このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』2、読了推奨。
 時系列は、2巻3章直後。


この新たなる我が家に日用品を!

 それは悪霊に憑かれた屋敷の除霊依頼を完遂し、いろいろあったものの最終的には念願だった拠点を手に入れた昼下がりの事。

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そこは商店街から少し外れた路地裏。

 そこにある雑貨屋の奥。

 そんな場所にあるソファーで寛ぐアクアに手を引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いた――

 

 

 

 ――昼食を終えて。

 

「買い物に行きませんか?」

 

 台所で後片付けをしていためぐみんが、広間に戻ってきてそんな事を言いだした。

 食後のお茶を飲んでいたダクネスが顔を上げて。

 

「買い物? 私は一緒に行っても構わないが、何を買うんだ? 私は鎧を修理したし、新しい剣も発注してしまったから、あまり金に余裕はないのだが」

「……お前が金に余裕がないって言うなら、俺には借金がある件について」

「!?」

 

 俺がお茶を飲みながらダクネスに絡んでいると……。

 

「いえ、そういう買い物ではなくて。こうして拠点を手に入れたのですから、日常生活に使う物をいろいろと買い揃えてはどうかと思いまして。食器なんかも今のままでは気が休まらないでしょう」

 

 めぐみんのそんな言葉に、俺は手にしている金属製のマグカップを見下ろす。

 今日の昼食の準備をした調理器具も、食べる時に使った食器も、クエストの時に持っていく用の、言わばアウトドア用品だ。

 日頃からこれを使うのは、確かに冒険を思いだして気が休まらないかもしれない。

 

「まあ、俺も拠点が手に入って少しは余裕が出来たし、それくらいなら買っても良いかな。こっちに来てから、ずっと馬小屋暮らしで自分の物ってあんまり持ってないし、日頃使う物くらい気に入ったのを使っても罰は当たらないはずだ」

「そうか、自分で使う物は自分で選んで良いのだな。そ、そうか……!」

 

 ダクネスが当たり前の事になぜか嬉しそうにする中、テーブルに突っ伏していたアクアが。

 

「私は一晩中除霊してて疲れちゃったからやめておくわ。皆が買い物に行っている間、私はお昼寝してるから。買い物に行くのなら、ついでに夕飯を買ってきてくれない? 私、夜はこってりしたものが食べたいわ。屋敷が手に入ったお祝いに、ちょっと高いものを買ってパーティーをしましょうよ」

 

 あくびをしながらそんな事を……。

 …………。

 いや、良いんだが。

 別に良いんだけども、一晩中除霊する羽目になったのはコイツが手抜きをしたせいで、つまりは自業自得のくせに。

 フラフラと自分の部屋に行こうとするアクアに、俺は。

 

「……そうか。じゃあ夕飯はいつもよりちょっと豪勢にしようか。昨夜酒も飲んじまったみたいだし、ついでに酒も買ってきてやるよ」

「……? なーにカズマ、いきなり素直になっちゃって。でも、良い心がけだわ。この屋敷が手に入ったのも、なんだかんだで私のおかげみたいなものなんだし、もっと感謝してくれても良いんじゃないかしら? あっ、でも言っておくけど、昨夜お酒を飲んじゃったのは私じゃなくて、この屋敷に憑いた貴族の隠し子よ? 本当なのよ?」

「分かった分かった」

 

 俺は騒ぎだすアクアを軽く流して、ダクネスと何を買おうかと相談しているめぐみんに。

 

「なあめぐみん、せっかくだしカーテンとかも買わないか? ベッドとか、大きな家具は元々付いてたのを使えば良いけど、部屋の内装はちょっと物足りない感じじゃないか。他にも風呂で使う物とか掃除用具とか、屋敷で使うやつはちょっと良いのを買っておいても良いだろ?」

「そうですね。まあカズマが良いなら私は構いませんが、あまりお金に余裕はないんじゃないですか?」

「新しい家というのは、いろいろと物入りなのだな……!」

 

 別にドMの琴線に触れる話題ではないはずなのだが、ダクネスのテンションがさっきから高いのはなんなのだろう。

 

「俺の部屋は後回しにするが、この広間とか、共有空間で使うやつは早めに買っておいた方が良いだろ。皆でちょっとずつ金を出し合って、気に入ったのを選ぶってのはどうだ?」

「いいですね! 皆で選んだものなら愛着も湧くでしょうし、私が飛びきり格好良いのを選んであげますよ!」

「おい、爆裂的なのはやめろよ? こういうのは普通で良いんだ、普通で」

「な、なあ、実は私は家具や調度品のセンスには少し自信があるのだが……」

 

 三人で楽しそうに何を買うか話し合っていると、自分の部屋に行こうとしていたアクアが振り返って。

 

「……ね、ねえ、皆がどうしてもって言うんなら私もついていってあげてもいいわよ? ほら、皆で使う物を選ぶんだったら、このアクア様の素晴らしいセンスが必要になるでしょ?」

 

 俺は予想通りの反応をするアクアに。

 

「お前は一晩中屋敷の除霊をして疲れてるんだから、昼寝してて良いんだぞ」

「わあああああーっ! 皆で楽しそうにしてるのに、私だけ除け者にしないでよーっ!」

 

 

 *****

 

 

「冒険者の区画とは離れているから、あまりこちらに来る機会はないのだが、少し落ち着いた感じなのだな。なんというか……うん、平和だ。我々冒険者はこうした市民の平和を守るために戦っているのだな」

 

 ――商店街にやってきた。

 珍しそうにキョロキョロしているダクネスに、アクアがあちこちの店の人に親しげに挨拶をしながら。

 

「なーに? ダクネスったらキョロキョロしちゃって。こっちの方には来た事がないの? 私はこの辺のお店でバイトしてた事があるから、何でも聞いてくれて良いわよ?」

「ダクネスの実家はこの街にあるという話でしたけど、冒険者になる前はどこで買い物をしていたのですか? 子供の頃にお使いに出される機会くらいはあったでしょう?」

 

 めぐみんのそんな言葉に、ダクネスは少し焦ったように。

 

「えっ? い、いや、その、……そうだ! 私は箱入り娘でな! お使いとかそういった事はした事がないんだ。まともに買い物をしたのも、冒険者になってからが初めてだな」

「……子供の頃にお使いに出されるというのは誰にでもある事だと思うのですが、ひょっとしてダクネスは、結構なお嬢様だったりするのでしょうか?」

 

 めぐみんに聞かれたダクネスが、ますます焦ったような表情になる中。

 アクアがいきなり駆けだしながら。

 

「あっ! ねえ皆、あそこでコロッケを買いましょうよ。とっても美味しいコロッケなのよ! 久しぶりね店長、コロッケを四つくださいな! お代はあそこのカズマさんにツケといてね」

「おいアクア、あんまりバカな事言ってるとお前の分のクエスト報酬から借金の分を天引きするぞ。ていうか、昼飯食ったばかりなのにまだ食べるのか?」

「ほう! 良いですね、コロッケ。カロリーが高くて腹持ちがする食べ物は好きですよ」

「……お前、さっきあれだけ唐揚げ食ってたじゃないか」

 

 俺達がアクアを追いかけると、ダクネスがほっと息を吐いていた。

 

 

 

 アクアに案内されて、商店街から少し外れて路地に入り。

 ……自信満々で前を歩いていたアクアが、やがて分かれ道で棒を倒し始めたので、迷ったんだろと追及して泣かせ。

 近所の住人に道を聞いて。

 

「ほら、ここよここ! このお店ならとっても安いし、いろんな物が揃うわ! 商店街の人に教えてもらった穴場なのよ!」

 

 ――ようやく辿り着いたのは、寂れた雰囲気の雑貨屋。

 細々とした商品が道端にまで溢れだした店の前で、途中で道が分からなくなったくせにアクアがドヤ顔で俺達を手招き。

 そんなアクアを、薄暗い店の奥から、人相の悪い店主が睨んでいて……。

 正直、ちょっと入りづらいのだが。

 

「おいアクア、あんまりはしゃぎすぎるなよ。こんな路地裏に店を構えてるんだし、店の人は騒がしいのが好きじゃないなのかもしれないだろ」

「大丈夫よ。この雑貨屋のおじさんは顔が怖いだけで、本当は子供が好きなとっても優しいおじさんなんだから。お店が路地裏にあるのは、買い取りもやってる何でも屋なのに整理整頓が苦手で、いっつもお店の前まで商品が溢れてきてしまって、表通りだと通行の邪魔になるからなのよ」

「そ、そうなのか? なんか、お前が喋れば喋るほど店の人の目つきが鋭くなっていく気がするんだが、それは俺の気のせいなのか?」

「それは私が、本当は子供好きで優しいって事を暴露しちゃったから、恥ずかしがっているんだと思うわ」

「お前、人が隠したがってる事をぺらぺら喋るのはやめろよ」

 

 そんな事を言い合いながら、店の中に入る。

 店内は、入口は狭いが奥行きは広く、いろいろな物が雑然と積み上げられていて。

 俺が陳列されている商品を眺めていると。

 

「カズマ、まずはカーテンを選びましょう。私が一番格好良いのを持ってきてあげますよ!」

「私だって、こういった事には自信がある。ただ硬いだけの女ではないところを見せてやろうではないか」

「皆、私の超凄いセンスを見て、びっくりして腰を抜かさないでよね!」

 

 三人が、三者三様に不安になるような事を言って、店の中をウロウロし始め……。

 ――しばらくして。

 

「カズマカズマ、このカーテンはどうですか! ここの柄が紅魔族の琴線にビンビン触れているのですが!」

「お、お前……、なんでそんなに過激な模様のやつを選んでくるんだよ? 日常で使うものなんだぞ、毎日その模様を見るんだぞ? もっと大人しいやつで良いだろ」

「カズマ、私はこれが良いと思うのだが……」

「さっき家具や調度品のセンスに自信があるとか言ってたが、あれはなんだったの? そんな成金趣味みたいなのを普段から使うやつがどこにいるんだよ」

「ねえカズマさん、これはこれは? さあ私の素晴らしいセンスを存分に拝むと良いわ!」

「カーテンだっつってんだろ! お前はなんで壺なんて持ってくるんだよ! 物ボケやってんじゃないんだぞ? 大体、壺なんて買ってどうするんだよ?」

 

 妙な物ばかり持ってくる三人に俺が駄目出ししていると……、

 

「そう言うカズマはどんなのが良いと思うの? あんたのセンスとやらを見せてもらおうじゃないの!」

 

 壺なんか持ってきたくせに、アクアが口を尖らせてそんな事を言いだし、めぐみんとダクネスもその言葉に頷く。

 俺だってそういうセンスに自信がある方ではないが、こいつらよりはマシだろう。

 俺は後ろ髪を引かれつつソファーから立ち上がり、さっきから良いなと思っていたカーテンを持ってきて……。

 

「地味ね」

「地味ですね」

「地味だな」

 

 三人が口々に言ってくる。

 

「い、良いんだよ、こういうのは地味なやつで!」

 

 

 

 カーテンを始め、購入する共用品を決めて、自分用の小物をそれぞれ選ぼうという事になった。

 マイカップとか、マイフォークとか、そんなのを。

 

「私はこれにします。なんですか? 文句でもあるんですか? こればかりはカズマが何を言っても聞きませんからね!」

 

 カーテンに駄目出しをしまくった事を根に持ってるらしく、禍々しいデザインのカップを手に、めぐみんが俺を睨みつけてくる。

 

「い、言わないよ。自分で使う物くらい好きに選んだら良いだろ」

 

 俺達がそんなやりとりをしている間、ダクネスが離れたところで可愛らしいデザインのカップをジッと見つめていて。

 ……たまにこっちをチラチラ見てくるのは、俺達に気付かれたくないからだろう。

 分かりやすいので、俺は見て見ぬ振りをしていてやったのだが、ダクネスの背後からアクアが近寄っていき。

 

「ねえダクネス、さっきからその可愛いカップをジッと見てるけど、気に入ったの? ダクネスって、意外と可愛いのが好きなのね!」

「んなっ!? ち、違うぞアクア、私が見ていたのは、……こ、これだ! こっちのやつで……!?」

 

 アクアに話しかけられて焦った様子のダクネスは、別のカップを見もせずに持ち上げて。

 

「……そんな気持ち悪いのが好きなの? ダクネスって、意外と変な趣味してるのね?」

「…………そ、そうなんだ。私はこういう変なのが好きな女で……」

 

 ダクネスがうっかり手に取ってしまった気持ち悪い感じのカップを見下ろし、しょんぼりと肩を落とす中。

 棚に並べられたカップをいくつも手に取るアクアに、俺は。

 

「おいアクア、金がないんだから最低限の物にしとけって言ってるだろ。ていうか、そんなにコップを沢山買って何に使うんだよ」

「なによ、これは私にとっての必要最低限なんだから邪魔しないでよ。こっちのは宴会芸に使う用のコップなの。私くらいになると、芸に使う道具にも気を使うものなのよ」

「よし、戻してこい」

「いやよ! 私のお金で買うのに、なんであんたに文句言われないといけないのよ。この世界ではほとんどが一品物なんだから、今日逃しちゃったら二度と手に入らないかもしれないのよ? この子はここの傷のところが気に入ってるし、この子は取っ手がちょっと歪んでるところが気に入ってるの。カズマが反対したって買うからね! 私の事は放っといて! あっちに行って! ほら、あっちに行ってよ!」

「俺は一応、お前のためを思って言ってるんだぞ? 食費が足りなくなったらまたパンの耳だからな? 自業自得だし俺は金を貸さないからな」

「誰が甲斐性なしのけちんぼニートなんかに頼るもんですか! カズマこそ、みみっちい買い物ばかりしてるとお金に嫌われるって知らないの? まったく、これだから貧乏性のヒキニートは!」

「ヒキニートはやめろよな。言っとくが俺は貧乏性じゃなくて、貧乏なんだよ。……おい、ひょっとしてその壺も買うつもりなのか? それはさすがにやめとけよ。壺なんか買う必要ないだろ?」

 

 俺が、大量のカップを抱えながら、さらに壺まで手に取ろうとするアクアにそう言うと。

 

「そういえばカズマは、この世界の事をなんにも知らないあんぽんたんだったわね……いひゃいいひゃい! この世界では、寝室に壺を置いておかないと、寝ている間に忍びこんできたネロイドが、口の中に入ってきて窒息させられるのよ。壺があったらネロイドはそっちに入って、朝になったら勝手に出ていくから、どんなに貧乏な家でも壺を一つは置いておくものなの」

 

 何それ怖い。

 

「そ、そうなのか? じゃあその壺も買っておこう。ていうか、ネロイドってなんなんだよ? 危険な生き物なのか? 俺、酒場でネロイドのシャワシャワとかいうのを飲んだ事があるんだが」

 

 不安そうにアクアに聞く俺に、横からめぐみんが。

 

「カズマは妙な事を知っているのにたまに常識がありませんね。ネロイドに窒息させられるなんて、あるわけないでしょう。ネロイドは路地裏とかにいる、捕まえるとにゃーと鳴くだけの安全な生き物ですよ」

「ちょっと待ってくれ、どれが本当でどれが冗談なんだ? ……なあ、二人して俺をからかってるんだろ? カーテンを悪く言った事は謝るから、頼むから本当の事を教えてくれよ」

 

 

 *****

 

 

 購入した物が多すぎて持ち帰れないので、配達の依頼をして。

 俺が会計をしていると。

 

「カズマ、すいませんがちょっと来てもらえませんか。アクアが大変なんです」

 

 買う物を決めて暇になったらしく、店の中をウロウロしていためぐみんが、そんな厄介な事を言いながら俺の袖を引いてきて。

 

「……なんであいつはこう、面倒事を起こさないと気が済まないんだ? くそ、やっぱり屋敷で昼寝させとくべきだったか。なんだよ、今度は何やらかしたんだ?」

「それが、ソファーが欲しいとか駄々を捏ねてまして。私達ではどうにもならないのです」

 

 俺は店主に待ってもらうよう頼んで、めぐみんに連れられて店の奥へ行き。

 そこに立っているダクネスの目の前には高級そうなソファーがあって、そのソファーにアクアが座っていて。

 

「……ん。カズマも来たか」

「カズマさんカズマさん、私、このソファーを買おうと思うの」

 

 ソファーにゆったりと腰掛けたアクアが、そんな事を……。

 …………。

 

「いや、無理だろ。いくらするのか知らないけど、そんな高そうなの買うような余裕はないぞ。バカな事言ってないで、買うもん買ったし、さっさと帰るぞ」

「お断りします。このソファーはね、私に買われるためにこのお店にやってきたの。明日になったら他の誰かに買われていってしまうかもしれないんだから、ちょっと無理してでも今日買わないといけないの。ねえ、めぐみんもダクネスも、さっき座ってみて座り心地が良かったでしょう? こんなに良いソファーなんだから、買って損はないはずよ! 二人もそう思ったら……お金を貸してください!」

 

 ソファーに座ったまま頭を下げるアクアに、二人は顔を見合わせ。

 

「まあ確かに、座り心地の良いソファーですし、買えるものなら買いたいですが、私もそんなに余裕があるわけではないですからね。そのソファーを買おうとすると、ベルディアの討伐報酬に手を付けなくてはいけません」

「私もどうにかしてやりたいとは思うが、剣や鎧に金を使ってしまったから、めぐみんより余裕がない。すまないが、私には何もしてやれないな」

「ほら、二人もこう言ってる事だし、お前も諦めろよ。昨日まで馬小屋暮らしだった俺達に、こんな高級品が買えるわけないだろ?」

 

 俺達が口々にそう言うと、アクアはぷいっとそっぽを向いて。

 

「何よ皆して! 私は諦めないわよ。この子は私に買われるためにこのお店で待ってたんだから、私が買ってあげないといけないの!」

「無理なものは無理なんだから、バカな事言ってないでさっさと立てよ。お前だって分かってるだろ? 金がないってのは、どうにもならない事なんだよ」

「いやよ! いやーっ! 何よ、お金お金って、お金の事しか頭にないの? この守銭奴! 貧乏性!」

「うるせーバカ! 金がないんだから仕方ないだろ!」

 

 俺は、ソファーにしがみつくアクアを引き剥がそうとしながら。

 

「いい加減に諦めて立てっつってんだろ! いつまでそこに座ってるつもりだよ!」

「いやよ! 私は一晩中除霊して疲れてるんだから、のんびり休ませてくれても良いと思うの! 人形に追い回されて大騒ぎしてただけのカズマさんは、もっと私に感謝するべきじゃないかしら! ほら、お疲れ様って労って! 頑張ったアクア様はソファーに寝そべってダラダラしてて良いですよって言って! ねえ言ってよ!」

 

 アクアはソファーにしがみついて抵抗し、そんな事を言ってきて……。

 

「まあ確かに、除霊の件については、マッチポンプだって事以外はお前もよくやったと思うが、それとこれとは別の話だろ? いつまでもここにいるわけにはいかないってのはお前だって分かってるはずだぞ」

「私は諦めないわ! これは私だけのわがままじゃなくて、皆のためにもなる買い物なのよ。一回座ってみたらカズマにだってこのソファーの良さが分かるわよ! ほら、座ってみなさいな、とっても座り心地が良いんだから!」

 

 そう言うアクアに引っ張られ、俺はバランスを崩してソファーに尻餅を突いて……。

 

「うおっ、なんだこれ、ふにょっと……」

「そうでしょう、そうでしょう! カズマも欲しくなってきたでしょう! このソファーを広間の暖炉の傍に置いて、暖炉の火に近くで当たったら、きっと、とっても暖かいわ!」

 

 柔らかいソファーにゆったりと身を沈める俺に、アクアが勢いづき、めぐみんが慌てたように。

 

「やめてください! カズマは馬小屋生活で一番ダメージを受けているのですから、そういう説得はすごく効果的ですよ!」

「おい、俺がこんなふにょっと座り心地の良いソファーくらいで絆されると思うなよ? これまでどんだけ金で苦労してきたと思ってるんだ。こんな誘惑くらいでどうにかなるような俺じゃないぞ」

「そういう事はソファーから立ち上がって言ってほしいのですが」

「おいカズマ、顔が緩みきっているぞ。よっぽどそのソファーが気に入ったのか? だが、そのソファーを買うような余裕は本当にないぞ」

 

 ソファーで寛ぎ始めた俺とアクアに、二人が揃ってため息を吐く。

 

「……なあ、本当にどうしようもないのか? 雪精の討伐報酬も貰えたんだし、ちょっと無理すれば……」

 

 すっかりソファーを欲しくなってそんな事を言う俺に、アクアが嬉しそうな顔をし、めぐみんとダクネスが呆れ顔になって。

 

「あれは冬越しの資金だと言ったのはカズマではないですか。屋敷が手に入って宿代は浮きましたが、薪代なんかもありますからね」

「私は冬将軍に剣を駄目にされたから、買い替えなければならないし、お前達は借金分でかなり天引きされたのだろう?」

 

 二人の言葉に、俺はソファーに身を沈めながら。

 

「閃いた! おいアクア、このソファーを買う方法が一つだけあるぞ」

「本当!? さすがカズマさん、頼りになるわ! それで、その方法っていうのは? このソファーを買うためなら、私も頑張ってあげるわよ?」

「お前が飼ってる雪精を討伐して、討伐報酬を」

「……何言ってるのカズマさん、駄目に決まってるじゃない。あの子は夏場に飲み物を冷やしてもらうの。名前まで付けて大事に可愛がってるんだから、討伐なんてさせないわよ。ちょっと人見知りして冷たい感じだけど、根はとっても良い子なんだから」

 

 俺の言葉に、ソファーの座り心地の良さに表情を緩めていたアクアが、急に真顔になりそんな事を……。

 

「わがままじゃなくて皆のためになる買い物だって、お前が自分で言ったんじゃないか、確かに、このソファーを広間に置くのは、雪精で冷蔵庫を作ろうなんてバカな思いつきより、ずっと俺達のためになる。よし、今から急いで屋敷に戻ってお前の雪精を討伐してくるから、どこにしまってるのか教えろよ」

「やめて、やめてーっ! あんなに可愛い子をお金目当てに討伐するなんて、あんたには人の心ってもんがないの? ねえ待ってよ、そんなに言うならこのソファーは諦めるから!」

 

 

 

 泣きやまないアクアを引きずるようにして、カウンターに戻ると……。

 

「お前さんら、あのソファーが欲しいのかね」

 

 店主がいきなりそんな事を言ってきた。

 店内は広いが俺達以外に客はなく静かなので、俺達のやりとりが聞こえていたのだろう。

 

「す、すいません。欲しいには欲しいんですが、金がなくて買えません。今日はこれだけください」

「ねえおじさん、あのソファーは私が買うから、お金が貯まるまで誰にも売らないでおいてくれないかしら? 無事にあのソファーを買えたら、おじさんを名誉アクシズ教徒として……」

「おいやめろ、バカな事を言って他人に迷惑を掛けるなよ。次に高い買い物が出来るようになるのがいつになるのか分からないだろ。少なくとも冬の間はロクな収入がないんだからな」

 

 俺と店主の会話に割りこんできて、バカな事を言うアクアを、叩いて黙らせていると。

 店主が鋭い目つきで俺を睨んできて。

 

「お前さん、アレだろう。この間来た魔王軍の幹部との戦いで、街を水浸しにしたっていう、冒険者の」

「そ、そうです。……俺がサトウカズマです」

 

 しらばっくれようかとも思ったが、配達先の用紙には俺の名前と屋敷の住所が書いてあるので今さらだ。

 人相の悪い店主の眼光は、ベルディアと同じくらいの迫力で。

 俺が何も言えないでいると……。

 

「……お前さん達がいなかったら、街は魔王軍の幹部とやらに滅ぼされていたんだろう? しかも、補償金のせいで莫大な借金を背負ったとも聞いてる。少しくらい融通を利かせてやったって、お釣りが来るってもんだ」

「本当に? 本当に良いの? ありがとうおじさん! ほら、私の言った通りでしょう? 笑顔も怖いけど優しいおじさんなのよ! それじゃあ、あなたを名誉アクシズ教徒に……」

「おいやめろ、お前は余計な事を言うな! ……あの、ありがたい話ですけど、本当に良いんですか?」

 

 めぐみんとダクネスが歓声を上げ、うっとうしく喜ぶアクアを俺が押さえつける中。

 店主は何かの用紙にペンを走らせ。

 

「構わんよ。どうせ、ウチに置いといたっていつ売れるか分からないような代物だからな。ほれ、ここにサインしてくれ」

 

 そう言って店主が差し出してきたのは……。

 

「ツケにしといてやる。返すのはいつでも良いぞ」

 

 ソファー代の借用書を前に、俺はこれを突っ返してはいかんのだろうかとしばし悩んだ。

 いやまあ、高級品をタダで貰えるだなんて、そんな漫画みたいな美味しい話があるわけないのだが。

 一瞬でも期待してしまった自分の甘さが憎い。

 

「……ありがとうございます」

 

 借金が増えました。

 

 

 *****

 

 

「おいアクア、力抜いてんじゃないだろうな。もっとちゃんと持てよ。店の人が運んでくれるって言ってたのに、俺達で運ぶって言い張ったのはお前だろ。……なあ、なんか超重いんだが? なんでこんなに俺にばっかり負担が来るんだよ」

「何よ、私のせいじゃないわよ。ダクネスが力を入れ過ぎてるせいで、ソファーが変な感じに傾いてるの。なんでもかんでも私のせいにしないでくれます? 謝って! とりあえず私が悪い事にしておけばいいやーっていう、その考え方を謝って!」

 

 ――帰り道。

 俺達は、四人でソファーを持って歩いていた。

 店主は後日配達してくれると言っていたのだが、アクアが帰ってすぐソファーに座って寛ぎたいと言い張ったのだ。

 力のステータスが高いアクアとダクネスは危なげないが、俺とめぐみんは時折フラついている。

 それをフォローしようとするダクネスだが、不器用なので上手く行かず。

 

「バランスです、こういうのはバランスが大事なのです。……あ、ほらダクネス、力を入れ過ぎ……あっ、今度は力を抜き過ぎですよ! まったく、あなたはどれだけ不器用なのですか!」

「す、すまない。腕力には自信があるのだが、どうにもこういった事は……!」

 

 ダクネスが力を入れ過ぎたり抜き過ぎたりするので、その度にソファーのバランスが崩れ。

 

「お、おい、だからなんで俺にばっかり負担が来るんだよ。……ああもう、帰ったらこのソファーで思う存分寝てやるからな!」

「何言ってるの? このソファーは私のよ。帰ったら暖炉の前に置いて、私が最初にゆったり寛ぐんだから、カズマは自分の部屋で寝たら良いじゃない」

「ちょっと待ってください、カズマは後で私の爆裂散歩に付き合ってくださいよ。魔力がないのなら仕方ありませんが、ソファーを運んで体力がなくなったから一日一爆裂を休むなど、爆裂魔法使いの沽券に関わりますよ!」

「ふ、二人とも、今はソファーを運ぶ事に集中してくれ! 私ではバランスが、バランスが……!?」

 

 そんなバカなやりとりを繰り返しているうちに、屋敷に辿り着き。

 玄関のドアを開けたアクアが。

 

「ただまー!」

「……いや、ただいまって言っても、ここに俺達がいるんだから、中には誰もいないだろ?」

「何言ってるの? この屋敷には貴族の隠し子の幽霊が憑いてるって言ったじゃない。今のはその子に言ったのよ」

 

 インチキ霊能力者みたいな事を言いながら、アクアは俺達を振り返って。

 

「おかーえり!」

 

 満面の笑みでそんな事を……。

 …………。

 考えてみれば。

 この世界に来てから、その言葉を口にするのは初めての事だ。

 これからはこの屋敷に入るたびに言うのだろうと、感慨深く思いながら、俺は――!

 

 ――ソファーがドアの枠に引っかかった。

 

「おいちょっと待てダクネス。力任せに入れようとすんな! 縦にすれば入るから!」

「待ってくださいダクネス、どうしてそっちを持ち上げようとするんですか! そんな事されたら負担がこっちに……あっあっ、重いです潰れます!」

「ま、待ってくれ。そんなに一度にいろいろ言われても……、こ、こうか?」

 

「「違う、そうじゃない」」

 

「じゃあ私は、先に行って暖炉の周りを片付けておくわね!」

「おい待てアクア、一番力のステータスが高いお前がソファーを運ばなくてどうするんだよ! 待てって! 重い重い! 待ってくださいアクア様ーっ!」

 

 ……まったく。

 どうしてコイツらは少しの間だけでも感慨に浸らせてくれないのか。

 

「ただいま!」

 

 縦にしたソファーを運び入れながら、俺は声を上げて――!

 




・ソファー
 独自設定。
 ちょいちょい出てくる家具だし、なんかエピソードがあっても良かろうと……。

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