このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1、既読推奨。
 時系列は、1巻3章。


このポンコツ魔法使いに同道を!

 ――なんでも、魔王軍の幹部のひとりが、この街からちょっと登った丘にある、古い城を乗っ取ったらしい。

 その影響で、この近辺の弱いモンスターは隠れてしまい、冒険者の仕事が激減。

 ギルドの掲示板には高難易度のクエストしか残っていない。

 駆けだしの冒険者で、しかもポンコツばかりのパーティーの俺達に、そんなクエストを請けられるはずもなく。

 来月には、王都から幹部討伐のための騎士団が派遣されるらしいので、それまで冒険者は休業という事になった。

 金がないアクアはバイトに明け暮れ、ダクネスは実家で筋トレしてくると言っていた。

 そんな中、俺とめぐみんは。

 

「ねえいいでしょうカズマ。お願いしますよ。カズマだって、やる事がなくて暇だと言っていたではないですか。どうしても駄目ですか? こんなに頼んでも駄目ですか? 美少女の私がこんなに頼んでも駄目ですか?」

「断る」

 

 ――そこは冒険者ギルドの酒場。

 特にやる事もない俺達は、昼間から酒場の一角に陣取ってダラダラしている。

 俺の即答に、めぐみんはあざとい上目遣いをやめると、何かを決意したような顔で。

 

「……私にはカズマしかいないのです。カズマに断られたら、私はどうしていいか分かりません。この気持ちを止める事など誰にも出来ません。ええ、出来ませんとも! お願いですカズマ! 私と付き合ってください!」

「断る」

 

 酒場には俺達の他にも、俺達と同じように昼間から酒を飲んでいる冒険者が結構いる。

 俺とめぐみんのやりとりを見ていた彼らが、即答する俺に、『マジかよ』みたいな目を向けてきて……。

 

「いやちょっと待て。ただ散歩に付き合うって話のはずだろ? なんなのこの空気。お前も紛らわしい言い方をするのはやめろよ」

 

 そう。クエストを請けられない事が分かったコイツは、爆裂魔法を撃つために街の外に出たいなどとバカな事を言いだしたのだ。

 

「そうですよ。ただの散歩へのお誘いですよ。カズマこそ、何をわけの分からない事を言っているんですか? 紛らわしいと言いますが、一体何と紛らわしいのですか?」

 

 ……この野郎。

 

「どっちにしろ断る。俺にロリコン属性はないからな」

「おい、ロリコン属性とはどういう事か、詳しく教えてもらおうじゃないか! 紅魔族は売られた喧嘩は買う種族です。というわけで、一緒に外へ出ましょう」

「行かねーよ! 外って、街の外ってオチだろ!」

 

 めぐみんが俺の服の袖をグイグイ引っ張ってくるのを、俺は振り払う。

 

「ああもう、そんなに行きたいならひとりで行けばいいだろ! どうして俺まで付き合わせようとするんだよ! なんなの? お前、実は本当に俺の事が好きなの?」

「そんなわけないじゃないですか。まだ会って一週間くらいしか経っていないのに、いきなり好きになるはずがないでしょう。それとも、カズマはそんなにモテるつもりなんですか?」

「おいやめろ。やめてください。畜生、せっかく異世界に来たんだし、チートとかハーレムとかは言わないが、少しくらい夢見させてくれたっていいじゃねーか!」

「……? あなたが何を言っているのかさっぱり分かりませんが、カズマの事はパーティーの仲間として普通に好きですよ。なので、一緒に散歩に行ってくれませんか?」

「断る。ひとりで行けって言ってるだろ」

 

 俺の言葉にめぐみんは。

 

「我が爆裂魔法は最強魔法。その絶大な威力ゆえ、使った後は身動きひとつ取れなくなります。爆裂魔法を使った私を、一体誰が街までおぶって連れ帰ってくれるんですか?」

 

 コイツ、開き直りやがった!

 

「そんなもん知るか。あっ、そうだ。この街の冒険者は仕事がなくて暇を持て余してるんだし、お前が金を出すって言うんなら喜んでおんぶしてくれるんじゃないか」

「爆裂魔法を使った後の私は、身動きひとつ取れなくなるんですよ。カズマはそんな無防備な私を、見ず知らずの冒険者に任せてしまっていいんですか? 大事な仲間である、この私を!」

「会って一週間くらいしか経ってないのに大事な仲間とか言われても」

 

 俺がへっと鼻で笑うと、めぐみんはぐぬぬと悔しそうに唇を引き締めて。

 

「……分かりました。ひとりで行きます」

「そうか。なら、今日は大人しく……今なんつった?」

「ひとりで行くと言ったんです。獣のような冒険者に身を任せるくらいなら、ひとりで行った方がマシでしょう。魔王軍の幹部が街の近くに住み着いたお陰で、弱いモンスターは隠れているはずですからね。今、この近辺は安全なはずです。爆裂魔法を撃った後、動けるようになるくらいまで魔力が回復するのを待って、自分の足で帰ってくる事にします」

 

 そう言うとめぐみんは立ち上がり、冒険者ギルドの出入り口へと……。

 …………。

 い、いや、冗談だろ?

 いくら弱いモンスターが隠れていて街の近辺が安全だと言っても、街の外で魔力を使い果たして無防備になるなんて……。

 これはアレだ、本当に街の外に行く気はなくて、心配した俺がついていくと言いだすのを待っているだけに違いない。

 俺の名は佐藤和真。

 こんな見え透いた誘い受けには乗らない男。

 と、そんな俺に声が掛けられた。

 

「なああんた。あの女の子、まっすぐ街の外に歩いていったが大丈夫なのか?」

「!?」

 

 心配そうに俺に問いかけてくる冒険者に礼を言い、俺はギルドを飛びだして――!

 ……街の正門で守衛さんに止められているめぐみんを発見した。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

「あ、カズマ! 聞いてくださいよ! 私は大丈夫だと言っているのに、この人が外に出してくれないのです!」

「お、お前……。自分の趣味のために他人に迷惑を掛けるのはやめろよ」

 

 こいつは本当にひとりで街の外に行くつもりだったらしい。

 一日一爆裂などというわけの分からない目的のために命を懸けるめぐみんに、俺がドン引きしていると、守衛さんが。

 

「君はこの子と同じパーティーの人かい? じゃあ、頼むからついていってあげてくれよ。ひとりで街の外に行くと言っているんだが、いくら弱いモンスターが隠れているとはいえ、爆裂魔法を使うんだったら同行者がいないとね」

「は、はあ……」

 

 人の好さそうな守衛さんの頼みを無碍にも出来ない俺に。

 

「本当ですか? さっきはあんなに嫌がっていたのに、どういう心変わりですか? ありがとうございます、カズマ!」

 

 めぐみんが心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、礼を言ってきた。

 

 

 

「――紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象照応の理。崩壊破壊の別名なり! 永劫の鉄槌は我がもとに下れ!」

 

 遠く離れた丘に佇む、朽ち果てた古い城。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 その城に、めぐみんの杖の先から放たれた、破滅の光が飛んでいく。

 轟音が響き渡り、爆風が吹き荒れる。

 かすかに地面までも震えているような……。

 と、爆裂魔法を撃っためぐみんが、その場に倒れ。

 

「燃え尽きろ、紅蓮の中で……! はあ……。最高です……」

 

 ――こうして、俺とめぐみんの新しい日課が始まった。

 

 

 *****

 

 

 翌朝。

 俺がアクア、めぐみんと、ギルドの酒場で朝飯を食べていると。

 食事を終えためぐみんが勢いよく立ち上がり。

 

「さあカズマ、今日もともに爆裂散歩に行くとしましょうか!」

「断る」

 

 俺が即答すると、めぐみんが首を傾げた。

 

「……なぜですか? なんだかんだ言って、昨日はついてきてくれたではないですか。カズマも爆裂魔法の素晴らしさを少しは理解してくれたと思ったのですが」

「そんなわけないだろ。まあ、さすがにひとりで行かせるのはマズいと思うし、めぐみんは放っておくと本当にひとりで街の外に出ちまうだろうから、一緒に行くのはもういいよ。俺も他にやる事があるわけじゃないしな。でも、今日は寒いし雨が降ってるから出掛けたくない」

「そうですか。では仕方ありませんね。今日はひとりで行く事にしましょう」

「いやちょっと待て。雨降ってるし、今日はお前もやめとけって。濡れて風邪でも引いたらどうするんだよ」

 

 あっさりとひとりで出発しようとするめぐみんの肩を、俺は掴んで止める。

 

「放してください! 我が名はめぐみん。紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者! 爆裂魔法を愛し、爆裂魔法にすべてを捧げ、やがては爆裂魔法を極める者! それが私です! 雨くらいなんだと言うのですか! そんなもの、我が爆裂魔法があれば恐れるに足りませんよ!」

「お前が何を言ってるのか分からないし分かりたくもない。アクアもなんとか言ってやれよ」

 

 俺が、朝飯を食べているアクアに言うと。

 

「ふぇ? ひょっほ、わたひはほれろほろひゃ」

「飲みこめ。飲みこんでから喋れ」

「……んぐっ! ちょっと、私はそれどころじゃないんですけど! 早くしないと、バイトに遅刻しそうなのよ! 初日から遅刻するわけには行かないんだから邪魔しないでちょうだい! めぐみんが街の外に爆裂魔法を撃ちに行きたいんだったら、カズマがついていってあげたらいいじゃないの」

「おい、無責任な事を言うのはやめろよ。……というかお前、バイトは昨日から始めたって言ってなかったか?」

「クビになったわ。アレね、あそこのお店の店長は人を見る目がないわ」

 

 ……俺もこの世界に来たばかりの頃は、いろいろなバイトをやってはすぐにクビになっていたので、他人の事をどうこう言える立場ではないが。

 コイツ何やってんだ。

 と、俺が白い目で見ていると、アクアは指についた唐揚げの油を上品に舐めて。

 

「ねえカズマ。今日の冷たい雨に濡れたら、めぐみんが風邪を引いちゃうんじゃないかしら? 風邪を引いたらヒールでは治せないし、馬小屋で暮らしてる私達が風邪なんか引いたら、もっと悪化して大変な事になるかもしれないわよ。カズマはやる事ないし暇なんだから、意地悪しないでついていってあげなさいな」

「ほーん? 風邪ってヒールで治らないのか。おいめぐみん。お前、風邪引いたら一日一爆裂とやらが出来なくなるけどいいのか? 今日だけ我慢すれば、明日からは付き合ってやるから、今日のところはここで一日中ダラダラしないか?」

「お断りします。爆裂道を極めるため、私は妥協するつもりはありません。一日休んだら三日分の遅れになると言います。その遅れはもう、未来永劫取り返せませんからね。私は一日たりとも休むつもりはありませんよ! というわけで、カズマがついてきてくれるのが一番なのですが」

「……しょうがねえなあー。そういや、お前を仲間にする時の条件は、爆裂魔法を放つ事って言ってたしな。その代わり、今日の夕飯は奢れよ?」

 

 渋々言った俺の言葉に、めぐみんがなぜか挙動不審になる。

 

「い、いえ、その……。すいません。マナタイト製の杖を買うのに全財産はたいてしまったので、正直お金があんまり残っていないのです」

「お前……。いや、そうだよな。お前がポンコツ魔法使いなのは、今に始まった事じゃないし、冒険者っぽい貸し借りとか出来ないのはしょうがないよな」

 

 せっかく冒険者になったのだから、モンスターに襲われそうな仲間を助けて、『貸しひとつだ』と言うようなやりとりをやってみたかった。

 いや、こんなんで冒険者っぽい貸し借りとか言うのは大げさだろうが……。

 俺達はそれすら出来ないらしい。

 

「誰がポンコツ魔法使いですか!」

 

 ガッカリした俺がめぐみんの言葉を聞き流す中、アクアが遅刻遅刻と言ってギルドから飛びだそうとし、出入り口で冒険者とぶつかって大騒ぎしていた。

 

 

 

「――積み重なる光陰の石垣。天壌無窮の楼閣。我が刻印をもって必滅の理を知れ! 覚醒の時は来た! 漆黒の天蓋に紅き煌めきを!」

 

 それは、寒い氷雨が降る夕方。

 雨がやむかもしれないから様子を見ようと俺がごね続けた結果、今日の爆裂散歩は夕方にする事になった。

 

「『エくしゅっ! ……プロージョン!』」

「おい」

 

 爆風が轟く中、俺は倒れためぐみんにひと言ツッコむ。

 

「な、なんですか? 何も問題はないと思います。そんな事より、地面が雨に濡れていて気持ち悪いので、早くおんぶしてください」

「……ちょっと着弾点がずれてるんだが。お前、やっぱり寒いんじゃないか。だから今日はやめとこうって言っただろ!」

「それはもちろん、私だって寒いものは寒いですよ。ですが、紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないとボンってなりますからね」

「紅魔族の事はよく知らないが、それが嘘だって事は俺にも分かる」

 

 俺は泥まみれのめぐみんを背負って、来た道を引き返す。

 冒険者用のマントは分厚く、濡れているめぐみんを背負っていても水が染みてこない。

 正直、ジャージとの違いは冒険者っぽさだけだと思っていたのだが、買っておいて良かった。

 

「さあ、さっさと帰りましょう! 服が濡れてしまいましたし、私はお風呂に行きたいです」

 

 人の背中に乗っかっているだけのめぐみんが、なんか言っている。

 

「まあそうだな。俺も酒場の暖炉を貸してもらって、マントを乾かそう。そろそろアクアが帰ってくるだろうし、夕飯までダラダラするぞ」

「いいですよ。爆裂散歩に付き合ってもらいましたから、私もカズマがダラダラするのに付き合うとしましょう」

「それはいいけど、お前、金はあるのか? 杖を買うのに全財産はたいたとか言ってなかったか?」

「すいません。クエストを請けられるようになったら必ず返すので夕飯代を貸してください」

 

 ……コイツ。

 

「言っておくが、俺はお前のパーティーの仲間であって、保護者じゃないからな?」

「そんな事は分かっていますよ。……ところで、さっきからカズマの手がお尻に当たっている気がするんですが」

「気のせいだと思います」

「待ってください! 待ってくださいよ! これは仲間のする事でも保護者のする事でもないと思います!」

 

 俺が即答すると、めぐみんが手足をジタバタさせる。

 

「おい暴れんな。気のせいだって言ってるだろ! 雨で滑りそうになるからちゃんと支えてるだけだ! そんなに言うなら、荷物みたいに肩に担いでいくけどそれでいいのか?」

「そ、それはさすがに……。あの、気のせいなんですよね? わざとやっているんじゃないんですよね?」

「当たり前だろ。俺は動けない女の子にセクハラするほど下衆じゃないぞ」

 

 これはたまたま当たってしまっているだけで、わざとではない。

 あと、尻を触られないように、めぐみんが俺の肩を掴む手に力を入れると、上半身が背中に押しつけられて柔らかい感触が……。

 ……?

 

「おい、今考えている事を詳しく教えてもらおうじゃないか」

「紅魔族の知能の高さは侮れないなって考えてました」

 

 俺の答えに、めぐみんが俺の首を絞めようとする。

 

 ――と、そんな時。

 

 すぐ傍の茂みがガサガサと揺れて、犬の頭が現れた。

 犬にしては背が高いと思ったが、よく見るとそいつは二足歩行していて。

 手には錆びた剣を持っている。

 俺と犬がじっと見つめ合う中、めぐみんがポツリと。

 

「コボルトですね」

 

 めぐみんのその言葉に反応したわけでもないだろうが、コボルトが茂みを掻き分け、襲いかかってきた――!

 

「……! 『スティール』!」

 

 俺がコボルトに手のひらを向け唱えると、コボルトが手にしていた剣が俺の手元に現れる。

 いきなり武器を失いコボルトがうろたえる中、俺はコボルトが出てきた茂みの方へ、剣を放り捨てた。

 

「取ってこーい!」

 

 犬っぽいしこれでなんとかならないかという俺の願いどおり、コボルトは俺が投げた剣を追って茂みに飛びこんだ。

 と、その茂みがガサガサと音を立て、さらに数匹のコボルトが顔を出す。

 

「はああああ? いや待て! ちょっと待て! おかしいだろ! 魔王軍の幹部が来てるせいで、弱いモンスターは隠れてるんじゃないのかよ! コボルトってのは雑魚モンスターだろ!」

 

 俺が全速力で逃げだすと、コボルト達も全力で追ってくる。

 と、俺の背中に乗っかっているだけのめぐみんが。

 

「確かにコボルトは雑魚モンスターですよ。ですが、いくら弱いモンスターが魔王軍の幹部に怯えて隠れているとはいえ、モンスターだって食べないと生きていけませんからね。こっそり食べ物を探しているところなんじゃないですか?」

 

 呑気にそんな解説をしていためぐみんが、急に焦りだして。

 

「あっ、来てます来てます! カズマ、逃げないで戦いましょう! このままだと追いつかれますよ! コボルトくらいならカズマにだって勝てるはずです!」

「無理に決まってるだろ! 装備は全部置いてきてるし、丸腰でモンスターの群れと戦えるか!」

「なんという迂闊! 街の外に出るのに装備を置いてくるとか、冒険者としてどうなんですか!」

「爆裂魔法を撃つために街の外にひとりで出ようとしてた奴に言われたくねーよ!」

 

 俺達が言い争っている間にもコボルトは迫ってきているらしく。

 

「ああっ! カズマカズマ! スカートが! スカートに剣が!」

「……ほう?」

 

 コボルトさん、もうちょっと上の方を掠める感じで……。

 

「この男!」

「おいやめろ。この状況で首を絞めるのはやめろよ! クソ、これでどうだ! 『クリエイト・アース』! 『ウィンドブレス!』」

 

 俺は、墓地でアクアにやったように、手の中に砂粒を生みだし、それをコボルトの目に……。

 俺の手の中から風に舞った砂粒は、コボルトに届く事なく、雨に打たれて地面に落ちた。

 魔法を使う俺を警戒し、コボルトが身構えている間に俺は再び走りだす。

 

「何をやっているんですか! これだから初級魔法は! だからあなたも爆裂魔法を覚えるべきだと……!」

「今そんな事言ってる場合か! ヤバい! アクアがいないからヒールも出来ないし、雑魚が相手なのに本気でヤバい!」

 

 と、声を上げる俺の前に。

 

「呼ばれて飛びでてアクア様! どうよ、ピンチに現れる私! さあ崇めなさい! 褒めたたえなさい! アクア様素敵って言いなさいな!」

 

 今頃はバイトをしているはずのアクアが、なぜか俺達の前に現れた。

 

「……いやお前、何やってんの?」

 

 褒められなかったのが不満らしく、アクアは俺の隣を並走しながら、頬を膨らませる。

 

「何って、散歩ですけど! ひとりで酒場にいても暇だし、二人と一緒に散歩しようと思ったんですけど!」

「バイトはどうした」

「クビになったわ」

 

 ……コイツは朝に出掛けていったばかりだと思うのだが。

 

「遅刻した上に商品を消すとはどういうつもりだって言われたわ。アレよ、あのお店の店長も、芸で消す用のキャベツの他に、売る用のキャベツを用意しておいてくれなかったのよ」

「お前には学習能力ってもんがないのか」

 

 以前、バナナを売っていた時にも、同じ事をしてクビにされただろうに。

 いや違う。

 今はそれどころではない。

 

「そんな事より、アレをなんとかしてくれ」

「プークスクス! カズマさんってば、カエルだけじゃなくコボルトからも逃げるなんて、本当に冒険者なんですかー? 超うけるんですけど!」

 

 この野郎!

 

「アクア、私からもお願いします!」

 

 めぐみんからも頼まれ、アクアは嬉しそうに。

 

「仕方ないわね! 二人とも、そこで私の活躍を見てなさいな! この私にかかれば、コボルトなんて指先ひとつで十分なんだから!」

 

 なんてこった、アクアが頼もしい。

 俺達を追いかけてくるコボルトに、逆に向かっていったアクアは。

 

「大丈夫ですよ。アークプリーストは、回復魔法と支援魔法を使いこなすだけでなく、前衛としても立ち回れる万能職です! ここはアクアに任せておけば……!」

「神の鉄槌、食らいなさい! ゴッドブロー!」

 

 アクアは拳を神秘的に輝かせ、木の根っこにつまずいて転んだ。

 目の前に転がってきたアクアに、コボルト達が怯み、剣を構えてオロオロしている。

 

「わああああああーっ! カズマさーん! カズマさーん!」

「……よし、あいつが囮になっているうちに俺達は逃げよう」

「カズマ!? 駄目ですよ! 早く助けましょう!」

 

 おかしい。

 冒険者のパーティーっていうのは、互いに助け合うはずなのに、俺ばかり苦労させられている気がする。

 

「ああもう! これならどうだ! 『フリーズ』!」

 

 俺はありったけの魔力を注ぎこみ、コボルトの足元の水溜まりを凍らせる。

 氷に足を取られたコボルト達が盛大にすっ転んでいる間に、俺はアクアを引きずってその場から離脱する。

 

「うっ……。カズマ、ありがとう……。ありがとうね……!」

「おいやめろ。泥まみれのくせに縋りついてくるのはやめろよ! というか、めぐみんをおんぶしてるのにお前まで支えきれな……!」

「ああっ! カズマ! しっかりしてくださいカズマ! あなたが倒れたら私まで……!」

 

 アクアのせいで三人揃って泥まみれになった俺達は、街に帰り着くとすぐさま大衆浴場に向かった。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 ギルドの酒場にて。

 俺は空のコップに手のひらを向けると。

 

「大気に潜む無尽の水。光を天に還し、形なす静寂を現せ! 『クリエイト・ウォーター』!」

「プークスクス! カズマさんってば、ちょっと魔法を使えるようになったからって、今さら中二病ですか?」

 

 アクアが俺を指さして笑う横で、めぐみんも俯き肩を震わせている。

 ……あれっ?

 めぐみんが食いつくだろうと思い、恥ずかしいのを我慢して、コップに水を注ぐためだけに大層な詠唱を唱えてみたのに。

 これでは、俺がなんのために恥ずかしい思いをしたのか……。

 と、肩を震わせていためぐみんが、勢いよく顔を上げて。

 

「素晴らしい! 素晴らしいですよカズマ! 今の詠唱は、紅魔族の琴線にビンビン来てます! カズマが自分で考えたのですか? その詠唱で魔法の威力は上がるのですか?」

 

 どうやら、笑っていたのではなく興奮を抑えようとしていたらしい。

 俺は、予想以上に食いついてきためぐみんに少し引きつつ。

 

「い、いや、これは俺が考えたわけじゃないし、魔法の威力も別に上がらないと思う」

「そうなのですか? でも、戦闘中に格好付けるためだけに詠唱するというのも、紅魔族としてはポイントが高いですよ。良ければ、その詠唱をどこで知ったのかを教えてほしいです」

「どこでって言われても。……その、今はもう読む事の出来ない本で読んだんだよ」

 

 本当はゲームの詠唱をパクっただけです。

 

「ほう! 古文書ですか! 古文書に載っていた呪文! ますます素晴らしいです! 私の爆裂魔法にもそういうのがあれば良いのですが、紅魔族でも爆裂魔法を使った事例なんてほとんどないので……」

「そ、それで、どうだ? めぐみんが爆裂魔法以外の魔法を覚えてくれるっていうんなら、俺が格好良い詠唱を教えてやってもいいぞ。戦闘中にいろいろな詠唱を使い分けるなんて、まさに魔法使いって感じで格好良いと思わないか?」

「まあそうですね。多彩な詠唱は魔法使い職の専売特許ってやつでしょう」

「そうだろ? なら、この際、初級魔法でもいいから取ってみないか? 昨日の俺みたいに、初級魔法が使えるだけでも状況によっては役に立つし、めぐみんは俺より魔力が高いんだから、もっといろいろな事に使えるかもしれないだろ? しかも、スキルポイントは一しか使わないんだぞ? 一ポイントくらい、初級魔法に使ったっていいと思わないか?」

 

 昨日、モンスターに追いかけられた事で爆裂散歩に懲りた俺は、めぐみんに爆裂魔法以外の魔法を覚えさせるために、ゲームに出てきた魔法の詠唱でめぐみんの気を引こうとしていた。

 

「思いません」

 

 そんな俺に、めぐみんはキッパリと告げる。

 

「アークウィザードはレベルが上がりにくいんです。スキルポイントは一ポイントも無駄にしたくありません。それに、魔力を全力で注ぐ事しか出来ない私には、カズマのように器用に初級魔法を使う事は出来ませんよ」

「なら、中級魔法スキルを……」

「取りません」

 

 ですよね。

 

 

 

「――深甚なる根源に沈む、満ち満ちた混沌。赫々たる終焉。創造の表裏にして、永久不変の簒奪者。我が呼び声に応え現出せよ! 証をここに!」

 

 それは、穏やかな食後の昼下がり。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 俺は今日もめぐみんに付き合って、廃城の見える丘までやってきていた。

 昨日の事があるので一応装備は持ってきているが、今日は雨が降っていないから初級魔法の目つぶし戦法を使えるし、昨日の雨で出来た水溜まりが残っているからフリーズで足元を凍らせる事も出来る。

 俺は倒れためぐみんを背負って来た道を……。

 

「……なあ、なんかお前、昨日より重くなってないか?」

「おい、乙女に対していきなり失礼じゃないか! 一日でいきなり太るはずがないでしょう。カズマが装備を身に着けているせいで、全体的に重くなっているだけだと思います」

 

 俺はのろのろと歩きながら。

 

「しょうがないな。これ以上持ちきれそうにないから、めぐみんを置いていこう」

「人をアイテム扱いするのはやめてくださいよ」

 

 俺が本気で言っているわけではないと察しているらしく、めぐみんがクスクス笑いながら、俺の言葉を軽く流す。

 

「……天気もいいし、少し休憩していくか」

 

 足が疲れてきた俺がめぐみんをそこら辺に転がし、適当な木の根っこに腰かけると。

 

「冒険者のくせに貧弱すぎるでしょう。というか、昨日の雨でまだ地面がべちゃべちゃしているのですが。……身動きひとつ取れないので、せめて頭だけでももう少しマシな場所に置いてくれませんか? 髪が汚れると洗うのが面倒くさいのです」

 

 面倒くさい事を言うめぐみんの体を引っ張って、上半身を木に寄りかからせてやる。

 俺が座っている木の根っこと、めぐみんが寄りかかっている木は、同じ木なので、自然とめぐみんとの距離が近づいたわけだが、見た目は美少女でも中身が残念な事を知っているので、あまりドキドキはしない。

 ……と、めぐみんの上半身が滑って、俺の肩にもたれかかってきて。

 

「おいやめろ。俺の服の袖に、髪に付いた泥をなすりつけてくるのはやめろよ。そろそろ水が冷たくなってきてるから、洗濯したくないんだよ」

「美少女に寄りかかられているのですから、素直に喜べばいいと思います。あと、出来れば姿勢を直してもらえると嬉しいです」

「そしたら今度は向こう側に倒れるんですね、分かります。もう面倒くさいし、次は放っておくけどいいんだな?」

「……この男、本気で言っていますね。それは困るので、このままでお願いします」

 

 俺の肩にめぐみんの頬が当たっているので、めぐみんが喋るとたまに俺の首筋に吐息が掛かってくすぐったいのだが……。

 

「いつまでも酒場でダラダラしてると受付のお姉さんが白い目で見てくるし、めぐみんが歩けるようになるまでここでのんびりするか」

「私は構いませんが、カズマは本当に貧弱ですね。そんなんで魔王を倒せるんですか?」

「そんなもん無理に決まってるだろ? アクアは本気で魔王を倒すつもりらしいが、カエルやキャベツに苦戦してる俺達が、魔王なんかとまともに戦えるとは思えない。出来れば小金を稼いで商売でも始めたいんだが……」

「それは困りますよ! クエストに出ないと爆裂魔法を使えないではないですか!」

「お前、そればっかりだな。まあ、暇があったらこうやって散歩に付き合うくらいならしてやるから、それで我慢してくれよ」

「爆裂散歩に付き合ってもらえるのはありがたいですが……。私としては、巨大な敵を爆裂魔法で一撃で消し飛ばしたり、モンスターの大群を爆裂魔法で吹っ飛ばしたりしたいのです」

「俺は安全に、出来れば働かないで暮らしたいんだよ。そういう危険な冒険がしたいなら、もっと真っ当なパーティーに入れてもらえばいいだろ」

「……アクセルにいる真っ当なパーティーからは大体断られましたよ」

「お、おう。そうか……」

 

 爆裂魔法しか使えないポンコツ魔法使いじゃなあ……。

 

「まあ、私くらいの大物となると、そんじょそこらの平凡なパーティーでは持て余すのも仕方ありませんが!」

「持て余されすぎて飢え死にしそうになってたくせに何言ってんだ?」

「まあいいではないですか。そのお陰で、カズマは優秀な魔法使いを仲間に出来たのですから」

「お前、どうあっても自分が優秀な魔法使いだって言い張るつもりか? そう言うんなら、せめて初級魔法でもいいから取ってくれよ」

「お断りします」

 

 俺の言葉に、めぐみんが即答する。

 

「前にも言いましたが、私は爆裂魔法をこよなく愛するアークウィザード。爆裂魔法だけが好きなのです。爆裂魔法しか愛せないのです! 爆裂魔法以外に、覚える価値のあるスキルなんてありませんよ!」

「でも爆裂魔法なんて使い道がないじゃん」

「…………」

 

 めぐみんはしばらく沈黙したかと思うと、クスクスと笑いだして。

 

「……カズマは変な人ですね。お人好しというか、面倒見が良いというか。今までパーティーを組んだ人達は、皆、一日で私を見限りましたけど、なんだかんだ文句を言っても、私を放りだそうとしないではないですか。いつかカズマにも、私の優秀さを見せつけてやりますから、その日を楽しみにしていてくださいね」

 

 穏やかな表情で、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、何をいい話っぽくまとめようとしてんの? そんなんで俺が誤魔化されると思うなよ? おい、こっちを見ろ! 寝たふりしてんじゃねえ!」

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 馬小屋にて。

 珍しく朝早くに目覚めてしまった俺が、寝直す事も出来ずにいると。

 

「……カズマ、さっきから何をゴソゴソしているのですか? うるさくしていると、また隣の人に怒られますよ」

 

 俺と同じく昼寝したからか、早起きしたらしいめぐみんが、小声で話しかけてきた。

 

「べべべ、別にゴソゴソなんてしてねーし! ただ昨日昼寝したせいで早く目覚めちまって、やる事がないだけだよ!」

「カズマもですか。奇遇ですね、私もですよ」

「いや、お前も昨日昼寝してたからだろ」

「こうして朝早く目覚めたのも何かの導きに違いありません。どうでしょう? ここはひとつ、私とデートでもしてみませんか?」

「デ、デートってお前……」

 

 と、俺達が話していると、周りで寝ている冒険者から怒鳴り声が飛んでくる。

 

「おい、朝っぱらからうるせーぞ!」

「「す、すいません!」」

 

 寝ているアクアが怒鳴り声にビクッと反応して。

 

「すいません店長! コロッケはちゃんと売るから、クビにしないでください!」

 

 

 

「――紅と黒の境界。遍く照らす黎明。黄昏を統べる我が前に、神羅万象逃れる術なし! 永劫の夜に沈め!」

 

 それは、爽やかな早朝の散歩のついでに。

 

「『エクスプロージョン』!」

「知ってた」

 

 いきなりデートとか言われてソワソワしてた気もするが、気のせいだった。

 

「……? 何をガッカリしているのか知りませんが、おんぶしてください」

「別にガッカリなんてしてねーよ。言っておくが俺にロリコン属性はないし、お前にデートだのなんだの言われてもちっともドキドキしないからな」

 

 俺はめぐみんを背負い、来た道を戻る。

 このところずっと同じ事を繰り返してきたからか、冒険者の装備を身に着けてめぐみんを背負っても、それほど疲れる事はなくなっている。

 日本にいた頃はヒキコモリをやっていた俺に体力があるとは思えないから、これもステータスの恩恵だろう。

 

「おい、人をロリ扱いするのはやめてもらおうか。というか、そんな事を言いながら、おんぶしている時にセクハラしてくるのはなぜですか?」

「人聞きの悪い事を言うのはやめろよ。それはたまたまだって言ってるだろ。セクハラとか言うんだったら、もうちょっと胸を大きくしたらどうなんだ? そしたらいくらでも爆裂散歩とやらに付き合って……いたたたた! おい、髪を引っ張るなよ! そこら辺に捨てていくぞ!」

 

 俺が本当の事を言うと、めぐみんが俺の髪を引っ張ってくる。

 

「言っておきますが、私は統計的に将来は巨乳になる予定ですからね!」

「はあー? 将来の話なんか知るか。少なくとも今の俺にとって、お前は需要のない貧乳ロリなんだよ。棒みたいな体つきのくせに何言ってんだ」

「棒!? 言うに事欠いて棒扱いですか! この男、言ってはいけない事を言いましたね!」

「あ、こら! 首を絞めるのはやめろよ! クソ、魔法使い職のくせに、どうしてそんなに力が強いんだよ! それ以上やるんなら、本当に捨てていくからな!」

 

 

 *****

 

 

 ――そんなこんなで一週間が経って。

 

 めぐみんの傍で魔法を見続けていた俺は、その日の爆裂魔法の出来が分かるまでになっていた。

 

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

「おっ、今日のは良い感じだな。爆裂の衝撃波が、ズンと骨身に浸透するかのごとく響き、それでいて肌を撫でるかのように空気の震動が遅れてくる。相変わらず、不思議とあの廃城は無事なようだが、それでも。ナイス爆裂!」

「ナイス爆裂! ふふっ、カズマも爆裂道が分かってきましたね。今日の評価はなかなかに的を射ていて詩人でしたよ。……どうです? カズマも、冗談ではなく、いっそ本当に爆裂魔法を覚える事を考えてみては」

「うーん、爆裂道も面白そうだがなぁ、今のパーティー編制だと魔法使いが二人ってのもな。でも冒険者稼業を引退する際には、余裕があったら最後に爆裂魔法を習得してみるのも面白そうだな」

 

 俺とめぐみんは、そんな事を言い合いながら笑い合う。

 

 ……いや、めぐみんに爆裂魔法以外のスキルを習得させようとしていたのに、俺の方が爆裂魔法を習得してどうすんだと思わなくもないが。

 どうせ、なんの役に立つのか分からないプリーストと、攻撃がさっぱり当たらないクルセイダーがいるポンコツパーティーなのだから、めぐみんだけまともな魔法使いになったところで、大して変わらないだろう。

 

 俺はいつものようにめぐみんを背負うと。

 今日の爆裂魔法の音は何点だった、いや、音量は小さかったが音色が良かったなど、そんな事を語りながら、来た道を戻っていった。

 




・「大気に潜む無尽の水。光を天に還し、形なす静寂を現せ!」
 『ファイナル・ファンタジー・タクティクス』より、ブリザジャの詠唱。

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