」
俺の言葉に、めぐみんが口元をニマニマさせながら、そんな事を言った時。
めぐみんの背後にアクアが現れ。
「もうー、こんな夜遅くに、一体何を騒いでいるの? めぐみんは黙らせてくるって言って出ていったのに、どうして一緒になって騒いでるのよ? あらっ! なんだか仲良くお酒なんか飲んでいるみたいだし、ひょっとして宴会でもするのかしら? そういう事なら、この私も混ぜなさいな! ねえ、熊みたいな豚みたいなおじさん。地下室に高いお酒を隠してるでしょう? 皆でアレをパーッと飲んじゃいましょうよ!」
めぐみんの脇をすり抜けて食堂に入り、酒をグラスに注いで勝手に飲み始めるアクアに、アルダープが青い顔をして。
「そそそ、そんなバカな! あの酒は誰にも見つからないよう、わざわざマクスウェルに命じて隠しているのに……!? こ、これがアクシズ教のアークプリーストという事か……!?」
「さあ、お酒を持ってきて! 早くしてー、早くしてー。最近は布教活動も上手く行っているし、気分がいいから、とっておきの宴会芸を見せてあげてもいいわよ!」
「いや、お前は何を言ってんの? 俺達は別に宴会をしていたわけじゃないし、今から宴会するわけないだろ。俺は例の義賊を捕まえるために張りこんでるんだから、宴会なんかして騒いでたら義賊が侵入してこないじゃないか」
「大丈夫よ。皆で楽しく飲んで騒いでいたら、きっとその義賊の人も混ざりたくなるはずよ!」
「そんなわけないだろ。その義賊って奴は、盗んだ金を孤児院やエリス教の教会にばら撒いてるらしいし、犯罪者だからって、アクシズ教のバカみたいな信者と一緒にするなよ」
「ウチの子達を犯罪者とかバカみたいとか言うのはやめてほしいんですけど!」
と、いつものようにバカな事を言いだしたアクアに、めぐみんが。
「待ってくださいアクア。私達は噂の義賊を捕まえるためにこの屋敷に泊まっているわけですし、夜中に宴会をするのはどうかと思います。今回はカズマが引き起こした厄介事ですが、私達は仲間なのですから、協力してあげようじゃありませんか」
意外にもアクアを引き留めるような事を……。
いつもなら一緒になって騒ぎ、もう子供ではないのだから酒を飲みたいとか、景気づけに爆裂魔法を撃ちましょうかとか言いだすくせに、一体どういう心境の変化だろう?
「というか、食堂の近くの部屋で寝起きしてるアクアはともかく、一番天辺の部屋で寝てるはずのめぐみんが、どうして起きてきたんだ? 俺達の話し声がそんなところまで聞こえたのか? ひょっとして、この屋敷って欠陥建築なのか?」
「どこまでも無礼な奴め! このワシが建てさせた屋敷だぞ! 欠陥建築なわけがないだろう!」
俺の言葉にアルダープが額に青筋を立てる中、めぐみんが首を振って。
「いえ、階段を上り下りするのが面倒で、このところアクアの部屋で寝起きしているのです。ベッドが大きいので、ひとつのベッドに二人一緒に寝ても十分な広さですよ」
「お、お前……。自分で一番天辺の部屋がいいって言ってたくせに」
俺も人の事は言えないが、いきなり夜中に起きだしてきて宴会をしたがるアクアといい、貴族の屋敷だというのにコイツらは自由すぎるだろう。
「まあとにかく、これからは騒がしくないようにするから、お前らはもう寝たらどうだ? 俺は例の義賊を捕まえるために、もう少し起きている事にするよ」
「何言ってんの? せっかく気分が盛り上がってきたところなんだから、邪魔しないでくれます? まあでも、めぐみんがやめておけって言うんだったら、宴会はやめておくわ。私の部屋で静かにお酒を飲む事にするから、ちょっと地下室まで行ってくるわね」
「ちょっ!? 待っ……!!」
アルダープが何か言っていたが、アクアは気にせず酒を取りに向かい。
「仕方ありませんね。カズマが起きているのに、私達だけが寝ているというのも少し悪い気がしますし、私もアクアに付き合うとしましょう」
気を利かせたつもりらしいめぐみんも、アクアについていく。
「どうせなら、ダクネスも起こして三人で飲もうかしら? そう、女子会ってやつよ!」
「ダクネスはこのところ、貴族の付き合いとかであちこち出掛けたりして、疲れていると思うので、寝かせておいてあげませんか? 今晩は私が付き合ってあげますから、それで満足してください」
「分かったわ! 今晩は二人で、とことん楽しみましょう!」
楽しそうに言い合いながら廊下を歩く二人の話し声が、少しずつ遠ざかっていき……。
「お、おい小僧! 巨乳の話が聞きたいと言っていたな? それなら、あの娘達を止めろ! ワシもまだ飲んだ事のない秘蔵の酒を、お前達のような味の分からん平民に飲まれてたまるか!」
「はあー? 巨乳の話は、めぐみんを止めたら聞かせてくれるって約束だっただろ。あんた、貴族のくせに約束を破るのか?」
「フン! 調子に乗るなよ小僧。平民との口約束など、約束と呼べるものか! 貴様はワシの言うとおりにしていればいいのだ! いいから早く、あの娘達を呼び戻してこい! あの青い髪のプリーストに酌をさせてやってもいい!」
なんという怖いもの知らず。
アクアに酌をさせるとか、ロクでもない事になる予感しかしない。
俺は、アルダープの言葉に半分くらい感心しながら。
「あんた、バカだなあ……。約束を守ってくれないんだったら、今あいつらを止めに行っても、やっぱりなしって言われるかもしれないじゃないか。そんな事を言われて、誰があんたの言う事を聞くんだよ? というか、一度口に出した事なんだから、約束は守れよ。俺に何かさせたいんだったら、まずは巨乳の話だ」
「無教養な平民が! 調子に乗るのも大概にしろ! ダスティネス卿の顔を立て、客人として扱っていたが、貴族への侮辱罪で牢に放りこんでやってもいいんだぞ!」
「おっと、本性を現したな悪徳貴族! やってみろ! やれるもんならやってみろ! こっちにはダクネスだけじゃなく、アイリス王女の後ろ盾もあるって事を忘れてないだろうな! それに、約束を守る気がないんだったら、俺もめぐみんを止める理由はないし、あんたの屋敷は明日にでも更地になってると思え!」
「なんだと! 貴様こそ、やれるものならやるがいい! だが、そんな事をしたら、貴様も仲間達も、まとめて牢にぶち込んでやるから覚悟しておけ!」
「残念、その時にはあんたは爆裂魔法で木っ端微塵になっているのでした! 冒険者として活躍した俺には、巨額の資産がある。ほとぼりが冷めるまで隣国にでも逃げて、のんびり暮らす事にするよ。この国で国家反逆罪に問われても、国外に逃亡すれば関係ないだろ」
「ぐぬう……! どうあってもワシに盾突くつもりか!」
「盾突くって言われても。別にそんな、大それた事を言ってるわけじゃないだろ? あんたが約束を果たしてくれれば、それでいいんだ」
アルダープは顔を真っ赤にし、息を荒げている。
何がコイツをこんなに駆り立てるのだろうか?
貴族としてのプライドってやつか?
……そんな事より、俺が想像も出来ないようなすんごい巨乳の話を聞きたいのだが。
「しょうがねえなあー。じゃあ、巨乳の話を聞かせてくれたら、アクアを止めてやるよ。まあ、あいつが俺の言う事を聞くとは思えないけどな。俺はあんたと違って約束を守るぞ。ほら、早く話を始めないと、あいつが秘蔵の酒とやらを飲んじまうぞ」
「ぐうう……。し、仕方あるまい。その娘は、一晩買うだけで屋敷が建つと言われるような高級娼婦でな……、…………」
「おおっ! そうか、中世ファンタジーだもんな。娼婦くらいいるよな。それでそれで?」
俺達は酒を酌み交わしながら、知らず知らずのうちに顔を近づけて小声で話す。
「……頭が良く、どんな話にもつまらない顔を見せず、何より抜群のプロポーション。腰がキュッとして、もちろん胸も大きかった。だから、上流階級の、そういった者達の中には知らぬ者がいないと言われるほどの人気者でな。一年先まで予約が詰まっていたところを、予約していた弱小貴族の男を脅して割りこみ……」
「いや、そういうAVの自己紹介みたいな前フリはいいから。ああいうのは女の子が喋ってるからいいんであって、あんたの苦労話なんか聞いてても楽しくない。もったいぶってないで、肝心のところを話せよ! 早よ! 早よ!」
「ええいっ、慌てるでないわ! 物事には順序というものがあるだろうが!」
「まあ、俺もがっつく気はないが、早く話さないと酒が飲まれちまうんじゃないか?」
「くっ……! 分かった。いいか、その娘の胸はな、こう……マシュマロのようでな……。ただ柔らかいだけでなく弾力があり、娘の体が動くたびに、ぽよよんと……」
「ぽ、ぽよよん……!」
その娘の巨乳を思いだしているのか、アルダープが遠い目になり、両手の指をわきわきさせる。
そのうち、アルダープの目つきがいやらしくなり、ニヤニヤと笑いだして……。
…………。
「おいやめろ。おっさんがエロい事を考えている時の顔を見せるのはやめろよ。いたたまれないだろ。それより、その人気っていう娼婦の子の名前を教えてくれよ。一度くらい、俺もお世話になってみたいからさ」
俺の言葉に、ニヤニヤしていたアルダープが不機嫌な顔になり。
「フン! バカを言うな! ワシの話を聞いていなかったのか? あの娘は一年以上、予約が埋まっていると言っただろう。割りこめたのはワシが貴族だからだ。冒険者である貴様がいくら金を積もうと、あの娘を抱く事など出来るはずがなかろう」
「分かってるよ。別に、本人をどうこうしようっていうんじゃない。というか、あんたはアクセルの領主なのに、例の店の事を知らないんだな。そういや、あんたは冒険者ってわけじゃないもんな」
「例の店? なんの話だ」
「……ふぅむ」
俺の事を冒険者風情とバカにするこの男に、男性冒険者にしか知られていない例の店の話をすれば、さぞ羨ましがるだろうが……。
アルダープは貴族としてのプライドが高い。
自分が利用できない、夢のような店に、見下している冒険者が安い料金で通っていると知ったら、領主の権限で営業停止にしたりするのではないか。
俺は少し考えて。
「いやほら、俺って冒険者じゃないか。それで、クエストの時にサキュバスと知り合う機会があってさ。悪魔ってのは、人間の悪感情のエネルギーを食って生きてるんだけど、サキュバスの場合は精気が対象なんだ。でもそいつはあんまり力がないから、討伐されないように、男性冒険者にエッチな夢を見せて精気を取りこんでいてさ」
「……ほ、ほう?」
俺の、完全に嘘ではない作り話に、アルダープが身を乗りだしてくる。
「それで、そのサキュバスにリクエストをして、エッチな夢を見せてもらえるわけだが。夢の中だから、どんな相手でも自由! どんなシチュエーションでも自由! しかも相手の目的は精気で、暮らしていけるだけのお金があればいいとか言って、料金も格安なんだ」
「な、なんだと!? 詳しく話せ! どんな相手でも自由というのは、本当に誰でもか? そ、そうか。例の娼婦が可能だというなら、王族も……! た、例えば、貴族の娘はどうなのだ?」
「大丈夫です。だって夢ですから」
「お、おお……! そういえば、以前貴様はララティーナと風呂に入ったと言っていたな。どうせ嘘だろうと思っていたが、あれは夢の中の話という事か」
「うん? いや、俺がダクネスと風呂に入ったってのは、現実で本当にあった事だぞ」
「……!?」
アルダープは一瞬、愕然とした顔をするが、すぐに気を取り直して。
「そのサキュバスは、どこに住んでいるんだ? どうすれば会えるのだ?」
「いや、残念ながら、そのサキュバスが商売をしてるのは冒険者相手だけなんだ。体力のあり余っている冒険者なら問題ないが、一般人にサキュバスが夢を見せると、精気を吸い尽くしてしまうかもしれないからな」
「なんだと! ふざけるな! ワシは貴族だぞ!」
「いや、そんな事言われても。貴族でもなんでも、肉体的には普通の人なんだし、サキュバスに精気を吸われたら死ぬんじゃないか? それとも、ダクネスのところみたいに、昔から強い血を取り入れていて、体が丈夫だったりするのか?」
「くっ……! 確かに、王国の盾と謳われるダスティネス家と比べれば、我がアレクセイ家はそれほど強力な血筋というわけではない。だが、貴様のような貧弱な小僧にも耐えられるのならば、ワシに耐えられぬはずがない……! 教えろ、そのサキュバスはどこにいるのだ?」
「すまんね。素晴らしい巨乳の話をしてくれたあんただから話したが、この話はアクセルの街の男性冒険者にしか教えちゃいけないって言われているんだ。貴族であるあんたには、これ以上は話せないよ」
「こ、この……! いくらだ? 金ならいくらでも払う!」
勝ち誇った顔をする俺に、アルダープは額に青筋を立てて詰め寄ってくる。
「はあー? 格安の料金で素晴らしい夢を見せてくれるんだぞ? 金なんかと引き換えに出来るわけないだろ。さっきも言ったが、これ以上は話さないからな。あんたが取引の材料に出来るものって、どうせ金とか物とかだろうが、そんなものと引き換えに出来るものじゃないんだ」
「言いおったな! 平民のくせに調子に乗りおって! ワシが金や物しか出せぬだと? ワシがその気になれば、なんだろうと思いのままだ! そうだ、マクスに……!」
と、がなり立てていたアルダープが、何かに気づいたような顔をし、言葉を止める。
「フン。貴様のような平民を相手にしているサキュバスなどに、用はないわ!」
そんな、負け惜しみのような事を言って、アルダープは食堂から去っていった。
――俺が約束を守って、アクアに酒を飲まないように言いに行くと、アクアはすでに酒を飲み干していた。
*****
「ああ……、くそっ! くそっ! くそおっ!」
寝室の地下にある隠し部屋。
そこでイライラと、一匹の薄汚い悪魔に当たり散らしていた。
「なぜだ! なぜ、ワシの街にいるサキュバス一匹すら見つける事が出来ないのだ! 貴様はそれでも悪魔なのか! 出会えるようにするなどと大口を叩いていたくせに……! お前の辻褄合わせの強制力はそんなものだったのか!」
「ヒュー、ヒュー。そんなはずはないよ、アルダープ。君が馬車から降りて路地裏を歩いていたら、偶然にサキュバスと出会ったはずだよ。ヒュー、ヒュー」
「何がそんなはずはないだ! サキュバスなどいなかったではないか! いたのは忌々しいチンピラだけだ! 冒険者風情が、貴族であるワシを虚仮にしおって……!」
まったく忌々しい。
貴族だと名乗っても態度を変えず、私を散々バカにしていった、あの金髪の男。
思いだすと腹が立ってきて、一層強くマクスを蹴りつける。
「お前がっ! お前がもう少し使える悪魔だったなら、ワシがあんな男に虚仮にされる事もなかったのだ! この役立たず! 役立たずが……!」
「ヒュー、ヒュー。僕の力が上手く働かなかったという事は、僕の力と同等の何かが働いていたのかな。女神か、同胞か……? なぜだろう、なんだかとても懐かしい気配を感じるよ……」
「何をわけの分からない事を! お前に大した力がない事くらい、呼びだしたワシが一番分かっている! もういいっ! すぐに本物が手に入るのだ。今さら夢などどうでもいい! ダスティネス家は、ワシに莫大な借金がある。今、当主が倒れれば……!」
ララティーナが手に入る。
この無能な悪魔を使い、ワシが長年掛けて進めてきた計画も、ようやく達成されつつある。
あとは、あの忌々しいダスティネス卿さえいなくなれば……。
「マクス! 命令だ! ダスティネス卿を呪い殺せ! 無能な貴様でも、悪魔を名乗るならば人間一人を呪い殺す事くらいは出来るだろう! ついでに、ワシを虚仮にしたあのチンピラも呪っておけ!」
「ヒューッ、ヒューッ! アルダープ! そうしたら、代価を払ってくれるかい? ヒューッ、ヒューッ!」
「ああ、ワシの願いを叶えてくれるなら、代価などいくらでも払ってやるとも! だから、早くララティーナを連れてこい! アレは、ワシのものなのだ!」
*****
――王都から戻ってきて、数日が経った。
シルビア討伐の褒賞金を得て、連日、アクアとともにレストラン通いをしていると。
「……よう、カズマじゃねーか。お前さん、紅魔の里ではまた活躍したってな? まったく、その幸運を俺にも分けてくれよ」
通りを歩いていた俺の前に、フラフラと歩いてきたのは、チンピラ冒険者の……。
「ダストじゃないか。……お前、大丈夫か? 顔色が悪いけど、風邪でも引いてるのか? 気を付けろよ。回復魔法では治せないんだから、大怪我よりちょっとした風邪の方が怖いって事もあるだろ?」
いつものように締まりのない笑顔を浮かべているが、ダストの目の下にはどす黒い隈があり、足元もふらついている。
その様子は病人そのもので。
「おう……。風邪なら美味い飯食っときゃ治るだろうと思ってな。金を借りようと思ったんだが、リーンは金借りるために仮病まで使うのかとか言いやがった。……あのアマ、風邪が治ったら覚えてやがれ」
「そ、そうか……。なら、これから飯を食いに行くところだし、俺が奢ってやってもいいぞ? ていうか、それって本当に調子が悪いんだよな? 仮病じゃないよな?」
「おいおい、お前さんまで俺を疑うのか? そんな事を言わずに飯を奢ってくれよ」
どうしよう。
顔色が悪く病人にしか見えないのに、ダストが本当だと言えば言うほど嘘っぽく聞こえてくる。
「おいアクア、お前はどう思う?」
「カズマさんカズマさん! 私、あの特大ビーフステーキってやつを食べたいんですけど! 牛肉よ牛肉! この辺では冬牛夏草に寄生されちゃうから、牛肉は貴重なのよ!」
「俺は別に構わんが。病人と食いに行くって言ってるのに、ステーキってのはどうなんだ?」
と、ステーキ屋の看板に目を輝かせていたアクアが、ダストを見て。
「臭い! ちょっと、そこのチンピラが臭いんですけど! 超臭うんですけど!」
「お、おいやめろ。きっと、風邪で動けなくて、風呂もロクに入れてないんだよ。飯食ったら元気になるかもしれないし、少しの間だけ我慢してやれよ。それに、言うほど臭くもないと思うぞ?」
「違うわよ。悪魔よ。間違いないわね、これは悪魔の臭いよ。ねえあんた、どこで悪魔なんかに呪われたの? ダストったらえんがちょね」
フラフラしているダストに、アクアが鼻を摘まんだまま遠慮なくペタペタ触れる。
「あ、悪魔? ししし、知らねーよ! 俺は悪魔となんか全然関係ねーぞ! いい夢見せてもらったりしてねーからな!」
……サキュバス喫茶の事を隠したいのは分かるが、そこまで露骨に反応するのは逆に怪しい。
「まあ、この程度の呪い、私にかかればちょちょいっと解けるんですけど!」
しかし、空気を読めないアクアは、ダストの不自然な態度を気にも留めず。
「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」
アクアの放った魔法により、ダストの足元に魔法陣が輝く。
突然の閃光が収まると、目の下の隈がすっかり消えたダストが、不思議そうな顔で立っていて。
「お? おお……? マ、マジか。いきなり体が楽になったぞ」
「感謝して! アクア様、呪いを解いていただいてありがとうございますって、私をたくさん褒め称えて!」
「おお、ただの宴会好きかと思ってたが、やるじゃねーか! おいカズマ、奢ってくれるんだろ? ステーキなんて久々だ! 死ぬほど食ってやるから覚悟しろよ!」
「これはお祝いね! チンピラ復活おめでとうパーティーよ! 私の口の中にお肉がいくらでも消えていくっていう芸を見せてあげるわ! もちろんカズマの奢りよね!」
唐突に意気投合し、テンション高くステーキ屋へ向かう二人を見て。
「おいふざけんな! なんで俺がお前の分まで奢らないといけないんだよ! というか、体調が良くなったんだったら、ダストも自分の分は自分で払えよな!」
そう言いながらも、褒賞金が手に入ったのだし、俺は奢るつもりで二人の後を追いかけて――!