このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』9,10巻、既読推奨。
 時系列は、11巻。



この悪そうで悪くない少し悪い邪教徒に制裁を!

 アイリスの護衛として隣国エルロードへと赴き、いろいろと活躍して帰ってきた俺たちは、このところ王城でのんびりと過ごしていた。

 そんなある日の事。

 アイリスとともにめぐみんの日課に付き合った、その帰り道にて。

 

「……おっ? アイリス、あれ食べたいのか?」

「えっ! い、いえ、そんな事は……」

 

 俺がめぐみんを背負って街中を歩いていると、隣を歩くアイリスがとある屋台を物欲しそうにチラチラと見ていた。

 遠慮しているのか、もじもじしながら首を振るアイリスに。

 

「私は食べたいです。一緒に買いに行きましょうか、下っ端」

「……! はい、お頭様!」

 

 めぐみんが俺の背中から降りると、仕方ないなあという感じにアイリスに声を掛け、二人で屋台のほうへと歩いていく。

 えっ、何今の?

 遠慮がちなアイリスを、めぐみんが気遣った……?

 そう言えばめぐみんは、エルロードへの旅の間も、アイリスを下っ端扱いして何かと世話を焼いていた。

 アイリスもめぐみんをお頭様と呼び、満更でもない感じで……。

 …………あの爆裂魔法にしか興味のなかっためぐみんが。

 

「……いや、お頭様ってなんだよ?」

 

 なんとなく娘の成長を見守る父親みたいな心境になりかけた俺は、聞き慣れないキーワードに一瞬で我に返る。

 めぐみんにエリス硬貨を渡されたアイリスが、意気込んだ様子で屋台に向かうと、

 

「へいらっしゃい! ……っと、嬢ちゃんはお貴族様ですか?」

 

 貴族に多いという金髪碧眼を見て、店主のおっちゃんが少しだけ笑顔を引き攣らせた。

 

「いえ、私は貴族ではありません」

「おっ、そうか! じゃあ改めて、いらっしゃい! ご注文は?」

 

 貴族ではないというアイリスに、店主は軽い態度になる。

 ……その子、王族ですけどね。

 

「ええと、……では、こちらを三つください!」

「あいよ! ちょっと待ってくんな!」

 

 店主が商品を包むのを、アイリスがワクワクした顔で待っている。

 俺がそんなアイリスと、その様子を後方師匠面で見ているめぐみんを、遠くから見守っていると。

 

「そこの方、少しお時間よろしいですか?」

「えっ」

 

 声を掛けてきたのは、何がとは言わないが大きな女性警察官。

 その人は冷酷そうな目つきで俺を見据えながら。

 

「あそこにいる二人の可愛らしい幼女とはどういった関係ですか?」

「幼女……? えっと、それってあそこの屋台で買い物をしている、黒髪と金髪の奴らの事ですか?」

「そうです」

 

 幼女とは?

 いろいろと発育不良なめぐみんだが、そろそろ十五歳になるはず。

 アイリスも幼いとはいえ、幼女って年齢ではないと思うのだが……。

 

「なんですか? 答えられないんですか? 無関係な幼女を不審な目つきで見ていたとなると、逮捕されても文句は言えませんよ?」

「いや、なんでだよ」

 

 二人を幼女扱いする警官に困惑していると、その人は勝手に話を進めてくる。

 というか、不審な目つきとか逮捕されてもとか、どこからツッコんだらいいのか分からない。

 いきなり警官に話しかけられた事もあって、俺がまごついていると。

 

「確保ーっ!」

 

 ますます目つきを険しくした女性警官が突撃してきた――!

 

「ちょ!? 待っ……!」

 

 冒険者として活躍しレベルも上がっているはずの俺が、なんか柔術みたいな動きであっさりと引き倒される。

 

「抵抗すると公務執行妨害になりますよ!」

「なんでだよ! いきなりおかしいだろ! 最近は何もやってねーよ!」

「最近は……? やはり詳しい話を! 署まで同行願います!」

 

 じたばたと暴れるも、関節を的確に押さえつけられていて逃れられず……。

 ……ふむ。

 …………ほう?

 ……………………。

 

 と、そんな時。

 

「少し目を離しただけなのに、あなたは何をやっているんですか? 今度は何をやらかしたんですか?」

 

 屋台での買い物を終えたらしいめぐみんが、アイリスとともに駆け寄ってくる。

 

「なんもやってねーよ! いきなり尋問してきた挙句に押し倒されたんだ!」

「……いつもならその程度の拘束は簡単に抜けだしていると思うのですが、その人の胸が大きいからわざとそのままでいるわけではないですよね?」

「違うよ」

 

 何がとは言わないが大きな女性警官に全身を使って押さえつけられているせいで背中に幸せな感触があるが、関係ない。

 そんな女性警官さんは、俺を押さえつけながら。

 

「この男はあなたたちの様子をニヤニヤしながら観察していたのですが……、ひょっとして知り合いなのですか? どういったご関係ですか?」

「どういった、と言われましても……。ええと、まあ、その……」

「パーティーメンバーと妹だよ!」

「はい! 妹です!」

 

 なぜか口篭もるめぐみんに代わって声を上げると、アイリスも大きく頷く。

 

「お兄様は犯罪に手を染めるような方ではありません。解放していただけませんか?」

 

 アイリスの言葉に、俺と二人が知り合いだと納得したらしく、女性警官が渋々といった感じで俺を解放する。

 

「妹さんと、パーティーメンバー……。そうでしたか、どうやらあなたを誤解していたようです。突然このような事をして申し訳ありませんでした」

 

 誤解と悟り深く頭を下げる女性警官。

 と、事態が丸く収まりかけた時。

 

「ちょっと待ってくださいよ。この子は妹扱いなのに、私をただのパーティーメンバー扱いするのはどうかと思います。私にもなんか、こう……、ないですかね!」

 

 めぐみんがそんな面倒くさい事を言いだした。

 

「お前は何を言ってんの? この状況でめんどくさい事を言うのはやめろよ。そりゃめぐみんには告白みたいな事はされたけど、別に付き合ってるわけじゃないだろ」

「この男! 人にあんな事をしておいてそんな言い分は通りませんよ!」

「おいやめろ、人聞きの悪い事を言うのはやめろよ。あんな事ってなんだよ? まあ、確かにいろいろあったかもしれないけど、無理やり何かをした事はないはずだ」

 

 俺が、なぜか再び目つきが険しくなってきた女性警官を、チラチラと見ながら言うと、

 

「待ってくださいお兄様! お頭様! 告白とはどういう事ですか!」

 

 驚愕の表情を浮かべたアイリスが、めぐみんの肩をガクガクと揺さぶる。

 

「やめ……! やめろお! あなたは力が強いのですから、本気で揺さぶったら人死にが出ますよ! どういう事も何も、私とカズマはただのパーティーメンバーという間柄ではないという事です。さあ、訂正してもらいましょうか!」

「おいやめろ、本当にやめろよ。さっきから警察の人の目が怖いんだよ」

「旅先で同じ部屋で寝る事になった時、私に良からぬ事をしようとしていましたね」

「お前ふざけんなよ! 的確に言っちゃいけない事言いやがって!」

「待ってください! 同じ部屋で? 良からぬ事を……? 詳しく! そのお話、詳しく聞かせてください!」

 

 めぐみんの肩を揺さぶりながらアイリスが声を上げる中。

 

「確保ーっ!」

 

 ぎらりと目を輝かせた女性警官が再び俺に突撃してきた。

 

 

 *****

 

 

 警察署に連行された俺は、何度か入れられた事のある取調室みたいな部屋へと連れてこられた。

 アクセルの街の警察署と比べると、署内は広いし雰囲気もキビキビした感じだったが、この部屋だけはあまり変わらない。

 そんな、ある意味で慣れてしまった部屋にて。

 

「何が誘拐容疑だふざけやがって! お前らコレが間違いだって証明されたらどうなるか分かってるんだろうな! 俺の名は佐藤和真、つい先日国家レベルの依頼を達成してきた凄腕冒険者だぞ!」

 

 俺は机をバンバン叩いて文句を言っていた。

 今、向かいの席には誰も座っておらず、調書を取る係の人が困惑気味に。

 

「私は記録を取るために呼ばれただけですので、詳しい事は……。しかし間違いだと分かればすぐに解放されるでしょうから、落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるか! 正当な理由もなく拘束した挙句、間違いだと分かったら解放する? はあー? そもそも間違いで拘束するってなんなの? 司法に携わる者がそんな適当な仕事していいと思ってるんですか?」

「い、いえ、ですから私はそういった判断をする立場ではないので……!」

「ほーん? じゃあ職務としてじゃなくあんた個人としてはどう思うんだ? 別に悪い事をしているわけでもなく、ただ子供と一緒にいただけで幼女に悪さしてるとか言われるのは王都ではよくある事なのか? そんな街は平和だって言えるのか? 街の治安を乱しているのはむしろあんたらのほうじゃないのか? それって警察官としてどうなんですかねえ? この部屋には嘘つくとチンチン鳴る魔道具が備わってるんだろ。ほら、言ってみろ! 正直なところを言ってみろよ!」

「そそそ、それは……! 私の口からはなんとも……!」

 

 尋問のための人が来るからと待たされている間、俺が八つ当たりしていると……。

 扉の向こうの廊下から聞き覚えのある声が。

 

「待ってください! 待ってください! サトウカズマ? それってアクセルの冒険者のサトウさんじゃないですよね? は? 拘束? 何をやっているんですか? あの方を不当に拘束なんかしたらどうなる事か……! 若手が先走って? 本当に何をやっているんですか? というか、そもそも自分は非番なんですが……!」

 

 言い争うような声が聞こえてきたかと思うと、何者かが押しこまれるようにして部屋に入ってきた。

 転びそうになりながらもギリギリで姿勢を保ち、俺の顔を見て硬直したその人物は、

 

「……ひ、久しぶりですね、サトウさん」

 

 ――いろいろあって王都に栄転した、王国検察官のセナだった。

 

 

 

「……お茶です」

「どうも」

 

 セナが一度部屋を出ていき、お茶を淹れて戻ってきた。

 対面に座ったセナは気まずそうにしているし、さっきの廊下での会話を漏れ聞いていた俺としても文句を言う気にはなれず。

 

「その……、この度はうちの者が大変申し訳ありませんでした」

「まあ、分かってもらえればいいんですけどね? じゃあもう帰っていいですか?」

「あっ、いえ、その……。一応形式的にですが、調書を取らないといけないので。もう少しだけお付き合いいただければと……」

「…………まあいいよ。じゃあさっさと終わらせてくれ」

「も、申し訳ありません。ありがとうございます……!」

 

 深々と頭を下げたセナは。

 

「ええと、では……。これは嘘を看破する魔道具です。この部屋に掛けられている魔法と連動して、発言した者の言葉に嘘が含まれていれば音が鳴ります」

 

 あちらの世界でいう「あなたには黙秘権がある」みたいなものだろう説明をしてから、事情聴取を開始した。

 

「サトウカズマさん。年齢は十六歳で、職業は冒険者。就いているクラスも冒険者でしたね。何か変わった事はありますか?」

「そういや、こないだ十七歳になりました」

「そうでしたか、失礼しました。……十七歳、と」

「それと、魔王軍幹部のウォルバクを討伐しました」

「そ、そうですか。……そうでしたね。ご活躍は私も聞いていますが、……ええと、そこまでは聞いてないですよ?」

「今回王都に呼ばれたのは、アイリス王女を護衛し隣国エルロードを訪問するためで、向こうではドラゴンの討伐を手伝ったり魔王軍の陰謀をぶち壊したりと大活躍して、お城の人たちからとても褒められました。最近は王城に住んで歓待されています」

「……!? ……ッ!! そ、そ、そうですか! さすがですねサトウさん! でも聞いていない事にまで答えるのはやめてください!」

 

 ちっとも鳴らない魔道具をチラッと見たセナが、焦った様子でお世辞を言ってくる。

 若手の暴走とやらで無実の人間を捕まえたばかりか、その人物が王城で賓客扱いされていると知ってビビっているらしい。

 

「…………え、ええと、そ、それで……、その……。あくまでも! あくまでも形式的な質問なのですが! 一緒にいた女の子とはどういった関係でしょうか?」

「めぐみんはパーティーの仲間です」

「あっはい。めぐみんさんのご活躍も聞いていますよ。もうひとりは……?」

「妹です」

「そうですか、妹……。えっ、妹ですか? サトウさんには妹がいたんですか?」

「名前はアイリスと言います」

「!!!!????」

 

 俺の言葉に、セナだけでなく記録係の人も驚愕した様子で魔道具を見るも、鳴らない事にさらに驚愕する。

 

「待ってください! どういう事ですか? アイリスって、アイリス王女殿下? 妹?」

「最近ドラゴンを討伐したので出歩く事を許されたらしいですね」

「ド、ドラゴン……! それってエルロードでの……! なんなんですか? あなたはさっきから何を言っているんですか? どうして魔道具が反応しないの?」

 

 混乱するセナが魔道具をチラチラ見るも、俺は何ひとつ嘘は言っていないのでもちろん鳴らない。

 

「ああもう! これだからアクセルの冒険者は! 王都に戻ってきて安心してたのに! あなたって人は! あなたって人は!」

「無理やり連れてこられた俺にそんな事言われても」

 

 頭を抱えひとしきり喚いていたセナは、しばらくすると気を取り直して。

 

「……と、とにかく、怪しいところは何もなかったという事で。……こちらの事情でご足労いただき申し訳ありませんでした。最近は現場がピリピリしていまして……、……王都の警察がいつもこうだとは思わないでいただきたい」

「おっ、そうか。大変ですね」

「王城で過ごしているというサトウさんはご存じないかもしれませんが、このところ王都では連続幼女誘拐事件が起きていまして……」

「なるほど。大変ですね」

 

 厄介事だ。

 なんか知らんが俺のセンサーが反応している。

 そういえば、この人は以前、俺の事を正義の味方か何かと勘違いしていて、やたらと難しい事件の捜査に巻きこもうとしてくる時期があった。

 その誤解は解けているはずだが……。

 

「その捜査が滞っているせいで、些細な事でも事件と結びつけて考えてしまうのでしょう。特に、サトウさんを捕まえてきたあの子は、感情的になりやすくて……。後で本人からも謝罪はさせますが」

「……俺はもう帰っていいんですよね?」

 

 セナはキリッとした表情で俺を見つめ。

 

「サトウさん、できれば」

「お断りします」

「そ、そこをなんとか……! 以前のように少しだけ手伝っていただけませんか? アドバイスだけでも!」

「嫌だよ! 人をいきなり誘拐犯扱いしたくせに、その誘拐犯捕まえるの手伝えとか頭おかしいんじゃねーか! 警察がそういう権力持ってんのは俺みたいな罪のない一般人じゃなくて、犯罪者を捕まえるためでしょーが! 仕事をしろよ! 仕事を!」

「自分だって今日は非番なんですよ! それなのに、顔見知りだからと厄介な人物の相手をしろと言われて迷惑しているんです!」

「おっと、本音が出たな? 手伝えって言いながら人を厄介扱いしやがって! そんな厄介な人物に捜査を手伝わせるってどうなんだ? ほら、言ってみろ! 嘘をつけないこの部屋で、俺をどう思ってるか言ってみろ! 本当のところを言ってみろよ!」

「じ、自分は……! サトウさんを信頼できる人物だと思っています」

 

 セナのそんな言葉に、俺とセナはテーブルの上の魔道具を見るが……。

 …………。

 ……鳴らない。

 

「…………ほっ」

「いや、ほっ、じゃないだろ。何を安堵して息ついてんだ。そう言って煽てれば俺がホイホイ言う事聞くと思ってんの? 自分でも半信半疑だったじゃねーか」

「そそそ、そんな事は……! 自分はサトウさんを信頼していますよ。ええ、信頼していますとも」

「魔道具が反応しなかったからって何度も言うのはやめろよ。そ、そんな事言われたって手伝わないからな」

 

 と、俺とセナが言い合いをしていたそんな時。

 取調室の扉が開かれ。

 

「セナさん! セナさん、大変です! 紅魔族の方が暴れて……! それと、もうひとりの方はアイリス王女を名乗ってまして……」

「……!?」

 

 警官の報告を受けたセナが、驚愕の表情を浮かべ俺を見た。

 

「そーだよ。最近はアイリスと一緒に、めぐみんの爆裂散歩に付き合ってるんだよ。さっきからそう言ってるだろ」

「王女殿下をバカな事に付き合わせるのはやめていただきたい! ……そ、それより、暴れているというのはめぐみんさんですね? 早まった事をする前に止めてください!」

「先に早まった事をしたのはそっちだと思うんですけど」

「すいません! 謝ります! 後でいくらでも謝りますので、とにかく一緒に来てください!」

 

 

 *****

 

 

「あの男が誘拐犯などではない事は、とっくに分かっているのでしょう? もう解放してくれてもいい頃合いだと思います。そろそろおやつの時間なので帰りたいのです。これ以上うちのカズマを不当に拘束するというなら、私にも考えがありますよ! 何もしなくても犯罪者扱いされるなら、やる事やっちまったほうがお得ですからね! さあ、破滅の力を食らいたくば我が前に立ち塞がるといい!」

「わ、私も! 皆さんがお兄様を拘束するおつもりなら、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスの名において、切ります!」

「……いや、何を言っているんですか? あなたはダメですよ。王族がこんなところで騒ぎを起こしたなんて知られたらマズいでしょう。確実に外出禁止になりますよ」

 

 杖をブンブン振り回していためぐみんが、剣を抜いたアイリスを宥めている。

 

「お頭様ばかりズルいです! 私だって、お兄様のために何かしたいんです!」

 

 ……何だこの状況。

 取調室から出て待合室みたいなところに連れられてくると、めぐみんとアイリスが警官たちと向かい合っていた。

 というか、あのめぐみんが止める側に回っているんだが。

 

「いえ、ズルいとかそういう事ではなくですね……」

「お兄様!」

 

 俺に気付いたアイリスが声を上げ駆け寄ってくる。

 

「大丈夫でしたか? 怪我はありませんか?」

「お、おう、心配かけて悪かったな。俺は無事だからとりあえず剣はしまってくれ」

 

 俺に言われ剣を収めたアイリスに、セナが声を掛ける。

 

「お待たせしてしまい申し訳ございません、アイリス王女殿下。自分は王国検察官のセナという者です。実はサトウさんには以前にも事件捜査に協力していただいた事がありまして……、今回も助力いただけないかと頼んでいたのです」

「お兄様が警察に協力を……? すごいです! 警察官でもないのに事件を解決するなんて、なかなかできることではないです!」

「えっ? ……ま、まあ、それほどでもあるけどな?」

 

 アイリスにすごいですと言われるのは、正直すごく満更でもない。

 俺がニヤつきそうになるのを隠していると。

 

「よろしければ、サトウさんのご活躍についてお話しましょうか?」

「本当ですか? 聞きたいです!」

「では、今回の事件が解決した時にでも……」

「はい! よろしくお願いします!」

「ではサトウさん、これから話す事は機密ですのでこちらの部屋へ」

「えっ?」

 

 …………あっ。

 

 畜生、嵌められた!

 今回もまた協力するなんて冗談ではないが、俺に尊敬の目を向けてくるアイリスを裏切るわけには行かない。

 セナの案内に、アイリスがニコニコしながらついていき……。

 と、俺たちの様子を見ていためぐみんが。

 

「あのセナとかいう王国検察官の人は、初めて会った時には真面目で融通が利かなそうに見えましたが……。カズマと一緒にいたせいか、狡すっからい搦め手を使うようになりましたね」

「なんでもかんでも俺のせいにするのはやめろよ」

 

 

 

「――事件は今から二週間前に始まりました」

 

 大きな会議室のような部屋に移動すると、隅のテーブルに王都の地図を広げてセナが説明を始める。

 

「王都の食堂の看板娘アニタちゃんが、突然行方不明になりまして。心配していたご両親の下に、こちらの手紙が送られてきました」

 

 そう言ってセナが取りだしたのは、一枚の紙片。

 そこには……

 

『娘さんは預かりました。心配しないでください』

 

 まるで筆跡を誤魔化すかのような歪んだ筆致で、そんな文章が書かれていた。

 

「我々は誘拐事件として捜査を開始。しかし、手掛かりは掴めず……。そうこうするうちに犠牲者は増え、現在までで被害者は四人にも上ります。これは被害届が出されている人数で、実際にはもっと多いかもしれません。犯人から身代金などの要求はなく、目的は不明。被害者の安否も不明……」

 

 沈痛な様子で説明を終えるセナ。

 

「普通に凶悪事件じゃねーか」

「……? そうですが」

「いや、違うじゃん。いつも俺に協力頼んでくるのは、もっとこう……」

 

 下着泥棒とか。

 あれっ? 考えてみれば俺って言うほどご活躍してなくないか?

 いやまあ、下着泥棒でもなんでも、被害者にとっては大事件には違いないんだが……。

 

「サトウさんが住んでいるアクセルの街は、国内でも最も治安の良い街ですので。発生する事件もまあ、なんというか……。なんというか…………」

 

 いろいろとおかしいアクセルの住人に振り回された事を思いだしているのか、セナが遠い目をする。

 

「つ、続けますよ。誘拐事件が発生しているのは主にこの辺りですので、犯人の隠れ家というか、少女たちが隠されているのもこの近辺だと考えられます。……、…………」

「……? なんだよ、それで終わりか?」

「いえ、その……。四人もの少女を誘拐し、それを隠し通すというのは並大抵の事ではありません。具体的に言うと、人目に触れないように移動するための馬車、そして監禁するための施設が必要になります。その……、誘拐したからには何か目的があるはずで、人間を生かしたまま捕えておくのは難しいのです」

 

 アイリスとめぐみんに憚ってか、セナが言いにくそうに説明する。

 誘拐するとか監禁するとか、俺もドン引きしている。

 

「そして、この地区の住人でそれら条件を満たしているのは……」

 

 そんなセナが、地図のある一点を指さした。

 

 

 *****

 

 

 セナに連れられ俺たちがやってきたのは、王都の一角にある大きな屋敷。

 なんとかいう伯爵の家だというそこは、門から屋敷までけっこうな距離があり、例えば子供を誘拐監禁していても気付かれる事はないだろう。

 

「こちらが、あの家の住人と雇用状況、最近買ったものの情報をまとめたものです。屋敷の住人、使用人の数に比べて、食料を初めとした各種消耗品の購入数が多いです」

「食料は攫った幼女の分じゃないかって? じゃあ犯人じゃん。こんな証拠があるならさっさと踏みこめばいいだろ」

「いえ、これだけでは決定的な証拠と言うには少し弱いのです。相手が貴族となると、証拠もないのに疑ったというだけで後々まで問題になりかねず、そのせいで捜査が滞りがちで……。若手がストレスを溜めていまして……」

「で、俺が誘拐犯扱いされたわけだ」

「そ、そうです……! 重ね重ねすいません!」

 

 貴族がいるこの世界では、いろいろと権力構造が面倒くさいらしい。

 

「よし分かった。俺にこっそり忍びこんで調べてこいって言うんだな? そういう事なら得意分野だ。今夜にでも……」

「ち、違います! 司法に携わる者として、違法捜査は見過ごせませんよ! というか、貴族の屋敷に忍びこむのが得意分野とは……?」

 

 と、そんな時。

 俺たちの話を聞いていたアイリスが、

 

「御用改めです!」

「えっ」

 

 声を上げたかと思うと、剣を抜いて屋敷へ突貫しようと……。

 

「お、お待ちくださいアイリス様! 王女殿下にそんな事をさせるわけには……!」

 

 突貫しようとしたアイリスをセナが止めると、止められたアイリスが泣きそうな表情で振り返る。

 

「ですが、攫われた子供たちはきっと寂しがっています! 私にもできる事があるのですから、黙って見ていられません! 私は王族ですから、貴族の家を訪問しても罰せられる事はないはずです!」

「い、いえ、しかし……」

 

 懇願するようなアイリスの言葉に、セナは口篭もるも、すぐに何かを決意したような表情を浮かべた。

 

「……分かりました。ここは私が行きます。そもそもこれは私の仕事ですし、これでも王国検察官としてそれなりの評価を受けているつもりです。貴族が何か言ってきたとしても、簡単に切り捨てられるという事はないでしょう。……それに、被害者の安否も分かりませんし、ご家族も心配しています。貴族が相手だからとためらっている場合ではありませんでした」

 

 そんな、おそらく感動的なシーンが進行する中、

 

「……あの、うちのちょむすけが屋敷に入っていっちゃったんですが」

 

 それまで静かにしていためぐみんがポツリと言った。

 

 

 

「本気ですか? 本当に? 本当にこんな方法で!? どうして毎度毎度こんなバカな方法を思いつくんですか! これだからサトウさんは! いつもありがとうございます!」

 

 さっきまでの感動的な雰囲気はどこへ行ったのか、セナが納得行かないとでも言いたげに声を上げていた。

 

「文句を言うのか感謝するのかどっちかにしろよ。いいからやれって。あんただって、この方法なら何も問題はないって分かるだろ? ほら、いいからさっさとピンポン押せよ」

「ピンポンって何ですか!」

 

 言いながらもセナは門のノッカーをガンガン鳴らす。

 

「すいません! 王国検察官のセナと申す者ですが!」

 

 やがて屋敷の扉が開き、出てきた人物に。

 

「――うちの猫がこのお屋敷に入ってしまいまして、捜させてもらえませんか!」

 

 俺が伝授したアイディア。

 それは「猫を捜させてください」という、昔のサスペンスドラマかなんかで見た古典的な手法である。

 セナは王国検察官と名乗ったが、これは身分を明かしただけ。

 今日のセナは非番らしいし、捜査しに来たわけではない。

 しかし後ろ暗いところがある相手なら、何か反応をするだろうと……。

 

「お、王国検査官だと!」

 

 屋敷から出てきた男はセナの役職を聞くと、すぐに屋敷へと戻っていった。

 ……何か反応をするだろうと思っての事だったが、いくらなんでも分かりやすすぎるだろう。

 

「ほら、王国検察官って聞いて逃げたぞ。これって証拠になるんじゃないか? 怪しむのに充分な理由だろ」

「た、確かに……。しかし、こんなに簡単に? 我々の二週間は一体……」

「すごいですお兄様! さすがは狡すっからい事に掛けては右に出る者がいないと言われるだけありますね!」

 

 セナが呆然とする中、アイリスが尊敬の眼差しを俺に向けて……。

 えっ?

 ちょっと待ってほしい。

 …………俺ってアイリスからもそんな評価なの?

 そこにはからかうような様子は微塵もなく、純粋に褒めてくれているっぽいが……。

 俺が密かに傷ついていると、再び屋敷のドアが開き。

 

 ――現れたのは、頭から黒いローブを被った見るからに怪しい人物。

 

 そいつは門までやってくると。

 

「フハハ! よくぞ我らの本拠地を見つけたな、国家の犬よ! 攫った幼女らは今まさに、我らが崇める邪神の生け贄に捧げているところだ!」

 

 どうしよう、普通にすごく邪悪そうな奴が現れた。

 

 

 *****

 

 

「王国検察官とは大物が来たものだな! しかし、随分と時間が掛かったようだが? 捜査の進みが遅いのではないか?」

「は、はあ……。あ、いえ、自分は本日非番でして……。その、猫をですね……」

 

 邪神の徒を名乗る怪しい男に、俺たちは屋敷の中へと案内されていた。

 

「コホン! その……、子供たちを誘拐したのは貴様という事で間違いないのだな?」

 

 調子を崩されかけながらも、セナが男に質問を投げかける。

 

「誘拐というか……。まあ、そうだ。子供らはこちらで預かり、邪神の生け贄として供している! フハハ!」

「生け贄とは? 子供たちは無事なのだろうな? 返答次第によっては……」

「無事に決まっているだろう。もちろん傷ひとつ付けていないが……、実は子供たちが帰りたがらず、我々としても困っていたところなのだ! フハハ!」

「帰りたがらない? 何をバカな事を! というか、状況を分かっているのか? その変な高笑いをやめろ!」

「……我らの崇める女神の教義に則って、暴虐っぽさを表現しているのだが……。せっかく練習したので変な呼ばわりはやめてもらいたいものだ! フハハ!」

 

 ……なんだろう、話が微妙に噛み合っていないというか。

 セナと並んで歩く男は、邪神を崇めると言う割にあんまり邪悪な感じがしない。

 というか、犯罪者のくせに警戒心がなさすぎないか? セナに言われるまま攫った子供たちがいるという場所に案内しているし、子供たちが帰りたがらないとか困っているとか意味が分からない。

 そんな邪教徒の男の背中を、アイリスがじっと眺めては首を傾げていた。

 

「アイリス? どうかしたのか?」

「いえ、その……。あの方、おかしくないでしょうか?」

「そりゃ子供を攫って生け贄に捧げてる邪教徒なわけだし、おかしいのは当たり前だろ」

「そ、そういう事ではなく……。私にはあの方がそれほど悪い方には見えないのです。私は人を見る目だけは自信があるのですが……」

 

 そう言えば、アイリスはエルロードで、俺に化けたドッペルゲンガーをひと目で見破り切り捨てていた。

 アイリスの言う人を見る目というのは、けっこう信頼が置けるはずなのだが。

 

「……まあ、今んところ抵抗する様子もないしなあ。どっちにしろ、これからその子供たちのところに連れていってくれるみたいだから、あいつが悪い奴なのかどうかはすぐに分かるだろ」

「そうですね。……何か事情があるのでしょうか」

「いいかアイリス。いい奴だってたまには悪い事をするし、悪い奴だって気まぐれにいい事する日もあるんだ。人間なんてそんなもんさ。今日の俺たちは一応セナの手伝いで来てるんだから、あいつが善人か悪人かって事よりも、何かされた時に対処する心構えをしておこうぜ」

「……あっ!」

 

 俺がちょっといい話をしていると、アイリスが声を上げた。

 何事かと見ると、アイリスが見ていたのは俺ではなく。

 

「めぐみんさん、ちょむすけ様が!」

 

 アイリスが声を上げ指さした先には、窓の外の庭を歩くちょむすけの姿が。

 

「下っ端! 捕まえますよ!」

「はい! お頭様!」

「えっ? あ! お、お二人とも、待っ……!」

 

 チラッと姿を見せたかと思うと茂みへと消えるちょむすけを、めぐみんとアイリスが追いかけ廊下を走っていく。

 二人を止めようと手を伸ばすも届かなかったセナが、ガックリと肩を落とした。

 ……せっかくいい事言ったのに放置された俺も、ちょっと気落ちしたけど気にしない事にする。

 

「あの……。す、すいません。その……」

「……猫ですな。いや、お気になさらず。すぐにメイドを手配しますので……。フ、フハハ! ところで、貴様は猫を捕まえに来ただけではないのであろう? それは屋敷に入るための口実で、本当は子供たちを迎えに来たのだよな? な?」

「は? いえ……、ええと……」

 

 なんとも言えない感じになった男は高笑いで気を取り直したらしく、それに言質を取られまいとしてか言葉を濁すセナ。

 ……なんだろう。

 アイリスも言っていたが、やっぱり犯罪者って感じではないんだよな、コイツ。

 

「……ええと、訊いてもいいか? 攫った子供たちを生け贄にしてるとか言ってたけど、さっき無事だとも言ってたよな? それってどういう事なんだ? 生け贄にするって、具体的に何やってんだ?」

「フン。それはこの部屋を見れば分かるであろうな! フハハ!」

 

 そう言って、高笑いをしながら。

 邪教徒は辿り着いた部屋のドアを開いた――!

 

 

 

 その部屋の中には楽園が広がっていた。

 青い海と青い空。

 白い砂浜。

 一瞬驚くが、よく見るとそれは壁と天井に描かれた絵だと分かる。

 ざざーんざざーんと潮騒っぽい音が聞こえているのは、壁際に立つメイドさんが、手にした平らな容器を揺らして小豆かなんかを転がしているからだ。

 そんな南国の楽園っぽい空間のあちこちには、普通のベッドはもちろん、寝袋やハンモックといった寝具が配されていて……。

 

 何人もの幼女がのんびりと過ごしていた。

 

「何コレ」

 

 いや、本当になんだろうコレ。

 誘拐されて、監禁されて、といった不穏当な感じがまったくしない、むしろのんびりとした室内の雰囲気に、俺たちは困惑する。

 

「…………これは一体……?」

 

 室内の様子を見たセナが、呆然と声を漏らす。

 

「……ええと、この中に誘拐されたって子はいるのか?」

「あっ、そ、そうですね……。私は王国検察官のセナです! 皆さんを助けに来ました! ええと……、食堂の娘のアニタちゃんはいませんか?」

 

 室内を覗いた俺が問うと、セナは部屋に入っていき声を上げた。

 しかし誰も返事をせず、何言ってんだこいつとでも言うような顔でセナを見ている。

 この子たちが全員この家の縁者とは考えにくいし、おそらく誘拐された被害者のはずなんだが……

 なんていうか、助けを求めていないどころか、救出に来た俺たちはあんまり歓迎されていないっぽい。

 と、室内の幼女たちの顔をひとりひとり確認していたセナが。

 

「あ! あなた、アニタちゃんでは? お母さんによく似ています。ご両親はあなたがいなくなってとても心配していますよ! もう大丈夫です。さあ、帰りましょう」

 

 ハンモックに揺られている幼女は、セナの言葉にキッパリと答えた。

 

「お構いなく」

「えっ」

「わたしは帰らない。……家に帰るよりここで一生のんびり暮らしたい」

 

 アニタと呼ばれた幼女は、セナと目を合わせもせずにそんなダメな事を言う。

 

「ま、待ってください! もう大丈夫です! 家に帰れるんですよ!」

「帰りたくないです」

「……!? 伯爵に脅されているのですか? 大丈夫です、身分を盾に無理を強いるような真似は絶対にさせません! 我々が必ずあなたを守ってみせます!」

「……? 違います」

 

 不思議そうな顔で否定するアニタちゃん。

 予想外の状況にセナが絶句する。

 俺がどうしたもんかと考えていると、男が口を開いた。

 

「脅すとは人聞きの悪い事を。我々には幼女に無理強いする事を許されていないのだ。我らが神の託宣によると、幼女とは崇め奉るべき存在。決して逆らってはいけない。さもなければ……食われる、と」

「いや、あんたは何を言ってんの?」

 

 絶句したままのセナの代わりに俺がツッコむ。

 食われるってなんだよ?

 

「……我々としてもよく分からなかったが、しかし神とはそもそもよく分からないものである。ゆえに、とりあえず幼女を集め、我らが神への生け贄として怠惰を捧げてもらっているのだ! ……たまにすごくわがままを言われて、これは暴虐なのでは? と思う日もあったが」

「さっきからあんたが何を言ってるのかさっぱり分からないんだが」

「本来ならすぐに家へ帰す計画だったのだが、居心地が良いから帰りたくないと言われてしまってなあ……。幼女に言われては逆らうわけにも行かず……。正直早く警察来ないかなあと思っていたところだ! フハハ!」

「その変な笑い方はやめろよ。……つまり、何か? あんたらは元々誘拐なんてするつもりはなかったけど、神託とやらのせいで帰りたくないって言う幼女に逆らえず、誘拐みたいな事になっちまったって事か?」

「フハハ! すいませんでした」

「急にまともになるのはやめろよ」

 

 どうもそういう事らしい。

 いや、誘拐みたいなも何も、実際に子供を攫ったのだから誘拐には違いないんだが。

 

「と、とにかく! この子たちは警察で保護を……」

「お構いなく」

「そんなわけには行きません! 皆さんには無理やりにでも家に帰っていただきます! 少なくともご家族には無事の連絡をしなくては!」

 

 帰りたくなさそうな幼女を、我に返ったセナが説得しようとしている。

 

「伯爵! 警察の捜査に逆らう気がないなら協力を! 署まで行って応援を呼んできてもらいたい!」

「良かろう! フハハ!」

 

 と、セナの要請に従い、壁際のメイドさんに指示を出そうとした邪教徒に。

 トテトテと歩み寄った幼女が、小首を傾げてポツリと。

 

「……伯爵様、ずっといてもいいって言ったよ? 嘘ついた?」

「う、嘘ではない! もちろん好きなだけいてくれて構わんとも! だが、善良な市民としては警察に逆らうわけにも行かんのだ! 許せ、幼女よ!」

「や!」

「そこをなんとか……」

 

 ……なんていうか、攫われたはずの幼女が普通に文句を言っている辺り、本当に嫌な思いはさせていないらしい。

 

「……まあ、傷ひとつ付けてないってのは事実みたいだけど。幼女を攫えなんてロクでもない神様だな」

「我が神を愚弄するのはやめてもらおうか。我々が崇めるのは、怠惰と暴虐を司る邪神ウォルバク! 別に幼女を攫えと命じられたわけではない!」

 

 ポツリと呟いた俺の言葉に、邪教徒が不服そうに反論を……。

 

「えっ」

 

 今なんつった。

 

 

 *****

 

 

 背後でにゃあと猫の鳴き声がした。

 振り返ると、顔を青くしためぐみんが、何かを抱えたような姿勢で立っていた。

 

「ええ……?」

 

 そんな声を漏らしためぐみんの足元には、いきなり落とされたのか不満そうににゃあにゃあ鳴いているちょむすけが。

 ……予想外な事を言われ、驚いて抱いていたちょむすけを取り落としたらしい。

 俺はちょむすけを抱きあげながら。

 

「お前ちょっとこっち来い」

「ま、待ってください! 私は何も知りませんよ! 今回は本当に何もしていません!」

 

 セナとウォルバク教徒が幼女を説得しようと言葉を尽くす一方で、俺たちは部屋の隅っこでヒソヒソと話し合う。

 

「とぼけるな。今度は何をやったんだ? 正直に言ってみろ」

「だから本当なんです! 本当に何も知りません! というか、いきなり意味が分かりませんよ! この南の国みたいな部屋も分かりませんし、どうしてここに子供たちが集められているのかも分かりません! 今回ばかりは私は無実です!」

「こっちには公権力がついてるって事を忘れるなよ? あのチンチン鳴る魔道具を使ってもいいんだからな?」

「いいですよ! 好きなだけ使ったらいいじゃないですか! それで私の無実が証明されたらどうしてくれましょうか! 何かが起きると毎度毎度私たちのせいにするのはどうかと思いますよ!」

「俺だって嫌なんだよ! 毎度毎度パーティーメンバーを疑わないといけないこっちの身にもなってみろよ! でもまあ、確たる証拠もないのに疑ったのは悪かったよ! ごめんな!」

「分かってくれればいいんですよ。私も最近あなたの大変さがちょっとだけ分かってきましたからね。それで、これはどういう状況なんですか? セナとあの変な男が、子供たちに帰るようにと説得しているように見えるのですが……。あと、ウォルバクという名前が聞こえたのですが」

 

 強気なめぐみんに追及を諦めた俺は、訊かれるままに状況を説明する。

 

「……なんか、あのおっさんは幼女を崇めろっていう神託を受けたんだと。それで、とりあえず幼女を集めてもてなしてたら、そいつらが帰りたくないって言いだして……。で、幼女に逆らうなって神託も受けたから、無理やり帰らせるわけにも行かないし、警察に通報するわけにも行かないしで困ってたらしい」

「ちょっと何を言っているのか分からないのですが」

「言うなよ! 俺もわかんねーよ! そんで、その神託を授けた神様ってのがウォルバクなんだってさ!」

 

 説明を終えた俺は、腕の中で早くも丸くなったちょむすけを見下ろす。

 

「……あのお姉さんは、ほら、アレだろ? で、邪神ウォルバクって言うと……」

 

 あのお姉さんと因縁があったらしいめぐみんを相手に、俺が言葉を濁していると。

 

「まあ、そうですね。お姉さんはこの子が半身だとはっきり言っていましたから……。そう言えば、この子はどうしてこの屋敷に入ったんでしょうね? 王都やエルロードではずっと私たちから離れなかったのに」

「や、やめろよ。このわけの分からない儀式に呼び寄せられたってか? 微妙にありそうだからやめろよ」

「……そもそもどうして幼女を崇めるなんて話になったんですか?」

「そんなもん俺のほうが訊きたい。なんでも、逆らうと食われるかもしれないみたいな話だったらしいけどな」

「食われる、ですか……?」

 

 そんな俺の言葉に、めぐみんが少しだけ考えると。

 

「…………、……ッ!?」

 

 突如として、何かに気付いたかのように驚愕の表情を浮かべ、ダラダラと冷や汗を垂らし始めた。

 

「おい、なんだよその反応。やめろよ、何を思いついたんだよ」

「なんですか? 何を言ってるんですか? おかしな言いがかりはやめてください。私は何も思いついていないし何も知りません。そんな事より、もう事件は解決しそうなのですから、私たちは帰る事にしましょうか」

 

 サッと目を逸らしためぐみんの頬に、俺はちょむすけを押しつけながら。

 

「明らかに誤魔化そうとしてんじゃねーか。さっきの俺のごめんを返せよ。何を思いついたんだ? 言え」

「むぐ。……そ、それは、その……。……実はこの子は、こめっこが封印を解いてうちに連れてきたのですが、その時点で歯形がついていまして。当時の我が家は貧乏で、私たちはいつもお腹を空かせていたせいか、妹はどうもちょむすけの事を食料と認識している節がありまして……。そういうわけなので、ちょむすけが幼女を恐れていても不思議はないと思います」

「お前の妹は破壊神かなんかなの?」

 

 ちょむすけがこめっこに食われかけた事に怯え、それが神託としてウォルバク教徒に伝わった結果、幼女を誘拐……というか、もてなす事になった、と……?

 

「待ってください! 破壊神の名は譲れませんよ!」

「そんなとこで張り合おうとすんな。ああもう! またかよ! また身内のせいじゃねーか! じゃあ何か? ウォルバク教徒とかいう奴らが幼女誘拐なんてバカな事をしたのは、元を辿れば……」

「ま、待ってください! そこは本当に待ってください! まだ幼い妹を諸悪の根源扱いするのはどうかと思いますよ!」

「いやお前の妹っていうか、お前らが悪いだろ。紅魔族が自分らの里に邪神の封印を持ちこんで観光名所にしてたせいだろ」

 

 俺の指摘に、めぐみんがサッと目を逸らした。

 やっぱりロクでもないな紅魔族。

 

 ――と、そんな時。

 

「ちょむすけ様は邪神だったのですか?」

 

 それまで大人しく俺たちの話を聞いていたアイリスが、横からそんな事を……。

 

 …………。

 

「……なあ、今さらだけど、アイリスにバレちゃったらもうダメじゃないか? お城の偉い人たちにも筒抜けだろ」

「あっ、聞いていてはいけませんでしたか? すいません! ですがお兄様、私だって隠し事くらいはできます!」

 

 勝手に話しだした俺たちにまで気を遣うアイリスに、めぐみんは頼もしげに見える表情を浮かべて。

 

「……いえ、いいんですよ。あなたの性格でクレアやレインに隠し事をするのはしんどいでしょう。機会があったら話してしまって構いませんよ。あなたは私の左腕にして下っ端なのですからね。私に気を遣うなど十年早いです」

「……! はい! お頭様!」

 

 アイリスがとてもいい笑顔を浮かべていたので。

 だからその下っ端とかお頭様とかいうのはなんなんだとは訊かない事にしておいた。

 

「そういうわけですので、この子の事をセナに話してこようと思います。面倒くさい事になるでしょうが、見捨てないでもらえると嬉しいです」

「お前は俺をなんだと思ってるの? 見捨てるわけないだろ。ちょむすけがキュッとやられるのは俺だって嫌だからな。猫派のカズマさんと言えば俺の事だぞ?」

 

 俺の言葉に微笑んだめぐみんは、腕の中のちょむすけと見つめ合い。

 

「安心してください。誰がなんと言おうと、あなたが私の使い魔である事は変わりませんから。あなたの主は紅魔族随一の大魔法使いなんです。相手が誰であろうと手出しさせませんとも」

 

 と、めぐみんが決意を固めたそんな時。

 

「なんですって? 邪神ウォルバク? 今ウォルバクと言いましたか?」

 

 ウォルバク教徒とともに子供たちを説得しようとしていたセナが声を上げた。

 

「あなた方が信仰しているというその邪神は、ウォルバクと言うのですか? ですがウォルバクは少し前に討伐されたはずですよ」

 

 会話の中で発せられたらしいウォルバクという名前に、セナがチラッと俺たちのほうを見てくる。

 そんなセナにウォルバク教徒は。

 

「ううむ。そのはずだったのだが、なぜかその後も我が神の存在を感じ取る事が出来るのだ。むしろ最近は以前よりも気配が身近に感じられるようでな? 聞くところによると、邪神ウォルバクには半身がいたとの事。そちらはまだ生き残っているのであろうな! フハハ!」

「……! なんて事! それが事実だとしたら、我々は魔王軍の戦力を大きく見誤っているという事に……! それとも、上層部はその事実を知っていて、士気を下げないために隠している……?」

 

 高笑いするウォルバク教徒に、セナが小声でブツブツと考察を始める。

 

「おいどーすんだ。なんかどんどん話が大きくなってるんですけど」

 

 セナのほうへと歩きだそうとした姿勢のまま固まっていためぐみんは。

 

「――事件は解決したみたいですから、やっぱり私たちは帰りましょうか」

 

 くるりと振り返り、そんな事を……。

 

「お、お前……、さっきのちょっとかっこいい台詞はなんだったんだよ? ダメに決まってんだろ」

 

 

 *****

 

 

 夕方。

 王城への帰り道。

 

「納得行きませんよ!」

 

 邪神ちょむすけを抱いためぐみんが、ずっと文句を言っていた。

 

「まあ、バレずに済んで良かったじゃないか。この事についてはもう引っ掻き回すのはやめとこうぜ? またウォルバク教徒とか出てきて、やっぱり迷惑だからキュッとしとこうなんて言われたら困るだろ。ていうか、ちょむすけは邪神なんかじゃなくて使い魔だって言ってたのはお前じゃないか」

「それはそうですが……、なんだかモヤっとするのです!」

 

 あの後。

 ちょむすけが邪神ウォルバクの半身だと、セナに告げためぐみんだったが……。

 

『あっ……、そうなんですね』

 

 アクアが女神を自称した時のような、生温かい目を向けられていた。

 まあ、いきなりうちの猫は邪神なんですと言われても、困惑するのは当然だとは思うのだが。

 そんなセナは、やってきた応援の警官たちとともに貴族の屋敷を捜索していた。

 ウォルバク教徒も協力的だったし、王都を騒がした誘拐事件は近々解決するだろう。

 俺が呑気にそんな事を考えていると。

 

「……いたた! めぐみんさん、ちょむすけ様がなぜか私にだけ触らせてくれないのですが! ひょっとしてちょむすけ様は私の事が嫌いなのでしょうか?」

 

 ちょむすけを撫でようと手を伸ばしていたアイリスが声を上げた。

 伸ばした手を猫パンチで撃退され、アイリスがションボリしながらも問いかける。

 

「この子は怠惰な人間を好むので、何かと全力なあなたとは相性が悪いのかもしれませんね」

「そうなのですか? 私、ちょむすけ様に好かれるように頑張って怠惰になります!」

「そういうところだと思いますよ」

「ええっ?」

 

 アイリスをさらにションボリさせためぐみんは、肩に登ろうとするちょむすけを抱き直しながら。

 

「……まあ、この子をキュッとされるよりは良かったですけどね。何もしていないのに邪神だなんだと言われるのはどうかと思います」

「俺もひよこに追いかけ回されてるとこ見たから、コイツ自身に危険はないと思うけどな。でもコイツ、火を吹くぞ。そういやアイリスには前に話したっけな、火を吹いて魚を焼く猫ってコイツの事だよ」

「えっ! そ、そうだったんですか? すいませんお兄様、その話はハチベエにも否定されてしまったので、私をからかうための嘘だったとばかり……」

「誰だよハチベエ」

「ちょむすけ様、良ければ火を吹くところを見せていただけませんか……!?」

 

 アイリスが頼み事をしようとするも、ちょむすけはフイッとアイリスから顔を背ける。

 そんな話をしながら王城に戻ると。

 

「アイリス様……!」

 

 そこには城門の前で腕を組み、険しい表情を浮かべたクレアの姿が。

 アイリスを見ると、クレアは泣きそうな顔になり、こちらへと駆け寄ってくるが……。

 

「……あっ」

 

 そんなクレアを見たアイリスが、ポツリと声を漏らした。

 

「その……、実は予定の時間までに帰らなければ、外出禁止と言われていまして……」

「そういや、出掛ける許可取った時も渋々だったもんな。アイツ、さすがに過保護すぎないか?」

 

 爆裂魔法を撃ってくるだけのつもりだったから、予定ではおやつの時間までには帰ってきているはずだった。

 と、駆け寄ってきたクレアは、その勢いのままにアイリスを抱きしめ。

 

「アイリス様! 心配したんですよ! 街では可愛い少女を狙う誘拐事件が多発していると聞きますし、アイリス様がさらわれたらと思うと、私は……、私は……!」

「心配かけてごめんなさい、クレア。でも安心して。誘拐事件ならもう解決したわ」

「えっ? いえ、警察の捜査は行き詰まっているという話で……。え? 解決?」

 

 ぎゅうぎゅう抱きしめられ、ちょっとだけ困ったようなアイリスの言葉に、クレアが真顔になる。

 そんなクレアに俺たちは。

 

「街で噂の誘拐犯とやらは、アイリスの活躍で捕まったんだ。後で武勇伝を聞かせてやるよ」

「そうですね。貴族相手に尻込みする公務員を鼓舞したり、逃げだした邪悪な魔獣を捕まえたりと、下っ端にしては頑張っていましたね」

「……! なんだと! あの、夜になるとひとりでトイレに行くのを怖がっていたアイリス様が……! 隣国ではドラゴンを倒し、街に出ては市民の不安を取り除き……、なんと……、なんとご立派に……!」

 

 最近のアイリスの活躍っぷりに感極まったのか、割と他人様に見せちゃいけない系の顔になっているクレアを前に。

 

「よし」

 

 外出禁止についてはうやむやにできそうだと、俺とめぐみんは頷き合った。

 

 

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