時系列は、13巻の後。
ウィズのストーカー騒動が解決して、しばらく経った。
突然泣きだしたりバニルに八つ当たりしたりと情緒不安定だったウィズが落ち着き、ウィズ魔道具店は平常営業を再開した。
そんなある日の事。
俺が街を歩いていると。
「少年。……そこを行く少年」
呼び止める声に振り返ると、そこには建物の陰からパタパタと羽を動かす着ぐるみの姿が。
そこにいたのは、ペンギンみたいな着ぐるみ。
その正体はこの国の貴族でもある、ゼーレシルトとかいう悪魔。
中身を知っている俺としては、あまり関わり合いになりたくない相手なのだが……。
「えっと、俺に何か用か? 先に言っとくけど、俺に何かするつもりならアクアに言いつけるからな」
「的確に悪魔を脅すのはやめたまえよ。あの狂暴なプリーストに見つからないよう、こうしてこっそり君にだけ話しかけているのだ。そう警戒せずとも危害を加えるつもりはないよ」
悪魔の言う事を信じたわけではないが、俺は着ぐるみに歩み寄る。
「それで、俺に話ってなんだよ?」
「……実は、このところ店主殿が帰ってこなくてね。バニル様は放っておけと言うのだが、この書き置きを見てしまうとそういうわけにも行かないのではないかと……」
言いながら着ぐるみが一枚の紙を差しだしてくる。
そこには短く一文だけ書かれていた。
『キールのダンジョン最奥で待ちます ――ウィズ』
「……何コレ?」
「キールのダンジョンというのは、駆けだし冒険者のための練習場所のようなところなのだろう? 最近は冒険者があまり活動していないし、ダンジョンに入る者もいないだろうからと、店主殿が改造を施したそうでね、なんでもバニル様のためのお試しダンジョンらしい」
お試しダンジョン。
…………バニルのための……?
「なあ、お試しダンジョンってどういう事だ? それに、バニルのためってなんだよ」
「……? 店主殿はいずれバニル様のために世界最大のダンジョンを造るという契約をしていると聞いたが……。そのためのお試しという事ではないだろうか」
…………。
「ああっ! 聞いたよ! そういや最初に会った時、あいつそんな事言ってた!」
バニルがウィズの店で働き金を稼いでいるのは、世界最大のダンジョンを造り、その最深部に到達した冒険者たちに『スカ』の宝箱を掴ませ、彼らが生みだす至高のガッカリの悪感情を食らいながら滅びたいかららしい。
そのダンジョン造りをウィズに頼もうと、資金を貯めるために二人で店をやっているという話だった。
「話は分かったけど……。それでどうして突然キールのダンジョンで待つなんていう話になるんだ?」
「店主殿が言うには、以前の堕天使の一件に対するバニル様への礼らしい。しかしバニル様は放っておけと言うだけで様子を見に行く気もないようでなあ……。このまま店主殿を放っておくのは悪魔である私としてもどうかと思うのだよ」
「……それって礼っていうかお礼参りなんじゃないか?」
俺のツッコミに、着ぐるみはコテンと首を傾げ。
「まあ、我々は悪魔だからね。嫌われたり襲われたりといった事には慣れているよ。しかしいつものバニル様なら嬉々として乗りこんでいき、相手の思惑に引っかかった振りをして悪感情を得ているところなのだが……」
このところアクア相手に酷い目に遭わされる姿を見て少し同情していたが、やっぱりこいつらロクでもないな。
「最近のバニル様は、店主殿がいないのを幸いと、店の経営を黒字にしているよ」
「ま、まあ、経営が黒字になってるのはいい事なんじゃないか。ウィズは泣くかもしれないけどな。というか、俺にそんな話をされてもどうしようもないぞ。バニルが俺の言う事なんか聞くわけないし、ウィズがバニルのために造ったダンジョンなんて最弱職の俺が入ったら一瞬で死ぬだろ」
俺の言葉に、着ぐるみはションボリと肩を落とし、
「……そうかあ、それではもうしばらく様子を見るしかないようだ。少年、時間を取らせてすまなかったね」
ため息をつくとトボトボと去っていった。
……どうでもいいけど、いちいち仕草が可愛いのはなんなんだよ。
「戻ったぞー」
着ぐるみと別れた俺が屋敷に戻ると。
広間のソファーに腰掛け足をパタパタさせていたアクアが、俺の顔を見るなり駆け寄ってきた。
「おかーえり! ねえカズマさん、私と一緒にダンジョンに行かない?」
「行くわけない」
即答した俺がアクアと入れ替わりにソファーにどかりと腰を下ろすと、追いかけてきたアクアはソファーの肘掛け部分に両手を置きその場で跳ねながら。
「まあ待ちなさいな。結論を下すのはまだ早いわ! これを聞いてもまだそんな事を言えるかしら? なんと、そのダンジョンはウィズが造ったダンジョンなのでした! カズマは忘れてるかもしれないけど、あの子はあんなんでもアンデッドの王であるリッチーなのよ。まあ私に掛かれば雑魚ですけど! リッチーが造ったダンジョンなんて、きっとすごいお宝が眠っているに違いないわ!」
「いや、忘れてるかもしれないってなんだよ。忘れるわけないだろ。ていうか、こないだあのデュークって奴とめちゃくちゃすごい魔術戦やってたじゃないか」
その魔術戦を一緒に見ていたはずのアクアが、俺の言葉にポンと手を打った。
「おお、そういえばそんな事もあったわね!」
こいつマジか。
「お前こそ忘れてるみたいだけど、リッチーって言ってもあのウィズだぞ? いつも商品が売れないって泣いてるウィズのダンジョンにまともな宝があると思うのか?」
「…………」
ちょっと考えたアクアは否定できなかったのか言葉に詰まるも。
「ねえお願いよ! ウィズったらダンジョンの奥で待ってるなんて言うのよ! あのケチンボ悪魔はそんなに気になるなら自分でダンジョンに潜れって言うし! この私にダンジョン攻略なんてできるわけがないでしょう? ねえ連れてって! 私をダンジョンに連れてってちょうだい!」
ウィズの店を行きつけにしているアクアが、あの書き置きを見たらしく着ぐるみと同じような事を言ってくる。
「開き直ってんじゃねえ! ああもう! お前といいあのペンギンといい、どうして俺に厄介事ばかり持ってくるんだよ!」
「……? あのペンペンがどうかしたの? あんた、悪魔なんかと仲良くしてるとロクな事がないわよ?」
「お前といてもロクな事がないんだが」
俺の正当なツッコミにアクアは目を逸らし。
「カズマさん冷たいわ! あの店番悪魔が迎えに行かないせいで、ウィズはダンジョンの奥なんていう薄暗くてジメジメした場所にいるのよ! かわいそうだと思わないの?」
「……お前、いつだかリッチーってのは薄暗くてジメジメしたところが大好きなナメクジの親戚みたいな連中って言ってなかったか?」
「なんて事を言うのかしらこの男!」
この女。
「……まあ、ウィズにはいろいろと世話になってるし、俺だってウィズが困ってるっていうなら手を貸してやりたいけどさ」
「そうでしょ! だったらダンジョンに行きましょう!」
「でもウィズが待ってるのってバニルなんだろ? 俺たちが行ったってしょうがなくないか?」
「えー? ウィズが戻ってきてくれないと、お店に行ってもお茶も出ないのよ」
「結局お前の都合じゃねーか」
*****
翌日。
アクアがあまりにもしつこいので、俺はアクアとともにキールのダンジョンにやってきた。
ダクネスはシルフィーナと予定があると言って出かけていき、めぐみんはダンジョンでは役に立たないので置いてきた。
ダンジョンの入り口に立ったアクアが。
「そういえば、以前にもあんたと二人でダンジョン攻略をした事があったわね。私の華麗な活躍を思いだすわ」
「すでに嫌な予感しかしない」
リッチーであるウィズが造ったダンジョンという事は、中にいるのはゴースト系やアンデッド系のモンスターのはず。
アンデッドには俺の潜伏スキルが効かない。
となると、頼りになるのはこいつだけなわけだが……。
「なーに? 人の顔をジッと見て。この賢くも麗しいアクア様に見惚れるのは仕方ないけれど、私はめぐみんやダクネスと違ってフラグは立たないわよ」
……どうしよう、すごく死亡フラグが立っている気がする。
鼻歌を歌いながらダンジョンに入っていったアクアは、一歩目でカチッと何かの罠を踏んで白い炎に包まれた。
「ふわーっ!」
「ちょっ!?」
あまりにも早いフラグ回収に驚いた俺が、罠を警戒しながらもアクアに駆け寄ると。
「何よコレ! 最高位の悪魔祓いの魔法じゃない! もしも踏んだのが悪魔だったら即死だったわ! 女神である私にこんなもんぶつけるなんて何考えてるのよ! ふわーっ!?」
炎に焼かれたはずなのにピンピンしていたアクアが、その場で地団駄を踏むとまたカチッと罠を踏んで白い炎に包まれる。
どうやらその炎は、以前アクアが使っていたような悪魔にだけ効果があるものらしい。
しかしここに来るのは、ウィズの予定ではバニルだったはず。
あの見通す悪魔がこんな罠を踏むかはともかく、一歩目から即死級のトラップってどんなクソゲーだよ。
「ふわーっ!」
「…………」
楽しくなってきたらしく、アクアが罠を踏んでは白い炎に包まれる中。
俺が拾った小石をダンジョンの奥へと投げこむと……。
途端、小石に反応し槍や矢といった殺傷能力の高そうなものがあちこちから飛びだしてきて。
殺意が高すぎるダンジョンを前に、俺たちは無言になった。
「……帰るか」
「そうしましょう」
*****
――数日後。
ウィズの事が気になった俺は、バニルに追い返されると文句を言いながらも懲りずに出かけていくアクアとともに、ウィズの店を訪れた。
店主不在のウィズ魔道具店では……。
「さあ、いらさいいらさい! そちらの魔道具は現品限りの特別価格! そちらのポーションは訳あり品だが効果はこの吾輩が保証しよう! おっとお客様、そのバニル人形は一万エリスお買い上げの方にプレゼントしているものであるので、お客様が買おうかどうか迷っているそっちの商品を買ったほうがお得であるぞ!」
いつになく賑わう店内で、怪しげな店員が手際よく客を捌いていた。
「……いや、なんだコレ」
「おや、少年ではないか。見通す力を持つバニル様が本気を出せば、こうなるのは当然の事だよ」
「『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」
「ピャアアアアアアアー!」
得意げに言うペンギンみたいな着ぐるみにアクアが魔法を撃つと、着ぐるみが店の床にパサリと落ちた。
「お、お前……」
「何よ? この店は私の縄張りみたいなものなんだから、悪魔がいたら祓うのは当たり前じゃない」
アクアが地元で粋がるヤンキーみたいな事を言う中、バニルが接客を中断し着ぐるみの傍に立ち……。
「ハッ!?」
復活した着ぐるみがアクアに怯え店の隅でガタガタと震える。
「『セイクリッド・ハイネス……』」
「ええいっ、やめんかこの忙しい時に! 言っておくが茶汲み店主がおらんので誰も貴様に茶など出さぬぞ! 我輩はガラクタばかり仕入れる赤字店主が留守にしている間にこの店を黒字にせねばならんのだ! 分かったらとっとと帰れ疫病神め!」
さらに着ぐるみに向け魔法を撃とうとしたアクアをバニルが止める。
「はあー? どうして私が悪魔の言う事を聞かないといけないんですか? いつもお客さんがいなくて居心地の良いこの店が、最近騒がしくなって迷惑しているの」
ウィズが聞いたら泣きそうな事を言いだすアクアに。
「あのポンコツ店主が仕入れたガラクタではなく、売れ筋の商品を並べれば客が集まるのは当然である。真っ当な商売をしている我輩が貴様に文句を言われる筋合いはない」
ウィズが聞いたら泣きそうな事を言ってバニルが反論する。
――と、そんな時。
突如店の床が輝き魔法陣が浮かびあがると、やがて光とともに現れたのは。
「どうして私のダンジョンに挑んでくれないんですか! ずっと待っていたんですよ!」
いつかのようにテレポートで現れたウィズが、目に涙を浮かべそんな事を……。
「あ、あれ? こんなにお客さんが……? ……す、すいません、間違えました」
賑わう店内にテレポート先を間違えたと思ったらしく、ウィズが首を傾げながら店から出ていった。
バニルが客を捌ききり、店が落ち着きを取り戻した頃、
「あ、あの……、やっぱりここって私のお店なんじゃ……」
出ていったウィズが、そんな事を言いながらおずおずと戻ってきた。
「……うむ。よく戻ったな、家出店主よ。ここは汝の店なので遠慮なく入ってくるが良い」
「そんな……! 何かの間違いですよ! 私のお店にあんなにお客さんが来るはずありません! それともまたライターのような目玉商品を売りだしたんですか?」
さすがに少し気まずいのか、口数少なく出迎えるバニルに、店主が口にしてはいけない事をウィズが口走る。
「我輩は普通に商品を仕入れ普通に売っただけである」
「えっ」
悪魔らしくもなく普通の事を言うバニルにウィズが声を上げ。
「そんな……、そんなはずは……! あっ! ひょっとして見通す力を使ったんですか? 自分のために力を使うとしっぺ返しが来るから控えるって言ってたのに!」
「いや、店主殿。このところバニル様は悪魔としての力を使ってはおりませんでしたよ」
そんなウィズに着ぐるみが横から言う。
「……!? お、おかしいじゃないですか! そんな……、普通に商品を仕入れて普通に売るだなんて、そんな事でお店が儲かるはずが……! 私だって皆さんが喜びそうな魔道具を選んで仕入れているのに!」
着ぐるみの言葉に動揺するウィズに、バニルが。
「だから我輩が常々言っておったであろう。この街は駆けだし冒険者の街。魔道具を必要とする冒険者はいくらでもいるのだから、普通の魔道具を店に並べれば客は集まるのだ」
「……ッ!!」
バニルの正論にウィズが涙目になる。
「……ああ、店主殿。その屈辱と劣等感の悪感情は非常に私好みです。ご馳走様です」
空気を読まない着ぐるみの言葉に、ウィズがわっと泣きだし店から飛びだしていった。
*****
家出していたウィズが戻ってきたかと思ったら出ていった、その翌日。
いつものように昼過ぎに起きだした俺が遅い朝飯を食べていると、玄関のドアがノックされ。
「こ、こんにちは。突然すいません、実はカズマさんに協力してもらいたい事がありまして……」
訪ねてきたのはウィズだった。
「粗茶ですけど」
「ありがとうございます。……あ、あの、アクア様……。お湯なんですけど……。それにこのお湯を飲んでいると舌がピリピリします」
アクアが淹れたお茶をひと口飲むと、ウィズが困ったような表情を浮かべる。
「お前、ウィズがリッチーだからって嫌がらせするのはやめろよ」
「ち、違うわよ! 液体に触れると聖水になっちゃうのは私の体質なんだから仕方ないじゃない! ごめんねウィズ、淹れ直してくるわね」
「い、いえ、とんでもない! 私の事はお構いなく」
ウィズが止めようとするのを聞かず、アクアがお茶を淹れ直しに行く中、
「それで、うちのカズマに頼みたい事とはなんですか? こないだ紅魔族の試練の助っ人を頼みに来たあの子といい、あまりカズマを便利に使うのはやめてほしいのですが」
俺の隣に座るめぐみんが、目を赤く輝かせそんな事を言う。
つい最近、国宝のネックレスを取り戻す強制クエストを持ちこんできたくせに、コイツは何を言っているんだろう。
「す、すいません。ですが、このままだとお店が赤字に……! いえ、それ以上に大変な事に……!」
……店が赤字になるよりも大変な事?
「えっと、頼み事って具体的になんなんだ? 先に言っとくけど俺は最弱職の冒険者だからな? そりゃウィズには何かと世話になってるし協力できる事なら協力したいけど、リッチーのウィズに頼み事をされるような凄腕冒険者じゃないからな?」
「カズマさんには、私と一緒にダンジョンを攻略してほしいんです!」
ウィズが真剣な表情を浮かべそんな事を……。
「いや、無理だろ」
ウィズが攻略できないようなダンジョンに俺が行ったら普通に死ぬと思う。
「ま、待ってください! 一緒に攻略してほしいダンジョンというのは、キールのダンジョンなんです。その、先日キールのダンジョンを対バニルさん仕様に改造したじゃないですか。ですがバニルさんは来てくれなくて……。それで、もう使わないならダンジョンを元に戻してほしいと冒険者ギルドの人に言われまして」
「戻せばいいじゃないか」
「いえ、その……。私がテレポートで出てきてしまったので……。ダンジョンの奥からならすべて解除する事もできるんですが、外から中に入ろうとするとダンジョンボスである私でも関係なく罠に引っかかるんです。ダンジョンの奥はテレポート先に登録していないので戻る事もできず……」
…………。
「お願いします! 初心者の練習場所であるキールのダンジョンを、冒険者の皆さんが活動しない今だけ借りる約束だったんです! このままだとダンジョンレンタル料が……! というか、罠の撤去までギルド任せにすると実費や迷惑料で支払いが……! お、お願いします……!」
思わず無言になる俺たちに焦ったのか、ウィズは立ちあがり深々と頭を下げる。
珍しく必死な様子のウィズに、俺とめぐみんは顔を見合わせ。
「……私としても協力したい気持ちはありますが、爆裂魔法しか使えない私はダンジョンでは荷物持ちくらいしかできませんからね。今のキールのダンジョンはカズマとアクアが入り口で引き返してくるような難易度なのでしょう? 正直足手まといにしかならないと思います」
「俺も手伝ってやりたいけど……。あっ、そうだ! バニルに頼んだらどうだ? 店が赤字になるって言ったらあいつも手伝ってくれると思うぞ」
俺の提案にウィズは困った顔をして。
「そ、それは……! バニルさんをとっちめるためにやった事の不始末を、バニルさん本人に頼むのはさすがにどうかと……」
確かに。
「いやでも、俺たちだけじゃどうしようもないだろ。罠感知も罠解除も一応使えるけど、本職ほどではないだろうし。せめてまともな盗賊職がいれば……」
「いえ、それは大丈夫です! きちんとした罠を仕掛けてもバニルさん相手では見通されてしまうので、罠は威力だけを重視したんです。それに、仕掛けたのは罠設置スキルを持っていない私ですから、カズマさんなら見つけるのも解除するのも簡単なはずです」
「そう言われると……いや、でもな……」
「お願いします! もうカズマさんしか頼れないんです! お礼に私にできる事なら何でもしますので、どうか……!」
「何でも……?」
ウィズの言葉に俺はゴクリと喉を鳴らす。
と、そんな俺にめぐみんが。
「おい、私というものがありながら、ウィズに何をさせようとしているのか聞こうじゃないか」
「違うよ? 別にエロい事を要求するつもりは……、というか、お前らは俺をなんだと思ってるの? そんな、困っている相手につけこんでエロい事を要求するなんて……」
めぐみんの言葉を否定した俺を、ウィズが少し困った表情で見つめている。
――そんな時。
「まったくしょうがないわね! そこまで言うなら私たちに任せなさいな!」
「……!?」
お茶を淹れ直してきたアクアが、考えなしにバカな事を言った。
「本当ですか! ありがとうございます、ありがとうございます……!」
途端、ウィズは表情を明るくし何度も頭を下げる。
そんなウィズに、アクアが女神のような慈愛に満ちた目を向けていて……。
「いやお前、勝手に何を言ってんの? ダンジョン攻略なんてどうせお前らは役に立たないだろうし、苦労するのは俺なんだぞ?」
「……ダンジョン攻略? よく分からないけど、ウィズがこんなに必死になっているのにかわいそうだと思わないの? あんただってこの子にはいろいろと世話になっているんだから、頼み事くらい聞いてあげてもいいと思うの」
俺がウィズに聞こえないようにコソッと耳打ちすると、アクアが真面目な顔でそんな事を言う。
「あっ! お前ウィズの話も聞かずに安請け合いしたのかよ! ダンジョンってアレだぞ、こないだ行った魔改造キールのダンジョンだぞ」
「……ねえ待って? 無理なんですけど。いくらなんでもアレは無理だって私にも分かるわ」
「だから無理だっつってんだろうが。どうすんだよこの状況」
俺とアクアがヒソヒソと話し合う中、チラッとウィズを見ると。
やっぱりお湯になっていたのか、『ピリピリしますね』と涙目になりながらも、ウィズは嬉しそうに微笑みを浮かべていて……。
「マジでどうするんだよこの状況! 確かに俺もウィズには世話になってるし、今さらやっぱり無理ですなんて言えないぞ!」
「お、おおお、落ち着いて! まだ慌てるような時間じゃないわ。ダンジョン攻略にはウィズも付いてきてくれるんでしょう? だったらモンスターは怖くないし、罠だけどうにかしたらなんとかなると思うの」
アクアにしては珍しく建設的な事を口にしているが、こいつは俺たちが入り口の罠に手も足も出ず引き返してきた事を忘れたのだろうか。
だからと言って、喜んでいるウィズにやっぱり無理ですなどと言えるはずもなく。
「ああもう! 分かったよ! でも、とりあえず行ってみるだけだからな? 無理そうだったらすぐに引き返すからな?」
「もちろんです! 安心してください、カズマさんを危ない目に遭わせるような事は決してありませんから!」
何度も念を押す俺に、ウィズが自信に満ちた笑顔を浮かべてみせた。
*****
――翌日。
「あああああああ! ふわああああああー! もうダメだ! 死んだ! 俺死んだ! エリス様ー!」
「わあああああー! あああああああーっ! あんたちょっと待ちなさいよ! いつも蘇生してあげてるのはエリスじゃなくて私だからね! 神頼みするなら私の名前を呼びなさいな!」
キールのダンジョンにて。
俺とアクアは叫び声を上げながら棘だらけの鉄球に追いかけられていた。
「そんな事言ってる場合か! どうすんだよコレ! どうすんだよ!」
「助けてウィズ! 助けてください!」
「お、落ち着いてください! これくらいなら私が……! 『カースド・クリスタル・プリズン』!」
ウィズが迫りくる巨大な鉄球の前に立ちはだかると、鉄球へと手のひらを突きつけ魔法を詠唱した――!
鉄球は氷に包まれ転がる勢いを失い、ウィズにぶつかると木っ端微塵に砕け散る。
「……た、助かった! ありがとうウィズ! マジでありがとう!」
「いえ、カズマさんとアクア様を守るという約束ですから」
アクアとともに床に手を突いたまま礼を言う俺に、ウィズが微笑みながら首を振る。
――俺たちはウィズの頼みを聞き、キールのダンジョンに来ていた。
ダクネスは今日も朝からシルフィーナとともに出かけていき、めぐみんは屋敷の広間でダラダラしていたがこの戦いにもついてこられないので置いてきた。
ウィズの頼みを安請け合いした罰としてアクアだけは連れてきたが、正直連れてこないほうが良かったんじゃないかと思い始めている。
最初は良かった。
俺が入り口からちまちまと罠を解除していき、ウィズもさすがカズマさんですと喜んでくれていた。
だが、アクアが飽きてその辺をウロウロしだして罠に引っかかり……。
矢とか槍とか鉄球とかから逃げているうちに、奥へ奥へと入りこんでしまい今に至る。
すでに現在位置が分からなくなっている。
初心者向けのダンジョンとはいえ、この状況はマズくないか?
と、そんな時。
ダンジョンの奥から一匹のゴーストが現れた。
このダンジョンにいたアンデッドは、以前俺たちが潜った時にアクアが大体浄化した。
今いるアンデッドたちは、ダンジョンボスとして君臨するためにウィズが呼びだしたものらしく、以前よりも強力な種類のアンデッドがうろついている。
しかしどんなアンデッドが相手だろうと、こちらにはアンデッドの王であるウィズと、プリーストとしての腕前だけは一流なアクアがいるわけで。
「おっと、野良ゴーストが現れたわ! 見てなさいカズマ、私の超すごい女神パワーで浄化するから、麗しい私の活躍に感動してお小遣いを増やしてくれてもいいのよ!」
「す、すいません! あの子は多分、私が呼びだしてしまったゴーストです。迷える魂に少しだけ協力してもらったら天に還すという約束だったのですが……。お待たせしてしまってすいませんでした」
迷える魂を狩りの獲物か何かとしか思っていないような事を言う女神の隣で、リッチーが女神みたいな事を言っていた。
「『ターン・アンデッド』!」
アクアの浄化魔法によって、ゴーストは光の中へと消えていく。
「ふふん、まあざっとこんなもんね! 私に掛かればアンデッドなんていくら湧いてきても浄化して……やる……わ……、…………ねえ、これってなんの音?」
アクアがドヤ顔でフラグを立てた途端、どこかから地響きのような音が聞こえてきて。
やがて、ダンジョンの奥から現れたのは。
通路を埋め尽くすほどに夥しい数の、ゾンビやスケルトン、ゴーストといった、アンデッドモンスターの大群。
「……ッ!?」
「あっ、アクア様!」
それを見たアクアが真っ先に逃げだした。
「ねえ嫌な事を思いだしたんですけど! 前にこのダンジョンに来た時、神々しくて生命力にあふれる私にアンデッドが呼び寄せられたじゃない? これってまた私がアンデッドにたかられる流れだと思うの!」
逃走スキルで追いついた俺に、アクアが涙目でそんな事を言う。
「いやふざけんな! いくら湧いてきても浄化するとか余計なフラグ立てたのはお前だろうが! 毎度毎度余計な事しやがって、逃げてないであいつらをなんとかしろよ!」
「何よ! ウィズの頼みを安請け合いしたからって、泣いて嫌がる私を無理やり連れてきたのはカズマじゃないの! 今回のコレはカズマが悪いと思うわ!」
「そもそもお前が安請け合いしてなけりゃこんな事になってねーんだよ!」
罵り合う俺たちは最終的に。
「ウィズ! 助けてくれウィズ!」
「助けてください、お願いします!」
そんな俺たちに、アンデッドの群れに飲まれながらウィズが。
「す、すいません! この子たちは私と離れていた時間が長かったからか、言う事を聞いてくれなくて……!」
――そんな中。
「き、気を付けてください! そっちの通路は罠をたくさん仕掛けたところで……!」
ウィズがそう言った直後、俺の罠感知スキルにも反応があった。
「おいアクア! そっちに罠の反応がある! 右だ!」
「分かったわ!」
俺の言葉を聞き右へと跳んだアクアがカチッと罠を踏んだ。
「ふわーっ!?」
四方八方から飛んでくる凶器の数々を一身に浴びたアクアは、泣きながらゴロゴロと床を転がりすぐに復帰してきて。
「ねえどういう事!? あんたの言う通りに跳んだら罠踏んだんですけど!」
「ちげーよ! 右に罠があるから気を付けろっつったんだ!」
というか、あれだけの攻撃を受けたのになんでこいつは無傷なんだ。
さすがステータスは誰より高いだけの事はある。
――と、また罠感知に反応が。
「あっ、アクア! また罠だ! ……左だ!」
「分かったわ!」
ちょっと考えた俺の言葉を聞き右に跳んだアクアがカチッと罠を踏んだ。
「あああああああーっ!」
人体には害のない白い炎ではなく、普通の火柱に包まれたアクアが、『けほっ』と咳きこみながらもすぐに復帰してきて。
「ねえどういう事? 本当にどういう事なの? あんた私に何か恨みでもあるの?」
「あるに決まってんだろふざけんな! でも今のはお前に合わせて左に避けろって言ったんだよ! どうしてわざわざ右に避けるんだよ!」
というか、直接食らったわけでもない俺でもかなりの熱を感じたのに、どうしてこいつはちょっと焦げているだけで無事なんだろうか。
――と。
「アクア、また罠だ! 左だ、左に跳べ!」
「分かったわ!」
明確な俺の指示を聞き右に跳んだアクアがカチッと罠を踏んだ。
「ああああああーっ!? ふわああああああー! なんでよー!」
白い炎に包まれたアクアが無傷で復帰してきて。
「どういう事よ! また罠踏んだんですけど!」
「お前がどういう事だよ! 左に跳べってハッキリ言っただろうが!」
「だってしょうがないじゃない! 何度も騙されたからまたフェイントかと思ったのよ!」
「フェイントなんて一度も掛けてねーよ! 勝手に勘違いしておいて人聞きの悪い事を言うのはやめろよ!」
そんな言い合いをする中。
背後で上がった白い火柱に俺が振り返ると、アクアと同じく罠を踏み、浄化されていくアンデッドの姿が。
アンデッドたちの数が減った事に気付き、足を止めたアクアが振り向き様に。
「――『ターン・アンデッド』!」
アクアが放つ白い光に触れ、アンデッドの群れが次々と浄化されていく。
「あははははは、見なさいカズマ! アンデッドがゴミのようよ! まあアンデッドなんてそもそも残り滓みたいなもんですけど! 『ターン・アンデッド』! 『ターン・アンデッド』! 『セイクリッド・ターン・アンデッド』!」
どうして最初からそうしなかったのかと言いたくなるような、アクアによる浄化魔法無双の中。
――アンデッドの群れに飲まれていたウィズが、一緒になって浄化されかけていた。
「ひゃあああああーっ! アクア様、消えちゃう消えちゃう! 私、消えちゃいます!」
*****
アクアの魔法によってアンデッドの群れが消え去ったダンジョンで、俺たちはひとまず休憩していた。
ダンジョンの床に座るアクアの膝の上には、いつになく薄くなったウィズが乗せられていて……。
「おいどうすんだよ、即死トラップと強力なアンデッドだらけのダンジョンなんて、ウィズがいないと一歩も歩けないぞ」
「まったく、カズマったら心配性ね。アンデッドごときいくら来たって私の敵じゃないって、さっきので分かったでしょう?」
俺と一緒に逃げていた女神様がなんか言っていた。
「す、すいませんカズマさん。少し休めば回復すると思うので……」
薄くなったウィズが、俺たちを心配させまいと微笑みながらそんな事を言う。
「悪いのは浄化魔法を使ったこいつなんだからウィズが謝る事じゃないだろ。そんなの気にしないでいいから、もうちょっと休んでろよ。あ、そうだ。少しくらいならドレインタッチでいろいろと分けてやってもいいぞ」
「いえ、その……。気持ちは嬉しいですが、私が回復するほど吸ってしまうと、多分カズマさんが動けなくなってしまうかと……」
俺の提案に、ウィズが申し訳なさそうな表情でそんな事を……。
いじけた俺がダンジョンの床にのの字を書いていると、
「ねえ待って? どうして私とウィズでそんなに扱いが違うの? 女神とリッチーなんですけど? どっちを敬うかなんて分かりきっているでしょう?」
アクアがそんな面倒くさい事を言いながら俺の肩を揺さぶってきた。
「はあー? アンデッドを呼び寄せた挙句にフレンドリーファイアしといて敬われようってか? 女神ってのはどこまで図々しいんだ? ここに来るまでにも何かと助けてくれたウィズと迷惑掛けてばかりのお前と、どっちを敬うかなんて分かりきってるだろ?」
「贔屓よ贔屓! アンデッドによく似た生態をしているヒキニートだからって、アンデッド贔屓はどうかと思うの!」
「お前ふざけんなよ! アンデッドを浄化したはいいけど呼び寄せたのもお前だし、勝手に罠に嵌まって泣いてるし、言っとくけど今回もお前の活躍は差し引きでプラスマイナスゼロだからな!」
「何よ! 安請け合いした罰だとか言って、嫌がる私を無理やり連れてきたのはカズマさんじゃない! 私はちゃんと言ったわよ! 役に立たないから留守番してるって言ったわよ!」
「そうだったな! 今回は俺が悪かったよ! 役立たずなのに連れてきてごめんな!」
「謝って! 謝った事を謝って!」
――と、アクアがさらに強く俺の肩を揺さぶってきたそんな時。
敵感知スキルに反応が。
「おいアクア、ちょっと静かにしてくれ」
「……? どうしていきなり変顔の練習を始めたの? そんな変な顔をして誤魔化そうとしてもダメよ? 仕方ないわね、私が本当の変顔ってもんを見せてあげるわ。まあ、私のこの美しい顔では、カズマさんほどの変顔はできないかもしれないけどね」
「敵感知に反応があるから静かにしろっつってんだ! それとこの顔はシリアスな時の顔だよ! 何が変顔だバカにしやがって!」
「やめへ! ほおをひっはらないれ!」
ウィズが頼りにならないまあまあシリアスな状況なのに、バカな事を言いだしたアクアの頬を引っ張っていると。
騒ぐアクアの声に気付いたのか、敵感知の反応が近づいてきた――!
「ヤバいヤバい! 敵がこっちに気付いたっぽい! おいどうすんだよ! ウィズがこの状態じゃ対処できないかもしれん!」
「バカね、私を誰だと思っているの? 今このダンジョンにいるって事は、ウィズが呼びだしたアンデッドでしょう? どんな大物が来てもこのアクアさんの敵じゃないわ!」
膝の上のウィズをその場にそっと横たえたアクアが、立ちあがるとドヤ顔でそんな事を言い、髪を掻きあげて格好つける。
これはいけない。
アンデッド相手ならこいつが頼りになるのは間違いないが、罠だらけのこのダンジョンで調子に乗ったらまた罠に引っかかって泣くのは目に見えている。
しかし落ち着けと言ったところでアクアが俺の言う事を聞くはずもなく。
……やがてダンジョンの奥から現れたのは。
「フン、誰かと思えば貴様らか。まさかまた出会う事になるとは……」
「『ターン・アンデッド』!」
「ひぎゃあああああああ!」
現れた何者かは思わせぶりなセリフと同時にアクアに魔法を撃たれ、正体を明かす間もなく浄化され……。
「出会い頭に浄化魔法を撃ってくるとは相変わらず非常識な奴め! 戦闘前の口上くらい聞けないのか!」
そいつは浄化される事なく、アクアにそんなツッコミを入れた。
「大変よ! 私のターンアンデッドに耐えるなんて、かなりの高位アンデッドね!」
「いや、高位アンデッドも何も、そいつリッチーだろ」
そこにいたのは、堕天使なのにリッチーになったデューク。
ウィズとの決闘で爆裂魔法を受け消滅したはずのデュークが、かなり薄くなった姿で俺たちの前に存在していた。
いや、薄くなったのはアクアのせいかもしれないが……。
と、ふらつきながらも立ちあがったウィズが。
「……デュークさんは……、私がこのダンジョンのためにアンデッドを召喚していたら、……なぜか出てきまして。その……、お、お友達から始めましょうという事で、とりあえずここの中ボスをやってもらう事に……」
ウィズの爆裂魔法で消滅したはずのデュークが、ウィズに呼ばれてホイホイ現れたらしい。
というか……
「……お友達から?」
ポツリと呟いた俺の疑問に、ウィズが青褪めた頬を少しだけ赤くしながら。
「そ、その……、デュークさんを呼びだしてしまった時にはすぐに消滅させようとしたんですけど、デュークさんは話し合おう、と……。確かに堕天使に性別はないけれど、恋愛に性別は関係ないはずだ、と……」
…………。
「いや、お前は何を言ってんの?」
「な、なんだ? 俺は何かおかしな事を言っているか? 男だろうと女だろうと恋愛は自由だろう。だったら、性別のない堕天使である俺が恋をしてもおかしな事はないはずだ」
デュークがこれ以上ないほど真剣な表情でそんな事を言う。
男だとか女だとかいう以前に、決闘の時にプロポーズはウィズの勘違いだとハッキリ言っていたくせに、こいつは今さら何を言っているんだろう。
しかし、ウィズはそんなデュークの言葉に照れくさそうな表情を浮かべ、否定しない。
やっぱりこのビジュアル系堕天使は恋愛経験のないウィズにとって天敵らしい。
そんなデュークはアクアに。
「そ、そうだ! アクシズ教の教義では、同性だろうが身分差だろうが、何もかも許されるはずだろう!」
「アクシズ教ではアンデッドの存在を許してないんですけど」
教義を持ちだしてのデュークの言葉にアクアが即答した。
「おい待て、ではウィズはどうなのだ。その女も俺と同じリッチーだぞ!」
「わ、私ですか!?」
一瞬無言になったデュークが放った言葉に、ウィズがアクアとデュークを見比べオロオロする。
「ウィズはいい子だからいいの。でもあんたは……、……あらっ、そういえばエリスの悪口で盛りあがったり、ピンクミュルミュル貝について語り明かしたりしたわね? ウィズを泣かした事以外にはこれと言って悪い事もしていないみたいだし、ウィズがいいって言うなら放っておいてもいいのかしら?」
おい。
「そ、そうだろう! ウィズとの契約でこのダンジョンから出る事もできないし、俺の事など放っておいてもいいではないか!」
アクアの言葉に力を得たらしく、デュークが拳を握って力説する。
二人はそこまで言うならまあいっかみたいな空気になっているが、それでいいのか?
……おかしいな、一度は漢の中の漢とまで認めたはずなのに、アクア相手に『俺の事など』などと情けない事を言いだした。
いや、アレは俺の勘違いだったわけだが……。
ウィズを倒して魔王軍の幹部になると息巻いていた彼はどこへ行ったのだろう?
「……なあ、ウィズはこのダンジョンを元通りにしろって言われてるんだろ? だったらこいつをこのままにしておくのはマズいんじゃないか?」
俺の言葉に、アクアとウィズが顔を見合わせ。
「それもそうですね。すいませんデュークさん、そういう事なので……」
「ウィズは今弱ってるし、私が祓ってあげるわね」
「ちょっと待て! そういう事なのでとはなんだ! テーブルの上の埃を払ってあげるわねみたいな、そんな手軽に言うのはやめろ!」
お手軽な感じで祓われそうになったデュークが声を上げる。
「クソ……! また貴様か、サトウカズマ! ウィズを利用しこの地で力を付けて今度こそ魔王軍幹部になるという俺の策を見破るとは……! やはり侮れぬ策士だな!」
「…………、……フッ、よく気付いたな」
またも勘違いして勝手に話を進めるデュークに、前回はついていけなかったが今回は乗っかってみると。
「そんな……! 今度こそお友達から始めようと言ってくれたのは嘘だったんですか!」
デュークの言葉に、ウィズが声を上げた。
「当たり前だ! なぜ俺が汚らわしいリッチーなどと友達にならねばならんのだ!」
「ひ、ひどい!」
本心がバレて自棄になったのか、自分もリッチーのくせに暴言を吐くデュークに、ウィズが目に涙を浮かべる。
「何がひどいだ! 貴様も友達などと言っておきながら、たかが人間共が作ったギルドに叱られるからという理由で俺を祓おうとしているではないか!」
デュークの正論にウィズは黙りこみ……。
なぜかチラッと俺を見ると。
「そ、その……。自分勝手なお願いだという事は分かっているんです。ですが、どうにかしてデュークさんを生かしておく事はできないでしょうか?」
えっ。
「いいのか? 本人は友達じゃないって言ってるし、ウィズの事を汚らわしいリッチー扱いしてたけど。ここで生かしておいても、多分恋人にはなれないと思うぞ」
「そ、それはもういいんです! ただ、穏やかに消滅するはずだったデュークさんを呼び戻してしまったのは私ですから……。せめて本人が満足するまでは可能なら生き延びてほしいと思うんです」
……俺にそんな事言われても。
「……ダ、ダメですよね。アクア様がいつも自慢しているカズマさんなら、何かいい手立てを思いついてくれるかと思ったんですが……」
……?
「ねえ待って? ウィズったら何を言っているの? 私がこの男の事を自慢した事なんて一度もないんですけど!」
「えっ、そうだったんですか? でもアクア様は、文句を言いながらも、いつも最後になんとかしてくれるのはカズマさんだと……」
「まったく! ウィズはまったく! いい? あの話はパーティーの保護者役としていかに私が頑張ってるかっていう話なのよ? 今度また話してあげるから、その時はちゃんと聞いてね?」
「……ええと、すいません」
ウィズが不思議そうに首を傾げながらもアクアに謝る。
アクアが俺を褒めるとは考えにくいのでウィズの勘違いだろうが……。
ダンジョン攻略では大して役に立てなかったから、ウィズの頼みは聞いてやりたい。
俺はデュークに向き直ると。
「なああんた、人間を傷つけないって約束できるなら生き残る目があるかもしれないが、どうする?」
俺の言葉に、デュークが今度は何を企んでいるんだというような疑わしげな目を向けてきて――!
「まあリッチーなんだからすでに死んでるんですけど」
にらみ合う俺たちに、アクアが横から余計なツッコミを入れてきた。
*****
――あの後。
デュークの案内でダンジョン最奥に辿り着いた俺たちは、ウィズが仕掛けたトラップを無効化することに成功した。
そしてデュークはと言えば……。
「リッチーです! 本当にリッチーが出たんですよ!」
「おいおい、嘘をつくならもっとマシな嘘にしろよ。お前らが入ったのはキールのダンジョンだろ? あそこはお前らみたいな駆けだしのための練習場所で、もうほとんど探索し尽くされてんだ。リッチーなんて大物いるわけがねえ。大体、そんなのと出会ったら俺たちだって全滅するぜ? お前らみたいな駆けだしがどうやって生き残ったんだよ?」
「いや、それが……。ダンジョン攻略のダメ出しをされて、また来いって言ってテレポートで追いだされまして……」
「はあ? なんだそりゃ」
このところアクセルの冒険者ギルドでは、キールのダンジョンに住み着いたリッチーが話題になっていた。
そのリッチーは、冒険者にアドバイスをしたり訓練をつけたりしてくれるという。
そう。もう祓うしかないんじゃないかなとなったデュークは、駆けだし冒険者の練習場所であるキールのダンジョンで、教官みたいな立場に就任することで生き延びていた。
ダンジョン攻略の事もあって、ウィズには大いに感謝され……。
礼をするから店に来てほしいと言われた俺が、アクアとともに魔道具店を訪れると。
――店内でウィズが黒焦げになっていた。
「ぐああああああ! あああああああ! ダンジョンレンタル料? 迷惑料? しばらく大人しくしていたと思えば、また余計な出費を持ちこんできおって! どれだけ赤字を計上すれば気が済むのだ、この赤字店主が!」
そんなウィズを前に、頭を抱えたバニルが猛り狂っている。
「……だ、大丈夫です。コレさえ……コレ売れれば……、バニルさんの黒字にも負けないはずなんです……!」
黒焦げになりながら何かを大事そうに抱えるウィズの言葉に、バニルがピタリと動きを止めた。
「散財店主よ、今度はいかなるガラクタを仕入れたのか? 事前に我輩に相談せよとあれほど……」
「だ、だって! だって! バニルさんをとっちめるのは失敗するし、私がいない間に黒字を出して喜んでいるし……。私だってバニルさんに勝ちたいんです! たまにはバニルさんをぎゃふんと言わせたいんです!」
「ぎゃふん」
「!?」
「……こんな言葉で良ければいくらでも言ってやるので、汝は大人しくしているが吉」
「そういうところですよバニルさん!」
「ええいっ、何をわけの分からぬ事を!」
焦がされるといつも大人しくなるウィズが、今回ばかりは言いたい事があるのか、床をバンバン叩いて声を上げる。
瞳に決意を漲らせたウィズは、よろよろと立ちあがりながら。
「今回はバニルさんをとっちめるためにいろいろと準備したんです! 今日という今日は思い知らせますので覚悟してください!」
「……? ま、まあ待つが良い迷走店主よ。汝の準備とやらについて詳しく。一体いかほど散財したのか?」
嫌な予感がしたのか、頬を引き攣らせながら問いかけるバニル。
「えっ? そ、それは、その……。確かにかなりの出費になりましたが、宝島の収入もありましたし……。いつもいつもバニルさんにはしてやられているので、今回ばかりは私も本気を出そうと思いまして……。ええと……」
ウィズが口にした金額に、バニルがその場に崩れ落ちた。
「バ、バカな……! これではポンコツ店主が不在の間に稼いだ黒字が……!」
ぎゃふんと言わされたバニルのもとに、アクアが歩み寄る。
「プークスクス! ねえ今どんな気持ち? ウィズがいないのをいい事に黒字を出したくせに、そのせいで赤字が増えてどんな気持ち? こんな事なら最初からダンジョンに行っておいたほうが良かったんじゃないかしら? 見通す悪魔とか言ってるくせに、こうなる事も見通せなかったの? 一体何を見通してたんですか? プークスクス! クスクスクス! ほら、ぎゃふんと言ってみなさいな!」
「バニル式殺人光線!」
「リフレクション!」
「ピャアアアアアアアー!」
アクアの煽りにブチ切れたバニルが殺人光線を放ち、アクアが跳ね返したそれがペンギンの着ぐるみを直撃した。
「お、おい、大丈夫か? ここんとこ焦げてるぞ」
「ああ、お構いなく……。人間に心配される悪魔なんて笑い話にもならないからね」
唐突に神話級の戦闘が始まった店の隅っこに避難し、俺と着ぐるみは会話する。
「結局ダンジョンの件は少年が何とかしたそうだね。お二人がいつも通りに戻って良かったよ」
「お前さっき焦がされてたじゃん」
「いや、店主殿がいないと落ち着かなくてね。彼女のバニル殿に対する屈辱と劣等感の悪感情は実に私好みなのだよ」
「やっぱりあんた、アクアに浄化されたほうがいいんじゃないかな」
そういやこいつも悪魔なんだよなあ……。
……しかし、いつも通りの日常か。
俺は、なんだかんだで充実している、このところのいつも通りの日常を思い浮かべ。
「……結局それが一番なのかもな」
「ピャアアアアアアアー!」
しみじみと呟いた俺の隣で、流れ弾を食らった着ぐるみがパサリと床に落ちた。