時系列は、1巻と2巻の間。
――冒険者ギルドにて。
クエストを達成し戻ってきた俺は、いつものお姉さんが担当している受付に並び。
「サトウカズマさんのパーティーですね。……ええと、はい、確かに依頼は達成されていますね。それで、今回は何をやらかしたんですか?」
「俺達が毎回何かやらかす前提で質問するのはやめてほしいんですが」
「し、失礼しました。それでは、クエスト報酬を……」
「森を吹っ飛ばしました」
「えっ」
ポツリと呟いた俺の言葉に、報酬を用意しようとしていたお姉さんが動きを止める。
「モンスターの群れが森に逃げこもうとして、めぐみんが咄嗟に杖の先を変えたところ、照準が狂ったとかで、森に爆裂魔法が直撃しまして」
「……あの、この依頼は森の伐採計画を進めるに当たって、周辺のモンスターを退治してほしいというものだったのですが。木材となる木々がなくなっているとなると、その……」
「そ、それは分かってますけど。でも依頼通りモンスターは倒したんだし、いくらなんでも報酬なしって事はないですよね?」
「まあ、そうですね。それはさすがにないですが……、依頼者の目的である森に被害を及ぼしたとなると、報償金が発生するでしょうね」
「それって、こんな感じですか?」
「いえ、こんな感じですね」
「…………」
「……それと、申しあげにくいのですが、サトウさんのパーティーには借金の支払いもありまして」
「…………」
魔王軍の幹部、ベルディアとの戦いで街に被害を及ぼした俺達は、その報償金をクエスト報酬から天引きする形で支払っている。
冒険者はその日暮らしの荒くれ者。
金を渡しても無駄遣いするだけだからと、クエスト報酬から天引きする形で借金を返済するのは理に適っている。
ベルディア討伐の功績を評価されたためか、返済額も良心的だ。
しかし俺達の場合、依頼を達成しても大概報償金が発生するわけで……。
めぐみんの爆裂魔法で一撃とはいえ、命を危険に晒してモンスターの群れを討伐し、手元に残るのは雀の涙。
……いっそクエストなんか行かない方が良いのでは?
俺は少額のクエスト報酬を受け取ると、フラフラと受付を離れギルドの酒場へ行く。
次から次へと料理を食べているめぐみんの隣の席に腰を下ろして。
「もう冒険者なんか辞めたい」
「何を言っているんですか? 今日だって私の活躍でモンスターの群れを華麗に退治したではないですか! この私の活躍で! どうでしょう、ベルディア討伐の際にアンデッドナイトの群れを吹っ飛ばしたからか、最近はますます我が爆裂魔法に磨きが掛かってきたと思いませんか?」
「ちなみに爆裂魔法以外の魔法を覚える気は……」
「ないです」
俺の言葉に、口いっぱいに料理を頬張ったまま即答するめぐみん。
ですよね。
だが、めぐみんの爆裂魔法がモンスター以外にもいろいろと被害を出すせいで、毎回毎回、借金返済のために天引きされるクエスト報酬から、さらに報償金までも引かれていく。
このままでは冬越しの貯金もままならない。
「なあめぐみん。お前が爆裂魔法に拘ってるのは知ってるよ。爆裂魔法が好きで、爆裂魔法以外は覚えたくなくて、爆裂魔法以外は使いたくもないんだろ? でもほら、そういうのって、ただの食わず嫌いみたいなものじゃないか? 実際に使ってみたら、意外と悪くないかもしれないだろ? とりあえず、初級魔法を取ってみるってのはどうだ? スキルポイントをたった一ポイント消費するだけで取れるんだから、もし駄目でも損失は大きくないだろ? 初級魔法はいろいろと便利だし、めぐみんは俺より魔力が高いから、クリエイト・ウォーターなんか攻撃魔法として使えるかもしれないぞ」
「嫌です。カズマは勘違いをしています。私は爆裂魔法が好きなのではありません。爆裂魔法を愛しているんです。爆裂魔法しか愛せないんです。爆裂魔法以外に、覚える価値のあるスキルなんてありません。ええ、ありませんとも! カズマはたった一ポイントのスキルポイントと言いますが、アークウィザードはレベルが上がりにくいですから、そのたった一ポイントでも貴重なのですよ。そんな貴重なスキルポイントを、初級魔法なんかのために費やすつもりはありません。それに、ウチのパーティーにはカズマがいるではないですか。カズマはそこらの魔法使いよりも初級魔法を上手く使えるのですから、今さら私が初級魔法を取る必要はありませんよ。カズマの咄嗟の機転に、初級魔法の即効性、汎用性があれば、ほとんどのモンスターには対応できるでしょう? しかも、冒険者のカズマは魔法だけでなく、盗賊のスキルも使えるではないですか。敵感知のおかげで奇襲を受ける事は滅多にありませんし、潜伏を使えばむしろこちらから奇襲する機会もあるくらいです。ダクネスともたまに話すのですが、カズマは本当に頼りになりますよね。思えば、私達が魔王軍の幹部を撃退するなんて快挙を成し遂げたのも、カズマの指揮があってこその事でした。これからも頼りにさせてくださいね」
「お、おう……。まあ、そこまで言われるほどの事もあるけどな?」
「すいません、こっちにクリムゾンビアーをひとつください! いつも私達のために頑張っているカズマのために、私からの奢りです」
「そ、そうか。いや、わざわざ悪いな……」
運ばれてきたクリムゾンビアーに口をつけて。
……ふぅむ。最近飲むようになったが、酒の味はよく分からな…………。
違う、そうじゃない。
めぐみんに爆裂魔法以外の魔法を覚えさせようって話だ。
慌ててジョッキを置き隣の席を見ると、めぐみんの姿はすでにない。
畜生、丸めこまれた!
紅魔族は知能が高いというのは本当らしいが、普段は爆裂魔法を撃つ事しか考えていないくせに、どうしてこんな時ばかり知能の高さを発揮するのか。
頼りになると言われて喜んでいた俺がバカみたいじゃないか。
と、めぐみんに丸めこまれた俺がちびちび酒を飲んでいると、めぐみんがさっきまで座っていた隣の席にダクネスが座り。
「めぐみんには逃げられたみたいだな。まあ、めぐみんは爆裂魔法が撃てれば、報酬は要らないと言うほど爆裂魔法が好きなのだ。今さら他の魔法を覚えろと言っても、頷くはずがないだろう」
苦笑しながら、そんな事を……。
…………。
「いや、何を他人事みたいに言ってんの? お前も人の事言えないだろ? モンスターを倒せてしまったらつまらないとかバカな事言ってないで、大剣スキルでも取ってくれよ」
「断る」
「ていうか、モンスターを倒せてしまったらつまらないって、なんなの? バカにしてんのか? 盾役として仲間を守るのがクルセイダーの使命とか日頃から言ってるけど、お前が倒し損ねたモンスターが後衛に襲いかかったりしたら、お前は責任を取れるのか?」
「ううっ……、そ、その程度の言葉責めでは、私は……! …………んっ……! カ、カズマ、他には? 他に私に言いたい事はないのか?」
「いい加減にしろよド変態」
「…………ッ! ……ハアハア……! お前という奴は、いちいち私のツボを的確に……!」
…………。
コイツもなあ……。
「なあ、真面目な話、モンスターの群れを見つけるたびに突っこんでいくのはやめろよ? めぐみんが爆裂魔法を撃てなくて困るんだよ」
「し、しかし、めぐみんが爆裂魔法を撃ったら、モンスター達は全滅してしまうだろう? それでは、私はいつ殴られればいいんだ?」
「殴られたがってんじゃねーよ。楽してモンスターの群れを討伐できるんだから、それで良いじゃないか。わざわざ痛い目に遭いたがる事はないだろ。潜伏スキルで忍び寄って、爆裂魔法で一撃で終わりなのに、お前が勝手にモンスターの群れに突っこんでいくから、毎回おかしな事になるんだぞ? 盾役として役に立っていないどころか、ここんとこ余計な事しかしてないからな? 爆裂魔法のせいで報償金を払うのがヤバいから、とりあえずめぐみんの説得を優先するが、お前だって厄介なんだって自覚しろよ?」
「…………そ、そうか。そこまで私に不満が溜まっているというのなら、私にお、お仕置きをしても良いのだぞ? 私はどんな熾烈な責めを受けようと、耐えきってみせよう……! ……んくうっ……!」
「……想像して興奮したのか」
「し、してない」
「いや、してただろ。そこまで言うなら、気は進まないけどお仕置きしてやるよ。だからモンスターに突っこんでいくのだけはやめてください」
「……? 何を言っているんだ? モンスターに突っこんでいくのをやめてしまったら、お前にお仕置きされる理由がなくなるではないか」
…………?
「ちょっと何を言っているのか分からんのだが。お仕置きをしてやるって言ってるだろ? だからモンスターに突っこんでいくのはやめろよ」
「お前こそ何を言っているんだ? 私はどんな責めでも受けてみせるが、不当な責めを受けるつもりはないぞ。お仕置きを受けるのは、私がお仕置きをされるだけの失態を犯した時だけだ。私が戦闘中に我を忘れてモンスターに突っこんでいってしまい、お前達に迷惑を掛けた時こそ、存分に私にお仕置きをするといい」
コイツ、面倒くせぇ!
「もうやだこのパーティー……」
酒が入ったせいか、俺がうじうじしていると。
ダクネスとは反対側の隣の席から、誰かが俺の肩を叩く。
そちらを見ると、テーブルの上に大量の空のジョッキを並べ、口の周りをクリムゾンビアーの泡だらけにしたアクアが。
「何を暗い顔してんのよ! 今日はクエストを達成したんだし、少しくらい嫌な事があっても美味しくお酒を飲んで忘れちゃいなさいな! ほら、パーッと飲みましょう! パーッと!」
上機嫌で酒を飲むアクアに、俺は半泣きで掴みかかった。
*****
――しばらくして。
酒を飲んだ俺は、ふわふわとして気分が良くなり、アクアと一緒に騒いでいた。
「あははははは! なんだかとっても楽しくなってきたわ! ここは私の超すごい必殺芸を見せてあげるところね! ねえカズマさん。布かなんか持ってない?」
「よし、俺の上着で良ければ貸してやるよ! ほれ、見ててやるからやってみろ! お前の超すごい必殺芸とやらを見せてみろよ! 本当にすごかったら俺がおひねり投げてやるよ!」
「カズマったら何言ってんの? 私の芸がすごくないわけないじゃない。でも私は芸人じゃないから、芸でお金を取るわけには行かないわ。さあ見てなさい! このカズマの上着で隠したテーブル! 今からこのテーブルが消えますよー」
「ぶははははは! なんであの上着の大きさでテーブルが隠れるんだよ! 超おもしれー!」
ちょっと嫌な予感がしたが、酒に酔っている今の俺にはよく分からない。
「消えろー、消えろー……。さん、はい!」
アクアが俺の上着を持ちあげると、その下にあったはずのテーブルがなくなっていた。
「おお! すげえ! 本当に消えた!」
「お、おお……!? なんだ今のは! どうやったんだアクア!」
「あの、それって……。アクアは以前、バナナで同じ事をしていたような……」
俺達がアクアの芸に驚き、アクアがドヤ顔を浮かべる中、通りかかった店員が。
「ちょっと、困りますよお客さん! 芸はすごいですけど、テーブルは元に戻してくれるんでしょうね!」
「何を言ってるの? テーブルは消えちゃったんだから無理に決まってるじゃない」
「だったら弁償してもらいますよ!」
給仕で忙しい店員は、言うだけ言って他の客のところへ行ってしまう。
首を傾げて店員を見送るアクアに、ついさっき俺にいろいろと言われたダクネスとめぐみんが、慌てた様子で。
「ア、アクア? 冗談だろう? テーブルは元に戻せるんだよな?」
「そうですよ。こんなバカな事にお金を使ったら、カズマがなんと言うか……!」
俺の事をチラチラ見ながら、そんな事を言う。
そんな二人に、俺は酔って赤くなった顔にヘラヘラと笑みを浮かべながら。
「二人とも、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。確かに俺達は金がなくて、このままじゃ冬を越せるかも分からないが、安心してくれ。俺に秘策がある」
「さすがカズマさん! 普段はちっとも頼りにならないけど、いざという時はなんとかしてくれる男ね! ええ、私は最初から分かっていたわ。あなたはほら、パッと見た感じはアレだけど、本当は……、…………? まあ、アレね。そこはかとなくアレよね」
「特に褒めるところがないなら無理しなくていいぞ」
俺が、酔っぱらったアクアのふわっとした褒め言葉を聞き流していると。
「ほ、本当ですか? さっきはあんなに私に爆裂魔法以外のスキルも習得しろと言ってきたではないですか。最近は爆裂魔法だけ撃っていれば何も言われませんでしたし、ひょっとすると本気でヤバくなってきたのかもと思ったのですが……」
「ああ。さっきの罵倒は、いつになく切れがあった。あれはカズマが追いつめられたせいに違いないと思っていたのだが……。その、もし本当にどうしようもなくなったのなら、私が少しくらいなら援助してもいいぞ。参考までに、その秘策とやらを教えてもらえないか?」
めぐみんとダクネスが口々に言う。
俺は心配そうな二人を安心させるように笑って。
「ああ、もし本当にどうしようもないくらい金がなくなったら、お前らの装備を売ればいいと思ってさ」
「「「!?」」」
俺の言葉に、二人だけでなくアクアまでもが驚愕の表情で俺を見る。
「お、お前という男は! 仲間の装備を売るなどと、臆面もなく言ってのけるとは……! ま、まさか、それでも金が足りなくなったら、私に体を売ってこいなどと言わないだろうな? い、言わないだろうな!」
「お前は何を言いだしてんの? なんでちょっと期待してるんだよ。言うわけないだろ、そんな事」
俺のツッコミに、なぜかダクネスが残念そうにする中、アクアとめぐみんが。
「何言ってんのカズマ? これがなくなったら私、すごく困るんですけど! 売らないわよ、これだけは何があっても売らないからね!」
「俺が困ってる時、お前が助けてくれた事が一度でもあったか? だから俺も、お前の言う事なんか聞くわけないじゃないか」
「私だって売りませんよ! というか、これは私が私のお金で買ったものなのですから、カズマに売り払う権利などないはずです! 勝手に売ったりしたら、爆裂魔法の標的にしますからね!」
「じゃあめぐみんの杖を売ったら、その金で思い残す事がなくなるくらい豪遊してやるよ。どうせこのままじゃ冬越し出来なくて凍え死ぬだろうしな」
口々に反論してきたアクアとめぐみんが、俺の言葉に黙りこむ。
日頃好き放題している三人に言いたい事を言った俺は、機嫌良くクリムゾンビアーのジョッキに口を付けた。
と、三人が顔を見合わせ、ひそひそと。
「ねえ、ヤバいんですけど。カズマさんが笑顔で鬼のような事を口走ってるんですけど。あの男、ついに頭がぷっつんしてしまったのかしら? 私はカズマの頭にヒールを掛けてあげた方が良いの?」
「ま、まあ、私達が好き勝手しているせいで、カズマが苦労しているのは事実ですからね。装備を売るというのはあり得ませんが、たまにはきちんと労わってあげるべきかもしれません」
「……ん。最近は、クエスト報酬から借金の分が天引きされるせいで、日々の食費にも困っているほどだったからな。私は少し懐に余裕があるから、ここは奢ってやるとしよう」
「私もベルディア討伐の報酬を貰いましたから、お金を出しますよ」
「本当? ありがとう二人とも! すいませーん、クリムゾンビアーのお代わり持ってきてー」
空のジョッキを掲げて上機嫌で注文するアクアに、二人は呆れたように。
「……アクアは酒を控えた方が良いのではないか?」
「そうですよ。酒代だってタダではないのですよ。というか、カズマの頭がぷっつんしたと言うのなら、それはアクアがお酒をたくさん注文したせいではないですか? カズマはいつもそれほど飲んでいないのに、アクアは飲みすぎですよ」
二人から注意されたアクアは、きょとんとした顔で。
「このお酒は私がカズマに貰っているお小遣いで買ってるんだから、怒られる筋合いはないわよ。ほら、皆は装備の修理とかいろいろとお金を使ってるけど、私は超すごいアークプリーストだから、装備なんて要らないじゃない? その分のお金でお酒を飲んでいるのでした!」
得意げな様子のアクアに、二人は気まずそうに顔を見合わせ。
「それは、その、……間違っているわけではないのだが、なんというか……」
「自分は装備を整えるためにお金を使っていてお酒を飲む事も出来ないのに、自分に迷惑を掛けている相手が、装備を整える必要がないからと言ってお酒を飲んでいたら、それはイラッとするでしょうね」
「うむ。カズマも剣を折ったり失くしたりしているし、鎧を修理に出したり、何かと装備には金を使っている。アクアが装備に金も使わず、好き勝手に酒を飲んでいたら、カズマにしてみれば面白くないだろう」
「何よ二人してー! 私が自分のお金で楽しくお酒を飲んでいる事の、何がいけないっていうの? こうしてお酒を飲むためにクエストを頑張っているんだから、お酒を飲むのだけはやめないわよ!」
「と、とにかく今はカズマを刺激するべきではありません。その羽衣を売られても良いんですか? あの男は本気ですよ。完全に本気の目をしていました。このままでは私の杖も売られてしまうかもしれません。アクアだけの問題ではないんですよ!」
「そうだ、私の鎧も……いや、今は鎧はないので、ひょっとしたら体を売ってこいと言われる可能性も……。…………んんっ……!」
小刻みに体を震わせるダクネスを、二人が白けた目で見つめていて。
「……コホン。と、とにかく、アクアは少し大人しくして、酒も控えた方が良いだろう。めぐみんも、爆裂魔法を撃ちまくるのは控えてくれ」
「ねえダクネス、あなたのその変態痴女なところは控えなくて良いのかしら?」
「そうですよ。私達ばかり責められるのは不公平です。ダクネスだって、モンスターに突っこんでいったり、戦っている最中に身悶えするのはやめるべきです」
「ううっ……。わ、分かってはいるのだが……」
めぐみんとダクネスが反省するような事を言っているが、どうせ意味はないだろう。
アクアがひとりだけ、能天気に酒を飲みながら。
「まったく、カズマったら仕方ないわね。要するに、疲れてストレスが溜まっているだけでしょう? だったら簡単よ! パーっとお酒を飲んで、全部忘れちゃえばいいのよ!」
「ア、アクアはいくらなんでも能天気すぎる……!」
「ですが、それしかありませんね。私達でカズマを労わるのです。そして気持ち良くお酒を飲ませ、酔っぱらわせて今日の事は忘れてもらいましょう」
「め、めぐみん!? それは……」
「ダクネスは鎧がないからいいかもしれませんが、私はこの杖を売るつもりなんかありませんからね!」
「私もこの羽衣だけは売らせないわ。ええ、絶対に売らせないわよ。これは私が女神である証みたいなものなんだから」
「「そうなんだ、すごいね」」
「なんでよーっ!? 二人とも、信じてよー!」
半泣きで喚くアクアを無視しめぐみんが。
「というわけで、ダクネス。私がお酒を奢るので、ダクネスはカズマに胸を押しつけてください。あの男は爆裂散歩でおんぶしている時も、私の胸がもっとあればとか失礼な事を言ってきましたから、きっとダクネスの胸なら満足するはずです」
「私がか!? い、いきなりそんな事を言われても……。た、確かに鎧を着けずに行動するようになってから、カズマは私の胸をチラチラと見てきているが……」
なぜか自分の胸を取引材料にされたダクネスが、煮えきらない事を言っていた、そんな時。
アクアが注文したクリムゾンビアーが運ばれてきて。
「お待たせしましたー」
「ありがとう! さあめぐみん、これをカズマさんのところに! 私がヒールを掛けるから、ダクネスは胸を押しつけるのよ!」
「分かりました。この際ですから給仕の真似事くらいはいくらでもやりましょう! 任せてください、私は食堂で働いていた事もありますからね!」
「む、む、胸を……!? ま、待ってくれ二人とも。押しつけるって、どうすれば……?」
三人が何かを決意したような表情で、のんびりと酒を飲む俺の下にやってくる。
……というか、ひそひそと話していたつもりらしいが、声が大きいせいで途中からほとんど聞こえていたのだが。
俺は朗らかな微笑みで三人を迎え。
「おう、どうかしたのか三人とも。なんだか相談してたみたいだが、そんなに心配しなくても大丈夫だぞ。本当にどうしようもなくなったら、装備を全部売って、また土木工事のバイトをさせてもらおうと思うんだ」
「何を言っているのですかカズマ! 冒険者を辞めるつもりなんですか! 私達は魔王軍の幹部を討伐したパーティーなんですよ! これからもっと活躍するはずです! 目を覚ましてください!」
「めぐみんこそ、夢みたいな事を言ってないで現実を見ろよ。確かに俺達は魔王軍の幹部であるベルディアを討伐したが、その結果どうなった? 借金を背負ったじゃないか! この先も赤字を出しながら活躍するってか? 冒険者だって仕事なんだ。ボランティアでやってるんじゃないんだぞ? 俺達にだって生活がある。儲からない仕事なんか、続けられるわけがないだろ。……まあでも、めぐみんもそんなに悲観する事はないぞ。めぐみんの爆裂魔法は、土木工事ででかい岩を吹っ飛ばす時なんかに役に立つだろうしな」
「バカな事を言わないでください! 我が爆裂魔法は最強魔法。あらゆる脅威を討ち滅ぼし、あらゆる障害を薙ぎ払うんです! 土木工事なんかに使うつもりはありませんよ!」
目に涙を浮かべていきり立つめぐみんを、ダクネスがまあまあと宥め。
「お、落ち着け二人とも。カズマ、それは本当にどうしようもなくなったらの話だろう? お前だって、出来れば冒険者を続けたいんだろう?」
「……? 何言ってんの? 冒険者なんて割に合わないし、大金が手に入ったら俺はさっさと引退するぞ。可愛いメイドさんに世話してもらって、死ぬまでダラダラしながら暮らすんだ」
「!? い、いや、待て。お前は魔王を倒すと言っていたのではなかったか? あれはどうなったんだ?」
「……そんな事言ったっけ?」
「言っただろう! 間違いなく言った!」
俺の言葉にダクネスが怒りだし、アクアまでも。
「ねえカズマさん、困るんですけど! カズマさんが魔王を倒してくれないと、私、すごく困るんですけど!」
「俺にそんな事言われても。借金でそれどころじゃないし、その借金だって返せる当てがないんだぞ? そもそもお前、俺に魔王なんて倒せると思ってんの? 本気で魔王を倒すつもりなら、あの魔剣の人のパーティーに入った方が良かったんじゃないか? というか、なんで俺はあの時、決闘に勝っちまったんだろう? あいつも上級職のソードマスター様なら、いくら不意を突かれたからって、最弱職の俺なんかに負けるなよな……」
俺が愚痴とため息を吐きだすと。
「おお、お前という男は……! あの時は、卑怯な手を使ったとは言え、仲間のために格上の冒険者に勝つなど、正直に言えば少しだけお前を見直したのだぞ!」
「飲ませましょう! さっさとお酒を飲ませて酔い潰してしまいましょう!」
ダクネスが俺の背後に回り羽交い絞めにし、めぐみんが俺の口にクリムゾンビアーのジョッキを近づけてくる。
「や、やめろお! お前らこれが頑張ってる仲間に対する仕打ちかよ! 酒を飲んだくらいで都合良く記憶を失うと思うなよ! 覚えてろ! 覚えてろ!」
「その仲間の装備を売ろうとしているくせに何を言ってるんですか! 私は土木工事に爆裂魔法を使うつもりはありませんよ!」
「まあ、その……。明日からはなるべくお前の指示に従うようにするから、今夜はもう休め」
「カズマさんのー、かっこいいとこ見てみたいー」
アクアが間の抜けたセリフとともに手拍子を鳴らす中。
無理やり開けられた俺の口の中へと、酒が次々と流しこまれ……。
*****
――翌朝。
馬小屋で目覚めると、頭が痛かった。
「うぇ……。気持ち悪い。なんだこれ……? えっと、昨夜は……」
昨日は森の伐採計画を阻んでいるモンスターの群れを討伐するというクエストを請け、めぐみんが爆裂魔法で森を吹っ飛ばすというアクシデントはあったものの、一応クエストを達成して報酬を受け取った……はず…………?
「……あれえー?」
なぜか街に戻ってきてからの事を思いだせない。
と、俺が頭痛の理由と曖昧な記憶に首を傾げていると。
「お、おはようございますカズマ。……もう昼前ですよ」
すでに起きていたらしいめぐみんが、馬小屋の入り口に立ってそんな事を言ってくる。
「マジかよ? じゃあもう、美味しい依頼は他の奴らに取られちまってるんじゃないか? 早くギルドに行かないと……!」
俺が毛布を畳みマントを羽織ると、めぐみんが不安そうな表情で。
「で、では、冒険者を続けるつもりなんですね?」
「……? 当たり前だろ。命懸けの仕事だから俺だって嫌だけど、借金もあるし、冒険者以上に稼げる仕事なんかないだろうからな」
「そ、そうですよね! まあ、この私がいるのです。すぐにまた大物を倒して、借金なんか返してみせますよ!」
馬小屋を出ると、そこには剣の手入れをしているダクネスと、切り株に腰掛け退屈そうに足をパタパタさせているアクアの姿があって。
「おう、おはよう。……なんだよ? いつもはこんな時間まで寝てたら休日でも叩き起こすくせに、今日はどうして放っておいたんだ? 早く行かないと美味しい依頼を取られちまうじゃないか」
俺の言葉にアクアが。
「はあー? こんな時間までぐーすか寝てたカズマさんが何言ってるんですか。今日は二日酔いで大変だろうから、寝かしておいてあげようって二人が……」
「ア、アクア、余計な事は……!」
何か言おうとしたアクアの口を、ダクネスが慌てて塞ぐ。
……?
「なあ、いまいち覚えてないんだが、昨夜何かあったのか? ひょっとして俺の頭が痛いのはそのせいか?」
「何もありませんでしたよ! 昨夜は至って普通の夜でした! 思いだせないのであれば、それは思いださなくてもいいような事なのだと思います!」
「そ、そうだな。それより、早くギルドへ行こう。クエストを請けなくてはならないし、カズマも何か腹に入れたいだろう?」
「そりゃ腹は減ってるが……」
怪しい。
なぜかこの二人が俺に気を遣っている。
昨夜何かあったのは間違いないが、俺には記憶がなく、こいつらは隠しておきたいらしい。
となると……。
「おいアクア。昨夜の事を教えてくれたら……。いや、その前に頭が痛いからヒール掛けてくれないか? なあ、これってなんかの呪いとかじゃないよな?」
「それはただの二日酔いだから心配しなくても大丈夫よ。ほら、ヒールを掛けてあげるからこっちに来なさいな。昨夜はたくさんお酒を飲んで機嫌が良いから、とっておきのヒールを掛けてあげるわ」
追及を後回しにして、俺がアクアの方へと近づくと。
「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」
アクアが俺に回復魔法を……。
回復魔法を……。
……………………。
「……まったく」
アクアの回復魔法のおかげだろう、酒のせいで薄れていた記憶を取り戻した俺は。
「しょうがねえなあー!」
昨夜は酒のせいか自暴自棄になっていたが、二人がこうして俺を気遣っているところを見ると、まあいいかという気分になってくる。
我ながらお手軽だが……。
正直、美少女に気遣われて悪い気はしない。
本当にどうしようもなくなったら装備を売るのも日雇い労働をするのも仕方ないと思うが、もう少しだけ冒険者として頑張ってみようかと、俺はそんな風に決意して――!
――冒険者ギルドにて。
「サトウカズマさんのパーティーですね。クエストに行く前にお話があります。昨夜、お酒を大量に注文されていますが、手持ちが足りなかったとかでまだ支払いが済んでいませんね? 紛失した酒場の備品についても弁償してもらいます。それと、昨日の討伐クエストですが、依頼者から森の伐採計画をどうしてくれるんだと苦情が来ていまして……」
俺は頼れる仲間達を振り返ると。
「今日は土木工事に行きます」