このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。


このコレジャナイ俺に更生を!

 こいつらとのこんな暮らしが、ずっとずっと、続きますように――

 

 病に倒れた子供達のために薬の材料を取りに行くクエストを終え。

 口に出すと恥ずかしい事を願ってしまうほど平穏な暮らしが続いていたある日の事、冒険者ギルドのお姉さんに泣いて頼まれ街近くの森へとやってきた俺達は。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 いつものように爆裂魔法でモンスターを一網打尽にし、動けなくなっためぐみんを背負うと街へと戻る事に……。

 

 ――その道中。

 

「いや、お前は何をやってんの?」

「なーに? 今ちょっと忙しいから話しかけないでくれます?」

 

 アクアが俺達から離れて木の根元にしゃがみこみ、なんかゴソゴソやっていた。

 

「忙しいじゃないだろ。俺はもうさっさと帰ってゆっくりしたいんだからな、あんまり遅れるようだと置いてくぞ。今日の夕飯はお前の当番なんだから遅れるなよ」

「ほーん? そんな事言っていいのかしら? ほら見なさいな、私は食事当番の仕事をしているのでした!」

「……?」

 

 ドヤ顔のアクアの手元を覗きこむと、そこにはキノコがいっぱいに詰められた籠が……。

 

「おまっ……! ちょっと待て! それどうするつもりだよ! 幸運のステータスが低いお前が集めたキノコなんて毒入りに決まってんだろうが! こんなもん俺が捨ててやる!」

「わあああああーっ! やめて! やめて! せっかく集めてるんだから邪魔しないでよ! 安心なさいな、もしも毒キノコだったとしても私がきちんと解毒魔法を掛けてあげるわ!」

 

 籠を取りあげようとする俺に、アクアは亀のように籠を守ってその場にうずくまる。

 すごく……間抜けです……。

 こいつはこんなんで女神を名乗っていていいんだろうか?

 

「じゃあ安心だってなるわけないだろバカ女! 毒入り料理はふぐの時に懲りたよ! 極楽ふぐは確かにめちゃくちゃ美味かったけど、誰が好き好んで毒の入ったもんなんか食うか!」

「そうよ、毒のあるものは美味しいの。極楽ふぐだって美味しかったでしょう? 普通ならそんなもの誰も食べないし食べられないけど、このアクアさんがいれば毒があっても美味しく食べられるのよ。他の人には食べられない美食ってやつを味わってみたくないかしら?」

 

 アクアのそんな言葉に、うずくまるアクアの隙間からチラッと見えるキノコに目をやる。

 他では食べられないなどと言われると、ちょっと美味しそうに見えてくるが……。

 

「カズマは珍しいものが食べられて幸せ、私は余った食費をお小遣いにできて幸せ、皆幸せなんだからいいじゃないの!」

「お前それが目的かよ! ふざけんな! お前の小遣いのために毒入り料理なんか食うわけないだろうが!」

 

 ――と、俺とアクアが言い争っていると。

 

「カズマ……! カカ、カズマ……!」

「お、おいカズマ。言い争っている場合ではないぞ!」

 

 背中のめぐみんが俺の肩を叩き、ダクネスが声を上げた。

 

「なんだよ? 今こいつを折檻してやるから……」

 

 顔を上げた俺は途中で口篭もる。

 アクアの相手をしていて気づかなかったが、敵感知スキルに何かが反応していた。

 どこか不穏な雰囲気が漂う森の奥から現れたのは……。

 黒い毛に身を包まれた巨大な生き物。

 強靭な前足で人の頭など一撃で刈り取るという、一撃熊だった。

 

「ちょ!?」

「気を付けてください! この時季の一撃熊は冬眠のために食べ物を探しているのでいつもより狂暴ですよ!」

「問題ない! 今さら一撃熊ごときに怯むものか! さあ、掛かってこい! 『デコイ』!」

 

 俺の背中からのめぐみんのアドバイスを受け、ダクネスが一歩前に出ると大剣を構える。

 マズい。

 めぐみんが爆裂魔法を使った今、俺達のパーティーにはまともな攻撃役がいない。

 ダクネスが一撃熊を食い止めてくれている間に撤収しなければ……。

 

「おいアクア、とっととそのキノコ捨てて逃げるぞ!」

「いやよ! この子達は私が美味しく料理してあげるって決めたの! この子達を捨てるって言うなら私はここから動かないわ! 逃げるならキノコも一緒だからね!」

「こんな時にバカな事言ってんじゃねえ!」

「アクア、私からもお願いします。ああっ、ダクネスが……!」

 

 めぐみんの言葉に視線を向けると。

 一撃熊が立ちあがり、ダクネスに前足の一撃を……!

 

「ぐっ……! どうした? こんなものか! もっとあるだろう! ほら、次だ!」

 

 ……一撃熊の一撃を食らったダクネスがすごく活き活きしてますね。

 ダクネスを攻撃した一撃熊の方が、マジかよといった感じの表情でダクネスを見ている。

 と、相変わらずうずくまったままのアクアが。

 

「カズマったらバカなの? こんな時だから言ってるんですけど。さあ、一撃熊に殺されたくなかったらキノコ料理を食べるって言いなさいな!」

 

 コイツ最低な脅しを口にしやがった!

 

「ああもう! どうしてそんなに強情なんだ! 分かったよ! キノコ料理でもなんでも食ってやるからとっとと立てよ!」

「言ったわね! ほら、逃げるわよ! 何ぼーっとしてんの三人とも!」

「お、お前、どの口で……」

 

 ひとり先に立って駆けだし、案の定転んでキノコを辺りに散らばすアクアに呆れた視線を向けながら。

 

「……『クリエイト・アース』」

 

 俺はいつもの目つぶしコンボを――!

 

「『ウィンド・ブレス』!」

 

 

 *****

 

 

 ――夕飯時。

 俺はテーブルに置かれた料理に頬を引きつらせた。

 そこには、キノコの串焼き、キノコのソテー、キノコのお吸い物、キノコの茶碗蒸しといったキノコ尽くしのフルコースが……。

 

「……な、なあ、これってどうなんだ? 見た目は美味そうだけど毒キノコも混じってるんだよな?」

 

 恐る恐る料理をつつく俺が隣を見ると、めぐみんがキノコの串焼きを口にする。

 

「うまうま」

「なんだカズマ、冒険者たる者がキノコの毒を恐れるのか? ふぐの時もそうだったが、お前はいつも肝心な時にヘタレるな」

 

 ためらいなくフォークでキノコを突き刺しているダクネスも、ニヤニヤしながら俺をからかってくる。

 

「心配しなくても、プリーストの腕に関してだけは一流のアクアがいるんです。毒キノコが混じっていても解毒魔法を使ってくれますよ」

「ねえめぐみん、今プリーストの腕に関してだけはって言った?」

「言ってません」

 

 そんな事を言い合いながらアクアも美味しそうに料理を食べ、酒を飲んでいて……。

 

「いや、お前酒飲んでんじゃねえ!」

 

 俺はアクアから酒を取りあげた。

 

「あっ! ちょっとあんた何すんのよ! 泥棒! 私のお酒返しなさいよ泥ニート!」

「ふぐの時はお前が酔っ払ったせいでエリス教会の世話になったんだろうが! 今日の酒代は俺が払ってやるから、解毒魔法を使うまでは酒飲むの控えろよ!」

「えー? キノコと合いそうなお酒を買ってきたんですけど……」

「それを飲むなら俺達が食い終わったあとにひとりでやってくれ」

 

 俺の言葉にめぐみんとダクネスもコクコクとうなずき、それを見たアクアが口を尖らせながらも諦める。

 よし、これでふぐの時と同じ失敗はしないはず。

 しかし……。

 …………ふぐのような高級食材でもないのに、どうして俺は毒が入っているかもしれないキノコを食わないといけないのか。

 キノコ料理を前にためらう俺を、三人がジッと見つめていて。

 クソ、これは今さら食べないと言いだしたら怖気づいたと言われからかわれるやつだ。

 俺は意を決しキノコの串焼きを手にすると。

 

「……美味っ! 嘘だろ、たかがキノコのくせに超美味い!」

 

 ボキャブラリーが低い俺には美味いとしか言いようがないが、なんならふぐの時よりも驚いている。

 そういえばキャベツの野菜炒めもやたらと美味かったな。

 これだから異世界は。

 串焼きを食べ終えた俺は、次の料理に手を伸ばし……。

 

「…………なあ、これ味がしないんだけど」

「しょうがないじゃない。触れたものが水になっちゃうのは私の聖なる体質のせいなの。分かったらカズマも私を水の女神として……」

「水になっちまった調味料の代金はお前の小遣いから差っ引いておくからな」

「なんでよーっ!」

 

 ――意外にも美味いキノコ料理に、全員の手が進む中。

 

 突然ダクネスが立ちあがり声を上げた。

 

「ぐっ……! き、急に腹が……! アクア、キノコの毒だ! 早く解毒を……、……いや、やっぱりもう少しこのままでも……。こ、これは一撃熊などよりよほど強敵だ……!」

 

 テーブルに手を突いたダクネスが脂汗を浮かべながらモジモジしだす。

 アクアはイソイソとそんなダクネスのもとへと向かうと。

 

「はい! これで大丈夫でしょう?」

「あ、ああ……。ありがとうアクア……。楽になった」

 

 ダクネスがほっと息を吐きながらも残念そうな表情を浮かべた時。

 

「アクア! アクア! こっちもです! 急に眩暈が……!」

 

 座っているのにフラフラしているめぐみんが声を上げ。

 そんなめぐみんのもとへと嬉しそうに向かったアクアが解毒魔法を掛ける。

 

「ふう……。もう平気みたいです。ありがとうございます」

「なんだか皆に頼りにされてるみたいで気分がいいわ! ねえカズマ、あんたもキノコの毒にやられてない?」

 

 マッチポンプな状況を作りあげ嬉しそうなアクアが、俺にそんな事を訊いてきて。

 

「いえ、俺は毒キノコを食べずに済んだみたいですね。これもアクア様の加護のお陰かもしれません」

 

 そんなアクアに俺は笑顔でそう言った。

 

 

 

「――ほうほう、これはセイカクハンテンダケの毒にやられているわね」

「セイカクハンテンダケ? あのセイカクハンテンダケですか! 紅魔の里でも珍しいと言われているキノコですよ!」

「た、食べたのか? あの珍しくて貴重なキノコを食べてしまったのか?」

 

 アクアの言葉にめぐみんとダクネスが驚いているが、セイカクハンテンダケとはなんだろう?

 いや、大体想像はつくが。

 どうせ食べると性格が反転するキノコだとかそんなんだろう。

 

「この国の事をなんにも知らないあんぽんたんなカズマは知らないだろうけど、セイカクハンテンダケっていうのは食べると性格が反転するキノコでね? 爆裂魔法大好きな人が食べると安定志向の普通の魔法使いに、責められると喜ぶ変態が食べると潔癖な性格になるのよ。珍しいから高値で取引されていて……、…………。ちょっとあんたふざけんじゃないわよ! どうしてそんな貴重なキノコを食べちゃったの? 返して! それを売ってお小遣いにするからキノコ返しなさいよ!」

 

 自分で料理したくせにアクアが理不尽な事を言う。

 

「すいませんアクア様。キノコは食べてしまったので返す事ができませんが、これを差しあげるのでお許しください」

 

 俺はアクアに深々と頭を下げると金を手渡す。

 

「……!?」

 

 そんな俺に、アクアが驚愕の表情を浮かべ。

 

「い、いいの? ……本当にいいの? 後でやっぱりナシとか言わない?」

「言うわけないじゃないですか。アクア様には日頃からお世話になっていますからね。このくらいの金は安いものですよ」

「マジですか。……ま、まあね! いつもあなた達の面倒を見てあげているんだから、このくらいのお金を貰ってもいいわよね!」

 

 と、俺達が和やかに語らっていると。

 

「ちょっと待ってくださいよ! それって庶民の一か月分の生活費くらいありますよ! いくらセイカクハンテンダケが高価だと言っても、そこまで高くはないはずです!」

「アクアもその金は受け取るな。今のカズマは普通の状態じゃないんだ。そうでなければカズマがお前の事をアクア様などと呼ぶはずがないだろう」

 

 二人が口々に文句を言ってくる。

 

「何よ二人して! カズマがくれるって言ってるんだからいいじゃない! 夕ごはんのお金を取りあげられちゃったし、これがないと酒屋のツケを払えないのよ!」

「これは俺の金なんだから何に使おうと二人に文句を言われる筋合いはないはずだ。それとアクア様、先ほど取りあげた夕飯の代金はお返しします。何かの足しにでもしてください」

「……!? ありがとうございます……!」

 

 感極まったのか、アクアが泣きながら俺を拝んでくる。

 ……いや、仮にも女神なのにそれはどうなんだ?

 

「おいカズマ! アクアを甘やかすな! それにアクア様などと、お前は一体どうしてしまったんだ!」

「セイカクハンテンダケです! いつものカズマはアクアに対する敬意もなく甘やかす事もないですが、それが反転して今のカズマはアクアに甘くなっているんですよ!」

「そ、そうか。おいアクア、早く解毒魔法を……! その男を元に戻してくれ!」

「お断りします」

 

 慌てたように言う二人に、アクアがキッパリと言った。

 

「……今なんと?」

「断るって言ったんです。このカズマさんは私にお金をくれるしチヤホヤしてくれそうだし、もう少しこのままでもいいと思うの。ねえカズマ、私が頼んだらもっとお金をくれる?」

「もちろんです、アクア様」

 

 当然の事を訊いてくるアクアに俺はうなずく。

 

「待ってください! そんなの本物のカズマじゃありませんよ! カズマはもっとどんよりした目をしていてやる気がなさそうで……。ダクネスの胸元をチラチラ見たり、私のスカートが揺れるのに気を取られたりする、そんな人でした。格好つけようとしたのに上手く行かなくて不貞腐れたり、肝心なところで失敗する、そんな人でした! そんなカズマだから私は好きになったんです! 目を覚ましてください、アクアはそんな偽者にチヤホヤされて満足なんですか?」

「めぐみんこそ目を覚ました方がいいと思うんですけど……」

「えっ」

 

 散々扱き下ろしたくせに俺の事を好きだとか言うめぐみんに、アクアが当然のツッコミを入れる。

 

「ねえダクネス。ダクネスはこっちのカズマの方がいいわよね? いつものカズマの性格が反転しているって事は、きっとあくせく働くし悪い事もしないんじゃないかしら」

「そ、そうなのか……? そういえば、いつもこの男から感じていた舐めるような視線を感じないのだが……」

 

 ダクネスが胸元をさりげなく強調しながらチラッと俺の方を見る。

 

「ああ、俺は生まれ変わったんだ。以前からダクネスに言われていたように、これからは冒険者として真っ当に生きていこうと思う。明日は冒険者ギルドに行って、塩漬けクエストを請けようぜ。俺達ならきっと上手くやれるはずだ」

「……ッ! なんという澄んだ目を……! お、お前は本当にカズマなのか? 私が知っているカズマは、こうして胸元を強調してやれば獣のような目でジッと見てくるような男だったはずだ! ……や、やめろお! そんな澄んだ目で私を見るな! ……クッ! そんな目で見つめられると、なんだか自分がエロい事しか考えていない汚れた人間のような気が……。……ハアハア……。よ、汚れた私を見るなあ……! どど、どうしようめぐみん! 私のタイプとは全然違うはずなのに、カズマが相手だとこれはこれでいいような気になってくる!」

「落ち着いてくださいダクネス。他人様に見せられない顔になっていますよ」

 

 めぐみんがダメな顔をしているダクネスをたしなめる。

 

「……ま、まあ、幸い命に関わる毒ではなさそうだし、放っておけばそのうち元に戻るのではないか?」

「あなたまで何を言っているんですか! セイカクハンテンダケは毒キノコというより天然の魔道具みたいなものなんです。食べてから一週間以内に解毒しないと、毒素が体に定着してカズマの性格は一生このままになりますよ!」

 

 必死に訴えるめぐみんの言葉に、ダメな感じだったダクネスが表情を引き締める。

 

「そ、そうなのか? おいアクア、聞いての通りだ。いくらお前でもカズマが元に戻らなかったら困るだろう。わがままを言わずに解毒魔法を使ってくれ」

 

 口々に言う二人にアクアは。

 

「なんでよー! このところ二人だってカズマとイチャコラしてたじゃない! たまには私だってチヤホヤされてもいいと思うんですけど! ねえいいでしょう? 三日くらいしたら解毒魔法を掛けるから!」

「イ、イチャコラなんて……、その……。そ、それとアクアがチヤホヤしてほしいと言うのは全然別の話だと思います」

「そ、そうだぞ。……しかしまあ、三日くらいなら……」

 

 顔を赤くしたダクネスが、そう言いながらチラッと俺の事を見る。

 

「ダクネス!? 血迷わないでください! なんというか、あのカズマはダメな感じがするんです。いえ、いつものカズマもダメなんですがそういう事ではなく……」

 

 今の俺も前の俺もダメだなどと失礼な事を言うめぐみんに。

 

「ちょっと待て。俺の性格が反転したんだから、今の俺がダメなら前の俺はダメじゃなかったはずだし、前の俺がダメなら今の俺はダメじゃないはずだろ。だって反転するって事は、良いものは悪く、悪いものは良くなるはずだもんな? どっちもダメってのはおかしい。めぐみんの意見は参考にならないと思う」

「ち、違います! いつものカズマがダメだというのはそういう意味ではなくて……!」

 

 俺は何か言おうとするめぐみんをスルーして。

 

「まあとにかく、三日の付き合いだがよろしく頼む」

「よ、よろしく……という事になるのか?」

 

 ……ふぅむ。

 三日か。

 

「アクア様、皿洗いは俺がやりましょうか? こんな雑用はあなたには似合いませんよ」

「本当? カズマったら分かってるじゃない!」

 

 ――アクアの当番を代わる俺の事を、めぐみんがジッと見つめていた。

 

 

 *****

 

 

 ――翌朝。

 

「おはよう」

「……お、おはようございます。……あの、これはカズマが作ったんですか? 今日の食事当番は私のはずですが」

 

 広間に降りてきためぐみんが、テーブルに並べられた料理を見て戸惑うように言った。

 

「ああ、今朝は早めに目が覚めてな。ちょっとこの辺りをジョギングして、筋トレして……。それでも時間が余ったからついでに食事も作っておいた。ダメだったか?」

「ダメって事はありませんが……。ええと、ありがとうございます、次のカズマの当番は私も手伝いますね。というか、ジョギング? 筋トレ? カズマがですか? こんな時間から起きている事も珍しいのに……」

 

 自分を向上させようとしている俺にツッコむめぐみん。

 まあ、前の俺は自堕落な性格だったから驚くのも無理はない。

 

「めぐみんには今日も爆裂魔法を使ってもらうつもりだし、たっぷり食べてもらわないとな。ほら、パンを多めに用意しておいたから好きなだけ食べてくれ」

「……!? こんなにいいんですか? ありがとうございます……!」

 

 めぐみんが大量のパンを頬張りながら。

 

「こっちのカズマもいいですね……」

 

 ポツリとそんな事を呟いた。

 

 

 

 朝食を終え、当番ではないのに片付けまで手伝った俺は。

 

「朝飯も食ったし冒険者ギルドに行くか」

 

 そんな俺にダクネスが驚愕の表情を浮かべ。

 

「……朝早く起きて筋トレをし、他人の当番を代わりにやり、しかもこんな時間から冒険者ギルドに行くだと……? なんというか、日頃から働けと何度も言ってきたが、実際に働いているお前を見ていると……」

「まあいいじゃないですか。私は爆裂魔法を撃ちこめるのなら構いませんよ。岩や湖を狙うのもいいですが、やはりモンスターを薙ぎ払うのが最高ですからね!」

「……めぐみん、昨夜はいつものカズマの方が良いと言っていなかったか?」

「私は別にカズマの怠惰なところが好きなわけではないですからね。爆裂散歩に付き合ってくれるだけでなく、爆裂魔法を撃つためにクエストに行ってくれるなら、こっちのカズマの方がいいじゃないですか」

 

 クエストに行く気満々で杖を磨くめぐみんに、ダクネスが釈然としない表情を浮かべる中。

 

「えー? クエストには昨日も行ったし、今日はのんびりしたい気分なんですけど」

 

 ソファーに寝そべり足をパタパタさせていたアクアがそんな事を言った。

 

「構いませんよ。アクア様はそこで好きなだけダラダラしていてください」

「えっ」

「めぐみんがいればまともな戦闘にはならないし、ダクネスがいれば誰かが大怪我を負う事もないでしょう。アクア様はここで俺達の帰りを待って、もしも誰かが怪我をしていたら癒してください」

 

 俺の言葉にアクアが焦ったように。

 

「ね、ねえ? 私がいないともしもの時に困るんじゃないかしら? ほら、カズマさんは弱っちいから、ちょっとした事ですぐ死ぬでしょう?」

「前の俺はロクな準備もなくクエストに出ていましたが、今の俺は違います。バインドに使うワイヤーも、ちょっと高級なマナタイトも用意しました。安心して待っていてください」

「えっ……」

「よし、行こうか二人とも」

 

 声を上げるアクアを置いて俺は立ちあがり。

 

「ほ、本気で言っているのか? アクアが嫌がっても、もしもの時のためにと無理やり連れだしていたお前が……」

「アクア様が嫌がっているのに無理やり連れていくはずがないだろ。その分、お前がしっかり俺達を守ってくれよ。頼りにしてるぞ、世界最硬のクルセイダー!」

 

 困惑した表情を浮かべるダクネスの肩を叩くと、ダクネスは嬉しそうに。

 

「あ、ああ……! 任せておけ!」

「めぐみんの事も頼りにしてるからな、破壊力だけなら最強の魔法使いだ」

「もちろんです! 我が爆裂魔法の前ではあらゆる障害が灰燼と成り果てるでしょう……!」

 

 と、俺達が仲間の絆を確かめ合い屋敷を出ようとすると。

 

「ねえ待って! 私にもその、なんかちょっと格好いい感じのやつ言ってくれてもいいじゃない! 私をその気にさせてくれるなら少しくらい冒険についていってもいいのよ? ほら、言ってみて! もっと私をチヤホヤしなさいな!」

 

 ソファーから立ちあがったアクアがそんな事を……。

 

「いえ、アクア様はそこで待っていていただいていいんですよ?」

「なんでよーっ!」

 

 振り返り告げた俺の言葉にアクアが声を上げた。

 

 

 *****

 

 

「頼もう!」

 

 けっこうな広さの冒険者ギルドにめぐみんの声が響く。

 朝の冒険者ギルドにはかなりの数の冒険者が集まり、クエストが貼りだされている掲示板の前はちょっとした騒ぎになっていた。

 そんな冒険者達の視線がチラッとめぐみんに向けられ……。

 

「嘘だろ? カズマさんだ……」

「徴税からも逃げきったはずのカズマさんがこんな朝早くに……?」

「おいどういうこった? せっかく大物賞金首を倒した金を取られたってのに、これ以上おかしな事が起こる前触れか? クエストの最中に槍でも降るってか?」

 

 掲示板を見て騒いでいた冒険者達が、ヒソヒソと失礼な事を言ってくる。

 

「サトウさん! 昨日はクエストを請けていただきありがとうございました! それで、今日はどうしたんですか? 昨日の分の報酬はお渡ししたはずですが……」

 

 受付のお姉さんまでもが不思議そうにそんな事を……。

 

「どうしたも何もクエストを請けに来たんですよ。冒険者なんだからクエストを請けるのは当たり前でしょう?」

「……!? サトウさん……? 本当にサトウさんですか?」

「ええ、凄腕冒険者のサトウカズマとは俺の事です。以前までの俺は間違っていた。これからは毎日でもクエストを請けに来るのでよろしくお願いします」

 

 笑顔で言う俺になぜかお姉さんは怒りだし。

 

「なんですかこれは! ドッキリですか? バニルさん!? 私が忙しいのを知っているくせにあんまりです! やっていい事と悪い事があるんですよ!」

「すいませんお姉さん、私から説明しますので……。カズマはクエストを選んでおいてもらっていいですか?」

「任せれ」

 

 動揺するお姉さんを落ち着かせるめぐみんをその場に残し、俺達は掲示板前へと向かう。

 

「ねえー、明日もクエストに行くって本気? さすがに明日はお休みしたいんですけど……」

「……ええと、アクア様は屋敷で待っていても良かったんですよ?」

 

 文句を言うアクアを俺がなだめようとすると、アクアはなぜかムッとした様子で。

 

「どうして私を置いていこうとするのよ! 仲間外れはやめてほしいんですけど! でも疲れるのは嫌だから簡単なクエストにしましょう。私が寝てるだけでいつの間にか湖が浄化されているような、そんなクエストはないかしら? ワニがいないところがいいわね」

「モンスターがいない場所ならクエストなど出さないだろう。アクアもバカな事を言っていないで、カズマの勤勉さを見習ったらどうだ?」

 

 と、俺達がそんな話をしていると。

 

「アクア様……!? カズマさんがアクアさんの事を様付けで呼んでる!」

「ララティーナがカズマさんの勤勉さを見習えとか言ってるぞ!」

「やっぱり今日は槍が降るんだ! こんな冒険者ギルドにいられるか! 俺は宿に帰るぞ!」

 

 周りにいた冒険者達がざわつきだす。

 

「い、いい加減ララティーナと呼ぶのはやめろ……!」

 

 冒険者達にいきり立つダクネスに俺は。

 

「そんなもんいちいち気にすんなよ。そうやって怒るから向こうも面白がるんだぞ」

「そ、そんな事を言われても……」

「カズマがララティーナをなだめた! あのちょっと悪口言われただけですぐに突っかかっていってけっこう返り討ちに遭ってるカズマが!」

 

 …………。

 

「……ハッ、俺は凄腕冒険者のカズマさんだぞ? 今さらその他大勢にアレコレ言われたくらい気にしないさ」

 

 冒険者の野次を鼻で笑い飛ばした俺に。

 

「その他大勢! おい、あいつ調子に乗ってんぞ!」

「何がその他大勢だバカにしやがって! その他大勢の力見せてやるよ!」

「あんた自身は大して強くないだろうが! やっちまえ! やっちまえ!」

 

 今度は冒険者達がいきり立ち、そんな冒険者達をダクネスが食い止める。

 

「ま、待てお前達! 私達はこれからクエストに行くところなんだ! お前達の相手をしている場合では……!」

「そうだよ、俺達一流の冒険者パーティーはお前らみたいな奴らの相手をしている暇はないんだ」

「カズマも煽るような事を言うな! あぐっ! な、なんだこの力は! お前達は本当に新米冒険者なのか!?」

 

 俺を襲おうとする冒険者達の中に、サキュバスサービス目当てでこの街に残っているベテランが混じっているらしく、ダクネスが押され始め……。

 

「この勝負! 調子に乗ったカズマが勝つか、その他大勢の冒険者達が勝つか! さあ、張った張った!」

 

 その様子を見ていたチンピラ冒険者のダストが、酒場の椅子の上に立ち賭けを始めていて。

 

「ララティーナもいるし、カズマさんに千エリス!」

「その他大勢って言うな! 俺は冒険者達に千エリスだ!」

 

 と、いつの間にか騒ぎの輪から外れていたアクアが。

 

「私はカズマさんが負ける方に千エリス賭けるわ」

 

 …………。

 

「……カズマさんが勝つ方に千エリス!」

「俺もだ! 俺は一万エリス!」

「私もカズマ君に五千エリス!」

「なんでよー! あんたら見てなさいよ!」

 

 アクアの運の悪さを知っている冒険者達が、アクアとは逆に賭け……。

 

 ――と、そんな時。

 

「あなた達は何をやっているんですか! それ以上続けるつもりなら、我が爆裂魔法がこのギルドごと吹き飛ばしますよ!」

 

 受付のお姉さんに事情を話していためぐみんが戻ってきて、両目を紅く輝かせ声を上げる。

 めぐみんとともに戻ってきたお姉さんも。

 

「騒ぎを止めてくれるのはありがたいですが、ギルドを吹き飛ばすのはやめてくださいね。それより、ギルド内で賭け事は禁止ですよ! カズマさんは喧嘩を売るような言動を慎んでください! 皆さんも暴れるならペナルティがありますからね!」

 

 そんなお姉さんの言葉に、騒いでいた冒険者達が沈静化する。

 

「ちっ、ルナさんが言うなら仕方ない……。命拾いしたな!」

「あーあ、賭けで勝ったら今日はクエストに行かなくて済んだのに」

「おいダスト、賭けは無効だろ? 払い戻ししてくれよ」

「あん? 何言ってんだ? 今のはめぐみんの勝ちだろ。誰も予想してなかったから胴元の総取りだな。いやあ儲かった儲かった」

「ふざけんなてめぇ! ぶっ殺してやる!」

「こっちは気が立ってんだ!」

「おっ、やんのか? 気が立ってんのがお前らだけだと思うなよ? 金がねえのはこっちだって同じなんだ! 掛かってこいやその他大勢がよおおおおお!」

 

 マジギレした冒険者達にダストがボコボコにされる中。

 俺はひとつのクエストの紙を掲示板から剥がし。

 

「これにするか」

「……お、おい、あれは放っておいていいのか? 一応お前のせいみたいなものじゃないか」

「気にすんな。あいつらが無駄な時間を過ごしている間に、俺達はクエストを達成してもっと高みを目指すんだ」

 

 ダクネスが大騒ぎする冒険者達をチラチラと見ていたが、俺達は気にせずクエストへと出掛ける事にした。

 

 

 *****

 

 

 俺が選んだのは、ゴブリンの群れを守っている初心者殺しの討伐。

 カエルやゴブリンといった初心者向けのモンスターは今さら相手にする気にもならないが、初心者殺しはそこそこ手強く以前リベンジに成功した、俺達にとっても手頃な獲物だ。

 そのゴブリンの群れと初心者殺しは森の奥にいるという話だが……。

 

 …………。

 

「……すいませんアクア様。動きにくいので離れてもらってもいいですか?」

 

 森に入ってからというもの、アクアが俺の袖を握り離れようとしない。

 

「お断りします。なんだか今日は嫌な予感がするの。どうせまた私がゴブリンの群れに追いかけ回されたり、初心者殺しにかじられたりするんだわ。森の中は隠れるところがたくさんあるし、カズマさんと一緒に潜伏スキルで隠れていたら安心でしょう?」

 

 ……普通に邪魔なんですけど。

 いや、それよりも……、…………。

 

「ま、まあ、さっさと初心者殺しを討伐して帰ればいいだけですからね。敵感知スキルに反応があります。ゴブリンの群れはあっちの方ですね。……まずはダクネスが囮になってゴブリンと戦い、初心者殺しを釣りだす。初心者殺しが出てきたらめぐみんが魔法で吹っ飛ばす。後は残ったゴブリンを俺達で倒すって作戦だ。ゴブリンくらいなら俺達でも苦戦しないだろ」

「任せなさいな! ゴブリンごときにはもったいないけど、私のゴッドブローが火を噴くわよ!」

 

 ゴブリンを相手にすると分かると急にやる気を出したアクアが、シュッシュッと口で言いながらシャドーボクシングを始める。

 ……これはいけない。

 

「いや、アクア様はおとなしくしていてもらえるのが一番いいんですが」

 

 もう先の展開が見えた俺がそう言うと。

 

「なんでよーっ! めぐみんとダクネスみたいに私の事もたまには褒めてくれたっていいじゃない! ゴブリンくらい私が薙ぎ倒してあげるわ! あんたはそこで見てなさいな!」

 

 アクアはそんな俺の言う事など聞かず、木々の向こうに見えたゴブリンの群れに向かって駆けだした――!

 

 そして木の根に足を引っかけ転んだ。

 

 突然現れ目の前で転んだアクアに、ゴブリン達も戸惑うように顔を見合わせ……。

 

「ちょ……!? おいカズマ、早くアクアを助けねば……!」

「まあ待ってくれ。囮になってくれるならこの際アクア様でもいいんじゃないか?」

「!? 何を言っているんだ! お前はアクアを敬っているのではなかったのか! プリーストが前衛の代わりに囮になる事があってたまるか! ゴブリンに殴られるのは私の役目だ!」

 

 いや、こいつは何を言ってんだ。

 アクアは俺達の中で一番ステータスが高いし、神器だとかいう羽衣を身に着けているからゴブリン程度に傷つけられる事はないはず。

 そんな俺の合理的な判断からの制止にもかかわらず、ダクネスはゴブリンの群れへと突っこんでいく。

 

「ああもう! お前ら少しは俺の言う事を聞けよ!」

 

 潜伏スキルを使いながら小声で文句を言う俺を、めぐみんがジッと見つめていて……。

 …………。

 

「……な、なんだよ?」

「いえ、なんでもありませんよ。それより、初心者殺しがどっちから来るか分かりませんか? 現れたらすぐに爆裂魔法を使わないと二人を巻きこんでしまいそうです」

「ええと、……そうだな。あっちでゴブリンとアクア達の様子を見ている奴がいるな。多分あれが初心者殺しだ。いきなりアクアが転んだから戸惑ってるっぽい」

 

 威勢よく飛びだしたくせにゴブリンが思ったよりも怖かったのか、アクアは泣きながら逃げ回っている。

 アクアを追いかけるゴブリン達を、鎧を着て動きの遅いダクネスが追いかけていて。

 

「くっ、この……! お、追いつけない! アクア、こっちだ! 私の方へ来い!」

「そんな事言われたって無理なんですけど! ダクネスがもっと速く走ってちょうだい!」

 

 ……なんなんだろう、あの状況は。

 用心深い初心者殺しは、わけの分からない状況に困惑しているのか姿を現そうとしない。

 

 ――と、そんな時。

 

「ふわああああーっ! ああああああっー! カズマさーん! 助けてカズマさーん!」

 

 せっかく潜伏スキルを使って隠れているというのに、アクアが泣き喚きながら俺の方へと駆けてきて。

 ……クソ、これじゃますます初心者殺しが……!

 待ち伏せしている事に気づかれたら、初心者殺しに逃げられるかもしれない。

 俺がギリギリ歯軋りしていると。

 

「出ました! カズマ、迎え撃ちますよ!」

 

 アクアを追いかけるゴブリンを追いかけるダクネスを、初心者殺しが追いかけてきていて。

 ……本当になんなんだろうか、このわけの分からない状況は。

 

 いや、今はそんな事より……。

 

「よし、やれ! めぐみん!」

 

 ゴブリンを討伐する準備をしながらの俺の指示に、すぐ隣でめぐみんが詠唱を始め。

 

「――『エクスプロージョン』!」

 

 杖先から放たれた光弾が、ダクネスの頬を掠めるとその背後に迫っていた初心者殺しを直撃した――!

 

 

 *****

 

 

 ――夕方。

 

「うう……。今日は前衛っぽい事が何もできなかった……。だが爆裂魔法で成す術なく吹き飛ばされるというのも……。……んっ!」

「……あの、我が爆裂魔法にそういう反応をされるのはなんか嫌なのでやめてください」

「ぺっ、ぺっ! ……まだ口の中がじゃりじゃりするんですけど」

 

 初心者殺し討伐を達成した俺達は、無事に街へと戻ってきていた。

 爆心地の一番近くにいたダクネスは吹き飛ばされて鎧が泥だらけになり、遠くにいたはずのアクアもなぜか同じくらい吹き飛ばされて泥だらけになっている。

 めぐみんはまた一撃熊が出たら困ると言うので、俺がドレインタッチで魔力を分け与え、自分の足で歩いている。

 俺達は疲れきった足取りで冒険者ギルドに辿り着き。

 

「頼もう!」

 

 めぐみんではなく俺が声を上げ中に入ると、ギルド内にいた冒険者達や受付のお姉さんが一斉に俺の方を向いた。

 

「……な、なんだよ? 今日はおかしな事は何もしていないはずだぞ。きちんとクエストを達成してきただけだ」

 

 そんな俺の言葉に集まった視線が逸らされ……。

 ……?

 まあ、注目されるのは悪い事ではないが。

 

「すんません、クエストを達成してきたんで報酬貰えますか」

「は、はい。少々お待ちください……!」

 

 冒険者カードの討伐欄を読み取ったりと、依頼達成の査定を待つ間。

 

「すいませーん! こっちにキンキンに冷えたクリムゾンビアーをちょうだいな! 今日は頑張ってクエストを達成したから、いつもよりお酒が美味しく飲めると思うの!」

「私はカエル定食を貰えますか。爆裂魔法を使ったのでお腹が減りました」

「わ、私は先に汚れを落としたいのだが……。というか、アクアはさっきの賭けで金がなくなったと言っていなかったか?」

 

 ギルドに併設された酒場のテーブルを囲み、三人がそんな会話を……。

 

「そうでした! カズマさんカズマさん、お金が欲しいんですけど」

 

 …………。

 

「構いませんよ。食事代くらい俺が支払いましょう」

「おいアクア! 今のカズマに金をせびるのはやめろ! 今のカズマはいつものカズマとは違うのだから、それは詐欺みたいなものだぞ!」

 

 俺から金を得ようとするアクアをダクネスが止める。

 そんなダクネスに俺は。

 

「まあいいじゃないか。俺が稼いだ金なんだから俺がどうしようが自由だろ。俺がいいって言っている以上、ダクネスに止められる謂れはないはずだ」

「そうは行かない。あの金はいつものカズマが稼いだものだ。今のお前が自由にしていい金ではないはずだ」

「なんでだよ? 前の俺も今の俺も、どっちも俺だって事に変わりはないじゃないか。例えば俺がいきなり記憶喪失になって二度と記憶が戻らないとしたら、これまで俺が稼いできた金は誰か別人のもんになるのか? 記憶を失った上に金まで失うなんて、それは理不尽ってもんじゃないか?」

「そそ、それは……! しかしお前は元に戻るのだから、いつものカズマの財産を自由にするのはどうかと思う」

 

 俺達がそんな話をしていると、珍しくうーんと考えるように頭を捻っていたアクアが、

 

「ねえカズマ、やっぱり解毒魔法を使うからこっちに来なさいな」

 

 そんな事を……。

 

「……!? ど、どうしてですかアクア様。前の俺よりも今の俺の方が、アクア様をチヤホヤするしお金もあげますよ! そ、そうだ! 今回のクエストの報酬はアクア様のために使いますよ! これは俺が頑張って得た金なんだしダクネスも文句はないはずだ」

「だって今のカズマも思ったよりチヤホヤしてくれる感じがしないし、私がバカな事をしてもツッコんでくれないんだもの。いつものカズマの方がいいわ」

 

 そんなアクアの言葉にダクネスが。

 

「まあ、そうだな。いつものカズマよりも頼りになるところもあったが、いずれは元に戻るのだから遅いか早いかだ」

 

 少しだけ名残惜しそうな顔をしながらもうなずいて。

 

「そういう事だから、こっちに来なさいな。ほら、早くしてー。早くしてー」

 

 俺はそんなアクアに。

 

「お断りします」

「「えっ」」

 

 アクアの招きを拒否する俺に二人が声を上げる。

 

「俺は……、俺は前の俺には戻りません! 魔王軍に苦しめられている人達がいるのに、もっと強い冒険者が倒してくれるだろうから任せようだとか、大金を手に入れたから面白おかしく暮らしていくだとか、……あんな向上心のない怠け者には戻りたくない! ぬるい事言ってないで俺達で魔王を倒しに行きましょう!」

「……ねえ気持ち悪いんですけど。あんなのカズマさんじゃないんですけど。なんだかあの魔剣の人と話している気分になってきたわ」

 

 グッと拳を握り力説する俺に、アクアが身を引く。

 

「なんでですか! 魔王を倒さないとアクア様だって困るでしょう!」

 

 と、そんな時。

 

「アクアに取り入ろうとしても無駄ですよ。あなたの考えは大体分かりました」

 

 その言葉に振り返ると、立ちあがり杖を構えためぐみんが、真っ赤に輝く瞳で俺を見つめていた。

 

 

 *****

 

 

 ――いつの間にかギルドにいる全員が俺達に注目している。

 そんな中、めぐみんは静かな口調で。

 

「あなたはずっと『いつもの俺』ではなく『前の俺』と言ったので、元に戻るつもりがないのは分かっていました。……クエストの時にアクアを遠ざけようとしたのは、解毒魔法を警戒していたからですね? だから元に戻そうとしたら抵抗すると思いましたよ」

 

 めぐみんのその言葉を合図にしたかのように。

 ギルド中の冒険者が立ちあがった――!

 

「受付のお姉さんに事情を説明した時、もしもカズマが元に戻るのを嫌がったら全員で協力してくれるように依頼しておきました」

「お、お前だって今の俺の方がいいって言ったじゃないか!」

「あんなもんあなたを油断させるための嘘に決まっているでしょう。いつもの自信がなくて疑り深いカズマなら、あんな嘘には騙されませんでしたよ!」

「……ッ! くそったれー!」

 

 冒険者達が殺到してくる中、ダクネスとアクアも動きだしていて。

 

「大人しくしろ! できれば怪我はさせたくない」

「『バインド』!」

 

 警戒しながら近寄ってくるダクネスをすかさず拘束スキルで無力化し。

 

「残念でした! この私がいるんだから、拘束スキルなんて……! むぐっ……!?」

 

 ダクネスの拘束を解こうとしたアクアへと駆け寄ると口を塞ぎ……。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

「がぼぼ!?」

「『フリーズ』!」

「……ッ!」

 

 口の中に水を生成し、それを凍らせて詠唱を封じた。

 

「カ、カズマ!? お前という奴は! お前という奴は! そういう事は私にやれ!」

 

 胸を強調する姿勢で縛られたダクネスが床に転がりながらなんか言ってくるが。

 よし、これで解毒魔法は怖くない……!

 

 と、そんな時。

 

「油断しましたね! ベルディアの呪いと違ってセイカクハンテンダケの解毒は誰にでもできますよ! プリーストの皆さん!」

 

 めぐみんの言葉に応え、俺のもとへと駆け寄ってきた冒険者達の中から、プリーストが前に出て詠唱を始める。

 

「……俺があらゆるスキルを覚えられる冒険者だってのは知ってるな? そう、リッチーのドレインタッチだって使えるカズマさんだ。……悪く思うなよ?」

 

 そんなプリースト達を次々と指さした俺は。

 

「お前ら全員、一週間後に死ねぇ!」

 

 ベルディアとの戦いで魔法使い達が死の宣告を受けたところを見ていたプリースト達は、うろたえ魔法の詠唱をやめてしまう。

 

「……ッ! ハッタリですよ! カズマにデュラハンの死の宣告は使えません!」

 

 そんなめぐみんの声を背中に受けながら、俺は殺到してきた冒険者達の群れに自ら飛びこんだ――!

 

「おい、囲め囲め! ステータスは大した事ないんだ! 袋叩きにしちまえ!」

「さっきのその他大勢扱いにはイラっとさせられたからな! 手加減しねえぞ!」

「……! な、なんだ? クソ、攻撃が当たらねえ!」

 

 逃走スキルを使って冒険者達の集団を抜き去ると……!

 

「さすがだねカズマ君! でも私達だって冒険者なんだからここは通さないよ!」

「そうそう、いつもお酒奢ってもらってるけど、それとこれとは話が別だよ!」

 

 今度は女冒険者の集団が。

 クソ、次から次へと……!

 しかも背後からは抜き去った冒険者の集団が追ってきているから、時間を掛けるわけには行かない。

 俺は女冒険者へと手のひらを突きだし。

 

「『スティール』!」

「ッ! きゃあああああ!」

 

 問答無用のスティールで下着を奪うと、女冒険者がスカートを押さえてその場にしゃがみこむ。

 その下着を使い、

 

「……『バインド』!」

 

 背後から迫っていた男冒険者のひとりを拘束した。

 

「こ、これは……! こんな……! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「このバカ! 早くパンツ返しなさいよ!」

 

 俺に礼を言う男冒険者に、女冒険者が半泣きで声を上げるも。

 

「待ってくれ、これは俺が悪いわけじゃ……! クッ……! 拘束が解けない! 拘束が解けないから仕方ないんだ!」

 

 手を縛る下着の結び目は強固で、すぐに外すには千切るしかないだろう。

 

「ちょっとー! 人の下着ダメにしたら弁償してもらうからね!」

 

 そんな二人を見た女冒険者はたたらを踏み、男冒険者は様子を見る。

 

「さあ、これを見てもまだ襲ってくるつもりなら覚悟しろよ! それと俺には『ウィンド・ブレス』の魔法もある事を忘れるな! パンツ丸出しにされたくなかったら道を開けろ!」

「最低! 最低! あんたやっぱり最低よ!」

「おかしいおかしい! どうして性格が反転したのにこんなんなのよ! いつものカズマ君も最低だけど、こっちも最低なんだけど!」

「ふはは、その他大勢が何を言おうと知った事か!」

 

 怯んだ女冒険者達の中に突っこむと。

 俺は多彩なスキルを駆使し大勢の冒険者を抜き去り――!

 

「ちょっと! 普通に強いんだけど、どうなってんのよ!」

「誰だよ囲めば倒せるなんて言ったの!」

「セイカクハンテンダケです! 今のカズマは周りの人達の事を、自分の名声を高める道具くらいにしか思っていません! いつもより容赦がないので気を付けてください!」

 

 めぐみんがなんか言っているがもう遅い。

 もうギルドの出入口はすぐ近く、残っている冒険者は……。

 

「おうカズマ、俺も冒険者の端くれとして、その他大勢扱いってのは受け入れらんねえ。いくらお前さんだって、前衛職とのタイマンは苦手だろ? 他の奴らみたいに簡単に通り抜けられると思ったら……」

 

 俺は立ち塞がるチンピラ冒険者に。

 

「今回のクエストの報酬全部やるよ」

「フッ……、負けたぜ。俺達は親友だもんな。親友のやろうとしてる事を邪魔するなんて野暮ってもんだ」

 

 俺のひと言でダストは横に避け道を開ける。

 

「こらっ、ダスト! バカな事言わないで! カズマが元に戻らなくてもいいの?」

 

 リーンの怒鳴り声が聞こえるが……。

 

「銀行に行けば金ならいくらでもあるが」

「バカだなカズマ。俺がお前さんの邪魔なんかするわけないだろ?」

 

 ダストにまったく邪魔する様子はなく。

 出入口のドアに辿り着くと、そこには……。

 

「す、すすす、すいません! ここは絶対に通すなってめぐみんが……!」

 

 泣きそうな顔で杖を構えたゆんゆんが立っていて。

 

「ゆんゆん! お願いしますゆんゆん! あなただけが頼りなんです!」

 

 めぐみんが遠くから声を上げる中。

 俺は杖を突きつけてくるゆんゆんに笑顔を向け。

 

「まあ待ってくれよゆんゆん。めぐみんに何を言われたか知らないが、ここは大人しく通してくれないか? 俺達、親友だろ?」

「親友!」

 

 俺の言葉にゆんゆんが声を上げ両目を紅く輝かせる。

 

「今のカズマの言葉に耳を貸さないでください! その男は私達の事をなんとも思っていませんよ! 親友だなんだという言葉も口だけですよ!」

「…………!」

 

 クソ、爆裂魔法が使えないめぐみんは役立たずかと思ったが、けっこう的確に指示を出してきてウザいな……!

 というか、どうしてあいつは俺の事をこんなに察しているんだ!

 

「ち、違う! あれは俺を逃がしたくないめぐみんが嘘をついているだけで……」

「私は……、わ、私は……!」

 

 言い訳をする俺に揺らぎかけたゆんゆんは。

 

「……私は、めぐみんを信じます! めぐみんはこういう時に嘘をつくような子じゃありません!」

 

 キッパリと言いきると俺に杖先を突きつけてきた。

 そんなゆんゆんに。

 

「…………、……そうだとして、何か問題があるか?」

「えっ」

「確かに俺はお前らの事をなんとも思っていないのかもしれない。でも、ここで俺を通してくれるなら、俺は一生ゆんゆんを親友として扱うと誓おう。日頃めぐみんが友達扱いしてくれた事があったか? 心の中では友達だと思っているかもしれないがたまにしか友達扱いしてくれない奴と、とりあえず表面的にだけでも友達扱いする俺とどっちがいい?」

「…………ッ!?」

 

 俺がさらに説得を続けると、突きつけてきていた杖先が揺らぎ。

 

「ほら、友情の証として握手しないか?」

「……! と、友情の証……! 友情の……!」

 

 ゆんゆんが杖から片手を離し俺の方へおずおずと伸ばしてきて……。

 

「ゆんゆん!? 我が親友ゆんゆん! そんな事で揺らがないでください! 分かりました! 以前行きたいと言っていた店がありましたよね! どこへでも付き合おうじゃないですか!」

「どこへでも……!?」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんがハッとするが、その時にはすでに俺の手がゆんゆんの手を掴んでいて。

 

「…………!? ああああああッ! ドレインタッチ! カズマさん! はなっ……、離してください!」

 

 俺のドレインタッチで魔力を根こそぎ奪われたゆんゆんが、力を失いその場に倒れる。

 

「カズマさん、最低……!」

 

 そんなゆんゆんの声を背に、俺は冒険者ギルドを出ると。

 クエストのためにと用意したマナタイトを取りだし、クリエイト・ウォーターとフリーズで出入口の扉を氷漬けにした。

 

 

 *****

 

 

 ――冒険者達を封殺した俺はテレポート屋へと向かう。

 

 解毒魔法を使われたら、あの向上心も何もない自堕落な俺に戻っちまう。

 それだけは絶対に嫌だ。

 アクアを煽て、めぐみんとダクネスを説得して魔王討伐へと向かうつもりだったが……。

 少数精鋭で魔王城を攻略したという話の方が得られる名声は大きかっただろうが仕方ない。

 あいつらが使えない以上、王都に行って地道に戦功を立てるしかないだろう。

 俺の王都へのテレポートは許可が下りていないだろうが、まず別の街へとテレポートで飛ばしてもらい、そこから名前を偽って王都に飛ばしてもらえば……。

 

 と、あと少しでテレポート屋に辿り着こうとしていた時。

 

「『アンクルスネア』……!」

 

 詠唱の声とともに、石畳の隙間から生えてきた植物のツタに足を絡めとられた――!

 

「なっ……! だ、誰だよこんな時に!」

「あ、あの、バニルさん? 本当にこんな事しちゃって良かったんでしょうか? だ、大丈夫ですかカズマさん」

「やっておいて今さら聞いても遅いわ! だが心配無用。この事を知った筋肉娘に爆裂娘は、汝に感謝し魔道具店の売り上げに貢献する事間違いなしだ!」

 

 ツタに絡まり倒れた俺のもとへと現れたのは、リッチーのウィズと大悪魔バニル。

 

 …………!

 

 クソ、なんでこいつらがこんなところに……! 

 

「フハハハハハ! 仲間を裏切り、冒険者どもを降し、ついでに我が友であるぼっち娘をやり過ごし、それでこの街から逃げきれると本気で思っていたのか? 我輩とそこの暴力店主がこの場にいる限り、そんな事はできぬと貴様も分かっているであろう?」

「三億エリス! 三億払うので見逃してくださいバニル様ーっ!」

 

 すかさず交渉に入る俺に、バニルが乗り気な様子で身を乗りだしてきて。

 

「……ほう? 貴様を見逃すだけで三億とな?」

 

 よし、これなら……!

 

「ダメですよバニルさん! カズマさんはセイカクハンテンダケで性格が反転しているんでしょう? そんな騙し討ちのようなやり方でお金を貰うのは犯罪ですよ! というか、暴力店主って私の事ですか?」

 

 バニルをたしなめるウィズに俺は。

 

「ウィズ! お前だって金が欲しいんじゃないのか! 店はずっと赤字なんだろ!」

「……確かにうちのお店はもうずっと赤字ですけど、私はお金が欲しいんじゃないんです。魔道具を売ってお店をやっていきたいんです。それに、今のカズマさんとは取引しませんしバニルさんにもさせません」

 

 ウィズは申し訳なさそうな、それでいて油断ない目で俺を見つめていて。

 この場にウィズがいる以上、バニルに商談を持ちかけても乗ってくれそうにない。

 畜生、せっかく仲間達を騙し冒険者達を撒いてここまで来たのに……!

 

 …………ここまでなのか……!

 

「――フハッ! フハハ! フワーッハッハッハッハッ! そのガッカリの悪感情、大変に美味である! 普段の怠惰な貴様からは味わえぬレアな珍味であるなあ! これだから人間というのは侮れぬ! ご馳走様です!」

 

 上機嫌なバニルが大笑いする中。

 背後から駆けてくる足音と俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきて……。

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 なぜか朝から目覚めた俺が階下に降りると、広間にいた三人が一斉に俺の方を見た。

 

「おはよう。……なあ、なんかすごく寝た気がするんだが、なんだこれ? ……あっ、そういや昨日はアクアに変なキノコ食わされたじゃないか。あの中に眠りキノコでも混ざってたんじゃないだろうな」

「そんなもの混ざっていたわけないじゃない。それに、私がきちんと解毒魔法を掛けたから、どんな毒キノコが混ざっていてももう関係ないわよ。ええ、なんにも関係ないわ!」

 

 ……怪しい。

 俺が椅子にどかりと腰を下ろしアクアにジト目を向けていると。

 

「おはようございます。朝ごはんは食べますか?」

「貰おう。……いや、それくらい自分でやるぞ」

「いえ、私がやりますよ。今日は少しだけカズマに優しくしてあげたい気分なんです」

 

 …………。

 

「お前今度は何やらかしたんだ? 俺の機嫌を取ろうとするつもりなら無駄だからな? 少しくらいチヤホヤされたところで手心は加えないぞ」

「ち、違いますよ! その……、たまにはそういう気分の日があってもいいじゃないですか」

 

 俺がめぐみんにもジト目を向けていると。

 

「……そうか、反転してああなるという事は、日頃私達の扱いが雑なのは照れ隠しなのか。ふふ、この男はこれでけっこういいところもあったのだなあ……」

 

 ダクネスが微笑みながらそんなわけの分からない事を……。

 

「なんなんだよ! お前ら今日はなんかおかしいぞ! まだキノコの毒にやられてんのか? 隠してる事があるなら早めに白状しろよ!」

 

 ――その日。

 アクアがなぜかうっとうしく絡んできたり、めぐみんとダクネスが妙に優しかったりして、俺はずっと警戒していたのだが……。

 これといって事件もない平穏な一日だった。

 




・セイカクハンテンダケ。
 元ネタは『痕』。1996年にLeafから発売された18禁PCゲーム。

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