このすばShort   作:ねむ井

49 / 57
『爆焔』3、既読推奨。
 時系列は、1巻、または『爆焔』3巻。ゆんゆん視点。


この嵐の夕べにおしゃべりを!

 めぐみんとパーティーを組み、クエストへと行くようになって数日が経った。

 悪魔が現れたという事で調査が終わるまで森は出入り禁止になり、危険の少ない平原でモンスターを狩る事にも慣れてきて……。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 めぐみんは特に必要もないのに、クエストが終わりに近づくと爆裂魔法を使いモンスターを吹っ飛ばしていた。

 

「……ふう。どうですか、この爽快な光景は? 我が最強魔法の前には、どんな強敵であろうと雑魚同然! 一撃で七匹も巻きこんだので、今日の勝負は私の勝ちですね」

 

 魔法を放ちその場に倒れためぐみんが満足そうに言ってくる。

 

「あんたちょっと待ちなさいよ! 毎回毎回どうしておとなしくしていられないの? あれくらいなら私の魔法でも倒せるんだから、爆裂魔法を使う必要なんてないじゃない!」

「や、やめろお! 動けない相手に手を出すのは卑怯者のする事ですよ! ゆんゆん任せにしていては、私はただくっついてきているだけではないですか。私達はパーティーを組んでいるんですよ。仲間というのは助け合うものです」

「め、めぐみん……」

 

 仲間と言われた事が嬉しくて口篭もる私にめぐみんは。

 

「それに、ゆんゆんばかり活躍しているのを見ると、紅魔族の本能が疼くんです。ゆんゆんも紅魔族なら分かるでしょう?」

「そっちが本音じゃないの! そ、それは私も紅魔族だから分かるけど……。ううっ、また受付のお姉さんに怒られる……!」

「そんな事より、動けないのでおんぶしてもらえますか」

「……もうこのままここに置いていこうかな」

 

 半分くらい本気で口にした私の言葉に、めぐみんが慌てて謝った。

 

 

 

 ――冒険者ギルドに戻り報告を終えて。

 ギルドの酒場で夕食を取った私達は、クエストでの汚れを落とすために公衆浴場へと向かっていた。

 その途中、めぐみんがとある路地の前で立ち止まり。

 

「……ほう! これはなかなか趣のある路地ですね」

「ちょっと何を言っているのか分かんない」

「ゆんゆんにはこの路地の素晴らしさが分かりませんか? なんというか、闇属性な感じが紅魔族の琴線に触れてくるのです」

「そ、そんな事……。私は全然……」

 

 言われてみると気になる路地のような気が……、…………?

 

「そうですか? では私はひとりでこちらに行くので、ゆんゆんは先に公衆浴場へ行っていてください」

「ちょっと待って! 爆裂魔法を使って魔力も残っていないくせに、どうしてひとりで危なそうな方へ行こうとするのよ!」

 

 私は暗い路地裏へと入っていくめぐみんの後を追いかけた。

 

「そんなに心配しなくても、この街は国内で最も治安が良いらしいですよ」

 

 魔力を使い切ったせいか、少し気だるげな様子でめぐみんは言う。

 

「だからって、自分から危なそうなところに行かなくてもいいじゃない。おかしな人に絡まれたらどうするのよ?」

「大丈夫ですよ。私達は新米冒険者にしてはレベルが高いですからね、魔法を使わなくてもその辺の市民には負けませんよ。それに、私はしばらくこの街を拠点にするつもりなので、知る人ぞ知る穴場なんかを見つけておきたいです。路地裏を通った方が近道になるかもしれませんよ?」

「……そ、そうなの? めぐみんって、考えなしに行動してるように見えて、けっこういろいろ考えてるんだね」

「当然です。ゆんゆんももう少しいろいろと考えたらどうですか? 私達は冷静沈着が売りのアークウィザードですからね」

 

 感心する私に、めぐみんがドヤ顔を浮かべ……。

 

 ……それからしばらくして。

 

「ねえめぐみん。ここってさっきも通ったんじゃない?」

「…………」

「めぐみん? ねえ、そこはさっきも右に曲がったと思うんだけど……。ねえ、めぐみんってば! ひょっとして私達、迷子になってない? めぐみん! めぐ……。ちょっとあんた無視しないでよ! 迷ったなら迷ったって言いなさいよ!」

 

 私が何度も呼びかけると、めぐみんは足を止め振り返って。

 

「ええ、迷いましたよ。それが何か?」

「何かじゃないわよおおおおお! 近道になるかもって言ってたのはなんだったのよ! 逆に時間が掛かってるじゃない! 暗くなってきたし、雨も降りそうだし……! ちょっと感心した私がバカだったわ! やっぱりあんたはアホの子よ!」

「何おう! 仕方ないじゃないですか、紅魔の里にはこんなに複雑な道はなかったし、こんなに広くもなかったんですよ! というか、私をアホの子呼ばわりするゆんゆんは道が分かっているんですか? どうすればこの路地から出られるかが分かると言うんですか?」

「そ、それは……!」

 

 迷っているのは私も同じなので強くは言えない。

 

「ほら見た事か! 私がアホの子ならゆんゆんもアホの子ですよ!」

 

 ――私達がお互いをアホ呼ばわりしていると。

 私達のすぐ傍を青い髪の女の子が走り抜けていって……。

 

「あっ、あの人に聞いてみましょう。この街の人なら道も分かるはずですよ!」

 

 即座にそう言っためぐみんが女の子を追いかけ走りだす。

 

「ええっ! ちょっとめぐみん……!」

 

 そんな……。

 人に道を聞くなんてそんな……!

 あの人は走っていたから急いでいるのかもしれないし、道を訊いたら迷惑なんじゃ……。

 と、知らない人に声を掛ける事をためらっていたせいか、追いかけていたはずのめぐみんをいつの間にか見失っていて。

 

「あ、あれ……? めぐみん? ねえめぐみんってば……!」

 

 声を上げるも周りには誰もいない。

 走り疲れてトボトボと歩きながら、だんだん怒りが込みあげてくる。

 まったく! めぐみんはまったく! 思いつきで知らない道に入って迷い、しかも私を置いていくなんて……。

 …………。

 ……めぐみんは……すごいなあ。

 旅に出る時も私はめぐみんを追いかけてきただけだし、学校でもライバルと言っていたけれど一度も追いつけなかったし……。

 ……このまま追いつけなかったら……。

 ……朝まで路地から出られなかったらどうしよう。

 

 ――と、私が不安に駆られたそんな時。

 

 鼻先にポツリと水滴が当たった。

 

「ひゃっ! あっ、雨……」

 

 見上げると、空から大粒の雨が降ってくる。

 

「ど、どうしよう……?」

 

 道が分からなくて路地から出られないのに、雨まで降りだしてしまった。

 すぐに雨は本降りになって、私はあっという間にびしょ濡れになる。

 半泣きになりながら駆け足で路地をウロウロしていると、誰も住んでいなさそうな廃屋を見つけて。

 ……少しだけ雨宿りさせてもらえないかな?

 このまま歩き続けても路地から出られないかもしれないし、雨に濡れたせいで風邪を引くかもしれない。

 風邪や病気は治癒魔法では治せないから、冒険者にとっては大敵だ。

 

「すいません……。お借りします……」

 

 軒下に立って、濡れてしまったスカートを絞る。

 見上げた空は黒い雲に覆われているけれど、空の端っこには夕焼けの名残も見えるから通り雨だろう。

 少しだけなら家の持ち主も許してくれるはず……。

 

 と、そんな時。

 

「……なあ」

 

 誰もいないと思っていた廃屋の中から声がした。

 

「わあああ! す、すいません! すいません! 勝手に軒下をお借りしてすいません! 誰もいないと思ったんです! 今すぐに行きますので許してください!」

「いや、ちょっと待て! そうじゃなくて、どうせ雨宿りするんだったら中に入ったらどうだ? そこだと足が濡れるだろ? まあ、俺も雨宿りしてるだけでここの持ち主ってわけじゃないんだけどな」

 

 立ち去ろうとする私に、その人は慌てたように声を掛けてくる。

 どうやら私と同じように雨宿りをしている人らしい。

 空が曇っているせいで薄暗いし、廃屋の中は暗くてよく見えないけれど、声の感じからすると私と同い年か少し上くらいの男の子だろう。

 

「い、いいんですか? ……あの、勝手に入っちゃっていいんでしょうか? 持ち主の人に怒られませんか?」

「持ち主はここにはいないみたいだし大丈夫だと思うぞ。それにもし見つかっても、ちょっと雨宿りするくらいなら許してくれるだろ」

「い、いえ、でも……!」

 

 知らない人と二人きりなんて……。

 ……大丈夫だろうか?

 退屈な奴だと思われないだろうか?

 でもせっかく誘ってくれているのに断ったら軒下にいるのも気まずくなるし……!

 

「…………そ、それなら……。ししし、失礼します……!」

 

 廃屋の中に入るも、何も見えずまごついていると。

 

「そこら辺に藁束が置いてあるから、そこに座ってるといいんじゃないか」

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 近づきすぎると緊張しそうで、男の子から離れた部屋の隅っこに腰を下ろし……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……お互いに無言だ。

 

 どうしよう、中に入ってもいいと言われ入ってきてしまったけれど。

 ……こういう時にはどうするのが正解なんだろう? 紅魔の里で読んだ『魚類とだって友達になれる』という本には書いてなかった。

 だって魚類は喋らないし……。

 意外と社交的なところもあるめぐみんだったら、自分から話しかけて雨が収まる頃には仲良くなっているかもしれない。

 私が話しかけたら変な子だと思われないだろうか?

 でも、このまま黙っているのも……。

 ――と、私が悩んでいると男の子が声を上げた。

 

「……!? ちょ! お、おい! あんた、目が真っ赤だけど大丈夫か! それってなんかの病気とかじゃないのか!」

 

 悩んでいたせいか、自分でも気づかないうちに両目が紅く輝いていたらしい。

 

「ちちち、ちがー! 違います! これは種族の特徴で、別に病気ってわけじゃ……! す、すいません! いきなり光ったら迷惑ですよね! なんでもないです! すぐに落ち着きますから!」

 

 目を閉じたり、手で隠したりするも、目が赤いと指摘され動揺しているせいか、目が輝くのは収まりそうもない。

 

「ど、どうしよう。このままじゃ迷惑が……! あ、あの、やっぱり私、出ていきますね! 少しくらい濡れても大丈夫ですから!」

「い、いや、ちょっとびっくりしただけだから気にしないでくれ。なんでもないならこっちこそ騒いで悪かったよ。別に迷惑じゃないから無理して光らないようにしなくてもいいぞ」

 

 慌てる私に、男の子がなんでもない事のように言う。

 なんていい人なんだろう……!

 

「す、すいません……!」

 

 これまでこの街で会った人達は、私の目が紅く輝くと怯えていた。

 これ以上迷惑を掛けないように両目を塞いでいると。

 

「なあなあ、もし良かったらだけど、雨が収まるまで暇つぶしに話でもしないか? ほら、黙って座っていても気詰まりだし、何もしないってのも退屈だろ? 本当に良かったらでいいんだけど……」

「いいんですか!」

 

 男の子の提案に、私は食い気味に声を上げる。

 

「お、おう……」

「ほ、本当ですか? 本当に、私なんかとお話してくれるんですか? その、私なんかと話していてもつまらないと思うんですけど……。よ、よろしくお願いします……!」

 

 ありがとうございます、ありがとうございます……!

 

 

 *****

 

 

「――そいつがバナナを全部消しちまってさ。いや、その芸は本当にすごかったんだ。客もたくさん集まったし、後はバナナを売れば良かった。でもそいつ、バナナは消しちゃって戻せないから、売る用のバナナを用意しろって言いだしてさ。それで俺まで一緒にクビにされたんだよ」

 

 男の子は自分達の失敗談を面白おかしく話してくれた。

 聞けばその男の子も、私と同じくこの街に来たばかりの駆けだし冒険者だという。

 

「そ、そうなんですか! ……大変ですね!」

 

 私がつまらない相槌しか打てないでいるのに、男の子は気にせず話を続けてくれる。

 

「その前はわけの分からない指示を出されてクビになった事もあったな。まったく、せっかく人が真面目に働こうと思ったのにバカにしやがって!」

「わ、わけの分からない指示ですか……?」

「それがさ、裏の畑からサンマを獲ってこいって言うんだよ」

「え? サンマですか? 裏の畑からサンマを……?」

 

 戸惑う私に、話していて思いだしたのかその子は声を荒げて。

 

「だよな、嫌がらせにしても意味が分からないよな!」

 

 ……えっ。

 畑からサンマを獲ってくるという簡単な指示なのに、わけが分からないってどういう事だろう……?

 

「……そういえば、バナナって川を泳いでるのか? サンマならまだ分かるけど、バナナが川を泳いでるわけないよな? いや、サンマが泳ぐなら海のはずだけどさ」

「???」

 

 混乱する私に、男の子はさらにわけの分からない事を言ってくる。

 バナナが川を泳ぐのは当たり前だし、サンマが海を泳ぐはずもない。

 ……私をからかっているのだろうか?

 紅魔の里の外では通じるジョークみたいなものなのかもしれない。

 里でも私と話をしてくれる人はほとんどいなかったから、皆は知っているジョークを私が知らないだけなのかも……。

 

「そ、その……。そうですね! わけが分からないですね!」

 

 今自分が話している事もわけが分からないけれど、変な子だと思われたくなくて話を合わせると。

 

「そうなんだよ! 分かってくれるか? 君みたいなまともな人と話せて良かったよ。ここんところ、頭のおかしい失敗ばかりする疫病神みたいな奴の相手ばかりしてたからさ」

 

 まともな人!

 それに、私と話せて良かったって……!

 

「そそそ、そんな! こちらこそ、こんなにきちんと話をしてもらえるなんて、里を出てから初めてで……!」

 

 というか、私の相手をまともにしてくれる人なんて、里にもほとんどいなかった。

 良かった!

 無理してでも話を合わせて本当に良かった……!

 

「まあ、そんなわけでいろいろと苦労させられたけど、最近はようやく土木工事の仕事にありつけるようになってさ。今日もでかいクレーターができたからそれを埋めるために残業しろっていわれて、さっきまで街の外で仕事してきたとこだよ」

「……!? そ、そうなんですか。大変ですね!」

 

 ……すいません、そのクレーターを作ったのは多分めぐみんです。

 

「そうなんだよ! 大変だったんだ! そんな風に言ってくれる奴も他にいなかった! 普通の事をしてるだけなのになぜか上手く行かなくてさ。もうずっと馬ご……、…………ボロい宿で寝泊りしてんだ。それにほら、装備も買えなくてせっかくのファンタジー世界なのにジャージ一丁だよ、まったく雰囲気が出ねえ。……って、こんなに暗くちゃ見えないよな」

 

 ふぁんたじーってなんだろう?

 ……じゃーじ?

 話を合わせてしまった以上、訊く事はできない。

 よく分からないけれど、多分じゃーじというのは着ている服の事だろう。

 せめて男の子の服装だけでも見ようとするも、男の子の言うとおり暗くて見えない。

 

「す、すいません! 見えなくてすいません!」

「いや、そんなに謝るほどの事でも……」

 

 相手には見えないのに私が何度も頭を下げていた、そんな時。

 稲光がカッと部屋の中を照らしだした。

 

「あっ! 見えました! 今あなたの着ているものが一瞬だけ見えましたよ! 確かにこの辺りではあまり見ないようなヘンテコな格好ですね!」

 

 男の子の服装が見えた事が嬉しくて、私はついそんな事を……。

 

「……ち、違うんです! 本当に違うんです、すいません!」

「い、いや、おかしな格好っていうのは自分でも分かってるから、そんなに謝らなくてもいいぞ?」

 

 

 *****

 

 

「――それで、私は現れたジャイアント・アースウォームの群れをファイアーボールで倒したんです」

「お、おお……!」

「その後もジャイアントバットやゴブリンが現れたりしたんですけど……」

 

 雨が降り続き、時折雷鳴も聞こえる中。

 私は旅に出てからこの街に来るまでの出来事を話していた。

 

「でもそれが、全部ある悪魔の策略だったんです。魔力を失った私が、魔法を使う事ができずにピンチになった時に、里から一緒に来た私の友じ…………ラ、ライバルの子が悪魔を一撃で倒してくれまして!」

「なるほどなあ、その一緒に来た友人もすごい魔法使いなんだな」

 

 私の話を、男の子は遮る事なくうんうんと聞いてくれる。

 

「そうなんです! めぐ……、その子は本当にすごくて! 里でも一番で、私は一度も勝てなくて……」

 

 そう、めぐみんはすごい。

 この街に来てからも、いつの間にか守衛さんと仲良くなっていたり、冒険者ギルドでもそこそこ顔を知られるようになっていたり……。

 それに比べて、私は何をやっているんだろうか?

 めぐみんが旅に出るなどと言いだしたからくっついてきたけれど、ひとりでは何もできていない気がして少し落ちこむ。

 そんな私に。

 

「なんでもできるって事はないんじゃないか?」

 

 男の子は、見えないけれど多分首を傾げながら、そんな事を言った。

 

「あ、いや、その子の事を悪く言いたいわけじゃなくてな? その子が悪魔を倒せるほどの強力な魔法を使えたのは、あんたが道中で雑魚を蹴散らしたからだろ? 俺は最弱の冒険者だし魔法使いの事なんてよく知らないけど、話を聞いた感じだといいコンビなんだなって思うけどな」

 

 ……えっ。

 

 里を襲撃してきた悪魔の大軍を一掃したのはめぐみんで、馬車を襲ってきたあの女悪魔を一撃で倒したのもめぐみん。

 私がやった事と言えば雑魚モンスターを倒した事くらいで、誰にもできるような事だ。

 だから、そんな……。

 

「そ、そんな……、いいコンビだなんて……! えへ、えへへ……」

 

 予想外の事を言われ私が照れていると。

 

「……!? ……なあ、その目が赤いのって怒ってるわけじゃないんだよな? 本当にあんたの友人を悪く言いたかったわけじゃないからな?」

「…………い、いえ……。違うんです。すいません、怖がらせてしまってすいません……」

 

 違うんです、褒められて嬉しかっただけなんです。

 

「そ、そうか。えっと、あんたが実はすごい冒険者だってのは分かったよ。駆けだし冒険者だったらパーティーを組んでもらいたいところだったけど、今の俺じゃレベルが違いすぎて足手まといにしかならないっぽいな」

「!? い、今私とパーティーを組んでくれるって言いましたか?」

「いや、悪かったって。そんなに強いって思わなかったんだよ。それに、さっきも言ったけどまだ装備も整っていないような状態だから、パーティーを組んだところでクエストに出られるわけでもないしな」

 

 パーティーを組んでくれる!

 私とパーティーを組んでくれる人が……!

 ……どどど、どうしよう。こんな時、どうしたら……!

 でも今はめぐみんとパーティーを組んでいるんだから、私の一存で他の人とパーティーを組むわけには行かないし……!

 

「パ、パーティー……。私とパーティを……!」

 

 私がうろたえていると……。

 男の子が立ちあがり、廃屋の入り口から外を見る。

 

「おっ、そろそろ雨がやみそうだな。もう外に出ても大丈夫そうだぞ。……そうだ、良ければ夕飯を一緒に食わないか?」

 

 と、そんな時。

 稲光がカッと瞬くと、直後に雷鳴が轟いた。

 

「うおっ! 今のはかなりデカかったな。……避雷針とかってどうなってるんだろう。まさか雷のせいで火事になったりしないよな?」

 

 ……?

 雷の音で聞こえなかったけれど、『良ければ』……その先はなんて言ったんだろう?

 いや、今はそんな事より……。

 

「あ、あの……。この街に一緒に来た人がいるんですよね? その人は、その……」

 

 めぐみんは意外と社交的なところがあるし、私とも普通に話してくれるこの男の子となら上手くやっていけるはず。

 でもこの男の子にも、パーティーを組むなら相談しなければいけない相手がいるはずで。

 

「……? ああ、そいつは俺を置いていっちまってさ」

「……!? そ、そうなんですか……。それは……」

 

 ……どうしよう。

 きっとこの人は、同じ村の友人か何かと一緒に冒険者になろうと夢見てここアクセルの街へとやってきて……。

 そして、その友人はモンスターに殺されてしまったのだろう。

 冒険者は危険な職業だ。

 それは分かっていたけれど、実際に不幸な目に遭った人を前にすると何も言えない。

 まるで一緒に食事に行く相手が来られないくらいの気軽な口調で話しているけれど、友人が亡くなったのだから本当は辛いはずだ。

 

「わ、私こういう時なんて言っていいのか分からなくて……! すいません! 本当にすいません……!」

「……? えっと、よく分からないけど、そんなに気を遣わなくていいんからな? ほら、雨も上がりそうだしもう行こうぜ」

 

 男の子と一緒に外に出ると、もうすっかり日は暮れていて辺りは暗い。

 私は前に立って歩きだそうとする男の子の背中に。

 

「あ、ああ、あの、是非私とパーティーを……!」

 

 ――と、そんな時。

 

「ふわああああーっ! ああああああーっ! ないんですけど! どこにもないんですけど! ねえ、おかしいわ。こんなの絶対おかしいと思うの! どこかで落としたんだから来た道を戻ってきたら見つかるはずじゃない! これは悪魔の仕業に違いないわね! この辺りにはなんだかちょっぴり変な気配が漂っているもの!」

 

 ひとりで騒ぎながら、青い髪の女の子が駆けてきて……。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

 

 そのまま通り過ぎようとしていた女の子を、男の子が呼び止める。

 その子は立ち止まると、男の子にくっつきそうなほど顔を近づけ……。

 

「……ほーん? あんたこそこんなところで何をやっていたのかしら? ねえ、今ならまだ間に合うから、あんたの罪を懺悔なさいな。あんたのやった事くらい、この曇りなき眼でまるっとお見通しなんだから」

「いや、ふざけんな。俺が何をやったって? お前の給料袋の事なんか知るか」

「ほら! 私は給料袋の事なんてひと言も言ってないのに、どうして私が給料袋をなくした事を知ってるのかしら! それはあんたがこっそり盗ったからなのでした! さあ、この私の完璧な推理に観念してさっさとお金を返しなさいな!」

「はあー? 今までのお前の行動を見てれば誰にだって分かるわそんなもん。そっちこそ証拠があるなら出してみろよ、俺が盗んだ証拠ってやつを!」

 

 ……あれっ?

 なんだかこの女の人は、さっきまで男の子が話していた失敗談の、この街に一緒に来た友人のような気が……。

 私が様子を見ていると、女の子が土下座を始めて。

 

「すいませんでした! 勢いで盗まれた事にしてお金を貰おうとしたけど、本当はどこかに落としました! お金がないので夕飯を奢ってください」

「お、お前……。女神としてのプライドはどこへやったんだ? ……っと、悪い。こいつがさっき話してた失敗ばかりする奴で……」

 

 …………。

 

 ……………………?

 

「あ、あの……、その人って……亡くなったんじゃ……、…………」

「……? いや、生きてるけど……?」

 

 不思議そうに首を傾げた男の子の言葉に。

 

「す、すいませんでしたあああああ!」

 

 おかしな勘違いをしていた事が恥ずかしくなった私は、全力でその場から逃げだした。

 

 

 *****

 

 

 世界を脅かしていた魔王が勇者サトウカズマによって倒されてから、しばらくが経った。

 あれからもいろいろとあったけれど、このところ私は穏やかな生活を送れている。

 

 ――そんなある日。

 

 街中でネロイドに負けて鳴いていたちょむすけを見つけ、めぐみんの屋敷に届けると。

 けっこうな量の衣類を広げたアクアさんが、ダクネスさんに話しかけていた。

 

「ねえダクネス。本当に売りあげの半分は私が貰ってもいいのよね? そういう決まりだって言うから参加するのよ? 大事なところなんだからちゃんと教えてちょうだい」

「それについては何度も言っただろう。規則では売りあげの半分は持ち主のものにしても良い事になっているが、ほとんどの参加者は全額を寄付してくれているんだ。エリス教会の慈善活動の一環だからな」

「それって私が売りあげの半分を貰っていきますねって言いだしたら誰かに叱られる感じなのかしら? でも決まりを破っているわけじゃないんだから、文句を言われる筋合いはないと思うんですけど」

「叱られる事はないだろうが、呆れられはするだろうな」

「なんでよー! どうして決まりを破ったわけでもないのに、叱られたり呆れられたりしないといけないの? おかしいわ! エリスのところはおかしい!」

「お、おい、滅多な事を言うな! いくらお前が女神だからといって、エリス様を悪く言うものではないぞ!」

 

 と、そんな時。

 昼過ぎだというのに寝起きな感じのカズマさんが二階から降りてきて。

 

「おはよう。……何やってんだあいつらは」

 

 二人の様子を見ると呆れたように呟いた。

 

「おはようございます。エリス教会のバザーについて話し合っているみたいですよ」

「お、おはようございます……」

「おう、ゆんゆんもおはよう」

 

 めぐみんと一緒に挨拶をする私に、カズマさんも小さく頭を下げて応えてくれる。

 

「ほーん? とうとう金に困ってあの羽衣を売る事にしたのか?」

 

 食事を用意しながらのカズマさんのそんな軽口に、アクアさんが衣類のひとつを高く掲げ。

 

「売らないわよ! この羽衣は神具なのよ? バザーなんかで売るわけないじゃない。今回の目玉はコレよ。なんと異世界で作られた衣服! その名もジャージよ!」

「えっ」

 

 その服を見た私は思わず声を上げた。

 あれって、一緒に雨宿りをしたあの男の子が着ていた服では……。

 そういえばあの男の子もじゃーじという服だと言っていた。

 私がそのじゃーじという服をジッと見ていると。

 

「お前ふざけんなよ! 人のものを勝手に売ろうとしてんじゃねえ!」

 

 えっ。

 

 …………えっ?

 

「何よ! 最近は着ていないし、カズマもちょっとは背が伸びて着られなくなったんだから売ってもいいじゃない! 箪笥の隅っこで埃を被っているより、新しい持ち主に着られた方がそのジャージだって幸せだと思うわ!」

「それは記念に取っておくつもりだからいいんだよ! 日本に住んでた時の唯一の思い出の品だぞ! お前はやっていい事といけない事の区別もつかないのかよ!」

 

 カズマさんがあのジャージという服の持ち主だという事は……。

 

「カズマったらバカなの? 今さら私にそんな区別がつくと思っているの?」

「こいつ開き直ってんじゃねえ!」

「わあああああーっ! 待って! 待って! 今月はお小遣いがもうないの! いろんなところのツケを払えって言われてピンチなのよ!」

 

 カズマさんにジャージを取りあげられ、アクアさんが泣きながら縋りつく中。

 

「ああ……ああああ…………」

 

 私はそれどころではなく、小さく声を上げる。

 あの夜の記憶は今でも毎晩のように思い返すし、誰とも話ができなくて一日が終わってしまい泣きそうになった時には心の支えにしてきた。

 この街に来てから私の話をまともに聞いてくれたのは、一緒に雨宿りをしたあの男の子だけだった。

 でも、街中の宿を捜してもあの男の子は泊まっていなくて……。

 話をするのが楽しすぎて、名前を聞くのを忘れていた事に気づいた時にはガチ泣きした。

 何度も記憶を思い返していたせいで友人のような気になっていたし、正直に言えばそれ以上にも……。

 

「ゆんゆん? どうかしたんですか、様子がおかしいですよ?」

 

 ちょむすけを抱いているめぐみんが、不思議そうに私の肩をつつく。

 ……サトウカズマさん。

 日本という黒髪黒目で凄まじい武器や能力を持った人達と同じ国出身の、あんまり凄まじくない感じの男の子。

 でも、ついには魔王を倒して勇者と呼ばれるようになってしまった。

 めぐみんが本気で好きだと常々言っている相手で。

 

「分かったわ。じゃあこうしましょう。コインを投げて表だったらこのジャージはバザーで売る。裏だったら売らない。どう、この勝負? 受けるかしら?」

「受けるわけないだろ。なんで自分のもんを取り返すのにそんなバカな勝負を受けないといけないんだよ。どうせ両面が表のコインとか作ったんだろ」

 

 そんなカズマさんと、あの男の子が同一人物なわけで……。

 

『カズマさん、最低……』

 

 これまで意識していなかったからできたいろいろな言動が、

 

『私カズマさんにそういった感情はないから!』

 

 次々と、

 

『私、カズマさんの子供が欲しい!』

 

 ――蘇ってきて。

 

「あああああ……あああああああ……」

 

 そんな私に。

 

「ゆんゆん? 本当に様子がおかしいですよ、大丈夫ですか?」

「お、おいゆんゆん。どうした? 目が真っ赤だぞ」

 

 めぐみんとダクネスさんが、心配そうに声を掛けてくれるけれど。

 

「……? なんだかゆんゆんはこのジャージが気になってるみたいなんですけど」

「コレか? えっと、コレがどうかしたのか?」

 

 カズマさんがジャージを広げてみせた瞬間。

 

「あああああああああああああああーっ!」

 

 驚きすぎてわけが分からなくなった私は、大声を上げ屋敷を飛びだした――!

 




 最後だけ時系列が魔王討伐後です。
 次話の前日譚みたいなの。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。