このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』6、『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、6巻4章。めぐみん視点。


この一度きりのチャンスに外出を!

 朝早く、魔王軍によって王都が襲撃され。

 私達の活躍によって、大きな損害もなく魔王軍を撃退する事に成功し、王都が沸き立つ中。

 ――王城の、カズマが暮らしていたという部屋にて。

 

「……めぐみんさん、本当に大丈夫ですよね? アイリスを危険な事に巻きこまないでくださいね? 食べ物をくれるからといって知らない人についていってはいけませんよ? アクセルの街は国内で一番治安が良いという話ですから、同じ感覚で歩いていると、妙な事に巻きこまれるかもしれないんですからね」

 

 私は、心配そうに小言を言ってくる王女アイリス……

 ではなく、神器の効果でアイリスと入れ替わったカズマに。

 

「分かってますよ! 私をなんだと思っているんですか! というか、私が出掛ける時はそんなに心配しないくせに、王女だからといって特別扱いするのはどうかと思いますよ!」

「あの、お兄様。申し訳ありませんが、私の真似が似すぎてて気持ち悪いです」

「王女様もその声でその言葉遣いをやめてください」

「えっ。わ、分かりまし……、分かっ……た……? こんな感じですか、めぐみんさん!」

「……もうそれでいいです」

 

 カズマにキラキラした目で見られると、おかしな気分になってくる。

 不安しかないが、まさか人間の肉体と人格が入れ替わっているとは誰も思わないだろうから大丈夫だろう。

 アイリスが身に付けていたネックレスの神器が、カズマの発した呪文によって発動し、二人の人格が入れ替わり……。

 アイリスが、こんな機会でもないと城から出られないからと、外に出てみたいと言いだした。

 

「では、行ってまいります、お兄様」

 

 いくらカズマの姿をしているとはいえ、世間知らずの王女様をひとりで外出させるわけには行かず、私が付き添う事になったのだが。

 アイリスの姿になっているために、外出できないカズマは。

 

「行ってらっしゃい。気を付けろよ。……入れ替わったのがめぐみんとアイリスだったら、俺が付いていけたのになあ」

「おい、私を邪魔者のように言うのは本気でやめてもらおうか!」

 

 

 

 私を背負ったアイリスが部屋を出て。

 城内を、出入り口に向かって歩いていくと、そこかしこに冒険者の姿が見えた。

 夜の戦勝パーティーのため、それまで時間を潰しているのだろう。

 よく見ると、カズマと同じ黒髪黒目の者が多い。

 彼らは、今回の戦いで特に活躍した者達で……。

 と、その中の一人が、私達を見ると歩み寄ってくる。

 

「佐藤和真じゃないか。死んだと聞いたけど、アクア様に蘇生してもらったんだね。傷は大丈夫なのか? それと、君はアークウィザードのお嬢ちゃんだね。爆裂魔法で魔王軍を吹き飛ばしたと聞いているよ」

 

 ……?

 

「お久しぶりですミツルギ様、今回も素晴らしい活躍だったと……」

「ミ、ミツルギ様……? おい佐藤和真、今度は何を企んでいるんだ?」

 

 私が誰だろうかと首をかしげていると、カズマの姿になっている事を早くも忘れ、ミツルギを労うアイリス。

 私は、そんなアイリスの肩を叩いて黙らせて。

 

「なんですか? 魔剣の人は褒め言葉を素直に受け取れないのですか? カズマが人を素直に褒めるなんて、滅多にない事ですよ。カズマが素直になったからって、代わりにあなたが捻くれなくても良いのではないですか。……王女様、今のあなたはカズマなのですから、魔剣の人との距離感を考えてください」

 

 私がどうにか誤魔化し小声で注意すると、アイリスは困惑したように。

 

「す、すいませんめぐみんさん。でも、お兄様とミツルギ様はどういった関係なんでしょうか? ミツルギ様がすごく怪訝そうな目をしているようなのですが……。そういえば、お兄様はミツルギ様に勝った事があるという話でしたね。お二人は良きライバルといった関係なのですか?」

「あの時は、カズマがスティールで魔剣を奪い、魔剣の人が動揺した隙を突いて倒しました。それに文句を言った取り巻き二人を、スティールで下着を奪うぞと言って脅して追い払ってましたね」

「そ、そうですか……。下着を……」

 

 私の言葉に、アイリスが戸惑う気配が伝わってくるが、事実なのだから仕方がない。

 

「と、とにかく私……お、俺は城の外に用があるので」

「あ、ああ。……その、ありがとう。褒めてくれて」

 

 アイリスとミツルギは、ものすごくぎこちない挨拶を交わして別れ、アイリスはウロウロしている冒険者達の間を通りぬけて……。

 と、周りの冒険者達をキョロキョロと眺めながら、アイリスが小さな声で。

 

「……あの、めぐみんさん。なんだか周りの方々の視線が厳しいような気がするのですが」

「ああ、それはカズマが、大口を叩いていたくせにコボルトに殺されたからでしょう」

「コボルトに? コボルトというと、あの……。犬と人がくっついたみたいな、雑魚モンスターのコボルトですか?」

「そうです。犬と人がくっついたみたいな、雑魚モンスターのコボルトです。調子に乗って逃げるコボルトを追いかけていき、群れのど真ん中に出て袋叩きにされたらしいですよ」

「……め、めぐみんさん? お兄様は、魔王軍の幹部や大物賞金首を討伐した、凄腕の冒険者なのですよね? クレアが、ララティーナの活躍に便乗している、口だけの小物ではないかと言っていましたが、そんな事はないのですよね?」

 

 不安そうに言うアイリスに、私は少し笑いながら。

 

「もちろん違いますよ。でもまあ、カズマの凄さは、近くにいないと分かりづらいですからね」

「な、なんですかそれは! 私だって、お兄様が嘘を吐いていない事くらいは分かります! 私は人を見る目だけはあるつもりですから!」

「カズマが、魔王軍の幹部や大物賞金首の討伐に貢献したのは事実ですよ。でも今回コボルトに殺されたのも事実です。それに、最弱モンスターのジャイアントードに食べられそうになったり、オークの群れに追いかけ回されて泣いたりしていましたね。あの男は最弱職の冒険者ですから、卑怯な手を使わずに真正面から戦ったら、爆裂魔法を使わない私でも取り押さえる事が出来るでしょう。私は紅魔族のアークウィザードなので知力以外のステータスも満遍なく高いですし、今回のようにモンスターの群れを爆裂魔法で一掃する事が多いので、レベルが上がりやすいのです。あの男は冒険に出たがらないので、レベルが上がりやすい冒険者のくせにレベルが低いままですし、私よりも体力がないくらいですよ」

 

 私の言葉に、アイリスが不思議そうに首を傾げる。

 

「めぐみんさんの話を聞いていると、お兄様が魔王軍の幹部や大物賞金首を相手に活躍するところが想像できないのですけど」

「むしろ逆ですね。あの男はどうでもいい雑魚が相手だと、油断したり調子に乗ったりして、今回みたいにあっさり死んだり、泣いて逃げだしたりします。でも、大物相手に追いつめられてどうしようもなくなった時、最後の最後に、しょうがねえなあと言いながら、なんとかしてくれるのもカズマなのです」

 

 大人げなく自慢するように言った私の言葉に、アイリスがぽつりと。

 

「……めぐみんさんやララティーナが羨ましいです。私も、お兄様と一緒に冒険をしたり、城の外で遊んだりしたいです」

 

 アイリスは、魔王軍の脅威が迫っているせいで気軽に城から出る事も出来ず、同年代の友人も、気の置けない遊び相手もいない生活を送っているらしい。

 ……カズマが、この王女様に入れこんでいる理由が、少しだけ分かる気がする。

 私は、アイリスが喜びそうな行き先を考えて。

 

「それなら、冒険者ギルドに行ってみましょうか?」

 

 

 *****

 

 

 王都の冒険者ギルドは、アクセルの冒険者ギルドよりも大きくて目立つので、すぐに見つける事が出来た。

 魔王軍の襲撃を撃退したばかりだからか、その大きな建物から溢れるほど多くの冒険者が集まり、賑わっている。

 

「ここが冒険者ギルド……! あ、あの、めぐみんさん。人が多すぎて入れないのですが、どうしたらいいですか?」

 

 賑わいすぎて入り口を通れず、アイリスがオロオロしだした、そんな時。

 酒を飲んで騒ぐ冒険者達の中から、大柄で、鼻に引っ掻き傷を持つ男の人が現れて。

 

「よう、久しぶりじゃないか、爆裂魔道師。防衛戦の最後に爆裂魔法が放たれたって聞いたから、ひょっとしてと思っていたが、やっぱりお前さんだったか。防衛線に参加した冒険者の間じゃ、お前さんと仲間達の噂で持ちきりだぞ。いよいよお前さんも、駆けだしの街じゃ物足りなくなって、こっちで華々しく活躍する気になったのか?」

「めぐみんさん、冒険者の方です! すごく荒くれ者っぽいですよ! お知り合いなんですか?」

 

 親し気に話しかけてくる男に、アイリスが興奮する中、私は。

 

「どちら様ですか?」

「おい、そりゃないだろ! レックスだ! あのホーストって悪魔を倒す時、一応は共闘した仲じゃねえか! それに、王都に来る時、パーティーに誘っただろうが!」

「とまあ、この人はレックスです。彼らのパーティーがとある悪魔との戦いに負けそうになっている時、颯爽と現れた私が爆裂魔法で悪魔を吹っ飛ばし、助けてあげた仲ですね」

「おいふざけんな。確かに間違ってはいないが……!」

 

 と、私の言葉にイラっとしたように声を荒げかけたレックスは。

 

「ま、まあいい。今、城の祝勝パーティーに呼ばれなかった連中で、宴会やってるんだ。お前さんも来ないか? あの爆裂魔法を撃ったお前さんが来たら、あいつらも喜ぶだろう」

 

 これはいけない。

 今はカズマの体に入っているとはいえ、未成年の王女様に酒を飲ませたなどと知られたら、すごくマズい事になる気がする。

 

「冒険者の方々と一緒にお祝いですか! 行きます!」

「何を言っているんですか! 駄目に決まっているでしょう! 王……カ、カズマ! 私達はほら、これから行かないといけないところじゃあるじゃないですか! そういうわけなので、レックス。祝勝会はまたの機会でお願いします」

 

 私が即答するアイリスを黙らせ、その場を立ち去らせようとすると。

 レックスが、それまでと少しだけ声のトーンを変えて、私達を呼び止めた。

 

「ちょっと待て。今、カズマっつったか? そいつがお前さんのパーティーの仲間なのか? サトウカズマって言ったら、王都で噂になってるぞ。王女様に取り入って、おかしな事ばかり教えこんでるって話じゃないか。最弱職の冒険者のくせに、魔王軍の幹部や大物賞金首を討ち取ったんだってな?」

 

 荒くれ者の冒険者に話しかけられたアイリスが、嬉しそうにコクコクと頷く。

 ……この子はなんの話をしているのか分かっているのだろうか?

 レックスはいかにも荒くれ者らしい、ドスの利いた声で。

 

「ひょっとして、その武勇伝ってのも、そこの爆裂魔導師に頼りきったもんなんじゃねえのか? もしそうだとしたら、同業者として放っておけねえぞ」

 

 ……どうしよう。

 最弱職のカズマが侮られるのはいつもの事で、イラっとするのだが。

 

「そ、そうですね。トドメを刺しているのは、大体いつも私の爆裂魔法ですね」

 

 カズマ達が私の爆裂魔法に頼りきりだとか。

 正直ちょっと満更でもない。

 

「何せ他のパーティーメンバーと言えば、あまり攻撃力のない冒険者と、まともに攻撃が当たらないクルセイダーと、独りでに窮地に陥るアークプリーストですからね。私の爆裂魔法が頼られるのも仕方ありません」

「めぐみんさん!?」

 

 話が違うとアイリスが声を上げるが、私は聞こえない振りをする。

 

「やっぱりそうか。最弱職があれだけの功績を挙げたなんて、おかしいと思ってたんだ。お前みたいな口だけ冒険者は、冒険者なんてとっとと辞めて、畑でも耕して……!?」

 

 と、苛立ったようにアイリスを罵っていたレックスが、ぎょっとしたように私を見る。

 

「ぶっ殺!」

「ちょっと待て! お前さん、目が真っ赤だぞ! 何を怒ってるんだよ! お、おい、魔力もないはずなのに爆裂魔法の詠唱をするのはやめろよ! お、俺はお前さんのためを思って……! お前さんのパーティーメンバーは、お前さんの爆裂魔法に頼りきりなんだろ?」

 

 自分で言うのはいいが、人に言われるのはイラっとする。

 我ながら理不尽だが……。

 

「ウチのパーティーのリーダーは、最弱職ですが狡すっからい悪知恵が働いて、どうしようもなくなった時にはなんとかしてくれる、そんな人です! それに、この国で一番硬いクルセイダーと、プリーストとしての腕だけは頼りになるアークプリーストですよ!」

「そ、そうか。分かった! 俺が悪かった! 謝るから落ち着けよ!」

 

 目が真っ赤に輝いているらしい私を見て、レックスが焦ったようにそんな事を言う。

 

「……あんた、カズマって言ったな? その爆裂魔導師にそこまで言わせるって事は、あんたも見た目通りってわけじゃないんだろ。俺は以前にも、どっかのお嬢ちゃんを口だけ魔導師扱いして度肝抜かれたからな。余計な事言って悪かったよ」

 

 立ち去ろうとしたレックスは、最後に振り返って。

 

「おい、爆裂魔導師。お前さんも、前よりはレベルが上がったんだろ? もしも、そいつのパーティーを抜ける事があったら、俺のパーティーに……」

「いえ、そんな事にはなりませんよ」

 

 私がレックスの言葉を遮り、キッパリと言うと。

 

「相変わらず、変な奴だなあ。……まあ、よそのパーティーの事情なんざ、わざわざ首突っこむような事でもないしな」

 

 苦笑したレックスは、肩越しに手を振りながら、酒を飲む冒険者達の輪の中へと戻っていった。

 それを見送った私は……。

 

「……あの、王女様。あまり長居すると、他の冒険者に絡まれるかもしれませんし、ここを離れませんか? 王女様はお城でやる祝勝パーティーに出るのですから、冒険者ギルドの宴会は我慢してください」

 

 と、私がなかなか動きだそうとしないアイリスを促すと、アイリスは。

 

「今の方は、めぐみんさんの事をすごく心配していましたね」

「そ、そうですか? ただカズマの功績を疑っていただけではないですか」

「そんな事ありません。私は人を見る目だけは自信があるんです」

 

 なぜかアイリスは自信満々にそんな事を……。

 …………。

 ……まあ、レックスが本当にカズマを侮っているだけだったら、私も最初の時点で喧嘩を買っていたわけだが。

 

「ところでめぐみんさん。皆さんが爆裂魔法に頼りきりという話なのですが……」

「なんですか? 私は何も嘘は言っていませんよ。我が爆裂魔法は最強魔法。大体いつも私が爆裂魔法でトドメを刺すのは本当の事ですし、皆が私を頼りにしているのも本当です。でも出来れば私が言っていた事はカズマには黙っておいてください」

 

 

 *****

 

 

 冒険者ギルドを離れ、広場に辿り着いた。

 王都では魔王軍の襲撃は珍しくないらしく、広場にいる人々は、何事もなかったかのように笑顔を浮かべている。

 そんな広場を通りすぎながら。

 

「――その時、ダクネスは言ったのです。『選べ。私から離れて浄化されるか、共に爆裂魔法を食らうかの、どちらかを』、と。そして大悪魔バニルは、神の敵対者であるからには浄化されるなどまっぴらだと言い……」

「そ、それから!? それからどうなったんですかめぐみんさん!」

「もちろん、私はダクネスの硬さを信じ、爆裂魔法を撃ちました。爆裂魔法は、あらゆる存在にダメージを与える事が出来る、人類最強の攻撃手段。私の放った爆裂魔法の前には、地獄の公爵と言えど無事では済みませんでした。でもそんな爆裂魔法を受けてもダクネスは生き残ったんですよ」

 

 アイリスは、ほう……と感心したようにため息を吐いて。

 

「すごいです! めぐみんさんの爆裂魔法は、地獄の公爵を倒してしまうなんて……! それに、ララティーナは、そんな爆裂魔法にも耐えられるなんて……! 仲間なのに攻撃魔法を撃つなんて、めぐみんさんはララティーナを本当に信頼しているんですね!」

「まあ、今はあの時よりも私のレベルも上がりましたから、今の私の爆裂魔法ならダクネスだって吹っ飛ばしてみせますけどね」

「め、めぐみんさん? ララティーナを吹っ飛ばす必要はないのでは……?」

 

 ダクネスの硬さに対抗心を燃やす私に、アイリスが困惑したようにそんな事を言う。

 

「どうでしょう? 爆裂魔法の素晴らしさが王女様にも伝わりましたか? 今日みたいな使い方も出来ますし、騎士団でも採用してみてはいかがですか? 爆裂魔法はネタ魔法だとか言われていますが、広い場所での集団戦では大活躍ですよ!」

「な、なるほど! 私からお父様に提案してみようかしら……?」

 

 と、私達が騎士団の今後に関わる重要な話をしていた、そんな時。

 

「ちょいとあんた達。その格好、冒険者だろ? 氷菓子はいらないかい? 今朝も魔王軍を撃退してくれた事だし、お安くしとくよ」

 

 声を掛けてきたのは、氷菓子の屋台のおじさん。

 おじさんが勧める氷菓子を見て、アイリスが目を輝かせる。

 

「これはなんですか? 食べ物ですか?」

「お客さん、氷菓子を知らないのかい? そりゃ、もったいない! 王都の名物だよ! 是非食べていってくれ!」

「王都の名物なんですか? ずっと王都に住んでいるのに、全然知りませんでした」

 

 氷菓子くらいアクセルでも普通に売っているので、名物だとか言うのは単なる売り文句というやつだろうが、世間知らずのアイリスには珍しいらしい。

 私は財布からお金を出し、おじさんに差しだしながら。

 

「二人分買いましょう。これで足りますか?」

「毎度!」

「ありがとうございます、めぐみんさん!」

「それより、早く受け取らないと溶けてしまいますよ」

 

 アイリスに二人分の氷菓子を受け取ってもらい、近くのベンチに並んで座り食べ始める。

 

「早く食べないと溶けてしまいますが、慌てて食べると頭がキーンてなるので気を付けてください」

「……ッ!」

 

 溶けてしまうという私の言葉に、慌てて氷菓子を食べたアイリスが、頭が痛くなったらしく『くぅー!』と言うように身悶えする。

 

「これは……! とても冷たくて、甘くて美味しいです! ただの氷のはずなのに、口当たりがふわふわしていますね! 何か特別な魔法を使っているのですか?」

「氷を普通に砕いているだけで、魔法も何も使っていないと思いますよ」

「魔法を使ってないのにこんなに美味しいなんて、魔法みたいですね!」

 

 初めて食べる氷菓子の味に感動しているらしく、アイリスがわけの分からない事を言うが、喜んでいるので放っておこう。

 

 

 

「氷菓子というのは初めて食べましたが、とても美味しかったです。庶民の方々は毎日こんなに美味しいものが食べられるなんて、羨ましいです。料理人に頼んだら作ってくれるかしら?」

 

 氷菓子を食べ終えたアイリスが幸せそうにそんな事を言う。

 ……こんな庶民的な食べ物を作れと言われても、お城の料理人も困るのではないだろうか。

 

「喜んでくれて何よりですが、まだまだ店はありますからね。私が買い物の際の値切り方を教えてあげますよ!」

「お願いします、めぐみんさん!」

 

 アイリスが私を背負い、広場をウロウロし始める。

 アクセルの街でも、デストロイヤーを討伐した後には街中がお祭りのようになっていたが、本日の王都も魔王軍を撃退した事で賑わっているようだ。

 食べ物の屋台だけでなく、射的や我慢大会といった露店もあり、中には……。

 

「魔王を倒した勇者の聖剣!? めぐみんさん、聖剣だそうですよ! なんて事! 聖剣がこんな値段で……! お兄様に買っていってあげなくては!」

 

 魔王を倒した勇者の聖剣とかいう、やたらとキラキラした装飾の剣を売る露店の前で、アイリスが立ち止まった。

 

「あんなもん、偽物に決まっているでしょう! よくある詐欺の手口ですよ! 本物の聖剣がそこら辺に転がっていてたまりますか!」

「そ、そうなのですか? ウチの宝物庫には、本物の聖剣が結構転がっているのですが……」

「そんなのはあなたの家だけの話ですよ!」

 

 いろいろな店の前でいちいち立ち止まるアイリスを、手頃そうな食べ物の屋台へ誘導する。

 

「あなたには実感しづらい事でしょうが、庶民の生活は日々の食事にも困ったりするので、買い物の際に値切るのは大切な事なのです。これに関しては私は上級者なので、すべて任せておいてください」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 私は屋台の店主に二人分の商品を注文すると。

 

「店主! 二人分買いますので、少し安くなりませんか? このくらいの値段でどうでしょうか」

「どうでしょうかって言われてもねえ……。こっちもぎりぎりの値段でやってるんだ」

「……もう三日も硬い食べ物を口にしていないんです」

「あんたら、さっきそこで氷菓子を食ってたじゃないか」

 

 …………。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の天才にして、爆裂魔法を操る者! 今朝の魔王軍の襲撃をいつもより少ない犠牲で撃退したのは、私のパーティーのお陰だとのもっぱらの噂ですよ。王都で商売をする者として、そんな冒険者をないがしろにするのはどうかと思います。あっちの氷菓子の屋台では安くしてくれましたよ!」

「めぐみんてなんだ。喧嘩売ってんのか」

「なにおっ! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族の掟。名前をバカにされるのは許せませんね! そっちこそ喧嘩を売っているなら買おうじゃないか!」

「あ、あんた紅魔族か! ああもう、しょうがねえな! 分かったよ! この値段でどうだ!」

「買いましょう」

 

 再び近くのベンチに座って、買ったものを食べながら。

 私はアイリスに。

 

「どうでしたか? 大事なのは、最初に無茶な要求を出しておいて、後からそれを緩める事です。こうする事で、相手をそれくらいならいいかなという気分にさせる事が出来ます。では、次はあっちの屋台で王女様がやってみてください」

「分かりました!」

「待ってください。食べ終わってからにしましょう。こういうのは、なるべくこっちが貧しい感じを出したほうが上手く行くのです。間違っても余裕があるところを見せてはいけません。値切れなかったら飢え死にすると思ってやってください」

「勉強になります!」

 

 食べ終えたアイリスが立ち上がり、やる気に満ちた様子で屋台へと近づいていく。

 アイリスが、屋台の店主へと。

 

「無料で譲ってください!」

「それは交渉ではなくて強盗の要求ですよ!」

 

 やる気に満ちた様子で強盗のような事を言いだしたアイリスに、店主がチラチラと明後日の方向に視線を逸らす。

 その視線の先には、勇者の聖剣を売る露店に注意をしている、警官の姿が……。

 これはいけない。

 

「ま、待ってください。無料とは言いませんので、少し安くしてもらいたいのですが……」

 

 慌てて言った私に、店主がほっとしたように値段を告げる。

 そんな店主にアイリスが。

 

「すいません。今、お金を持っていないので、支払いは王城に請求してください」

 

 店主が警察を呼んだ。

 

 

 *****

 

 

「――この辺りまで来たら大丈夫でしょう」

 

 追っ手を撒いた事を確認してから私が言うと、アイリスは走るのをやめて立ち止まった。

 そこは、あまり人気のない路地裏。

 

「ハア……、ハア……。お、お兄様の体は本当に体力がないのですね。それにしても、逃げなくても良かったのではないですか? 警察の方に余計な仕事をさせるのも申し訳ないですし、事情を説明すれば……」

「駄目ですよ。今のあなたはカズマなのですよ。魔王軍との戦いで大して役に立たなかったくせに、街を遊び歩いて城に代金をツケてたなんて噂になったら困ります。ただでさえ、義賊の捕縛に失敗して貴族に大した事なかったと思われたり、コボルトに殺されて冒険者に冷たい目で見られたりしているのですから、これ以上あの男の評判を落とすのはやめてください。あんまりいろいろ言われると、あの男は拗ねて何をしでかすか分かりませんからね。あなたも、開き直ったあの男が、お付きの人の下着をスティールしたのを見ていたでしょう?」

「クレアはお付きの人ではないのですが……。そうですね。楽しかったので、お兄様の体だという事を忘れていました」

 

 私の言葉に、アイリスがしゅんとする。

 この年頃の子供が、我を忘れるほど遊びに熱中するなんて、よくある事だ。

 本来ならそれほど気にする事ではないはずだが、王女様ともなるとそうもいかないのだろう。

 

「……そろそろお城に戻りましょうか。これ以上遊んでいると、お兄様に迷惑を掛けてしまうかもしれません」

 

 カズマに気を遣って、アイリスがそんな事を言う。

 アイリスが少しくらい迷惑を掛けてもカズマは気にしないだろうが、カズマが拗ねて何かしでかしたらダクネスが泣くだろうから何も言えない。

 と、アイリスがトボトボと歩きだした時。

 路地の向こうから、明らかにチンピラっぽい見た目の三人組が歩いてきた。

 

「王女様、あの見るからにチンピラっぽい三人組を見てください。ああいう連中は、私みたいな美少女を見ると、『良い女連れてるじゃねえか。そいつは俺達が可愛がってやるから置いていけよ』と絡むものです。絡まれたら、『この女は貴様のようなチンピラにはもったいない。鏡を見て出直してこい』と言って、喧嘩を買ってください。ああいうチンピラを退治して街の治安を守るのも冒険者の仕事です」

「わ、分かりました……!」

 

 チンピラを見たアイリスが目を輝かせる。

 チンピラ達は、アイリスが背負っている私を一瞥すると、『良い女連れてるじゃねえか』と……。

 

 …………おい。

 

「ちょっと待ってもらおうか! 何をそのまま立ち去ろうとしているのですか? 私みたいな美少女を見かけたのに声も掛けないとか、あなた達はそれでもチンピラですか!」

 

 私達に絡んでくる事もなく、そのまま立ち去ろうとするチンピラに、私は全力で絡んでいった――!

 


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