時系列は、3巻の後、8巻の後、13巻2章。
デストロイヤーとの戦いで掛けられた、魔王軍の関係者ではないかという冤罪を晴らした俺は、手に入れた屋敷でのんびりと日々を過ごしている。
――そんなある日の昼下がり。
俺が街の広場を通りかかると、すごく聞き慣れた声が聞こえてきた。
「さあさあ、お立ち合い! ご用とお急ぎでない方はゆっくり聞いていきなさいな!」
声を上げているのは、ハリセンを握りしめたアクア。
そんなアクアの前には机が置かれ、その上には透明な液体の入った瓶が並べてある。
アクアがハリセンでパンパンと机を叩き、声を張り上げて。
「遠出山越えモンスターが怖い、聞かない時は物の白黒出方善悪がとんと分からない。右手と左手を打ち鳴らしても、子供が寄ってきて右か左かと聞かれれば、とんとどちらか分からない。さてお立ち合い!」
コイツはいきなり何を言いだしたのか。
そう思ったのは俺だけではないようで、通行人も足を止め、興味深そうにアクアを見る。
「ここに取りいだしたるはアクセル名物ジャイアントトードの油! そう、皆さんご存じカエルの油よ! カエルといってもただのカエルとカエルが違う、冬牛夏草に寄生された山羊ばっかり食べて育った四六のジャイアントトード! 四六、五六はどこで見分ける? 前足の指が四本、後ろ足の指が六本、合わせて四六のジャイアントトード! 冒険者をたくさん雇って捕まえたこちらのカエルを四面鏡張りの箱に入れると、カエルは鏡に映った自分の姿を見て驚いて、タラーリタラーリと油汗を流す! これを漉き取り柳の小枝にて、サンシチ二十一日間、トローリトローリと煮詰めましたるがこのカエルの油!」
……おい。
コレってアレだろ、ガマの油売り。
大して効能のないものを口上の勢いで売る、日本の伝統芸能というか、ぶっちゃけ詐欺の一種。
「この油の効能は、ひびにあかぎれ、しもやけの妙薬! まだある! 大の男の七転八倒する虫歯の痛みもぴたりと止まる! まだまだ! 出痔いぼ痔はしり痔腫れ物一切! 刃物一切! そればかりか刃物の切れ味を止める! ……さあ、取りいだしたるは夏なお寒き氷の刃! 一枚の紙が二枚、二枚の紙が四枚、四枚の紙が八枚、八枚の紙が十六枚、十六枚の紙が三十と二枚、三十二枚が六十四枚、六十四枚が百と二十八枚! ほらこの通り、フッと散らせば冬将軍のお通りよ!」
そう言って、どこからともなく取りだした刃物で流れるように何度も切った紙を、アクアがフッと吹き散らす。
どうしてこいつはクエスト中には失敗ばかりするのに、こういう時だけ器用なのだろう?
ヒラヒラと舞い散る紙吹雪に、かなりの数になっていた観客達がどよめき……。
「これなる名刀もひとたびこのカエルの油を付けるとたちまち切れ味が止まる、……ほら! 押しても引いても切れませ……痛っ! …………『ヒール』……。切れません! と言っても鈍らになったわけじゃありませんよ! ほらほら! このようにきれいに拭き取れば元の切れ味に! さーて、お立ち合い! カエルの油の効能が分かったら、どしどし買ってお行きなさいな!」
アクアのパフォーマンスにすっかり魅了されたらしい観客は、目をキラキラさせ、前のめりになっていて。
「買います! ひとつください!」
「私も! そんなにいろいろな事に使えるのなら、ひとつと言わず三つください!」
「俺もだ! 俺にもくれ!」
「皆さん、慌てないでください! 貴重なものですが、皆さんの分はちゃんと用意してますから!」
と、そんな時。
「すいません、ちょっと良いですか?」
油を売りだそうとするアクアに声を掛けてきた男がいた。
それは――。
「あっ、またあなたですか! ここでの販売許可は取っていますか? あまり人が集まりすぎると交通の妨げになって困りますよ。というか、ヒールを使っていたように見えたんですが、説明と効能に差異があるんじゃないですか? それって、詐欺ですよね?」
――そう、ポリスである。
油の瓶を差し出した格好のまま、鏡に映る己の姿を見たというカエルのように、だらだらと汗をかきだしたアクアは。
「き、許可は……、そ、その……。……これは私のいたところの伝統芸能であって、詐欺ではありません」
「つまり、説明と効能に差異がある事は認めるんですね? それはベルゼルグでは詐欺に当たりますよ。というか、どこの国でも詐欺だと思うんですが……? それで、今日は許可を取っているんですか? 許可証を見せてください」
「ち、違うの」
目を逸らすアクアに、お巡りさんが目つきを鋭くする。
「ねえ待って! 聞いてちょうだい! こないだ怒られたから、今日はちゃんと許可を貰いに行ったのよ。そうしたら、許可を貰うのにもお金が掛かるって言うじゃない? お金が欲しくて商売をするのに、そのためにお金を取るのはどうかと思うの」
「どうかと思うと言われましても……。決まりは守っていただかないと困りますよ。今回は初めてではないので、警察署まで来てもらいます」
「待って! ねえ待って! こういう商売はね、勢いが大事なの。売れる時に売っておかないと、次に同じ事をやっても同じように売れるとは限らないんだから!」
「駄目ですよ! ほら、早く商品をしまってください!」
「わあああああーっ! せっかくうまく行きそうだったのに!」
警官が現れたという事で、珍しそうにアクアの周りに集まっていた客達がクモの子を散らすように立ち去る中。
机と瓶を片付けようとするお巡りさんに縋りついていたアクアが、ふと動きを止めると。
「……ねえあなた、こないだ私が作った石鹸を欲しがってた人よね? 今ならオーダーメイドの石鹸を作ってあげてもいいわよ。もちろん美術品だから卑猥なものではないわ。卑猥なものではないけど、使っているうちにだんだん溶けていくのは石鹸だから仕方ないわよね」
「ダ、ダメですよ! あの後めちゃくちゃ怒られた上に、パン屋の看板娘のミアさんの石鹸も取りあげられたんですから!」
お巡りさんは拒否するも、片付ける手を止めていて。
そんなお巡りさんの様子に手応えを感じたのか、アクアがますます調子に乗る。
「それなら、パン屋の看板娘のミアさん石鹸も作ってあげるわ」
「以前にも言いましたっけね。僕は前々から思っていたんですよ。同じ人間なのに他人の行動を抑制するなんて、たとえ警察だからといって本当にその権利があるのかって。……出来ればパン屋の看板娘のミアさんではなくて、同僚の女性警官の石鹸を……」
周りを見回し人がいなくなった事を確認すると、アクアと商談を始めるお巡りさん。
俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、懲りない二人を指さしながら、連れてきたその人に――
「女性警官さん、あいつらです」
*****
女神エリス、女神アクア感謝祭は終わったが、エリスが降臨した事でいろいろな街から旅行客が増え、アクセルの街はいつもより賑わっている。
――そんなある日の昼下がり。
アクア祭りのためにヒュドラ討伐の報酬や貯金箱の中身まで使ったアクアに、少しだけ、ほんの少しだけ同情した俺は、小遣いを稼ぎたいというアクアのために、街の広場で商売する許可を取ってきてやった。
「ほらよ、またお巡りさんに見つかったら、コレを見せれば何も言われないよ」
広場の隅に机を置き、商売の準備をしていたアクアに許可証を渡す。
「ありがとうカズマさん! 私もお金を貯めて許可を貰いに行った事があるけど、いろいろ難しい事を言われて困ってたのよ。どうしてお役所の手続きっていうのはあんなに小難しくしているのかしら?」
「ただ言われたとおりに枠を埋めればいいだけだろ」
どうしてこいつはこんな簡単な事ができないんだろうか?
アクアに呆れた目を向ける俺の前で、アクアが箱から出した商品を机に並べていき……。
…………。
「いや、ちょっと待て」
俺は商品を並べるアクアの肩に手を掛けた。
「何よ? 今は忙しいから後にしてくれないかしら? 商品を並べ終わったら相手してあげるから」
「誰が相手してほしいっつった。そうじゃなくて、これ野菜じゃん。俺は石鹸を売るって言って許可を貰ってきたんだぞ」
アクアが机の上に並べたのは、様々な種類の野菜の山。
詳しくは知らないが、この国では野菜を扱うのに特別な資格が必要なのではなかったか。
いや、野菜を扱うのに特別な資格が必要というのも意味が分からないが。
「カズマったら何言ってるの? 今日は最初から野菜を売る予定だったんですけど。アクア祭りで屋台をたくさん出したから、余った野菜を集めたらこんなにたくさんあったのよ。悪くなる前に売っちゃいたいので、邪魔しないでくれます?」
「駄目に決まってんだろ。許可を貰ってきたのは俺なんだから、お前がおかしな事をしたら俺まで怒られるんだよ。前に石鹸を売った時は売れてたみたいだし、今回は販売許可も貰ってきてるんだから、前みたいにお巡りさんに怒られる事もない。おとなしく石鹸を売っていればいいじゃないか」
と、そんな時。
「そこまでよ!」
言い争う俺達の間に割って入ってきたのは、アクシズ教徒のプリースト、セシリー。
「いくらアクア様が愛らしいからと言って、アクア様への意地悪の数々! アクア様が許しても、このセシリーが許さないわ! お姉さんには分かるわ、サトウさんはツンデレ系の人だから、好きな子に意地悪したくなっちゃうんでしょう? でも、そういうのって嫌われるだけだからやめた方がいいと思うの」
「それはない」
バカな事を言うセシリーに俺がキッパリと即答すると。
「大丈夫ですよアクア様。サトウさんはツンデレですから、嫌いって言うのは好きって事です」
俺に即答されたのが悔しいらしく、ぐぬぬと言った感じの表情を浮かべていたアクアを、セシリーがさらにバカな事を言って慰める。
「お前ちょっとこっち来い」
「ああっ、何するのあなた、お姉さんがきれいだからっていきなりそういうのはどうかと思うの!」
俺はバカな事を言うセシリーを引っ張り広場の隅へ連れていく。
「アクシズ教団はアクアの事をそっと見守っていくつもりだったんじゃないのかよ? これ以上あのバカを甘やかして、調子に乗らせるのはやめてほしいんだが」
「ちょっと何を言っているのかわかりませんね。アクア様はアクア様なのですから、甘やかすのは当たり前じゃないですか。あなたの方こそ、アクア様と仲が良いからと言って調子に乗っていると、あなたの家の飲み水にこっそりところてんスライムを仕込みますよ」
「多分アクアが触ってただの水になるんじゃないかな」
俺達が言い合っていると、アクアが。
「安いよ安いよ! 女神感謝祭で使われるはずだった神聖なお野菜が、今ならとっても安いよ!」
「お前も売り始めてんじゃねーよ!」
セシリーに慰められ悔しさはどうでもよくなったらしく、俺達のやりとりを無視して野菜を売り始めたアクアをひっぱたく。
というか、神聖な野菜ってなんだよ。
「さあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今からこの神聖なお野菜が、先日美少女コンテストなんてやってた女神エリスに早変わりするわよ!」
アクアが手にしたニンジンに包丁を入れ、器用に飾り切りをすると……。
「すごっ!?」
そこには精巧なエリスの彫刻があった。
……こいつは相変わらず、こういう事には無駄な才能を発揮するな。
ニンジンで作られた見事な出来栄えの女神エリスに、旅行客が集まってくる。
「そ、それはエリス様!? なんて精巧な……! いくらですか? 私に売ってください!」
「いや俺に! 金は倍払うから俺に売ってくれ!」
「おっと、予想以上に集まってきたわね。まあ落ち着いて。すぐに作ってあげるから、ちょっと待ちなさいな。ほら見て見て、このエリスはね、本物と同じように大きな胸が着脱式になっているのよ」
「罰当たりなもんを売るのはやめてくれ! 普通のはないのか!」
女神エリス目当てにやってきたらしい旅行客が、野菜で出来たエリスの彫刻に目の色を変えるも、アクアが付けた余計なギミックに微妙な表情になる。
「えー? 普通のって、胸は小さくていいの? 言っておくけど、これは本物のエリスを再現したんであって、私が嫌がらせしてるわけじゃないのよ。あなたは知らないかもしれないけど、あの子は胸にパッドを入れているの」
「なんなんだあんたは! バカな事を言ってるとエリス様の罰が当たるぞ! というか、ひょっとしてあんたらアクシズ教徒じゃないか? よその女神様を使って商売するって何考えてんだ!」
アクアの言葉にひとりの旅行客が怒りだし立ち去ろうとして……。
「お待ちなさい! 女神エリスは女神アクアの後輩という話です。私達の糧になるのなら、女神エリスも笑って許してくださるはず! という事で、あなたもアクア様のお小遣いのために野菜を買っていってくれませんか? 今ならこちらのご禁制のところてんスライムを改良した、喉に詰まらない安全なやつをお付けしますよ。改良したもので法整備が追いついていないので、食べても怒られない……」
「なんだこんなもん」
「ああっ!」
立ち去ろうとした旅行客にセシリーが縋りつき説得しようとするも、ところてんスライムを捨てられ。
そのひとりを皮切りに、集まっていた旅行客達が慌てたように去っていって……。
「ねえ待って! 皆が欲しがるから、エリスをたくさん作っちゃったんですけど! 買っていってくれないと困るんですけど!」
いつの間にかエリスの彫刻を大量に作ったアクアが、机をバンバン叩いて声を上げる。
しかし、悪名高いアクシズ教徒だという事が知れ渡ったたためか、お客が集まってくることはなく。
「すいませんアクア様。私が不甲斐ないばかりに……」
「いいえ、セシリーは頑張ってくれたわ。私のために大切なところてんスライムまで売ろうとしてくれてありがとうね」
「アクア様……!」
旅行客を逃がした事でションボリと肩を落としていたセシリーが、アクアの言葉に顔を輝かせる。
「こうなったら仕方ないわね。この野菜を普通に切って、YAKISOBAにして売る事にしましょう。YAKISOBAなら少しくらいレシピにない野菜が入っていても、美味しく食べられるはずよ。ねえカズマ、ソースを作ってもらえる?」
どこからともなく包丁を取りだしたアクアが俺の方を見て言ってくる。
「……まあ、ソースくらい作ってやってもいいけど。お前、このエリス様を刻んじまうつもりなのか? エリス様なら怒らないだろうが、それってどうなんだ?」
「いい、カズマ。私が作ったこれは美術品みたいに見えるかもしれないけど、美術品である前に野菜なのよ。野菜なんだから、悪くなる前に食べてあげないと可哀そうでしょう?」
俺とアクアがそんな事を話していた時。
「ちょっとすいません」
エリスのパッドを切り離そうとしているアクアに話しかけてくる男がいた。
それは――。
「人が集まりすぎて通行の邪魔になっているとの通報があって来たんですが……。あっ、またですかアクアさん! 許可証がないとここで商売は出来ないと言ったじゃないですか! いい加減にしてください、なぜか僕まで怒られるんですからね!」
そう、いつものポリスである。
包丁を構えたままぴたりと動きを止め、お巡りさんから目を逸らしたアクアは、今日は許可証を持っている事を思いだしたらしく勝ち誇った表情を浮かべ。
「今回はちゃんと許可証を貰ってきているのでした!」
「本当ですか? いつもそうしてくれていれば……。拝見しますね」
「人が集まりすぎたのは私の売っているものが魅力的だからで、文句を言われる筋合いはないと思うの。なんたって、許可証があるんだから!」
「あの、これって石鹸の販売許可ですよね? 野菜を売る事は許可されていませんよ」
勝ち誇っていたアクアが、許可証を見たお巡りさんの言葉に目を逸らす。
「そ、それは……。これは野菜である前に美術品です。石鹸で作った美術品を売るのも、野菜で作った美術品を売るのも、同じようなものだと思います」
「またそんな事を……。た、確かにこれもすごいですね。ひとつください」
「まいどー。一応言っておくけど、それは石鹸じゃなくて野菜だから、悪くなる前に食べてあげてね?」
「そ、それは罰当たりなような……。でも、放っておくとしわしわになってしまいそうですね。分かりました」
いそいそとエリスの彫刻をしまいこむお巡りさん。
そんなお巡りさんにアクアが。
「ねえねえ、今回もあの女性警官の彫刻を作ったら見逃してくれる?」
「ちょっと何を言ってるのか分からないですね。これは美術品ですから、野菜で作られていようと石鹸で作られていようと同じようなものですよ。……あの、さすがに知り合いの体を刻んで料理するのは気が引けるので、ひと口サイズで作ってもらえませんか?」
「いいわよ。それなら、少しずつポーズを変えて作ってあげるわね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
いつものようにアクアと商談を始めるお巡りさん。
俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、懲りない二人を指さしながら、アクアを警戒してか最近この辺りをウロウロしているその人に――
「女性警官さん、あいつらです」
*****
先日、宝島こと玄武が現れた事で、アクセルの街の冒険者達は徴税騒ぎで失った金を取り戻し、ウィズ魔道具店も廃業の危機を免れたらしい。
ただでさえ大金持ちなのに大金を手にした俺は、酒場でパーッと大金を使って遊んだりしている。
――そんなある日の昼下がり。
俺が街の広場を通りがかると、聞き飽きた声が聞き飽きた事を言っていた。
「さあさあ、お立ち合い! ご用とお急ぎでない方はゆっくり見ていってくださいな!」
広場の隅に机を置いたアクアが、机をハリセンで叩きながら声を上げている。
机の上には……。
「いや、ちょっと待て」
机の上に並んでいるものを見て、俺は客が集まる前にアクアに声を掛けた。
「今回紹介するのは美少女粘土フィギュア! ……なーに? 今いいところだから、邪魔しないでほしいんですけど。カズマもいい加減に、こういう商売はタイミングが大事だって事を知ったらいいと思うの」
「それは知ってるけど、商売をやめろっつってんだよ」
そう。アクアが売っていたのは、以前作っていた粘土フィギュア。
スケスケ令嬢エロティーナと爆裂特攻小めぐみんが、机の上にいくつも並べられている。
「なんていうか、その……。俺の見えるところでそういうの売るのはやめてください」
「……? ちょっと何を言っているのか分からないわね。こないだは俺にも売ってくんないとか言ってたくせに、今さら何を言ってるの?」
「それはそうだが……」
俺だって、サキュバスサービスで誰かがあいつらの夢を見ていても気にしない。
それに、めぐみんとは仲間以上にはなったが恋人未満の関係だし、ダクネスの事はキッパリ振ったのだから、俺が文句を言う筋合いでもないのかもしれない。
しかし目の前でパンツまで脱げるフィギュアを売られるとさすがに気になる。
我ながら面倒くさいとは思うが……。
「ていうか、どうしてこんなもん売ってるんだよ? また小遣いがなくなったのか? こないだ宝島で大金を手に入れたんじゃないのかよ?」
「ああ、あれね。私が集めたのはクズ石ばかりで、全部で十万エリスにもならないって言われたわ。受付のお姉さんに泣きついたら、仕方ないからってキリ良く十万エリスにしてくれたけど、酒場のツケを払ったら借金が残ったわね」
「そ、そうか……」
そう言えば、こいつは知能以外のステータスが高いのに、幸運だけ異様に低いんだった。
「いやでも、こんなもん売ったらダクネスに怒られるぞ。ウィズの店に売ったっていう分もダクネスが買い取ったみたいだし、あの後説教されて泣いてたじゃないか」
「だからダクネスにバレないように、広場でこっそり売ってるんですけど」
クソ、他にこいつの商売を邪魔する口実は……。
「あ、そうだ! 販売許可は取ってるのか? 無許可で売ってるところを見つかったら、今度こそ逮捕されると思うんだが」
「しーっ! 手続きがよく分からなかったから、今日も許可は取ってないわ。お巡りさんに見つかったら困るから、早く売っちゃいたいのよ。ほら、分かったらあっちに行って! 商売の邪魔をしないでくれます?」
と、そんな時。
「すいません、ちょっと良いですか?」
俺を追い払いフィギュアを売ろうとするアクアに、いつものポリスが声を掛けてきた。
そのお巡りさんは、机の上のフィギュアをじっと見つめると。
「ひとつください」
「お安くしとくわ」
「いや、違うだろ。まず許可証を持ってるか確かめろよ。ていうか、こいつは今日も無許可だよ。再犯だし、反省してないみたいだし、もう捕まっちまえばいいと思う」
財布を取りだそうとするお巡りさんに、俺はすかさずツッコんだ。
俺の言葉に、お巡りさんはアクアを見て。
「またですか? いい加減にしてくださいよアクアさん! 僕まで怒られるんですよ!」
「許可証はないけど、オーダーメイドも受けつけてるわよ」
「オーダーメイド……!? こ、これをですか? あの、スリーサイズなんかはどうやって……」
「私くらいになると、見ただけでその人のスリーサイズを当てられるわ」
……!?
「え、何それ? その話、詳しく……」
違う、そうじゃない。
懲りずにアクアと商談を始めるお巡りさんを前に、俺は街の住人として当たり前の義務を果たすべく、ちょうど広場を通りかかったその人に――
「ひいっ! サトウカズマ!」
……えっ。
その女性警官は俺を見ると声を上げ、手のひらをこちらに突きだして。
「ち、近寄らないでください! わ、わわわ、私は警察官として、あのような辱めに屈するわけには……、わけには……!」
そう言いながらもスカートを押さえ俺から距離を取る。
「いや、あの」
この人アレだ。
徴税騒ぎの時に俺がスティールを掛けた女性警官。
俺へのトラウマと警察官としての職務が、女性警官の中でせめぎ合っているらしく、警棒を手にしようかどうしようか迷っている。
特に何もしていない一般市民相手に武器を使うのはどうかと思う。
「あの、すいません。こないだの事は謝りますけど、そうじゃなくてあいつらが……」
俺が無抵抗だと示すために軽く両手を上げ、一歩近寄ろうとすると、
「やっぱり無理ぃいいい!」
「ちょっ、待っ……!」
女性警官は叫び声を上げ逃げだした。
……俺が悪いというのは分かっているのだが、こういう反応をされるとちょっとショックだ。
肩を落とす俺にアクアが。
「めぐみんやダクネスはあんたのセクハラに慣れているけど、普通はパンツ取られたらああいう反応になると思うの」
いや、逃げられるほどの事では……。
…………ある……かなあ……?
そう言えば、俺は体を入れ替える神器の効果でアイリスと入れ替わった時、スカートの心許なさに大騒ぎした。
あの状態で、さらにパンツまで失うと……?
…………。
……どうしよう、自分が極悪人のような気がしてきた。
そんな俺の肩に誰かの手が乗せられ、
「今のは公務執行妨害ですよ。署までご同行願えますか」
さっきまでアクアと一緒にバカな商談をしていた警官が、キリっとした表情でそう言った。
「あんたはこんな時だけ職業意識を思いだしてんじゃねーよ!」