このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』5,7,12,13、『爆焔』1、既読推奨。
 時系列は、13巻の後。


この学び舎の子供達に演劇を!

 ――ある日の昼下がり。

 

「皆に頼みがあるのだが……」

 

 屋敷の広間で寛ぐ俺達に、ダクネスがそんな事を言いだした。

 ダクネスのその言葉に、俺は立ち上がると。

 

「めぐみん! そろそろ爆裂散歩に行く予定の時間じゃないか?」

「そうね! 今日は私も付き合ってあげるわ! 湖に行って、また魚を獲るっていうのはどうかしら! それで、塩焼きにしたり、なんやかんやあって遅くなるかもしれないから、ダクネスの頼み事っていうのはまた今度にしましょう!」

 

 ソファーに寝そべっていたアクアも、誘ってもいないのに立ち上がる。

 そんな俺達にめぐみんは。

 

「まあ、待ってください。爆裂散歩についてきてくれるのは嬉しいですが、いきなり逃げようとするのはどうかと思いますよ。ダクネスは私達の大切な仲間ですし、なんだかんだ言って、二人もダクネスには世話になっているでしょう? 話くらいは聞いてあげてもいいと思います」

「め、めぐみん……!」

 

 逃げようとする俺達を諭すめぐみんに、ダクネスが感動したような目を向ける。

 

「そうは言っても、こいつの頼み事って嫌な予感しかしないんだが。ほっぺにキスくらいで、俺にクーロンズヒュドラなんていう大物賞金首を倒させようとする奴だぞ」

「そそそ、それは……! めぐみんの前でその話は……!」

「……ほう? ダクネスとはいろいろと話をしていますが、その話は聞いた事がありませんね。私がいつになくシリアスな感じのダクネスを心配していた一方その頃、あなたは発情していたわけですか! とんだ痴女ネスですね!」

「ちちち、違ーっ! あれはその男を焚きつけるために言ったのであって、深い意味は……!」

「でもキスしたじゃん」

「……!?」

 

 涙目になるダクネスに、めぐみんがジト目を向けて。

 

「あなたは深い意味もなくキスをするんですか? こないだ、湖にピクニックに行った時も、私達が見ている前でもカズマにキスをしていましたが、あれにも深い意味はなかったのですか? カズマのファーストキスを奪っておいて、深い意味はなかったのですか? 深い意味もなくキスをするだとか、淑女としてどうかと思いますよ!」

「い、いや、意味がないわけでは……、その……」

 

 ダクネスが助けを求めるようにチラチラと俺を見てくるが、俺は何も言わない。

 めぐみんとは仲間以上恋人未満の関係で、ダクネスには告白されて断ったわけだが、二人にはいつまでも俺を取り合っていてもらいたい。

 

「もういいです! こんな気分では痴女ネスの頼み事とやらもまともに聞いてあげられませんし、私は爆裂散歩に行く事にします! ほら、ニマニマしてないでカズマも行きますよ!」

 

 ムスッとした顔のめぐみんが立ち上がり、出掛けようとするも……。

 

「スカー」

 

 ……ソファーに寝そべり、二人が言い争っている間に眠りこけているアクアの姿に、気勢を削がれたらしく足を止めた。

 

 

 

「演劇?」

 

 アクアを叩き起こしている間に、めぐみんが落ち着きを取り戻し、ダクネスの頼み事とやらを聞く事にして。

 お茶を淹れてきたダクネスが、皆にカップを配ってから、話し始める。

 

「そうだ。ダスティネス家が、冒険者から徴収した税金で、孤児院を経営しているのは知っているだろう? あの孤児院では、家庭教師を雇えない周辺の子供達にも知識を教えている。以前カズマが言っていた、学校というやつだ。アイリス様から聞いたのだが、学校というところは勉強をするだけではなくて、文化祭や体育祭といったイベントも行うものらしい」

 

 それは、俺がアイリスに話した事。

 ダクネスはアイリスと仲が良いらしいから、どこかでその話を聞いたのだろう。

 

「子供達にどんなイベントをやりたいかと聞いたところ、演劇をやりたいと言ってな」

 

 聞けばこういう話らしい。

 学校のイベントとして、保護者や観覧希望者を呼んで、子供達の劇を見せる事を企画している。

 要するに、学芸会だ。

 しかし、学校に通っている生徒の人数が少ないため、演目はひとつだけで、演じる事は出来ても見る事が出来ない。

 孤児院の子供達はもちろん、あの学校に通っている生徒達も、あまり裕福ではない。

 劇を見る機会などほとんどないだろうから、この機会に演じる方だけでなく、劇を見る方も体験させてやりたい。

 

「……それで、俺達に劇をやれと?」

「そういう事だ。もちろん、子供に見せるものなのだから、それほど本格的なものでなくていい」

「そりゃ俺達に本格的な劇なんか出来ないが、なんで俺達なんだ? ダクネスは貴族なんだし、貴族の権力を使って、本物の劇団を呼べばいいじゃないか」

「あの孤児院は、冒険者から徴収した税金で運営しているんだ。金は無駄にできない。それと、冒険者にもイベントに参加してもらう事で、あの孤児院との接点を作っておきたいと思ってな。あそこには亡くなった冒険者の子供も多くいるし、ひょっとすると将来冒険者を目指す子が出てくるかもしれない。冒険者と親しくする事で、学べる事もあるだろう。あるいは、引退した冒険者に教えられる事があれば、教師として就職先を斡旋してやる事も出来る」

 

 ……なんか、ものすごくまともな事を言っているのだが。

 ついさっき、めぐみんにやりこめられて涙目になっていたくせに。

 

「この街の冒険者の未来のために、何より子供達のために、協力してはもらえないだろうか?」

 

 そんな、いつになく真面目なダクネスに俺は。

 

「嫌だよ面倒くさい」

「!?」

「今日は夜までダラダラして、夕飯の後にダスト達と出掛ける予定なんだ。そろそろ寒くなってきたし、劇の練習なんかで動きたくない。俺はダラダラするのに忙しいから、そういう事なら他の冒険者に頼んでくれ」

「お、お前という奴は! 毎日何もせずダラダラしているのだから、子供達のために何かしようとは思わないのか! 他の冒険者達は、冬が近いのに税金を徴収され、クエストをこなすのに忙しくしているんだ」

「それってお前のせいみたいなもんじゃないか」

 

 俺の正論に、ダクネスが悔しそうに黙りこむも……。

 こうなる事は分かっていたとでも言うような苦笑を浮かべ、俺に何枚かの手紙を渡してくる。

 

「これは孤児院の子供達が書いた手紙だ。コロリン病の治療をした私達に感謝してくれたもので、誓って私が書かせたものではない。間違いなく子供達の心が篭った、お前宛ての手紙だ。お前はこの手紙を読んでも、そんな態度でいられるのか?」

「……『カズマさん、病気を治してくれてありがとうございます。カズマさんは、薬の材料を手に入れるために、怖い悪魔と戦ったと聞きました。ぼく達が生きていられるのはカズマさんのおかげです。本当にありがとうございます』」

 

 と、俺が手紙を読んでいると、アクアが横からひょいと手を伸ばしてきて。

 

「ねえ私には? 私にもそういうのはないのかしら? ……『アクアさん、遊んでくれてありがとうございます。病気になって苦しかったけど、アクアさんが遊んでくれて楽しかったです。また遊んでください』」

「いやお前は何をやってんの? 俺達が薬の材料を手に入れるために怖い悪魔と戦ってる間、お前は遊んでたのか?」

「何よ! 苦しんでる子供達を安心させるために、楽しく遊んでただけじゃないの。カズマさんこそ、怖い悪魔とか言ってるけど、それってあのペンペンでしょう? あんなののどこが怖いのかしら?」

「あの、ダクネス。私のはないのですか? 私も三人ほどではないですが、薬の調合を手伝ったりと、役に立ったと思うのですが」

 

 手紙を読む俺達を、ダクネスが微笑ましそうに見ていて……。

 

「……どうだ? この手紙を読んでも、お前はダラダラしたいなどと言えるか? 私が知っているカズマは、そこまでのクズではないはずだぞ」

「しょうがねえなあー。こんなの読んだら、面倒くさいとか言えないじゃないか。それにしても、ゼーレシルト伯には清濁併せ呑む事を覚えただとか言ってたが、子供の真心を利用するなんて、お前も汚い手を使うようになったな。よし、じゃあ劇の話をしようか」

「ちちち、ちがーっ! これはお前をその気にさせるために仕方なく……!」

「目的のためなら手段を選ばないとか、ダクネスったら、段々カズマさんみたいになってきたんですけど」

「深淵を覗きこむ時、深遠もまたこちらを見ているというわけですね……」

「……『ヒール』」

「……? アクア、どうして私の頭を治療しようとするんですか?」

 

 三人が口々に言うと、ダクネスが両手で顔を覆う。

 

「劇って言っても、俺は木の役くらいしかやった事ないし、大した事は出来ないぞ」

「まあ見てなさいな! このアクア様が最高の劇をプロデュースしてあげるわ! 全アクセルが泣いた超歴史的大スペクタクルを見るがいいわ!」

「そ、そうか。アクアが何を言っているのかはよく分からないが、二人ともありがとう。……それで、その……、めぐみんはどうだ? やってくれるか?」

 

 さっきまでの言い合いを引きずっているらしく、遠慮がちに問いかけるダクネスに、めぐみんは仕方なさそうに微笑んで。

 

「私は、悪い魔法使いの役をやりたいです」

 

 

 *****

 

 

 開催日時は決まっていないらしいが、準備は進めておいた方がいいだろうという事で、引き続き演目について話し合う。

 

「子供向けの劇って言うと、やっぱりお伽話みたいなのがいいのか? 桃太郎とか、浦島太郎とか」

「なんですかそれは。そんなお伽話は聞いた事がありませんよ」

 

 俺が言うと、めぐみんが首を傾げる。

 

「ああ、俺が住んでた国のお伽話なんだよ。こっちでお伽話っていうと、どういうのがあるんだ?」

「誰でも知っているお伽話っていうと、やっぱりあの勇者の話でしょうか?」

「勇者の話?」

 

 俺の質問にめぐみんが答える前に、ダクネスが。

 

「すまないが、あれは子供達がやる事になっているんだ。出来れば、題材は他のものにしてくれないか」

「そうですか。まあ、有名なお伽話ですからね。確かに、あれは子供達がやりたがるでしょうから、私達は他のものにした方がいいですね。……カズマの言う、その桃太郎とやらは、どういうお話なんですか?」

「桃太郎か。桃から生まれた桃太郎が、犬と猿とキジを手懐けて、鬼退治をする話だな」

 

 俺が桃太郎のあらすじをざっと説明すると、ダクネスがギョッとして。

 

「も、桃から生まれたのか? なんなんだ、そいつは。モンスターではないのか? それに、鬼族と言えば、魔王軍でも精鋭と言われる強力な種族のはずだろう。鬼族と戦うのに、なぜ動物を仲間にするんだ?」

「そんな事を俺に言われても。お伽話なんて子供の頃に読んだだけだし、詳しい事は知らないよ。そうそう、犬と猿とキジを命懸けで鬼退治に付き合わせるくせに、代わりにきび団子をあげるだけなんだよな。薄給でこき使うなんて、ブラック企業の社長みたいだなって子供心に思ったもんだ」

「そ、それは本当に子供向けのお伽話なのか……?」

「団子のために命を懸けさせるとは、なんという鬼畜。そんなお話を聞かされて育ったから、カズマはそんなに狡すっからいんでしょうか?」

「おいお前ら引っ叩くぞ」

 

 俺が語る桃太郎に、微妙な顔をするめぐみんとダクネス。

 確か、昔話にはいろいろと謂れがあって、桃から生まれるのにも、お供が動物なのにも、きび団子で手懐けるのにも意味があったと思うのだが詳しくは知らない。

 と、ダクネスが首を傾げながら。

 

「ま、まあ、少しくらいおかしな物語の方が、子供達も喜ぶかもしれないが……。それは、本当にお前の国で普通に語られているお伽話なのだな? 今お前がでっち上げたのではないのだな?」

「そんなわけないだろ。俺やチート持ちの連中は、こんな感じの話を聞かされて育ったんだよ。あっ、そうだよ! チート持ちの出身地のお伽話って言ったら、子供達も喜ぶんじゃないか?」

「そうですね。何をやるにしても、早めに練習を始めた方がいいでしょうし、他に候補がないのであれば、桃太郎でいいのではないですか?」

「私は構わないが、その桃太郎とやらには悪い魔法使いは出てくるのか?」

 

 桃太郎に乗り気なめぐみんをチラチラ見ながら、ダクネスがそんな事を訊いてくる。

 悪い魔法使いをやりたいと言っていためぐみんを気にしているらしい。

 

「そんなもん出てくるわけないだろ。桃太郎に出てくる悪役は鬼だけだよ」

 

 俺の言葉に、ダクネスが困った顔でめぐみんを見る。

 そんなダクネスに、めぐみんが苦笑して。

 

「そんなに気を遣ってくれなくてもいいですよ。悪い魔法使い役が出来ないのは残念ですが、カズマのいた国のお伽話というのも気になりますからね。詳しい内容を聞かせてくださいよ。どうして、犬と猿とキジは、団子なんかで命を懸ける気になったんですか?」

「い、いや、その辺の詳しいところは俺にもよく分からんが……。ええと、昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいてだな……」

 

 俺は詳しい桃太郎の話を始めて――!

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 屋敷の広間にて。

 

「あの、本当に私が主役でいいのですか? 他にやりたい人がいるのではないですか?」

 

 桃の絵が描かれた鉢巻を頭に巻いためぐみんが、俺達の顔を窺いながらそんな事を言う。

 相変わらず予定は未定なままなので、急ぐ理由などない俺達は、暇な時間にだけ劇の練習をしている。

 

「別にいいって言ってるだろ。俺は主役なんてやりたくないし、ダクネスを桃太郎にすると、お前は残ってる鬼役って事になるが、それだと弱い者いじめしてるみたいで、どっちが悪役か分からなくなるんだよ」

「なにおうっ! 誰が弱い者ですか! 確かに、私は魔法使い職のアークウィザードですが、爆裂魔法で強敵を倒し続け、このパーティーの中でも一番レベルが高いんです! 私のステータスの前では、一般人など相手になりませんよ! 私の言葉が嘘だと思うなら、今すぐ表に出ようじゃないか!」

「お、落ち着けよ。そういう意味じゃなくてさ。そりゃ、俺だってめぐみんのステータスが高いってのは知ってるが、見た目の問題があるだろ? 小さなめぐみんと大きなダクネスが戦ってると、傍から見てる人はめぐみんを応援したくなるもんなんだよ。小さい奴が大きい奴を倒すとスカッとするが、大きい奴が小さい奴を倒しても、なんかモヤッとするだけじゃないか」

「そ、そうなのか? 私とめぐみんが戦っていたら、皆、めぐみんを応援するのか?」

 

 横で話を聞いていたダクネスが、納得いかなそうな顔をするが、俺もめぐみんも気にしない。

 

「私も紅魔族ですし、カズマの言う事も分かりますが……。なんというか、都の人が鬼に困らされているから、鬼を退治しに行こうとか言いだす桃太郎は、私には合っていないと思うのです。どちらかと言うと、好き放題に都を荒らしまわっているという鬼役の方が向いていると思います」

 

 なんという無法者。

 正義の味方みたいな桃太郎より、めぐみんには鬼の方が似合っていると俺も思うが……。

 

「まあ、他にやる奴がいないんだから諦めてくれ。俺なんておじいさんだし、ダクネスだって鬼役は嫌そうにしてるだろ? どうしてもって言うんなら、他に桃太郎の役をやる奴を見つけてこいよ」

「……そ、その、おじいさんとおばあさんは夫婦なのですよね? 私はアクアと代わっても構わないのですが」

 

 めぐみんが顔を赤くして、ボソボソと小声で言う。

 いつもならそんなめぐみんの様子に、一緒になって照れるところなのだが。

 

「そうは言っても、アクアが一番役に合ってるからな」

「……? そうですか? というか、おばあさん役は桃を拾ってくるだけですよね。そのくらいなら、誰がやっても同じではないですか」

「めぐみんったら何を言っているのかしら? 私ほどおばあさん役に成りきれる人材は他にいないわ。珍しくカズマさんも褒めてくれたし、これはアカデミー賞間違いなしね! 私が一番上手くおばあさんを演じられるのよ!」

 

 おばあさんらしく腰を丸め、ドヤ顔をしているアクア。

 そんなアクアの様子に、これでいいのかと俺を窺うように見るめぐみんに、俺は頷いて。

 

「だってコイツ、ババアじゃん」

「ちょっとあんたふざけんじゃないわよ! 住んでた場所の時間の流れが遅かったって言ったじゃない! わあああああああーっ!」

 

 と、俺の言葉に、アクアが涙目になり襲いかかってくる。

 

「おいやめろ。お前はおばあさん役なんだから、騒がしくするのはやめろよ」

「だったらあんたはおじいさんらしく、ポックリ逝っちゃいなさいな!」

 

 揉める俺達の様子を見守っていたダクネスが、少し楽しそうに苦笑しながら。

 

「そんな事より、早く練習を始めた方が良いのではないか?」

 

 

 

「ええと、……コホン! 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。ある日の事、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出掛けました。おばあさんが……」

 

 と、ナレーター役でもある俺が語りだすと、すぐにアクアが。

 

「ちょっとカズマ、あんたに死馬狩りなんて無理よ! ここはアンデッドの専門家である、この私に任せておきなさい。山には私が行くから、あんたは川で洗濯してきなさいな!」

「いや、これはただのお話で……。まあでも、山にアンデッドが出るって言うんなら、俺よりお前が行った方がリアリティがあるかもな。柴刈りと洗濯なんて、どっちがどっちでも大して変わらないだろうし、それなら俺が川で洗濯する事にするよ」

「……それって、私の下着もカズマが洗ってるって事? ねえカズマ、いくら私達がお話の中では夫婦だからって、洗濯に行くフリをして、私の洗濯物をクンクンするのはどうかと思うの」

 

 …………。

 

「昔々、あるところにおじいさんと薄汚いおばあさんがいました」

「なんでよーっ!? 意地悪しないで、私の服も洗濯してよ!」

「ああもう! そんなどうでもいいところでいちいち話を止めるのはやめろよ! いいから話を進めるぞ! 俺が洗濯してると、川の上流から大きな桃が、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきました!」

 

 俺とアクアがめぐみんを見ると、めぐみんは慌てて。

 

「あ、私ですか。……ええと、私じゃなくて、流れてくるのは桃なのでは?」

「今は桃の代わりになるものもないし、とりあえずめぐみんが流れてきてくれ。本番までには、そういう小道具は俺が作っておくよ」

「というか、私は桃から生まれるのですよね? という事は、その時の私は服を着ていないのではないですか。さすがにそれは恥ずかしいので、アクアに拾ってほしいのですが」

「…………」

「おい、今何を想像したのか、詳しく教えてもらおうじゃないか!」

「い、いや待て。これは違う。ちょっと、昔読んだ桃太郎の絵本とか思いだしてただけで、桃の中から全裸のめぐみんが出てきたらエロいなんて考えてない」

「あんまりバカな事を言っていると、桃から出た瞬間に爆裂魔法を撃ちこみますよ」

「それなら桃を真っ二つにするのはアクアに任せる事にするよ。……びっくりしたおじいさんは、桃を持って家に帰りました。家で待っていたおばあさんが、桃を真っ二つにすると……」

 

 と、小道具代わりに、テーブルに置きっぱなしだったナイフをアクアに手渡そうとすると。

 

「お断りします。カズマさんが爆発四散しても私が蘇生してあげるから、桃を真っ二つにするのは任せるわ」

「おいふざけんな。お前、死体が残らなかったら蘇生できないって言ってただろ。俺はダクネスみたいに耐久力のステータスが高いわけじゃないんだから、爆裂魔法なんか食らったら骨も残らないと思うぞ」

「汝、無礼なクソニートよ。女神をババア呼ばわりした天罰を食らいなさい」

「だってババアじゃん」

「ふわああああああーっ! またババアって言った! あんた絶対天罰食らわせるからね!」

「残念、お前は桃を真っ二つにしてめぐみんの爆裂魔法で吹っ飛ばされるから、天罰なんて食らわせられないのでした! 台本に書いてあるんだから間違いないな。まあ、長生きしたんだし、大往生じゃないか?」

「ババア扱いはやめて! 死馬狩りと洗濯を交換したんだから、桃を真っ二つにする役割だって交換するのが筋だと思うんですけど!」

 

 俺とアクアが言い争っていると、めぐみんが。

 

「おい、二人して私の入った桃を押しつけ合うのはやめてもらおうか! もういいですよ。桃の中から爆裂魔法を使い、華麗に登場しますから、二人は安全なところに避難していてください」

「そんな事したら、中にいるお前が爆発四散するんじゃないか? 自分から出るのは構わないが、普通に出てきたらどうだ?」

「派手で格好いい登場は紅魔族的に外せないところなのです。これはお話なのですから、少しくらい事実と違っていてもいいではないですか。それに、私は爆裂魔法使いですからね。爆裂魔法で散るのは本望ですよ」

「……ねえめぐみん、それって桃太郎じゃなくて爆裂太郎のお話だと思うの」

「いいですね! 爆裂太郎! すごくいいと思います!」

 

 アクアの言葉に、めぐみんが瞳を紅く輝かせる。

 

「いや、駄目だろ。チート持ちの出身地のお伽話だって触れこみで劇をやる予定なんだから、前提を覆すのはやめろよな。桃太郎だって言ってるだろ。なんだよ、爆裂太郎って」

「なんですか? 爆裂魔法をバカにするつもりなら、カズマといえど容赦はしませんよ!」

 

 と、桃太郎が誕生しないうちから揉めだす俺達に、まだ出番ではないため、ひとり寂しそうに椅子に座っているダクネスが。

 

「そ、その……。楽しそうに練習しているのはいいのだが、出来れば私も一緒に……。い、いや! 鬼の出番はまだ先なのだから、仕方ないのは分かっているのだが!」

「ちょっと待ってくれ。いい事を思いついた。俺が流れてきた桃を拾わず放っておけば、桃はどんぶらこっこと流れて鬼ヶ島に流れ着くんじゃないか? 後は、桃を食べようとした鬼達が桃を真っ二つにした瞬間、めぐみんの爆裂魔法によって鬼は全滅。都に平和が訪れましたとさ。めでたしめでたしって事にならないか?」

「お、お前はまたバカな事を……! これは、鬼という強大な敵を、仲間達と力を合わせて打ち破る冒険物語ではなかったのか! 爆発物を送りこんで敵を殲滅するなどと、どちらが悪役か分からない事をするのはやめろ!」

 

 桃太郎の話をしている時に俺が適当に吹きこんだ、努力・友情・勝利という漫画の法則を真に受けているダクネスが、俺の素晴らしい提案に反論してくる。

 そんな俺達にめぐみんが。

 

「あの、私を爆発物扱いするのはさすがにやめてほしいのですが」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 劇の練習が楽しくなってきた俺達は、今日も練習のために広間に集まっていた。

 少し待っていてほしいと言って出かけためぐみんを待つ間、俺が小道具を作り、アクアがお茶を淹れ、ダクネスが『が、がおー?』と鬼っぽさを追求していると……。

 

「お待たせしました!」

「い、いいの? 私まで来ちゃって、本当にいいの? す、すいません。お邪魔します……」

 

 玄関のドアを開け現れためぐみんの後ろから、ゆんゆんが顔を出す。

 

「なんだ、ゆんゆんを呼びに行ってたのか?」

「いらっしゃい! 今、ゆんゆんの分のお茶も淹れてくるわね!」

「お、おお、お構いなく!」

 

 お茶を淹れに行くアクアに、ゆんゆんがオロオロしている中。

 めぐみんが俺の下へやってきて。

 

「カズマカズマ。言われたとおり、代わりの桃太郎を連れてきましたよ。爆裂太郎も良かったですが、やはり私は桃太郎より、鬼役の方が似合っていますからね。ゆんゆんなら、桃太郎にぴったりです」

「そういえば、桃太郎の役が嫌なら代わりを連れてこいって言ったっけ。まあ、冒険者が劇を手伝ってくれるのはありがたいし、本人がいいって言ってるなら俺は構わないけど。……でも、ゆんゆんが桃太郎にぴったりってのはどういう意味だ?」

「あ、あの、カズマさん。桃太郎ってなんですか?」

 

 俺とめぐみんのやりとりを聞いていたゆんゆんが、おずおずと基本的な事を訊いてくる。

 

「お前、そんな事も教えないでつれてきたのか?」

「皆で劇をやる事になったけど参加しますかと言ったら、喜んでホイホイついてきたんですよ。この子はそのうち、これから合コンやるから一緒に来いよなどと言われて、チンピラ冒険者と夜の町に消えていく事になるでしょう……」

「や、やめて! 私、そんなにチョロくないから!」

 

 めぐみんのリアルな予言に、涙目になるゆんゆん。

 そんなゆんゆんに、なんだかんだ言って面倒見のいいめぐみんが、劇をやる事になった経緯や、桃太郎について説明する。

 

「――というわけで、桃太郎はあなたに任せました」

「ええっ! 私が主役なの!? む、無理! そんなの絶対無理だから! 私なんて、きび団子の役で十分だから!」

 

 と、うろたえるゆんゆんの肩に、めぐみんが手を置いて。

 

「落ち着いてください。そんなに難しく考えなくても大丈夫ですよ。桃太郎の役はあなたにぴったりではないですか。人間の仲間が出来なくて動物を仲間だと言い張るところなんか、まりもを友達だと言い張っているぼっちのあなたとよく似ています」

「あんたちょっと待ちなさいよ! い、今は他にも友達くらいいるし……! それに私はぼっちじゃなくて、ソロパーティーだから……!」

 

 

 

「……ええと、旅に出た桃太郎は、やがて犬と出会いました。犬は桃太郎が持っているきび団子を欲しがりました」

「き、きび団子が欲しいの? そ、それなら代わりに、私と鬼退治に……、…………」

「にゃー?」

 

 ゆんゆんの声がどんどん小さくなっていく。

 犬役のちょむすけが首を傾げる中、ゆんゆんが涙目で俺を見て。

 

「あの、カズマさん。どうして私は動物を仲間にしないといけないんですか? 劇の中でくらい、普通の人間を仲間にしちゃ駄目ですか?」

「うっ……。そ、そうだな。まあ、桃太郎の正しいあらすじなんて誰も知らないだろうし、普通の人間を仲間にしてもいいんだが、その……、俺はおじいさんとナレーターだし、アクアはおばあさんと演出だし、めぐみんは鬼をやりたがっていて、他に演じる人がいないんだよ。ダクネスを鬼役から外すと、また弱い者いじめっぽくなっちまうしなあ……」

「まともな仲間が欲しかったら、私みたいに人を呼んでくるんですね。ぼっちではないと言うんなら、友達を連れてきてもいいんですよ!」

 

 鬼役の似合うめぐみんが、そんな事を……。

 ……や、やめてやれよ。

 

「なあカズマ。今日も鬼の出番はないのだろうか?」

 

 ションボリした顔で俺に訊いてくるダクネスに、そんなダクネスの隣に座るめぐみんが。

 

「まあいいではないですか。鬼は毎日、都から盗んできたお金で宴会をしているらしいですよ。私達も鬼役として、桃太郎が来るまで楽しく騒いでいる事にしましょう」

「そ、そうか? 昼間から酒を飲むのはどうかと思うが、今の私は鬼の役だからな……」

 

 めぐみんが向こうに行った途端、鬼役がロクでもない感じになってるんだが。

 と、アクアが俺の服の袖をクイクイと引いて。

 

「カズマさんカズマさん。私もあっちに行きたいんですけど」

「おいやめろ。お前はおばあさん役なんだから、これ以上桃太郎の味方を減らすのはやめろよ」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 その日、屋敷の広間に集まったのは、俺とアクア、めぐみん、ダクネスと、ゆんゆん。

 そして……。

 

「よう、来てやったぞクソガキ。約束通り、後で奢ってもらうからな! 奢ってくれるならカズマでもいいけどな!」

「そこのぼっち娘に呼ばれて来てやったぞ。まあ、我輩はいずれ悪感情を発するであろう子供達の味方である。道化をやるくらいならば付き合ってやらんでもない」

「突然お邪魔してすいません。あの、アクア様。出来れば結界を弱めていただけませんか? なんだか肌がピリピリするんです」

 

 ゆんゆんの数少ない友達である、ダストとバニル、ウィズ。

 三人を連れてきたゆんゆんは、勝ち誇ったようにめぐみんを見て。

 

「どう、めぐみん? あなたに言われたとおり、猿と犬とキジの役をやってくれると、と……を連れてきたわよ!」

「おいララティーナ、茶を持ってこいや! 一番高級なヤツにしてくれよ! 一応貴族の令嬢なんだし、どうせ高い茶を飲んでるんだろ?」

「フハハハハハハハ! フハハハハハハハ! 老婆の役とは似合っているではないか。とうとう自分がババアである事を認めたか、老朽化したトイレの女神よ!」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

「……あなたの連れてきた友達とやらのせいで、いきなり大変な事になっているのですが」

「す、すいません! 私のと、とも……がすいません!」

 

 我が物顔で茶を要求するダストや、いきなりアクアを挑発するバニルの行動に、ゆんゆんがぺこぺこと頭を下げる。

 そんな事より、バニルが避けたアクアの魔法がウィズに当たっているんだが……。

 

「まあ落ち着け。お前ら落ち着け。お前らに仲良くしろって言っても無駄なのは分かってるが、家具とか壊れると困るし、室内で暴れるのはやめろよ」

「あ、あいつが……! あのヘンテコ悪魔が、私の事、ババアって……! うっ、うっ……!」

「お前、ガチ泣きする理由がそんなのでいいのか……? わ、分かったよ。おじいさんとおばあさんは、日本の昔話によくいる登場人物ってだけで、桃太郎を育てて送りだせばいいんだし、普通の村人って事にすればいいだろ」

 

 ここのところ、俺がババア呼ばわりする度に怒っていたアクアが悔し泣きするので、俺が慰めるためにそんな事を言うと。

 

「ちょっと待ってくださいよ! おじいさんとおばあさんだと言うから、カズマとアクアが夫婦という設定でもまあいいかと思っていたんですよ! 普通の村人だって言うんなら、私が妻の役をやるべきだと思います!」

「ま、待ってくれ。これは劇なのだし、そういう事なら私がカズマの、つ、つ、妻の役でもいいのではないか?」

 

 めぐみんとダクネスが、おばあさん、もとい村人の妻の役をやりたがる。

 そんな二人の様子に、ゆんゆんとウィズが驚いた表情で顔を赤らめ、ダストがニヤニヤし、バニルがつまらなそうな顔をする中。

 アクアは。

 

「本当? それじゃあ私は、鬼の役をやるわね。鬼なんだから、桃太郎が来るまで、都から奪ってきたお酒で楽しく宴会をしている事にするわ!」

 

 嬉しそうにそう言うと、アクアは台所から酒を持ってきて、ソファーに寝そべって飲みだした。

 ……チンピラとリッチーと悪魔を味方に付けて、女神を討伐しに行く魔法使いの女の子。

 相変わらず、どっちが女神か分からない。

 

「ダクネスはきっぱり振られたのですから、諦めるべきだと思います! エロい体を使って迫るとか、はしたないとは思わないのですか!」

「そ、それは……! い、いや、これは劇だ! 劇なのだから、別に私がカズマの妻役でも構わないはずだ!」

「カ、カズマさん! 二人を止めなくていいんですか?」

 

 言い争う二人の様子に、ゆんゆんが俺に助けを求めるような目を向けてくる。

 

「ちょっと待ってくれ。俺の事を好きな二人の女の子が、俺の事を取り合うなんて状況、すぐに止めちまったらもったいない」

「……カズマさん…………」

 

 おっと、ゆんゆんがゴミを見るような目で俺を見てますね。

 ついに最低とすら言われなくなった。

 

「よし分かった! 二人とも、こういうのはどうだ? これは現実じゃなくて劇なんだし、この際ハーレム展開でも……、…………」

 

 その時、俺に電流走る――!

 アクアの退魔魔法を食らって薄くなっているウィズが、見た事もないような冷えきった目で俺を見ていた。

 これはマズい。

 少し前にちょっとした勘違いで傷心したウィズは、恋愛とか結婚とかいう単語に敏感になっている。

 これ以上おかしな事を言うと、あのデュークとかいう男みたいな目に遭わされるかもしれない。

 いや、温厚なウィズに限ってそんな事は……。

 …………。

 

「桃を拾って桃太郎を育てて送りだせればいいんだし、おばあさんはいなかった事にしてもいいんじゃないか?」

 

 と、そんなヘタレな事を言う俺にバニルが。

 

「……ふぅむ。傷心店主のイラっとした悪感情は、あまり美味くないな。どちらかを選べと言われどちらも選べぬ優柔不断な小僧よ。ここはひとつ、愛の言葉でも囁いた後にドッキリでしたと言い、あの娘らの羞恥の悪感情を引きだしてみてはどうか?」

「やかましい。お前が余計な事を言ったせいで、こっちにまでとばっちりが来てるんだからな」

 

 

 

「……昔々あるところに、優柔不断でヘタレな冒険者がいました。おい、ちょっと待ってくれ。こんな設定はなかったはずだ。台本を勝手に書き換えるのはやめろよな」

「いいからさっさと川へ洗濯をしに行ってはどうですか?」

「わ、分かったよ。ある日、男が川で洗濯をしていると、川の上流から大きな桃がどんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきました。貧乏でパンの耳ばかり食べている男は、桃を持ち帰って食べる事にしました。ところが、桃を切ってみると、中から女の子が……! いや、なんで女の子なんだよ? ここは赤ん坊のはずだろ?」

「そこは設定を変えておいた。貧乏でパンの耳ばかり食べているような男に、赤ん坊を育てられるはずがないからな」

「そ、それはそうだが……。なあ、さっきから台本に悪意を感じるんだが」

「あの、カズマさん。続けてもらっていいですか?」

「分かったよ! とりあえず続けるぞ!」

 

 桃から出てきたゆんゆんに促され、俺は台本の続きを読む。

 

「その頃、王都では鬼が暴れ、市民を困らせていました。冒険者となり、めきめきと実力をつけてきたゆんゆんは、この鬼を退治するために旅立つ事にします。しかし、狡すっからいだけで、実力もなく優柔不断で、今やヒモ同然となっている男を、危険な旅に連れていくわけにはいきません。お前ら、後で覚えてろよ」

「そんな事ないわ! そんな事ないですカズマさん! 優柔不断でもヘタレでもヒモ同然でも、仲間がいるって素敵な事なんです! ひとりは寂しいんです! 危険な旅かもしれませんが、あなたの事は私が必ず守りますから! だから、だから……!」

 

 と、台本を書き換えためぐみんとダクネスを睨む俺に、ゆんゆんが必死にそんな事を言う。

 

「よし分かった。一緒に鬼退治に行こうか!」

「あなたは何をバカな事を言っているんですか? そんな事、台本には書いていませんよ! ヒモ男の役目はゆんゆんを送りだす事なのですから、後はナレーションに徹してください。ゆんゆんもすぐに仲間はやってきますから、少しくらい我慢してくださいよ」

「そんな! ここでカズマさんを連れていかなかったら、私は一生後悔するわ! 仲間がひとりくらい多くてもいいじゃない! めぐみんに何を言われても、私はカズマさんを連れていくわ!」

「ああもう! こんなところに冒険者設定の弊害が!」

「まあいいじゃないか。ゆんゆんもこう言ってる事だし、俺もゆんゆんと一緒に行ってやりたい。台本なんか、どうでもいいんだ。大事なのは、俺がゆんゆんの味方をしていると、鬼役のお前らを退治できるという事だ」

「この男!」

 

 めぐみんがいきり立つ中、ソファーに座る鬼達は。

 

「ぷはーっ! 昼間から飲むお酒は最高ね! 私、鬼って向いているかもしれないわ!」

「お、おいアクア。これはあくまで劇なのだから、本物の酒を飲まなくてもいいのではないか?」

「でかいおっぱいのくせに、細けえ事気にすんなよ! そんな事より、次の酒持ってこい!」

「胸は関係ないだろう! というか、どうしてダストまで酒を飲んでいるんだ? お前は鬼役ではないはずだ」

「細けえ事気にすんなっつってんだろ? 実は俺は人間どもをスパイするために動物の振りをしていた鬼だとか、そんな感じだよ」

「ねえダクネス。これは劇なんだから、鬼は最後にはやられちゃうのよ! それなら、今のうちに楽しんでおかないと損じゃない! ダクネスも飲んで! ほら、クイっと行っちゃいなさいな!」

「い、いや、しかし……」

 

 ……あっちはあっちで結構楽しそうだ。

 

「フハハハハハハハ! 我輩は犬である! そこを行く友達いなさそうな娘よ。鬼退治をしたいのならば、我輩を連れていくが吉。対価は腰にある団子で良いぞ。団子ごときでこの我輩を味方に出来るとは、汝は実に運が良い!」

「ど、どうも。キジです。私も鬼退治を手伝うので、お団子をくださいませんか?」

「い、いいんですか? 鬼退治は危ない旅らしいですが、本当に私についてきてくれるんですか? どうしようめぐみん! 私に三人も仲間が出来た……! 私、私……、この旅で死んでも悔いはないわ!」

「ゆんゆん? 落ち着いてください。その……、これは劇ですからね?」

 

 いきなり重い事を言いだしたゆんゆんに慌てるめぐみん。

 そんなめぐみんに、俺は。

 

「『バインド』」

「……!? カズマ!? なんですかこれは! いきなりどういうつもりですか! あっ、あっ、待ってください! さっきの事は謝るので、ドレインタッチはやめてください! 今日はまだ爆裂散歩に行ってないんです!」

「カ、カズマさん!?」

 

 俺がめぐみんをバインドで縛って転がし、念のためドレインタッチで魔力を奪うと、さすがに驚いた様子でゆんゆんが声を上げる。

 

「落ち着けゆんゆん。さっきからうろちょろしていたが、こいつは鬼のスパイだ」

「ええっ!」

「そんなわけないでしょう! いえ、鬼の役なのはそうですが、別にスパイとしてゆんゆん達にくっついていたわけではないですよ! 私はただ、劇を円滑に進めるために……」

「ほーん? 台本をめちゃくちゃにしたくせに、劇を円滑に進めるとか何言ってんの? お前らだって台本を無視したんだから、俺が台本を無視したっていいはずだ。ダストもいつの間にか鬼側になってるしな」

「あんなチンピラはいらないので、引き取ってほしいのですが!」

「いらない。というか、今ってちょうど四対四で、人数が同じなんだよ。俺はめぐみんを抑えておくから、皆は今のうちに他の鬼達と戦ってくれよ」

「わ、分かりました!」

「ちょ……!? なんですか? 動けない私に何を……! ゆんゆん! 助けてください! 親友のピンチですよ!」

 

 鬼ヶ島に向かうゆんゆんを見送り、俺はめぐみんに……。

 ……いや、別に何もしないぞ。

 何もしないが、めぐみんが勝手に暴れてスカートがめくれているのは俺のせいじゃないよな?

 相変わらず、黒が好きだなあ……。

 

「王都を襲う鬼達、覚悟してください!」

「あん? なんだよクソガキ。俺達と戦おうってか? 紅魔族のクソガキに、魔道具店の店主とバニルの旦那が相手とあっちゃ、俺が戦うわけには行かねえな! そこのなんちゃって貴族を好きにしていいから、俺の命だけは助けてくれ!」

「んなっ! 貴様、それでも市民を守る冒険者か!」

「何を言ってるんだ? 今の俺は冒険者でもなんでもない、一匹の鬼だぜ? オラ! 分かったらお前が前に出て俺を守れ!」

 

 ダストが最低な事を言いながら、ダクネスの背中を押して前に出す。

 

「くっ……! 不本意だが、こんな下衆でも今は仲間だ。守るべき者を私情で選んだりはしない! 相手にとって不足はない! さあ、かかってこい!」

 

 お、おお……。

 ……なんだろう、普段のクエストや戦闘の時より、ダクネスが格好いい気がする。

 背後を守るように、両手を広げ足を開いてバニルと向かい合うダクネスに、バニルが。

 

「良かろう! 我輩も少し本気でおちょくってやろうではないか。……ふぅむ? 意中の小僧のファーストキスを奪い、仲間へのちょっとした優越感とそれなりの罪悪感を抱く娘よ。隠した日記に妄想を綴って悶々とするくらいなら、仲間に気など遣わず、さっさと実行するが吉。好きなだけ乳繰り合って、産み増えるが良い」

「わああああああああ! よよ、余計な事を言うな!」

「フハハハハハハハ! その羞恥の悪感情、美味である美味である!」

 

 ダストが速やかに土下座し、ダクネスがバニルにおちょくられる中。

 アクアは……。

 

「あ、あの、カズマさん。どうしましょうか?」

 

 困った顔のウィズが、そんな事を訊いてくる。

 ウィズの視線の先では、酒を飲みすぎて酔いつぶれたアクアが、ソファーに寝そべって眠っていた。

 

「まあ、俺達の勝ちって事でいいんじゃないか」

 

 めでたしめでたし。

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 その日も劇の練習をする事になった俺達は、冒険者ギルドの酒場に集まっていた。

 それというのも……。

 

「小さな子供達のために……! めぐみんさんとゆんゆんさんとアクア様と一緒に……! それに、それに……、あの可愛らしいお嬢さんまで……? 一生ついていきますアクア様!」

「二人で力を合わせてあの邪悪なヘンテコ仮面を消し飛ばしてやりましょう!」

「仰せのままに!」

 

 幸せそうな笑顔を浮かべた、アクシズ教徒のセシリー。

 

「ママ!」

「シルフィーナ、外でママというのは……。い、いや、もういい。どうせ、皆に知られてしまっているのだからな」

「……! ありがとう、ママ……!」

 

 ダクネスに頭を撫でられて嬉しそうにしている、ダクネスのいとこ、シルフィーナ。

 

「しょ、少女よ。すまないが少し横にずれてくれないか。キミの目の前では浄化しないと言っていたが、あの凶暴な女神がすごい目で見ているのだ」

「ゼーレシルトよ。そこまであのハズレ女神が恐ろしいなら、汝は店番をしていても良かったのだぞ?」

「ししし、しかしバニル様! 万一、店番中にあの女神がやってきたら、私は今度こそ消滅させられてしまいます! この街で最も安全なのは、この少女の傍なのです!」

 

 シルフィーナを盾にしてアクアの視線を避けようとする、ペンギンみたいな着ぐるみの悪魔、ゼーレシルト。

 

「こんな面白そうな事をやってるんなら、もっと早く私達に教えてくれれば良かったのに!」

「そうだぜ! お前だけ奢ってもらうなんて、そんな美味しい話なら俺にも教えてくれよ!」

「酒代などはどうでもいいが、カズマ達の言うように冒険者の将来に関わる事ならば、俺達も手伝わせてもらいたい」

「そうよ! 私達だって、いつまで冒険者を続けられるか分からないんだから。あんた達も、カズマに奢らせようとかバカな事ばかり言ってないで、少しはララティーナちゃんを見習ったら?」

「チッ! こうなるからお前らには教えたくなかったんだよ!」

 

 そして、ダストと、ダストのパーティーメンバーである、リーン、キース、テイラー。

 めぐみんとゆんゆんはまだ来ていないが、すでに十二人もいる。

 屋敷の広間で劇の練習をするには人数が増えすぎたので、冒険者ギルドの受付のお姉さんに事情を説明し、あまり人のいない時間にだけ、酒場の隅のスペースを貸してもらえる事になった。

 

「すいませーん! 店員さん、クリムゾンビアーひとつ!」

「おいお前ふざけんな。いきなり酒頼んでんじゃねえ! すんません。今の注文、なかった事にしてください!」

「何よ! 邪魔しないでよ! 私は鬼の役なんだから、宴会してて当たり前じゃない!」

「お前、こないだは酔いつぶれて寝てただろうが! 劇の練習中に寝てどうすんだ!」

「はあー? カズマったら知らないの? 鬼っていうのはね、酔って寝ている間に退治されちゃうものなのよ。日本のお伽話の中にも、鬼にお酒を飲ませて寝ちゃったところを襲う話があるでしょう?」

「そ、そうなのか?」

 

 コイツ、急にそれっぽい事を……!

 

「いや、ちょっと待て。どっちにしろ、練習中に酔いつぶれて寝てていい理由にはならないだろ。皆頑張ってるんだから、お前も少しくらい頑張れよ。というか、そもそも何をやるのかもよく分からなかったから気にしてなかったが、演出をやるとか言ってなかったか?」

「そういえばそうね! でも、前はおばあさん役で、最初の方しか出番がなかったけど、鬼の役は宴会をしていないといけないし、演出までやるのは無理ね。せっかく人が増えたんだし、私以外の誰かにやってもらいましょう」

「別に鬼の役は宴会してないといけないってわけでもないけどな」

「すいませーん! この、冬期限定の地獄極楽甘辛ネロイドひとつ!」

 

 ……コイツはもう放っておこう。

 俺は、集まってくれた人達に目を向けて。

 

「……ええと、めぐみん達が来るまでに、とりあえず劇の元になるお伽話について説明するぞ」

 

 と、そんな時。

 

「たのもう!」

 

 ギルドのドアが開き、めぐみんとゆんゆんが入ってくる。

 

「なんだよ、タイミングが悪いな。今から桃太郎の話をするところだったんだよ。お前らが来ないうちに、話しておこうと思ったのに」

「す、すいません……」

「あ、いや、今のはゆんゆんに言ったわけじゃ……!」

 

 俺の軽口にゆんゆんが涙目になり、俺が慌てる中。

 めぐみんは。

 

「だったら、タイミングが良かったですね。人が増えるという話だったので、いい加減に台本をきちんと見直すべきだと思って、助っ人を連れてきたんですよ。桃太郎の話をするなら、あの子にも聞かせてあげてください」

 

 めぐみんに促され視線を向けると、そこにいた人物が、ローブをバサッと翻して。

 

「我が名はあるえ! 紅魔族随一の発育にして、作家を目指す者!」

 

 紅魔族流の名乗りを上げたのは、めぐみんやゆんゆんの同級生にして作家志望である、あるえ。

 あるえは、おかしな名前や奇抜な名乗りにリアクションを取れない人々を気にせず、マイペースに俺の下にやってくる。

 

「やあ、久しぶりだね、外の人。お伽話は結構読んだつもりだったけど、桃太郎というのは聞いた事がなくてね。他にもいろいろと知っているんだって? 今日は君の知っているお伽話を聞かせてもらいたくて来たんだよ」

「お、おう……。まあ、別にお伽話を話すくらいは構わないが、これから劇の練習をするから、それが終わってからでいいか?」

「構わないよ。でも、劇の台本を書き換えてほしいのなら、先に桃太郎の話をしてくれるかい?」

「うーん。そうだなあ……」

 

 俺は集まってくれた人達に。

 

「なあ、ここにいるのって、全員役者って事でいいのか? 裏方をやりたい奴とかいないのか?」

「俺はあまり派手な事が似合う方ではないから、裏方が必要なら裏方をやろう。しかし、カズマほど器用にいろいろな事が出来るわけでもないぞ?」

 

 そんな事を言うテイラーに、リーンが。

 

「えー? こんな機会なかなかないし、テイラーも一緒に舞台に立とうよ! 私達四人で、冒険者パーティーの役とか!」

 

 桃太郎に冒険者なんて出てこないが……。

 

「わ、私、ママと一緒の役がいいです……!」

「そうか。では、シルフィーナは可愛い小鬼の役だな」

「ダスティネス卿、貴方の娘は体が弱いのだろう? 小鬼には子守りが必要なのではないか?」

「ゼーレシルト伯。その、シルフィーナは娘ではないのだが……」

 

 シルフィーナが控えめに可愛らしい主張をし、ゼーレシルトがアクアの視線にビクビクしながら必死に主張する。

 

「あの、カズマさん。こんなに人がいるんなら、私が桃太郎の役をやらなくてもいいと思うんですけど……。その、他に主役をやりたい人もいるかもしれないし……」

「ゆんゆんは相変わらずおかしな事を言いますね。紅魔族たるもの、主役か悪役をやって目立とうとするべきではないですか?」

「わ、私はそんな……! 別に目立たなくていいから……! 脇役でいいから……!」

「じゃあゆんゆんはきび団子の役でもやっていればいいですよ」

「分かったわ。私、きび団子の役をやる……!」

「冗談に決まっているでしょう! なんですか、きび団子の役って?」

 

 紅魔族としての感性の違いで言い合うめぐみんとゆんゆん。

 

「カズマさんカズマさん。小道具でしたら、ウチの店の魔道具を少し融通できますよ。蓋を開けると爆発するポーションや、空気に触れると爆発するポーションを使えば、きっと子供達も喜んでくれるはずです!」

「たわけ! 子供のお遊戯会に、爆発する系のポーションを使う奴があるか! ここぞとばかりに在庫を放出するでない!」

「ち、違います! 私はただ、子供達を喜ばせたくて……!」

 

 過激な事を言いだすウィズと、子供が関わっているからか常識的な事を言うバニル。

 

「店員さーん! 今度は普通のネロイドをちょうだい! ねえカズマさん。ネロイドが来たらフリーズをしてよね! そろそろ寒くなってきたけど、ギルドの中は暖かいし、人が多くて熱気もすごいから、冷たいネロイドを飲みたい気分なの!」

「お、お前……。皆結構やる気になってるんだから、少しくらい協力したらどうなんだ?」

「何よ! 私は最高の鬼役をやってるわよ! 私の鬼っぽくないところって言ったら、飲んでるのが本物のお酒じゃないところくらいじゃないかしら!」

「アクア様! 厨房からこっそりクリムゾンビアーをいただいてきました!」

「よくやったわセシリー! あなたに鬼ポイントを十点あげるわね!」

「ありがとうございます!」

 

 劇だのなんだのと関係なく、完全に宴会ムードのアクアとセシリー。

 コイツら駄目だ。

 

「……『スティール』」

「あっ! ちょっとあんた何すんのよ。私のお酒返しなさいよ!」

「あーっ! いくらアクア様と仲が良いからって、なんて事を! なんですか、好きな子に振り向いてほしくて意地悪したくなっちゃうっていう、思春期の男の子的なアレですか? アクア様の愛は我々すべてに降り注がれるものなので、そんな風に独占しようとするのはいけないと思います。どうしてもって言うんなら、私の事をセシリーお姉ちゃんと呼んで、アクア様の代わりに崇拝してくれてもいいですよ」

「言ってる意味が分からないし分かりたくもない」

 

 と、そんな話をしていると、受付のお姉さんが俺達に近づいてくる。

 

「あの、サトウさん。少しいいですか?」

「な、なんですか? ひょっとして、騒ぎすぎですか?」

「いえ、今は酒場のお客さんもいませんし、少しくらい騒いでも大丈夫ですよ。ダクネスさん……ダスティネス卿の施策には、冒険者ギルドとしても期待しているので、劇には出来るだけ協力したいと考えているんです。職員ももちろん手を貸しますし、冒険者の皆さんにも事情を説明して、場合によってはクエストといった形で協力を要請する事も出来ます。ですから、裏方については私達にお任せください。さすがに無料というわけには行きませんが、小道具や衣装も揃えられると思います」

「……マ、マジで?」

 

 俺達のパーティーだけでちょっとした劇をやるつもりが、思ったより大事になってきた。

 

「ええと、それじゃあ、ここにいる十四人が役者って事で、登場人物はそれくらいのつもりで台本を書いてもらえるか? アクアの魔法があれば一人二役とかも出来るだろうし、少しくらい増えたり減ったりしてもいいからさ」

 

 お姉さんの話を聞いて、俺があるえにそう言うと。

 あるえは頷きながら紙とペンを取り出して。

 

「登場人物は大体十四人だね。それじゃあ、桃太郎の話を聞かせてもらおうか」

 

 少しだけ瞳を紅くして、そう言った。

 

 

 

「昔々、ある川を、少年の死体が流れていた……」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 ナレーター役を買って出たあるえの言葉を止める。

 劇に協力してくれる人々の顔合わせから、一日が経っている。

 

「なんだいカズマさん。まだ物語は始まったばかりなのだけれど。それに、このお話にはカズマさんから聞いたお伽話を下敷きにして、いろいろと伏線を仕込んでいるんだ。文句を言うなら物語が終わってからでも遅くはないと思うよ」

 

 筆が乗ったからとひと晩で台本を仕上げたあるえは、徹夜明けのせいか少しテンションが高い。

 

「そ、そうか。というか、その少年の死体って俺なんだよな?」

「そうだよ。勇者カズマが悪魔を倒すお話なんだ」

 

 ……桃はどうなったんだろうか。

 

「なあダクネス。確か、子供達がやる劇も、勇者の話じゃなかったか? ネタが被ってる気がするんだが」

「……ん。しかし、台本を書き直してくれとこちらから頼んだのに、出来上がったものに文句を言うのは……」

 

 俺がひそひそとダクネスに耳打ちすると、ダクネスは困った顔で、目をキラキラさせているあるえを見る。

 

「ま、まあ、分かった。とりあえず最後まで聞くよ。話を続けてくれ」

「いいとも。少年の死体が流れ着いたところでは、ちょうど美しい女神が洗濯をしていた。女神が死んでしまった少年のために涙を流すと、その涙が少年の顔に当たり、少年は息を吹き返す」

「その女神っていうのは私の事ね! 鬼の役じゃなくなっちゃうのは残念だけど、女神の役っていうのは私にぴったりだわ!」

「さすがです、アクア様!」

 

 というか、女神が普通に川で洗濯してるんだけど……。

 

「少年を殺したのは、大悪魔バニルミルド。王都を裏から支配している悪魔と戦い、少年は家族もろとも殺されてしまったのだった……。復讐を誓う少年が、やがて大きく成長し、女神とともに王国を救う物語が、今始まる……!」

「変わりもののネタ種族の中でも変わり者の娘よ。我輩達悪魔にとって、人間は美味しいご飯製造機であり、上位悪魔が無暗に人の命を奪うような真似はしないものなのだが」

 

 物語の始まりを邪魔するバニルの言葉に、あるえは首を傾げながら集まった人々を見て。

 

「そうなのかい? それは困ったね。一応、集まった人達に似合った役を作ってきたつもりなのだけれど。魔道具店のお姉さんは、温厚そうだから悪役が似合わないし……」

 

 と、あるえの視線がひとりの人物で止まり。

 

「……カズマ少年を殺したのは、チンピラ冒険者のダスト」

「いきなり話がせせこましくなりましたね」

 

 めぐみんのツッコミに、俺を殺したと言われたダストが。

 

「あん? いいじゃねーか。俺がラスボスって事だろ? アクセルの街を牛耳っているこの俺が、王都を裏から支配してるってのは悪くない設定じゃねーか! オラオラ、ダスト様のお通りだ! 酒だ! 酒持ってこい! おうクソガキ、酌しろや!」

「クソガキって呼ばないで! 劇で大物の役をもらったからって、いきなり態度が大きくなるのはどうかと思いますよ。そういうところがすごく小物っぽいです」

「お、お前……。相変わらず言う事はハッキリ言うじゃねーか」

 

 そんな、仲が良いんだか悪いんだか分からない二人のやりとりを見ていたあるえが、ポツリと。

 

「……チンピラの情婦、ゆんゆん」

「ちょっと待って! この人の情婦なんて冗談じゃないわ! 変な設定を付け足さないで!」

「駄目かい? ゆんゆんは、めぐみんのライバルとして登場する予定だから、ラスボスと因縁を結んでおくのは悪くないと思うんだよ」

「わ、私って、劇の中でもめぐみんのライバルなの?」

「私にとっては、二人がちょっとした事で勝負をしているのは当たり前の事だったからね。皆に似合った役を作ろうとしたら、ゆんゆんはめぐみんのライバルって事になってしまったんだよ」

「そ、そっか。そういう事なら、……でも、ダストさんの情婦……。ね、ねえ、せめて協力者とかにならない?」

「それだと悪女っぽさが足りないのだけれど。ゆんゆんが嫌がるなら仕方ないかな」

 

 あるえの言葉に、ゆんゆんがホッと息を吐く。

 

「続けてもいいかな? ……王国を救うために旅立った少年と女神は、王都までの通り道のとある領地で、行き倒れている魔法使いと出会う。その少女こそ、爆裂魔法を操る魔法使い、めぐみん。……運命の出会いだった」

「おっと、私の出番ですね。我は紅魔族随一の魔法の使い手、めぐみん! 我が必殺魔法は山をも崩し、岩をも砕く……! ……というわけで、優秀な魔法使いはいりませんか? ……そして図々しいお願いなのですが、もう三日も何も食べていないのです。出来れば何か食べさせてはいただけませんか?」

 

 ……なんだろう、すごく既視感があるんだが。

 めぐみんもあるえの方をチラチラ見て、微妙な顔をしている。

 

「……飯を奢るくらいわけないけどさ。その眼帯は……あれっ? そういやお前、最近眼帯なんて付けてないじゃないか」

「え、ええ、まあ。ぶっちゃけ見にくいだけですし、たまにカズマがパッチンしてきて痛いので、いつの間にか付けなくなりましたね」

「おや、それは失敬。なら、この眼帯の下りは削っておく事にするよ」

「いえ、紅魔族的に眼帯は必要です。仕舞ってあるだけで、なくしたわけではありませんし、本番には付けてきますから、ある事にして話を進めていいですよ」

「そうかい? 大切にしてくれているのなら、あげた甲斐があったね。……爆裂魔法使いめぐみんを仲間にした少年と女神は、その領地を治める貴族の悪政について聞く。なんと、その地を治めるゼーレシルト伯の正体は悪魔で、バニルミルドの部下だったのだ」

「……紅魔族の少女よ。私はこれでも、自分の領地ではそこそこ善政を敷いていたつもりなのだが」

「そうなのかい? まあ、そこはお話の都合という事で目を瞑ってほしい。悪魔といえば悪い事をしているものだろう?」

 

 ……あれっ?

 これって、王国の中でもほとんど知ってる人がいないような秘密じゃなかったのか?

 誰かがあるえに喋っちまったのか?

 俺の視線に、バニルがニヤニヤし、ゼーレシルトがぶんぶんと首を振る中、一緒に旅をしているという設定なので、俺の隣に立っているアクアが。

 

「小説家を目指してるって聞いてたけど、さすがね! 私が教えてあげた事を、いろいろと盛り込んでいるわ!」

 

 ……この女。

 

「いや、お前は何をやってんの? ゼーレシルト伯の事は内緒だったらしいし、誰にでも話すのはやめろよ」

「はあー? なんで私が悪魔なんかの都合を考えないといけないの? それに、あんまり私をバカにしないでくれます? 誰にでも話したりしないわよ。めぐみんの友達って言うから教えてあげたんじゃない」

「劇はいろんな人が見に来るわけだが」

「……な、何よ! 私は良かれと思ってやっただけで……! そ、それに、困るのは悪魔だけだし、女神的には正しい事をしたって思うの! 責められる筋合いはないんじゃないかしら!」

「いや、駄目だろ。あいつはこの国の貴族なんだし、悪魔が貴族をやってたなんて知られたら、他の国からバッシングを受けたりするんじゃないか?」

 

 と、俺とアクアが言い合っていると、あるえがニヤリと笑って。

 

「心配しなくてもいいよ。困った時の魔法の言葉があるからね。……そう、この物語はフィクションであり、実在の人物、地名、団体とは関係ないんだ」

「お、おう……。そうか。ファンタジー世界の住人にそういう事を言われるのは変な感じだな。まあ、問題ないなら俺は構わんが」

「じゃあ続けるよ。領民を救うため、悪魔貴族ゼーレシルト伯の屋敷に向かう三人。そこで待っていたのは、同じく領民を救うために立ち上がった勇敢な人物。女騎士ダクネスと、その娘シルフィーナだった」

「ま、待ってくれ! 私とシルフィーナは親子では……!」

「……ママ」

 

 あるえの言葉を慌てて否定するダクネスの服に、シルフィーナが悲しそうにしがみつく。

 

「あ、いや、……そうだな。これは劇なのだから、シルフィーナが私の娘であっても少しもおかしくない。すまない。続けてくれ」

 

 穏やかな顔でシルフィーナを撫でるダクネスにうなずき、あるえが続ける。

 

「ゼーレシルト伯は、ダクネスとの娘であるシルフィーナを人質にしていたが、ダクネスはゼーレシルト伯の隙を突いて娘を助けだし、ゼーレシルト伯に剣を向けていた。夫の悪行を止められなかった自分を責めながら……」

「待ってくれ! それは待ってくれ! どういう事だ? 私がゼーレシルト伯の妻? シルフィーナが、私とゼーレシルト伯との間に出来た娘?」

「うん? 状況が分かりにくかったかな? つまり、ゼーレシルト伯と女騎士ダクネスは結婚していて、二人の間にはシルフィーナという娘がいたんだ。ゼーレシルト伯は、ずっと妻であるダクネスに自分のやっている事を隠してきたんだけど、気づかれてしまい、娘であるシルフィーナを人質に取る事で、ダクネスが何も出来ないようにしていた。けれど正義の女騎士であるダクネスは諦めず、ゼーレシルト伯の隙を突いて娘を助けだした。ちなみに隙が出来たのは、ゼーレシルト伯がカズマの行動に気を取られていたからだね」

「そ、そうか。いや、そうではなくてだな。私がゼーレシルト伯の妻というのはどうかと思うのだが……」

「そうかい? でも、ダクネスさんは貴族だという話だし、そろそろ結婚しておかないとマズい年齢だろう? シルフィーナが娘というのは、少し無理がある設定かもしれないけど、娘がいるからには父親もいるはずだし……」

「そそそ、それはそうなのだが! だが……!」

 

 と、顔を赤くし言葉に詰まるダクネスに気を遣ったのか、ゼーレシルト伯が。

 

「あー、紅魔族の少女よ。我々のような上位悪魔は、性別というものが決まっていないのだ。ゆえに、人間との間に子を設ける事が出来ないのだよ」

「……む。それは知らなかったよ。上位悪魔については、紅魔の里もちゃんとした資料が少ないんだ。良ければ、後で詳しく教えてほしい」

「まあ良かろう。我々がそれほど危険ではない事を、あの女神にも教えてやってほしい」

「ほーん? 危険があってもなくても、ゴキブリを見かけたら叩き潰すに決まってるんですけど!」

 

 アクアの言葉に、ゼーレシルト伯がシルフィーナの陰に隠れようとする。

 ……不憫な。

 と、考えこむように俯いていたあるえが顔を上げて。

 

「じゃあ、こうしよう。ダクネスさんは一度結婚し、シルフィーナを産んだけれど、離婚して、その後でゼーレシルト伯と結婚したんだ」

「ぶはーっ! お前、貴族の権力まで使って戸籍いじったのに、劇の中でもバツイチかよ!」

「カカ、カズマ、笑っちゃ悪いですよ……! ダクネスはバツイチだって事を気にしているのですから……!」

「シルフィーナちゃんの父親は、きっとあの熊みたいな豚みたいなおじさんね!」

「よしお前らそこに並べ。ぶっ殺してやる!」

 

 笑いすぎて力が抜け、抵抗できない俺達を、ダクネスがアイアンクローで持ち上げる。

 

「いたたたた! 割れる割れる! 悪かった! 俺が悪かったから放してくださいバツネス様!」

「痛い痛い! 待って! ねえ待ってバツネス! バツネスは、あの熊みたいな豚みたいなおじさんと結婚したら、どんなひどい目に遭わされるんだろうって喜んでたし、そんなに怒らなくてもいいと思うの!」

「だから、バツネスと呼ぶのはやめろと言っているだろう!」

「というか、めぐみんだって笑ってただろ! 俺達だけじゃなくて、あいつにも思い知らせてやるべきだと思う!」

「こ、この男! 余計な事を言わないでください! 私はカズマを諫めようとしましたし、無実ですよ!」

「めぐみんとは後で一緒に爆裂散歩に行き、動けなくなったところをくすぐってやろう!」

「やめてください! 動けない人間を狙うのは卑怯者のする事ですよ! 今日の爆裂散歩はゆんゆんと行きますから!」

 

 そんな阿鼻叫喚の中、あるえはマイペースに。

 

「ゼーレシルト伯を討ち、領地を悪政から救った少年と女神と魔法使いは、女騎士ダクネスを仲間にして、さらに王都を目指すのだった……」

 

 劇の中ではパーティーが結成されているが、現実のパーティーは仲違いの真っ最中なんですが。

 

「少年と女神と魔法使い、そして女騎士が王都に辿り着いた時、王都では二つの勢力が争っていた。ひとつはチンピラ冒険者ダストが牛耳る裏社会。もうひとつは、エリス教徒のプリースト、セシリーを旗頭にした対悪魔レジスタンス」

「ちょっと待って! お姉さんはエリス教徒じゃなくてアクシズ教徒よ! いくらめぐみんさんみたいに可愛くて、めぐみんさんよりも胸の大きいあるえさんのためでも、エリス教徒の役なんかやるわけにはいかないわ!」

「おい」

 

 めぐみんのツッコミに、セシリーは。

 

「嫉妬? めぐみんさんったら嫉妬かしら? 何それ嬉しい! 大丈夫よめぐみんさん! お姉さんは大きい胸も小さい胸も、どっちも大好きだから! めぐみんさんは胸が小さいからって、気にしなくていいのよ!」

「気にしてませんよ! どうして誰も彼も、私が胸にコンプレックスを抱えているみたいな言い方をするのですか!」

「しかしお姉さん。エリス教は国教だし、アクシズ教徒は何かと問題を起こしているから、こういう場合はエリス教徒を出した方が物語がスムーズに進むんだよ」

「ちょっと待って! ねえ今あるえさんが私の事をお姉さんって呼んでくれたわ! めぐみんさんも恥ずかしがって時々しか呼んでくれないのに! でも出来ればお姉さんじゃなくてお姉ちゃんって呼んでほしい!」

「……ええと。出来ればエリス教徒の役をやってくれないかな。お、お姉ちゃん」

 

 さすがにお姉ちゃんと呼ぶのは恥ずかしかったらしく、あるえが少し頬を赤くしながらセシリーに言うと。

 

「……! 落ち着いた系の美少女がちょっと照れながらお姉ちゃんって! ああもう可愛いギュってしてもいいですか?」

「……え、ええと」

 

 真顔で要求するセシリーに、あるえが助けを求めるように周りを見回す。

 

「あるえがあんなに困っているのは珍しいですね。なんというか、さすがはセシリーさんというか。いえ、まったく尊敬は出来ないのですが……」

 

 めぐみんがそんなコメントをする中、あるえは決心したように。

 

「わ、分かった。小説とは違うけれど、私はこの台本を書いた者として、劇が上手く行くように全力を尽くそう。私に抱き着く事でセシリーさんがエリス教徒の役をやってくれるなら、そうしてくれて構わないよ」

「……? いえ、これは私が可愛いあるえさんをギュッとしたいだけで、邪悪なエリス教徒の役なんてお断りですけど」

「…………」

 

 セシリーに抱き着かれながら、死んだ目になるあるえ。

 そんなあるえに、セシリーの事をよく分かっているめぐみんが。

 

「あの、あるえ。その人と交渉しようとしても無駄ですよ。自分のやりたい事しかしない人ですから。……そうですね。アクシズ教徒とかエリス教徒とかは置いといて、謎の美人プリーストセシリーって事でどうでしょうか?」

「めぐみんさんったら、私の事がよく分かってるわね! これはもう結婚ね! 結婚するしかないと思うの!」

「しません。ではあるえ、そんな感じで話を進めてください」

 

 セシリーの腕を無言で解き、ちょっと疲れた顔をしたあるえが語りだす。

 

「……王都で対立する、チンピラ冒険者ダスト率いる裏社会と、謎の美人プリーストセシリーを中心としたレジスタンス。少年達は裏社会との戦いで苦境に立たされ、レジスタンスのメンバーに助けられる。それは、ダストの冒険者時代のパーティーメンバー、リーン、キース、テイラーの三人だった」

「おっ、やっと俺達の出番だな!」

「ダストがラスボスって聞かされてどうなる事かと思ってたけど、私達が仲間だって事は変わらないんだね」

「劇とはいえ、俺達がカズマ達を助けるってのは想像がつかないな。カズマなら、ピンチになっても意外な機転で助かりそうな気がする」

 

 キースとリーンは出番が来た事を喜び、テイラーが苦笑する。

 

「三人は少年達に、ダストの事を語る。昔の彼はチンピラ冒険者だったが、それほど邪悪な存在ではなかったし、裏社会を牛耳るほどの力もないはずだった。彼が大きな力を得たのは、大悪魔バニルミルドと契約を交わしたからだった」

「あん? 俺と旦那が契約だって?」

「なるほど。我輩の力を背景にし、そこのチンピラが好き勝手やっているというわけだな。我輩が人間ごときに使われると? 地獄の公爵と呼ばれるこの我輩が? なかなか面白い事を言うではないか! フハハハハハハハ!」

 

 バニルがダクネスを見て、何かを思いだしたように笑いだす。

 

「上位悪魔の知識には自信がないのだけれど、私はまた何かおかしな事を言ったかな?」

「本来ならば人間ごときに命じられれば、いかに温厚な我輩といえど、荒ぶっていた過去を思い起こし、この世のものとも思えぬような恐怖を植えつけてやるところなのだが。今回は、見通す力を持っているわけでもないのに、妙に勘の鋭い汝に免じて、そこのチンピラと契約しておいてやろうではないか」

「マジかよ! じゃあ旦那! 契約者の名において言うが、美女に変身して脱皮を……。冗談だよ! 冗談だからお前らその目はやめろよ!」

 

 仲間達に冷たい目を向けられ、ダストが慌てて否定する。

 あるえがマイペースに物語を進める。

 

「悪魔に唆され、人としての道を踏み外した仲間を心配し、リーン、キース、テイラーは戦いの中で先行しすぎてしまう……。次に三人の姿を見た時、彼らはダストと同じように、悪魔に操られていた」

「……うーん。ダストが悪魔に操られて人の道を踏み外したからって、私達はあいつの事をそんなに心配するかな?」

「しねえな。あいつが人の道を踏み外すのなんて、いつもの事だしよ」

「いや、元とはいえ仲間が悪事を働いているのなら、トドメを刺しに行こうとするかもしれん」

「そ、そうなのかい? アクセルの冒険者は皆すごくて、仲間を大事にするってこめっこが言っていたのだけれど……」

 

 あっさりとダストを見捨てると言う三人に、あるえが困った顔をする。

 そういえば、めぐみんが家族に書いた手紙は見栄を張っただけの嘘だと、こめっこには知らせないままだった。

 

「ま、まあ、これは子供達のための劇なのだし、いずれ冒険者になるかもしれないのだから、仲間を大切にするところを見せるのは悪い事ではないだろう」

 

 ダクネスがフォローするようにそんな事を言い、リーン、キース、テイラーは、納得行かなそうな顔をしつつもうなずく。

 

「味方のはずの三人に襲われ、少年は攻撃する事が出来ず、ピンチに陥る」

 

 と、あるえが話し始めると、すぐにアクアが。

 

「ねえ待って! いくら味方だからって、カズマさんが攻撃してきた相手に気を遣う事なんてないし、ピンチに陥らないと思うの! その男はね、攻撃してこない可愛らしい女の子を、モンスターだからって除草剤撒いて討伐したり、私が大切に飼っていた雪精を経験値とお金のためにこっそり倒したりしたの。その男に人の心なんてないのよ」

「おいふざけんな。雪精には何もしてないって言ってるだろ。というか、お前だって安楽王女にいろいろ言われて泣いてたじゃないか。あれは俺が正しかったって分かったんじゃないのかよ?」

 

 アクアに反論する俺に、めぐみんとダクネスが。

 

「でもカズマは普通に反撃すると思います」

「そうだな。この男はそういう奴だ」

「お前ら本当に覚えとけよ。俺だって、味方だと思ってた奴らにいきなり攻撃されたら、反撃できずにピンチになる事もあるはずだ。おいあるえ、こいつらの事は気にせず続けてくれ」

「そ、そうかい? じゃあ続けるよ。少年達がピンチに陥った時、ダクネスが前に出て、敵を引きつけるスキルを使う。そして彼女は……」

「ここは私に任せて、先に行け!」

 

 ダクネスが、あるえの言葉を先取りし嬉しそうに叫ぶ。

 

「そ、そう言って、三人の冒険者に立ち向かっていく。誰よりも硬いけれど、攻撃の当たらないクルセイダーであるダクネスは、操られて攻撃してくる味方を傷つける事なく戦う事が出来た」

「素晴らしい! 素晴らしいぞあるえ! 今の私は輝いている! まさか、攻撃が当たらない事が役に立つ日が来ようとは!」

「ちょっと待ってくださいよ! さっきから、悪魔貴族と戦ったり、囮になって仲間を逃がしたり、ダクネスばかり活躍していませんか? 爆裂魔法使いである私は、空腹で行き倒れていただけではないですか! 私も格好いい見せ場が欲しいです!」

「そう言うと思って、すぐにめぐみんの見せ場だよ。ダクネスにその場を任せて先に進む三人。そこに現れたのは、ダストの情婦にしてめぐみんのライバル、ゆんゆん! めぐみんに勝つために闇のパワーを得たゆんゆんは、なんかエロい格好をしている!」

 

 と、なんかエロい格好をしていると言われたゆんゆんが、顔を赤くして。

 

「ええっ? 私、エロい格好をしているの? ねえあるえ、なんだか私にばかりおかしな設定を付けていない? めぐみんのライバルっていうのはいいし、めぐみんに勝つために闇のパワーを得たっていうのも格好いいと思うけど、ダストさんの情婦っていうのはちょっと……」

「私にそんな事を言われても。闇のパワーを得て敵対する女の子は、エロい格好をしていると昔から決まっているんだよ」

「ほ、本当に? 皆で私の事をからかって、笑いものにしようとしているんじゃなくて?」

「いや、あるえの言っている事は間違いなく本当だ。なんなら、嘘を吐くとチンチンなる魔道具を持ってきてもいい」

「カズマさんまで!?」

 

 力強く肯定する俺に、ゆんゆんが驚いて声を上げる。

 

「そんなバカな事に貴重な魔道具を使うのはやめてください。ほら、ゆんゆん。登場するならさっさと口上を言ってください」

「わ、分かったわ。我が名はゆんゆん! 上級魔法を操る者にして」

「『エクスプロージョン』!」

 

 口上を言っているゆんゆんに、めぐみんが容赦なく爆裂魔法を撃ちこむ。

 ……さすがに本当に撃ちこんだわけではないが。

 

「あんたちょっと待ちなさいよ! 口上の最中に攻撃するなんて卑怯よ! というか、爆裂魔法は長い詠唱時間が必要なんだから、そんなに簡単に使えるわけないじゃない!」

「戦闘中に隙を見せたら、狙い撃ちされるのは当たり前ではないですか。それに、私は爆裂魔法を誰よりも極めていますからね。もう長い詠唱がなくても制御する事が出来るようになりました。私とゆんゆんが本気で魔法勝負をしたら、私は大怪我をするかもしれませんが、ゆんゆんは跡形もなく消し飛ぶと思うがいいです」

 

 めぐみんの言葉に絶句するゆんゆん。

 そういえばあいつ、ウォルバクとの戦いでは無詠唱で爆裂魔法を使っていた。

 ……あれっ?

 爆裂魔法の大きな弱点のひとつがなくなっためぐみんは、ひょっとして結構有能なのでは?

 

「というわけで、爆裂魔法を使った私は動けなくなるので、おんぶしてください」

「いや、ここから先は激しい戦いになるだろうし、動けなくなっためぐみんは置いていった方がいいだろう。カズマ! アクア! 雑魚は私達に任せて、先に進め! お前達がバニルと戦っている間、私は動けないめぐみんをくすぐっておこう」

「ああっ!? 待ってくださいダクネス……! ちょ……! やめ……!」

「大人しくしていろめぐみん。お前は爆裂魔法を使ったばかりで動けないのだからな!」

「そういうダクネスこそ、冒険者の足止めをしているのではなかったのですか!」

 

 反撃できないめぐみんをくすぐるダクネスに、ダストパーティーの三人が。

 

「ねえララティーナちゃん。いくらなんでも、雑魚扱いはどうかと思うよ」

「うひゃひゃひゃ! 俺達が本当に雑魚かどうか、思い知らせてやろうじゃねーか!」

「同じクルセイダーとして、俺も舐められるわけにはいかんな」

「ち、ちが……! 今のは言葉の綾というやつで……! くっ……! 操られている味方に攻撃できず、一方的に袋叩きにされるなんて……! こ、このシチュエーションは……、このシチュエーションは……!」

「マ、ママ……?」

「……!?」

 

 冒険者達に袋叩きにされ、喜ぶダクネスが、シルフィーナの声に我に返る中。

 あるえがマイペースに話を進める。

 

「仲間の援助のおかげで、大悪魔バニルの下に辿り着いた少年と女神。そこで待っていたのは、死んだと思んだはずの、少年の母、ウィズだった」

 

 …………。

 

「……母?」

 

 すごく冷たいウィズの声に、あるえがビクリと身を震わせる。

 

「あるえさん、私はカズマさんの母親くらいの年齢に見えるんでしょうか?」

「い、いや、これは家族を利用された事への怒りで少年が覚醒するというイベントだから、家族といったら母でいいかと思っただけで……!」

 

 あるえの言い訳を、ウィズはにこにこと聞いているが、気のせいか酒場全体が寒くなっているような……。

 

「姉にします」

「そんな……。気を遣っていただいて、ありがとうございます」

「……少年の姉にして、元凄腕冒険者のウィズは、死ぬ寸前に禁呪を使われ、リッチーになっていた」

「いや、ちょっと待ってくれ」

「なんだい、カズマさん?」

 

 いきなり制止する俺に、あるえが不思議そうな顔をする。

 俺はめぐみんとダクネスに、小声で。

 

「なあ、バニルが悪魔だっていうのは、ギルドも知ってるらしいし、話しちまっても大丈夫だろうけど、ウィズがリッチーだっていうのは知られたらまずいんじゃないのか?」

「当たり前だろう。バニルがギルドに見逃されているのは、ウィズが人類の味方だと思われているからだ。いや、ウィズがリッチーだからといって、私は彼女の事を疑っていないが、普通なら悪魔の監視をリッチーに任せはしないだろう」

「そうですね。ウィズがリッチーだとバレたら、さすがにエリス教徒が黙っていないはずですよ。アクセルの街の住人に、あの二人をどうこう出来るとは思えませんが、ウィズの店は潰されるでしょうし、そうなったらあの二人にアクセルの街がどうこうされかねません」

「だよな? お前ら、ウィズがリッチーだなんて喋ってないよな?」

 

 俺の言葉に二人が頷く。

 という事は……。

 

「何よ! 私だって喋ってないわよ! 三人とも、私の事をなんだと思ってるの? 私だって、話していい事と悪い事の区別くらい付くわよ」

 

 三人でジトっとした目を向けると、疑われたアクアが頬を膨らませる。

 

「おい、正直に言えよ。お前以外に誰がバラすんだよ?」

「私じゃないって言ってるじゃない!」

 

 と、俺達が揉めていた時。

 当の本人のウィズがあるえに。

 

「あの、あるえさん。私がリッチーというのは……?」

「うん? ウィズさんはアンデッドが許せない人だったかい? それなら、設定を変えても構わないよ。ただ、敵対するんだから何かそれっぽい理由を付けたいんだけど、操られるのはあの三人でやったし、闇のパワーに目覚めるのはゆんゆんがやったから、後はアンデッドになるくらいしか思いつかなかったんだよ。ウィズさんは、元凄腕冒険者なんだろう? 冒険者の目線から、それっぽい設定を思いつかないかい?」

「い、いえ、リッチー化というのはいい設定だと思いますよ」

 

 偶然らしい。

 さっきから、微妙に現実の出来事と劇の出来事がニアミスしていたが、全部偶然らしい。

 

「謝って! 清廉潔白なアクア様を疑ってごめんなさいって、謝って!」

 

 俺とめぐみん、ダクネスがアクアに頭を下げる中。

 最終決戦が始まる――!

 

「女神アクアは、少年に補助魔法を……」

「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

「華麗に脱皮!」

 

 あるえの言葉を無視し、アクアがいきなり退魔魔法を撃つ。

 

「あははははは! これは劇なんだから、最後には私が勝つって決まっているのよ! さあ、覚悟しなさい! 今日こそ消し飛ばしてやるわ、ヘンテコ仮面!」

「フハハハハハハハ! そんなへなちょこ魔法が我輩に当たるわけあるまい! あまりにも長き時を過ごし耄碌したようだなババア女神よ!」

「わあああああああーっ! またババアって言った!」

 

 女神と悪魔の戦いには手を出せず、俺はあるえに声を掛ける。

 

「……なあ、アクアの魔法を食らったウィズが消えかかってるんだが、俺の覚醒イベントはどうなったんだ?」

「おお……。あれは姿を消す魔法の応用かい? アンデッドが本当に消えかかっているみたいだ。さすがは元凄腕冒険者だね。紅魔の里にも、あんな事が出来る人はいないよ」

 

 リッチーだから本当に消えかかってるだけなんですけど。

 

「考えてみれば、アクアさんは女神の役なんだから、悪魔とアンデッドにとっては天敵みたいなものだったね。カズマさんが覚醒しなくてもラスボスを倒せそうだし、いいんじゃないかな?」

「いや、よくねーよ。アクアもめぐみんも、ダクネスにも見せ場があったのに、俺だけなんにもやってないじゃないか。あいつらの見せ場も格好良かったし、俺にも格好いい見せ場が用意されてるんだろ? 俺の見せ場ってどんな感じなんだ?」

「カズマさんの見せ場は、ウィズさんにスティールを使い、パンツを奪って、これを返してほしければ負けを認めろと……」

「おい」

 

 覚醒ってのはなんだったんだ。

 

「俺とウィズって、姉弟っていう設定なんだろ? 姉のパンツを盗んで脅す弟ってどうなんだ? というか、これって子供達に見せる劇なんだぞ。俺だって、子供達にすごいって思われたいし、チヤホヤされたい。それなのに、そんな事したら子供達からもクズマだのゲスマだの呼ばれる事になるじゃないか」

「何を言っているんだい? パンツを盗んで勝つなんて、すごく面白いじゃないか。普通は思いつかないし、スティールで狙ってパンツを奪う事なんて出来ないからね。それはカズマさんにしか出来ない戦法だよ」

「そ、そうか? まあ、それほどの事もあるけどな」

 

 誰からも褒められないスティールを褒められるのは、気分が良い。

 

「それに、子供というのはパンツだとか、そういう下ネタが好きだから、クズだとかゲスだとか言われる事もないと思うよ」

「言われてみればそうだな。いや、俺は子供の頃から紳士だったから、別に下ネタなんか好きじゃなかったが」

 

 と、俺達がそんな話をしている間に、女神と悪魔の最終決戦は終わったようで。

 

「くっ……! こんなババア女神に敗れるとは、なんたる屈辱……! だが、我輩が敗れたとしても、いずれ第二第三の我輩が現れ……あっ、コラ! セリフの途中で攻撃するのはやめんか! 悪役の遺言は大人しく聞くものであろう! 散り際の様式美が台無しではないか!」

 

 いつものように土くれの体を崩したバニルが、ババア呼ばわりに怒るアクアにゴッドブローを食らっている。

 

「カズマさん。すいませんが、ドレインタッチで体力を分けてもらえませんか?」

「おう、いいぞ。おーい、ダクネス」

「私を体力タンクのように使うのはやめてほしいのだが……」

 

 文句を言いつつもやってきたダクネスから体力を奪い、ウィズに分け与えると、薄くなっていたウィズの姿がクッキリする。

 と、それを見ていたあるえが声を上げる。

 

「あっ。カズマの姉はこのまま昇天する予定だったんだけど……。まあ、このままリッチーとして生きていくっていうなら、それもいいかな?」

「そ、そうだな。……悪魔は残機が減っても消滅するわけじゃないし、誰も死なないで終わったなら、それでいいんじゃないか。皆幸せに暮らしました、めでたしめでたしってやつだ」

 

 大人数でひとつの事をやり遂げた後の達成感に、皆がホッと息を吐く。

 そんな中、淡々と台本を読んでいたあるえが恥ずかしそうに。

 

「……そ、その、どうだったかな? 元の桃太郎とはかなり違う話になったけれど、自分ではなかなかよく書けていると思うんだ」

 

 その言葉に、皆が顔を合わせ。

 

「最高だったな! 特にあの、敵を足止めし仲間を逃がすシーンは、騎士の本懐だ……!」

 

 ダクネスが最初に声を上げる。

 それに続いて、めぐみんが。

 

「そうですね。私がダクネスより活躍していないのは不満ですが、まあ劇の中でくらい見せ場を譲ってもいいですよ。ライバルとの因縁の対決も出来ましたし、私は文句ありません」

「私も私も! 勇者を導く女神なんて、私にぴったりの役よね!」

「俺は大して見せ場もなかったが、まあ話は面白かったと思うぞ」

 

 俺とアクアが二人に賛同すると、皆が好き勝手に喋りだして……。

 

「わ、私も、めぐみんとの対決が、劇の中ででもきちんと出来て良かったわ。めぐみんは、いっつも卑怯な手を使って勝負をはぐらかすから……。ありがとう、あるえ」

 

 そう言って微笑むゆんゆん。

 

「うむ。汝は周りをよく見ているな。それぞれに似合う配役を考えたというが、あの小僧の周りで起こった事が奇妙なほど再現されている。別に知られても構わんのだが、あの悪徳領主とマクスウェルの事に勘付かれたかと思ったわ」

「あるえさん、素敵なお話をありがとうございます! ハッピーエンドにリッチーが混ざっていてもいいですよね!」

 

 おかしなところを褒めている、バニルとウィズ。

 

「雑魚扱いされるのは腹立つが、一騎当千の女騎士ってのは、話としちゃ格好いいよな!」

「……まあ、そうだな。出来れば俺もそういった役がやりたいものだが……」

「なーに? テイラーったら、派手な事は似合わないとか言ってたくせに、主役がやりたいの? 今からでも遅くないから、誰かと役を交換してもらってきたら?」

 

 ダクネスとの戦いに思うところがあるらしい、ダストパーティーの三人。

 

「楽しかったです、ママ!」

「子供向けの劇でやられ役となるのは、悪魔としての義務のようなものだ。紅魔の少女よ、設定に間違いがないように、約束通り上位悪魔について教えようではないか」

 

 ダクネスにしがみついて嬉しそうにしているシルフィーナと、真面目そうな話をしているのにシルフィーナの傍から離れようとしないペンギン。

 

「アクア様が喜んでいるのですから、それ以外の事は些細な事です。めぐみんさんもゆんゆんさんもシルフィーナさんも楽しそうにしていますし、ここは天国に違いありません。どうしよう可愛い。結婚したい。それに、あるえさんも嬉しそうですね」

 

 そんなどうしようもない事を言うセシリーの視線の先では、皆に称賛されたあるえが、喜びを抑えきれないらしく口元をムニムニさせていた。

 

 

 *****

 

 

 ――そして、学芸会当日。

 孤児院には、子供達の保護者だけでなく、冒険者や、ギルドの関係者までもが集まっていた。

 役者は素人ばかりだが、冒険者のほとんどが、一度は土木工事なんかの日雇い仕事を経験しているので、彼らが土台を組み立てた舞台はそれなりに本格的だ。

 背景の書割や小道具にもこだわった。

 あるえがそれぞれに似合った配役にしていたから、衣装はそのままでも困らなかったが。

 ……今さらだが、劇の主役をやるなんて初めてだ。

 緊張する俺の手をアクアが取り、俺の手のひらにクソニートと書いてきたので、ひっぱたいておいた。

 舞台の幕が開き、ナレーター役のあるえが語りだす。

 

「――これは、特別な力など持たない少年が、やがて王国を救う物語。……その昔、王都は悪魔に支配されていた。悪魔の支配に抗おうとした少年、カズマは、悪魔の力に太刀打ちできず、追い詰められ、唯一の家族である姉、ウィズとともに追っ手から逃げていた」

 

 舞台袖から飛びだしてくる俺とウィズ。

 

「ウィ、ウィズ姉さん、早く!」

「ま、待って。少しだけ休ませて。……フフッ、昔は凄腕冒険者と呼ばれていたこの私が、すっかり力を失ってしまったわね」

 

 ウィズが苦笑し、説明セリフを言う。

 これは、冒険者をやっていた頃の口調なのだろうか? いつものウィズと違う口調に、少しドキッとする。

 

「……! 危ない!」

 

 ウィズが俺を突き飛ばした直後、俺達がいた場所に剣が刺さる。

 ……いや、ちょっと待ってくれ。

 あの剣、本物なんだが。

 

「ヒャッハー! ようやく追い詰めたぜカズマ! このダスト様の手を煩わせやがって!」

 

 ゴテゴテした悪人っぽい鎧を身に着けたダストの登場に、子供達がブーイングを起こす。

 お、おお……。

 日本ではこういうのなかったから新鮮だ。

 ダストが舞台に刺さった剣を抜き、俺達に斬りかかろうと……。

 

「『クリスタル・プリズン』!」

 

 ……したところで、ウィズの魔法によって刃が凍りつき、砕け散った。

 子供達が歓声を上げ、ダストが驚愕の表情で刃のなくなった剣を見る。

 

「お、おいウィズ。勝ってどうする。ここは俺達がダストに負けて、ウィズはリッチーになり、俺は川に流されるところだろ」

「そ、そうでした。少し前に戦ったせいで、冒険者だった頃の勘が戻ったんでしょうか? 本物の剣を向けられると、つい……。ど、どうしましょう?」

「どうするって言われても……!」

 

 俺達がこそこそと囁き合っていると、舞台袖で俺達を見守っていたゆんゆんが、めぐみんに蹴飛ばされ、舞台に転がり出てくる。

 

「ちょっ!? めぐ……!」

「お、おう! 俺のピンチに駆けつけてくれたかゆんゆん! あいつらをぶっ殺してくれ!」

 

 剣を失ったダストの代わりに、ダストの協力者であるゆんゆんが手を下す。

 悪くない展開だ。

 めぐみんはいい仕事したし、ダストもナイスフォローだと思うのだが。

 人見知りするゆんゆんが、子供とはいえ大勢の人の目に晒され、慣れない劇でアドリブをするというのは……。

 

「わわわわ、我が名はゆ、ゆゆゆゆゆゆ……!」

 

 顔を真っ赤にしたゆんゆんが、壊れたレコード系のセリフを発する。

 あかん。

 完全にアガってる。

 

「ど、どうしたゆんゆん! 魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」

 

 劇を成立させようとするダストの指示に。

 

「大丈夫です、ゆんゆんさん! リッチーは魔法に強いんです! 少しくらいなら耐えられますから!」

 

 さらに、ウィズが小声で促して――!

 

「ご、ごめんなさい! 『ファイアーボール』!」

「……!!」

 

 涙目のゆんゆんが放ったファイアーボールが、ウィズを直撃し爆発を巻き起こす。

 煙が晴れると、ところどころ焦げたウィズが、舞台の上にパタリと倒れた。

 

「ウィズ、姉さん……! おい、大丈夫か! いやマジで! マジで大丈夫なのかコレ!」

「だ、大丈夫ですカズマさん。私の事は気にしないで……!」

 

 倒れたウィズに縋りつく俺の肩を、ダストが掴み。

 

「す、凄腕冒険者の姉がいなければ、お前なんか何もできねーだろ! 川に捨ててやらあ!」

 

 そう言って、俺を舞台袖まで乱暴に引きずっていく。

 

「ナイスアドリブだダスト! よ、よし。どうにか最初の場面を乗り越えたな!」

「おい、大丈夫なのか? あの魔道具屋の店主、まだ煙が出てるけど生きてんのか? というか、最初の場面からコレって、最後まで行けるのかよ?」

「俺にそんな事言われても。始まっちまったもんは仕方ないだろ」

 

 俺達が健闘を称え合っていると、照明が消えて舞台が暗転する中、ゆんゆんが焦げたウィズを引きずってくる。

 

「す、すいません! すいません! 大丈夫ですかウィズさん!」

「心配しないでください、ゆんゆんさん。素晴らしい魔法でしたよ」

 

 と、ゆんゆんが泣きそうな顔で謝り、そんなゆんゆんをウィズが慰めていると、アクアが。

 

「大丈夫よゆんゆん! 少しくらい怪我をしたって、私が治してあげるわ! 安心してウィズ。今ヒールを掛けてあげるからね」

「おい、弱ってるウィズにトドメを刺すのはやめろよ」

「そうでした! ウィズってばリッチーだったわね」

 

 忘れっぽいアクアを制止し、俺がウィズに体力を分け与えていると、背景が河原に差し替えられ、あるえが次の場面のナレーションを始める。

 

「ある日、女神が川で洗濯をしていると、少年が上流から、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと流れてきた」

 

 そのおかしな効果音が、唯一残っている桃太郎の要素で……。

 ……?

 

「おいアクア。お前の出番だろ。川で洗濯してなくていいのか?」

「ふふん。まあ慌てないで。この私の素晴らしい演出を見てなさいな! 『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」

「ちょ、おまっ」

 

 アクアが呼びだした大量の水に押し流され、俺はどんぶらこっこと舞台へ流れていった。

 当たり前だが水流はそこで止まらず、大量の水が観客席にまで溢れだして――!

 

 

 *****

 

 

 その場にいたバニルとウィズ、その他の多くの冒険者達のおかげで、街中で洪水被害が起こる事態は免れ、怪我人は出たものの死者は出なかった。

 

「なあ、今どんな気持ちだ? 女神のくせに人様に多大な迷惑を掛けた挙句、悪魔とアンデッドに後始末してもらうってどんな気持ちだ?」

「良かれと思ってやったのに! 良かれと思ってやったのに!」

 


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