このすばShort   作:ねむ井

37 / 57
『祝福』10,12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。


この失せ物探しに追憶を!

 ――病気の女の子を救うため、悪魔の住む城に乗りこみ薬の材料を取ってくるという王道的なクエストを果たした俺達は、このところ平穏な日々を送っている。

 その日、俺が広間でダラダラしていると、

 

「さあカズマ! クエストです、クエストを請けましょう! こないだはダクネスが活躍しましたから、今度は私の番だと思います! なんなら泊まりのクエストでもいいですよ!」

 

 屋敷の中だというのにマントを羽織っためぐみんが、杖を振り回して面倒くさい事を言ってきた。

 

「いや、お前は何を言ってんの? 俺はもう働かなくていいほどの資産があるんだから、クエストなんて請けないぞ。多くの強敵を打ち破り、最後には病気の女の子を救ったんだ。そろそろ俺の冒険者人生にも幕を下ろす時が来たんじゃないか? 後の事は本物の勇者達に任せて、俺は世界の平和を願いながら穏やかに生きていこうと思う」

「あなたこそ何を言っているんですか。その年で冒険者人生に幕を下ろすとか穏やかに生きていくとか、いくらなんでも気が早すぎますよ。バカな事を言っていないで、冒険者ギルドに行きましょう。私にあなたの格好良いところを見せてくださいよ」

「お断りします。今日はダラダラしながらゲームを進めるっていう大事な予定があるんだ。爆裂散歩ならともかく、クエストになんか行く気はないぞ。どうしてもって言うんなら、ダクネスを誘えばいいだろ」

 

 俺の肩をグイグイ引っ張っていためぐみんが、ダクネスの名前を出すと困ったような顔をする。

 

「……それが、今日は朝からダクネスを見かけないんですよ。カズマはダクネスがどこにいるか知りませんか?」

「知るわけないだろ。俺はさっき起きたばかりだぞ」

「それは胸を張って言う事ではないですよ」

 

 俺達がそんな話をしていると、ソファーに座りゼル帝を撫でていたアクアが。

 

「ダクネスなら、朝早くからダスティネスのお屋敷に行くって言って出掛けていったわよ。なんだかソワソワしてたわね」

 

 ……ダクネスがソワソワしていた?

 それって……

 

「またおかしなスライムでも見つけたのか」

「あの、カズマとダクネスは、貴族の屋敷に侵入したんですよね? その事でいろいろと後始末とかあるのではないですか?」

「……そういうもんなの?」

「私も詳しい事は知りませんが。ダスティネス家の権力を使って、いろいろと揉み消したりしているのでは? 貴族の住居に侵入して宝物を盗めば、普通は死刑ですからね」

 

 確かに。

 ……いやでも、あのゼーレシルトとかいう悪魔が、俺達の事を他の貴族に話したりするだろうか?

 と、そんな時。

 玄関のドアが開いて、憔悴した様子のダクネスが入ってきた。

 

「おかーえり!」

「ああ、ただいま……」

「ダクネスったら、大丈夫? なんだかすごく疲れた顔をしているわよ? 今、ヒールを掛けてあげるわね!」

「どうかしたんですか? 何か困っている事があるのなら、私達にも相談してほしいです」

 

 アクアがいそいそとヒールを掛け、めぐみんが心配そうに言うと、ダクネスが言いにくそうに目を逸らして。

 

「困っていると言えば困っているのだが……。個人的な事なのであまり心配しないでくれ」

「水臭い事を言わないでくださいよ。私達は仲間じゃないですか。体力自慢のダクネスがそんなに疲れるなんて、よっぽどの事でしょう? それとも、私達にも話せないような事なんですか?」

 

 重ねて問いかけるめぐみんに、ダクネスは。

 

「そ、それは、その……」

 

 ……なぜかチラチラと俺の方を見てきて。

 ダクネスの視線を追いかけたアクアとめぐみんが、俺に白い目を向けてくる。

 

「カズマったら、ダクネスに何をしたの? こないだシルフィーナちゃんを助けてあげたからって、あんまりひどい事を要求するのはどうかと思うんですけど」

「いやふざけんな! なんにもやってねーよ! お前もチラチラ見てくるのはやめろよ。言いたい事があるならはっきり言えばいいだろ!」

「ちちち、ちがー! べ、別にカズマに何かされたわけでは……!」

「じゃあなんだよ。もったいぶってないでさっさと言えよ! じゃないと、俺がこいつらに責められるだろ」

 

 俺が文句を言うと、なぜかダクネスは顔を赤らめてモジモジしだした。

 めぐみんの目が紅く輝きだしたので、恥ずかしがってないでさっさと言ってほしい。

 

 

 

「……カモネギのぬいぐるみ?」

「そ、そうだ。エルロードの土産にと、カズマがカモネギのぬいぐるみを買ってくれただろう? それがいつの間にかなくなっていて……。大切に保管していたはずなのだが……。ほ、本当だぞ? 部屋から持ちだした事もないし、なくなるはずがなかったんだ!」

 

 そういえば、そんなもんを買ったな。

 別にぬいぐるみがなくなったくらいで、そこまで落ちこむ事もないと思うが。

 

「なるほど。大好きな俺が買ってやったぬいぐるみだから大事にしてたんだな」

「それは……! そ、そう……です……」

 

 俺の言葉に、ダクネスが真っ赤になった顔を両手で隠す。

 ……素直に肯定されるとこっちも照れるのでやめてもらいたい。

 そんなダクネスに、めぐみんが。

 

「でもカズマは私のですからね」

「……!?」

 

 ダクネスが顔から少しだけ手を離し、ポツリと。

 

「……めぐみんが買ってもらったエルロード土産は、確か煎餅だったな」

「なにをっ!?」

 

 ダクネスの思わぬ反撃にめぐみんが言葉を失う中、アクアがゼル帝に指を突かれては引っこめながら。

 

「ねえカズマ。私にもエルロードのお土産が欲しいんですけど」

 

 …………。

 

「いや、お前は何を言ってんの? お前には変てこな石をあげただろ。ゼル帝の親代わりだからって、記憶力まで鶏レベルにならなくてもいいんだぞ?」

「なーに? 急に褒めたってなんにもあげないわよ? 私がゼル帝のお母さんとしてドラゴンっぽくするのは当たり前じゃない。まあ、私は女神なので、ドラゴンよりも偉大なのは仕方ないですけど!」

「褒めてねーよ」

 

 俺とアクアがバカみたいな言い合いをしていると。

 

「仕方ないですね。そんなに大事な物なら、私も探すのを手伝ってあげますよ。その代わり、後で爆裂散歩に付き合ってくださいね」

「す、すまない。だが、本当になくなるはずがないのだが……」

「そんな事を言っても、なくなってしまったものは仕方がないでしょう。最後に見たのはどこですか?」

 

 ついさっきまで、俺を巡って言い争っていためぐみんとダクネスが、仲良くぬいぐるみを捜し始める。

 

「なくしたり汚したりすると困るから、私の部屋に置いてあったんだ。持ちだした事などないはずなのに……」

「部屋というのは、この屋敷のダクネスの部屋ですよね? それなのに、ダスティネス邸まで捜しに行ったんですか?」

「部屋中探したのに見つからなかったんだ。ひょっとしたら、持っていったのを忘れているのかもしれないだろう?」

「……とりあえず、ダクネスの部屋をもう一度捜してみませんか? 部屋から出していないのなら、どこかに見落としがあったのかもしれません。大丈夫ですよ。こういうのは意外と簡単なところで見つかったりするものです」

 

 と、階段を上がっていこうとする二人に、アクアが。

 

「ねえねえ二人とも。そういえば、こないだウィズが捜し物にちょうどいい魔道具を仕入れたって言って喜んでいたわよ」

 

 ……ウィズが喜んでいたとか、嫌な予感しかしない。

 二人もそう思ったのか、アクアの言葉を聞かなかった事にして二階へと上がっていった。

 

 

 *****

 

 

 ダクネスがなくしたというカモネギのぬいぐるみを捜し、屋敷中をひっくり返すも、アクアの部屋でカビの生えたパンが見つかったり、台所からアクアのへそくりが見つかったりした以外は特に収穫がなかった、その翌日。

 ウィズが仕入れたという、捜し物に使える魔道具の話を聞くために、俺達はウィズ魔道具店を訪れていた。

 俺が店のドアを開けようとすると、まるでそれを見通していたかのようなタイミングでドアが内側から開かれ、

 

「へいらっしゃい! 不良品を買い取ってくれるお客様達よ! ささ、店内へどうぞ」

 

 エプロン姿のバニルが出迎えてくる。

 

「おいやめろ。なんでもかんでも見通して、俺達を不良品の引き取り手扱いするのはやめろよ。というか、捜し物ってお前の得意分野じゃないか。金は払うから、こいつのぬいぐるみがどこにあるのか見通してくれよ」

「貴様らは常に発光女の傍にいるせいで、我輩の力を持ってしても見通しづらいのだ。それに、今月は本格的な赤字になりそうなので、不良品の魔道具を処分してしまいたい。返品するにも金が掛かるのでな。しかし、我輩はこの魔道具店の勤勉なバイト。高額商品を買っていただいたお客様には、うっかりサービスしてしまうかもしれん」

 

 見通す悪魔様、厄介だなあ……。

 これまで何かとロクでもない目に遭わされてきたダクネスが、早くも嫌そうな顔をしている。

 バニルに招かれ店の中に入ると、カウンターの向こうからウィズが。

 

「いらっしゃいませ! 先日は、ダクネスさんの娘さんが無事で、本当に良かったですね」

「ああ、先日は世話になった。そのうちシルフィーナを連れて、改めて礼を……!? ま、待ってくれ! シルフィーナは私の娘ではないぞ!」

 

 シルフィーナを娘呼ばわりされ、焦って訂正するダクネス。

 

「そうなんですか? でも、冒険者の方々が、アクア様がそう仰っていたと……」

「おいアクア。話があるからちょっとこちらへ来い」

「待って! ねえ待ってよダクネス! 冒険者ギルドやいろいろなところに噂を広めた事については、こないだきっちり叱られたじゃない! 痛っ! いたたたたた! ねえ足が浮いてるんですけど! 片腕で人ひとり持ち上げるのって、淑女としてどうかと思うんですけど!」

 

 シルフィーナがダクネスの娘だという噂を広めたアクアが、ダクネスにアイアンクローを食らってぶらぶらする中。

 めぐみんがマイペースに店の中を眺めながら。

 

「それで、捜し物に使える魔道具というのはどれですか?」

 

 めぐみんの言葉に、いそいそとお茶を淹れようとしていたウィズが嬉しそうな顔をする。

 

「皆さん、アレを見に来てくれたんですか! ちょっと待ってください。すぐにお茶を淹れてしまいますから!」

「私のお茶は温めでお願いね」

 

 アイアンクローを食らってぶらぶらしているアクアがそんな事を言う。

 ……こいつはこの店を喫茶店か何かだとでも思っているのかもしれない。

 

「お、お前という奴は! 少しくらい反省したらどうなんだ?」

「残念でした! 折檻されてもヒールを使えばへっちゃらなのでした! でも私にお酒を売らないように圧力を掛けるのはやめてね!」

「ああもう、本当にそうしてやろうか……? し、しかし、ダスティネス家は不当な権力の行使は……」

 

 まったく反省する様子のないアクアに、ダクネスが本当に圧力を掛けようかと真剣に悩み始めた。

 

 

 

「お待たせしました。こちらが昔の自分に戻れる魔道具です」

 

 お茶を淹れたウィズが商品棚から持ってきたのは、首に掛ける細い鎖の付いた、懐中時計のような魔道具。

 ネックレスのように首から掛けて使うらしい。

 

「この魔道具を使うと、意識だけ時間を遡って昔の自分に戻れるんです。ど忘れした事を思いだしたり、一度読んだ本を新鮮な気持ちで最初から読んだりといった用途に使えます。捜し物をなくした時に戻れば、どこに置いたかを思いだす事が出来るはずです」

 

 おお。なんだかすごく魔法っぽい。

 

「でも、どうせまた何かデメリットがあるんだろ?」

「……ええと、昔の自分に戻ると、捜し物をなくした記憶もなくなるので、なんのために魔道具を使ったのかが分からなくなりますね」

 

 駄目じゃないか。

 

「待ってください! 確かに欠点はありますが、目的をメモしておいて昔の自分に知らせたり、魔道具の使用者に周りの人が事情を説明すれば、きちんと使えるはずですから!」

「……ええと、試しに一回使わせてもらってもいいか?」

 

 というか、一回だけ使わせてもらって、ダクネスのぬいぐるみを捜すために来たわけだが。

 

「もちろんです! では、ダクネスさんがこの鎖を首に掛けて、魔力を注いでください。魔力の量によって遡る時間が変わるので、気を付けてくださいね。……私も試しに使ってみたんですが、調整が難しい上に、時間を遡るせいか使った時の記憶が曖昧になるので、何度使っても適切な魔力の量というのが分からなくて……」

 

 ……どうしよう。聞けば聞くほど不良品だ。

 ウィズの言葉に、魔道具を身に着けたダクネスも不安そうな表情を浮かべて。

 

「元凄腕魔法使いのウィズでも難しいのか?」

 

 と、めぐみんが店の中だというのにバサッとマントを翻し。

 

「我が名はめぐみん! 爆裂魔法を操るアークウィザードにして、アクセルの街随一の魔法使い! ここは私に任せてもらいましょう!」

 

 元凄腕魔法使いと言われたウィズに対抗してか、魔道具に魔力を注ごうとするめぐみんの手を、ダクネスが掴んで止める。

 

「い、いや、めぐみんは爆裂魔法に全力で魔力を注ぐ事は出来ても、微妙な調整というのは不得手だろう? 出来れば何かと器用なカズマに頼みたいのだが……」

「何を言っているんですか? 魔道具の専門家である紅魔族にして凄腕魔法使いでもある私を差し置いて、冒険者であるカズマに頼むなんてあり得ませんよ! 大丈夫です! 絶対に大丈夫ですから、私に任せてください!」

「し、しかしだな……」

 

 まったく信用できないめぐみんの言葉に、ダクネスが助けを求めるようにチラチラと俺の方を見てくる。

 

「おいめぐみん。お前、今日はまだ爆裂魔法を撃ってないだろ? ここで魔道具に魔力を注ぐと爆裂魔法が使えなくなるんじゃないか?」

「それもそうですね。すいませんダクネス。今の話はなかった事にしてください」

 

 俺の説得にあっさり意見を引っこめるめぐみん。

 

「……爆裂魔法を引き合いに出した途端、あっさり手を引かれるのもどうかと思うのだが」

「せっかく止めてやったんだから、面倒くさい事を言うのはやめろよな」

 

 と、俺とダクネスがめぐみんに気を取られている間に、アクアが魔道具に手を伸ばし。

 

「それなら、私が魔力を注いであげるわね! だから私にお酒を売らないように圧力を掛けるのはやめてちょうだい」

 

 アクアが魔力を注ぐと、懐中時計が輝きだし、針が勢いよく逆回転しだして――!

 

 

 

「……ねえダクネス。これくらいかしら? もういいならいいって言ってくれないと、止め時が分からないんですけど」

「やめろバカ! お前、ウィズの話を聞いてなかったのかよ! 魔力を注ぎすぎても駄目だって言ってただろ!」

 

 首を傾げながら、なおも魔力を注ごうとするアクアを、羽交い絞めにして魔道具から引き剥がす。

 

「何よ! お酒を売ってもらえるかどうかの瀬戸際なんだから邪魔しないでよ! それに、魔力を注ぐと針の動きが速くなって面白いのよ!」

「魔道具を使ったわけでもないお前が目的を忘れるなよ。……おいダクネス。大丈夫か?」

 

 俺がアクアを黙らせダクネスに声を掛けると、ダクネスは怯えたような表情で俺から身を引いた。

 

「な、なんだよ、急に変な顔したりして」

「……ダクネス? どうかしたんですか?」

 

 心配そうなめぐみんの言葉にも、ダクネスはビクッと震えて。

 

「……ど、どちら様ですか? ハーゲンは……? ここはどこですか……?」

 

 キョロキョロと店の中を見回し、ますます怯えた表情で縮こまるダクネス。

 

「ひょっとして、俺達と出会う前まで戻っちまったんじゃないか? 確か、ダクネスは人付き合いが苦手だったって親父さんが言ってたぞ」

「それにしては……。なんというか、怖がってるように見えますよ」

「きっとカズマさんが、誰彼構わずスティールを使って下着を盗むような人でなしだって事を、本能で察したんじゃないかしら」

「それならダクネスはむしろ喜ぶのでは?」

「……なあ、街の連中にその噂を広めてたのってお前なの? 言っとくが、俺もダクネスにペンダントを貰ったから、ダスティネス家の名前を出してお前に酒を売らないように圧力を掛けるくらいの事は出来るからな」

 

 と、俺達がひそひそと相談し合っていると、そんな俺達を不安そうに見つめていたダクネスに、ウィズが歩み寄って。

 

「突然すいません。あなたのお名前と年齢を教えていただけますか?」

 

 子供に話しかけるような穏やかな口調で、そんな事を……。

 …………。

 

「わ、私はダスティネス・フォード・ララティーナ。七歳です……!」

 

 ……えっ。

 

 

 *****

 

 

「どうやら、アクア様の膨大な魔力を魔道具に注いだ結果、ダクネスさんの意識が子供の頃にまで遡ってしまったみたいですね」

 

 ウィズがダクネスをチラチラと見ながら説明する。

 そのダクネスは、椅子に腰掛け足をパタパタさせながら、ジュースを飲んでいるところだ。

 子供の頃のダクネスは屋敷から出た事がほとんどなかったというから、店の中の物がなんでも気になるようで、興味深そうに見回している。

 誰かと目が合うとビクッとしてコップに視線を落とすのは、人見知りする性格だからだろう。

 今のダクネスとは大違いだ。

 見た目はダクネスなので違和感しかないが、ダクネスのいとこのシルフィーナにちょっと似ているかもしれない。

 そんなダクネスは、自分で自分の胸を揉んだりしながら、首を傾げている。

 いきなり大人の体になって困惑しているらしい。

 おいやめろ。

 目の毒だから本当にやめてください。

 中身が七歳児だと思うと、エロい目で見るだけで悪い事をしているような気分になってくる。

 

「な、なあ、これって元に戻るんだよな? 元に戻るのに十年掛かりますとか言わないよな?」

「大丈夫ですよ。魔道具の効果は、どんなに過去へと遡っても半日ほどで切れます。……ただ、今の状態で起こった事は、元に戻っても過去の記憶として残るんです。ダクネスさんの場合は子供に戻ってしまっていますから、あまり強い体験をすると、本来のダクネスさんの性格にまで影響が出るかもしれません」

 

 何それ怖い。

 この魔道具、マジで不良品じゃないか。

 

 ……いや待て。

 

「なあなあ、それならダクネスの変態を今のうちに矯正する事も出来るんじゃないか? 俺達の手で、あの残念な変態痴女を、本物の純情乙女に育て直すんだよ!」

 

 俺の言葉に、アクアが目を輝かせ。

 

「今のダクネスちゃんに恩を売っておけば、優しいアクアお姉さんとして記憶に残って、私に優しくしてくれるようになるって事ね! きっと、少しくらい怒らせても許してくれるんじゃないかしら!」

「ちょっと待ってください! 魔道具を使って人の性格を変えようとするのはどうかと思いますよ! 確かに、何かとモンスターに襲われたがったり、何かとカズマを襲おうとしたりするのはどうかと思いますが、私は今のダクネスが好きです。二人はダクネスの事が好きじゃないんですか?」

 

 都合のいい事を言う俺とアクアを、めぐみんが止める。

 ダクネスの事が好きか嫌いかと言われれば、そりゃあ……。

 

「……まあ、今以上におかしな性格になっても困るからな。余計な事はしないでおくか」

「えー? ダクネスの事は好きだけど、いくらでもお酒を飲んでいいって言ってくれたら、もっと好きになるわよ?」

「酒なら俺が買ってやるから、お前は余計な事をするなよな」

 

 ロクでもない事を言いだすアクアを俺が止める中、めぐみんがダクネスの前に立ち。

 

「ええと、ララティーナ。初めましてですね。私はめぐみん。見ての通りの紅魔族にして、アクセルの街随一の魔法使いです」

「めぐみん様……」

 

 変わった響きを持つ紅魔族の名前に興味を惹かれたのか、ダクネスが目を丸くする。

 

「お兄ちゃんは佐藤和真。この街で冒険者をやっているんだ。俺の事は気軽にお兄ちゃんと呼んでくれ」

「そして私はアクア。そう、華麗なる水の女神アクアとは私の事よ! でも、私があまりにも麗しいからって、畏まる事はないわ。私の事も、気軽にアクアお姉ちゃんって呼んでくれていいからね」

「そ、そうですか……」

 

 バカな事を言いだしたアクアを、ダクネスが気遣うように微笑む。

 

「おいやめろ。七歳の子供に愛想笑いをさせるのはやめろよ」

「なんでよーっ! 私は本当の事を言っているだけなのに!」

「こいつの事は気にしないでくれ。アクシズ教徒だから仕方ないんだ。それで、あっちにいる綺麗なお姉さんがウィズで、あっちの変てこな仮面を被っているのがバニルだ。ここはウィズの魔道具店だよ」

 

 俺達が自己紹介を終えると、ダクネスが言いにくそうにしながらも、キッパリと。

 

「あの、私はどうしてここにいるんですか? パパや守衛の人に、屋敷から出てはいけないと言われているんです」

 

 そういえば、子供の頃のダクネスは屋敷から出られず退屈していたという話だ。

 七歳のダクネスにとって、見知らぬ場所で見知らぬ相手に囲まれているこの状況は不安なのだろう。

 まあ、確かに誘拐だとかを疑われても仕方がない状況だ。

 

 ……ふぅむ。

 

「めぐみん、少しの間ダクネスの気を引いておいてくれ」

「私ですか!? いきなりそんな事を言われても……」

「そういう事なら私に任せなさいな! ほら、ララティーナちゃん。今からこのポーションが消えますよー」

「たわけ! 店の商品を消そうとするでないわ貧乏神め!」

 

 騒ぐアクア達にダクネスが驚く中、俺はダクネスの背後から手のひらを突きつけた。

 

「『スティール』……!」

 

 バレないようにこっそり囁くと、俺の手の中には目当ての物が収まっている。

 ……下着を奪っていたら危ないところだった。

 

「なあララティーナ。これを見てくれ」

「!」

 

 俺がダクネスに手を差しだすと、ダクネスは俺が手にしている物を食い入るように見つめる。

 それは、ダスティネス家の紋章が付いたペンダント。

 今のダクネスは常に身に着けているものだが、屋敷から出ない七歳児には持たせていなかっただろうから、自分の持ち物を盗まれたとは思わないはず。

 ……俺がエルロードで預かったやつは、あちこちで使いまくっていたらダクネスにマジギレされたので、最近は持ち歩いていない。

 

「俺は君の親父さんからこれを渡されるくらい信頼されているんだ。……信じてくれるか?」

「は、はい! お父様が当家の紋章をお渡しするような方ですから!」

 

 知らない相手に怯える態度だったダクネスが、憧れの相手を見るようなキラキラした目を俺に向けてくる。

 

「流石ねカズマさん。小さな女の子を丸めこむくらいお手の物ね」

「ダクネスの見た目は小さな女の子ではないので、なんだかすごくいかがわしい感じがするのですが……」

 

 外野がなんか言っているが、俺には聞こえない。

 

「今のララティーナは大人の体になってるだろ? それって魔道具の効果なんだよ。ここには専門家がいるから、君が元に戻るまでここで預かる事になったんだ。一日経てば元に戻るはずだから、今日は俺達と一緒に遊んでいようか」

 

 昔は遊び相手がいなかったというダクネスは。

 

「はい……!」

 

 俺の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 *****

 

 

 ダクネスに娘が出来たという噂が広がっているし、冒険者に見つかると面倒くさい事になるので、この店からは出られない。

 ゆんゆんが置いていったというトランプで遊ぶ事になって。

 

「――っていうのが、ポーカーのルールだな。結構複雑だけど、分かったか?」

「はい! よろしくお願いします、お兄ちゃん!」

 

 俺がポーカーのルールを教えると、ダクネスが気合を入れるように両手を握りしめて、そんな事を言う。

 中身は七歳だからと、お兄ちゃんと呼ぶように言ったのは俺だが、年上のダクネスにお兄ちゃんと呼ばれるのは……。

 …………。

 これはこれでアリだな。

 中身は七歳だが見た目は十八歳なので、大きくなっても無邪気に呼んでいる感じがすごくいいと思う。

 俺がお兄ちゃんと呼ばれた余韻に浸っていると。

 

「あの、ララティーナ。貴族のあなたがカズマをお兄ちゃんと呼ぶのはあまり良くないのではないでしょうか」

「……? どうしてですかめぐみん様」

「えっ。ええと、それはですね……」

 

 ダクネスの俺へのお兄ちゃん呼びをやめさせようとしためぐみんが、不思議そうに首を傾げるダクネスに困った表情で口篭もる。

 

「いいかララティーナ。そのお姉ちゃんは俺の事が好きだから、君がお兄ちゃんって呼ぶのに嫉妬しているんだよ」

「そうなんですか!」

 

 そういった話題に興味津々らしいダクネスが、俺の言葉に目をキラキラと輝かせる。

 一方、めぐみんは目を紅く輝かせて。

 

「ちょっ……!? こ、子供相手におかしな事を吹きこむのはやめてもらおうか!」

「ほら、お姉ちゃんの目が赤くなってるだろ? 紅魔族は興奮すると目の色が赤くなるんだ。このお姉ちゃんは照れてるんだよ」

「そうですけど! 何も間違った事は言っていませんけど、いちいち詳しく解説するのはやめてください!」

「それじゃあ、お二人は恋人同士なんですか!」

 

 純粋な瞳でいろいろと聞いてくるダクネスに、いつもは直球なめぐみんが珍しく恥ずかしがっていた。

 

 

 

「ええと、ベットです!」

「私はドロップします」

「……ねえ、私もうチップがないんですけど」

 

 賭け金代わりの飴玉を押しだすダクネスに、めぐみんが勝負を降り、早々に破産したアクアが頬を膨らませる。

 

「レイズ!」

 

 俺が賭け金を吊り上げると、めぐみんが横からダクネスの手札を覗きこみながら。

 

「……ほう。なかなかいい手札ではないですか。これならこちらもレイズしていいのでは?」

「本当ですか!」

「おい、お前ら対戦相手なのにアドバイスするのはやめろよ」

 

 と、飴玉を失ってゲームに参加できなくなったアクアが、俺の傍に寄ってきて……。

 

「ブタよ! カズマさんの手札はブタよ!」

「お前ふざけんな! それは反則だろ!」

「いい事を聞きました。目いっぱい賭け金を吊り上げましょう、ララティーナ!」

「はい、めぐみん様! レイズです……!」

「コール! よし、勝負だ!」

 

 豚のはずなのに勝負を受けた俺に、ダクネスがうろたえつつも手札を見せる。

 

「……!? フ、フルハウスです!」

 

 そんなダクネスに、俺はニヤリと笑い。

 

「こっちはフォーカードだ」

「「!?」」

 

 俺が見せた手札に、めぐみんとダクネスが驚愕の表情を浮かべアクアを見る。

 

「よくやったアクア! チップを分けてやろう」

「……悪く思わないでねララティーナ。勝負の世界は非情なのよ」

「ズルい! ズルい! お兄ちゃんはズルいです!」

「最低ですよあなた達は! 大人げないにも程があるでしょう! 今のは流石にどうかと思いますよ!」

 

 飴玉をやりとりする俺達を、めぐみんとダクネスが口々に非難してくる。

 

「はあー? アクアが俺の手札を見たのに、反則だからこの勝負はなしって言わなかったのはお前らだろ? 反則行為を受け入れたんだから、その結果も受け入れるべきだと思う。自分に都合のいい時だけルールを持ちだすってのはどうなんですかねえ?」

「ううー……っ!」

 

 ダクネスが本気で悔しがって、子供みたいに泣きそうになっているのは新鮮だ。

 子供みたいも何も、今は子供なんだが。

 というか、俺も子供相手にやりすぎている自覚はある。

 見た目がダクネスだからだろうか?

 少しは手加減しようかと考えていると、俺の傍を離れめぐみん達の方へと寄っていったアクアが。

 

「大丈夫よララティーナ! 今度は私も手伝ってあげるわ! 皆であの卑怯者をぶっ飛ばしてやりましょう!」

「本当ですかアクア様!」

「いえ、あの……。アクアはあまりこの手のゲームが得意ではないでしょう? さっきからブタばかりではないですか」

「これまでの私と同じだとは思わないでちょうだい。……『ブレッシング』!」

 

 あっ、こいつ汚ねえ!

 

「ちょっと待て! 流石にスキルはどうかと思う!」

「ほーん? 自分に都合のいい時だけルールを持ちだすのってどうなんですか? カズマったら、自分で言ってて恥ずかしくないんですか?」

 

 めぐみんとダクネスにもブレッシングを掛けながら、アクアが勝ち誇るように微笑む。

 ……この野郎。

 

「そういう事ならこっちも手加減しないがいいんだな? 運の良さで俺に敵うと思うなよ」

 

 俺はカードを配りながら、俺の対面に並んで座る三人に言う。

 三人が真剣な表情で自分の手札を覗きこむ中、俺が三人の背後を見やると。

 そこには、ポーションの瓶が置いてあって。

 ……勝負事とはいえ相手は子供だし、スキルを使われたり、三対一なんて状況にならなければ、こんなイカサマをしようとは思わなかったのだが。

 千里眼スキルで瓶に映る三人の手札を確認しながら、俺は。

 

「ベット!」

 

 

 

 ――遊び疲れたダクネスが、俺の膝に頭を乗せて眠っている。

 あの後も、ママゴトをしたり、狭い店内で隠れんぼをしたりと全力ではしゃいでいたので、体力自慢のダクネスも疲れてしまったらしい。

 

「なんだかんだで、すごく仲良くなりましたね。カズマに一番懐いているじゃないですか」

 

 ダクネスの寝顔を眺めながら、微笑ましそうにめぐみんがそんな事を言う。

 

「当たり前だろ。俺は未来のダクネスに惚れられた男だぞ」

「ララティーナちゃんったら、こんな年頃からロクでもない男が好きだったのね」

「おいやめろ。いつものダクネスならともかく、このララティーナを変態扱いするのはやめろよ。この子は純粋でいい子な、普通の貴族の令嬢だぞ」

「そうですよ。カズマに一番懐いていたのは、きっとダスティネス家のペンダントを持っているからです」

 

 おっと、そういえばペンダントをスティールしたままだった。

 俺は目を覚ましたダクネスに怒られないうちにペンダントを返そうと、ダクネスの首に紐を掛け……。

 と、くすぐったかったのかダクネスが身をよじり、うっすらと目を開いた。

 寝ぼけた様子のダクネスは、俺を見ると微笑を浮かべ。

 

「お兄ちゃん……」

 

 小さな声で。

 

「また、遊んでくれますか……?」

 

 そんな、分かりきった質問に、俺達は笑って――!

 

 

 *****

 

 

 次に目を覚ました時、ダクネスは元のダクネスに戻っていた。

 

「……ん。なんだか、長い間眠っていた気がするな」

「…………」

 

 額をさすりながらそんな事を言うダクネスに、俺は顎をさすりながらジト目を向ける。

 

「お、おい! もう謝ったではないか! そんな目を向けてくるのは……、…………んっ! で、出来れば二人きりの時にでも……」

 

 ……七歳の時は純粋でいい子だったのに、どうしてこうなったのか。

 

「カズマったら、さっさと機嫌を直しなさいな。ヒールを掛けてあげたから、もう痛くないでしょう?」

 

 俺の顎にヒールを掛けていたアクアが、笑いを堪えながら言ってくる。

 目覚めたダクネスが、俺の膝の上で寝ていた事に驚いて飛び起き、俺の顎に頭突きをしてきたのだ。

 まあ、今のはただの事故だし、別にいいんだが。

 

「大丈夫ですかダクネス。何か変な感じはしませんか?」

 

 魔道具の効果を心配しているのだろう、めぐみんが少し不安そうに訊く。

 

「変な感じと言われても……。特にそういった事はないと思う。というか、魔道具の効果はどうなったんだ? その、なぜ私はカズマに膝枕をされていたんだ?」

「ダクネスは魔道具の効果でララティーナちゃんになってたのよ! とっても可愛かったんだから!」

「……? どういう事だ? 可愛い?」

 

 アクアの言葉に困惑するダクネスに、俺とめぐみんはニヤニヤ笑いながら。

 

「そうだな。ララティーナちゃんだったな」

「そうですね。可愛かったですよ」

 

 俺達の言葉に、ダクネスが何も分かっていないくせに顔を赤くして。

 

「か、可愛いだのなんだのと言うのはやめろ! お前達が何を言っているのかさっぱり分からん! そ、そんな事より、ぬいぐるみの在り処は分かったのか?」

 

 …………あっ。

 

 

 

「そ、そうか……。あの魔道具でも駄目だったか……」

 

 そういえば、そういう話だった。

 七歳のダクネスと遊んでいた俺達はすっかり忘れていたが、ぬいぐるみを捜しだすために魔道具を使ったダクネスは、失敗したと分かってガックリと肩を落とす。

 ……流石にあの魔道具をもう一度使う気にはなれない。

 

「なあ、やっぱりお前が見通してやってくれないか?」

 

 俺がバニルに耳打ちすると、バニルはニヤリと笑って。

 

「なぜ我輩が筋肉女のぬいぐるみ捜しに付き合わねばならん。先ほども言ったが、今月は店が赤字になりそうでな。我輩は何かと忙しい身なのだ」

「分かったよ! この魔道具を買えばいいんだろ!」

 

 全然いらないんですけど。

 というか、持っているだけで厄介事が起こりそうな気がするんですけど。

 

「お買い上げありがとうございます! ……では、ぬいぐるみがなくなったくらいで落ちこむ少女趣味な娘よ。こちらへ来るが良い」

「み、見通すだけなのだな? 恥ずかしい質問には答えないからな」

 

 何度もからかわれているダクネスが、警戒しながらもバニルの前に立つ。

 バニルはダクネスをじっと見つめながら。

 

「……ふぅむ。眠る時にぬいぐるみを抱きしめたり、ぬいぐるみを相手にせ……」

「わあああああーっ! だからこいつに頼るのは嫌だったんだ!」

「こっ、こら仮面を! 仮面を折ろうとするのはやめんか!」

 

 顔を真っ赤にしたダクネスがバニルに掴みかかり、仮面をへし折ろうとする中。

 俺はじっとダクネスを見つめながら……。

 

 ……せ?

 

 セッ…………!?

 

「ああっ! カ、カズマ!? これはドレインタッチか! 邪魔をするな!」

「バニル様、続きを! こいつは俺が押さえておきますから、続きをどうぞ!」

 

 俺がダクネスにドレインタッチを使い押さえこもうとするも、ステータスの高いダクネスは大暴れして。

 

「お前って奴は! お前って奴は! ああもう、この手を離せ! お前が考えているような事ではない! 接吻だ! ただキスの練習を……!? ……ッ!!」

 

 余計な事を口走り、赤くなった顔を膝に埋める。

 

「うむ! その羞恥の悪感情、美味である美味である! 悪感情の礼に、ぬいぐるみの行方を見通してやろうと思ったのだが……。これはどうした事か。ぬいぐるみがなくなる前後は、いつもより発光女の光が眩しく、見通す事が出来んな」

「なんだと! 肝心なところが分からないではないか!」

「まあ待て。落ち着け。つまりぬいぐるみがなくなった原因は、そこのひよこよりも記憶力のない鳥頭女にあるのではないか」

 

 バニルの言葉に、その場の全員の視線がアクアに集まる。

 

「おいアクア? どういう事だ?」

「何言ってんの? ダクネスが大事にしているぬいぐるみを、私がどうこうするわけないじゃない。ダクネスは仲間である私よりも、そこの台所の悪魔よりも汚らわしい変てこ仮面を信じるの?」

「私だってお前を信じたい。信じたいが……」

 

 抗議するアクアに、ダクネスが困ったような表情になる中。

 めぐみんがポツリと。

 

「そういえばアクアの部屋は、カビの生えたパンが出てきたせいで、捜索を途中で切り上げていましたね。屋敷できちんと探していないのは、もうあそこだけではないですか」

 

 そんなめぐみんの言葉に、アクアが少し考え、何かに気づいたようなハッとした表情を浮かべた。

 

「おい」

「ち、違うの!」

 

 

 

 ――カモネギのぬいぐるみはアクアの部屋から発見された。

 

「聞いて! ねえ聞いてダクネス! 悪気はなかったのよ。本当よ? こないだダクネスがいない夜に、たまには気分を変えようと思ってダクネスの部屋でお酒を飲んでいたら、ぬいぐるみを少しだけ汚しちゃって……。これってダクネスが大事にしているぬいぐるみだしバレたら怒られると思って、こっそり綺麗にして返そうと思っていたのを、すっかり忘れていただけなの! だからお酒を売らないように圧力を掛けるのは本当にやめてほしいんですけど!」

 

 折檻を恐れ言い訳を並べ立てていたアクアが、大切そうにぬいぐるみを抱きしめ涙ぐむダクネスを見て、速やかに土下座に移行した。 

 

 

 *****

 

 

 ――ぬいぐるみ探しからしばらく経った、ある日の事。

 俺が屋敷の広間で寛いでると、ダクネスが。

 

「お兄ちゃ……!? …………ッ!? ち、違う! 今のは違うぞ!」

 

 俺に声を掛けようとしたダクネスが、お兄ちゃんと言いそうになって慌てて訂正する。

 

「すまないなダクネス。俺の溢れんばかりのお兄ちゃん力にお前もやられちまったんだろうが、俺にはもうアイリスっていう妹がいるし、最近はこめっこやシルフィーナもいるから、妹は間に合っているんだ」

 

 労わるようにダクネスの肩に置いた俺の手を、ダクネスが勢いよく振り払い。

 

「バカな事を言うな! 今のはただの言い間違いだ! ……その、幼い頃にお前によく似た冒険者に遊んでもらったような記憶があってな。勝負事になると、子供相手だというのに本気になって、卑怯な手を使ってでも勝とうとする奴だった。私は母が亡くなってから甘やかされて育ったから、あんな風に本気で競い合うのは初めてだったんだ。……変だな? 思い返せば思い返すほど、お前によく似ている気がする。まあ、私が屋敷の外に出られたはずはないから、夢か何かを本当にあった事だと思いこんでいるだけなんだろうが……」

 

 懐かしそうな、少しだけ寂しそうな表情で、ダクネスがそんな事を……。

 …………。

 

「お前、とうとう昔会った少女属性にまで手を付けようってか。言っとくが俺は、実は幼い頃に少しだけ顔を合わせていたみたいな、後付けの設定は許さないからな。そういうのは最初の方で伏線を仕込んでおくべきだと思う」

「お前が何を言っているのかは分からないが、私の思い出をバカにするな」

 

 それ、最近出来た思い出ですけどね。

 

 何かを思いだそうと遠い目をしているダクネスが、幸せそうに微笑んでいたので、ネタバラしはしないでおいた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。