このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1,2,3巻、既読推奨。
 時系列は、3巻の後。


この桃色の学園生活にコンティニューを!

 俺の名は佐藤和真。

 とある学園に通う二年生である――

 

 

 *****

 

 

 春休みが終わり、始業式の朝の事。

 俺は登校するためバスに揺られていた。

 駅前の停留所を過ぎると、乗っているのはほとんど学園関係者だけになるが、遅刻ギリギリの時間だからか車内は混雑している。

 この上、「学園前」停留所まで乗客は増えるばかりだろう。

 俺が、隣の学生の背負っている鞄が邪魔だなあなどと考えていると。

 

「――すまない。失礼する」

 

 低く落ち着いた声が聞こえて、新たに客が乗ってくる。

 その瞬間、乗客が増えたというのに、車内の澱んだ空気が晴れたかのようだった。

 乗ってきたのは、金髪碧眼に抜群のスタイルを誇る、クールな感じの美女。

 三年生で生徒会長のダクネスさんだ。

 学校中の憧れなダクネスが乗ってくると、これ以上誰も乗ってくるなという思いをひとつにしていたはずの周りの乗客達が、なぜかソワソワしてきたのが察せられる。

 俺もわけもなくソワソワしているので気持ちは分かるが。

 そしてバスが走りだし……。

 ふと気づくと、前に立っている女子生徒が居心地悪そうにモゾモゾし、嫌そうな顔でチラチラとこちらを振り返っていて……。

 …………?

 と、そんな時。

 俺の手が突然ガッと掴まれ高く持ちあげられた。

 

「痴漢だ! ワシは見た! この娘の尻をコイツが触っておったのだ!」

「はあ……?」

 

 車内中の冷たい視線に晒され、ジワジワと状況が飲みこめてくる。

 

「ふざけんな! 俺は何もやってないぞ!」

「フン! 痴漢は皆そう言うのだ。諦めて罪を受け入れるんだな」

 

 俺の手を掴んだままニヤリと笑うのは、太った中年男……

 学園の嫌われ者、アルダープ先生だった。

 

「やってない奴もやってないって言うに決まってんだろ! おいあんた! 俺がやったって証拠はあんのかよ?」

 

 俺の問いかけに、被害者らしき女子生徒は困惑したように俺とアルダープを見比べる。

 

「証拠はあるのかだと? それこそ犯人の台詞ではないか!」

「そんなもんで犯人扱いされて堪るか! ……ていうか、ちょっと待ってくれ」

 

 なんかこの状況、おかしくないか?

 

「ええと、俺達の立ち位置ってこうなってただろ? 俺がここであんたがそっちで……、ほら、この後ろの人が背負ってる鞄が邪魔になって、俺が尻を触ってたとしてもあんたに見えるわけないじゃないか。どうして尻を触ってたって分かったんだ?」

 

 俺の指摘にアルダープが黙りこむ。

 

「……ひょっとして、あんたが犯人? それで、痴漢がバレそうになったから俺に罪を押しつけたとか」

「バ、バカな事を言うな! ワシはやっていない!」

「痴漢は皆そう言うらしいですね」

「証拠はあるのか! ワシがやったという証拠は!」

「それって犯人の台詞なのでは?」

「クッ……! ワシは教師だぞ! ワシの証言とコイツの証言、どちらが信じられるかなど明白であろう!」

 

 痴漢扱いされ、激高したアルダープが声を上げるが、周囲の視線は冷ややかだった。

 と、誰も何も言えない中、バスが「学園前」停留所に停まり……。

 

「くそっ! 話にならん! おいお前、後で生徒指導室に来い! このワシが直々に尋問してやる!」

「あっ、待てよ! 逃げる気か!」

 

 マズい。

 生徒指導室と言えば密室だ。

 このままでは、尋問したら痴漢をしたと認めたなどと、ありもしない事実をでっち上げられ冤罪を掛けられるかもしれない……!

 バスを降りるアルダープを力ずくで止めるわけにも行かず、俺が絶望したそんな時。

 

「――少し待ってくれないか」

 

 乗客の集団を割って現れたのは、生徒会長のダクネスさん。

 その凛々しい姿に、逃げようとしていたアルダープさえも見惚れて足を止めている。

 

「この場は私に預からせてほしい。彼の言い分が正しいのかどうかは現段階では分からないが、それを確かめるのは第三者であるべきだろう。あなたが尋問するというのは筋が通らない。幸い、今このバスに乗っているのは我が校の関係者だけで、氏名とクラスを控えておけば後から証言を集める事も不可能ではない。この件は安易に結論を出さず、厳正に調査する事を、私の名に懸けて誓おう」

 

 そんな格好良い事を宣言したダクネスは、何か言い訳しようとしていたアルダープを追い払うと、バスを降りる生徒達の名簿を作りだした。

 ……痴漢について本気で調査するつもりらしい。

 

「お前の名は?」

「に、二年の佐藤和真ですけど……」

「サトウ……、…………?」

「な、なんすか」

「いや、どこかで聞いた事があったような気がしたのだが……、まあいい。今日の放課後にでも話を聞かせてもらうので時間を作ってくれないか。お前が本当に何もしていないのなら、悪いようにはしない。私を信じてくれ」

 

 そう言ったダクネスは、見る者を安心させるような力強い笑顔で……。

 …………。

 

 ……こ、こんなん惚れてまうやろー!

 

 

 *****

 

 

 始業式。

 体育館にて。

 長いこと学生をやっているわけで、今さらこんなもんに緊張する事もないのだが……。

 

『――続きまして、生徒会長の挨拶です』

 

 その言葉に、だらけていた生徒達が姿勢を正す。

 金髪をなびかせ壇上に立ったのは、今朝も見かけた生徒会長のダクネスさん。

 ダクネスは穏やかな微笑みを浮かべて体育館を見渡すと、よく通る声で話し始めた。

 

「今日この場で皆の顔を見られた事を嬉しく思う。……春は出会いの季節であり、新しいクラスで戸惑う事も多いかもしれないが、積極的に交流し多くの友人ができれば、得られるものもまた多いだろう。初めての者相手にためらうのは皆同じなので、一歩を踏みだす勇気を持ってほしい。それと、来週からは部活週間となる。前庭での勧誘を許可しているので、部活に入っている者は奮って参加してくれ。ただし新入生に強引な勧誘をしないように。もちろん、興味があったら二年三年からでも新しい事に挑戦してほしい。――以上だ、ご清聴ありがとう」

 

 体育館内が拍手に包まれる中、ダクネスが颯爽と退場して……。

 

 

 

「さすが生徒会長様ってな!」

 

 始業式が終わり、体育館から戻る道すがら、ダストがそんな事を言いだした。

 一年の時に同じクラスだったダストとは、今年も同じクラスらしい。

 壇上に立ったダクネスについて話す声は他にもあって、きれいだった、格好良かった、などとどれもが褒める内容なのだが……。

 捻くれ者のダストは、そんなダクネスの事が気に入らないらしい。

 

「けっ! お高く留まりやがって! 去年おかしな言いがかりを付けてきて、俺を生徒指導室に呼びだした事は忘れてないぜ! ま、体つきはいいけどよ。マジでエロい体してるよなあ」

 

 言いがかりも何も、お前が呼びだされたのは酔っ払って登校してきたのがバレたからだろう、と俺がツッコむよりも早く。

 

「ちょっとダスト! あんたダクネスさんに何言ってんの?」

「げっ、リーン! 痛ててて! おい、耳を引っ張るな!」

 

 ダストは怒れるリーンにどこかへ連れていかれた。

 

 

 

 教室に戻ると、早くもある程度のグループが出来上がっている。

 と、楽しそうに駄弁っていた女子生徒のひとりが、俺のほうへ歩み寄ってきた。

 

「やっ、パンツ脱がせ魔」

 

 そいつはサバサバした感じの、明るい雰囲気の美少女。

 一年の時に同じクラスでいろいろとあった悪友、クリスだった。

 

「おいやめろ、お前が変な言い方するせいで事情を知らない奴らからの視線が痛いんだよ。アレは俺だけのせいじゃなかったってお前も認めたはずだろ。おかしな言い方をするのはやめろよ。なんならここで詳しく話してやってもいいんだぞ」

「や、やめろよお……! 分かったよ、あたしが悪かったよ! 今年も一年よろしくね!」

「こっちこそよろしく」

 

 俺とクリスは笑い合ってイエーと手のひらを打ち合わせるが。

 

「パンツ脱がせ魔?」

「それってウチらが一年の時に噂になった、あの……」

「今、脅迫して口封じしてたわ!」

 

 クリスがさっきまで話していた女子達が、俺のほうを見ながらヒソヒソと話を……。

 

「……なあ、すでに手遅れっぽいんだけど。お前どうしてくれんだよ、俺は平穏無事な学園生活を送りたいだけなんだよ」

「ご、ごめんて。ちゃんと誤解は解いておくから……、でもキミが平穏無事な学園生活っていうのは無理じゃない?」

「余計なフラグを立てるのはマジでやめろよ」

 

 嫌な顔をする俺に、クリスは楽しそうに笑っていた。

 

 

 ****

 

 

『――二年のサトウカズマ君、生徒会室まで来てほしい。繰り返す、二年のサトウカズマ君……』

 

 

 

 放課後。

 朝の宣告通りに放送で呼びだされた俺は、生徒会室の前に立っていた。

 なんとなくドアをノックするのをためらっていると……。

 

「……ああ、もう来ていたか」

 

 放送室から戻ってきたところらしく、ダクネスが廊下を歩いてきた。

 

「ど、どうも」

「わざわざ呼び立ててすまない。内密な話となると、この部屋が一番適しているからな。入ってくれ」

 

 手慣れた様子でドアの鍵を開けると、部屋の中に……。

 ……えっ。

 二人きりですか?

 他に誰もいない室内に招き入れられた俺は、大きなテーブルを挟んでダクネスの対面に座る。

 マジかよ! マジで二人きりなの?

 放課後、密室、二人きり、何も起こらないはずがなく……!

 いや、そんなわけないんだが。

 そんなわけはないのにソワソワする俺の様子に気付かずダクネスは。

 

「……さて、来てもらったのは他でもない。今朝の件だ。といっても、被害者の女子生徒からの証言で、お前が犯人ではないという事は分かっている。これは取り調べや捜査ではなく、あくまでも事情を聞きたいだけだから気を楽にしてほしい」

「あっはい」

 

 どうしよう、普通に真面目な話が始まって心がついてこないんですけど。

 俺が痴漢なんかしていないと信じてくれるダクネスに、実はおかしな事を考えてソワソワしていたとバレるのはダメだと思う。

「家を出た時間は?」「バスに乗ったのは?」「その時の立ち位置は?」そんな感じの矢継ぎ早の質問に、真面目に答えていると。

 

「……ふむ。証言に矛盾はないようだな。分かっていた事だが、お前への嫌疑は晴れたと言っていいだろう」

 

 何度も似たような事を訊かれるなと思っていたが、俺が嘘をついていないかの確認だったらしい。

 

「そういえば、被害者の女の子は大丈夫だったんですか?」

「ああ。あの後、保健室まで送って、今日はもう帰るようにと言っておいた。それと、アルダープ先生はいろいろと余罪もあってな。これまでは教師相手だし、決定的な証拠もなく追及できなかったが、今回の件をきっかけに厳しく調べられる事になるだろう」

「えっ、生徒会長ってそんな事までやるんですか?」

「いや、これは生徒会長としてというか……。あまり他言してほしくないのだが、実は私の父がここの学園長なんだ。アルダープの事は生徒の視点からもよく見ていてほしいと父から言われていてな。今度こそ徹底的に追及するので安心してほしい」

 

 父親が学園長?

 お嬢様じゃん。

 マジかよ、本当に漫画みたいな人だな。

 

「その……、私自身は本当に普通の生徒だし、父に何か便宜を図ってもらった事もない。特別扱いせず、ただの生徒として扱ってほしい」

「あっはい」

 

 無理では?

 皆の憧れで高嶺の花ってだけでもちょっと気後れするのに、父親が学園長ってもうどうすればいいんだって感じだ。

 いや、どうもしないけども。

 

「あっ、だからと言って、この事を広められるのが嫌ならば言う事を聞けと、私にいやらしい要求をしても無駄だからな。薄い本みたいに」

 

 何言っ……

 えっ?

 マジで何を言ってんだ?

 

「しませんよ! しませんけど……、薄い本とか知ってるんですね?」

「なんだ、しないのか」

「……ひょっとしてガッカリしてませんか?」

「してない。それと、私が薄い本を知っているのは、校内に持ちこんだ生徒から没収した事があるからで、十八歳未満なのに自分で買って読んでいたわけではないから勘違いするな」

「おいやめろ、この物語はフィクションであり、登場人物はすべて十八歳以上だ」

「そうか。……ならば、私が薄い本を読んでいたとしても咎められる筋合いはないのではないか?」

 

 どうしよう、この人、思ってたんと違う。

 いや、周りが勝手に作りあげたイメージ通りの人でいなければいけないなんて言うつもりはないんだが。

 

「まあそうですけど。そこは生徒会長としてのイメージとかあるのでは? ていうか、やっぱり読んでるんじゃねーか」

「……!? や、やはり、この秘密を広められたくなければと、生徒会長のイメージを壊したくなければと、私を脅迫していやらしい要求を……!」

「しないっつってんだろ」

「なんだ、しないのか……」

「やっぱりガッカリしてませんか?」

「してない」

 

 

 *****

 

 

 ――始業式が終わり、アルダープ先生が電撃退職した翌週。

 月曜日の放課後。

 俺が昇降口から出ると……。

 朝通った時は普通だったはずの前庭は、様々な部活が持ちこんだ出し物で、ちょっとしたテーマパークのようになっている。

 部活週間。

 ダクネス会長が始業式の時に宣伝していた、部活動の勧誘が激しくなる二週間だ。

 その間、前庭には展示物が置かれたり、勧誘する部員がいたりして、登下校時には賑やかになる。

 

「生物部です! すごい大きなカエル飼ってます! 両生類好きな方は是非!」

「入りません」

 

 ビビるくらいデカいカエルの置物が。

 何アレ怖い。

 去年もあったけど怖ぇーよ。

 

「家庭科部に入りませんか? かわいい女の子と一緒に料理できますよー、手料理食べられますよー」

「は、入りません」

 

 ――名誉帰宅部員の俺が、鉄の心で勧誘を跳ね除けていた、そんな時。

 足早に通り過ぎようとする俺の前に、二人の少女が現れた。

 

「爆裂部です! 爆裂部をよろしくお願いします!」

「……よ、よろ……し…………。ううっ……。ねえめぐみん、やっぱり考え直さない? こんなの誰も入りたがらないわよ!」

「こんなのとは失礼な。爆裂道の同志は自然と引き寄せ合うはずなのです……ほら! このように!」

 

 ひとりは片目に眼帯を付けた細身で小柄な少女で、魔法使いっぽい黒い帽子とローブを身に着け、これまた魔法使いっぽい杖を手にし、ずんずん歩み寄ってきた。

 もうひとりは少し背の高い少女で、こちらも黒いローブを羽織っているが恥ずかしいらしく、オドオドと俺から視線を逸らしている。

 

「爆裂部です! よろしくお願いします!」

 

 ハキハキと言いながらチラシを渡してくる少女……確か、めぐみんと呼ばれていたか。

 チラシには爆裂部という名称が大きく書かれているが、活動場所は未定、活動日時も未定で、肝心の活動内容には一切触れられていない。

 

「今年から発足しました! さあ、我々とともに爆裂道を極めようじゃないか!」

「何それ?」

「待ってめぐみん! どうしてそんなに堂々と嘘をつけるの? まだ発足してないから! 規定人数に達してないから! ていうか、私を巻きこまないでよおおおおお!」

「や、やめてください! やめてくだ……は、離せぇ……っ!」

 

 背の高いほうの少女が、オドオドとした雰囲気を放り捨て、めぐみんの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 小柄なめぐみんはされるがまま……にはならず、手にした杖を躊躇なく振り下ろした。

 

「いっ……!」

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫です。何も問題はありません」

 

 頭を押さえうずくまる少女に俺が声を掛けると、なぜかめぐみんが即答する。

 

「いやお前じゃねーよ! なんなの? バーサーカーなの? 喧嘩っ早すぎるだろ!」

「そんな事言われても。やられる前にやれというのが我が一族の教えなので、急に掴みかかってきたゆんゆんが悪いと思います」

「発想が蛮族じゃねーか。その格好はなんなんだよ?」

「? 魔法使いですが?」

「お前はさっきから何を言ってんの? 行動が魔法使いじゃないだろ。えっと……ゆんゆん、でいいのか? 友達は選んだほうがいいと思うぞ」

 

 俺が助け起こすとゆんゆんはスッと目を逸らして。

 

「と、友達が、ひとりしかいなくて……」

 

 ……不憫な。

 

「そんな事より、爆裂部に入りませんか? 爆裂道を極めれば、あなたが想像もできないほど有意義な三年間を過ごせる事でしょう!」

「いや俺二年生だし」

「すすす、すいません! めぐみんがすいません! 先輩だったとは知らず……!」

 

 俺が二年生だと知ったゆんゆんが、何度も頭を下げめぐみんにも頭を下げさせようとするも、めぐみんは頑として動かない。

 

「二年生! ますます都合が良い! 去年一年間は無駄に過ごしたかもしれませんが、今日私と出会えたあなたは運が良い! さあ、残された二年間を爆裂道に捧げましょう!」

「ちょっと何言ってんのか分かんない」

 

 詐欺かなんかにしか聞こえなかった。

 

「すいませんすいません! めぐみんやめて! 先輩相手に失礼な事を言わないで! その根拠のない自信はどこから来るのよ?」

「根拠など必要ありません! 我が爆裂道より価値のあるものなんてありますか? いいえ、ありませんとも! さあ、私とともに爆裂道を極めようじゃないか!」

「いらない」

 

 グイグイ押しつけられるチラシを突っ返す。

 

「すいません! 逃げてください! すいません!」

「あっ、何を……! 離してくださいゆんゆん、まだ話は終わっていませんよ! というか、さっきからなんですか? 胸が当たっているのが鬱陶しいです! わざとですか? 喧嘩を売っているのなら買いますよ!」

「ちょっ……! 痛い痛い! ち、違うから! わざとじゃないから! 胸を掴むのはやめて!」

 

 二人のやりとりがものすごく気になったが、ゆんゆんがめぐみんを捕まえている間に、俺はさっさと帰る事にした。

 

 

 *****

 

 

 ――ある朝の事。

 いつものように「学園前」停留所でバスを降りる。

 校門を通り過ぎると、前庭には相変わらず様々な部活動の展示物があり、部員が勧誘のために声を上げている。

 俺がそんな騒がしい空気の中を歩いていると。

 

「待ってください、カズマ先輩!」

 

 聞き覚えのある声とともに駆け寄ってきたのは、爆裂部のめぐみんだった。

 

「おはようございます」

「お、おお……。おはよう。言っとくけど爆裂部とやらには入らないからな」

 

 部活勧誘に声を掛けてきためぐみんは、なぜか俺をターゲットと決めたらしく、何度も断っているのに顔を合わせるたびに勧誘してくる。

 

「そこを何とか……。もう三日も何も食べていないんです」

「ちょっと何言ってんのか分かんない。あっ、こら、服の裾を掴むのはやめろよ! 歩きにくいだろ! お前の見た目でそういう事をされると、なぜか俺に変な噂が立つんだよ!」

「お、お願いします! カズマ先輩! カズマ先輩!」

「お前、先輩って言っておけば俺が言う事聞くと思ったら大間違いだからな?」

「話だけでも聞いてくれたら今後ともカズマ先輩と呼びましょう」

「や、やめろよ。そういう方向の勧誘はズルいと思う!」

 

 これはいけない。

 帰宅部で後輩女子に慕われる事がなかったせいか、「先輩」と呼ばれると無条件に言う事を聞いてやりたい気分になってくる。

 なんという魔性のめぐみん。

 だが待て佐藤和真。

 爆裂部なんていうわけの分からない部活に入ってしまっていいのか?

 せっかくの学園生活を、こんな頭のおかしい奴に台なしにされてしまっていいのか?

 いいや、良くない!

 今年こそ平穏無事な学園生活を……、または可愛い恋人を作り桃色の学園生活を送るんだ。

 俺が今一度拒絶の意思を固めていると……。

 

「「あっ」」

 

 俺の服の裾を掴んでいたせいか、歩きにくそうにしていためぐみんが、俺の足に引っかかって転んだ。

 勢いよく飛びこんでいった先は。

 

「……うわあ」

「…………あの、見てないで助けてほしいんですけど。というか、私はどうなっているんですか? あんまり良い予感がしないんですが、真っ暗で何も分かりません」

「カエルの口に頭から突っこんでいるように見える」

 

 勢いよく転んだめぐみんは、生物部の巨大カエルの置物に頭から突っこみ、カエルの口から足だけ生えた状態になっていた。

 

「いや、なんでそうなったんだよ? コントか?」

「そんなの私のほうが訊きたいです! 助けてください!」

「バカ! 足をバタバタさせんな! 今助けてやるから!」

 

 普通に見えそうなめぐみんの腰を掴み、カエルの口から引っこ抜いてやると……。

 …………。

 

「なんですかその顔は。……言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

「めぐみんって素敵だなって思ってました」

 

 カエルの口に頭から突っこんでいためぐみんは、全身謎の粘液でねっちょりしている。

 カエルの生態を再現しているんだろうか? 生物部員は何を考えてるんだ。

 

「まったく、いたいけな少女をカエルに食わせるのはどうかと思いますよ。都合が悪くなったらポイですか? パンツまで見たくせに! 私との事は遊びだったんですか!」

「お前ふざけんなよ! 勝手に転んでカエルに突っこんだくせに好き放題言いやがって! 遊びも何もちょっと前に会ったばかりじゃねーか! そっちこそ助けてやったのに礼のひとつもなしか!」

「そ、それはありがとうございます。でもパンツは見ましたよね」

「…………」

「見ましたよね、私の白いパンツを」

「いやお前のパンツは黒……、…………」

「見ましたよね?」

 

 畜生! 墓穴掘った!

 俺は周りを歩いている同じ学園の生徒たちをチラチラ窺いながら。

 

「おいやめろ。誤解を生むような事を言うのはやめろよな。今のは事故だろ? 俺の意思みたいに言うのはどうなんだ?」

「ええ、構いませんとも! カズマ先輩が望むなら、私は謎の粘液ねっちょりプレイでも受け入れます!」

 

 そんなめぐみんのバカみたいな宣言に、道行く生徒たちが俺のほうを見てヒソヒソと囁き合う。

 この野郎。

 

「お前やってくれるじゃねーか。そっちがその気ならこっちにも考えがあるぞ。でもここで話しててもおかしな話を広められるばっかりだし、さっさと立てよ」

「立てません。……足を挫きました」

 

 俺が助け起こした姿勢のまま、カエルの足元に座っているめぐみんがそんな事を……。

 

「……マジで?」

「マジです。さっきから立とうとしてるんですが、立てそうにありません」

「ったく、しょうがねえなあー。そういうのは早く言えよな。ほれ」

 

 俺はめぐみんに背中を向け、その場にしゃがんだ。

 

「……? なんですか?」

「何っておんぶだよ。保健室まで連れてってやるから早く負ぶされ」

「えっ? い、いいんですか? 今の私は謎の粘液でねっちょりなので、正直自分でも少し臭うと思うんですが」

「かなり臭いけど、まあ気にすんな。保健室に予備のジャージくらいあるだろ」

「おい、女の子に臭いとか言うのはどうかと思う! え、ええと、公衆の面前でこういうのは恥ずかしいと言いますか、その……」

「ついさっきまでパンツがどうのと口走ってた奴が何言ってんだ? 足を挫いてるんだから諦めろ。そりゃ俺だって恥ずかしいけど、これ以上ごねるようならお姫様抱っこの刑に処すからな」

「わ、分かりました! 分かりましたからお姫様抱っこはやめてください!」

「分かったなら、ほれ、さっさと乗れ」

「……し、失礼します」

 

 めぐみんが俺の肩に手を掛けながら、ゆっくりと体重を掛けていき……。

 

「…………」

「…………」

 

 そのまましばらく経って。

 

「……あの、カズマ先輩?」

「意外と重くて持ちあがらないんですけど」

「この男! 女の子に重いとか言うのはどうかと思う!」

「あっ! こら、暴れるな! 帰宅部の体力のなさを見くびるなよ! おんぶするだけで精いっぱいなんだよ! 力尽きたらその辺に捨てていく事になるけどいいのか?」

 

 不満そうにしながらも大人しくなっためぐみんを背負ってどうにか立ちあがった俺は、覚束ない足取りで歩きだした。

 

 

 *****

 

 

 俺はめぐみんを背負ったまま、どうにか保健室のドアの前までやってきたのだが。

 

「うぐっ……、ドアが開けられん。めぐみん頼む」

「構いませんけど……。もういい加減下ろしてくれても構いませんよ?」

「いいけど、一度下ろしたらまた背負うのは不可能だと思えよ? 上履きに履き替えられなくて靴下でここまで来たくらいなんだからな?」

「どういう脅しですか。いいですよもう、ここまで来たら自分で歩けます」

 

 女の子ひとりを背負い結構な距離を歩いてきた俺は、貧弱な帰宅部ボディに深刻なダメージを負っていた。

 めぐみんをゆっくり下ろした後も、腕と足がプルプルしている。

 

「ああ……、重かった」

「おい、重い重いと連呼するのはやめてもらおうか。まったく、一瞬格好良いと思ってしまったのは何だったんですか」

「え、今なんて?」

「……なんでもないです」

「言っとくが俺は難聴系主人公じゃないからな? 今俺の事を格好良いと思ったって言っただろ? ちょっとその辺の話を詳しく」

「頼もーっ!」

 

 俺の追及に耳を赤くしためぐみんは、保健室のドアをガラッと開けると声を上げた。

 答える声はなかったので、俺は片足で跳ねるめぐみんを支えながら室内に入る。

 

「せ、先生はいないみたいですね!」

「まあ、普通は朝イチで人が来るとは思わないだろうからな。……ベッドを使ってる人がいるみたいだから静かにしろよ。湿布貼ってやるからそこに座っててくれ」

「あ、はい。お願いします……」

 

 保健室にはベッドが二つあり、片方はカーテンが引かれている事から誰かが使っているのが分かる。

 俺は棚を漁って湿布を見つける。

 スツールに腰を下ろしためぐみんは、右足の上履きと靴下を脱いでいた。

 ベッドで寝ている誰かを気遣ってか、静かにしている姿は、見た目だけならめちゃくちゃ美少女だ。

 

「……はあ」

「おい、そのため息の理由を聞こうじゃないか」

「なんでもないよ。ほれ、足を出せ」

 

 俺はめぐみんの前に膝を突いて湿布のテープを剥がした。

 

「あ、あの、よく考えたらこれくらい自分で出来ますけど……」

「お前そういうのはテープ剥がす前に言えよ。受け渡しに失敗したら湿布が一枚無駄になるだろ。いいから大人しくしてろよ。ちょっと足触るぞ」

「ひぇ……! く、くすぐったいです!」

「痛むのはどの辺だ? ここら辺がちょっと腫れてるような気もするけど」

「ん……っ。せ、先輩……!」

 

 ……どうしよう、めぐみんの足は小さくてすべすべしていて、触っていると段々変な気分になってくる。

 いや、これはそういうんじゃない。

 純粋な医療行為だ。

 

「いたっ!」

「……おっと、すまん。ここだな?」

「は、はいっ!」

 

 俺はめぐみんの指示に従って足首に湿布を貼る。

 大した事はしていないはずだが、ひと仕事終えたような気分になって、二人して息を吐いたそんな時。

 

「へいらっしゃい! 保健室へようこそ!」

 

 ベッドのカーテンがシャッと開かれ現れたのは、人間離れした美貌と完璧なスタイルを持つ、長い水色の髪の少女。

 保健室のアクア先生だ。

 ……ベッドで寝てたの、コイツかよ。

 

 

 

「――はい、これで大丈夫よ」

 

 挫いためぐみんの足首に手際良くテーピングを施したアクアは、慈愛に満ちた口調で言うと笑顔を浮かべ……。

 

「あ、あれ? さっきまでズキズキしていたのに、全然痛くないです!」

「あらっ? ねえ、今さらだけど臭いんですけど。すごく臭いんですけど。これってなんの臭い? よく分かんないけどエンガチョね」

 

 優しげな表情をやめ、嫌そうに鼻を摘まんだアクアが、捻挫の痛みが消えたと喜ぶめぐみんに臭い臭いと連呼する。

 

「えっ」

 

 保健室の先生らしくない事を言われ、めぐみんが困惑の声を上げる。

 治療の手際だけは頼りになるんだけどなあ……。

 

「ええと……、足を挫いた時に大きなカエルの置物に頭から突っこみまして……。出来れば治療だけでなくジャージか何かを貸してほしいです」

「ほーん? じゃあ、ウェットティッシュで拭いたげるから、ちょっと動かないでね。カズマは奥の棚に替えのジャージがあるから取ってきて」

 

 アクアはてきぱきと指示を出すと、ウェットティッシュを手にしてめぐみんの髪や肩の粘液を拭っていく。

 

「あのカエルには私も恨みがあるわ。今度一緒に仕返しに行きましょう。他にぶつけたところはないかしら? 痛いところは?」

「いえ、大丈夫です」

 

 アクアの問診が聞こえる中、俺はジャージを探り当てると。

 

「――ほうほう。爆裂部ね。……なるほど、面白そうね、私も仲間に入れてちょうだい」

「よろしくお願いします!」

「……どうしてそうなった?」

 

 いつの間にそんな話になったのか、アクアが爆裂部の勧誘に応えていた。

 おかしいな、一瞬前まで真面目に問診していたはずなんだが。

 

「カズマ先輩、四人目ですよ! あとひとりで部活動として認められます!」

「お前それ俺まで数に入れてるだろ。それに、そんなんでも一応は教員だから部員になれないし、ここにいないといけないから部活の顧問も出来ないと思うぞ」

「なんでよーっ! 私を仲間外れにしないでよ!」

 

 半泣きになって駄々を捏ねるアクアに俺は。

 

「うるせー! これから俺の桃色部活ハーレムが始まるんだよ! クリスには平穏無事な学園生活が送りたいとか言ったけど、これってそういう系のアレだろ! そこにお前がいたって、どうせいい雰囲気になったところで邪魔してくるだけだろうが、この非攻略対象キャラが!」

「はあー? 美しくも慈愛に満ちたこの私が、秋子さんポジションをやってあげるって言ってるのよ? 感謝してくれてもいいと思うの!」

 

 …………。

 

「ぶっ殺!」

「いひゃいいひゃい! ほっぺた引っ張らないで! ねえ待って! そんなに怒る事ないと思うの! だってなんでもかんでも了承って言っておけばいいだけでしょう?」

「お前ふざけんなよ! 言っていい事と悪い事があるだろ!」

 

 

 *****

 

 

 その日の昼休み。

 昼飯を食い終わった俺が、ダストやキースと麻雀カードで遊んでいると。

 

「――すまない、ちょっといいだろうか。その、サトウくんに話があるのだが」

 

 教室の入り口に立って声を掛けてきたのは、ダクネスだった。

 憧れの生徒会長の登場に教室がざわつく中。

 

「な、なんですかね……?」

 

 俺が入り口へと歩いていくと、口を開きかけたダクネスは今さら周りの目に気付いたようで、

 

「いや、大した話ではないのだが」

 

 少しだけ恥ずかしそうに微笑みながら、廊下に出る。

 廊下にも生徒はいるが、さすがに聞き耳を立てている者はいない。

 

「お前が後輩の女子生徒をカエルに食わせて粘液まみれにしていたと聞いたのだが……」

「誤解です」

 

 畜生!

 誰だよ、おかしな噂を流したのは!

 問題のある生徒に生徒会長が直々に尋問ってか? ああもう、どうして俺ばかりがこんな目に!

 

「そ、そうなのか? では女子生徒を弄んで捨てたというのは……」

「それも誤解です」

「そうなのか……」

「なんかガッカリしてませんか?」

「してない。……おかしな事を訊いて悪かった。では、女子生徒のパンツを見たというのも何かの間違いなんだな」

「…………」

「サトウ君?」

 

 急に黙った俺に、ダクネスの目が冷たくなった。

 

「女子生徒に臭い臭いと連呼したというのは?」

 

 …………。

 

「女子生徒を捨てていくと脅したというのは?」

 

 …………。

 

「……ふむ」

「いや、ちょっと待ってくれ! おかしいおかしい! 大体合ってるけど言い方がおかしい! こっちの言い分も聞いてくれよ!」

 

 クソ、やっぱりあのロリっ娘に関わったのが間違いだったんだ!

 

「実は、お前の事を友人からも聞いていたのを思いだしたんだ。パンツ脱がせ魔だそうだな?」

「!!!!????」

 

 クリスあの野郎。

 ダクネスさんにまで何言ってんだ。

 完全無欠の生徒会長には、俺だって密かに憧れてたのに……!

 

「そういう事なら、やはり放っておけないな。私も爆裂部に入らせてもらおう」

 

 クソ、このままじゃ軽蔑されて性犯罪者扱い……

 …………? 

 

「今なんて?」

「だ、だから、……私も爆裂部に入れてほしい!」

 

 恥ずかしそうに声を上げながら、入部届を差しだしてくるダクネス。

 

「えっ、なんで?」

「なんでって、その……。ええと、今の爆裂部には一年生の女子生徒が二人しかいないと聞いた。先輩として生徒会長として、か弱い新入生がサトウ君の犠牲になるのを見過ごすわけには行かない。彼女たちを嬲るつもりなら代わりに私を嬲ってくれ。それに、学年は上だが部活の中では一番下っ端になるわけだからな。遠慮なく強めに罵ってくれても構わない」

「は、はあ……? 俺部員じゃないですけど」

「えっ」

「ていうか、人数集められてないんで、まだ部として認められてないですよ」

「えっ」

 

 

 *****

 

 

 ――数日後。

 放課後。

 俺が昇降口を出ようとすると、ちょうど帰ろうとしていためぐみんとかち合った。

 

「おう」

「あ、どうも……」

 

 相変わらず、制服の上からローブを羽織っているが、杖は持っていない。

 知らない仲でもないので、並んで前庭を歩く。

 部活週間は終わり、前庭のアレコレはすでに撤去され、当たり前の光景のはずが少しだけ寂しい。

 隣を歩くめぐみんが、

 

「爆裂部、ダメでした。人数が集まらなくて……」

 

 静かな声でポツリと呟く。

 俯いている横顔は、ちょっと見ないくらいの美少女なのだが。

 黙ってさえいれば……

 いや、でも。

 ……クソ、コイツが大人しいと調子が狂う。

 

「これやる」

 

 落ちこむめぐみんに俺は一枚の紙片を差しだした。

 それは、部活発足申請書。

 記名欄には、最初の一行を空けて、俺とダクネスとゆんゆん、そして無理やり書かせたクリスの名前が並んでいる。

 部活の規定人数は最低五人だ。

 

「こ、これ……、これ……っ!」

 

 俺と申請書を何度も見比べためぐみんは、両目を紅く輝かせると。

 

「ふ、ふふ……っ。我が名はめぐみん! 爆裂部初代部長にして、やがて爆裂道を極める者!」

 

 黒いローブをバサッと翻し、そんなわけの分からない宣言をする。

 どうしよう、早まったかもしれない。

 

「ありがとうございます、カズマ先輩!」

 

 申請書を胸に抱えためぐみんが、屈託のない笑みを浮かべ……!

 …………。

 

 ……………………。

 

「…………?」

 

 そのまま停止しためぐみんに声を掛けようとするが、めぐみんだけでなく世界そのものが動かなくなっている。

 静止した世界の中で、なぜか俺だけが動けるらしい。

 何コレ怖い。

 ――と、そんな時。

 

「お客さん! なんなんですか、さっきから! 甘酸っぱい青春を送っているだけでちっともエッチな感じにならないじゃないですか! そろそろ夜が明けちゃいますよ!」

 

 どこからともなく現れ、焦った様子で言ってきたのはロリサキュバス……?

 

「…………、あれっ? あ、そうか。そういえば夢だった!」

 

 長い夢を見ていたせいで、本当に学園生活を送っている気になっていた。

 

「ていうか、もうそんな時間なのかよ? 夢の中なんだから、時間の流れくらい自由に変えられるもんじゃないのか?」

「いくらなんでも限度ってものがありますよ! もう夢の中で二週間以上過ごしているんですよ。現実に戻ったらほとんど忘れちゃいますけど、人間が夢の中に長居するのは良くないです! さっさとエッチな事をしてくださいよ! ほら! ほら!」

 

 言いながらロリサキュバスは、めぐみんのスカートの裾を引っ張ってヒラヒラさせる。

 現実のめぐみんならガチギレしそうな事をされても、時間が止まっためぐみんは微笑みを浮かべたまま反応しない。

 そう。この学園生活は、サキュバスが見せてくれる夢の世界。

 つまりは、本来ならそういう事をするところなわけで……

 そんな世界で、なぜ俺が甘酸っぱい青春を送っているかと言えば。

 

「だから最初に言っただろ、これはエロゲの体験版みたいなもんなんだって。お前らが見せてくれる夢って、そりゃシチュエーションは選び放題だけどさ、それだけじゃなくて前後のエピソードを深掘りする事で、もっと気分が盛りあがると思うんだよ。例えば単にエロい体してるダクネスとそういう事するよりも、皆の憧れの生徒会長が実はドMで禁断の関係ってほうが燃えるだろ?」

「な、なるほど」

「まあ今日はもう時間がないみたいだしこれくらいにしておくか」

「え? ええと……、それなら二人が禁断の関係に至るまでのエピソードを掘りさげたほうが良いのでは?」

「問題ない。体験版にエロシーンが付いてるのは普通の事だからな」

「ちょっと何言ってるのか分からないです」

 

 

 *****

 

 

「――すすす、すごいですお客さん! 精気が! いつもより! ドバーッて! ドバーッて!」

 

 俺が目を覚ますと、ロリサキュバスが両手を広げ、すごいすごいとはしゃいでいた。

 

「お、おはよう。……まあ、俺としてはそっちが上手く行ったんならいいけど」

「おはようございます! コレすごいですよ! またやりましょうね! 皆にも教えてあげなくちゃ!」

 

 ……どうしよう。

 エロい事の内容はそれなりに覚えているんだが、二週間以上あったという学園生活については記憶が薄れていて、なんか損した気がする。

 次からはいつも通りにしてほしいんですけど。

 

 

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