時系列は、3巻と4巻の間。
夕食の後。
風呂から上がった俺は、パジャマを着ているうちに冷えた指先をこたつの中で温めていた。
季節はそろそろ春だという話だが、一向に暖かくなる気配はなく、夜ともなると室内でも息が白くなる。
俺がこたつでぬくぬくしていると。
「なあカズマ、話があるんだが」
俺よりも先に風呂に入り、薄手のネグリジェみたいな寝間着にガウンを羽織っているダクネスが話しかけてくる。
……こいつは寒くないのだろうかと、俺がダクネスをジッと見ていると。
「わ、私にいやらしい目を向けてくるのはやめろ……!」
「はあー? だったらお前こそ、風呂上りに薄着でうろうろするのはやめろよな。自分がエロい格好をしているせいで見られてるのに、こっちが悪いみたいに言うのはどうかと思う」
「べべべ、別にお前に見せようと思ってこんな格好でいるわけでは……! ふ、風呂上りは暑いからであって……!」
「このクソ寒いのに暑いって、お前は何を言ってんの? ああもう、こう寒いとベッドに行くのも億劫になるよな。このままこたつで寝ちまおうかな」
俺がぼやいていると、アクアが暖炉の火に手と足をかざしながら。
「こたつで寝ると脱水症状で死にそうになるから、水の女神としてはやめといた方がいいと思うわ」
「言ってみただけだ。……そんな事は分かってるよ。誰がこたつを作ったと思ってるんだ?」
「少なくともカズマさんじゃない事は知ってるわね」
と、俺とアクアがバカなやりとりをしていると、
「そ、それで! 話があるのだが!」
放置されていたダクネスが声を上げた。
「――チャリティーバザー?」
「ああ。明日、エリス教会で市民が要らない物を持ち寄ったバザーが開かれる。そこでの収益は、主に恵まれない子供達のために使われる予定だ」
「そうか、頑張ってくれ。俺はここで陰ながら成功を祈っているよ」
ダクネスに応援の言葉を贈った俺は、こたつ布団に潜り直してぬくぬくする。
「そうか、ではない! お前も一緒に来るんだ! このところ毎日毎日、朝から晩までこたつとやらに入って何もしない! それでは人間が駄目になるぞ!」
「お断りします。お前から見ればこたつに入って何もしていないように見えるかもしれないけどな、俺の頭の中ではいろいろな新商品のアイディアが渦巻いているんだよ。このこたつの事はお前だって褒めていたじゃないか。こういう発明をたくさん生みだして、それを売って大儲けするんだ。俺は危険な冒険なんかせずにのんびりと暮らしていきたいんだよ」
「私としてはお前に冒険者をやめられるのも困るのだが……。と、とにかく明日は新商品の開発はやめておけ。たまには自分のための労働ではなく、誰かのための労働というのも悪くないだろう?」
「嫌に決まってるだろ。お前は本当に何を言ってんの? 自分のためにも働きたくないのに、どうして顔も知らない他人のために働かないといけないんだよ?」
俺の心からの言葉に、ダクネスがいきり立ち。
「お、お前という奴は! 子供達がかわいそうだと思わないのか?」
「ちっとも思わん。アフリカの子供が飢え死にしているから食べ物は残さず食えだのと言われても、そんな遠くの国の話は知らんよ。大体、恵まれない子供達って表現はどうなんだ? それは持てる者の驕りってやつじゃないのか? そういう上から目線はどうなんですかねえ? 親がいなかったら可哀想なのか? 孤児院で運命の出会いがあるかもしれないじゃないか。貧乏だったら恵まれていないのか? 労働の後の一杯を本当に美味しく飲めるのは、金持ちじゃなくて貧乏な労働者なんじゃないか。早死にしたら不幸なのか? 異世界にでも転生して意外と楽しくやってるかもしれないじゃないか」
「こ、この男、それっぽい事を! アフリカとやらは知らないが、そんな屁理屈で誤魔化されると思うな! いいからこたつから出てこい!」
「あっ、やめろ! 布団を引っ張るなよ、暖かい空気が逃げるだろ!」
こたつ布団を引っ張るダクネスの手を止めようとすると、ダクネスがさらに俺の手を掴みこたつから引きずり出そうとする。
「寒っ! お前いい加減にしろよ! そっちがそのつもりならこっちにも考えがあるぞ!」
俺は、俺の手を掴むダクネスの手を上から掴み。
「あああああ!? ドレインタッチか! いいだろう、私がお前をこたつから出すのが先か、お前が私の体力を奪い尽くすのが先か、試してみようではないか!」
「なんという脳筋! 付き合ってられるか! 『フリーズ』!」
「冷たっ! んくうう……っ! こ、この程度で私を止められると思うな! ハ、ハアハア……! どうした! これで終わりか! もっと他にもあるだろう!」
「興奮してんじゃねーよ!」
と、俺とダクネスが激しい戦いを繰り広げていた、そんな時。
「……あなた達はこんな時間に何をやっているんですか? 夜はもっと穏やかに過ごすべきだと思いますよ」
風呂から上がり、広間に戻ってきためぐみんが、呆れたように言ってくる。
俺とダクネスが二人して動きを止め。
「お、お前……。この街で一番騒々しい魔法使いのくせに何言ってんの?」
「めぐみんは昼間からもう少し穏やかに過ごすべきだと思うのだが」
「二人とも何を言っているんですか? 私は知能の高い紅魔族にして、常に冷静沈着なアークウィザードです。騒がしさとは無縁ですよ。……それより、二人はいつまでそうしているんですか?」
ツッコミどころしかないめぐみんの言葉に、固く握手するように互いの両手を握り合っていた俺とダクネスが手を放す。
ダクネスが恥ずかしそうに自分の手をさすりながら。
「明日はエリス教会で恵まれない子供達のためのバザーがあるのだが、この男が行きたくないと駄々を捏ねてな……」
「いや、なんで俺がわがまま言ったみたいになってるんだよ? 俺はエリス教徒でもないし、参加しないといけない理由なんてないだろ」
「一日中こたつに入ってダラダラしているだけなら、少しは世の中のためになる事をしたらどうだ」
「世の中のためになる便利な道具を発明してるだろ」
「こ、この男……!」
ダクネスが俺に言い負かされ悔しそうな顔をする。
そんなダクネスにめぐみんが。
「バザーという事は、ダクネスも何か売る物を持っていくんですか? ダクネスは世間知らずなところがあるので一応言っておきますが、貴族の屋敷の家具なんて持っていっても誰も買ってくれませんよ」
「そ、そうなのか……? うちの倉庫に仕舞ってある要らない家具でも持っていこうと思っていたのだが」
「貴族が高い家具を使うのは力があると主張するためでもありますからね。いくらダスティネス家が清貧を尊ぶと言っても、庶民には手を出せないような高級家具を使っているはずです」
「そ、そうか。そうなると、確かに私には持っていく物がないな……」
「この屋敷にも、バザーで売るような要らない物はありませんよ」
困ったように話し合う二人が、ふと俺が入っているこたつを見て……。
「「…………」」」
「おいやめろ。これは俺の作ったものなんだから、お前らにどうこうされる筋合いはないって言ってるだろ。う、売らないぞ! 絶対に売らないからな!」
*****
――翌朝。
「なああああああああああああああああああ!?」
誰かに呼ばれたような気がして目を覚ました俺は、ベッドの上に置かれた大量の人形に驚き絶叫を上げた。
それは、俺達がこの屋敷に住む事になった時、悪霊が憑いて動いていた人形達。
そいつらが俺の方をジッと見るように配置されていて。
「何コレ! いやマジで何コレ! 超怖い!」
人形に囲まれるという異常事態に俺が騒いでいると。
「カズマ、どうかしましたか? すごい叫び声が聞こえましたが……」
「ついにこたつまで行くのも面倒くさくなって、ベッドで食事したいなどと言いだしたのではないだろうな」
めぐみんとダクネスが、またバカな事をやったのかと言うような呆れ半分の表情で俺の部屋を覗きこみ、大量の人形を見て絶句した。
「……ええと、カズマも人形遊びをするような趣味があったんですか?」
人形に囲まれている俺にちょっと引いているめぐみんが。
「わ、私は悪くないと思うぞ。誰にでも可愛いものを手にする権利はあるはずだ」
まるで自分に言い聞かせているようなダクネスが、口々に言う。
「ちげーよ! 朝起きたらこの状態だったんだ! これってアレだろ、俺達がこの屋敷に来た時に悪霊が憑いてた人形だろ! おいアクアは何やってんだ! どうせまたあいつが何か余計な事したんだろ!」
「アクアなら暖炉の前から動きたくないと言って、カズマの悲鳴が聞こえてもソファーに座ってましたよ」
あの女!
――俺が階下に駆け下りていくと、アクアは暖炉の前のソファーに寝そべって足をパタパタさせていて。
「もー、カズマったら何を騒いでいるの? まったく、この私のように落ち着いて生活できないのかしら」
「ついこないだ薪がなくなったって泣いてたくせに何言ってんだ? いや、それどころじゃないんだよ! お前あの人形はどういうつもりだ!」
「……? ちょっと何を言っているのか分からないんですけど。人形がどうかしたの?」
「いいから来い!」
俺がアクアの腕を引っ張ろうとすると、アクアがソファーにしがみついて抵抗する。
「いやよ! 私はここから動かないわよ! こたつむりに進化したカズマさんには私の気持ちが分かるでしょう? この寒いのに暖炉の前から動けなんて何考えてるんですかー?」
「よし、お前に選ばせてやろう。暖炉の火を消されクリエイトウォーターとフリーズを食らうのと、諦めて俺の部屋に来るのとどっちがいい?」
「めぐみん、ダクネス、大変だわ! この男、ついに本性を現したわ! 暖炉の火を消されたくなければって、私を自分の部屋に連れこんでえっちな要求をするつもりに違いないわ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに! ……あらっ、二人はどこに行ったのかしら?」
「何度も言うが、俺にも相手を選ぶ権利くらいあるからな。二人なら俺の部屋にいるよ。俺の部屋がおかしな事になってるんだよ。いいからお前も見に来てくれよ」
初級魔法を使うぞとアクアを脅して俺の部屋へと連れていくと。
「……何コレ? カズマさんったら、その歳にもなってお人形で遊ぶ趣味があったの?」
「そんなわけないだろ。朝起きたらこの状態だったんだよ。なあ、この人形って悪霊が憑いてたやつだろ? お前が何か余計な事をして、また悪霊が取り憑いて勝手に動いたとか、そういう事じゃないのか」
「そんなわけないじゃない。この屋敷には私の結界が張ってあるんだから、アンデッドや悪魔は入ってこられないはずよ。というか、何かあるたびに私を疑うのはやめてちょうだい。私はなんにもしてないわ。謝って! 私を疑った事を謝って! 寒い思いをさせてごめんなさいって言いなさいな!」
「ああもう、悪かったよ! でも、お前でもないとすると、誰がこんな事やったんだ?」
俺が三人を見やると、三人は自分の仕業ではないと首を振る。
と、アクアが何か納得したようにうなずいて。
「これはアレね、この屋敷に憑いている貴族の隠し子の幽霊の仕業ね」
そういえば、そんな設定もあったな。
「やっぱりお前のせいって事じゃないか」
いつぞやの悪霊騒ぎの時に、アクアが霊視したと言い張っている貴族の少女。
その子が、とっておきの酒を飲んでいくと、アクアがたまに文句を言ってきて困っている。
そんなわけの分からない事を言って、俺に酒代をせびりたいだけに違いないと思っていたのだが……。
「なんでよ! 幽霊の子がやったって言ってるじゃない! 何度言ったら分かるの? 本当にこの屋敷にはその子が住んでるんだってば!」
「ほーん? それじゃあ、その子は今どうしてるんだ?」
「人形をたくさん動かして疲れたからか、暖炉の中で寝ていたわ。透けていて熱くないのをいい事に、動く城ごっこで私を笑わせてくるのよ。悪魔の真似っていうのは気に入らないけど、あれは私から見てもなかなかの芸ね」
「そんな陽気な地縛霊がいてたまるか」
やっぱり嘘じゃないか。
俺とアクアがしょうもないやりとりをしていると、杖の先で人形をつついていためぐみんが。
「どうしてこんな事になっているのかはともかく、この人形は要らない物なのでは? そのまま捨てると呪われそうだからと、物置にまとめて放りこんでおいたものですし、バザーで売ったらいいと思います」
さも名案だと言うように、そんな事を言った。
*****
――エリス教会前の広場。
その日、以前は炊きだしをやっていた事もあるそこで、市民が要らない物を持ち寄ってバザーが開かれていた。
木製の簡易棚があちこちに並べられ、その上に商品らしき物が置かれている。
そんなフリーマーケットや同人即売会を思わせる光景の中。
「寒いよ寒いよ! 早く帰りたいよ! 寒いよ!」
「いや、違うだろ。人形が売れないと帰れないんだから、いつもみたいに安いよ安いよって言ってろよ。もしくはお前の消える芸で全部消しちまおうぜ。そしたらダクネスも諦めて帰っていいって言うだろ」
俺達は寒さに震えながら、用意されたスペースで人形を売っていた。
「バカな事を言うな! ここでの売り上げは恵まれない子供達のために使われるんだぞ。つまり、これは子供達のための人形でもある。早く帰りたいからと、アクアの芸で無駄に消してしまっていいわけがあるか!」
ひとりだけやる気を出しているダクネスが、俺の意見を叱り飛ばす。
スペースが狭いせいでこちらに入れず、簡易棚の向こうに立っているめぐみんが、温かそうなスープを啜りながら。
「ですが、誰も買っていってくれませんね。まあ、人形なんてそんなに買うようなものでもないので仕方ありませんが。カズマの言うように、客を集めるためにアクアに芸をしてもらうのもいいのでは?」
「残念だけど、こんなに寒い中で芸をやる気にはなれないわね。私に芸をやらせたいなら、宴会を開いて楽しい気分にさせてちょうだい。……ところでめぐみん、その温かそうなスープはどうしたの?」
「あっちの方でエリス教徒のお姉さんが売っていましたよ」
それを聞いた俺とアクアが同時に立ち上がろうとし、お互いの体が引っ掛かって身動きができなくなる。
俺達にグイグイ押しのけられたダクネスが。
「あ、こら! 二人とも、狭いんだから暴れないでくれ!」
文句を言っているが誰も聞いていない。
「おいアクア。金をやるから俺の分もスープ買ってきてくれ。転ぶなよ? これはフリじゃないからな? 絶対転ぶなよ?」
「分かってるわよ。いくら私が愛らしいからって、ドジっ子系の萌えキャラだと思ったら大間違いよ」
「そんな勘違いはしていないが、転ばなければどうでもいい」
棚の下を通って、頭をぶつけながらもスペースの外に出たアクアが、あっちねと言って駆けだした途端に転び、握りしめていたエリス硬貨を落としていた。
どうしてこいつは何もないところで転ぶんだろうか。
「なあ、やっぱ俺が行くからお前は残ってろよ」
「ちょっと何を言っているのか分からないわね」
擦りむいた膝にヒールを掛け、転んだ事をなかった事にしたアクアは、エリス硬貨を拾って速足で歩き去った。
……と思ったら近くの店で気になるものが売っていたらしく、目を輝かせて店の人に話しかけている。
俺がさっさと行けと怒鳴りつけると、慌てたように歩きだす。
どうしよう、ただのお使いなのに不安しかない。
と、俺がアクアの背中を見送っていると、めぐみんが。
「これだけ人気がなければ、私がいなくても大丈夫ですね」
そう言っためぐみんの視線の先を見ると、ゆんゆんの姿が……。
人見知りをするゆんゆんは、店の人に声を掛けられないらしく、誰とも目が合わないように商品をチラ見しながら歩いている。
「まったくあの子は……。私の手伝いは必要なさそうですし、私はゆんゆんに、あなたが今一番欲しいのは友情でしょうが、それはお金では買えませんよと言ってからかってくる事にします」
「や、やめてやれよ」
――スープを買いに行ったアクアが戻ってこない。
どうせアクアの事だから、途中で面白そうなガラクタを見つけたとか、スープを引っくり返して泣いているとか、バカみたいな理由で道草を食っているのだろうが……。
ゆんゆんを追いかけていっためぐみんも戻らず、俺がダクネスと二人で店番をしていると。
「やっほーダクネス。それに、カズマ君も来てくれたの? こんなに寒い日に出歩いているなんて珍しいじゃないか。わざわざありがとう!」
俺達に屈託なく笑いかけてきたのは、女盗賊のクリス。
「そういや、クリスはエリス教徒だったな。お前もバザーの手伝いに来たのか」
「そうだよ。今日のためにいろいろと安くて便利そうな物を集めておいたんだ。売るのは教会の人に任せてるけどね」
クリスが指さす先では、エリス教徒が自分のスペースに商品を並べている。
あれらの一部はクリスが集めてきたものらしい。
「カズマ君達は、……えっと、人形? またずいぶんとたくさんあるね」
人形を眺め意外そうに首を傾げるクリスに、ダクネスが苦笑しながら。
「いつだか悪霊騒ぎがあった屋敷に住んでいるという話をしただろう? この人形達は、その時に悪霊が取り憑いていたものだ。すでにアクアの手によって悪霊は祓われ、呪いや何かの悪影響もないという話なので売る事にした。うちには他に売れそうなものがなかったのでな」
「へ、へえ……。あんまり欲しくならない来歴だけど、アクアさんが言うんなら、もう本当にただの人形なんだろうね。私もひとつ貰おうかな」
「そ、そうか。ではひとつ……。ええと、これはひとついくらで売ればいいんだ? その、私は庶民の金銭感覚がまだ身に付いていないので……」
クリスが人形をひとつ手に取ると、ダクネスが弱ったように俺の方を見る。
「これってフリマみたいなもんだろ? じゃあ十エリスくらいじゃないか」
こういった場に出る商品は、よほど価値のあるものでもなければ投げ売りするような価格で取り引きされるのが普通だ。
というか、高めの値段設定にして売れ残ると、この人形を持ち帰る羽目になる。
こいつらは今日ここで全部売っぱらってしまいたい。
そう考えた俺の言葉に、クリスが笑って。
「これって、子供達のためのチャリティーバザーってやつだからさ。売り上げ金は子供達のために使うんだ。だから、少しくらい高くても皆買っていってくれるよ。そうだなあ……、これなら百エリスくらいでいいんじゃない?」
「マジかよ。十倍にしても売れんのか? それって……」
売り上げ金をこっそり懐に入れちまえば、ぼろ儲けできるのでは?
まあ、俺は金に困っているわけではないので、そこまではしないが……。
――と、そんな時。
少し離れたところにあるスペースで声が上がった。
「貴様のような男が恵まれない子供達のために労働するはずがあるか! どうせロクでもない事を考えているんだろう! とっとと出ていけ!」
「おいおい、王国検察官ともあろう者が、また先入観で一方的に決めつけんのか? カズマにごめんなさいしたのに反省してないんですかねえ? 証拠を出せよ、俺がロクでもない事を考えてるって証拠を! 俺だってたまには慈善の精神ってやつに目覚める事もあるんだよ。分かったらあんたも、恵まれない奴のために何か買っていってくれよ」
とある店の前で足を止めているのは、冤罪で俺を処刑しようとしていた王国検察官のセナ。
セナが足を止めた店で、ガラクタにしか見えない商品を並べているのは、チンピラ冒険者のダスト。
「クッ……! 本当に、貴様が慈善の心に目覚めたと……?」
「おうよ。恵まれない奴ってのは誰かが助けてやらないといけねーだろ? だから俺も採算なんて考えないで売り物を持ってきたんだよ」
セナが並べられたガラクタを見ながら。
「……どれもこれもガラクタにしか見えないが?」
「何言ってんだ。これはダンジョンの奥で見つけた、ひょっとしたら魔道具かもしれない壺だぞ。それで、そっちのはもしかしたら魔道具かもしれない硬貨だな。どれでも一個百エリスの大特価だ」
「何が魔道具かもしれないだ! こんなもの詐欺ではないか! 貴様を少しでも見直しかけた自分がバカだった!」
「あっ、こら! 俺の商品を壊すってんなら金を取るぞ! それに人聞きの悪い事を言うのはやめろよな! これは詐欺じゃなくて、夢を売っているんだよ!」
激昂しガラクタを叩き壊そうとするセナをダストが止める。
と、二人が揉み合っていると、ガラクタが載せてある棚が大きく揺れて……。
傾いた棚からガラクタが次々と落ち、地面に叩きつけられ砕け散った。
「ああっ! 俺がせっかく集めてきた魔道具かもしれない骨董品が! テメェなんて事しやがる! 弁償だ! 弁償しろ!」
「そ、そんな……! 自分はただ……! というか、こんなガラクタに弁償も何もあるか!」
「おいふざけんな。これは俺が売っている、れっきとした商品なんだぞ。あんたがガラクタだと思うのは勝手だが、壊しておいてこれはガラクタだから弁償しないってのはどうなんだ? そりゃどっちかって言うと、あんたがいつも捕まえてる奴の言い分なんじゃねーのか?」
「それは……!」
ダストが売っていたガラクタを壊したセナが、ダストに責められ青い顔をする。
と、そんなセナが俺に気づき。
「あっ! サトウさん! サトウさんはどう思われますか!」
パアッと表情を輝かせて訊いてきた。
……なんだろう、あの人は俺を冤罪で処刑しかけたくせに、どうして俺を見てあんなに喜んでいるんだろうか?
俺が仕方なくセナのもとへ向かうと。
「この男、ガラクタを壊したからと私に弁償しろなどと言っているんですよ! どう思いますかサトウさん!」
「ええと、どう思いますかって言われても。商品を壊したんなら弁償したらいいんじゃないか」
「……!?」
俺の正論に、なぜかセナが驚愕した表情を浮かべる中。
「ぶはは! おら、カズマもこう言ってんだ! 金払え!」
ダストが勝ち誇ったようにセナに向かい、金を寄越せと言うように手のひらを突きだす。
「そ、そんな! サトウさんは、こんな詐欺のようなものを見逃すのですか! 市民のために街を守り、魔王軍幹部や大物賞金首を撃退したサトウさんが!」
なぜかセナが縋るような目を俺に向けてくる。
いや、何コレ。
ひょっとしてアレか?
街で悪い噂ばかり聞き、処刑までしようとした俺が、魔王軍幹部や大物賞金首を撃退し街を守ってきた事を認めた結果……。
不良が雨の日に子犬を助けるところを目撃したみたいな効果が発生して、セナは俺の事を正義の味方か何かだと勘違いしているのか?
別にダストに恨みはないし、明らかに詐欺みたいな商売をしていても放っておくつもりだったが、こういう期待に満ちた目を向けられると……。
「おいダスト。どうせダンジョンで拾ってきたガラクタなんだし、そのセナが持ってるやつを買っていくってだけで許してやったらどうだ?」
棚に置いてあったガラクタはすべて地面に落ちて割れてしまっているが、セナが持っていたひとつだけは無事だ。
「おいおいカズマ。いくらお前さんの言葉だって、そんな理不尽な話は聞けねえな。俺は商品を割られた被害者だぞ? そりゃ確かに、ここで売ってたのはほとんどただのガラクタだろうさ。俺だってそんな事は分かってる! だが、この店の商品を買っていく客だって、そんな事は分かってるはずだろ?」
「この男、開き直って……!」
ダストの言葉に、セナがギリギリと歯ぎしりする中。
「いいか? 俺はただガラクタを売っているんじゃねーんだよ。さっきも言ったが夢を売っているんだ。確かにあんたの言うとおり、この中には魔道具なんてひとつもないかもしれない! でもな、俺はこいつを魔道具として売ってるんじゃねえんだよ。そもそもたかが五百エリスで魔道具を買うなんて無理に決まってるだろ? そっちの方がよっぽど詐欺みたいな話じゃねーか。買っていく奴だって、本気で魔道具だなんて信じているわけじゃねえ。それでも買っていくのは、魔道具かもしれないっていう可能性を楽しみたいからだ。例えば棚にでも飾って、飯を食いながらたまにチラッと見て、この格安で買ったガラクタはひょっとしたら魔道具かもしれないなんて妄想する事で楽しむ。言わばこれは、妄想を楽しむための魔道具ってわけだ。あんたからしてみればただのガラクタかもしれないが、俺や客にしてみればお楽しみのための魔道具だったんだよ。それを壊したんだから、弁償するのは当然じゃねーか」
ダストがさらに屁理屈を連ね、セナがさらにギリギリする。
絶好調で語るダストに、俺はポツリと。
「ちなみに儲けた金はどうするんだ?」
「…………そ、そりゃ決まってんだろ。恵まれない奴のために使うんだよ!」
恵まれない子供達のためのチャリティーバザーだという話なのに、ダストがさっきから恵まれない奴のために使うと言っているのは、恵まれない自分のためだと言って儲けた金を懐に入れるつもりだからだろう。
「こんなガラクタどうせ売れないだろうし、俺が余計な事を言わないうちに諦めたらどうだ? どうせダンジョンで拾ってきたんだろうから元手もゼロなんだろ?」
「そ、そりゃ金は掛かってねーけどよ。クエストの途中でガラクタを拾っていて、ちゃんと働いてなかったからとか言って、リーンの奴に報酬を減らされたんだぜ? ここで稼がねーと今日の夕飯も食えねーんだよ! 見逃してくれよ!」
俺が小声で言うと、ダストも小声で答える。
……今この場で詐欺がバレれば牢屋に入れられて夕飯にありつけるだろうと思うが、この時期の牢屋は寒いだろうから言わない。
「しょうがねえなあー。じゃあこういうのはどうだ? 壊れたのはどうせガラクタだろうし、全部弁償しろってのは言い過ぎだと思う。だから、セナはその、今持ってるガラクタだけ買い取るってのはどうだ?」
「ええっ! 私はこんなもの欲しくないのですが……」
手にしたガラクタを見下ろし、セナが困ったように言う。
そんなセナに、ダストが何か思いついたように。
「まあそう言うなよ。あんたが持ってるそりゃ、いいもんなんだぞ。ほら、あんたはなんとかいう団体に所属してただろ? 確か、『婚期が遅れた女の会』っつったか」
「『女性の婚期を守る会』です!」
……ほほう。
この街の男性冒険者はサキュバスサービスを利用しているために女性に対してがっついておらず、そのせいかこの街の冒険者には独身が多いという。
独身女性の組織である『女性の婚期を守る会』が、サキュバスが経営している喫茶店を摘発しようとしたという話は、俺もダストから聞かされていた。
「そうそう、そんな名前だったな。あんたが持ってるそのガラク……魔道具は、なんと持っているだけで結婚できるって話だ」
「それは本当ですか。嘘だったら容赦しませんよ」
ダストの言葉に、それまで乗り気でなかったのが嘘のようにセナが食い気味で詰め寄る。
「お、おう……。まあ、俺が聞いた噂ではそうだったかな? あくまで噂だし、実際に効果があるのかは分からないけどな?」
「構いません。いいでしょう、そういう事ならこれは私が買い取ります」
……いいのだろうか?
完全にダストがさっき言っていたバカみたいな屁理屈の詐欺に引っ掛かっているのだが。
俺は、ダストに金を払いガラクタを購入したセナに。
「なあなあ、ちょっと訊いていいか?」
「な、なんですかサトウさん」
俺は少し気まずそうにしているセナに。
「さっき言ってた会って、どれくらい会員がいるんだ? 結構大きな会なのか?」
「えっ? そ、そうですね。あまり大っぴらに活動しているわけでもありませんし、そもそも会員も自分から名乗りたがらないですが……、アクセルに住んでいる女性で、結婚適齢期を過ぎても独身でいる人なら、大体は会員ですね。あの、できればこの事については内密に……」
「なるほど。ところで、あのなんとかいう魔剣使いがいたじゃないか。あいつって人気があるんだよな?」
「ミツルギさんですね。人気があると言いますか、頼りになり人柄も良くイケメンなので、冒険者でない私もよく名前を聞きます」
……イケメンというひと言にイラっとしそうになるが、今はそれも役に立つので堪える。
「あいつが元いた日本って国で、この時期にやるお祭りがあるんだが。ひな祭りって言って、人形を飾ると女の子が将来幸せに結婚できるって……」
「詳しく聞かせてください」
セナが食い気味に詰め寄ってくる。
「い、いや、俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけどな? あっちではこの時期になると、人形を飾って、その人形の前でお菓子を食ったりするって言う祭りがあったんだよ。本当なら、ひな人形って言う専用の人形があって、種類も数も多いんだけど。この世界にはないだろうし、今から準備しても間に合わないだろうから、まあ普通の人形でもいいんじゃないかと」
俺が指さした先は、もちろん俺達が人形を売っている店。
店番をしているダクネスとクリスのもとへとセナを連れていくと……。
「お帰りなさいカズマ。帰ってくるのが遅いから、あなたの分のスープは冷める前に私が食べておいてあげたわよ」
いつの間にか戻ってきていたアクアが、俺の分のスープまで飲み干している。
……こいつは何をやってんの?
いや、今はそれどころではない。
「この人形を何日か飾って、祭りが終わったら仕舞えば、幸せな結婚ができるはずだ。何せ、あの魔剣の勇者マツルギの国で行われている祭りだからな。きっと霊験あらたかに違いない」
「し、幸せな結婚……! あのミツルギさんの国で行われている祭り……!」
セナが感動したように打ち震え、人形をジッと見つめる。
クリスがジトっとした目を向けてくるが、俺は何も嘘は吐いていない。
よく考えれば、ミツルギの国で行われている祭りだからと言って、本人とはなんの関係もないと気付くはずだが……。
こういう時に有名人の名前を借りるのは、販売戦略として効果的なはず。
「もちろんコレはひな人形じゃないが、祭りの本質は心じゃないか。これを飾って結婚を祈りながら飲み食いすれば、きっと幸せな結婚ができると思う。今ならひとつ、百エリス!」
「買います」
俺のセールストークにセナが即答する。
「……ねえダクネス、これって放っておいていいの? やっている事があのダストとかいうチンピラ冒険者と変わらないんだけど」
「ま、待てカズマ! 詐欺で庶民から金を儲けようとするつもりなら、貴族として見過ごせない!」
俺は止めようとするダクネスに。
「人聞きの悪い事を言うのはやめろよ。これは詐欺じゃない。俺は何も嘘は吐いていない。ひな祭りの事はアクアも知ってるだろ?」
「ええ、知っているわ。早めに人形を仕舞わないと婚期が遅れるのよね」
「!?」
空気を読まないアクアの言葉に、人形に手を伸ばしていたセナが手を引っこめる。
「ど、どういう事ですかサトウさん! ひな祭りというのは、結婚したい女性のための祭りなのでは!? そんな恐ろしい呪いが!」
「違いますけど。……い、いや、大体合ってる! だから人形を捨てようとするのはやめろよ! ええと、俺も詳しくは知らんが、きっとアレだ。結婚したら、女の人は家事をする事になるだろ? ひな祭りの時にだけ人形を出して飾って、それをまた仕舞うっていう一連の面倒くさい作業をするのが、掃除とか整頓とかの家事の練習になっているってわけだ。つまり、ひな祭りが終わってもいつまでも面倒くさがって人形を仕舞わないでいる奴は、花嫁として家事もできないから婚期が遅れるんじゃないか」
「な、なるほど。やはりただ待っているだけでは結婚はできないというわけですね。ひな祭り……、なかなか奥が深いですね」
俺の適当な説明に納得したらしく、セナが真面目な顔でうなずいた。
「分かりました。では、この人形をいただいきましょう」
「毎度!」
この路線で売れば人形を売り払えると、俺は笑顔でセナに応え――!
*****
――翌年。
毎年この時期にエリス教会で行われるチャリティーバザーで、なぜか参加者のほとんどが人形を売っていた。
大量に集められた人形が次々と売られていく。
「すいませんこの人形ひとつくださーい!」
「あいよ、おひとつ百エリスですよ」
「あ、あの……。この人形を家に持ち帰って、素早く仕舞うと婚期が早まるって言うのは本当ですか?」
「そうらしいですよ。私も詳しくは知りませんけどね。なんでも魔剣の勇者ミツルギさんの国でやってるひな祭りって言う祭りだとか」
「分かりました! ありがとうございます!」
人形を買ったのは、お人形遊びが好きそうな幼い女の子達……
ではなく、主に結婚適齢期を過ぎた女性達。
そんな女性達が、猛ダッシュで帰宅し戸棚の奥に人形を仕舞う姿が、あちこちで見られたという。
ひな祭りとは、買った人形を素早く仕舞えば仕舞うほど婚期が早まる祭りらしい。
「……俺が知ってるひな祭りと違う」
「カズマさんカズマさん! 日本人のイメージから生まれた冬将軍とか、日本人が造ったデストロイヤーとかをバカにしてたのに、うっかり自分もバカみたいなお祭りを異世界に持ちこんじゃって、今どんな気持ち? ねえどんな気持ち? プークスクス! クスクスクス!」
満面の笑みで煽ってくるアクアに、俺は背を向け耳を塞いだ。