このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』12、既読推奨。
 時系列は、12巻の後。オリキャラ注意。


この風雲な屋敷に挑戦を!

 コロリン病に侵された子供達を救うため、特効薬の材料である悪魔の爪を入手するクエストを達成し、しばらくが経った。

 

 ――ある日の事。

 

 アクセルの街の外れにある、隠れ家的な喫茶店にて。

 このところクリスとの密会によく使うようになったその店で、俺とクリスは銀髪盗賊団の活動について相談をしていた。

 

「――それじゃあ、今回もそういう事でよろしくね」

「お断りします」

 

 いい感じに話をまとめようとしたクリスに、俺はキッパリと言いきった。

 

「ええっ! ここは気前よく、お頭の頼みなら仕方ありませんねって言ってくれるのがお約束ってやつだと思うよ助手君!」

「俺がお約束なんて守るわけないだろ。俺は盗賊団なんて面倒な活動にかかわらず、のんびり過ごしたいんだよ」

「ふっふっふ。いいのかな助手君、そんな事を言っちゃって。キミはあたしに借りがあるんじゃないかな?」

 

 あっさり断った俺に、クリスがニヤリと笑いそんな事を……。

 

「……? そんなもんありましたっけ? まあ、エリス様になら返しきれない借りがありますけど」

「違うよ! その事は気にしなくていいから! ほら、こないだダクネスと一緒にあの悪魔の城に忍びこんだじゃんか! あたしが助手君を手伝ったんだから、今度は助手君があたしを手伝ってくれてもいいだろう?」

「いや、何言ってんの? あれは俺じゃなくてダクネスの手伝いだろ? というか、子供達の命が掛かってたっていうのに、それを借りだとか言いだすのは女神としてどうなんですかエリス様」

 

 俺のツッコミにクリスが慌てて。

 

「ちちち、ちがー! 違うじゃん! 今のはちょっとした軽口っていうか……。助手君があたしの事を盗賊のくせに嘘が下手だとか言うから、それっぽい取り引きみたいな事を言ってみたかったんだよ。……でも、そうだね。あの時は緊急事態だったし、こんな風に言うのはやっぱり良くないよね」

 

 クリスが苦笑しごめんねと謝る。

 何度も蘇生してもらっている事を言われたらさすがに俺も断れないところだが、それについては気にしなくていいらしい。

 ……真面目だなあ。

 

「ねえお願いだよ助手君! キミ以外にこんな事頼める人はいないんだよ!」

 

 ストレートに頭を下げるクリスに、俺は一瞬うなずきそうになりながらも。

 

「あっ! そうだよ、俺以外にも頼める奴らができたじゃないか! ほら、銀髪盗賊団の下部組織だとか名乗ってる……」

「ダメに決まってるじゃんかあ!」

 

 俺に最後まで言わせずクリスが声を上げる。

 

「誰よりも隠密に向かないめぐみんが団長やってるし、他の子達も、その……。わ、悪い子達じゃないんだよ? あたし達の活動を応援してくれるっていうのもすごく嬉しいよ。でも、貴族の屋敷に潜入するのには向いてないっていうか……」

 

 自分達の事を応援してくれている相手を悪く言うのは気が引けるのか、クリスが気まずそうに口篭もる。

 

「それに、なんだかんだ言ってもやってる事は犯罪だからね。あの子達を巻きこみたくないんだよ。だからやっぱりキミにしか頼めなくて……。ど、どうしてもダメかな?」

 

 クリスが祈るように両手を胸の前で組み、エリス様のような物憂げな表情で俺を見つめてきて……。

 

 …………。

 

 ……ズルいですよエリス様。

 

 

 *****

 

 

 ――その日の夜。

 

 クリスに連れられ辿り着いたのは、街からかなり離れ、そして街道からも離れた、ほとんど人が立ち寄らないような森の中。

 そんな、人が住むには適さない場所に大きな屋敷が建っていて。

 頑丈そうな鉄柵で囲われたその屋敷の前には。

 

「……いや、何コレ」

 

『来たれ! 勇気ある盗賊』と書かれた立札を前に、俺はポツリと呟いた。

 クリスがポリポリと頬の傷を掻きながら。

 

「えっとね、ここはビート男爵っていう人の屋敷なんだけど……。ビート男爵は資産家で、貴重な魔道具や珍しい宝石なんかをたくさん買い集めているんだ。それで、屋敷に宝物を厳重に保管して、こんな風に盗賊を呼びこんでおいて、自分が仕掛けた罠に引っかかるところを見て楽しんでるんだよ。屋敷の中は罠だらけって話でね? もしも引っかからないでお宝を盗みだせたら、それは盗賊のものって事で、追っ手を掛ける事もしないんだってさ」

「……えっと、つまり俺らは貴族の道楽に付き合わされるって事か? なあ、この国の貴族っておかしな連中しかいないのか? 他に俺が知ってる貴族って、性癖がおかしいのとか着ぐるみ着てるのとか、ロクなのがいないんだが」

「着ぐるみはあたしが倒したからもう貴族じゃないよね」

「あっはい」

 

 クリスが笑顔を浮かべていたが目は笑っていなかった。

 ……その着ぐるみがウィズの店でバイトしている事はクリスには言わないでおこう。

 

 

 

 屋敷を取り囲む鉄柵の門は開いていて、その少し奥にはまた立札が立っていた。

 

『ここからトラップ地帯! 盗賊でない方、注意』

 

「……なんていうか、親切だね。あそこまでは警戒しなくても大丈夫だってよ」

「待ってくださいお頭、盗賊が一番罠に引っかかりやすいのは油断した時ですよ! 警戒しながら進みましょう」

 

 俺は無警戒に歩きだそうとしたクリスの腕を掴んで止める。

 

「そ、そうだね。ごめん助手君。ちょっと待って。今罠感知スキルを……!?」

 

 スキルを発動させたクリスが絶句する。

 俺も罠感知スキルを使っているが、怪しいところはどこにもないのだが……?

 

「本当にあった! すごいよ助手君、お手柄だね! さすがは罠を仕掛けたりするのに向いてる狡すっからい性格なだけはあるよ!」

「お前それ褒めてないだろ。……俺のスキルにはなんの反応もないんですけど」

「そ、そうなの? まああたしは本職の盗賊なわけだし、罠感知のスキルレベルはあたしの方が高いからね。あたしにしか見つけられないって事は、これってけっこう高度な罠なのかな?」

 

 油断させておいて高度な罠を設置するなんて、ビート男爵って奴は性格が悪いと思う。

 いや、そんなのは盗賊が罠に引っかかるところを見て楽しんでいるって時点で分かっていたが。

 

「ま、大丈夫だよ。なんたってあたし達は王城にも潜入して神器を盗みだした銀髪盗賊団だからね! あたしと助手君なら忍びこめない場所なんてないさ!」

「潜入っていうか、思いきり見つかってましたけどね」

「あれは助手君のせいじゃないかあ! ここではあの時みたいな事をしちゃダメだよ? 凄腕の盗賊でも罠に引っかかって捕まってるって話なんだから」

「分かってますって。もう二度とあんな高度なトラップには引っかからないので安心してください。お頭が日本のエロ本を集めるって約束してくれましたからね」

「あれはトラップじゃなくて……!? ねえ待って? あたしそんな事ひと言も言ってない! エロ本なんて集めないからね! あれは漫画の話だから!」

 

 

 

 クリスが言うには、正面玄関への道以外には大量の罠が仕掛けられていて、まともに歩けないような状態らしい。

 俺にはそんなに罠があるようには見えないが、それは罠感知スキルのレベルが低いせいだろう。

 

「えっと、あっちが『順路』だってさ」

 

 正面玄関へ誘導しようとする『←順路』と書かれた立札を指さしクリスが言う。

 

「待ってくださいお頭。盗賊が順路に従ってどうするんですか。こんなもん罠に決まっているでしょう。あんなところから入ったら相手の思うツボですよ」

「わ、分かってるよ。助手君はあたしをなんだと思ってるんだい? ほら、裏口の方に回るよ」

 

 素直に順路の通りに進もうとしたクリスが、焦ったように言う。

 

「そっちは罠だらけだって言ったのはお頭でしょう。鉄柵の外側なら罠もないはずですから、あっちから回って様子を見ましょう」

「わ、分かってるってば。……どうしたの? 今夜の助手君はすごく頼りになる感じなんだけど。また絶好調になってるの? この屋敷は難易度が高いって話だし、また前みたいに暴走するのは困るよ?」

「俺が頼りになるのはいつもの事ですよ」

 

 鉄柵の外側から屋敷の周囲を回り様子を見ると、正面玄関の他にもいくつもの扉があって。

 クリスが扉のひとつをジッと見ながら。

 

「うーん。罠感知には反応がないね。扉自体に罠は仕掛けられていないみたいだけど」

「お頭が見ているのは絵ですよ。壁に扉の絵が書いてあるだけです。というか、正面玄関以外の扉は全部絵みたいですね」

「ええっ! あれ、絵なの? ご、ごめん! 暗いせいでよく見えなくて……!」

 

 俺の言葉にクリスが驚き声を上げる。

 盗賊が貴族の屋敷に潜入するなら夜だろう。

 しかし暗闇を見通すスキルを持たない盗賊は、壁に書かれただけの扉の絵でも見分ける事ができずに騙されかねない。

 壁に扉の絵が書いてあるだけでは罠感知は反応しないらしい。

 あの扉に辿り着くまでにいくつもの罠を突破しなければならないのに、いざ目の前にしたらただの絵だったと気づくわけだ。

 なんという罠。

 この屋敷を造ったなんとか男爵とやらは、何人もの凄腕盗賊を捕まえていると言われるだけあって盗賊の性質に詳しいらしい。

 

「こういう時のために俺がいるんですよ。別の扉を捜しましょう」

 

 

 

 屋敷の周囲を注意深く見て回った俺達は、一周して正面玄関に戻ってきた。

 

「どういう事だよ! あそこしか出入口がないじゃないか!」

「シーッ! 助手君、気持ちは分かるけど声を抑えて! ……でも、どうしよっか? やっぱりどうにかして窓から入る?」

 

 クリスが言うには、窓には魔法による結界が張られているらしく、盗賊職である俺達が窓から侵入するのは難しいらしい。

 こんな時、魔法使いを連れてきていれば……。

 …………。

 いや、爆裂魔法しか使えないめぐみんは結界破りなんかできないし、さすがにゆんゆんを巻きこむわけには行かないだろう。

 というか、屋敷の周囲を回っただけでも、ここの持ち主がかなり用意周到である事は見て取れる。

 いつものように窓からこっそり入ると、構造的に宝物庫に辿り着けないなんて事も……。

 それとも普通に怪しい正面玄関が普通に罠なのか?

 

 …………。

 

「ああもう! もういいよ! 正面突破だ! なんとか男爵って奴を見つけたら俺がぶっ飛ばしてやる!」

「おお、落ち着いて助手君! 自棄にならないで! さっきまでの頼りになる感じはどこに行ったのさ!」

 

 悩むのが面倒くさくなって声を上げる俺の口を、クリスが慌てて塞ごうとする。

 

「だってこんなもん、どうせどっちも罠だぞ。これだけ屋敷の周りを罠だらけにしてるんだから、中はもっと罠だらけに決まってる。だったらわざわざ窓から入るより、もう正面から入っちまった方がいいと思う」

「い、一応考えてたんだね。……うん、あたしも賛成かな。それに、盗賊なのに正面突破っていうのも格好良いじゃないか!」

 

 俺の提案に、クリスがそう言って笑顔を浮かべた。

 

 

 *****

 

 

 屋敷の中に入ると……。

 そこは体育館のような大部屋。

 大部屋のあちこちに巨大な器具が設置され、室内アスレチックのような感じになっている。

 体育館の二階通路のようになっている場所に、仮面を付け豪華な服を身にまとった男が立っていて。

 

「ふははは! 数多の罠を越えよくぞ来た、勇気ある盗賊達よ……!?」

 

 高笑いを上げたその男は、俺達を見ると驚いたようで。

 

「なんと! あなた達は王城にも潜入したという銀髪盗賊団! やった! ついに我が家にもあの有名な盗賊団が来た! 歓迎します! 歓迎しますよ!」

 

 鉄格子を両手で握り興奮気味に声を……。

 

「『狙撃』!」

 

 声を上げる男を狙い俺は矢を放った。

 男が付けている仮面に掠るだけの予定だった矢は、鉄格子に阻まれ男には届かない。

 

「ひいっ! い、いきなり何を……!」

 

 しかし飛んできた矢にビビった男はその場で尻餅を突く。

 

「うるせー! 何が歓迎するだバカにしやがって! こっちは侵入するだけで苦労させられてイライラさせられてんだ!」

「ダ、ダメだよ助手君! あたし達は義賊なんだから、盗みはしても人を傷つけないように……!」

「仮面に掠るだけの予定だったんで大丈夫ですよ。……でも、おかしいな? 鉄格子の隙間を通りそうなもんだけど」

 

 俺の腕前ではなく幸運によって、狙撃スキルが鉄格子の隙間を通してくれるはずだったのだが……。

 

「こ、この鉄格子はただの鉄格子ではありません。スキルや攻撃を阻む結界が張られているのです。わ、私を攻撃しても無駄ですよ!」

 

 立ちあがった男爵が鉄格子から離れた位置で声を上げる。

 二階の通路は観客席としての場所らしく、こちらから通り抜けできないように鉄格子がはめこまれている。

 大部屋の向こうには次の部屋へと通じる扉があるが、そこへ行くにはいくつもの難関を乗り越えなければいけないと、ここから見ても分かる。

 俺達が苦しむ様を見て楽しもうという魂胆なのだろう。

 

「……ええと、あなたがビート男爵かな? いきなりごめんね? あたし達はこの屋敷にあるっていう神器を盗みに来たんだ。それさえ渡してくれるなら何もしないで帰るよ」

 

 クリスが苦笑しながらそんな提案をする。

 

「いかにも、私がビート男爵です。あなた達が捜している神器はあの扉の奥にあります。是非持っていってください!」

「えっ……? い、いいの?」

 

 盗みに来たと自分から言うのもどうかと思うが、持っていっていいと言われたクリスがますます困惑し問い返す。

 

「持っていっていいって言うんなら、ここのトラップを解除してくれよ」

 

 横から俺が言うと。

 

「お断りします」

 

 ビート男爵はキッパリと言った。

 ……まあそうだよな、こんな大掛かりな仕掛けを作っておいて、宝物を持っていかせてください、はいどうぞ、なんて事にはならないだろう。

 

「私は盗賊職に憧れていましたが、さっぱり才能がなく……。あなた達のような盗賊が様々な困難を乗り越え宝物を手に入れる姿を見たいのです。見事宝物庫まで辿り着いたなら、君達が望む神器は持っていってください。ただし、もしも途中で罠に引っかかり失敗するような事があれば、その時は……」

 

 いきなり語りだしたビート男爵は、興奮してきたのか再び鉄格子を握りしめ。

 

「……三日三晩、盗賊としての活躍を私に語ってもらいますよ! あなた達は悪徳貴族の屋敷に忍びこみ、そこで得た財宝を孤児院の子供達のために使っている義賊なんでしょう? いろいろと面白いエピソードがあるはずですよね!」

 

 鉄格子に頬を押しつけそんな事を……。

 …………。

 

「お、おう……。どうしましょうお頭。こんなに歓迎されるなんて予想外なんですけど。なんだかそんなに悪い奴じゃないのかもしれないって気がしてきました」

「あたしもだよ助手君。でも盗賊としてやる事はやるんだから油断しちゃダメだよ」

 

 

 

 ビート男爵の屋敷に挑戦を始めた俺達は――

 

「おい、これのどこが盗賊への試練なんだよ!」

 

 次々と迫りくる二択の問題に答え、マルとバツの描かれた薄い壁を体当たりで突き破っていた。

 

「一流の盗賊は目利きができなくてはいけないし、自然の生き物や植物、毒物や薬物にも精通しているもの。知識の量と咄嗟の判断力を試すために私が苦心して生みだしたマルバツの試練、見事乗り越えてみせてください!」

 

 大声を上げた俺の質問に、ビート男爵が嬉しそうに解説してくる。

 

「何がマルバツの試練だバカにしやがって! こういうのテレビで見た事あるんだよ!」

「てれび……? そ、そうなんですか? こんな事を考え実行するのは私くらいのものと自負していたのですが……。そうか、すでにやっている人がいたのか……」

 

 駆け回りながらの俺の言葉に、ビート男爵が肩を落としションボリする。

 

「お頭、やってやりましたよ! バカみたいな試練を押しつけてくるあいつをへこませてやりました!」

「や、やめてあげなよ! きっと頑張って考えたんだから……」

 

 言葉を交わしながら次々と問題を突破していく俺達に、ビート男爵は首を傾げ。

 

「……はて? そろそろ問題が難しくなってきているはずなんですけど、どうしてそんなに余裕なんですか? というか、問題文を読んでいないような……」

 

 二択なら運任せにした方が当たるので、俺達は最初から問題を読んでいない。

 

「俺達くらいの凄腕になると、問題は一瞬でも見れば読めるし答えも分かるんだよ」

「な、なんと! さすがは銀髪盗賊団! 素晴らしい! あなた達は素晴らしいです!」

 

 こっちの事情など分からないだろうとついた俺の嘘に、ビート男爵はあっさり騙され俺達を褒め称える。

 

「……ねえ助手君。こんなに素直に褒められるとなんだか悪い事してる気分になるから、適当な嘘をつくのはやめてくれない?」

 

 

 

 マルバツの試練を乗り越えた俺達の前に立ち塞がったのは、とても跳び越えられないような幅の溝と、向こう岸に渡された一本のロープ。

 

「盗賊に必要なのは、なんと言っても身のこなし! バランスを取り素早く対岸に渡ってください! 下は泥なので落ちても怪我の心配はありませんよ!」

 

 ビート男爵が興奮気味に説明してくれる。

 

 

「いや、無理だろコレ」

 

 床の端に立って下を覗くと、かなり下方に泥沼が広がっている。

 ……なんていうか、やっぱりテレビで見た事がある光景だ。

 

「見ててよ助手君。あたしがお手本を見せてあげるよ!」

 

 ロープの前に立ったクリスが、笑顔でそんな事を言い……。

 

「よっ、ほっ、と……。あはは、これくらい軽い軽い!」

 

 身軽にロープの上を歩き、あっさりと向こう岸へと辿り着く。

 マジかよ、今のを俺にやれってか? 身体能力が上がりそうなスキルは片手剣スキルくらいしか取っていないし、バランス感覚にも自信はないんだが。

 

「お手本って言われても……。本職でもない俺に今のをやれってか」

「まあまあ、失敗しても命まで取られる事はなさそうだし、とりあえずやってみれば?」

 

 俺に盗賊らしいところを見せられたのが嬉しいらしく、笑顔を浮かべたクリスが言う。

 

「……その時はお頭も連帯責任ですからね? 俺に盗賊として語れる武勇伝なんてありませんからね?」

 

 俺が恐る恐るロープに足を乗せると……。

 モンスターを倒しステータスが上がったおかげか、なんとかバランスを取る事ができて。

 

「お、おお……。これは、どうにか……!? うおっ!?」

 

 二歩、三歩と踏みだしたところで普通にバランスを崩した。

 

「知ってた! だから俺言ったじゃん! これはさすがに無理だって言ったじゃん!」

 

 手と足を使ってロープにぶら下がる俺にクリスが。

 

「あ、諦めないで! そのままこっちに来たら大丈夫だよ!」

「そんな事言われても! 言っとくけど俺は腕力にも自信はないぞ! そっちに行くまでに力尽きて落ちると思う!」

「それは自信満々に言う事じゃないよね! ああもう! どうしたら!」

 

 ロープにぶら下がったまま動けなくなる俺に、クリスが頭を抱える。

 考えろ佐藤和真。

 国に指名手配を掛けられるほどの凄腕盗賊が、こんなバカみたいなアトラクションもどきをクリアできなくてどうする?

 いや、別に俺は本職の盗賊じゃないからいいんだが……。

 物好きな貴族の遊びに付き合わされていると思うとイラっとする。

 ここで落ちたらあいつの思うツボだ。

 何かないか? 何か、俺でもクリアできる方法が……。

 

「……! そうだ、お頭! バインドです! 俺をロープごと縛ってそっちから引っ張ってくれれば、俺は落ちずにそっちまで行けるはず! 魔力をあまり使わないバインドで、俺を少しの間だけ縛ってください!」

「ええっ? でも確かにそれなら……。わ、分かったよ助手君。行くよ! 『バインド』!」

 

 クリスの拘束スキルにより、俺はロープごとミノムシのように縛られる。

 さらにクリスが俺を縛ったワイヤーを引っ張って……。

 

「いだだだだだ! 手がロープにこすれて痛い! もっと優しくしてくださいよ!」

「そ、そんな事言われても! 少ししか魔力を使っていないから、急がないと拘束が解けちゃう!」

「痛い! 痛い! 俺を傷物にした責任取ってもらいますからね!」

「人聞きの悪い事言うなよお!」

 

 

 

 ――その後もどこかで見た事があるような試練の数々を乗り越え。

 最後に俺達の前に現れたのは、きつく傾斜しほとんど壁のようになっている坂道。

 その坂道にはよく滑る液体が流れていて。

 

「さ、最後の試練! ここまで辿り着いた盗賊は久しぶりですよ! しかも、こんなに短時間で来るとは! さすがは銀髪盗賊団です! この登り坂の試練では、これまでに試練を乗り越えるために使ったすべての技能と、そして何より諦めない心を見せてもらいます!」

 

 最早恒例となったビート男爵の解説が……。

 

「おい、これも見た事あるんだが」

「助手君! それどころじゃないんだけど! こんなのどうやって登るの! ふわーっ!」

 

 坂を登ろうとしたクリスが、足を滑らせヌルヌルになって落ちてくる。

 

「落ち着いてくださいお頭。フック付きの矢を使えば足場がヌルヌルでも大丈夫です」

「おお! さすがだね助手君! でも諦めない心を見せてほしいって言ってたけど、そんな事して男爵に怒られない?」

「何言ってるんですか。俺達は騎士でもなんでもない盗賊ですよ? 正々堂々やるよりこういった搦め手を使った方が、むしろ男爵も喜んでくれるはずです。……『狙撃』!」

 

 弓を取りだした俺がフック付きの矢を番えて放つと、矢は登り坂の上へと飛んでいきフックが引っかかる。

 

「よし、行けますよお頭!」

 

 俺がグッとロープを引っ張り手応えを確かめながらそう言うと……。

 

「搦め手大いにけっこう。しかしこの試練では私も妨害に回らせてもらいますよ」

「あっ!」

 

 ビート男爵が鉄格子の隙間からマジックハンドのような道具を伸ばし、引っかかっていたフックを取り外した。

 

「卑怯者! そんな一方的に有利なところから妨害だなんて恥ずかしくないのか!」

「ええっ? 盗賊なんだから搦め手を使ってもいいと言ったのはあなたじゃないですか! 私だけ卑怯者扱いされるのは納得行かない!」

「何言ってんだ。俺達は盗賊だから卑怯でもなんでも構わないが、あんたはこの国の貴族なんだろ? 卑怯な真似をしたら怒られるのは当然じゃないか」

「な、なるほど……? いや、そもそもこの屋敷はそのために造ったんだし、誰かに文句を言われる筋合いはないはずでは?」

 

 俺に卑怯者扱いされたビート男爵は、マジックハンドをカシャカシャ言わせながら困惑したように首を傾げる。

 

「お頭、今です! 『狙撃』!」

 

 その隙に俺は再び矢を放ち、ロープをピンと張るとすかさずクリスが。

 

「任せて助手君!」

「卑怯な! い、いや、その心意気や良し! これでこそ盗賊です! ですがまだ私にも手段はあります!」

 

 そう言ったビート男爵が手にしたのは、竹筒に穴を開け、後ろから棒を押しこむ事で水をビュッと飛びだすタイプの古典的な水鉄砲。

 それを、ロープを伝って登り坂を駆けあがるクリスに向けると、ビュッと飛びだしたのは水ではなく……。

 

「わああーっ! 何これ、服が溶けるんだけど! 助手君! 助けて助手君!」

 

 ……!?

 

 もともと薄着のクリスが服を溶かされ大変な事になっていた。

 ありがとうございます、ありがとうございます……!

 

「ありがとうございま……!? 違う、そうじゃない! なんて事するんだ! いいぞもっとやれ!」

「本音が漏れてるよ助手君!? あたしへのセクハラは強烈な天罰が下るからね!」

「俺じゃなくてあいつに言ってくださいよ!」

 

 声を上げる俺達に。

 

「ふはは! 盗賊として素顔を見せるのは困るでしょう! さあ、その仮面やマスクが溶けないように逃げ回るがいい! これは魔改造グリーンスライムの成分を利用した服だけを溶かす液体、怪我などはしないので安心してください!」

 

 ビート男爵が笑いながらちっとも安心できない事を言ってくる。

 ……その液体、俺も欲しいんですけど。

 

「助手君! あの人からは助手君から感じるみたいな邪な感じがないよ! あれはセクハラじゃなくてただ盗賊の格好いいところを見たいっていう気持ちからの行動だよ!」

「今のお頭は邪悪な気配を感知する事なんてできないはずですよね! 適当な事を言って俺を貶めるのはやめろよ!」

 

 クリスが液体を避ける事に必死になっていると、またもフックを外されクリスが滑り落ちてくる。

 俺は自分のマントを外しクリスに掛けてやりながら。

 

「フックがダメでもまだ手はある。『クリエイト・アース』! 『フリーズ』……!」

 

 魔法で出した土で斜めに堤防を作り、さらに凍らせて頑丈にする。

 坂道を流れる液体が脇へと逸れていき……。

 

「おおっ! これなら……、うん! 登れるよ!」

 

 滑る液体が流れなくなった坂道を、クリスが一歩一歩確かめるように登っていく。

 

「やりますね! ですがそれでは避ける幅がないはず……!」

 

 ビート男爵が水鉄砲をクリスに向けた……!

 

「わああー! 助手君、どうすんの助手君! ひょっとしてこれが助手君の狙いなの!?」

「俺にだってセクハラしていい時と悪い時の区別くらいつきますよ! 気にせずそのまま行ってくださいお頭! ……『フリーズ』!」

 

 飛びだした液体がクリスに当たるより早く、俺の魔法で凍りつく。

 

「なんと、そんな手が……! というか、さっきから使っているそれは初級魔法ですね? そういえば狙撃スキルも……。ひょっとしてあなたは盗賊職ではなく……」

「そーだよ。俺は盗賊じゃなくて最弱職の冒険者だ。でもあらゆる職業のスキルを覚えられるから、あんたも冒険者になれば盗賊のスキルを使えるようになるんじゃないか」

 

 感心したような声を上げるビート男爵に、俺がそんな事を言うと。

 

「冒険者……。冒険者になれば、私にも盗賊のスキルが……?」

 

 最弱職に就くことなど考えた事もなかったのか、ビート男爵が呆然と呟く。

 その隙にクリスは坂道の上まで辿り着いていて。

 

「やったよ助手君! 待ってて、今ロープを下ろすからね!」

「ああっ! しまった! そこが最後の試練なのに!」

 

  俺の言葉に心動かされているうちに最後の試練を突破され、ビート男爵が声を上げる。

 

「さすがですねお頭。隙を見逃さない盗賊の鑑ですね」

「ちょっと待ってよ! どっちかって言うと盗賊っぽい事をしていたのは助手君の方じゃんか! あたしのせいみたいに言うのはやめてよ!」

 

 それ以上ビート男爵に妨害される前に、俺達は扉を開け――!

 

 

 *****

 

 

 最後の試練を越えた先にあった扉を通ると、そこは内装は豪華だが飾り気のない部屋。

 

「……ここが宝物庫なのかな? あんまりそれっぽくないけど……」

 

 クリスが部屋の中を見回しながらそんな事を言う。

 盗賊の活躍を見るための二階通路はこの部屋にはなく、ビート男爵はここまではついてきていない。

 部屋の中央の床は祭壇のように高くなっていて、そこには大きな宝箱がひとつだけ置かれていた。

 

「宝感知には反応があるけど……。罠は……ないみたいだね」

 

 辺りを警戒しながらクリスが宝箱に近づくと。

 

「うーん、さっきのが最後の試練って言ってたし、ここには何もおかしなものはないのかもね。あっ、宝箱に鍵も掛かってないよ」

 

 宝箱の蓋に手を掛け、それをゆっくりと開ける。

 中には手のひら大の宝玉が入っていて。

 

「これだよ! あたしが探してた神器だ! 本当にあった!」

 

 これまでに何度か外れを引いた事もあったというクリスが、宝玉を手にし喜びの声を上げる。

 

「ちょっと待ってくださいよ! それ以外にもいろいろと入ってますけど!」

 

 そう、宝箱の中にはクリスが手にした宝玉だけでなく、これこそお宝といった感じの金銀宝石が詰めこまれている。

 

「ダメだよ助手君。男爵は悪徳貴族ってわけじゃないし、神器以外まで持っていくのはやり過ぎだからね」

「まあ、俺も金に困ってるわけじゃないですしいいですけどね」

「え、えっちな本があってもダメだからね?」

 

 少しだけ顔を赤くしたクリスが、俺が変な気を起こさないうちにというつもりか、宝箱の蓋を素早く閉める。

 

「分かってますよ。それはお頭が持ってきてくれるんでしょう?」

「だからそんな事はひと言も……! あたしは絶対に持ってこないからね! 絶対だよ!」

「そこまでしつこく言って事は、お笑い芸人的な前振りですね? サプライズで俺を喜ばせようなんて、お頭は部下思いだなあ」

「違うよ! 全然違うよ!」

 

 恥ずかしがって声を上げたクリスが、ずんずん進んでいく。

 正面の壁には『お帰りはこちらです』との札がぶら下がった扉がある。

 

「……罠は、……うん、ないね」

 

 クリスが扉を開けると、通路が左右に伸びていて。

 目の前には『←出口 牢獄→』という立札。

 

「畜生、最後までこのパターンかよ!」

「……えっと、左に行ったらダメなのかな?」

「これまで立札の指示通りに来たら上手く行ってたからこそ、最後に裏をかいてくるかもしれません。まあでも、俺達には二択ならなんの問題もないですね」

「そうだね助手君。棒でも倒そうか」

 

 クリスのダガーを使って棒倒しをし、俺達は『出口』の方へと進む事に……。

 

「あ、お頭。念のためにワイヤートラップを仕掛けといてもらっていいですか?」

「……? 助手君がそう言うなら。『ワイヤートラップ』! でもあの人も貴族なんだし、宝を盗ったら追わないって言ってるんだから警戒しすぎじゃない?」

「俺なら絶対にここで仕掛けますよ。油断しましたね、屋敷を出るまでが盗賊ですよ、とか言って」

 

 俺たちはそんな事を話していると、『牢獄』の方向から人の足音がしてきて……。

 

「ふはは、油断しましたね! 屋敷を出るまでが盗賊……!? あ、あれ? これはワイヤートラップ! すごい! 宝物を手にしたのに全然油断していなかった!」

 

 現れたのはビート男爵と、俺達を捕まえようというのだろう完全武装の騎士達。

 クリスが仕掛けたワイヤートラップに気づき、ビート男爵が感動したように声を上げている。

 

「ほんとに来た! さすがだね助手君! 狡すっからい事を考えさせたら右に出る者はいないね!」

「だからそれ褒めてないだろ。バカな事言ってないでとっとと逃げましょう」

「待って! 時間稼ぎしておこう。『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』! 『ワイヤートラップ』! ……よし、これで簡単には追ってこれないよ」

 

 さらにワイヤーを仕掛けビート男爵を足止めした俺達は、出口の方向へと駆けだし――

 

 

 

「あ、あれ? どうしよう助手君! 行き止まりなんだけど! ひょっとしてあそこで右に行かないとダメだった?」

 

 辿り着いた先は行き止まり。

 壁にペタペタと触れながら、クリスが途方に暮れたように俺の方を振り返る。

 

「男爵があっちから来たって事は、あっちは騎士達の詰め所かなんかに通じてたと思いますよ。というか、ひょっとするとまともに出入りできるのはあの正面玄関だけなんじゃないですか? 一度入ったら逃げられない、この屋敷自体が盗賊を捕まえるための罠だったって感じですかね」

「どどど、どうしよう!? このままじゃ捕まっちゃう! それに、あたしはさっきのワイヤートラップで魔力を使い果たしちゃったよ! 後は逃げるだけだと思ったから……!」

 

 ピンチになった上に自分はもう何もできなくなったからか、クリスが半泣きで慌てる。

 

「……焦ってるお頭も可愛いなあ」

「冗談言ってる場合じゃないよ! どうして助手君はそんなに冷静なのさ!」

「こんなこともあろうかと……ってやつですよ」

「……な、何それ?」

 

 俺がニヤリと笑い取りだしたのは。

 

「誰にでも爆裂魔法が使える魔道具です」

 

 そう、劣化マイトである。

 めぐみんに隠れてコツコツ作っていたうちの一本を、念のために持ってきたのだ。

 作るのにけっこう手間が掛かるし、めぐみんに見つかると怒るので貴重品なのだが、ここは使いどころだろう。

 俺は劣化マイトを壁際に設置すると。

 

「危ないから離れていてください。……『ティンダー』!」

「…………ッ!!」

 

 爆音とともに館の壁に小さな穴が開いた。

 

「すごっ!? すごいよ助手君! 今のは?」

「爆発ポーションなんかを混ぜて作ったダイナマイトもどきですよ。いわゆる現代知識無双ってやつです」

「……すごいんだけど、穴がちょっと小さくない?」

 

 ひとしきり俺を褒めたクリスが、穴の前にしゃがみそんな事を言う。

 

「し、仕方ないでしょう。これひとつ作るのにもけっこう金と手間が掛かってるんですよ。威力を上げるにはいろいろと実験しないと……。それに、今日は今の一本しか持ってきていませんし、他に壁を壊せるような道具もありませんからね。その穴から出られなかったらアウトですよ」

「わ、分かったよ。それじゃあ、お頭であるあたしから……」

「いや、ここは下っ端である俺がまず穴を通って安全を確認しましょう」

 

 俺が穴をくぐろうとするクリスの肩を掴んで止めると。

 

「こんなところで揉めてないで、早く行かないと捕まっちゃうよ! ほら、レディファーストってあるじゃない? ここはあたしが……」

「待ってください。そもそもレディファーストってなんなんですかね? どうして女性を先に行かせないといけないんですか? 男だからとか女だからとか、今まさに捕まりそうって時にそんな事は関係ないと思います。大体、俺はお頭に誘われてここに来たんですよ。それなのに捕まりそうになったら自分だけ先に逃げるってどうなんですかねえ?」

「そそそ、それは……! わ、分かったよ! 助手君が先に行ってくれていいよ!」

 

 クリスの同意を得た俺が、持ち物を先に放りだし穴に頭を入れると……。

 …………。

 

「……おいこれ、肩が引っかかって通れないんだが」

 

 劣化マイトで開けた穴が小さすぎて、通り抜けようとすると肩が引っかかった。

 

「こういう時は先に腕を入れるんだよ助手君」

「こうですか? 痛っ! おい、本当に大丈夫なのか? 肩がめちゃくちゃ痛いんだけど!」

「それは助手君の体が硬いからだよ! 日頃からもっと柔軟体操とかしなよ! ほら、早く出ないと追っ手が来ちゃう!」

 

 焦った様子のクリスが俺の尻をグイグイ押してくる。

 

「あっ、おい! どこ触ってんだ! 自分にセクハラされたら天罰下すくせに人にセクハラするのはどうかと思う!」

「人聞きの悪いことを言うのはやめろよお! これはセクハラじゃないから!」

「セクハラする奴は皆そう言うんだよ!」

 

 言い合いながらもグイグイ押された俺は、どうにか穴を通って屋敷の外へと抜けだした。

 

「よし、次はお頭ですよ! 追っ手が来るから早く!」

「それはさっきあたしが……。いや、そんなこと言ってる場合じゃないね」

 

 俺達がそんな事を言い合っている最中にも、廊下の向こうから『ワイヤーが切れたぞ』と叫ぶ騎士達の声が聞こえてくる。

 クリスが素早い動きで穴に頭と腕を入れると、匍匐前進のように這いでてきて……。

 …………。

 

「……お、お頭?」

 

 途中で動きを止めたクリスに俺が声を掛けると。

 

「…………引っかかっちゃった」

 

 表情を強張らせたクリスがポツリと呟いた。

 

「俺でも通り抜けられたのに、お頭って……」

「ちちち、ちがー! 装備が引っかかっただけだから! あたしはキミと違ってちゃんと運動してるし、別に太ってないよ!」

「今そんな事言ってる場合ですか! ほら、俺の手に掴まって!」

 

 クリスの手を取り引っ張ると……。

 

「いたたたた! 痛い痛い! もっと優しく引っ張ってよ!」

 

 クリスが半泣きになりながら脱けだそうとするも、よほどしっかり引っ掛かっているのか上手く行かない。

 しばらくすると、壁の向こう側が騒がしくなって。

 

「こ、これはどうした事か! 壁に穴が……? な、なるほど、こういった時のために何か魔道具を用意していたのですね! 盗賊職にはまだまだ私も知らない可能性が……!」

 

 こんな時でも嬉しそうなビート男爵の声が……。

 

「しかしこれは……。あの銀髪の少年か……?」

「少年扱いはやめろよお……! あたしは歴とした女だよ!」

 

 またも少年と間違われたクリスが声を上げるも、向こうはそれどころではないらしく。

 

「男爵様、このままではせっかく手に入れた神器が……!」

「捕まえましょう! 皆で引っ張れば容易い事です!」

「ふわーっ! ちょっ……! 待っ……! どこ触ってんのさ!」

 

 一体どこを触られているのか、涙目になったクリスがジタバタと暴れる。

 ていうかこの状況……、エロ本で見た事ある!

 

「助手君! 助けて助手君!」

「畜生、俺もそっち側が良かった! どうして俺はお頭を先に行かせなかったんだ! レディファーストってのを考えた奴は女の人の尻が見たかっただけだろ!」

「キミって奴はー! ねえ、バカな事言ってないで助けてよ! このままじゃお嫁に行けなくなる!」

 

 ますます暴れるも、ちっとも抜けだせる気配のないクリスが懇願してくる。

 俺は壁の向こうの男爵に。

 

「おい、ビート男爵! 聞こえるか! 神器はこっちにあるし、俺達はほとんど脱出したようなもんだろ! 宝物を盗んで逃げられたら追いかけないって話はどうなったんだ! 貴族のくせに約束を破るのどうかと思う!」

「た、確かに……! いやしかし、この状況は……」

 

 まだ逃げきっていないじゃないかと言い返されるかと思ったが、ビート男爵は意外と揺れている。

 これはもうちょっと押してみればなんとか……。

 

 ――と、 クリスを引っ張っている騎士達が。

 

「盗賊なんかの言葉に惑わされないでください男爵! あの神器を購入するのにいくら掛かったと思っているんですか!」

「そうですよ! それに、この者はまだ脱出していません! 捕まえても約束を破った事にはなりませんよ!」

 

 そんな騎士達の正論を無視し、俺はビート男爵に。

 

「この屋敷に侵入して捕まった場合、あんたに自分の活躍を語るんだろ? だったら上半身が出たらもう脱出って事でいいはずだ。それともその下半身と会話するつもりなのか?」

「ちょっ……! ねえ待って助手君! 気持ち悪い事を言うのはやめてよ!」

「言っておくが、この壁に穴を開けた道具はまだまだあるんだからな。俺達がこんな小さな穴から脱出しようとしたのは、あんたの屋敷を必要以上に壊すのはやめておこうと思ったからだ。盗賊が好きで盗賊が活躍しているところを見たいっていうあんたの願いに感銘を受けたんだよ。でもここで邪魔をするってんなら容赦はしない。屋敷の壁を丸ごと破壊してでも逃げさせてもらう」

「ええっ! 待ってよ! そんな事されたら生き埋めになっちゃう! ていうか、あのダイナマイトもどきが他にもあるんなら最初から使ってくれれば良かったじゃんか!」

 

 ……交渉してるんだからお頭はちょっと黙っていてほしい。

 

「男爵様、あのような者と交渉してはなりません! この屋敷の壁に穴を開けるほど強力な道具を、一介の盗賊がいくつも所持しているというのも怪しい!」

 

 そんな騎士の言葉に。

 

「ほーん? いいのか? 俺が壁に穴を開けたような強力な道具を使ったら、お前らは男爵様を守れるのか? さっきまでは鉄格子があったから安全だったんだろうが、ここには身を守れるようなものは何もないはずだ」

「ひ、卑怯な……! 銀髪盗賊団は義賊だと聞いているぞ! お前達は無駄な殺しをせず、悪人からしか盗まない盗賊団じゃなかったのか!」

「そっちこそ、自分で決めたルールくらい守れよな! こっちはもう脱出してるんだから追いかけてくるのはやめろよ!」

「ぐっ……!」

 

 俺の言葉に騎士が黙ると、しばらくして。

 

「……分かりました。今夜は私の負けです」

 

 男爵がフッと力を抜いたような、そんな言葉を告げた。

 

「男爵様!」

「いいのです。君達もご苦労だったね。……ですが、私は諦めませんよ! いつの日かまたあなた達が欲するような貴重な宝を手に入れ、今よりももっと困難な試練で出迎えてみてましょう!」

 

 潔く負けを認めたビート男爵は、騎士に止められるも心変わりする事なく。

 

「……い、いいのかな?」

 

 騎士が引っ張るのをやめ焦る必要もなくなったからか、クリスがするりと穴から出てきて……。

 

「あっ……!」

 

 と、クリスが声を上げ出てきたばかりの穴を振り返る。

 

「しまった、ダガーを落としちゃったよ」

 

 失敗したと苦笑しながらクリスが手を伸ばすよりも早く。

 

「ふふふ、残念ですがこのダガーは私がいただきます! 盗賊が去り際に落としていったものは私のものです! あの銀髪盗賊団のダガーが手に入るなんて……! これは家宝にします!」

 

 ダガーを拾ったビート男爵が歓喜の声を上げる。

 

「ええっ! 困るよ! それを作るのはけっこう大変なんだよ!」

 

 クリスが慌てた様子で穴の向こうに叫ぶも、逆にこちらを覗いたビート男爵に身を引く。

 

「おっと、いいのですか? これを取り返そうというのなら、それは新たな侵入案件ですから私にはあなた達を捕まえる事ができますよ」

「……! この短い時間で助手君みたいな事を言うようになったね。貴族にしておくのはもったいないよ」

「お褒めに預かり大変光栄です」

 

 憧れの盗賊に褒められた事が本当に嬉しいらしく、ビート男爵は子供のようにニコニコしている。

 そんな男爵にクリスも好敵手でも見るかのような目を向けていて……。

 

 …………。

 

 そんな中、俺は不用意に顔を見せたビート男爵に手のひらを突きつけ。

 

「『スティール』」

 

「「あっ!」」

 

 

 *****

 

 

 男爵の屋敷からの帰り道。

 

「……まったくもう、キミっていつも容赦がないよね」

 

 ダガーを鞘にしまいながら、クリスが苦笑気味にそんな事を言う。

 

「あれは盗賊相手に隙を見せる男爵が悪いと思います。というか、お頭はそのダガーが男爵に家の家宝になっても良かったんですか? 確か対悪魔用の祈りを込めたダガーなんですよね?」

「まあそうだけど。祈りを込めるのは自分でできるから時間さえあればまた作れるんだよね。男爵がお金を出して買ったものを盗んじゃったわけだし、これで喜んでくれるなら置いていっても良かったかなって」

「男爵は俺達に侵入されたってだけで嬉しそうにしてましたし、趣味に大金掛けてるようなもんでしょうから気にしなくてもいいと思いますけどね。ていうか、貴族のおかしな趣味に付き合わされたんですから、俺達の方こそ報酬を貰っても良かったんじゃないですかね? やっぱり宝箱に入ってた神器以外の金目の物も盗んでくるんだったかなあ」

 

 軽口を叩く俺にクリスは。

 

「ダ、ダメだってば! 銀髪盗賊団は義賊なんだからね? 悪徳貴族でもない相手から必要以上に盗んだらダメだよ」

「分かってますよ。俺が本当に求めているお宝も、いつかはお頭が手に入れてくれるって約束ですからね」

「……? ……!? ……ッ!!」

 

 続けて言った俺の軽口に、クリスの顔色が青くなったり赤くなったりする。

 

「それは違うって言ってるじゃん! えっちな本なんか持ってこないからね? あれは漫画の話だから!」

「分かってますって。芸人的な前振りですよね?」

「だから全然違うってば!」

 

 からかう俺に、顔を真っ赤にして否定するクリス。

 

「ええと……、そ、そうだ! あたしにセクハラしてると強烈な天罰が……!」

「いえ、これはセクハラじゃなくて割とガチめなお願いなんですけど。神器を盗みだしたからって男爵にダガーをあげてもいいなんて言う太っ腹なお頭なら、銀髪盗賊団の活動を手伝っている俺にはきっとすごいご褒美があるんでしょうね?」

「!!!!????」

「ほら、なんだかんだ言って俺って無償で手伝っているわけですから、何かしら貰えてもいいと思うんですよ。蘇生してもらってるのを気にしなくていいってなると、お頭にはけっこう貸しがある事になると思うんですけど。貸し借りがどうのって、ちょっと盗賊っぽくないですか? あっ、そういや、お頭もこないだ盗賊っぽい取り引きをしてみたいって言ってましたよね?」

 

 クリスが以前言っていた言葉を持ちだしグイグイ迫る俺に、クリスは。

 

「よ、用事を思いだしたから今日はもう帰るね! 助手君、今日は本当にありがとうね! いつかまたお礼はちゃんとするから! ほ、本当だから!」

 

 そんな言い訳を口にしながら、逃走スキルまで使い逃げていった。

 


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