このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』3,7、既読推奨。
 時系列は、9巻1章。または『続・爆焔』4話の後。


この美味しい話に用心を!

 女神エリス、女神アクア感謝祭からしばらくが経ち、街はすっかり元通りになった。

 そんな中、やっとモテ期が来たらしい俺は、めぐみんに夜、部屋に行くと言われるも、何かと邪魔が入って約束が果たされずモヤモヤとしていたのだが……。

 

 ――なぜか俺は、警察署の取り調べ室で尋問を受けている。

 

「サトウさんはよくご存じでしょうが、決まりですので説明しますと、これは嘘を看破する魔道具です。この部屋の中に掛けられている魔法と連動し、発言した者の言葉に嘘が含まれていれば音が鳴ります。その事を頭に置いておいてください。では、尋問を始めます」

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 街を歩いていたところを数人の警察官に捕らえられた俺は、何もやっていないと抗議するも聞き入れられず、この取り調べ室へ連れてこられ。

 いつか俺を尋問した時のような、酷薄そうな無表情のセナに、事情聴取をされていた。

 俺が魔王軍の関係者だという疑惑が晴れてからも、俺の事を正義の味方のように見ている節があったりと、微妙に誤解のあったセナだが、いろいろあってその誤解も解け、俺がぐうたらな駄目人間だという事もバレた。

 最近では、俺の仲間達が起こした事件の後始末のために顔を合わせるくらいだったが……。

 セナは、俺の抗議を無視して、人差し指で机をトントンと叩きながら。

 

「サトウカズマ。年齢は十七歳で、職業は冒険者。就いているクラスも冒険者。……冒険者になる前は、ニホンというところで、毎日家に引き篭って、自堕落な生活をしていた、と……。何か訂正する事はありますか?」

「待ってくれ! 本当に待ってくれよ! これってなんの取り調べなんだよ? 最近は警察の世話になるような事はやってないはずだぞ! 不当逮捕だ! おいお前ら分かってんのか? 俺の仲間には、この国でも結構いいとこの貴族のお嬢様がいるんだぞ!」

 

 俺が、久しぶりに見るマジな感じのセナと、調書に書きこむ騎士にビビって、ダクネスの存在をほのめかすと、セナの視線がますます厳しくなって。

 

「貴族の権威を利用した脅迫に、捜査妨害ですか……」

「じょ、冗談だよ! 冗談に決まってんだろ! ていうか、俺ってなんで捕まったんだよ? それくらい教えてくれてもいいじゃないか。なんのための取り調べなのかも分からないのに、質問に答えられるわけないだろ」

 

 再三に渡る抗議に、ようやく少し考える様子を見せたセナは。

 

「……サトウさん。あなたには詐欺の容疑が掛けられています」

 

 厳しい視線を俺から逸らす事なく、キッパリとそう言った。

 

「……? 詐欺っていうと、アクアがやったネズミ講か? 確かにアレをアクアに教えたのは俺だが、別にけしかけたわけじゃないぞ。借金背負ってた時にちょっと愚痴ったのを、あいつが聞いてて、勝手に実行しただけだ。そんな事まで俺のせいにされても困る。それに、あれって金を被害者に返して、なかった事になったんじゃないのか?」

「ネズミ講でアクアさんが稼いだお金は徴収し、被害者にきちんと返しました。今回の事とは関係ありません」

 

 セナの言葉に、俺は首を傾げる。

 

「……そうなると本気で心当たりがないんだが。誰か他の奴と勘違いしてないか?」

 

 セナは、嘘を感知する魔道具を一瞥するも、ベルは鳴らず……。

 

「詳しく言うと、食品偽装の詐欺です。あなたは霜降り赤ガニではないものを、霜降り赤ガニと称して、安価で売り捌いていたそうですね。街の海産物業者や高級レストランを中心として、商人組合から多数の苦情が寄せられています。……カニカマというのでしたか? これを作ったのはサトウさんですよね?」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「ち、違います」

 

 ――チリーン。

 

 

 *****

 

 

 それは、皆で霜降り赤ガニを食べながら、めぐみんが盗賊団を作ったとかいう話を聞き流した、次の日の朝。

 屋敷の広間にて。

 俺がソファーで目を覚ますと、まだ太陽も昇りきらないような時間だった。

 昨日はカニが美味すぎて盛り上がり、アクアがはしゃいで酒を飲みまくっていたから、釣られて俺とダクネスも結構な量の酒を飲んだ。

 酔っぱらって寝てしまったが、もともと夜型の俺はこんな時間に目を覚ましたらしい。

 俺以外は自分の部屋で寝ているらしく、広間には他に誰もいない。

 喉が渇いたので台所に行く。

 コップにフリーズを掛け、冷やした水を飲みながらふと横を見ると、コンロに似た魔道具の上に、カニを茹でた鍋がそのまま置いてある。

 昨日の皿洗い当番だったアクアは、片付けも出来ないくらい酔っぱらっていたので当然だ。

 たまにアクアの当番を代わってやっているダクネスも、昨夜は酔っていたから片付けなかったのだろう。

 鍋の中を覗くと、そこにはちょっと濁ったカニの茹で汁が残っていて……。

 

「……ふぅむ」

 

 昨夜の酒がまだ少し残っているのだろうか。

 またはアクアが言っていた、セシリーが始めたといういかがわしい商売から連想したのだろうか。

 俺はちょっとしたイタズラを思いついて、ひとりでニヤついた。

 

 

 

 ――しばらくして。

 

「おはようございます」

「おう、おはよう。朝飯作っておいたぞ」

「カズマがこんな時間に起きているとは珍しいですね。また徹夜ですか? カズマが徹夜に強い体質だという事は知っていますが、きちんとした生活をしないと体に悪いですよ」

「お前は俺のお母さんなの? ダクネスみたいな事を言うのはダクネスだけで十分だよ。ほれ、朝飯食うだろ?」

「貰います。ありがとうございま……ッ!?」

 

 起きてきためぐみんに、朝飯だと言って料理の皿を渡すと、驚愕の表情で俺と手にした皿を何度も見比べる。

 

「こ、これ……! 霜降り赤ガニですか? 昨夜の分で全部かと思ってましたが、まだ余っていたんですか? と、というか、せっかくの霜降り赤ガニをこんな料理に使っちゃったんですか?」

 

 皿に載っているのは、カニクリームスパゲティ。

 それも、カニのハサミを乗せた、高級レストランで出てくるような見た目のやつだ。

 

「使っちまったな。料理スキルを持っている俺が作ったんだから、美味いはずだ」

「そ、それはそうですよ。カズマの料理の腕は信用していますし、霜降り赤ガニを使っているのに美味しくないはずがないでしょう。ただ、高級食材は素材の味そのままで食べたいと言いますか……。スパゲティに使ってしまうのはもったいないというか……」

「なんだよ。嫌なら別に食わなくてもいいぞ」

「食べます食べます! 絶対食べます!」

 

 スパゲティを取り上げようとすると、めぐみんが必死に抵抗するので手を放してやる。

 

「いただきます」

 

 スパゲティを頬張っためぐみんは、幸せそうに口元を綻ばせた。

 

「流石は霜降り赤ガニですね! すごく美味しいです! 朝からこんなに美味しいものが食べられるなんて、昔の私に言っても絶対に信じませんでしたよ!」

 

 俺は嬉しそうにスパゲティを食べるめぐみんに。

 

「それ、カマボコですけどね」

「……? ええと、何がですか?」

 

 俺の指摘に、スパゲティの皿を覗き、よく分からないと言うように首を傾げるめぐみん。

 

「お前が霜降り赤ガニだと思って幸せそうに食ってるそれは、本当はカニじゃなくて、カニカマって言う、俺のいたところのジャンクフードだよ」

「えっ」

 

 そう。本物の霜降り赤ガニそっくりのそれは、カニカマ。

 余っていた魚をすり身にし、カニの茹で汁を加えて、料理スキルでいろいろやったら、スーパーで売ってるみたいなカニカマが完成した。

 自分でもびっくりした。

 料理スキルって、すごい。

 

「カニの身っぽい食感になるように切れこみ入れたり、大変だったんだぞ? 結構、本物の霜降り赤ガニっぽいだろ? でもそれ、カマボコだからな」

「…………」

 

 めぐみんは無言でもうひと口スパゲティを食べると。

 

「ええと……、それはすごいですね。霜降り赤ガニじゃないのに、こんなに霜降り赤ガニみたいな味がするなんて。これってすごい発明なのでは?」

「えっ?」

 

 動揺する俺に、めぐみんが首を傾げる。

 

「……なんですか? ひょっとして、本当はもっと別のおかしなものを使っていたりするんですか?」

「い、いや、そんな事はないけど。……霜降り赤ガニだと思った? 残念、カマボコでした! って感じに煽ってやろうと思っていたのに、そんなに褒められると困る」

「あなたは最低ですよ。でも、美味しいものを食べられたのですから、それが偽物だと言われたからって、文句を言うわけないじゃないですか」

「ダクネスは散々煽ったら怒って殴りかかってきたんだが」

「朝っぱらから何をやっているんですか? ダクネスは搦め手に弱いのですから、もう少し手加減してあげてもいいと思います」

「俺にそんな事言われても」

 

 

 

 ――それは、めぐみんが起きる少し前。

 起きてきたダクネスに、カニクリームスパゲティを出すと。

 

「……んぐっ。これは、美味いな。せっかくの霜降り赤ガニをスパゲティに使うなど、もったいないとも思ったが……。カニの身をたっぷり使う事で、ソースにまで味が移って、スパゲティにもカニの風味がよく絡んでいる。これは普通に食べるよりも、もっと贅沢な食べ方かもしれないな!」

「それ、カマボコですけどね」

「!?」

 

 朝から高級食材を食べられて嬉しいのか、料理番組のナレーターみたいな事を言いだしたダクネスに、俺は真実を告げた。

 

「そのカニっぽいのはカニカマって言って、霜降り赤ガニの身は入っていないんだが、一体何を食ってたんですかねララティーナお嬢様。ソースにカニの風味があるのは、昨日のカニの殻を使って香りづけしたからで、カニカマとは全然関係ないんですよララティーナお嬢様。スパゲティに風味が絡んでるのも、麺を茹でる時にちょっと茹で汁を混ぜておいただけなんですよララティーナお嬢様。それに、カニカマってのは俺のところにあった安っぽい食品で、全然贅沢ではないんですよララティーナお嬢様」

「こ、こんな時ばかりいちいちお嬢様と呼ぶのはやめろ!」

「いやあ、流石ララティーナお嬢様は美食家でいらっしゃいますね! ぶははははは!」

 

 俺がダクネスを指さして大笑いすると、顔を真っ赤にしたダクネスが目に涙を浮かべて殴りかかってきた――!

 

 

 

「――というわけで、いつもの初級魔法で翻弄しながら、隙を突いてドレインタッチで体力を奪って無力化してやった。今は体が冷えたから温まりたいって言って、風呂に入っているところだ」

「あなたは本当に容赦がないですね。煽ったカズマが悪いのですから、ダクネスにはきちんと謝ったらいいと思います」

「いや、俺は別に悪い事はしてないだろ。そりゃ、ただのカニカマを霜降り赤ガニだって騙したのは少しは悪かったかもしれないが、勝手に食レポして自爆したのはダクネスだぞ」

「まあ、霜降り赤ガニではなくカニカマとやらだと言われても、すぐには信じられないくらい美味しいですからね。ダクネスが間違ったのも無理はないですよ」

「そんなに褒められると照れるな」

「違いますよ! 今のはダクネスのフォローです!」

 

 と、俺達がそんな事を話していると。

 風呂場に続くドアが開いて、風呂上りのダクネスが広間に入ってくる。

 俺達の会話が聞こえていたらしく、ダクネスが不機嫌そうに。

 

「……そうだな。今考えてみても、霜降り赤ガニとほとんど変わらない味だった。騙されたのは悔しいが、あの料理が素晴らしいものだったという私の感想は変わらない」

「お、おう……。そうか」

 

 睨まれながら褒められても素直に喜べないんですが。

 俺がダクネスに睨まれていた、そんな時。

 

「おはよう。あらっ、こんな時間からカズマさんが起きてるわ! これはきっと、槍でも降ってくるんじゃないかしら! 今日は出掛ける予定だったけど、やっぱり一日中ソファーでゴロゴロしている事にするわね」

 

 バカな事を言いながら、アクアが階段を下りてきた。

 

「おいふざけんな。俺だってたまには早起きくらいする。お前がダラダラしたいだけなのに俺のせいみたいに言うのはやめろよな」

「残念でした! 私はダラダラしたいんじゃなくて、ゴロゴロしたいのでした! そんな事より、今日の食事当番はカズマさんのはずよね? 早く朝ごはんを食べたいんですけど!」

「作ってあるから台所から自分で取ってこい」

「えー? 私はソファーでゴロゴロしているから、カズマさんが取ってきてくれない?」

「舐めんな」

「ア、アクア。良ければ私が取ってきてやろうか?」

 

 起きたばかりだというのにソファーでゴロゴロしたがるアクアに、ダクネスが少し上ずった声で言う。

 ……コイツはアクアがカニカマに騙されるかどうかが気になっているらしい。

 

「本当? ダクネスったら気が利くじゃない。なら、お願いするわね」

「あ、ああ、少し待っていろ」

 

 ダクネスが台所へ行き、持ってきたスパゲティを。

 

「その……、霜降り赤ガニの、カニクリームスパゲティだそうだ」

「いただきまーす!」

 

 アクアが優雅な仕草で、フォークで巻き取って口に入れ……。

 

「ねえカズマ。コレって霜降り赤ガニじゃなくて、カニカマじゃない?」

 

 ひと口で見抜いたアクアに、ダクネスが『ひょっとして私は味音痴なのか?』とションボリし、そんなダクネスの肩をめぐみんがポンポンと叩いて慰めていた。

 

 

 *****

 

 

 嘘を看破する魔道具が鳴ると、セナがベルを一瞥して。

 

「嘘を吐いてもためになりませんよ」

「い、いや、嘘ってわけじゃ……。カニカマってのは俺のいたところでは普通にあったものだし、別に俺のアイディアじゃないんだよ」

 

 冷たい目に見据えられ、俺はセナから目を逸らす。

 

「そもそも、カニカマというのはどういうものなんですか? そんなに霜降り赤ガニに似ているのですか?」

「カニカマってのは、カマボコにカニエキスを混ぜて味をカニっぽくして、形をカニの足みたいにして見た目と食感もカニっぽくした感じのやつだな。こっちではカニカマを誰も知らないし、霜降り赤ガニを食べた事のある人もあんまりいないみたいだから、本物の霜降り赤ガニですよって言って食べさせたら騙されるんじゃないか。でも実際は、似てるだけで同じなわけじゃないぞ。カニカマを知ってるアクアはひと口で見抜いてたしな」

「……これは捜査のために訊くのですが、そのカニカマとやらを作る事は出来ますか?」

 

 セナが少し言いにくそうにそんな事を……。

 …………。

 

「ほーん? 王国検察官さんが、捜査にかこつけて容疑者にそういう要求をするのっていいんですかね? それって職権乱用って言うんじゃないですか?」

 

 俺がすかさずツッコむと。

 

「ちちち、違います! これは……! これは捜査に必要な事で……!」

 

 焦りまくりながら否定するセナが、嘘を感知する魔道具をじっと見るが、ベルは鳴らず。

 セナはホッと息を吐くと。

 

「これは捜査に必要な事です」

「いや、ホッと息吐いてんじゃねーか! あんた、自分でも本当に必要な事なのかちょっと疑問だったんだろ! カニカマを食ってみたいって思ったんだろ!」

「ち、違います! 実物を見てみない事には、適正な判断は出来ないと考えただけです。それで、作れるんですか? 作れないんですか?」

「……いやまあ、材料さえあれば作れるけども。魚はすり身にするから安いので十分だし、あとカニの茹で汁があればなんとかなるから、結構簡単に手に入るぞ」

 

 俺の言葉に、セナが期待するような表情を浮かべ、慌てて酷薄そうな無表情に戻る。

 

「なるほど。つまり、カニカマというのは簡単に作れるんですね? それで、あなたはカニカマを霜降り赤ガニだと言って、安価で売り捌いたと……」

「いや、だからそんな事してないって言ってるだろ。カニカマを作ったのは、たまたま台所に材料が揃ってて、霜降り赤ガニだぞって言ってあいつらを騙してみようって思いついたからだよ。商売にしようと思ってたわけじゃないし、誰にも売ったりしてないぞ」

 

 セナはちらりとベルを見るが、鳴らない。

 

「……どうやら、自分が間違っていたようですね。ダストというチンピラ冒険者が、カニカマを売り捌いたのはあなたの指示だと証言したものですから」

「…………」

 

 視線を逸らす俺に、謝ったはずのセナの目が厳しくなる。

 

「確認ですが、サトウさんはダストに詐欺のアドバイスなどはしていないのですよね? カニカマの作り方や、霜降り赤ガニだと言って安価で売れば儲かるといった事や、高級レストランに頼めば捨てるだけのカニの茹で汁を譲ってくれるはずだといった事などを、ダストに教えたのはあなたではない、という事でいいんですよね?」

 

 …………。

 

 ……………………。

 

「……違います」

 

 ――チリーン。

 

「詳しく話を聞かせてもらおうか」

 

 

 *****

 

 

 朝早く目覚めたせいで眠くなった俺は、朝飯の後片付けを終えると、ソファーでゴロゴロしていた。

 ソファーの使用権を巡る戦いで俺に負けたアクアが、カーペットの上に三角座りをして、ゼル帝に指先をつつかれながら愚痴をこぼしている。

 

「……女神の聖域を侵すとか、あの男は痛い目を見るべきだと思うの。ねえ、ゼル帝もそう思うでしょ? いたっ! 元気なのはいいけど、お母さんの指をつっつくのはやめてほしいんですけど!」

 

 ダクネスはテーブルで書類を広げて何か書いている。

 めぐみんは出掛けているのでこの場にはいない。

 昨夜言っていた盗賊団とやらの活動で、近所の子供達と遊んでいるのだろう。

 

 ――そんな、なんでもない昼飯時。

 

「おーい、カズマ。飯くれー。ギャンブルで大負けして金がねーんだよ」

 

 人として駄目な事を言いながら、チンピラ冒険者のダストが訪ねてきた。

 我が物顔で椅子に腰を下ろすダストに、アクアが。

 

「誰かと思えばチンピラ冒険者のダストさんじゃないですか。ねえねえ、私がこないだ貸してあげたお金はいつになったら返ってくるの? 倍にして返してやるって言ってたわよね?」

「悪ぃな。あの金はまだ結果が出てないんだ。だが、結果が出ていないって事は、希望があるって事だろ? そのうち、倍なんてケチ臭い事は言わず、三倍にして返してやるから待っててくれよ」

「分かったわ! でも、早めに返してね? あのお金は、私がお酒を我慢して貸してあげたお金なんだから!」

 

 それ、返ってこないやつだと思う。

 

「おい、昼飯くらい食わせてやるから、俺の仲間から金を巻き上げようとするのはやめろよ」

「い、いや、俺だって親友の仲間を騙すほど落ちぶれちゃいねーんだが……。冒険者ギルドで商談してるとこに、お前んとこのアークプリーストが首突っこんできて、私のお金も増やしてねとか言って金を置いてったんだよ。仕方ないからその金をギャンブルに注ぎこんだら大負けして、返すに返せなくなっちまってな」

「お前最低だな。あと俺達は親友じゃなくて知り合いだから」

 

 と、ダストの最低っぷりに俺がドン引きしていると、書き物の手を止めたダクネスが、なんかソワソワしながら。

 

「な、なあカズマ。そのチンピラに昼食を作ってやるのか? その、ほら、朝食の残りが、まだひとり分くらいならあったんじゃないか?」

「えー? アレは私が食べようと思ってたんですけど! 今日は本物の霜降り赤ガニよりもカニカ……むぐっ!?」

「どうだろうか? アレをダストに食べさせるというのは?」

 

 ダクネスが、カニカマと言いかけたアクアの口を塞ぎ、そんな事を言ってくる。

 ……そんなに誰かがカニカマに騙されるところを見たいのだろうか。

 

「まあ、俺は別に構わんよ。おいダスト、昼食だがスパゲティでもいいか? 霜降り赤ガニを使ったクリームスパゲティが余ってるんだが」

「おう。タダで食わせてくれるんなら、俺は別になんでも……霜降り赤ガニ!? 霜降り赤ガニを食わせてくれんのか! い、言っとくが俺は金なんか払わねーぞ! いいのか? 本当にいいのかよ!」

 

 捻くれ者らしく疑いながらも喜ぶダストを、ダクネスが期待するような顔で見つめ……。

 そんなダクネスが口を塞いでいるせいで、アクアの顔が青くなっていた。

 

 

 

「マジかよ! 本物の霜降り赤ガニじゃねーか! 流石はカズマだな! お前さんの親友をやってて良かったぜ! 随分前に一度だけ食ったきりだが、やっぱうめえ!」

 

 スパゲティの皿を前にして、ダストはうめえうめえと何度も言いながら勢いよく食べる。

 そんなダストに、ダクネスが勝ち誇ったように。

 

「ふはははは! 引っかかったなチンピラめ! それは本物の霜降り赤ガニなどではなく、カズマが作ったカニカマとかいう偽物だ!」

「……?」

 

 いきなり勝ち誇られたダストが、不思議そうに首を傾げる。

 

「おいカズマ。どういうこった? コレって霜降り赤ガニじゃねーのか?」

「そーだよ。それはカニカマって言って、霜降り赤ガニっぽい味と食感と見た目だけど、本当はカマボコだよ」

「…………」

 

 俺が真実を告げると、ダストは黙って皿をじっと見つめる。

 

 ……あれっ?

 

 ダクネスのように知ったかぶりして食レポとかしていなければ、そんなに気にするような事でもないとめぐみんは言っていたが。

 一応ダストも荒くれ者の冒険者だし、騙されたと言って怒りだしたり……。

 いやでも、ダストだしなあ。

 俺がダストのリアクションに少し不安になっていると。

 

「おいおいおい! マジかよ! やるじゃねーかカズマ! 霜降り赤ガニとほとんど変わらない味と食感だったぞ! 食った事ない奴なら絶対分からねーだろ! こりゃすげえ! なあ、コレって霜降り赤ガニを買うよりも安く作れるんだよな? 本当はカマボコだもんな?」

 

 ダストがテーブルを叩いて立ち上がり、嬉しそうに俺の方に身を乗りだしてくる。

 急にハイテンションになったダストに、俺は身を引いて。

 

「お、おう……。そりゃカマボコだからな、材料だけなら結構安上がりだぞ。作るには料理スキルが必要だろうし、ちょっとしたコツも要るけどな」

「よし、カズマ。金を払うから俺に作り方を教えてくれよ」

「教えるのは構わないが……。金を払うって、お前、金がないから俺に昼飯たかりに来たんだろ?」

「コイツを売って儲けたら、その金で払ってやるよ! 今度こそ間違いなく儲かるから心配すんな!」

「いや、カニカマで商売するのはやめといた方がいいぞ」

 

 と、ダストを止めようとする俺を、アクアが押しのけ。

 

「ねえねえ、その間違いなく儲かる話、私にも手伝わせてほしいんですけど!」

「……い、いや、あんたには以前、俺の商売に出資してもらってるんだし、もう手伝いは十分だ。俺が儲けた金を届けるのを、大船に乗ったつもりで待っていてくれや!」

 

 アクアの運の悪さをよく知っているダストが、せっかくの儲け話を駄目にされないために必死にアクアを思い留まらせようとする。

 

「ほーん? ソファーでゴロゴロしている私にお金を届けようなんていい心掛けね。あなたを名誉アクシズ教徒にしてあげてもいいわよ」

「お前それ罰ゲームだろ」

「……、コレは私達の出身地の料理を、カズマが再現したもの。本物とはちょっと違うわ。あなたはこの偽物のカニカマは食べたけど、本物のカニカマを食べた事がないでしょう? 私は本物の霜降り赤ガニも、この偽物のカニカマも、そして日本で本物のカニカマも食べた事があるわ。きっと商売の役に立てると思うの。私が協力したらもっと儲かって、私が貰えるお金も増えるんじゃないかしら!」

 

 金に目が眩んだアクアが、俺のツッコミをスルーしダストを説得しようとする。

 ……いや、偽物のカニカマってなんだよ。

 

「そ、そうか……。そういう事なら、試食係だけでも……。い、いや待て、やっぱりあんたと関わるとマズい気がする……!」

「分かったわ! 私はゴロゴロしながら試食だけしていればいいのね! 任せてちょうだい! 本物のゴロゴロってやつを見せてあげるわ!」

「違う、そうじゃない!」

 

 都合のいい事しか耳に入らないアクアに、ダストが慌てる中。

 

「……霜降り赤ガニだと言って、霜降り赤ガニではないものを食べさせられたのに、どうして誰も怒らないんだ? ひょっとして私は、すごく心の狭い人間なのだろうか……?」

 

 ダクネスがションボリしていたが、誰も気づかなかった。

 

 

 *****

 

 

「――というわけで、俺はカニカマの作り方を教えたし、霜降り赤ガニの茹で汁を高級レストランから分けてもらえるかもしれないとも言ったが、霜降り赤ガニだと言って売ればいいなんて言ってないぞ。というか、商売しようって話は何度も止めようとしたんだからな」

 

 俺の必死の言い訳に、セナは嘘を看破する魔道具を見る。

 ――もちろん鳴らない。

 セナはじっとベルを見ながら、ポツリと。

 

「……ひょっとして、故障でしょうか?」

「おいふざけんな! どういう意味だよ! 俺は嘘なんか吐いてねーぞ! というか、最初から俺じゃなくてダストを連れてくればいいだろ! 俺はカニカマの作り方は教えたが、あいつの商売にはまったく関わってないからな!」

「し、失礼しました! そうではなく……。あのチンピラ冒険者は、すでに捕えて牢屋に入れています。サトウさんをここに連れてきたのは、あの男の証言であなたに対する疑惑が出てきたからで……。その、サトウさんとあの男の証言が食い違っているのですが、魔道具の判定ではどちらも嘘を吐いておらず……」

 

 激昂する俺に、セナが困ったように首を傾げる。

 

「そりゃ嘘を吐かなくても人を騙す事は出来るってやつだろ。ダストの取り調べの時に、質問と答えが微妙に食い違ってる事はなかったか? 調書を取ってあるんだろうから、読み返してみたらどうだ?」

 

 俺がそう言うと、セナは慌てて取り調べ室を出ていき、書類を持って戻ってくる。

 

「流石に、一応は容疑者であるサトウさんに見せるわけにはいきませんが……」

「いや、なんでここで読むんだよ? そういうのは容疑者のいないところで読んでくれよ」

「……あっ! これでしょうか? 『では、すべてはサトウさんの指示だったと?』という自分の質問に対して、ダストが『まあ、俺のやった事なんて大した事じゃねーよ。カニカマの作り方をカズマに聞いて、それを料理スキル持ちに教えてやっただけだからな』と……」

 

 それじゃん。

 

「すすす、すいません! 自分はどうも、こういった駆け引きが苦手でして……」

 

 俺が呆れた表情を浮かべると、セナはペコペコと何度も頭を下げる。

 王国検察官が、こういった駆け引きが苦手ってのはどうなんだろうか……?

 ……いろいろと苦労してるんだろうなあ。

 

「俺の容疑って晴れたんだろ? なら、帰ってもいいか?」

 

 立ち上がりながら言った俺に。

 

「そ、その……。出来ればもう少しだけ残っていただけませんか?」

 

 セナが申し訳なさそうに、そんな事を言ってきた。

 

 

 

 取り調べ室のドアが開くと、やたらと大きな態度でダストが入ってくる。

 

「おう、俺への尋問は終わったんじゃねーのかよ? もう話せる事は全部話したぞ! カニカマでまだまだ儲けられるはずなんだから、さっさと帰らせてくれや!」

「バカを言うな! 詐欺を続けるという男を自由にさせるわけがないだろう! サトウさんからも事情を聞いたが、やはり貴様が首謀者だったようだな? 今度こそ本当の事を話してもらうぞ!」

 

 セナが、厳しい口調でダストに言いながら、椅子に座る。

 ダストもセナに促され、セナの対面の椅子にどかりと腰を下ろした。

 

「本当の事? おいおい、俺は別に嘘なんか吐いちゃいねーぞ? というか、今回は詐欺なんて……」

「嘘を吐かなくても人を騙す事は出来るというわけだな?」

 

 ダストの言葉を遮り、セナがそんな事を言う。

 

「おかしな小細工を出来ないように、『はい』か『いいえ』で答えろ。貴様は霜降り赤ガニではないものを、霜降り赤ガニだと言って売ったか?」

「はあー? ったく、なんだっつーんだよ? その質問にはもう答えたはずだろ」

「いいから答えろ」

「分かった分かった。いいえ」

 

 セナが食い入るように嘘を感知する魔道具を見るも。

 ……鳴らない。

 

「な、なぜ!? どういうことだ!」

 

 驚愕に目を見開くセナに、ダストが。

 

「だから何度も言ってるだろ、今回は詐欺じゃなくて普通の商売だって。カズマに教えてもらったカニカマってのを、料理スキルを持ってる奴に作らせて、屋台で売る事にしたんだよ。その時に、本物に見えるように霜降り赤ガニの殻に詰めて売ったんだ。商品名は、霜降り赤ガニの足。売ってるのはカニの足の殻なんだから、何も嘘は吐いてないだろ?」

 

 …………。

 

「まあ、中には『コレって本物の霜降り赤ガニですか?』って訊いてくる客もいたよ。そいつらにはきちんと『もちろん、本物に決まってるだろ』って答えてやったぜ。足の殻の話だけどな。向こうはカニカマの事を訊いていたのかもしれないが、俺は何も嘘は吐いてない。ただちょっと行き違いがあっただけだ。それに、実際に食ったら文句言う奴はいなかったぜ。誰も不幸になっていないんだし、詐欺師扱いされるのはおかしくねーか?」

 

 ……………………。

 

「というか、食品偽装の詐欺だとか言ってたが、屋台の食い物がちっとばかし怪しい食材使ってるなんて、よくある事じゃねーか。そんな事に文句を言われる筋合いはないはずだろ。何度も言うが、今回は詐欺でもなんでもなく、ただちょっと目新しい商品を売ってただけだぞ?」

 

 ……確かに。

 ダストの言葉に納得した俺は、隠れていた場所から立ち上がった。

 

「話は聞かせてもらった」

「きゃあ! サ、サトウさん!?」

「カ、カズマ!? ……お前さん、机の下なんかで何やってんだ?」

 

 そう。俺が隠れていたのは、ダストとセナが話していた机の下。

 潜伏スキルを使って隠れ、セナがダストに騙されそうになったら合図を出すはずだったのだが……。

 

「お前を尋問していて騙されそうになったら、知らせてくれって頼まれてたんだよ」

「そ、そうですよサトウさん。勝手に出てきてもらっては困ります。は、恥ずかしいのを我慢したのに……」

 

 ダストに気付かれないように、ほぼセナの足にくっつく形で隠れていたわけだがこれはセクハラではない。

 立ち上がる時にセナのスカートが多少めくれたかもしれないがセクハラではない。

 セナの冷たい視線を無視して、俺は。

 

「いや、コレってこいつの言い分が正しいと思うぞ。食品偽装の詐欺だって言ってたのは、客じゃなくて商人組合なんだろ? 同じ商人として、商品が競合するからって文句を言われる筋合いはないと思う。それって、商売敵に対する嫌がらせってやつなんじゃないか?」

「そ、そんな……!」

 

 俺の言葉に、セナが愕然とした顔をする。

 そんなセナを、ダストが指さし爆笑しながら。

 

「ぶははははは! おいおいマジかよ? 天下の国家検察官様ともあろう者が、商人組合に利用されて、零細商人を犯罪者扱いですか? この落とし前はどう付けてくれるんですかねえ? 捕まって尋問されてる間に、どれだけの客を逃しちまったんだろうな?」

「そ、それは……。あ、あなたがしょっちゅう問題を起こしているから……!」

「はあー? いつも問題を起こしているからって、冤罪で捕まる理由にはならねーだろ。お前さん、カズマに国家反逆罪の濡れ衣を着せそうになった時に、噂に踊らされて先入観に囚われてたとかって謝ってなかったか? あの時の謝罪はなんだったんだ?」

「……ッ!」

 

 調子に乗ってセナを責めるダストに、セナが目に涙を浮かべ、ぐぬぬといった感じに唇をかむ。

 

「……も、申し訳ありません。自分が間違っていたようです」

「それで? ごめんなさいじゃなくて、どういう補償をしてくれるんだ? 賠償金でも支払ってくれんのか? ごめんで済んだら警察はいらねーんだよ!」

 

 低姿勢なセナに、ダストの態度がますます大きくなった。

 ……気の毒に。

 

 

 *****

 

 

 ――深く頭を下げるセナに、ダストがネチネチと絡んでいた、そんな時。

 取り調べ室のドアが開かれ、女性警官が部屋の中を覗きこんで。

 

「取り調べ中にすいません。サトウさんの言っていた事を調べ終えたので、報告に来ました」

「おっ、なんだなんだ? お前さん、まだ何か隠し玉があるのかよ? 流石カズマだな! 捕まってもタダじゃ起きねーってか!」

「報告を頼む」

 

 何か勘違いをしているダストがはしゃぐ中、セナに促され女性警官が。

 

「カニカマの商業権はある貴族が持っているそうで、ダストなどという男に許可は出していないとの事です」

「……は?」

 

 ポカンと口を開けたダストに、セナが酷薄そうな無表情で。

 

「まだ話が伝わっていなかったからか、訴えは出されていなかったが、聞いてのとおりカニカマの商業権はお前にはない。確かに食品偽装の詐欺というのは自分の間違いだったしいくらでも謝罪するが、お前が商業権を侵害していたのは事実だ」

「お、おいカズマ。どういうこった!」

「だから俺言ったじゃん。カニカマで商売するのはやめとけって」

 

 そう。カニカマの作り方とそれを使った商業権は、ダクネスの結婚騒動の時、バニルに売った数々の設計図や試作品、そして様々な財産権の中に含まれていた。

 バニルはそれをさらに転売したという話だから、誰がカニカマの商業権を持っているか俺は知らなかったが、少なくとも誰かがその権利を持っているわけで。

 だから俺はダストを止めようとしたのだが、毎回タイミング悪くアクアが絡んできて説明できなかった。

 ……アイツは本当に、ロクな事をしないなあ。

 

「何か申し開きはあるか?」

 

 厳しい口調で問うセナに、ダストは。

 

「すいませんでしたーっ!」

 

 鮮やかに手のひらを返し、芸術的な土下座を見せた。

 

「ごめんで済んだら警察は要らないのだったな。確かに貴様の言うとおりだ。では、尋問を再開しようか」

 

 

 

 ダストをネチネチと追いつめるセナを見て、報告に来た女性警官が。

 

「……相手を一度優位に立たせておいて心を折るなんて、セナさんも図太くなったなあ。これもサトウさんの影響でしょうか?」

「おいやめろ。ダクネスといいお前らといい、なんでもかんでも俺のせいみたいに言うのはやめろよ」

 

 

 *****

 

 

 ――しばらくして。

 アクセルの街で数々の事件を解決に導いた事を評価され、セナが王都に返り咲くらしいと、風の噂で聞いた。

 俺達が事件を起こした時には何かと世話になったので、俺は栄転祝いを贈っておいた。

 

 後日、セナから送られてきたお礼状には、末尾にこう書かれていた。

 

 ――ところでこれは、本物の霜降り赤ガニなのですか? それともカニカマというやつなのですか?

 


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