このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』4巻、既読推奨。
 時系列は、4巻2章。


この似非セレブに贅沢を!

 ――月々百万か、一括で三億か……。

 悩ましい。

 実に悩ましい問題を前にして、俺はソファーに座り深く考えこんでいた。

 そんな悩める俺に、ダクネスが眉をひそめて。

 

「おいカズマ。さっきから、何もないのにニヤニヤするのは、見ていて気持ち悪いからやめろ」

「おっと、ニヤニヤしてたか? すまんね、つい喜びを抑えきれなくてさ」

「……!? だ、誰だお前は? 私が知っているカズマは、少しでも侮辱されたら、相手が誰だろうと食ってかかり、それはもう的確に急所を責めるような奴だった!」

「おいやめろ。人を、誰彼構わず突っかかっていく、頭のおかしい爆裂娘みたいに言うのはやめろよ。人間、余裕が出来ると、些細な事は気にならなくなるもんさ。金持ち喧嘩せずってやつだ。お前だって貴族なんだし、毎日あくせく働く庶民を見て、金がない奴らは大変だなプークスクスとか思ってたんだろ?」

「人聞きの悪い事を言うな! お前は貴族をなんだと思っているんだ! 我がダスティネス家は清貧に努め、庶民の暮らしを第一に考えている!」

 

 と、ダクネスが声を上げていると、俺の前に優雅な動作でティーカップが差しだされる。

 

「紅茶が入りましたわよカズマさん」

 

 言いながら、紅茶をくれたアクアが隣に座り……。

 

「……ねえあなた、こういうお店で遊ぶのって初めて?」

 

 そんな事を言いながら、俺の方にしなだれかかってくる。

 いや、こういうお店ってなんだよ。

 どうせ、俺が手にする事になった大金目当てだろう。

 美人のお姉さんにこんな風に迫られたら、例え金目当てと分かっていても、それなりに嬉しいはずだ。

 コイツは見た目だけなら女神様みたいだし、女の子らしく出るとこも出ていて、触れているとやわっこかったりもするのだが、相手がアクアだと思うとなんにも感じない。

 

「チェンジ」

「なんでよーっ!? この私が接待してあげようってのに、チェンジってどういう事よ! アクア様美しいですね、まだお昼だけどお酒を飲んでもいいですよって言ってよ! そして私に三億エリスを貢ぎなさいな!」

「はあー? なんで俺がお前に貢がなきゃいけないんだよ。それに、昼間から酒を飲もうとするのはダクネスが止めるだろうからやめとけよ」

「そ、そうだぞアクア。昼間から酒を飲んでいては人間がダメになる」

 

 俺の言葉に頷いたダクネスが、アクアを止めようとするも、アクアの勢いは止まらず。

 

「何よ! 私達はセレブになるんだし、セレブって言ったらパーティーでしょう? 朝から晩までパーティーをしていてもいいと思うの。今日はカズマさんのニート知識が初めて役に立った記念すべき日なんだから、ニートおめでとうパーティーをするべきじゃないかしら?」

「ニート知識言うな。というか、私達とか言ってるが、あれはクエストの報酬でもなんでもなく、俺の知識で稼いだんだから俺の金だろ。……まあでも、これから俺の知識チート無双が始まるんだし、お祝いにパーティーってのは悪くないかもな」

 

 大金が手に入る事になって大抵の事は許せそうな気分の俺は、バカな事を言うアクアにも広い心を持って接する事が出来る。

 

「カズマったら分かってるじゃない! 最近、品揃えのいい酒屋さんを見つけたんだけど、お小遣いが足りなくてお酒を買えないのよ。私達は違いの分かるセレブになるんだから、最高級のお酒を買わなくっちゃ!」

「お前もたまにはいい事を言うじゃないか。その違いの分かるセレブとやらがなんなのかはよく分からないが、金があるんだから少しくらい高級なものを買ってもいいよな!」

「お、お前達……。いくら大金が手に入るからといって、無駄遣いをするのはやめろ」

 

 調子に乗る俺達を、ダクネスがたしなめようとするも……。

 

「いいわね! ちょうど宴会芸用のカップをいくつか消しちゃったから、新しく買いたいと思っていたのよ!」

「そうだなあ。俺も、気持ち良く惰眠を貪れるように、いい枕でも買うとするかな!」

 

 ダクネスの言葉を無視して、俺とアクアは盛り上がる。

 

「カズマさんカズマさん! 私、雑貨屋で売ってたでっかい石が欲しいんですけど!」

「そんなもん買うわけないだろ」

「なんでよーっ! いいじゃない! 違いの分かるセレブとしては、部屋に大きな石のひとつや二つは飾っておきたいのよ!」

「いや、石なんかわざわざ買うようなもんじゃないだろ。お前はあちこちから小石やらガラクタやらを拾ってきてるんだし、それで我慢しとけよ。……ていうか、お前の言う違いの分かるセレブってのはなんなの? セレブってのは石を集めるもんなのか?」

「何って……、それは、ほら、貴族の家の子のダクネスなら知ってるんじゃないかしら!」

 

 言いだしたアクアも特に思いつかないらしく、ダクネスに話を振る。

 俺とアクアが、貴族の家の子であるダクネスを見ると。

 

「た、確かに私は貴族の娘だが、我がダスティネス家は世のため人のため、清貧を尊ぶ家柄だからな。あまりセレブという感じではないと思うのだが」

 

 俺達の視線を受けたダクネスは、困ったように首を傾げ、そんな事を……。

 

「おい、あんまりバカな事を言って、ダクネスを困らせるのはやめてやれよ。こいつの家は貴族って言っても貧乏貴族なんだからさ……」

「そ、そうね! 貴族だからって、お金持ちってわけじゃないものね!」

 

 俺とアクアが、こそこそとそんな事を言い合っていると、ダクネスがいきなり激高し。

 

「バカな事を言うな! 当家は庶民のために清貧を心掛けているだけで、別に貧乏なわけではない!」

「本当? なら、ダクネスには、違いの分かるセレブってどういうものか分かる?」

「と、当然だ!」

「……いや、安請け合いするのはやめとけよ。そもそも、違いの分かるセレブとか言いだしたのはアクアなんだし、ダスティネス家は清貧を尊ぶとか言ってるんだから、お前が意地を張る事でもないだろ?」

「バカにするな! 貴族の生活を知りたいのだろう? 当家が取引している店を、お前達に紹介してやろうではないか!」

 

 アクアに乗せられ意地になったダクネスが、微妙に目を泳がせながら声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「お前って、たまにアクアと同じくらいバカに見える事があるよな」

 

 三人で商店街を歩きながら。

 俺は両手で顔を覆うダクネスに、呆れた声でそんな事を言う。

 

「ち、違う……! 私は、その……」

「ねえ待って! さも私がバカであるかのように言うのはやめてもらいたいんですけど! 私だって、場所も知らないお店を『紹介してやる』なんて言わないわよ!」

「……ッ!」

 

 おそらく悪気はないのだろうが、アクアにトドメを刺され、言い訳しようとしたダクネスが身を震わせる。

 この街の高級店を紹介してやるなどと言っていたダクネスが、店の場所は知らないと言いだしたのだ。

 

「そ、その……。普段から店に買いに行くのではなく、店員が家まで届けてくれるし、店員とのやりとりはメイドや警備の者がやってくれていて……」

「流石ねダクネス! まるで本物の箱入り娘みたいよ!」

「私は一応、本物の箱入り娘なのだが……」

 

 褒めているのか貶しているのか分からないアクアの言葉に、ダクネスが微妙な顔をする。

 

「まあ、ダクネスが高級店の場所を知らないなら仕方ない。今日のところは、夕飯をちょっと豪華にするくらいにしておくか。今日の夕飯当番はアクアだろ? 金をやるから、なんか美味い物を買ってきてくれよ」

「任せなさいな! この私に掛かれば、いつもの食卓がちょっと豪華に!」

「よし、待て。ちょっと待て。今日は高級食材を買ってきて料理するんじゃなくて、店屋物を買ってくる事にしたらどうだ? ほら、そっちの方がセレブっぽくないか?」

 

 コイツに任せると、卵かけご飯だの肉を焼いただけだのといった手抜き料理や、調味料を水に変えてしまって味のしない料理を出してくる可能性がある。

 せっかくのセレブっぽい食材を無駄にされてはたまらない。

 

「それもそうね! カズマったら、今日はいい事を言うじゃないの! いつもは手抜きしてお店で買ってこようとすると怒るくせに!」

「俺だって面倒なのに食事当番をこなしてるのに、お前だけ楽しようなんて認められるわけないだろ。まあ、俺達は違いの分かるセレブになるんだし、今日くらいは贅沢したっていいはずだ。……それじゃあダクネス。俺はちょっと別行動するから、コイツが金を落とさないように見張っといてくれよ」

「あ、ああ。それは構わないが、お前は何をしに行くんだ?」

「せっかく大金が手に入るんだし、今日は外泊するつもりだ。先にいろいろと予約しておこうと思ってな」

 

 

 

 ――俺が、とある喫茶店と高級ホテルに予約を入れ、屋敷に帰ると。

 二人はすでに帰ってきていて。

 

「おかーえり! ねえ、見て見て! 好きなだけ買い物をしていいって言われたから、美味しい物をたくさん買ってきたわ!」

 

 そう言ってアクアが見せびらかしてきたのは……。

 

「えっと、コロッケだな」

 

 皿の上には大量のコロッケ。

 キャベツの千切りが添えられているらしいが、コロッケが多すぎて隠れている。

 

「……他には?」

「何言ってるの? 買ってきたのはコロッケだけよ。でも安心して! とっても美味しいコロッケなんだから!」

「いや、美味しいコロッケはいいけどもさ。違いが分かるセレブとか言っといて、大金使ってコロッケばかりこんなに買ってきてどうするんだよ。これって、どっちかって言うと貧乏な大家族の食卓じゃないか」

 

 俺のツッコミに、今さらのように何かが違うと気付いたらしく、アクアがオロオロしながら。

 

「た、確かにこれって、あんまりセレブっぽくないかもしれないわね。コロッケはお腹にたまりやすい庶民の味方だし、山盛りにしてるのもB級グルメ的なアレを感じるわ。でもねカズマ、見た目に騙されないで心の目で見てちょうだい。なんていうか、ほら、コロッケも意外と高級な感じがしてこないかしら?」

「だそうだが、本物の箱入り娘なダクネスとしては、これってどうなん?」

 

 俺がダクネスに話を振ると、アクアの隣でいたたまれない顔をしていたダクネスは。

 

「わ、私か? そ、そうだな……。貴族のパーティーでも、ごくまれにビュッフェといって、大皿から料理を自由に取る形式のものもあるぞ。この見た目は、それに似ていない事もない」

「ほーん? 貴族のパーティーってのはコロッケが出るものなのか?」

「い、いや、それは……」

 

 ダクネスが言いにくそうに視線を逸らすので、俺がアクアの顔をじっと見ると。

 

「だって! だって! コロッケが売れ残ると店長が怒るのよ! わたしの後に入ったバイトの子が、可哀想だと思わないの?」

「ちっとも思いません」

「何よ! カズマの人でなし! 社会の事をなんにも知らないクソニートのくせに!」

「おいふざけんな! 俺はこっちに来てから、お前がどこに行っても何かとやらかすせいで、様々なバイトを渡り歩いてきた男だぞ。自慢にもならないが、この街の日雇い仕事の事なら誰よりも詳しい自信がある。大体、コロッケが売れ残って怒られたのは、お前が客を集めるために大道芸をやって見物人が集まって、コロッケを買う客が帰っちまったからだろ。お前こそ商売ってもんを分かってるのかよ?」

 

 畳みかけるように俺が言うと、アクアが『うぐっ』と言葉に詰まる。

 と、ダクネスがそんな俺達の間に割って入り。

 

「ま、まあ、アクアも悪気があってやったわけではないのだから、それくらいにしておいてやれ。どうしてもと言うのなら、わ、私を強めに罵ってくれて構わない……!」

 

 興奮した顔で、そんな事を……。

 …………。

 

「そんな事より、こんなに大量に買ってきても、俺達だけじゃ食べきれないだろ。仕方ないからめぐみんを探しに行こうぜ。どうせゆんゆんのところにでも転がりこんでいるだろうから、ゆんゆんも呼んでコロッケパーティーでもしよう。全然セレブっぽくはないけどな」

 

 俺の言葉に、コロッケがセレブっぽくない事にションボリしていたアクアが、嬉しそうに。

 

「分かったわ! それじゃあ私は、ちょっと高くて今までは手が出せなかったお酒を買ってくるわね!」

 

 短い時間で大泣きしたり機嫌が良くなったりする子供みたいだ。

 コイツの精神年齢は幼稚園児並か。

 俺がアクアに生温い視線を注いでいると、横からダクネスが。

 

「な、なあカズマ。その、めぐみんの事だが……」

 

 心配そうな顔をしているダクネスに、今朝の俺が、めぐみんを、もう許してくださいと泣き叫ぶような目に遭わせてやると猛り狂っていた事を思いだす。

 ダクネスは、俺がめぐみんを捜しだして復讐するつもりではないかと心配しているらしい。

 

「心配すんな。あんな些細な事なんて今さら気にしてないよ。大金が手に入ると思うと、いろんな事が許せるような気分になってさ」

「そうではなく、あの強気なめぐみんでも泣き叫ぶような事を、わ、私に……!」

 

 ……コイツ駄目だ。

 

 

 

 冒険者ギルドにて。

 めぐみんに戻ってこいと言うために、ゆんゆんを捜しに来た俺とダクネスは、ゆんゆんが泊まっている宿の場所を、冒険者達に聞いて回ったのだが。

 

「あのアークウィザードの娘だろ? 俺も何度か助けられたが、泊ってる宿は知らないな」

 

 ゆんゆんが泊っている宿を誰も知らなかった。

 ぼっちなゆんゆんは、宿の場所を誰にも教えていないらしい。

 パーティーを組んでいる仲間もいないし、訪ねてくる友人もいないから、教える相手がいないのだろう。

 

「どうしたもんかな。まあ、コロッケが少し余るくらいなら別に構わんが。明日はコロッケそばにでもするか」

 

 ……なんだろう。

 大金が手に入る事になって、違いの分かるセレブの仲間入りをしたはずなのに、いつもより所帯じみた食生活になっているような。

 

「コロッケそば? なんだそれは?」

 

 庶民の生活に変な憧れを抱いているダクネスが、興味津々の様子で尋ねてくる。

 俺がそれに答えようとした時、ギルドのドアが開いて、クエストを終えたらしい冒険者のパーティーが入ってきた。

 

「おい待てよリーン! 待ってくれ! なあ、俺達は仲間だろ? パーティーだろ? クエストの報酬は山分けってのが公平ってもんじゃねえか!」

「あんたバカなの? 今回のクエストでは、あんたはほとんど役に立たなかったし、むしろ変てこな石像を守ろうとして足を引っ張ってたんだから、罰金払えって言われないだけでもありがたいと思いなさい! それに、俺はこの石像を売って大儲けするから、クエスト報酬なんていらないって言ってたじゃない」

「あの石像は高く売れると思ったのに、二束三文で買い叩かれたんだよ! この上、クエストの報酬が貰えないと、金がなくて夕飯も食えねえ!」

「そんなの知らないわよ。その辺で野垂れ死ねば?」

「畜生! この女、血も涙もねえ! おいテイラー! お前からもなんとか言ってくれよ!」

「……まあ、たまには痛い目に遭って反省した方がお前のためだろう」

「キ、キース!」

「ひゃっはーっ! 酒だ酒だー!」

 

 入ってきたのは、ダスト達のパーティー。

 ダストがまたバカな事をやらかしたらしく、涙目でリーンに縋りついて足蹴にされている。

 そんないつもどおりの二人を放置し、キースとテイラーがクエスト完了の報告をするためにギルドの受付へ行く。

 

「ク、クソ……! お前ら覚えてろよ! でも金がないので夕飯代を貸してください!」

「あんたにお金を貸しても返ってこないから、もう貸さないわよ。貸してほしければ前に貸した分を返してから……ちょ、ちょっと! 足に縋りつかないでよ!」

「お願いしますリーン様ーっ!」

 

 ……あいつにはプライドってもんがないんだろうか。

 俺はリーンにまとわりついて邪険にされているダストの肩を、ポンと叩いて。

 

「なあ、うちにコロッケがたくさんあるんだが、食うか?」

「か……、神様……!」

 

 俺を拝みだすダストに、俺とリーンは白い目を向けていた。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 ダスト達を加えたコロッケパーティーの後、外泊し、高級ホテルでスッキリと目を覚ました俺は、一度屋敷に戻り、アクア、ダクネスとともに出掛けていた。

 ダクネスが、ダスティネス邸のメイドさんに、高級店の場所を聞いてきたから、今日こそは高級店に行くつもりだ。

 

「昨日のコロッケパーティーは、まあ楽しかったが、全然セレブっぽくなかったからな。今日こそ、俺達が違いの分かるセレブだって事を見せてやろうじゃないか」

「そうね! 私も昨日は本気を出せなかったから、今日こそ違いの分かるセレブだって事を分からせてあげるわ」

「……お前達は、一体何と戦っているんだ?」

 

 昨日から引き続きテンションが高い俺とアクアに、ダクネスが怪訝そうな顔をしている。

 

「いい、カズマ? 違いの分かるセレブってのはね、良いものとそうでないものの違いが分からないといけないのよ」

「まあ、違いの分かるセレブって言うくらいなんだから、そりゃそうだろうな。でも、貴族のダクネスはともかく、お前にだってそんなの分からないだろ」

 

 出掛けるたびにガラクタを拾ってくるアクアに、鑑定眼があるとは思えないが。

 俺の言葉に、なぜかアクアは得意げな表情を浮かべて、通りかかった店の陳列棚にある商品を指さし。

 

「カズマったら何を言ってるの? この賢くも麗しい私には、曇りなき鑑定眼が備わっているのよ。例えばコレね。カズマにはコレの価値が分かるかしら?」

 

 それは鳥だか柱だか分からない、手のひらサイズの小ぶりな石像。

 見るからに価値などなさそうだが……。

 

「ははーん? こういうのは、一見価値がないものほど意外と高いって言うんだろ? 違いの分かる俺には、それは高いもんだって分かるぞ」

「そんなわけないじゃない。これはただの安物のガラクタよ」

「喧嘩売ってんのか」

 

 と、目つきの据わった俺にアクアがビビっていた、そんな時。

 店の中から店主のおっちゃんが出てきて、石像に手を触れようとするアクアを止める。

 

「お、お客さん! すいませんが、これはもう買い手がついているんです!」

「そうなの? こんなのを欲しがるなんて、物好きな人もいるのね」

 

 自分もガラクタを集める物好きなくせに、アクアがそんな事を言う。

 

「おいちょっと待て。おっちゃんがめちゃくちゃ焦ってるんだが、これってひょっとしてすごく高いんじゃないのか?」

 

 俺の質問に、おっちゃんが答える前に。

 

「えー? こんなのどう見ても安物に決まってるんですけどー。でも、カズマがそこまで言うなら仕方ないわね。違いの分かるセレブとして、私とカズマとの、格付けってやつをしようじゃないの!」

 

 アクアがどこからともなく取りだしたバッジのようなものを、自分の胸元にぺたりと張りつける。

 そこには『一流女神』と書かれていて。

 

「はい、ダクネスにもコレをあげるわ。ダクネスはコレ、高いと思う? 安いと思う?」

「わ、私か!? そうだな。アクアの言うとおり、私にもあまり価値の高いものではないように見えるが……」

 

 アクアは、戸惑うダクネスの胸元にも『一流貴族』と書かれたバッジを張りつけ、俺の胸元にも……。

 

「いや、これってアレじゃん。年末とかにやってる……。なあ、前々から気になってたんだけど、お前が漫画とかゲームとか、バラエティとかにも詳しいのって、なんなの? ひょっとして、女神ってのは暇なのか?」

「そんなわけないじゃない。勤勉な女神としては、下界の様子を見守るのも大事な仕事のひとつなのよ。転生させる若者と話が合わなかったら困るでしょう?」

 

 アクアが俺の胸元に貼りつけたバッジには、『一流ニート』と書かれていた。

 

「おい」

 

 

 

「さあおじさん! この見るからに安っぽい石像の値段を教えてちょうだい!」

 

 アクアの質問に、おっちゃんは言いにくそうに。

 

「そ、それが、その石像は鉄兜を被った貴族の方が、三十万エリスで買うと仰いまして……」

「「えっ」」

 

 おっちゃんの言葉に、アクアとダクネスが、驚愕に目を見開き石像を見つめる。

 

「三十万! こんなのが三十万エリス? ねえおかしいんですけど! 私の曇りなき鑑定眼にはハッキリと安物だって……」

「お、おい店主! 客を騙してぼったくるつもりなら、私も黙っているわけにはいかないぞ!」

「そんな! とんでもない! 私としましても、チンピラのような冒険者に無理やり押しつけられたようなものなので、本来ならもっと安く売るところなんです。ですが、なんでもその貴族の方は、石像を売った冒険者の事をとても気に入っているらしく、彼が手に入れてきてくれたものを安く買う事など出来ない、と……」

「何よそれ! 無効よ! こんなの無効だわ! 本来の値段で判定するべきよ!」

 

 おっちゃんの説明を聞き、勝負を無効にしようとするアクアに、俺は。

 

「はあー? 骨董品ってのは相場なんてなくて、その場その場で値段が違うのが当たり前って聞いた事があるぞ。高いものを安く買える事もあれば、安いものを高く買っちまう事だってあるだろ。違いの分かるセレブって言うんなら、その辺まで分かってこそなんじゃないのか? それとも、勝負を吹っかけておいて負けたら駄々を捏ねるのが、違いの分かるセレブとやらのやり方なのか? その行動のどの辺りがセレブっぽいんだ? まあ、違いの分かるセレブである俺は、別に勝負の勝ち負けなんかどうでもいいけどな」

「うっ……。わ、分かったわよ! 私の負けでいいわ! でもねカズマさん、大抵の勝負事は三本勝負って相場が決まっているでしょう? これで終わりと思わない事ね!」

 

 そう言ってアクアはどこからともなく新たなバッジを取りだし、元々付けていたものと取り替えた。

 そこには『二流女神』と書かれていた。

 同じくバッジを張り替えられたダクネスが、『に、二流貴族……』と落ちこんでいた。

 

 

 *****

 

 

「さあ、格付けよ! 今度こそ、私が違いの分かるセレブだって事を分からせてあげるわ!」

「わ、私だって、ダスティネス家の者として、良いものと悪いものの区別くらいはつくつもりだ。さっきの結果には納得していない」

 

 買い物から帰って、俺がソファーに座りダラダラしようとしていると、二流女神と二流貴族がなんか言ってきた。

 

「ほーん? 一流ニートであるこの俺に勝負を挑むつもりか? ……いや、一流ニートってなんだよ? なあ、勝負とかもうどうでもいいんじゃないか? 勝っても負けてもニート呼ばわりされるだけだし、いまいちやる気が出ないんだが」

 

 大金を手にする事になったからだろうか?

 いつもなら勝負事となると、どんな手を使ってでも勝とうとするところだが、今日は負けてもいいと思える。

 

「そう言ってまた勝ち逃げするつもりだな! この卑怯者め!」

「うるせー二流貴族!」

 

 二流貴族扱いは本気で嫌なのか、ダクネスが面倒くさい絡み方をしてくる中。

 

「せっかく買ってきたから、この最高級の紅茶を飲み比べしてみましょう。ダクネスの家で使ってる茶葉らしいから、きっととっても美味しいわよ!」

 

 アクアはそんな俺達のやりとりを気にせず、いそいそと紅茶を淹れる準備をしていた。

 

 

 

「ねえ、やっぱりもう一度じゃんけんをしましょう。勝負は公平にやらないと意味がないと思うの」

「だから公平にじゃんけんで決めただろう。アクアは諦めて、カズマに紅茶を淹れてもらえ」

「いやよ! いやーっ! この男の事だから、絶対に何か狡すっからい手を使ってくるに違いないわ!」

「おいお前らふざけんな」

 

 アクアとダクネスが、どちらが俺に紅茶を淹れさせるかで揉めている。

 いつも飲んでいる紅茶と最高級の紅茶を、飲み比べする事になったのだが、この場には紅茶を淹れてくれる、勝負に無関係な第三者がおらず、持ち回りで淹れる事になったのだ。

 アクアがダクネスに紅茶を淹れ、ダクネスは最高級の紅茶をぴたりと当てた。

 ダクネスが俺に紅茶を淹れ、俺も最高級の紅茶を当てた。

 そして俺は、アクアに……。

 

「ねえお願いよ! 二流女神なんて呼ばれた事が信者達に知られたら、信仰心なんてダダ下がりよ!」

「わ、私だって、二流貴族呼ばわりされた事を父に知られたら、何を言われるか……!」

「何もしないって言ってるだろ。そこまで言うなら、ダクネスに淹れてもらえよ」

「それは駄目だ。公平を期すためにこのルールにしたのだからな。私はもちろん不正などしないが、カズマだけでなくアクアも、こうした勝負事ではおかしな事をするだろう? カズマがおかしな事をしないよう、私がしっかり見張っているから心配するな」

「……ダクネスは簡単に騙されるから心配なんですけど」

 

 アクアの提案したルールに不備を見つけたので、いつもの調子でツッコんだのだが……。

 そのせいで不正の可能性に気づいた二人が、やたらと俺を警戒してくる。

 今日の俺はそれほど勝ち負けに拘らないのに、余計な事を言うんじゃなかった。

 

「分かったよ! 俺は何もしないけど、もし俺の不正を見抜いたら、お前を違いの分かるセレブだって認めてやるよ! ほら、高級な紅茶を当てる以外にも、勝つ方法が増えるんだ。お前に有利なルールじゃないか」

「おっと、いいのかしら? これで私が勝つ確率は二倍よ二倍! カズマがどんな汚い手を使おうが、私の曇りなき眼の前では無駄だって事を思い知らせてやるわ!」

 

 アクアがすごくバカな事を言っているが、納得したみたいなので放っておこう。

 

「じゃあ、紅茶を淹れてくるよ。行くぞダクネス」

「望むところだ!」

 

 ……どうしてコイツらは、こんな時ばかりやる気を出すのだろうか。

 俺が台所で紅茶を淹れていると。

 

「……なあカズマ。アクアは二流女神と言われる事を気にしているようだし、今回はいつものように容赦ない手段を使って勝ちに行くのはやめてやってくれないか?」

 

 紅茶を淹れる俺を見張りながら、ダクネスがそんな事を言う。

 

「だから、何もしないって言ってるだろ。別に俺は勝っても負けてもいいし、アクアが最高級の紅茶を当てればいいって思ってるよ。というか、不正してわざとバレるようにしたら、あいつが違いの分かるセレブって事になって、少しは大人しくなるんじゃないか?」

「お前という奴は! 駄目に決まっているだろう! 勝負なのだから真面目にやれ!」

「ああもう、めんどくせーな! ほら、普通に淹れたぞ! これで文句ないだろ?」

「いや、紅茶を淹れる時は、先にカップを温めておいてだな……」

「……やっぱ、お前が淹れた方がいいんじゃないか?」

 

 ダクネスに教わりながら紅茶を淹れ、アクアの下へ持っていく。

 アクアの前に、二つのカップを置くと。

 

「紅茶を淹れてもらうのって、セレブっぽくていいわね!」

 

 さっきまでのやりとりを忘れているのか、アクアが嬉しそうに言う。

 二つのカップの裏には、『高級』と『普通』と書かれている。

『高級』と書かれたカップにはきちんと最高級の紅茶を、『普通』と書かれたカップには普通の紅茶を注いだ事を、ダクネスがしつこいくらい何度も確かめていたし、もちろんなんにも不正はしていない。

 アクアが優雅な仕草で紅茶を飲んで。

 

「お湯なんですけど」

 

 …………。

 

「カズマさんったら、私を陥れるために紅茶を淹れないでお湯を入れるなんて、やっぱり狡すっからい手を使ってきたわね! そんなに私を違いの分かるセレブと認めるのが嫌なのかしら!」

「いやお前ふざけんな。あれだけ俺が不正しないか疑ってたくせに、お前が不正してどうするんだよ? 俺が普通に紅茶を淹れたのはダクネスが見張ってたから、俺が紅茶だって言ってお湯を入れるような、バカな事はしてないって分かってるんだからな」

「そ、そうだぞアクア。カズマは普通に紅茶を淹れていた」

 

 なりふり構わないアクアに、ダクネスが引いている。

 

「……ったく、しょうがねえなあー。そんなに違いの分かるセレブとやらになりたいんなら、そっちのカップが最高級のやつだから、そっちを選べば勝ちって事でいいぞ」

 

 もう面倒くさくなった俺がそう言うと、アクアは……。

 

「そんな誘導に引っかかると思ったの? バカなの? 残念でした! 卑怯なカズマの事なんかお見通しよ! 本当はこっちが最高級の……わああああああーっ! 『普通』って書いてあるーっ!」

 

 無駄に深読みして自爆した。

 

 

 *****

 

 

「……うっ、うっ。このままじゃいけないわ……。このままじゃ、世界中に一千万人いる私の信者達に顔向けできないわ……」

「……まあ、その……、アクアは余計な事をしない方がいいのではないか?」

 

 膝を抱えてめそめそする三流女神を、二流貴族が慰めている。

 俺もダクネスの言う通りだと思う。

 と、アクアがソファーの上に立ち上がり。

 

「私は三本勝負って言ったはずよ! 次こそ私が違いの分かるセレブだってところを見せてあげるわ!」

「三流女神のくせに強気ですねアクアさん」

「やめて! 三流女神って呼ばないで!」

「ていうか、もういい加減面倒くさいんだが。いつもの紅茶も最高級の紅茶も、どっちも美味かったし、それでいいじゃないか。争いは何も生まないと思う」

「お願いよ! 三流女神なんて呼ばれた事を信者達に知られたら、誰もついてきてくれなくなっちゃう!」

 

 まったく乗り気でない俺に、アクアが涙目になって縋りついてくる。

 

「ルール的には一回当てたからって、三流扱いされなくなるわけじゃないだろ」

「……これは最後の勝負なんだから、当たったら一流になれてもいいんじゃないかしら?」

「お、お前……。じゃあもうそれでいいけど、バカな事をするのはやめろよ。流石に最高級って言うだけあって、さっきの紅茶もいつものやつより美味かったからな。いくらお前がバカでも、普通に飲み比べてたら当てられたはずだぞ」

「わ、分かったわよ! 今度こそちゃんと当ててみせるわよ!」

 

 

 

 アクアが酒瓶とコップを持ちだしてきた。

 

「こっちは滅多に手に入らない良いお酒で、こっちは普通の安酒よ! これは最後の勝負だし、当たったら一流に返り咲けるから、ダクネスも頑張ってね!」

 

 ……ん?

 アクアの言葉に引っかかるものを感じ、俺が首を傾げる中。

 

「酒は紅茶ほど得意ではないのだが……」

 

 紅茶の時と同じく、持ち回りで酒をコップに注ぐ事になった。

 ダクネスが後ろを向いている間に、アクアが二つのコップに酒を注ぐ。

 

「こっちを向いてもいいわよ」

 

 振り返ったダクネスが、コップの中の酒を見る。

 どちらも透明で、見た目には同じように見えるそれを……。

 

「……ん。こちらが高級な方だと思う」

 

 飲み比べたダクネスが、迷いなくひとつのコップを指さす。

 

「正解よ! 流石ねダクネス! はい、ダクネスは一流の貴族よ!」

「ああ、ありがとう」

 

 アクアに『一流貴族』のバッジを付けられたダクネスが、嬉しそうに微笑む。

 続いて、俺がダクネスと同じように飲み比べると、やはり全然味が違うと分かる。

 これならアクアも間違えないだろう。

 

「こっちだろ」

「……正解! カズマさんは一流のニートね!」

「ちっとも嬉しくないんだが」

 

 最後に、アクアが……。

 酒の入ったコップを見たアクアが、疑うような目を俺に向けてくる。

 

「いや、何もやってねーよ。さっきもそれで失敗したんだから、お前は余計な事を考えず、飲んで美味しかった方を当てればいいんだよ」

「そうだぞアクア。私も見ていたが、カズマは普通に酒を注いだだけだ」

「本当? それならこの勝負、私が負けるはずないわね! 実はちょっと前、皆には内緒で、このお酒をこっそり買って飲んだ事があるわ!」

 

 ……あっ。

 

 アクアの言葉に、俺はさっき引っかかったのがなんなのかを理解する。

 この高級酒は、以前、アクアが滅多に手に入らない良い酒だと言って、自慢していたのと同じもの。

 そんなに旨いのかと興味が湧いた俺は、ひと口のつもりでこっそり飲んでみたところ、予想外に旨かったので全部飲んでしまい、どうせ味なんか分かんねーだろと代わりに安酒を詰めておいた事があった。

 酒を飲み比べたアクアは、一流に返り咲けるのが嬉しいらしく笑顔で。

 

「こっちね! なんだかあんまり美味しくない気もするけど、こっちが高い方のお酒に違いないわ!」

 

 安酒が入っていたコップを高く掲げた。

 

 

 ****

 

 

「なんでよーっ! ねえ、おかしいんですけど! こんなの絶対おかしいと思うんですけど!」

 

 喚くアクアに、ダクネスが困った顔をしながら。

 

「そうは言っても、誰も何も不正な事はしてない。というか、まさか外すとは思わなかった」

「私を味音痴扱いするのはやめてちょうだい! これって何かの間違いだと思うの!」

 

 アクアは高級酒の瓶に入っていた安酒の味を当てたわけで、間違っていたわけではない。

 ……どうしよう、流石にちょっと気まずい。

 

「な、なあ、こんなの別にどうでもいいじゃないか。なんでも美味しく感じられるんなら、そっちの方がお得だろ?」

「そ、そうだな。私達は冒険者なのだから、クエストの途中でまともなものを食べられない事もあるかもしれない」

「……二人は一流だから言う事も一流ですね」

 

 アクアが恨めしげな目で俺達を見ながら、『女神ではなかった?』と書かれたバッジを胸元に張る。

 嫌がりながらも、ルールは守るらしい。

 ていうか……

 

「ちょっと待て。俺、そっちの方がいいんだけど」

 

 俺が負け続けていたら、『ニートではなかった?』のバッジに代えられていたらしい。

 今日の俺は勝ち負けには拘らないが、流石にニート扱いはやめてほしい。

 俺が催促すると、アクアが投げやりな感じで、格付けに使っていたバッジを放ってくる。

 そこには、『捨てられないゴミ』と……。

 

「おい」

 

 俺の手の中のバッジを見たダクネスが、アクアが放ったバッジを拾い上げ。

 

「……『バカ』!? おい、これは私の事か!」

「いやお前コレ、ただの悪口じゃん! 何が『女神ではなかった?』だふざけやがって! 自分の分だけ穏当な言葉選んでんじゃねーよ!」

「何よ! 私にとって、女神じゃないって言われる事がどれほどの屈辱か分からないの? カズマは冬の間、ずっとこたつに入って産廃ニートになってたし、ダクネスは場所も知らないお店を紹介できるとか言ってたじゃない! ただの事実なのに、文句を言われる筋合いはないんですけど!」

 

 逆ギレするアクアの胸元に、俺とダクネスは手にしたバッジを張りつけた。


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