このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』15、既読推奨。
 時系列は、15巻。


このアクセル・オブ・ザ・キノコに終息を!

 俺がセレナにドロップキックをして警察に捕まり、解放されてから数日が経った。

 冒険者ギルドにて。

 セレナは今日も冒険者相手に悩み相談をしている。

 俺はそんなセレナに歩み寄ると。

 

「やあセレナ、今日も大変そうだな。周りの奴らよりもお前のほうが疲れてるんじゃないか? 昨夜はよく眠れたか?」

「テメ……ッ! …………ご心配ありがとうございますカズマ様。ですが、私は大丈夫ですよ。私への相談で皆様が元気になるところを見ると、私まで元気を分けてもらえますからね」

「その割には目の下に隈が出来てますけど」

「…………ッ」

 

 俺の言葉に、穏やかな笑みを浮かべていたセレナの目元が引き攣った。

 ――昨夜の事。

 セレナが宿泊していた部屋に忍び込んだ俺は、そこに大きな鍋を吊るして。

 それを部屋の外から狙撃スキルで射抜き、銅鑼を叩いたみたいなバーンという大きな音でセレナを叩き起こした。

 その後、大きな音を出した事で宿の人に苦情を入れられ、なんで鍋なんか吊るしてるんだと叱られたセレナは、その騒ぎの収拾や周囲への謝罪のせいで、あまり眠れていないらしかった。

 目的は分からないが、コイツは冒険者の傷を癒したり悩み相談を受けたりと、毎日毎日忙しそうに活動している。

 昼過ぎまでぐっすり眠った俺と違って、睡眠不足で怒りっぽくなっているのだろう。

 

「そんなに疲れているのなら、たまには俺みたいにダラダラ過ごすのも良いんじゃないか? それとも、無理してでも悩み相談を受けないといけないような、そんな事情でもあるのか?」

 

 俺の言葉に、悩み相談に来ていた冒険者たちが不安そうな顔になる。

 セレナがやっている事は、いくらなんでも善良すぎる。

 それでも余裕のある優しい人間がやっているなら分かるが、疲れているのにそれを隠してまでやっているとなると、何か裏があるんじゃないかと疑いたくなるのが人間というもの。

 

「チッ……。事情だなんて、そんな……。……カズマ様には以前すべてをお話ししたではないですか。ですが、他の皆様にまで知られるのは……」

 

 舌打ちしかけるも取り繕ったセレナが、物憂げな表情を浮かべると、周りにバラせばどうなるか分かっているんだろうなと暗に脅しを掛けてくる。

 俺はそんなセレナに。

 

「まあ、そうだよな。実は見た目よりもけっこう年行ってて焦っていて、婚活のために悩み相談までしてるなんて、わざわざ他人に言う事じゃないかもな。でも、そんなに気にする事はないぞ? ここにいる奴らはあんたの事が気になってるみたいだし、素直になったほうが」

「なあああああ!? テメェ何言っ……カズマ様!? 何を仰っているのかさっぱり分かりませんよカズマ様!」

 

 唐突に喚きだしたセレナに、俺は笑顔を浮かべると続ける。

 

「照れる事ないだろ。ほら、こないだあんたに告白してた奴がいたじゃないか。素直になれずツンデレ対応しちまったって、こっそり悩んでたんじゃないかと俺は予想してるがどうだ? そういうの、もっと積極的に出していったほうがいいと思うぞ」

「カカ、カズマ様! お戯れはおやめくださ……! ちがっ、違うんです皆様! これは違うんです!」

 

 突然の俺の暴露に、セレナの取り巻きたちが、そうだったのかとでも言うような、納得した表情を浮かべる。

 セレナは必死に否定しているが、こいつの行動が怪しいのも事実。

 その怪しい行動に実は理由があったと言われると、納得してしまうのも人間というもの。

 魔王の幹部としてなんか企みがあるんだろうが、もちろんそんな事言えるはずがないセレナには、婚活の疑惑を拭い去る事は難しいだろう。

 

「み、皆様? 近い! 近いです! い、いえ、その……、もちろん嫌なわけでは……ですが私は、その……プリースト! そう、神に仕える身ですし! 未だ半人前の身の上ですので、結婚なんて、そんな……!」

「そんなセレナさんの異性のタイプは、こうやってついついツンデレしちゃう自分を強引に引っ張っていってくれるような積極的な男性なんだろうなあ」

「!!!!????」

 

 再びの俺の暴露に、セレナは声も出ないほど驚いて俺をガン見してくる。

 

「……そう言えば、えっちなプリーストは異性の臭いで興奮したり、距離が近いだけで相手にドキドキしたりするんだよな。だからセレナは男と近づきすぎないようにしてるのか? あんまり近づきすぎると相手を好きになっちゃうもんな」

「テメェ、好き勝手言いやがって……! ど、どど、どういうつもりですかカズマ様! そのような嘘を吹聴されては困りますよ!」

 

 笑顔のまま額に青筋を浮かべたセレナが、被った仮面を脱ぎかけながら詰問してくる。

 いや、何も問題はない。

 何かの計画を進めているセレナが、こんなに人目のあるところで騒ぎを起こすわけには行かないはずだ。

 俺は内心ビビりながらも。

 

「どういうつもりって言われても。こないだ路地裏でいろいろとこっそり教えてくれただろ? 俺はあの時聞いた事とか約束した事とかを考えて、一番いいと思う事をしているだけだぞ。ツンデレ萌えとかもあるけど、なんだかんだ言っても素直に好意を伝えるのが一番上手く行くんだからな。……俺は嘘なんかついてないし、やましいところも何もない。なんなら警察で使われてる、あの嘘つくとチンチン鳴る魔道具を持ってきてくれてもいいぞ?」

 

 キッパリと言いきった俺に、セレナの取り巻きたちがざわつきだす。

 俺の言葉を疑っていた者たちも、ここまで言いきるともしかしてと思ったのだろう……微妙に顔を赤くしてセレナをチラチラと見ている者もいる。

 

 ――まあ俺は何ひとつ嘘は言ってないですけど。

 

 婚活についての一般論を口にしただけでセレナが婚活しているなんてひと言も言っていないし、異性のタイプは俺個人の予想を述べただけで嘘でもなんでもないし、異性の臭いや距離が近いと興奮するというのは俺が薄い本で得たえっちなプリーストの知識であってセレナとは関係ない。

 嘘を感知する魔道具を持ってきても、こっちがのらりくらりと躱すと察しているのか、セレナもそこを追及する事はなく。

 セレナは俺にだけ見える角度でニヤリと笑うと。

 

「ではカズマ様。もしよろしければ、あなたが私と結婚していただけませんか? カズマ様の妻となれるのであれば、私も本望ですよ」

「お断りします」

「えっ」

 

 俺がキッパリと断ると、セレナは本心から意外そうな表情を浮かべた。

 優柔不断な俺のこんな反応は予想外なのか? 悪質な冗談には悪質な冗談で反撃してきたんだろうが……。

 

「俺には今仲間以上恋人未満の相手がいるし、モテ期が来てるのでそういうのはいいです。気持ちだけ貰っときます。すまんね」

「はあっ? ふざけんな! お前なんかこっちから……! あっ、いえ、そ、そうですか……。残念ですが、カズマ様がお幸せなら私も嬉しいです。ですが、数多の強敵を打ち倒し、若くして財を成した偉大な冒険者であるあなた様でもなければ、私の神への信仰とは釣り合いが取れませんわ」

 

 断られた事にイラっとしたのか激高しかけたセレナが、丁寧な口調を取り戻しなんか言い訳している。

 ……前にも思ったが、この女、根性あるなあ。

 そんなセレナに、俺はポツリと。

 

「そうやって理想ばかり追いかけていると婚期を逃すんじゃないか?」

「……!? い、いえ、ですから私は今のところ結婚というのは考えておりませんので」

 

 ――と、俺たちがそんな言い合いをしていると、受付のお姉さんが。

 

「あなたたちはさっきから、婚活婚活となんの話をしているんですか? 冒険者ギルドは婚活会場ではありません。セレナさんも、プリーストがヒールや支援魔法を掛ける事までは止めませんが、そういった意図で居座るのはやめてください!」

 

 婚期を逃して焦っていると噂の受付のお姉さんが、全然笑っていない笑顔を浮かべ俺たちを追いだした。

 

 

 *****

 

 

 翌日。

 セレナは取り巻きとなった冒険者たちとともに、冒険者ギルドを出て街中で活動を続けていた。

 婚活会場ではないと追いだされた事で、ギルド内では活動しづらくなったのだろう。

 屋台の並ぶ広場の一角にちょっとしたスペースを作り、道行く人々に無料でヒールを掛けている。

 広場の見回りに来た警察官が、セレナの様子をチラッと見るも、何も怪しいところは見つからなかったのか、悔しそうな表情で去っていった。

 ……どこかの女神と違ってきちんと行政の許可を得て活動しているらしい。

 

 ――俺はそんなセレナの様子を、遠くの建物の上から千里眼スキルで観察していた。

 

 というか、あの取り巻きの連中は何をやっているんだろうか?

 行列整理をしたり呼び込みをしたりと、忙しくセレナのサポートをしている。

 あいつら、そんな感じの奴らだったか?

 少し前までは宝島の鉱石を売って得た金で、朝から晩まで冒険者ギルドの酒場で飲んだくれていた奴らだ。

 懐が温かくてクエストに出る必要はないんだろうが……。

 昨日はセレナが婚活しているという俺の言葉にソワソワしていたはずなのに、今は普通にセレナの手伝いをしているのもおかしい。

 理屈は分からないが、やはり洗脳……

 いや、邪神レジーナは傀儡と復讐を司るらしいから、あれはおそらく傀儡化している状態なんだろう。

 ゲームなら仲間に攻撃してしまう、混乱や魅了に似た状態異常。

 漫画やなんかなら、ヒロインや親友が敵に操られ襲ってくるという展開でよくあるやつだ。

 セレナの目的は、この街で傀儡を増やす事。

 魔王の幹部なんていう大物が、わざわざ駆けだし冒険者の街を狙う理由までは分からないが。

 本気で妨害すると言った以上、あの傀儡たちを解放する必要があるだろう。

 問題は、どうしてあいつらが傀儡化しているのかって事なんだが……

 

「さっぱり分からん」

 

 あの手の強力な能力には条件があるはずだ。

 ……あるよな?

 ベルディアの死の宣告みたいに、指さして「傀儡になれ」ってやっただけで傀儡化するとかだと、どうしようもないんですけど。

 いや、そうだとしたら俺が傀儡化していないのはおかしい。

 ならその条件は……?

 

 …………。

 

 と、俺が熟考していた時。

 

 突如として、通りの向こうが騒がしくなった。

 辻ヒールをしていたセレナたちも、動きを止め何事かと様子を窺っている。

 昼過ぎの街中の、ちょっとした人並みの中から現れたのは。

 

「ギチギチギチ、ゲタゲタゲタゲタ!」

「ゲタゲタ、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタ」

 

 そこにいたのは、ひと目見ただけで正気度を失いそうな、気味の悪い触手を頭から生やした人間たち。

 ……何アレ怖い。

 そいつらは一瞬の躊躇もなく近くにいた市民に襲い掛かった――!

 

「ちょっ……!」

 

 ヤバい。

 なんかヤバいんですけど。

 モンスターか? セレナが呼び寄せたのか?

 いや、セレナも「ひいっ」とか言って気味悪がっているから別件っぽい。

 はあ? 別件? 魔王軍からこっそり攻められている一方その頃、全然関係ないモンスターが別件で街を襲撃してきてるの?

 そんな事ある?

 どうすんだよこの状況。

 俺は焦りながらも弓に矢を番え……

 

「『狙撃』!」

 

 俺が放った矢は狙い違わず、人間の頭から生えた触手に突き刺さった。

 

「ギイイイイイ! ギイイイイイイイイイ!」

 

 うわキモ。

 痛がってる……? っぽい?

 よし、この隙に逃げてくれ襲われてる人! この距離だと他にできる事がない!

 俺が内心で襲われている人を応援していると、俺の声が聞こえたかのようにそいつが立ちあがるのが見えた。

 

 ……なんか頭から触手生えてるんですけど。

 

「ギチギチギチ、ギチギチギチギチギチ!」

 

 増えた。

 

「マジかよ」

 

 さっきまで襲われていた人物が、同じように頭から触手を生やし、また別の人へと襲い掛かっていく。

 そしてまたすぐに襲われた側も頭から触手を生やすようになった。

 マジかよ……?

 

「ひいっ! なんだこいつら! 冒険者は何をしているんだよ!」

「逃げろ! 早く逃げろー!」

「ま、待って! お姉ちゃんが、お姉ちゃんが……!」

「クソッ、あの子はもうダメだ。せめて俺たちだけでも……、ギチギチギチ」

「後ろを振り返るな! 前だけ見て逃げろお! お、俺に構わず、早く行ギイイイイ」

「逃げろ! 逃げ……。ギチギチギチ、ゲタゲタゲタゲタゲタ!」

「ゲタゲタゲタゲタ、ゲタゲタゲタゲタゲタゲタ!」

「ギイイイイイイ! ギイイイイイイイイイ!」

「ギチギチギチ、ギチギチギチギチギチギチ!」

 

 逃げ惑う市民たちが次々に頭から触手を生やし、そいつらが瞬く間に通りを埋め尽くすほどに増殖していく。

 コレ、アレだ。

 なんとか・オブ・ザ・デッドだ。

 ゾンビに噛まれた人もゾンビになって世界が滅ぶ系のやつ。

 え、ええ……?

 唐突に詰んだ。

 

「冬牛夏草だあああ!」

 

 セレナの取り巻きの冒険者が、襲われながらも声を上げる。

 

「セレナ様! 逃げてください! 逃げてください!」

 

 さすがは冒険者だけあって、危険への対応が素早い。

 周囲にあった屋台を並べてバリケードにし、前衛が前に出て寄生体の群れを迎え撃っている。

 

「おかしいだろ、寄生するのが早すぎる!」

「知るかそんなもん! 実際早いんだから仕方ないだろ!」

「あっ、お、おい、お前……」

「ギチギチギチ……、ギチギチギチギチ!」

「そいつはもうダメだ、諦めろ!」

 

 ――冬牛夏草。

 生き物の頭に寄生して脳を侵食し、他生物を襲わせてその死体に卵を植えつけるモンスター。

 名前のとおり、牧場にいる牛なんかのあまり動かない生き物に寄生する事が多いというが……

 

「変異種だ! 近付きすぎるな、寄生されるぞ!」

 

 つまり、そういう事らしい。

 本来はあまり動かない生き物に寄生する冬牛夏草だが、あの変異種とやらは寄生するのが早く、動き回る人間相手でも寄生できる、と。

 

 ……なるほど。

 

 いや、ヤバいって! 魔王の幹部なんて比べものにならんくらいヤバいって!

 ど、どうする? ていうか、こんなの一介の冒険者ごときじゃどうにもならんだろ。

 行政がなんとかする問題だ! 行政を呼べよ!

 そんな事を考えているうちに、俺が立っている建物の付近までもが寄生者の群れに呑みこまれている。

 冬牛夏草どもは俺の事も捕捉しているらしく、何人かが不気味な笑顔を浮かべてこっちを見ている。

 これは詰んだ。

 …………待てよ? 冬牛夏草が相手なら……

 

「これでどうだ! 『クリエイトウォーター』!」

「ギイイイイイイイイイ! ギイイイイイイイイイ!」

 

 うわぁ……。

 俺が魔法で生みだした水を撒き散らすと、眼下を埋め尽くす触手たちが苦しげにのたうち回った。

 冬牛夏草の弱点は水。

 変異種でもそれは変わらないらしく、押し合いながら逃げていく。

 

 ……ふむ?

 

 詰んだかと思ったが詰んでなかった。

 というか、なんかいきなり俺の時代が来た。

 

「ふはははは、『クリエイトウォーター』! 『クリエイトウォーター』! おら、水浴びんのが嫌ならあっち行けキノコども! 『クリエイトウォーター』! あっはっは、なんだこれ面白え! 初級魔法で逃げてく雑魚じゃねーか!」

 

 ――俺が絶好調で水を撒き散らし、冬牛夏草に寄生された人たちを追い立てていると。

 

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 現在、冬牛夏草の変異種が街で猛威を振るっています! 冒険者の各員は、各々の判断と裁量で対処を! 奴らは水を恐れるので、水系の魔法やスキルを使える方々は奮戦ください! 前衛職の方々は奴らの手先になって被害を拡大する恐れがあるので非推奨です! また、アクセル市民の皆様は近くの頑丈な建物に退避し、避難計画に従ってその場で籠城してください!』

 

 冒険者ギルドから緊急クエストのアナウンスが。

 

『繰り返します! 緊急クエスト! 現在、冬牛夏草の変異種が街で猛威を振るっています! 冒険者の各員は……、…………』

 

 ……冒険者の各員は各々の判断と裁量で対処を?

 いつもの緊急クエストのアナウンスなら、冒険者ギルドに集まってくださいと言われるところだが……。

 まあ、すでに街が寄生体まみれなのに冒険者ギルドに集まれと言われても困るか。

 少しだけ変だなと思ったが、今はそれどころではない。

 

 

 

 俺は屋根伝いに移動しながら、セレナたちの様子を窺う。

 セレナは冒険者たちとともに広場の一角に屋台を集めてバリケードを造り、そこに店主や客たちを集めて冬牛夏草を迎え撃っている。

 

「セレナ様、どうかお助けください、セレナ様……!」

「ああ、ありがとうございます! セレナ様の治癒魔法のお陰で助かりました!」

 

 ……悩み相談なんか比ではない勢いで人望を集めてるな。

 セレナの目的はよく分からないが、周囲の人間を懐柔しようとしている事は分かる。

 街の危機に身体を張って市民を守ろうとするなんて、出来すぎなくらいにあいつの狙い通りの聖女ムーブじゃないか。

 いや、今はそんな事を言っている場合じゃない。

 相手はキノコだが、寄生されると増えるゾンビみたいな性質は同じ。

 マジでガチで一歩間違うと街ごと滅びかねない状況だ。

 この事態を呼び込んだのはセレナではないっぽいし、ここは魔王の幹部という事には目を瞑って共闘するべきなんじゃ……?

 俺がそんな事を考えていると、ひとりの冒険者がセレナの前に引き摺りだされた。

 

「ギチギチギチ! ギチギチギチギチギチッ!」

 

 縛られながらも暴れるそいつの頭には、気味の悪い触手が生えている。

 引き摺ってきた冒険者が、ダガーで触手を切り離すと。

 

「お願いします、セレナ様!」

「お任せください。……『ヒール』! 『ヒール』! 『ヒール』!」

 

 セレナに治癒魔法を掛けられた冒険者の頭から、冒涜的な見た目の触手の根っこが引っこ抜けると、ボロボロと崩れていき。

 

「ギイイイイ……、…………う、ぐっ……!?」

 

 やがてそいつがゆっくりと目蓋を開いて。

 

「お、俺は一体……?」

 

 縛られたまま頭を振る冒険者は、触手の支配を脱していた。

 

「あなたは冬牛夏草の変異種に寄生されていたのです」

「なんだって……? セ、セレナ様が俺を癒してくれたんですか? クソッ、俺はなんという事を……。ありがとうございます! ありがとうございます……ッ!」

「いえ、私は当たり前の事をしただけです。さあ、どうか彼らとともに、前衛として私たちをお守りください」

「はい! 喜んで!」

 

 ……触手の支配から脱したはずが、即セレナに支配された件について。

 おいどうすんだよ。

 マジでどうすんだコレ。

 寄生されてキノコに支配されるか、傀儡にされてセレナに支配されるかってだけの違いじゃねーか。

 いや、この街にはセレナ以外にもプリーストはいる。

 他のプリーストに癒してもらえば……

 このままゾンビ災害みたいな状況を放置するよりは、少しでも冬牛夏草の犠牲者を減らしたほうがいいというのは間違いないはずだ。

 

 というか、寄生されてるのって普通にヒールで治るもんなんだな?

 

 …………。

 ……………………ほーん?

 

 セレナの支援魔法を受けた冒険者たちが奮戦するも、多勢に無勢でバリケードは徐々に壊れ、守るべき市民が次々と冬牛夏草に寄生されていき……。

 そんな絶望的な状況の中。

 

「あっ! カ、カズマ様! どうか私たちをお助けください!」

 

 俺がセレナたちのすぐ傍の建物の上に立つと、セレナが悲痛な様子で懇願してくる。

 まあ、この状況で俺に助けを求めるのは、清楚なセレナ様だとしてもおかしくないもんな。

 そして俺だって冒険者として、何より善良なアクセル市民として、街がキノコに埋め尽くされるのを見て見ぬ振りするわけには行かない。

 ここはひとつ、相手が魔王の幹部だとしても、一時的に手を組むくらいなら……

 

「だが断る」

「は?」

 

 キッパリと言いきった俺に、セレナが信じられないものを見るような表情になる。

 

「ま、待ってください! 断る? 今、断ると言いましたか? わ、私は……、いや、もう取り繕う必要もないか。街の奴らはキノコにやられたし、冒険者連中はほぼ完全に傀儡化している。なあ、あんたから見ればあたしが敵なのは分かる。でもこの状況を見ろよ! 冒険者だけでなく街の住民までもが冬牛夏草に寄生されてる、この状況をさ! 冷静になってみろよ? ここは一時休戦って事であたしと手を組んで、とにかくこの冬牛夏草を討伐しちまうってのが利口なやり方じゃないか? この状況をどうにかするまであたしからは手を出さない、誓うよ」

「いや、思ったんだけどさ。あんたって、アレに寄生されたらどうなるんだろうな?」

「……えっ」

「レジーナの加護ってのは攻撃されたら相手に返るけど、攻撃そのものを防げるわけじゃないんだよな? 多分、寄生自体を防ぐ事は出来ないんじゃないか? あんたが死んだら周囲に呪いを振り撒くって言ってたけど、寄生されたとこを水魔法で街から追っ払っちまえば、殺す事もないから安全に排除できるじゃん」

「…………、お前は何を言ってるんだ……?」

 

 俺の言葉に、セレナが絞り出すように呟いた。

 

 

 *****

 

 

「カズマ様!? カズマ様! カズ……ッ! クソ、あいつどこに行った……?」

 

 浮かべていた微笑を消し去り、暗く冷たい人形のような表情でセレナがポツリと呟く。

 チラチラと周囲を見回し警戒している様子だが、プリースト系の技能では、千里眼スキルと読唇術スキルで遠方から観察する俺を見つける事は不可能だろう。

 再びセレナたちから距離を取った俺は、煙突や屋根の陰を利用しセレナパーティーの様子を窺っていた。

 冬牛夏草に寄生された人々は、すでに通りどころか街中に蔓延りつつある。

 いくらセレナのパーティーがベテラン冒険者で構成されていると言っても、多勢に無勢というやつだろう。

 抵抗空しく寄生されるのも時間の問題だろうが……。

 寄生体の群れを、水魔法でセレナパーティーのほうへと追い立てたり、自分を囮にして遠くから大量に釣ってきたりと、いろいろやってみたが効果は薄い。

 もっと直接的に攻撃したほうが、話が早いのというのは分かっている。

 セレナ本人はともかく、酒を酌み交わしたり一緒にクーロンズヒュドラを討伐した奴らを、傀儡化しているからと言って冬牛夏草に寄生させる気にはなれなかった。

 自分でも甘いとは思う。

 ここで心を鬼にしてでもセレナを仕留めないと、より大きな悲劇を呼び寄せるのかもしれない。

 それでも……。

 あいつらとの思い出が脳裏に浮かび……。

 

『何が凄腕冒険者だバカにしやがって! どうせ上級職の仲間たちに頼り切りなんだろうが、最弱職の冒険者が!』

 

 思い出が……。

 

『ロリマさん、ちーっす! 本命はこめっこちゃんだったってマジですか? なあ、越えちゃいけないライン考えろよな。俺、頭のおかしい子に賭けてたんだぞ?』

 

 …………………………………………。

 

「……『狙撃』」

 

 俺の手から放たれた矢が、セレナパーティーの前衛が手にした武器を弾いた。

 

「ぐっ!?」

「わあー! 横から飛んできた矢のせいで兄貴が寄生されたー!」

「セレナ様! 回復を! すぐに回復をお願いします!」

「お、おお、お待ちください! すぐに治療しますから、どうか落ち着いて!」

 

 ハッ、しまった! つい射っちまった!

 セレナのパーティーはあっさり半壊しかけているが、残りのメンバーが奮戦している間にセレナが治癒魔法で寄生された冒険者を癒している。

 このまま全滅、とは行かないっぽい。

 ……クソ、さすがにしぶといな。

 でも、なんだろう? 別に寄生されても死ぬわけじゃないし、射っちゃってもいいんじゃないかなって気分になってきたな。

 セレナをどうにかした後であいつらには酒でも奢ってやろう。

 

「『狙撃』! 『狙撃』! 『狙撃』ッ!!」

 

 俺は潜伏場所を移動しながら、少しずつ軌道を変えて山なりに矢を放っていった。

 数拍遅れ、何本もの矢が同時に命中する。

 

「がああっ!」

「なんだこれ! 冬牛夏草は弓矢まで使うのか! そんな知能があるなんて聞いてないぞ!」

「おい、魔法使いがやられてる! このままじゃマズいぞ!」

「セレナ様ーっ!」

 

 おっと、阿鼻叫喚ですね。

 前衛より先に後衛がやられ、パーティーは総崩れになっている。

 セレナが必死にヒールを掛けているが、回復は間に合っていない。

 ここまでやれば全滅は時間の問題だろう。

 

「セレナ様、お逃げください! セレナ様! セレナ様!」

「す、すいませんセレナ様。俺はもう…………ギチ、ギチギチギチ」

 

 やったか?

 

 俺がそんなフラグ的な事を考えた、そんな時。

 

「『ライトニング』――!」

 

 魔法の雷鳴が、冬牛夏草に寄生された人々を怯ませた。

 

「『ライトニング』! 『ライトニング』ッッ! 『ライトニング』――ッッッ!! 無事ですか、皆さん!」

 

 周囲の寄生体のほとんどをひとりで無力化したその人物は。

 

「すすす、すいません! 私なんかが勝手な事しちゃってすいません! ピンチなのかもって思ったんです! 勘違いだったらすいません!」

 

 まともなほうの紅魔族ことアークウィザードのゆんゆんは、そう言うと何度も頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございます、魔法使いの方!」

「えっと、皆さんはセレナさんのパーティーだったんですね」

「…………?」

「あ、あの、どうしたんですか? まるで会った覚えのない人から突然親し気に話しかけられたみたいな表情ですよ? ……あの、ひょっとして私の事、覚えていませんか? 紅魔族のゆんゆんです。こないだ、ええと……、悩み相談を……したんですけど…………」

 

 以前ゆんゆんは、セレナに友達が出来ない事を相談するも、解決できないと言われ泣いて帰っていたが……。

 

「そ、そう! ゆんゆん様! 忘れるはずがないじゃないですか。ええ、もちろん。覚えていましたよ」

「でも今、魔法使いの方って……」

「この状況ですからね! その魔法使いのローブとマントに意識が行ってしまっただけですよ! さあ、共に協力しこの難局を乗りきりましょう! ええと……、危険を共有する事で絆が生まれ友達が出来るかもしれませんよ?」

「やります。なんでもやります。私に任せてください」

 

 これはいけない。

 まともなアークウィザードであるゆんゆんがセレナパーティーに協力してしまえば、冬牛夏草に寄生された奴らを退けるのも難しくはないだろう。

 以前ゆんゆんは初級魔法を覚えたって言ってたし水魔法も使えるだろう。

 ゆんゆんには悪いが、ここは……。

 

「『フリーズ・ガスト』! 『フリーズ』! 『フリーズ』! 『フリーズ』!」

 

 ゆんゆんの高い魔力により大量に呼び出された純白の霧が、氷の初級魔法によってさらに濃度を増していき。

 

「――『クリスタル・プリズン』ッッッ!!」

 

 直後、範囲内のすべてが凍りついた。

 やがて霧が晴れると、そこには足元を凍らされ行動不能になった寄生体の群れが。

 

「ギチギチギチ? ギチギチギチギチギチギチ!」

「ギイイイイイイ!? ギイイイイイイイイ!」

 

 ……マジかよ。

 今さらうちの頭のおかしい子と取り換えてほしいとは言わないが、あの子ちょっと強すぎないか?

 

「ゆ、ゆんゆん様? これでは冬牛夏草に寄生されている方々にも被害が出てしまうのでは?」

「大丈夫です、動けなくなっているだけで死んではいません! 後でお湯を掛けてあげたら氷は溶けるはずです!」

「そ、そうですか……」

 

 紅魔族の実力を目の当たりにし、魔王の幹部であるセレナが青い顔をしている。

 セレナパーティーのもとへ戻ってきた俺は、そんな周囲のドン引きに気付かず、張りきっているゆんゆんの背後にそっと忍び寄ると。

 

「……ッ!? 『インフェルノ』!」

 

 ゆんゆんが活躍しすぎないようにと、ドレインタッチで魔力を奪おうとした俺に、ゆんゆんが振り向き様に業火の魔法を放った――!

 

「うおっ、危ね! 髪ちょっと焦げた!」

 

 あ、危なかった。

 今のはマジで危なかった……。

 

「あれ!? カ、カズマさん! すすす、すいません! なんだか邪悪な気配を感じて……!」

「い、いや、こっちこそこんな状況で急に後ろから話しかけようとして悪かったよ」

「すいません! 謝るのでそんな事言わないでください! いつでも話しかけてきてくれて構いませんので! お願いします!」

 

 どうしよう。

 いくら日頃からクズだの鬼畜だの言われている俺でも、この流れでゆんゆんに謝られるとさすがに申し訳ない気持ちになってくる。

 事情があるとは言え、ゆんゆんに対してけっこう邪悪な事をしようとしていたわけで。

 

「あ、あの、カズマさん? なんですか? さっきからなんだか紅魔族としての勘が働いてるんですけど! 邪悪な気配を感じるんですけど! ひょっとしてカズマさんも冬牛夏草に寄生されているんですか? もしそうなら安心してください、すぐに無力化を……!」

 

 マズい。

 一見常識がありそうなゆんゆんだが、紅魔族らしく容赦がないところもある。

 仕方ない、出来ればこの手は使いたくなかったが……。

 

「……すまない、ゆんゆん。このパーティーはもう定員オーバーなんだ」

「えっ……」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんからそれまでの頼もしさが消え失せ。

 

「す、すいませんでしたああああああ!」

 

 何らかのトラウマを刺激したのか、どういう事かと問い詰めてくる事もなく、ゆんゆんは泣きながら走り去っていった。

 

 

 *****

 

 

「ッ……! カズマ? クソ、あいつまた……! どこ行きやがった!」

 

 ゆんゆんとのやりとりを終えた俺は、即座にその場を離脱する。

 潜伏スキルでセレナパーティーの中に隠れて冬牛夏草たちの目を搔い潜ると、逃亡スキルで建物の壁を駆けあがって屋根の上へと出た。

 よし、またここから狙撃スキルで……。

 と、そんな時。

 弓に矢を番えた俺の視線の先で、セレナたちがとある人影と鉢合わせしていた。

 

「あん? あんたは……」

 

 そこにいたのは、チンピラ冒険者のダスト。

 いや、ダストだけではない、アクセルが誇るベテラン冒険者が集まり、迫りくる冬牛夏草の寄生体から通りの一角を守っているらしい。

 

「確かセレナっつったか? 見た感じ、周りが敵だらけで困ってるってところか? ちょうどいい、こっちはプリーストが不足してた。こんな状況だ、お互い助け合おうぜ?」

「あなたは……。ええと、ダストさんでしたね。仰る通り、多勢に無勢で難儀していました。私の力及ばず、市民の皆様が冬牛夏草に寄生されるのも止められず……。ですが、こうして多くの仲間を得られたのも神の導きでしょう。是非、私にもご助力させてください。皆様と力を合わせれば、この危機も乗り越えられると信じています」

「おっ、そうか。まあ、よろしく頼むわ」

 

 清廉潔白なセレナの言葉に、ダストが面食らいながらも協力を受け入れる。

 クソ、またかよ。

 セレナの行く先にまたしても俺の知り合いがいるとは運が悪い……いや、アクセルの冒険者は大体顔見知りだから、セレナと遭遇した相手が俺の知り合いなのは当たり前だが。

 このままだとあのチンピラ冒険者もセレナの傀儡に……。

 …………いや、あいつは別に凄腕ってわけでもないし、傀儡にされてもそれほど困らないか?

 それより周囲にいるベテラン冒険者を傀儡にされるほうが困る。

 というか、普段なら真っ先に逃げそうなダストが、どうしてこんなところに……?

 

 …………あっ。

 

 その路地の先がどこに続いているのかに気付いた俺は、考えるより先に建物の屋根から飛び降りていた。

 

「うおっ!? カズマ! お前さんも無事だったか!」

「ああ、こいつらは水が弱点なんだ。屋根の上までは追ってこられないみたいだし、いろいろと俺と相性がいい。俺もお前らに協力させてくれ」

 

 それ以上に言葉は要らず……、俺とダストは頷き合う。

 そんな俺に、セレナが背後から。

 

「けっ。今さらどういうつもりだ? ついさっき自分で言ってたじゃねえか。街を守るよりもあたしに冬牛夏草を寄生させる事を優先するんだろ? だったら、そいつの頼みは断るんだよな?」

 

 やろうとしている事を客観的に言葉にする事で、俺に精神的ダメージを与えるつもりなのかもしれない、セレナのそんな言葉に。

 

「さっきはすまんかった、セレナ。やっぱり街を守るのに協力してくれ!」

「……あれえ?」

 

 態度を改め素直に頭を下げる俺に、セレナがおかしな声を上げる。

 

「えっ? い、いや……、それは…………。そ、その……カズマ様? 私たちの間には悲しい誤解があったように思うのですが。急に態度を翻したのはどういった心変わりがあったからですか? あなたの真意をお聞かせ願いたいのです。正直に申しまして、そうしていただかないとあなたを信じる事は難しいのです」

「あんたの言い分はもっともだ。その路地の先には、俺たちが何と引き換えにしてでも守りたい、そんな大切な場所があるんだ」

「コイツ……! なんて澄んだ目をしてやがる……ッ!」

 

 本来ならすでにアクセルを離れているような、凄腕冒険者たちが守る路地、その先にあるのは……

 そう、喫茶店だ。

 冬牛夏草のせいで街がピンチとか、魔王の幹部との対決とか、例の喫茶店に危険が迫っているという事実の前ではなんの意味もない。

 

「……何と引き換えにしてでも守りたい大切な場所? こんな路地の先に、何が……?」

「おっと、あまり詮索はしないほうがいいぞ。俺はただの善良な冒険者だ。冒険者として、自分が住んでいる街を守るのは当たり前の事だろ」

「それはさっき私が申しあげた事ですが!」

「セレナ様の言う通りですね」

「あああああ! もういい! 今のお前と話してると頭がおかしくなる! とにかく、ひとまず危機を脱するまでは一時休戦だ! こっちからは手を出さないから、お前もあたしを味方として扱え! いいな!」

 

 寝不足でイライラしているのか、セレナが急に清楚な仮面を剥がし俺にだけ告げる。

 

「ほーん? なら、念のため手を出さないってきちんと誓ってもらおうかな」

「はあ? 分かった! 誓う、誓うよ! これでいいだろ!」

「あんたのとこの神様に誓え」

「ぐ……っ!? わ、分かった。レジーナ様に誓って、この危機を脱するまではお前とは敵対しない!」

「あんたやっぱり裏切る気だったろ」

「なんでだよ! 今きちんと誓っただろ!」

「いや、あんただって一応プリーストなんだから、裏切る気がないんだったら最初からきちんと神に誓うだろ。誤魔化したって事はそういう事じゃないか」

「…………」

 

 俺のツッコミにセレナが黙った。

 図星か。

 コイツ、油断も隙もないな。

 

「まあ、きちんと誓ったわけだしとりあえず味方として扱うけど、俺の後ろに立ったら容赦なくバインドで縛ってキノコの山に出荷するからな」

「わ、分かった! 分かったから! プリーストとしての仕事はやってやるから、その脅しはやめろ! なんだ、出荷するって!」

「あと敵対行動は取らないって言うんだったら、冒険者を傀儡化するのもやめろよ」

「そ、それは……! その……、レジーナ様の加護はあたしがどうこう出来るようなものじゃないから、無理だ」

「…………ほう?」

「や、やめろ! 敵対行動は取らないって言うんだったら、お前もあたしの能力を探ろうとするのはやめろよ!」

「まあそこはお互い様って事で。こっちもあんたが傀儡を作れないように、ヒールさせないように動くからそのつもりでいろよ」

「はあ? ヒールさせないって、この状況で……」

 

 俺の宣言に、セレナは困惑したような表情を浮かべ――。

 

 

 

「――『クリエイトウォーター』!」

 

 前衛が押し込まれかけているところは水魔法を撃ちこみ怯ませ、反撃する時間を生みだし。

 

「『狙撃』!」

 

 矢で冬牛夏草の触手を射抜いて、こっちの攻撃が直撃する致命的な隙を作り。

 

「『バインド』――ッ!」

 

 群れから外れた一瞬の隙を突いて寄生体のひとりを拘束すると、ドレインタッチで無力化するとともに魔力を補給し……。

 そんなこんなで大活躍する俺に、セレナがおずおずと声を掛けてきた。

 

「ち、ちょっと待て。お前、最弱職の冒険者だろうが。魔力消費が多いはずのバインドをそんなに連続で使えるのはどういう事だ? どこかにマナタイトでも隠しているのか? そういや、魔王の幹部や大物賞金首を討伐してるなら、資金には余裕が…………」

「冒険者の手の内を探るのはマナー違反だって知らないのか? これ以上探るつもりなら、バインドで簀巻きにして冬牛夏草の前に放りだすからな」

「わ、分かった! もう聞かないからやめろ! でも今は味方だろ? そうだろ? だからその目であたしを見るのはやめろよ、お前ずっと目がマジなんだよ」

 

 俺無双である。

 セレナの事は敵感知スキルで警戒していて、怪しい動きをしたら即座に簀巻きに出来る。

 普段なら取り巻き冒険者がいるし、表向き善良なプリーストを攻撃すれば俺のほうが警察に捕まる。

 しかし今、取り巻きは冬牛夏草に掛かりきりになっていて、寄生された事にすればセレナにバインドを掛けても誰も何も言えない。

 勝ったな。

 いや待て、これは死亡フラグだ。

 こういう時に油断すると、大体逆転されるんだ……。

 

 と、俺が気を引き締め直していた時。

 路地の奥からロリサキュバスが現れると。

 

「皆さん、私たちのお店のためにありがとうございます! 避難できるようにいろいろと片付けたりバリケードを造ったりしたので、どうぞお店の中へ!」

 

 町娘みたいな衣服を身にまとったロリサキュバスが、ニコニコしながらそんな事を言った。

 

「おう、こっちも大体片付いた。あの店が危なくなる事はないだろうぜ」

 

 ホッと息を吐きながらのダストの言葉に、周囲の冒険者たちからも緊張が抜けた。

 どうやら俺の獅子奮迅の活躍と、ベテラン冒険者たちによって、周囲の寄生体は粗方無力化できたらしい。

 今はバインドを使いワイヤー代わりの触手で縛った寄生体を積みあげて、通りの片方を完全に封鎖している。

 ……たまに奇声を上げていて、めちゃくちゃキモいが。

 とにかく、この周辺に危険はほとんどないだろう。

 

「そんじゃあ、お言葉に甘えて店に……」

「歓迎します! それと、今日のお礼として皆さんにはサービス券を……」

 

 そんな話をしながら路地へと入っていく冒険者たちとロリサキュバスに。

 

「じゃあ、俺はもうちょっと周りの様子を見とくよ。なあ、セレナ?」

「えっ? そ、そうですね。カズマ様の御心のままに」

 

 セレナを警戒する俺は、喫茶店にセレナを近づけまいとその場に残り……。

 …………。

 

 

 *****

 

 

 俺は、前衛を務める冒険者を通してセレナと目を合わせる。

 ダストたちがいなくなり、傀儡化した冒険者しかいなくなった今、セレナは清楚なプリーストの仮面を脱ぎ、人形のような暗い表情を浮かべていた。

 周囲の冬牛夏草たちは掃討し、すでに危機は去ったと言っていいだろうが、まだ完全にいなくなったわけではなく。

 散発的な襲撃はある。

 それも、セレナの傀儡パーティーだけで対処できる規模ではあるが……。

 と、暗い表情で目を細めたセレナが。

 

「その路地の奥に、お前の言う大切な場所とやらがあるんだな? さっきのは店員か? 何を取り扱っている店なのか…………、サービス券……? いや、何かの隠語か……?」

 

 なんか深読みしてるけど全然違う。

 

「詮索すんなって言ったろ。まあ、この辺りを守ってればあの店のためにもなるし、あんたとは敵対しないでおいてやるよ」

「……へえ? 随分大きく出るじゃないか。さすがは凄腕冒険者のカズマ様って? だが、そいつは過信じゃないか? 正面から戦えばそれほど強くないって話を聞いたんだがねえ?」

「えっ」

 

 ……あれっ?

 言われてみれば、あの喫茶店を守るためとはいえ、俺はどうして魔王軍の幹部を相手に殿なんかやってるんだ。

 周りに冬牛夏草の寄生体がいれば、セレナの傀儡はそっちに掛かりきりになって俺は逃げ切れるのだが、その寄生体たちは力を合わせて掃討したばかりだ。

 ひょっとしてこの状況、すごくヤバいのでは?

 薄っすらと目だけが笑っていない笑みを浮かべたセレナは、ピンと指を立てて上を差した。

 

「見てみな」

「……そ、そんなあからさまな手に引っかかる俺だと思うなよ? 俺の名は佐藤和真。魔王軍の幹部や数多の大物賞金首を討伐した、アクセル随一の凄腕冒険者……」

 

 と、俺がそんな強がりを口にしていた時。

 ポツリと鼻先に水滴が当たった。

 

 ――雨が降りだした。

 

「ギイイイイイイ! ギイイイイイイイイ!」

「ギイイイイイイイイイイイイイ」

 

 水を弱点とする冬牛夏草たちが、死に物狂いで駆けだし屋根のある場所へと逃げていく。

 バリケードとして、触手で縛って積みあげていた奴らも、縛られたままのたうち回ってどこかへと去っていった。

 耳障りな鳴き声が消えると、辺りにはザアザアと言う雨音だけが残って。

 

「やっちまいな」

 

 セレナの命令に、虚ろな表情の冒険者たちが襲い掛かってきた――!

 

「ふわーっ! 卑怯者! 卑怯者! 俺とは敵対しないって自分のとこの神様に誓ったんじゃねーのかよ!」

「ああ、誓ったさ。この状況を脱するまでは手を組もうって言ったよな? でも、今はどうだ? もうあの危険な状況からは抜けだせたって言ってもいいんじゃないか? この冬牛夏草による災禍が解決するまでなんて、ひと言も言ってないだろう。あたしは誓いを破ってないよ、お前が勝手に勘違いしただけだ」

 

 前衛冒険者に取り押さえられ声を上げる俺に、セレナが朗らかに笑いながらそんな事を言う。

 

「コイツ汚ぇ! あの誓いも最初から騙すためのもんだったのかよ! 神への誓いをそんな風に利用するなんて、あんたそれでもプリーストか!」

 

 マズい!

 前衛職に掴まれた腕が外れない!

 

「フン、レジーナ様は邪神だぜ? 自分への誓いをどんな風に利用されようと気にするもんか。……さあ、時間稼ぎは終わりだ。短い間だったが仲間だった誼で、せめて苦しまないよう逝かせてやるよ。魔力不足で死の魔法をお見舞いしてやれないのが残念だね」

「そうかよ、こっちも時間稼ぎは終わりだ!」

 

 俺を掴んでいた冒険者が、俺のドレインタッチで体力を失いその場に倒れる。

 

「なっ……! お前、何を……」

「…………『クリエイト・アース』。……『ウィンドブレス』ッ!」

 

 驚愕するセレナに、俺はいつもの目つぶしコンボをぶちまけた。

 

「ぐあっ! クソ、なんだこれ! 目が……! お前らやっちまえ!」

 

 目を閉じたままのセレナが、傀儡たちに命じる。

 それと同時に、俺は逃走スキルと潜伏スキルを使用しその場から離脱を……!

 

 ――しかし回りこまれた。

 

 セレナに支援魔法を掛けられた冒険者たちは、逃走スキルを使った俺よりも素早く。

 

「畜生! お前ら覚えとけよ! 俺の名は佐藤和真! 女相手でもドロップキックできる真の平等主義者! 例え操られていてもやった事はやった事だ! やられたからには絶対に絶対に仕返ししてやるからな!」

 

 マズいって! 本当にマズい!

 テンションに任せて声を上げるも、はっきり言って苦し紛れのハッタリに過ぎない。

 いや、後で絶対やり返すという決意は嘘ではないが。

 

「安心しろ。こいつに仕返しなんかできない」

 

 俺の言葉に微妙に動揺した冒険者たちに、セレナが聖女のような楚々とした微笑を浮かべ乱暴に言いきった。

 セレナはその微笑みを浮かべたまま。

 

「なぜって? そりゃここで死ぬからさ」

 

 クソ!

 俺はどうしてひとりでこんなのに挑んだ?

 相手は魔王の幹部、最弱職の俺なんかが勝てるはずがなかった。

 せめて死体さえ残っていればアクアが蘇生してくれるだろうが……

 

 ――と、そんな時。

 

 街の郊外からひと筋の光が上空へと放たれた。

 その光が分厚い雨雲の中へと吸い込まれ……

 

 直後、破壊の風が吹き荒れる――!

 

 爆発が起きたのは遥か上空であるにもかかわらず、その衝撃は地上を揺るがし、近隣の窓ガラスがビリビリと震えている。

 セレナが愕然と上空を見上げる中、慣れたアクセルの冒険者は平然としていて……。

 突如として巻き起こった暴風がやむと、そこには青空があった。

 

「…………は?」

 

 セレナがポツリと声を漏らす。

 

「……な、なんだ……? 雨が……やんだ……? ど、どういう事だよ? 本当にどういう事なんだよ! ……なんだ、今のは……! おい、今のはなんだ!」

「アクセル名物、爆裂魔法です」

「ば……!? バカ言うな! 何が名物だふざけやがって! ……そうか、お前のパーティーの紅魔族だな? 天候制御の魔法を使うでもなく、個人の魔力だけで無理やり天候を変えるだと……? …………ハハ。なるほどね、幹部どもがやられるわけだ」

 

 セレナは呆然と空を見上げ、笑うしかないと言った感じでブツブツと呟いている。

 そんなセレナに、俺は敵感知スキルの反応を感じながらポツリと。

 

「雨がやんだわけですが」

「ああ? そんなもん見りゃ分か……ッ!?」

 

 俺の言葉に視線を地上へと下ろしたセレナは。

 苦手とする雨がやんだ事で、わらわらと湧きだしてきた冬牛夏草の寄生体たちを見て。

 

「…………な、なあカズマ? あたしと共闘する気は」

「……『潜伏』」

「あっ!」

 

 俺は静かにその場から離脱した。

 

 

 

「『狙撃』! 『狙撃』! 『狙撃』! オラオラ、どうした! さっきの威勢はなんだったんだ? 復讐と傀儡の邪神の加護を得ているくせに、支配力でキノコに負けるってどんな気持ち? ほら、どんな気持ちか言ってみろよ!」

「ちくしょおおおおお! 『ヒール』! 『ヒール』ッ! 『ヒール』ッッッ!! だ、大丈夫です、あなたはまだやれます! だから頑張っ……!」

「セ、セレナ様……ギチギチギチ、ギチギチギチギチギチギチ」

「あああああああああ!」

 

 俺は再び建物の上に避難し、様々なスキルを駆使してセレナを追い詰めていた。

 最後の手段として、セレナが自らダガーで寄生体から触手を切り離し、同時に治癒魔法を掛けて寄生を解除しようとしているが、治癒の効力が弱いせいか上手く行っていない。

 

「ふははははは! 『狙撃』! 『狙撃』ィ! もっと上手く捌かないとそろそろ寄生されるんじゃねーか?」

 

 セレナの傀儡として前衛を務める冒険者に、横合いから矢を射かけ妨害する。

 喫茶店の常連でもあるあのおっさんさえ崩せれば、セレナパーティーはすぐにでも壊滅しそうなのだが……。

 さすが、喫茶店目当てにアクセルに長く居座っているだけあって、簡単には崩せない。

 

「卑怯者! 卑怯者! キノコの味方するなんて人間として恥ずかしくねーのかよ!」

「うるせー! 先に裏切ったくせに人を卑怯者呼ばわりすんな! そっちこそ魔王軍の味方するなんて人間として恥ずかしくないんですか?」

「こっちにも事情があるんだよ! 教えてほしけりゃ降りてこい! ぶっ殺してやる!」

「お断りします」

 

 クソ、狙撃だけじゃ有効打にならない!

 かと言って近づけば、ドレインタッチを使う前に迎撃されると思う。

 あのおっさんはダクネスと同じクルセイダー、俺のスキルでは威力が低すぎてまるでダメージを与えられない。

 

「だったらこれはどうだ? 『クリエイト・アース』……。『ウィンドブレス』ッ!」

 

 手の中に魔法の砂を生みだし、それを風の魔法で飛ばす目つぶしコンボ。

 さらに。

 

「『バインド』――ッ!」

 

 ワイヤー代わりに使ったのは、そこら中でギイギイ鳴いている不気味な触手。

 そいつは不規則にうねりながら、視界を潰され怯んだクルセイダーのおっさんを拘束した――!

 

「なっ……!」

 

 この場で最強の傀儡が無力化され、セレナが焦った声を上げるがもう遅い。

 残った傀儡たちも次々に冬牛夏草に寄生され、ついにセレナひとりきりになる。

 

「く、来るな! 来るなあ……っ!」

 

 いつもの清楚な微笑もかなぐり捨てて叫ぶが、冬牛夏草たちが聞くはずもなく。

 

「ギチギチ、ギチギチギチギチギチ!」

「ギイイイイイ! ギイイイイイイイイイ!」

「ゲタゲタゲタゲタ」

 

 ――と、そんな時。

 セレナに寄生しようと伸ばされていた触手の一本が動きを止め、先端から枯れ始めた。

 

「「えっ……?」」

 

 さらにその隣も、その隣の触手も枯れ、ポロリと崩れると風に流されていく。

 それまで騒がしい笑い声のような音を立てていた触手たちは、例外なく枯れ落ちて風化し、風に乗って消えていった。

 寄生されていた者たちがその場に倒れ……。

 後には、呆然とした俺とセレナだけが取り残される。

 俺と目が合うとセレナは、

 

「……で、あたしをどうするって?」

 

 引き攣った笑みを浮かべ、ふてぶてしくそんな事を言った。

 

 

 *****

 

 

 その夜。

 冬牛夏草が枯れて消え失せるのを見届けた俺たちは、事情を知るために冒険者ギルドを訪れていた。

 周りに一般人がいるからか、セレナも清楚な仮面を被り大人しくしている。

 

「あっ、サトウさん! セレナさんたちも、無事だったんですね。……お疲れでしょう、スープがありますので酒場へどうぞ」

 

 ギルドに辿り着いた俺たちを、受付のお姉さんが出迎えた。

 ……あれっ?

 もっと、なんていうか…………、野戦病院みたいな感じを想定していたんですけど?

 ギルドの職員はいつもより忙しそうではあるが、それはあくまでも職務の延長上という感じで……。

 

「……あれえ?」

 

 あんな事があったんだから、もっと慌ただしくなっていてもいいと思う。

 セレナも俺と同じ事を考えているのか、清楚な微笑みを浮かべたまま、困惑するようにギルド内の様子を窺っている。

 ギルドに併設された酒場は多くの冒険者で賑わっていて、しかしそれもやはり普段の延長上で、死線を潜り抜けてきたといった感じではない。

 …………なんていうか、……そう、お疲れ様会っぽい。

 

「どういう事でしょうか? その……、あんな事があったにしては、皆様あまり動揺されていないのですね?」

 

 清楚な微笑を浮かべたセレナが、そう疑問を口にする。

 そんなセレナに受付のお姉さんが。

 

「そうですね。まあ、アクセルの街では稀によくある事ですので」

「「はあ?」」

 

 二人して声を上げる俺とセレナに。

 

「実は、冬牛夏草の変異種というのは、数十年に一度の割合で現れる異常気象のようなものなんですよ。ですから冒険者ギルドアクセル支部では以前よりマニュアルが作られていまして……、素早く寄生する代わりに短命という特徴も知られているので、しばらく籠城していればいいだけなんですけどね。冒険者ギルドとしてはこの件への対処は、お疲れ様会の食べ物を多めに用意する事を気を付けるようにと、付則事項はそのくらいですね」

「「……マジで?」」

「マジです。……そういえばお二人とも、随分とボロボロですね? ひょっとして、冬牛夏草と戦ったんですか? ダメですよ。奴らは接近すると寄生してくるし、攻撃しようにも相手は冒険者仲間や罪もない市民なので戦いにくくて、犠牲者が増えるのを食い止めようとすると逆に犠牲者が増えるんですよ」

「じ、じゃあ何か? 今回は冬牛夏草と戦うんじゃなくて、籠城して時間稼ぎしてるのが正解だったと? ていうか、俺がやった事って無駄だったんですか?」

「しかもそれらの事は、実はマニュアル化されているのですね? それはギルドにとっては当たり前の事なのですか? なぜ一般の冒険者の皆様には知らされていないのですか?」

 

 両側から口々に問いかけられたお姉さんは、俺たちが今日一日何をしていたのか察したらしく、困ったように微笑んだ。

 

「ええと……、今日は皆さん、お疲れ様でした! スープをどうぞ! 今日はこの一杯だけギルドの奢りですよ!」

「いやちょっと待ってくださいよ。こちとら大物狩りのサトウさんですよ? スープ一杯で丸め込まれてたまるか。これってアレだろ、駆けだし冒険者のための試練みたいなやつだろ。モンスターの軍勢が攻めてくるなんてシチュエーションを、あんまり危険もなく実体験できるチャンスですもんね。冬牛夏草の変異種の特徴とか放送で言えばいいのに黙ってたのってそういう事ですよね?」

 

 俺の追及にお姉さんは。

 ……ニコッと笑って何も言わずに去っていった。

 に、逃げられた……。

 

 ――スープを同時に飲み干した俺とセレナは、ホッと深く息を吐いて。

 

「あたし、この街大っ嫌いだ」

「俺、この世界が嫌い」

 

 俺たちはこの日、ちょっとだけお互いを理解し合ったかもしれない。

 

 

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