時系列は、11巻3章。
――俺が記憶消去のポーションを使われ、城を追いだされた翌日。
めぐみんの妹、こめっことしばらく同居する事になった俺達は、こめっこが使う小物の買いだしに街へと出かけ、一通りを買い揃えて帰宅した。
「よし、じゃあ夕飯の準備をするか!」
台所にて。
俺が張りきって宣言すると、めぐみんが多めに買いこんだ食材をしまいながら。
「今日の夕飯当番はカズマですが、妹が来ていますし、私が代わってもいいですよ」
「お構いなく。俺だって妹を甘やかしたいから、夕飯当番は任せておけ。美味しい物をたくさん食べさせてやるって約束したしな」
「そうですか? でもまあ、こめっこの相手はアクアとダクネスがしてくれていますし、手伝いくらいはしますよ。こめっこの歓迎会のために、いつもよりちょっと豪勢なものを作ってくれるつもりなのでしょう?」
「それなら、野菜にとどめを刺しておいてくれるか? なぜか俺がやると、いつも生き残った奴に反撃されるんだよ」
「料理スキルまで持っているのに、いまだに野菜の処理が苦手なのですか?」
仕方なさそうにクスクス笑いながら、めぐみんが今日使う野菜にとどめを刺していく。
「俺のいたところでは野菜にとどめを刺す必要はなかったんだよ」
仕方ないのは俺じゃなくてこの世界だと思う。
と、手際よく野菜にとどめを刺していためぐみんが手を止め、不思議そうに首を傾げた。
「ところで、この大きなカボチャは何に使うんですか?」
めぐみんの視線の先には、でかいカボチャが転がっている。
先ほど、こめっこが使う小物の買いだしに行った時、帰り道に店先で売っていたでかいカボチャを、こめっこがキラキラした目で見つめていたので買ってきたのだ。
皮が黄色っぽいので、俺としてはあんまりカボチャという感じがしないが……。
これを見ていると、日本でもやっていたとあるイベントを連想する。
「……そろそろハロウィンの時期だからな」
俺の言葉に、めぐみんが不思議そうに首を傾げた。
――夕飯を食べ終えた後。
「というわけで、これを着けてくれ」
「嫌です」
俺が差しだした猫耳付きヘアバンドを、めぐみんはぺいっと放りだす。
「ああっ! おい、乱暴に扱うなよ! こんな事もあろうかと苦労して作っておいたやつなんだぞ! 猫耳部分の質感と角度が大変だったんだからな!」
「そんなバカな苦労話は聞きたくありませんよ! どうして私がそんなもん着けないといけないんですか? 意味が分かりませんよ」
「だから、ハロウィンの仮装だって言ってるだろ。ハロウィンってのは、俺が元いたところでやってたお祭りみたいなもんで、子供が仮装して、近所の家を回ってお菓子を貰ったり、いたずらしたりするんだよ。トリック・オア・トリート! お菓子をくれないといたずらするぞ、ってな」
でかいカボチャとこめっこを見ていたら、そういえば日本で言うとそろそろハロウィンの時期なんだなと思いついたのだ。
俺にはまったく縁がなかったが、渋谷だとかの繁華街で仮装パレードをやっていたり、外国では子供達が近所の家々を回ってお菓子を貰ったりするというのを、テレビで見た覚えがある。
大まかに説明すると、めぐみんは呆れた表情を浮かべ。
「バレンタインといい、カズマがいたところでは変てこなイベントばかりやるのですね」
「四年に一回魔王の城に攻撃魔法を撃ちまくる紅魔族に言われたくない」
俺のツッコミにめぐみんが視線を逸らす。
「それに、お前以外は皆やる気満々なんだぞ。ほら、こめっこのキラキラした目を見ろよ。お前はあの目を裏切れるのか?」
「トリック・オア・トリート!」
魔法使いの仮装をしたこめっこが、俺が教えた言葉を叫んでいる。
そんなこめっこが着ているのは、いつもめぐみんが冒険に出る時の服装。
小柄なめぐみんの服とはいえ、こめっこが着るにはサイズが合わないので、丈を上げたり腰を絞ったりしている。
「こめっこ様、お茶が入りましたよー!」
「ありがとうございます」
アクアはメイド服を着て、楽しそうにこめっこの世話をしていた。
アクアが淹れたお茶……ではなくお湯を、こめっこが気にせず飲んでいる。
「おいやめろ。見ていて悲しい気持ちになってくるから、こめっこにお湯を飲ませるのは本当にやめろよ」
「これでいいです」
どうしよう、文句も言わずお湯を飲んでいるこめっこを見ていると、目から塩水が……。
「ち、違うわよ! これはちょっとうっかりしただけで……。ま、待っててこめっこちゃん! すぐに新しいお茶を淹れ直してくるわ!」
俺と同じく半泣きのアクアが、慌ててお茶を淹れ直しに台所へ行く。
と、アクアとこめっこの様子を少し羨ましそうに見ていたダクネスが。
「そ、それで、私はなんの格好をすればいいんだ?」
仕方なく付き合ってやるという雰囲気を醸し出そうとしているが、こういったイベントをあまり経験した事のないダクネスはソワソワした様子で……。
…………。
「もう仮装のネタもないし、用意もしてないからダクネスはそのままでいいんじゃないかな」
「!?」
というか、猫耳を着けるだけのめぐみんも、仮装というには微妙なところだ。
こういった衣装は事前に用意しておくものだろうし、今回はいきなりハロウィンをやろうなどと言いだしたのだから仕方ない。
「だったらこの猫耳とかいうのはダクネスが着けたらいいと思います。私はこのままで構いませんよ」
「ええっ。わ、私が望んでいるのはそういった辱めでは……。し、しかし皆が仮装しているのに私だけ普通の格好というのも……、……ううっ」
俺は、モジモジしながら面倒くさい事を言いだしたダクネスに。
「そういや、お前はいつだかサキュバスの仮装をしたって話を聞いた事があるな。今から例の喫茶店に行って、その時の衣装を……」
「私はこのままで構わない。その猫耳とやらはめぐみんが着けるといい」
ダクネスにあっさり断られためぐみんが、助けを求めるように視線をさまよわせ、最後に俺を見て。
「カズマはどうするんですか? カズマがその猫耳とやらを着ければいいと思います」
「おいやめろ、バカな事を言うのはやめろよ。それを俺が着けるなんてとんでもない。あと、アクアとダクネスはあんまり似合いそうにないし……。そうだなあ、この中ではめぐみんか、もしくはこめっこくらいだと思う」
ちなみに俺は包帯を巻いてミイラ男になる予定だ。
包帯なら冒険者セットの中に入っている。
「……私が着けます。妹に着けさせるくらいなら私が着けます」
俺の何気ない言葉に、めぐみんが決然とした表情を浮かべる。
……こめっこなら恥ずかしがらずに猫耳を着けそうな気もするのだが。
めぐみんが嫌そうに猫耳付きヘアバンドを頭に着け。
「ど、どうですか。似合いますか……?」
猫耳をいじりながら、首を傾げてそんな事を……。
…………。
「カ、カズマ? あまりその、ジロジロ見るのはやめてほしいのですが」
いつもは恥ずかしげもなく眼帯を付けたり、変てこなポーズをとって名乗りを上げたりしているくせに、猫耳を着けためぐみんが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ちょっとよく分からないから『にゃあ』って言ってみてくれるか」
「顔が真顔ですよ! なんですか、こんな変てこなカチューシャを着けただけで、どうしてそんなにテンションが変わるんですか?」
「めぐみんにはまだ分からないのかもしれないが、猫耳にはロマンが溢れているんだよ」
「そんなもん分かりたくもないですよ」
俺達が大事な話をする中、こめっこがメモ帳に何事か書きつけながら。
「……姉ちゃんのおとこが姉ちゃんをめすねこにしていた」
「こめっこ! 誤解を招くような事を母に報告するのはやめてください!」
メモ帳に書きこむこめっこを、めぐみんが必死に止めていた。
「なあ、これってミイラ男の仮装っていうか、ただの大怪我した人じゃないか?」
全身に包帯を巻いてミイラ男になると言ったら、包帯がもったいないからと止められ、顔にだけ巻く事にしたのだが……。
顔全体に包帯を巻くと前が見えないし、口まで覆うと喋りにくいので、頭にだけ包帯を巻いている。
なんだろう、すごくコレジャナイ感じがする。
そんな俺に、猫耳を着けためぐみんと普段の服装のダクネスが、揃って微妙そうな表情を浮かべ。
「わけの分からない物を頭に着けさせられるよりはいいと思います」
「……なあ、その格好でいいのなら、私も同じ格好をするわけには行かないのか?」
口々にそんな事を言う。
そんな中、こめっこのために淹れ直してきたはずが、なぜか自分でお茶を飲んでいるアクアが。
「昼間寝ていて夜になると起きてくるカズマさんは、アンデッドみたいなところがあるし、どちらかと言うとゾンビだと思うの。心配しなくても、とっても似合ってるわよ」
「ぶっ飛ばすぞ」
*****
「よし、それじゃあ街に出て、お菓子を貰ったりいたずらしたりするか!」
俺は屋敷から出ると宣言する。
「おー!」
そんな俺の言葉に、元気よく返事をしたのはこめっこだけで。
「こ、この格好で外を出歩くのですか? なんだか私だけすごく恥ずかしい格好をしている気がするのですが……」
「ハロウィンというのはカズマの元いたところのイベントなのだろう? 何も知らない市民達に迷惑を掛けるのはやめろ。いきなり菓子かいたずらかと言って迫るのは、強盗と変わらないぞ」
恥ずかしそうに猫耳をいじるめぐみんと、いつもの格好で少しションボリしているダクネスがそんな事を言う。
「さすがに誰彼構わず菓子を奪おうとするわけないだろ。それに、この街の連中はキワモノばかりだし、少しくらいおかしなイベントに巻きこんでも大丈夫だと思う」
と、メイドらしくしているつもりなのか、こめっこにまとわりついているアクアが。
「それじゃあ、ウィズの店に行きましょうか! カズマさんがハロウィンをやるって言いだしたから、ウィズには話を通してあるわ」
…………。
「いや、お前は何をやってんの? お前が張りきってる時って、大概厄介な事になるだろ。余計な事をするのはやめろよ。今度は何をやらかしたんだ?」
「人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。ハロウィンを盛りあげるために、ウィズに頼み事をしただけよ。カズマさんは知ってるかしら? ハロウィンっていうのは、元々日本で言うところのお盆みたいなイベントなのよ。この時期になるとご先祖様の幽霊が地上に戻ってくるんだけど、一緒にやってくる悪霊にいたずらされないように仮装をするの」
「……それで?」
「だから、より本格的にハロウィンっぽくするために、ウィズに頼んでゴーストを呼んでおいてもらったわ。ほら、こめっこちゃん。あの辺を飛んでるのもゴーストよ」
アクアが指さす先を白っぽく、ふわふわした何かが飛んでいく。
あれが、ウィズが呼びだしたというゴーストだろう。
ゴーストを見たこめっこが嬉しそうに目を輝かせているが……。
いや、こいつは本当に何をやってんの?
「お前、一応元なんたらのくせに、ウィズにゴーストなんか呼ばせていいのかよ?」
「一応でも元でもなくて、今でもれっきとした女神なんですけど! まあ、安心なさいな。賢い私はちゃんと考えているわ。家に帰る前に、ウィズが呼んだゴーストを私が天に送ってあげるの。こめっこちゃんは楽しいハロウィンを過ごせるし、さまようゴーストは天に還る、一石二鳥の作戦なんだから!」
イベントのためにリッチーにゴーストを呼んでもらうとか、こいつはゴーストをなんだと思っているんだろうか。
俺がアクアに白い目を向けていると……。
「トリック・オア・トリート!」
こめっこが近くを飛んでいたゴーストに大声で叫んでいる。
「こめっこ、それはゴーストですからお菓子なんか持っていませんよ」
「…………」
そんなこめっこを、めぐみんが苦笑しながらたしなめる。
お菓子を貰えないと分かったこめっこは、無言でゴーストを追いかけまわし、ゴーストが逃げ惑うもあっさり捕まって。
「……味がしない」
「こめっこ! 白くてふわふわしているからと言って、それは食べ物ではありませんよ!」
躊躇なくゴーストをかじるこめっこに、その場にいた全員が戦慄する。
「こ、こめっこ。死者の魂をあまり粗末に扱うものではない。それに、そんなものを食べると腹を壊すぞ」
「ねえカズマさん。私、確かにこめっこちゃんが楽しんでくれるようにってゴーストを呼んでもらったんだけど、こんな楽しみ方は想定外なんですけど」
噛み痕を付けられ、こめっこの腕の中で諦めたようにぐったりするゴーストを、アクアが祓う中。
「と、とりあえず、ウィズに話を通してあるって言うなら、ウィズの店にでも行ってみるか」
怪我人とメイドと猫耳と魔法使い、そしてこの街では有名なララティーナまでいる一行が目立たないはずもなく、俺達は道行く人達に驚かれたり、遠巻きに見守られたりしながら、通りを歩いていた。
そんな時。
「あれ? お客さん……と、アクア様。そ、それに皆さん。……ええと、その格好はどうしたんですか? あっ、お客さん、怪我してるじゃないですか!」
声を掛けてきたのは、夜でもやってる喫茶店のロリサキュバス。
……普通の町娘の格好をしていたので、一瞬誰だか分からなかった。
「ああ、いや、これはだな」
と、説明しようとした俺の隣でこめっこが。
「トリック・オア・トリート!」
「えっ」
いきなりの大声に、ロリサキュバスがオロオロしている。
「こめっこ! それは事情を知らない人に言っても伝わりませんよ!」
たしなめるめぐみんを気にせず、こめっこはさらにロリサキュバスに。
「お菓子が欲しいしいたずらもしたい」
「どこの無法者ですか! ……ええと、カズマがよく行く喫茶店の店員さんですよね? 妹がすいません。今、カズマが元いたところでやっていたというイベントをやっていまして」
めぐみんがハロウィンについて説明する中、ロリサキュバスはこめっこをガン見していて。
「……というわけで、もし良ければお菓子をいただけませんか? いえ、本当に良ければでいいので」
「あげます。なんでもあげます。あっ、でも今はこの飴玉くらいしか手持ちがなくて……」
ロリサキュバスが飴玉を取りだしこめっこに手渡すと。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
こめっこがパアーッと輝くような笑顔を浮かべお礼を言う。
そんなこめっこをチラチラ見ながら、ロリサキュバスは俺の方へと寄ってきて。
「どどど、どうしましょうお客さん! あの子を見ていると、なんだか放っておけなくて、なんでもしてあげたくなってきますよ! 私、サキュバスなのに! 男の人になんでもしてあげたくさせるはずの、サキュバスなのに……!」
「そ、そんな事言われても。まあ、妹を放っておけないのは当たり前の事だし、気にする事でもないんじゃないか?」
「そういうものですかね……?」
俺とロリサキュバスがこそこそと話をする中、めぐみんが食ってかかってくる。
「ちょっと待ってくださいよ。こめっこは私の妹であって、あなた達の妹ではないですよ!」
「アイリスと引き離された今の俺は、そんな細かい事は気にしないよ。実の姉だからって妹を独占するのはどうかと思う」
「ちょっと何を言ってるのか分かりません。……その、どうしても年下を甘やかしたいのであれば、たまには私を甘やかしてくれても……」
「おい、いい加減にしろよ。お前は妹キャラじゃなくてロリキャラだって、何回言ったら分かるんだ?」
「そっちこそいい加減にロリキャラ扱いはやめてもらおうか!」
俺達がバカな事を言い合っていると、退屈したらしいこめっこがアクアの手を引いて俺達から離れていき……。
「トリック・オア・トリート!」
「え、ええっ? 急にどうしたんだいお嬢ちゃん」
通りすがりの人にお菓子かいたずらかと問いかけていた。
「ねえあなた。お菓子を持っていたらこめっこお嬢様にちょうだいな。持っていなかったらいたずらね!」
「なんだ、アクアさんか。またおかしな事を始めたんですか? そういえば、ゴーストがあちこちを飛んでいるんですが……」
隣にいるアクアの姿を見て、いろいろと察したらしく、通りすがりの人が苦笑する中。
妹の暴挙に、めぐみんが慌てて。
「こめっこ! 知らない人にいきなり言っても伝わらないと言っているでしょう! アクアも一緒になってバカな事を言っていないで、こめっこを止めてください!」
「お菓子が欲しいしいたずらもしたい」
「その説明も間違ってますよ!」
「あらっ? あなたお酒を持ってるじゃない。お菓子がないならお酒をちょうだい」
「おいアクア! それはただの恐喝だ!」
バカな事を言いだしたアクアを止めようとダクネスも慌てる中、俺はこれから仕事に向かうというロリサキュバスを見送った。
――その後もこめっこが道行く人にお菓子を貰ったり、アクアが道行くゴーストを祓ったりしながら、俺達はウィズの店へとやってきた。
「へいらっしゃい! 普段はぐうたらしているくせにたまにおかしなイベントを企画する脳みそお祭り男と、イベントに浮かれてゴーストを呼びだした女神らしさの欠片もない自称女神、猫耳をチラチラ見られて実は満更でもないネタ種族に、周りが仮装しているのにひとりだけ普段着でますます地味な筋肉娘! それに、男を篭絡するはずのサキュバスを篭絡するロリっ子よ!」
夜だというのに店先を掃除していたバニルに挨拶され、
「ゴーストはちゃんと祓うし、あんたに文句を言われる筋合いはないんですけど!」
「べべべ、別に満更でもなくありませんよ! こんなもん恥ずかしいだけに決まっているでしょう!」
二人がバニルに文句を言う中、ダクネスが何かを決意したような表情で。
「……なあバニル。ここではお前が着けているような仮面を販売していたな? 私にもそれを売ってもらえないか」
「毎度! 量産型バニル仮面は完売御礼につき、今は我輩が丹精込めて作った割高な仮面しかないが、それで良いか?」
「わ、分かった。それで構わない」
……ひとりだけ普段着な事を気にしていたダクネスが、バニルに足元を見られ割高な仮面を買わされている。
そして、
「トリック・オア・トリート!」
すっかりその言葉が気に入ったらしく、バニル相手にも物怖じせず告げるこめっこ。
「フハハハハハ! この地獄の公爵バニル様にいたずらをすると? なかなか面白い事を言うではないか、将来が楽しみなロリっ子よ! だがまあ、今は菓子を持っているので、これでも持っていくと良い」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
ダクネスに割高な仮面を売りつけた事といい、俺達が来る事を見通していたらしいバニルがお菓子の箱を取りだし、こめっこは受け取ったお菓子の箱を高々と掲げて何度も頭を下げる。
「うむ。この店のポンコツ店主が一週間は食べていける金を費やした高級菓子である。欠食店主が腹を空かせているので、店の中でこれ見よがしに食っていくが吉」
や、やめてやれよ……。
しかしゴーストを呼ばせた事もあるので、ウィズに挨拶をしないわけにも行かない。
店内に入ると、カウンターの向こうからウィズが笑顔で俺達を出迎えた。
「いらっしゃいませ! そちらがこめっこさんですか? 魔法使いの格好がとても可愛らしいですね! ……、…………」
こめっこの仮装を褒めるウィズが、こめっこの手の中にある高級菓子を見て一瞬黙るが。
「アクア様、私が呼んだゴーストはどうでしたか?」
すぐに気を取り直してアクアに訊く。
「ばっちりよ! こめっこちゃんも喜んでいたわ」
「それは良かったです。アクア様の手で送っていただけたら、ゴースト達もきっと喜びます」
どちらが女神か分からない会話が交わされる中。
こめっこがカウンターに手を掛け、背伸びをしながら。
「トリック・オア・トリート!」
「ええっと、ハロウィンというものですね? 一応私も用意しておいたんですよ。こめっこさんに気に入っていただけるかは分かりませんが……」
そう言いながらウィズが取り出したのは……。
「……何コレ」
「ティッシュです」
「いや、それは見れば分かるけど。……もう一度訊くけど何コレ」
「砂糖水を吸わせたティッシュです。口に含んでいると、ほんのり甘くて空腹が紛れます」
皿に載せられたティッシュをこめっこに差しだし、どうしようもない事を真顔で説明するウィズ。
そんなウィズに同情したこめっこが、お菓子の箱をカウンターに乗せる。
「どうぞ」
「!? い、いえそんな! ハロウィンというのは子供のためのイベントだと聞いています。私がお菓子を貰うわけには……!」
「……美味しいよ」
ハロウィンでなくても子供のお菓子を貰うというのはどうかと思うが、ウィズはこめっこが差しだしたお菓子の箱を泣きそうな顔で見つめていて。
こめっこが箱の蓋を開け、中から取りだしたお菓子を、精いっぱい背伸びしてウィズに差しだす。
「す、すいません。それではひとつだけ……」
空腹に負けたウィズが、こめっこが差しだしたお菓子を、餌付けされる小鳥のように口で受け取り……。
「…………」
直後に我に返ったらしく、真っ赤になった顔を両手で覆いながらカウンターの向こうに沈んでいった。
その一部始終をニヤニヤしながら見ていたバニルが。
「うむ、空腹に負けて大人げなくも子供に菓子を譲ってもらい我に返る……。その羞恥の悪感情、美味である美味である」
ウィズの羞恥の悪感情を味わうために、わざわざ高級菓子を用意してこめっこを待っていたらしい。
こいつ、ロクでもないな。
――そんな中、ダクネスは。
「どうだろう? 似合っているだろうか? ……な、なんだ? なぜだか分からないが、この仮面を着けていると調子が良いな。今ならめぐみんの爆裂魔法にも耐えられそうだ!」
バニルから買った仮面を着けて絶好調になっていた。
「ねえダクネス。いくら仮装って言っても、その仮面はどうかと思うの。それってあの変てこ悪魔とお揃いのやつでしょう? そんなの着けて喜んでるなんて、ダクネスったらえんがちょね」
「……あの。私もそれは、結構ピンチになったあの時を思いだすのでやめてほしいのですが」
いつもならションボリしそうな二人からの全否定に、絶好調のダクネスは高笑いしながら。
「ふはは! どうした、その程度か! もっと私を責めてみせろ! カズマならばもっと心を抉るような言葉を投げつけてくるところだ! さあ、どんと来い!」
あっちはあっちで面倒くさい事になる中、カウンターを回りこんだこめっこに頭を撫でて慰められ、蹲ったウィズがますます羞恥の悪感情を発散していた。
*****
――サボろうとするアクアを叱りつけて、きっちりゴーストを祓わせ。
屋敷に戻ってきた俺達は、広間でまったりしていた。
めぐみんとダクネスに挟まれソファーに座るこめっこが、アクアが淹れたお茶を飲みながら、貰ってきた菓子を嬉しそうに食べている。
そんな中、玄関のドアがノックされた。
俺が玄関のドアを開けると、立っていたのは貴族っぽいドレスを着た、金髪の女の子。
……?
なんだろう? 見覚えはないのだが、なんとなく親しみを感じるような……。
こんな事を言うと、またロリマさんだなんだと言われるだろうから口には出さないが。
「えっと、うちに何か用か?」
俺がそう訊くと、女の子は笑顔を浮かべ。
「トリック・オア・トリート!」
この世界では知られていないだろう言葉を口にした。
……近所に住んでいる子供だろうか?
ハロウィンの事は、この屋敷の住人とこめっこ、それにウィズとバニルにしか伝えていないはずだが、別に秘密にしているわけではないので誰かが話したのかもしれない。
「おーい、なんか子供が来たんだが。お菓子って残ってないか?」
俺がソファーで寛ぐ三人に訊くと。
「あるわけないじゃない。貰ってきたお菓子はこめっこちゃんが食べちゃったわよ」
そんなアクアの言葉に、お菓子を頬張っていたこめっこが動きを止める。
口の中にお菓子を詰めこんだまま、自分は何か悪い事をしたのかと無言で問いかけてくるこめっこに、俺は。
「い、いや! こめっこは何も悪くない! だからそれは安心して食っててくれ! ……というわけで、せっかく来てくれたのにすまん。お菓子はもう残ってないよ」
俺が謝ると、女の子はクスリと微笑み。
「それじゃあ、いたずらですね」
その場で背伸びをすると、俺の頬に唇を押しつけて……!
「カ、カズマ!? なんですか今のは! その子は誰ですか!」
「ちょ、ちょっと待て! そんな幼気な少女にまで手を出すとは! お前という奴はどこまでも予想外な……!」
俺だって予想外の事に驚いていると、女の子にキスされるところを見ていたらしく、めぐみんとダクネスが詰め寄ってくる。
そ、そんな事言われても……!
「ちちち、ちがー! 今のは違うだろ! この子もいたずらだって……! あ、あれ? あの女の子はどこ行ったんだ?」
いつの間にか女の子の姿が消えていて、詰め寄ってきた二人とともに首を傾げる。
と、口の中に詰めこんでいたお菓子を飲みこんだこめっこが。
「姉ちゃんの男が寝取られた!」
「こめっこ! どこでそんな言葉を覚えてきたんですか! ぶっころりーですか! というか、これは寝取られではありませんよ……!」
「そうだぞ。俺は別に誰のものでもないから、取ったり取られたりする事はない。可愛い女の子にいたずらでキスされたところで、文句を言われる筋合いはないはずだ」
「……幼い女の子にそういう事をしたりされたりするのは倫理的に問題があると思うのだが」
めぐみんが妹の教育方針に悩み、ダクネスが俺にツッコミを入れる中。
――いつも、楽しいお話をありがとう……
「……?」
姿は見えないのに、どこからかあの女の子の声が聞こえたような気がした。