このすばShort   作:ねむ井

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『祝福』1巻、既読推奨。
 時系列は、1巻の後。


この迷える冒険者たちに導きを!

 女神とともに異世界に転生した俺は、街を襲撃してきた魔王の幹部ベルディアと戦い、頼れる仲間たちの協力もあって勝利し……。

 

「おかしいだろお!」

 

 そんな英雄となったはずの俺は、冒険者ギルドの受付で声を上げていた。

 

「俺たちの活躍がなかったら、この街は魔王の幹部に蹂躙されてたとこだぞ? 冒険者は全滅してただろうし、街の住民も多分酷い目に遭ってたはずだし……。それなのにこんな扱いかよ! 責任者を出せ!」

「そそ、それは、その……。サトウさんたちの借金については、これでもいろいろと譲歩してのお値段でして。ですが、その事と今回のクエストで牧場の柵を壊した事とは関係ないですよね?」

「はい」

「では、柵の修繕費としてこのくらい引かれて、借金の返済でこのくらい天引きされまして、……報酬はこのくらいになりますね」

「……ありがとうございます」

「が、頑張ってください」

 

 受付のお姉さんが、俺のテンションに若干引きながらも声援で送りだしてくれる。

 俺がフラつきながらも、仲間が待つテーブルへと向かうと……。

 

「あっ、カズマさーん。ほら、こっちこっち! 早く来てー、早く来てー。まったく、カズマったら今度は何をしょぼくれているの? めぐみんが壊した柵の事? まあ細かい事はいいじゃないの。さ、とにかくパーッと飲みましょう! お酒を楽しく飲んで辛い事は忘れちゃえば大抵は何とかなるわ。というわけで、私のお酒にフリーズ掛けてほしいんですけど」

 

 すでに上機嫌になっているアクアが、ジョッキを差しだしそんな事を言ってくる。

 俺はそんなアクアにフリーズを……。

 

「ふわーっ!? ちょっとあんた何すんのよ! 背中じゃなくてジョッキの中に氷を入れてほしいんですけど!」

 

 アクアの首筋に手を伸ばし氷を生成すると、アクアが声を上げた。

 

「うるせー! 浮かれた事ばっか言ってないでお前もちょっとは頭使って悩めよ! 言っとくが、今回はめぐみんだけじゃなくて、モンスターに追いかけ回されてたお前のせいでもあるんだからな? パーッと酒飲んで忘れてる場合じゃないんだよ!」

「何よ! カズマが攻撃力に欠けるって言うから、私の必殺ゴッドブローでモンスターを薙ぎ倒してあげようとしたんじゃないの! 自分が弱いのを棚に上げて私ばかり責めるのはどうかと思うわ!」

「バカ! 攻撃力がないから俺は初級魔法とか使ってダクネスのフォローをするって作戦だっただろうが! 本来後衛職なはずのプリーストのお前が、ダクネスより前に出てどうすんだよ! お前が余計な事をすると毎度毎度事態が悪化するんだから、頼むから大人しくしててくれよ!」

「なんでよー! 役立たず扱いしないでよ! ベルディアを倒せたのは誰のお陰だと思っているの? 私だって役に立つってところをそのうち思い知らせてやるからね!」

「俺の失敗は攻撃手段がない事じゃなくて、お前に考える余地を与えた事だな。ああ、悪かったよ、ちょっとは頭使って悩めとか言ってすいませんでした! 次からは俺たちだけでクエストに行ってくるから、お前はギルドで辻ヒールでもして小銭稼いでろよ」

「やめて! やめて! 私だけ仲間外れにしないでよー! 私だっていろいろと考えてるんだから!」

 

 と、アクアをネチネチと追い詰める俺の隣に、ダクネスが座った。

 

「まあ待てカズマ、そのくらいにしておいてやれ。アクアもこれで借金を背負った事を気にしているんだ。お前にしてみればいろいろと言いたい事もあるんだろうが……、そういった事は是非とも私に言ってくれ」

 

 俺は、何かを期待するような目を向けてくるダクネスに。

 

「お前そういうとこだぞ」

「んくう……! そういう心に来るのはやめてほしいのだが……。ほ、他にはないか? 何かあるだろう?」

「そんな事言われても。今回は大体アクアが暴走したせいだし、お前に言う事は特にないぞ? 鎧がないから囮スキルを使うなって言ったのは俺だしな」

 

 そう。ダクネスはベルディアとの戦いで鎧を失い、今はほぼ普段着で冒険に出ている。

 それでもこの近辺のモンスター相手なら問題はないと本人は言うのだが、念のため囮スキルは使わないように指示していた。

 アクアが前に出たのは、その辺の事情もあったのかも……。

 ……いや、コイツに限ってそれはないな。

 

「い、いや、私はその……。今回はアクアにも、アクアを追い回すモンスターにも追いつけなかっただろう? 頑丈な代わりに素早さや器用さにはあまり自信がなくてな……」

「まあ、壁役って言ったらそんなもんじゃないか? もともとはお前が待ってるとこにモンスターを誘導する予定だったのに、アクアが先走っただけだから気にしなくていいぞ」

「……ん。今私の事をのろまな豚めと言ったか? お前ごときには最初から何も期待などしていない、と……? ……くっ! なんたる屈辱! クルセイダーたるこの私に……!」

「言ってねえ」

 

 おかしい。

 異世界転生って言ったら、もっとアレだろ? チートでハーレムでいい感じのはずじゃないのか?

 どうして俺の仲間はどこかおかしい奴らばかりなんだ?

 ダクネスから目を逸らした俺が、テーブルの隅でカエルの唐揚げをパクついているめぐみんを見ると。

 

「……なんですか? 毎回毎回、私の爆裂魔法のせいで物が壊れるみたいな風評被害がありますが、今回は私のせいではありませんよ。むしろあれだけの被害で収められたのは、私が爆裂魔法を極めていたお陰と言っても過言ではありません。少しくらい感謝してくれてもいいと思います」

「爆裂魔法のせいで物が壊れるのは風評被害じゃなくて事実だろ。でもまあ、そうだな。今回はけっこうギリギリなタイミングで魔法を撃ちこんでて、さすがは爆裂魔法使いを名乗るだけの事はあるなって俺も思ったよ。めぐみんさんすごいですね、さすがですね」

「そうでしょう、そうでしょう。我が名はめぐみん。アクセルの街随一の大魔法使いにして、爆裂道を歩む者。私以上の爆裂魔法の使い手などそうはいませんよ」

「でもお前が他の魔法を覚えてくれれば、そもそも周りに被害なんか出なかったよな?」

 

 俺の指摘に、それまで調子良く話していためぐみんが口を噤む。

 

「……なあ、今からでも爆裂魔法以外の魔法スキルを取る気は」

「嫌です」

 

 

 *****

 

 

 ――翌日。

 俺たちはゴブリン討伐のクエストを受け、アクセルの街から少し離れた森を訪れていた。

 いつもの森とは違う場所で、なんとなく空気がピリピリしているような……。

 

「ねえー、今日はもう帰りましょう? お酒の飲み過ぎで頭痛いんですけどー。帰って迎え酒したいんですけどー。カズマは知らないかもしれないけど、普通の冒険者はクエストを達成したら三日くらいは休養に当てるのよ? 命懸けで戦う冒険者には、本来そのくらいの休みが必要なの。連日クエストを請けてるあんぽんたんなんて、カズマさんくらいのものなんだからね?」

「お前バカなの? 俺だって働きたくて働いてるんじゃないんだよ。借金返さないといけないのに、働いても働いても儲からないから仕方なく働いてるんだ。言っとくけどこのまま冬になっても馬小屋暮らししてたら、普通に凍死するからな? せめて冬の間だけでも宿に泊まれるくらいの金を貯めないといけないんだよ」

「しょうがないわね。ある寒い冬の朝カズマさんが隣で死んでいたら、私が蘇生魔法で起こしてあげるわよ」

「そんな生活送るくらいならそのまま安らかに眠らせといてくれ」

 

 ゴブリンが棲みつく森の中だというのにバカな話をする俺たちに、ダクネスが。

 

「二人ともそこまでにしておけ。そろそろゴブリンの巣が近いはずだ。まったく、クエストの最中なんだぞ、もう少し緊張感を持ったらどうだ?」

 

 ……緊張感の感じられない普段着なダクネスが、微笑ましげな口調でそんな事を言う。

 なんでコイツはこんな格好で冒険者装備の俺よりも硬いんだ? 納得行かねえ。

 と、ダクネスの発言から少しして、敵感知スキルに反応があった。

 

「おっ、敵感知に反応があった。複数いるし、多分ゴブリンだ。……敵の姿が見えるように、もう少し開けたとこに行くぞ。ダクネス、スキルは使わなくていいから囮をやってくれるか?」

「ああ、任せろ。……フフ、それほど心配しなくとも、ゴブリンごときに傷付けられはしないさ」

「お前それフラグってやつだからな。くっ殺せとか言いだしても俺は助けないぞ」

「その時は遠慮なく見捨ててくれて構わない。例えひとりきりで取り残されたとしても、私ならば…………、……信じていた仲間に見捨てられ、武器を失った私はゴブリンどもの慰み者に……、…………んくう!」

「想像して興奮したのか」

「してない」

 

 …………。

 

「こいつはもうダメだ、もしもの時は置いていこう。……ほら、俺たちはあっちに隠れるぞ」

 

 ――やがて木々の陰から現れたのは、十匹程度のゴブリンの群れ。

 いろいろと手遅れなダクネスには目立つ場所に立ってもらい、俺たちは潜伏スキルを使って茂みに隠れている。

 

「ギャッ! ギギャッ! キーッ!」

 

 ゴブリンたちはダクネスを見つけると、声を上げ我先にと突撃してきて。

 

「よし、あれで全部だな。やっちまえめぐみん!」

「任されました! ――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 めぐみんが構えた杖の先から、破滅の光が迸った――!

 

 

 

「……クックック。見たか我が必殺魔法。ベルディアの従えたアンデッドの群れすらも一掃した私には、今さらあの程度の雑魚相手は物足りないですね」

「そうか。おんぶはいるか?」

「あ、お願いします」

 

 魔力を使い果たしためぐみんを、いつものように回収する。

 爆裂魔法が放たれた場所は、ひどい有り様だった。

 周囲の木々は薙ぎ倒され、地面は抉れてクレーターが出来ている。

 

「……よし、敵感知に反応はないな。お疲れダクネス」

「お疲れと言われても……。私は立っていただけで何もしていないのだが」

「何もしないでクエスト達成したんだからいいじゃないか。それに、囮役のダクネスがいたからゴブリンの不意を突けたんだしな」

 

 どこかションボリしているダクネスを労っていると。

 アクアが周囲を見回しながら、ポツリと。

 

「ねえ、なんだか変な音がするんですけど」

 

 ……変な音?

 

「おいやめろ、今回は何も問題を起こさなくて安心してたのに、変なフラグを立てるのはやめろよ。お前は毎回毎回余計な事をしないと気が済まないのか? 敵感知に反応はないけど……」

 

 いや待て、なんか……

 ゴゴゴゴゴとでもいう感じの、これは……変な音っていうか地鳴りのような震動が足元から突き上げてくる。

 俺が異変に気付き足元に目を向けた直後、地面にビシビシとひび割れが走り……。

 

「な、何何何? 私はなんにもしてないわよ! 私はなんにもしてないからね!」

「言ってる場合か! おいなんだよコレ! 地震か? どうすりゃいいんだ!」

 

 日本でも感じた事のないほどの激甚な揺れが、俺たちだけでなく森全体を襲う中。

 俺はめぐみんを背負い立っているだけで精いっぱいで。

 

「わ、わか、分かりませんよ! 我が破壊の波動がついに世界までも崩壊せしめ……ッ!」

「バカな事言ってると舌噛むぞ!」

「……ッ! …………ッ!」

 

 舌を噛んだらしいめぐみんが、俺の背中で暴れだした。

 こっちはそれどころじゃないんですけど……!

 ついには震動に耐えきれなくなったのか地面がずるりと滑りだして――!

 

 

 *****

 

 

「おそらくは地滑りというやつだろう」

 

 土まみれになっているものの怪我ひとつないダクネスが、腰に手を当てそう言った。

 

「あの森は高台の上にあったのだな。それが……、まあ、その、めぐみんの爆裂魔法によって地盤が揺らぎ、丸ごと崩れ落ちたんだ。これだけの災害で無事だったのは運が良かった」

 

 ダクネスが苦笑気味に、土で汚れた頬を指で掻く。

 俺たちが今いるのは崖の下だった。

 見上げると高いところにある森の一角が崩れ落ち、木々と土砂が一緒くたになってそこら中に転がっている。

 すぐ傍にデカい石が転がってきた時は生きた心地がしなかったが、俺もめぐみんも土まみれなだけで怪我はない。

 

「確かに運は良いんだろうけどさあ……」

 

 そもそも本当に運が良かったらこんな事には巻きこまれないと思う。

 

「そういえば、アクアはどうした? 恥ずかしながら見失ってしまったんだが……」

「アクアならあっちで犬神家やってたよ。引っこ抜こうとしたら蹴られたから放置してきた」

「イヌガミケというのが何かは分からないが、放置はやめてやれ」

 

 俺の言葉に苦笑したダクネスが、アクアのほうへと向かう。

 俺は、アクアを助けようと地面から生えた足に手を掛けたダクネスが蹴られるのをしばらく眺めてから、崖の上へと目を向けた。

 ……あそこから落ちてきたのか。

 

「アレを登るのは無理だな。帰りは回り道しないとダメそうだ」

 

 そんな、何の気なしの俺の言葉にめぐみんが。

 

「すいませんでした」

 

 不意にポツリと呟いた。

 

「……? 急にどうした」

「その……、我が破滅の力が暴走したせいで本当に世界までも崩壊せしめ……」

「お、お前……、意外と余裕があるな。反省してるのか破壊力を自慢してるのか、どっちかにしろよ」

「だ、だってこんな……! 下手したら全滅してたところですよ! みんなが無事だったのは奇跡みたいなものです! わ、私のせいで、こんな…………」

 

 目に涙を浮かべためぐみんが声を上げる。

 

「奇跡でもなんでも無事だったんだからいいじゃねーか。それとも反省して爆裂魔法以外のスキルを覚える気にでもなったか?」

「いえ、それはないですけど」

「…………まあ、今回は俺も悪かったよ。よく知らない場所で爆裂魔法を使うとこういう事もあるんだな。いつも爆裂散歩で行くのは大体知ってるとこだったからなあ……。でもマップ兵器レベルの破壊力だからって、マップそのものを破壊するとは思わないじゃん」

「あなたが何を言っているのかさっぱり分かりませんよ。慰めるつもりならきちんと慰めてください」

 

 落ちこんでいためぐみんが、フッと笑みをこぼしたそんな時。

 誰よりも土まみれなアクアが、優雅な仕草で俺の隣に腰を下ろした。

 

「ねえカズマ、私が埋まっている間にいやらしい事をしようとしなかった?」

「お前はお前で、復活したと思ったら開口一番それか。するわけないだろそんな事」

「この美脚でセクハラニートを成敗したと思ったらダクネスだったわ。何を言っているのか分からないかもしれないけど、私には分かるわ。つまりアレね、変わり身の術ね」

「お前は何を言ってんの? セクハラするにしてもこっちにだって選ぶ権利ってもんがあるんだからな。俺がお前を引っこ抜こうとしたのはエロ目的じゃなくて、引っこ抜いたらピクミンみたいに言う事聞くかと思ったからだよ」

「めぐみん、聞いた? この男、ついに本性を現したわ! 言う事聞かせるなんて薄い本でよくあるやつじゃない。後ろめたい事がないっていうなら、私にどんな言う事を聞かせるつもりだったのか言ってみなさいなエロニート!」

 

 コイツ……!

 

「俺がお前に言い聞かせたかったのは、クエスト中は余計な事せずに大人しくしてろって事だよ! ていうかさっきから聞いてりゃニートニートうるせーわ! 俺だって魔王の幹部の討伐報酬でニート生活したかったよ! 誰のせいで借金返すためにブラックな労働強いられてると思ってんだ!」

「なんでもかんでも私のせいにするのはどうかと思うんですけど! 私だって、ダクネスやめぐみんみたいにあんたが指示出してくれたらもっと活躍できるはずなの! 私の真のポテンシャルはこんなもんじゃないって思い知らせてやるわ!」

「……いや、何度も言うけどお前は大人しくしてろよ」

「なんでよー!」

 

 いつになく聞き分けのない事を言うアクアに俺が手を焼いていると、どこかすっきりとした様子のダクネスが戻ってきた。

 ダクネスは、アクアに蹴られたらしい頬を擦りながら。

 

「……ん。助けようとした相手に蹴られるというのも、これでなかなか……」

 

 コイツ、無敵か。

 

 

 

「――どうやら俺たちは遭難してるらしい」

 

 アクアが魔法で出した水で汚れを拭った後、少しサッパリした俺たちはその場で石や倒木に腰掛け作戦会議を開く事にした。

 

「あの崖の上の森を抜ければアクセルの街まで行けるけど、崖を登るのは無理っぽい。となると迂回していく事になるんだが……、こっちも森の中だからな。どういう地形になってるのかよく分からん」

 

 俺たちが落ちてきた崖の下にも森が広がっていてる。

 この近辺は崖崩れの影響で木々が倒れ視界が開けているが、一度森に入ってしまえばすぐに方角も分からなくなるだろう。

 

「えっと、……どうしたらいいと思う? 誰かなんかアイディアはないか?」

 

 日本では引き篭もりだった俺のサバイバル知識は、本で読んだ事くらい。

 さすがに実践では役に立たないと思う。

 

「まったく! これだからヒキニートは! サバイバルの基本は水よ。とにかく水さえあればなんとかなるわ。水なら私が魔法でいくらでも出してあげるから感謝しなさいな。ほら、これまでの仕打ちを謝って! アクア様すごいですって言いなさいな!」

「はいはいアクア様すごいですね。水なら俺も出せるからちょっと黙っとけ」

「…………」

 

 あしらうような言葉で軽くスルーした俺に、アクアが無言で手の中に水を出すと、両手を合わせてピュッと飛ばしてきた。

 と、自分のせいでこうなったと落ちこみ気味のめぐみんが。

 

「……今の時季なら、森の中にはいろいろと食べ物があるはずです。秋は実りの季節ですし……。それと、冬篭りに備える季節でもありますから、動物も脂肪を蓄えていて美味しいです」

「ほーん? 装備もないし狩りは難しいだろうけど、木の実や果物なんかは食べられるかもな。……水も食べ物もあるなら、とりあえずなんとかなるか? どうせ街に帰っても寝るのは馬小屋だしな。問題はどっちに進むかって事だけど……」

 

 チラチラと仲間たちに視線を送るも、誰も何も言わない。

 

「……すまない。その……、正直言って、私はあまりサバイバルの知識には詳しくなくてな。モンスターが現れれば盾にはなれるんだが……」

 

 代表するように、あまり役に立てないとダクネスが告げる。

 まあ正直、俺だって大した知識や技能があるわけではないから文句も言えないが……。

 帰り道が分からないというのは、さすがに……。

 クソ、いつもは俺がこいつらに指示を出すリーダーみたいな役をやっているが、こういう時ばかりは誰かに代わってほしい。

 俺の決断で最悪全滅するかもしれないってマジか? 元ニートには荷が重すぎるだろ。

 と、俺が黙って考えこんでいると、めぐみんが立ちあがりバサッとマントを翻した。

 

「こ、ここは私に任せてもらいましょう! こう見えて、私は食べられる野草やなんかには詳しいのですよ。パーティーの頭脳でもあるアークウィザードとして、サバイバル知識を披露しようじゃないか! ……こうなったのは私のせいみたいなものですからね。ここは私を頼ってください」

「周りの地形を確認してなかったのは俺もなんだから、責任感じる事ないって言ってるだろ。でもまあ、他に詳しい奴もいないみたいだし、めぐみんに任せてもいいか? まだ昼過ぎだけど、今日は念のため森の中を探索して食料を集めよう。簡単に食べ物が手に入るかどうかで、この先のサバイバル生活の方針が変わってくるからな」

「任されましょう!」

 

 力強く頷いためぐみんが、その場にフラっと膝を突き。

 

「……まだ魔力が戻っていないので、おんぶしてもらっていいですか」

 

 

 

 その夜。

 森に分け入り食べ物を集めてきた俺たちは、崖崩れの現場に戻り焚き火を囲んでいた。

 現在位置も方角も、アクセルの街の方向も分からない以上、移動するよりも安全の確保を優先したためだ。

 そんな俺たちは。

 

「……な、なあカズマ。もう火が通ったんじゃないか?」

「まだ早いと思う」

「そんな事ないわ。ほら、ちょっと端っこが焦げてきてるじゃない。きっともう食べられると思うの。ガッと行きなさい。ガッと」

「まだ早……! や、やめろお! 無理やり食わせようとしてくるのはやめろよ! そこまで言うならお前らが先に食えばいいだろ!」

 

 棒に突き刺したどんぐりみたいな木の実を前に、誰が最初に食べるかで言い争っていた。

 コレって食えるのか?

 一応、焚き火に当てて熱を通しはしたが……。

 と、逡巡する俺たちをよそに、謎木の実をパクパク食べている人物がひとり。

 

「そんなに警戒しなくても、毒なんか入っていませんよ」

 

 そう。意外と野生児な事が発覚しためぐみんである。

 この木の実だけでなく、いろいろな森の実りを収穫しためぐみんの様子に、俺たちは覚悟を決めて木の実を口に入れた。

 

「これは……、そ、その……」

「渋いな」

「美味しくないんですけど」

 

 ダクネスがフォローの言葉を探す中、俺とアクアが遠慮なく感想を言うと。

 

「そうですか? まあ、こんなもんですよ」

 

 そんな俺たちの様子も気にせず、めぐみんは平然と木の実を食べていた。

 

「……ねえカズマ、こんなのを平気な顔で食べてるめぐみんが、なんだか不憫でならないんですけど」

「ひょっとして家ではあまり食べられなかったのではないか? そう言えば、年齢の割に発育が……」

「おいやめろ、勝手に深読みしてドツボに嵌まるのはやめろよ? 闇が深い家庭事情でもあったら気軽にロリっ子呼ばわり出来なくなるだろ。こういうのは本人が気にしてないならこっちも気にしすぎないほうがいいんだ。余計なお世話になるかもしれないからな」

 

 めぐみんの家庭環境を心配する俺たちがヒソヒソと話していると。

 

「なんですか? 三人とも食べないんですか? その……、もしかして口に合いませんでしたか?」

 

 食べるのをやめためぐみんが、少しだけ気まずそうにそんな事を……。

 まるで自分が食べていたものが他人に受け入れない事を気にするような、そんな……。

 

「じゃあみんなの分も私が貰いますね」

 

 あっ、違う! コイツ、単に食い意地が張ってるだけだ!

 

「食うよ! 俺の分は俺のもんだ!」

「わ、私も食べるぞ。明日以降の事を考えれば、体力を付けておかねば」

「わーっ! めぐみんが私の分食べちゃったんですけど!」

 

 

 

 ――腹が減ったと泣くアクアを強引に寝かしつけ。

 俺はひとり、焚き火に当たりながら敵感知スキルで周囲の反応を窺っていた。

 今夜は交代で眠る事になっているが、夜更かしを得意とする俺はみんなよりも長めに夜番を務める事になっている。

 ひとりでボーっと焚き火を見つめていると、なんだか落ち着いた気分になってくる。

 いきなりの遭難でビビったが、森では秋の実りがたくさん採れたし、少し肌寒いが冒険者用のマントに包まれば夜も過ごしやすい。

 ……このところ借金を返すために働き通しだったし、人間たまにはこういうゆっくりとした時間が必要ってもんだ。

 と、俺が焚き火に癒されていると、すぐ近くで物音がした。

 慌てて片手剣を構え振り返ると、そこには。

 

「……お、驚かせたか? すまない、声を掛ければ良かったな」

 

 俺の過敏な反応に、逆に驚いた様子のダクネスが立っていた。

 

「べべべ、別に驚いてねーし! 全然ビビってないからな、勘違いするなよな」

「分かった分かった。だが初めての野営で、初めての見張りだろう? むしろ物音に過敏に反応するくらいのほうが……、……わ、分かった。お前はビビっていない。分かったから、もう言わないからその目はやめろ」

 

 俺が恨みがましい目を向けると、宥めるような口調だったダクネスが本気で嫌そうな顔をする。

 そんなダクネスは俺の隣に腰を下ろすと。

 

「……思ったよりもいつも通りだな?」

 

 こちらを窺うようにそんな事を……。

 …………?

 

「急にそんな事言われても。いつも通りって、何が?」

「いや、予定外の遭難に、初めての野営にと、いくらお前でも参っているのではないかと思ってな。年長者として、冒険者の先達として何かフォローでも出来ればと思ったんだが……、必要なかったな」

 

 ダクネスはそんな事を言って苦笑する。

 

「いや、先達って言っても、冒険者歴は俺と大して変わらないって聞いたぞ。そっちだって野営なんて初めてなんじゃないか?」

「ああ。アドバイスと言っても、特に思いつかなくて困っていた。というか、こういった冒険者っぽい体験には子供の頃から憧れていてな。こんな状況で不謹慎かもしれないが、正直少しワクワクしている」

 

 それはちょっと分かる。

 

「俺も焚き火を見ながらボーっとしてるとなんだか安心するんだよな。このところ働いてばかりだったから、たまにはゆっくり休めっていう神様の采配かもしれん」

「フフ、エリス様ならそのようなお優しい心遣いをしてくださるかもしれないな。それだけ呑気な事が言えるなら本当に大丈夫そうだ。お前には私たちのリーダーとして、何かと苦労を背負わせているからな。今回の事でも、変に気負っていないかと少しだけ心配していたんだ」

「今になって心配するくらいなら、お前らは普段からもっと俺に気を遣えよな」

「わ、私はあの二人ほど迷惑を掛けていないと思うのだが……。それに、これでも私なりにいろいろと……。…………ま、まあ、なんだ。お前はよくやっている。それを伝えたかった。……こんな機会でもないと言えそうにないからな」

 

 揺らめく炎に照らされたダクネスの横顔は、なんだか妙に綺麗に見えて。

 ……優しい言葉に少しだけ泣きそうになる。

 

「ま、まあ、ほら、冒険者って助け合いみたいなとこあるし、俺だって戦闘じゃお前らに助けられてるからな。みんなが出来る事をやってればいいんじゃないか」

「ああ、さすがに今は非常事態だ。私も出来る限りの事はしよう。なんでも言ってくれ」

 

 ……!?

 

「お前今なんでもって」

「バ……ッ!? こ、こんな時に何を考えているんだ! なんでもと言っても、森を抜けるために必要な事だけに決まっているだろう!」

「…………、じゃあ攻撃系のスキルを」

「それは断る」

 

 

 *****

 

 

 鬱蒼とした森の中。

 ダクネスの後ろについて歩きながら、生い茂る下草を片手剣で切り払う。

 ……この剣、すでにモンスターよりも植物を切る回数のほうが多くないか?

 人の手が入らない森は、道らしい道もなく下草が生い茂り、藪を漕ぎながらでなければ前に進む事もままならない。

 先頭を歩くダクネスは、俺よりも大変なはずで……。

 

「うっ……、くっ……。やはりモンスターの攻撃と比べると威力が物足りないが……。し、しかし……、疲労と空腹に耐えながら自然の脅威に虐げられる……。これはこれで悪くないな」

 

 ……こんな時でもブレないなあ、コイツは。

 

「おいダクネス、今俺たちけっこうピンチなんだぞ。変態も時と場合を選べよ」

「くう……! この上罵倒が加わるだと!? カ、カズマこそ、けっこうピンチだというのに一体私をどうするつもりだ!」

「どうもしねーよ」

 

 森に入った俺たちは、ただ前に進むだけでも手こずっていた。

 正直、森を舐めてた。

 藪漕ぎに思った以上に体力を取られるし、薄暗い森の中を警戒しながら歩くのは精神的にもキツい。

 それに、目印になるものがないせいで方角が分からなくなってくる。

 すでに真っ直ぐ進めているのかどうかすら怪しいくらいだ。

 周囲を見回しまっすぐ進めているか確認する俺に、後ろを歩いているアクアが。

 

「カズマさーん! ねえ、カズマさーん! 足痛いんですけどー、疲れたんですけどー! これはあれね、カズマが私をおんぶしてくれてもいいんじゃないかしら。この世界の常識を知らない、あんぽんたんなカズマには分からないかもしれないけど、私をおんぶできるのってとっても光栄な事なのよ? この世界に住む一千万人のアクシズ教徒なら誰でも泣いて喜ぶんだからね? 逆に私をおんぶ出来る事に感謝してくれてもいいくらいだわ」

「舐めんな」

 

 大体お前、俺よりも体力のステータスは高いだろうが。

 それなのになぜさっきから頻繁に木の根っこに引っ掛かっているのかは分からないが。

 

「いいのかしら、私にそんな態度を取っちゃっていいのかしら? ねえカズマ、サバイバルで一番大事なものって分かる? そう、水よ。人間は水がないと死んじゃうんだから、水が一番大事なの。水と言えばアクシズ教団。そして私はアクシズ教のアークプリースト! つまりこのサバイバル生活で一番大事なのは私って事よ! 分かったらもっと私を大事にして! 敬って! 歩き疲れたからおんぶして!」

「『クリエイト・ウォーター』。……水なら俺にも出せるけどな」

 

 俺が魔法でチョロチョロと水を出すと、それを見たアクアはフッと鼻で笑い。

 

「プークスクス! カズマさんってばそんなちょっぴりの水でドヤ顔ですか? マジですか? 私相手にそんなん見せて恥ずかしくないんですかー? この水の女神アクア様の奇跡をそんなへなちょこ魔法と一緒にしないでちょうだい。私に掛かればもっと大量の、それこそ洪水くらいの規模の水が出せるんだからね。あなたとは違うんです。ほら、分かったらさっさとおんぶしなさいな」

 

 お前ベルディアの一件で懲りてないのかよと俺が言うよりも早く、前を行くダクネスが振り返り。

 

「ア、アクア、良ければ私が背負ってやっても……」

「ダクネスは一番前で木の枝とかを切ってもらわないといけないでしょう? 一番頑張っているんだから、これ以上苦労を掛けるわけには行かないわ。カズマはダクネスの後ろにひっついてるだけで全然働いてないんだから、私をおんぶしないとニートになってしまうじゃない。ほらカズマ、私をおんぶしてニートを脱却したくない? お願いするならおんぶさせてあげてもいいわよ」

 

 この女!

 

「俺だって敵感知スキルで索敵やってんだよ! めぐみんは食べられる物を探してくれてるし、一番働いてないのはお前だろこのバカ! 大体お前、水だけでどうするんだよ? オラ、『ティンダー』! サバイバルで二番目に大事なものは火だそうだが知ってたか? 水だけあったって、温める事も料理も出来ないし、焚き火に火も点けられないんだぞ? 冷たい水だけでどうするつもりだアクア様? お前はずっと水だけ飲んで生きていくのかアクア様? 服が濡れても乾かしてやんねーからなアクア様?」

「ね、ねえ待って? 確かに私も少しだけ言い過ぎたかもしれないわ。ええ、ほんの少しだけね。でもほら、私たちってパーティーじゃない? 仲間じゃない? 役割分担ってものがあると思うの。私は水を出す、カズマは私をおんぶする、これでみんな幸せじゃないかしら」

 

 バカな事を言いだしたアクアが、バカみたいな悪あがきをし始めた、そんな時。

 首の後ろがピリッとした。

 

「ああ分かったよ。おんぶでもなんでもしてやるよ。その代わり、俺はお前に対しては他の事は何もしないからな? お前は水だけ出しといてくれ。役割分担ってやつだ」

「……! 任せなさいな! 水を出す事に掛けてはこの私の右に出る者は……」

 

 俺はドヤ顔でなんか言ってるアクアを遮って。

 

「そんな事より、敵感知スキルに反応があった。多分モンスターだ、あっちのほうからけっこうな勢いで近づいてきてる。でもアクア様は水が出せるから大丈夫ですよね?」

「えっ」

「よし、二人とも潜伏スキルでやり過ごすぞ。でもアクア様は水が出せるから大丈夫ですよね?」

「えっ……?」

 

 微妙そうな顔で俺の体に触れる二人とともに、俺はその辺の茂みに身を隠し潜伏スキルを使った。

 

「待って! ねえ待って! 水が出せてもモンスター相手じゃどうしようもないんですけど……!」

 

 泣きながらこっちに近寄ろうとしたアクアが、木の根っこに足を引っかけて転んだ。

 その間にもモンスターの反応は近づいてきて……!

 

「……あれはブラッディモモンガですね。獲物に尿を引っかけてマーキングするモンスターです。それを浴びると、一週間は強烈な臭いが取れないそうです」

「わあああああー! おしっこ引っかけられたんですけど!」

 

 

 

 アクアが襲われそうになったところでダクネスが飛びだし。

 俺がモモンガの尿を適当な布で受け止めそれを遠くに投げると、モモンガたちはその布の臭いを追いかけ去っていった。

 

「ひっく、ひっく……! うえぇ……」

「すいませんアクア。その……、臭いがすごいので近づかないでください」

「わあー! あああああー!」

 

 泣きながらめぐみんに近寄ろうとしたアクアが、拒否られてさらに泣いている。

 モモンガが戻ってこないか警戒していたダクネスが大剣を鞘に納めると、泣いているアクアを見ながら俺に。

 

「お、お前という奴は。……本当に容赦がないな、そういうのは私にだけやってほしいのだが」

「お前変態なのもいい加減にしろよ」

「ち、ちが……! 今のは、私が盾になるから他の者たちを守らせてほしいという意味で……!」

 

 ダクネスの言い訳を聞き流していると、アクアが泣きながら寄ってくる。

 

「カズマさーん、カズマさーん。服と体を洗いたいんですけど……。そ、その……、水だと冷たいから…………、……ティンダーください」

「アクア様は水が出せるから大丈夫ですよね?」

「…………ねえカズマ。さっき他の事は何もしない代わりにおんぶしてくれるって言ってたわよね? 水ならいくらでも出してあげるから、約束通りおんぶしてほしいんですけど」

「いや、お前さっきモモンガのおしっこを……、臭! お前、めちゃくちゃ臭いぞ! おいそれ以上近づくな! よし分かった、ティンダーだな! 俺たち仲間だもんな!」

 

 

 *****

 

 

「なんなんですか! なんなんですかもう! どこまでもどこまでも森! 植物の分際でそんなに繁茂したいですか! いいですよ、分かりました! そっちがその気ならこっちも本気で応えてやろうじゃないか! 我が力見せてくれる!」

「おいバカやめろ! 植物相手に本気を見せてどうすんだ! ……あっ、こいつ! 暴れんな! どうして後衛職のくせにそんなに力が強いんだよ!」

 

 唐突に両目を赤く輝かせ爆裂魔法の詠唱を始めためぐみんの口を、俺は慌てて塞いだ。

 めぐみんはしばらくムームー言って暴れていたが。

 

「……ハァ、ハァ。…………お、落ち着いたか? お前そんなんだからギルドで頭のおかしい子呼ばわりされるんだぞ」

「ハァ……、ハァ……。す、すいません、落ち着きました。ところでそれは誰が言っていたんですか? 私を頭のおかしい子呼ばわりするというなら、どれだけ頭がおかしいのか思い知らせてやろうじゃないか」

「誰彼構わず喧嘩を売ろうとするのはやめろよ。ていうか目が赤いんだよ。お前、本当に落ち着いてるか? 手を離したらいきなり爆裂魔法を撃ったりしないよな?」

「しないので安心してください。このところ日課をこなせていないせいで禁断症状が出ただけですよ」

「全然大丈夫に聞こえない件について」

 

 俺が恐る恐るめぐみんから手を離すと、めぐみんは地面に落ちた帽子を拾い頭に被る。

 ――この生活が始まってから今まで、めぐみんは一度も爆裂魔法を撃っていない。

 撃ったら最後、すべての魔力を失って行動不能になり、さらには周囲のモンスターを呼び寄せてしまう爆裂魔法は、常に危険と隣り合わせのサバイバル生活では使いどころがない。

 こんな状況に陥ってしまった責任を感じているのか、いつもなら断固として爆裂魔法を使うめぐみんも大人しくしている。

 そのせいでイライラしているらしく、たまにこうやって暴走するわけだが。

 

「何度もすいません。私としても、常に冷静沈着なアークウィザードとして、パーティーの賢者枠として振る舞おうとしているのですが、こればっかりは自分でも止められず……」

「お、おう。そうか。誰よりも喧嘩っ早いお前にそんな役割は期待してないから気にしなくていいぞ」

 

 

 

 ――遭難して数日が経った。

 相変わらず俺たちは森の中をウロウロしている。

 食べる物には困らないが、モンスターを警戒し続け、潜伏スキルでやり過ごす生活は、めぐみんだけでなくダクネスにとってもストレスが溜まるらしく……。

 

「い、一撃熊! 見ろカズマ! 子連れの一撃熊だ! コボルトを狩ってる!」

 

 みんなと一緒に茂みに隠れながら、ダクネスが興奮気味に声を上げる。

 

「おい落ち着けよ。潜伏スキルを使ってるけど、騒いだら見つかるかもしれないだろ。あんなのに見つかったら俺たち一撃だぞ」

「……私は常々挑戦したいと思っていた事がある。それは私の硬さと一撃熊の一撃、戦ったらどちらが勝つかという事だ。アクセルの周りで一撃熊に出会えるとは私は運が良い。ちょっと行ってくる」

「行くなバカ! 今はめぐみんの爆裂魔法が使えないから、攻撃手段がないんだぞ? モンスターに見つかったらその時点でおしまいなんだよ!」

「い、いやしかし、私の長年の夢が……」

 

 俺がダクネスを羽交い絞めにして止めていると。

 

「一撃熊の親子ですか。きっと冬眠するために餌を探しているんですね」

「お母さん熊は怖いけど、子熊はちょっと可愛いわね」

 

 そんな呑気な感想を言い合う二人の視線の先で、一撃熊の子供が立ちあがると腕のひと振りでコボルトの頭をクシャッてした。

 

「……やっぱりあんまり可愛くないかもしれないわね」

 

 バキバキと音を立ててコボルトの骨を噛み砕く子熊の様子に、アクアが肩を震わせる。

 そのまま息をひそめていると、やがて一撃熊の親子はどこかへと去っていって。

 

「ああ……、行ってしまう……。私の夢が……。し、しかし、卑劣な男に羽交い絞めにされ、長年の望みを叶えられないこの状況は……! ……これはこれで悪くないと思う私はもうダメなのだろうか?」

「お前は出会った時からダメだったけど、……今俺の事を卑劣な男って言ったか?」

「言ってない」

 

 

 

 苦労させられているのは主に仲間のせいではないかという気もするが……。

 そんなこんなしていると、やがて木々の向こうが明るくなってきた。

 

「おっ。ようやく森を抜けられそうだな」

 

 俺の言葉に三人は。

 

「そうだな……。……ハァ、…………一撃熊……」

「森の外に出れば、アクセルの周りならそれほど危険なモンスターもいませんし、景気づけに爆裂魔法を撃ってもいいですか?」

「ねえめぐみん、私ってまだ臭い? 自分ではもう分かんないんですけど」

 

 ……コイツら。

 遭難生活が終わりそうだという感動を、どうして分かち合えないんだろうか。

 

「ダクネスはいつまでも落ちこんでないでさっさと前に進んでくれ。めぐみんはそんなバカな理由で爆裂魔法を撃つなら、集まってきたモンスターに餌として提供してやるからな。よし、じゃあ行くか」

「ねえカズマ、私は? どうして私には何も言ってくれないの?」

「…………」

「どうしてみんな、私が近寄ろうとすると逃げるの? 仲間外れにしないでほしいんですけど!」

 

 まだ少し臭うアクアが寄ってきたので、俺は足を速め。

 やがて木の陰から久しぶりに足を踏みだすと、そこは――。

 

「……な、なあカズマ。ここは……」

「ええと、……この爆裂痕は見覚えがありますね」

「言うなよ、そんなわけないだろ。爆裂痕てなんだよ」

 

 俺が現実からも目の前の景色からも目を背けていると、

 

「ここって私たちが落ちてきたところじゃない?」

 

 誰もが認めたくなかった事実を、アクアがキッパリと口にした。

 そう。

 そこはめぐみんの爆裂魔法で崩れた、あの崖崩れの現場。

 めぐみんの言うように爆裂魔法の痕跡があるかどうかなんて俺には見分けがつかないが、さすがに近くで二か所も崖崩れが起こったとは考えにくいわけで。

 

「なんだよ、じゃあ俺たち何日も掛けて同じところをぐるぐる回ってたのかよ!」

 

 体力も気力も尽きた俺は、そこら辺の倒木に腰を下ろす。

 ああクソ、サバイバル生活でずっと気を張っていたせいか、一気に疲れが……。

 

「カ、カズマ。気持ちは分かるがこんなところで座っていてもなんにもならないだろう」

「そーだな。いや、そうなんだけどさ」

 

 なんかもう、何もかもがどうでもいいやーという感じで、二度と立ちあがりたくない。

 これが燃え尽き症候群ってやつか?

 

「き、今日のところは、カズマは休んでいてください! その……、このところ水魔法に敵感知スキル、潜伏スキルと、ずっと活躍していましたからね! お疲れなカズマのために私が腕に撚りを掛けて料理しますよ! 他に何かしてほしい事はありませんか?」

 

 ダクネスとめぐみんが口々に言ってくるが、全然心に響かなかった。

 いや……。

 ひとつだけ、めぐみんにしてほしい事と言えば。

 

「よし、めぐみん。あの崖を爆裂魔法でぶっ壊せ。上手く行けば、土砂がイイ感じに坂道みたいになって、登れるようになるかもしれん」

「待ってください! 爆裂魔法にはイイ感じに坂道を作るとか、そんな細かい制御は利きませんよ! ただ目の前のすべてを破壊するだけです。正直、どのくらいの規模の破壊が巻き起こるのかは私自身にも正確に予測する事は難しいのです。最悪私たちは生き埋めになりますよ。何か他の方法を考えたほうがいいと思います」

「そうは言っても、この何日かで俺に出来る事は全部やったんだよ」

 

 俺は頑張った。

 中途半端なスキルを使いこなし、人生でこんなに頑張った事はないというくらいに頑張ったと思う。

 ある意味ではベルディア戦よりも頑張ったんじゃないか?

 その結果がコレだ。

 日本ではヒキニートだった俺が、異世界で冒険者になったとはいえサバイバル生活で出来る事なんて……。

 …………。

 

「…………そういや、俺って幸運のステータスだけは高いんだっけ」

 

 ふと思いついた俺は、その辺に落ちていたイイ感じの棒を手に取った。

 

 

 

「ねえ待って? それはさすがにヤバいと思うの。私でもダメなやつだって分かるわ」

「休みましょう。とにかく今日は休みましょう。一旦休んで、明日になってから冷静に考えたら何か思いつくかもしれません」

「分かった、私たちが悪かった。お前ひとりに負担を掛け過ぎたんだ。今はもう何も考えずに休んでくれ」

「うるせー! もう充分に考えたし出来る事は全部やったよ! その結果がコレなんだよ! だからもう運任せするしかないだろうが!」

 

 口々に翻意させようとする三人に、俺は声を上げた。

 そんな俺の足元には、適当に投げたイイ感じの棒が、とある方向を指し示し転がっている。

 俺がやったのは、棒を投げて倒れた方向に進むという運試し的なやつだ。

 普通はこんなもんに自分たちの命運を賭けたりはしない。

 だが、俺たちはどうだ? 目的地の方向も分からず、森の中に入ったらまっすぐ進めているのかも怪しく、数日ウロウロした挙句にスタート地点に戻ってきた。

 なんていうか、自力ではもうどうしようもないんじゃないかなって気がする。

 

「逆に訊くが、あっちに行かないほうがいいと思う理由が何かあるのか? 崖崩れの時に落ちた方向からしてアクセルはあっちじゃないかとか、森の植物の生え方からするとこのルートはやめたほうがいいとか、そういう知識や経験に基づいた方針があるなら俺だって教えてほしいよ。でも俺たちそういうサバイバル知識なんか誰も持ってないし、もう運任せに動くしかないと思う。反論があるなら聞くが」

 

 俺の言葉に、三人はお互いの顔色を窺うも、誰も何も言わない。

 

「よし、行くぞ! ダクネス、前頼む!」

「あ、ああ、分かった。それは分かったが……」

 

 こいつマジかよという顔をしたダクネスが、首を傾げながら森に分け入っていった。

 

 

 *****

 

 

 ――さらに数日が経った。

 

「エクスプロージョン!」

 

 森の中を歩いていると、唐突にめぐみんが魔法を唱えたので全員ギョッとなってめぐみんを見た。

 

「……ッ!? ……、…………? 何も起こらないな」

 

 周囲を見回しポツリと呟くダクネスに、変なポーズを解いためぐみんが。

 

「ダクネスは何を言っているんですか? 魔力を込めていないのだから当たり前でしょう。私だって、このサバイバル生活中に爆裂魔法を使えばみんなの迷惑になる事くらい分かっていますよ。ですが、爆裂魔法使いたる私は日々を鍛錬に費やさなければならない身。もう何日も日課をこなせていないのですから、素振りくらいは許してほしいです」

「素振り」

「エクスプロージョン! どうですか、この詠唱のキレ! いえ、この発音ならこっちのポーズのほうが……」

「紛らわしい事してんじゃねえ!」

 

 俺はバカな事を言いだしためぐみんの眼帯を引っ張った。

 

「あっ、あっ、目がーっ!」

 

 

 

 佐藤和真ですがパーティーの空気がヤバいです。

 特にめぐみんがヤバい。

 たまに無意識に魔力を集め、周りの空気をパリパリ言わせている事すらある。

 それ、爆裂魔法の前兆のやつじゃん。

 普段からバカみたいに爆裂爆裂と騒ぎ、爆裂散歩なんてものを日課にしている奴が、もう何日も爆裂魔法を使っていないのだから仕方ないのかもしれないが。

 

「お前、今度爆裂魔法を使おうとしたら容赦なくスティール使うからな?」

「ですから、今のはただの素振りで……。というか、甘く見ないでくださいよ。我が爆裂道がパンツ脱がされたくらいで揺らぐとでも?」

「本当か? よく考えろよ? こんな見通しの悪い森の中で爆裂魔法を使ったら、爆風でお前自身も吹っ飛ぶ事になるよな。そうなったら服の下は丸見えになるけどいいのか? 嫁入り前の娘さんが見られちゃいけないもんまで見えちまうんじゃないか?」

 

 俺が突きだした手をワキワキさせると、めぐみんが戦いた。

 

「最低です! あなたは最低ですよ! そんな最低の脅しは初めて受けました!」

「こっちこそ爆裂魔法を使えないから素振りしますなんて奴は初めて見たよ! 何が爆裂道だバカにしやがって! 一発撃っただけで魔力切れになるネタ魔法極めてどうするってんだ! お前ここ数日、魔法使いとしてはアクアよりも役に立ってないからな! でも食料調達にはめちゃくちゃ役に立ってるよ! ありがとな! もう爆裂道じゃなくてレンジャー道でも極めたらどうだ!」

「言いましたね! 言ってはならない事を言いましたね! カズマだけは私の爆裂魔法を少しは認めてくれていると思っていたのに! いいでしょう、そこに直るがいい! 我が爆裂魔法でその世迷言とともに吹き飛ばしてくれます!」

「やってみろ! やれるもんならやってみろ! 俺は木っ端微塵に吹っ飛ぶかもしれないが、その後お前もモンスターの餌になるって分かってんのか? それでもいいならやってみろ!」

「紅魔族は売られた喧嘩は必ず買うのが掟なのです! 死なば諸共! 上等ですよ! 私が爆裂道のために華々しく散った事はダクネスが後世まで伝えてくれるでしょう!」

「ええっ! 私か?」

 

 俺たちのやりとりをオロオロしながら見ていたダクネスが声を上げる。

 

「ま、まあ、私ならばめぐみんの爆裂魔法でも余波くらいでは死にはしないだろうし、どれだけモンスターが襲ってきても生き延びられるだろうが……」

「違いますよ! 自分の硬さを褒められたと照れている場合じゃないでしょう! この生活で心が荒んでイライラしているせいで、お互いに越えちゃいけないラインを越えそうなんですよ。さすがにこれ以上はマズいので止めてください」

「あっ、そ、そうか。めぐみんも一応は考えていたんだな……。さすがは知能の高い紅魔族なだけはある。おい、アクア! お前からも二人になんとか言ってやってくれ!」

 

 めぐみんとヒソヒソ話していたダクネスが、アクアに助けを求める。

 さっきから静かなアクアは、騒ぐ俺たちではなく明後日の方向を見ていて、

 

「ねえみんな、なんだかあっちから神聖な気配がするんですけど」

 

 その方向から目を逸らさないまま、ポツリとそんな事を言った。

 

 

 

 ――アクアの言う方向に進んでみると、やがて川辺に出た。

 

「お、おお……。そういや、まともな水辺を見つけるのは初めてだな。サバイバルって水場を確保できるかどうかで生存の可能性が変わるっていうけど、俺たちは魔法で水を確保できたから、今さら水場を見つけたところでどうって事ないんじゃないか?」

「……ここの水から女神の気配を感じるんですけど。ていうか、コレって私の気配なんですけど」

 

 アクアが川に手を入れ、パシャパシャやりながら不思議そうに小首を傾げている。

 

「かわいそうに……。まあ、このところのサバイバル生活は、我慢強さには定評のある私でさえキツいものがあったからな。そのせいで、あんな……」

「私は食べ物を集める事でそれなりに役立ってましたけど……、水魔法はカズマも使えるし、アクアはあんまりでしたからね。活躍したがっていたアクアとしては思うところがあったんでしょう。こうなってしまったのも仕方ないと思います」

 

 女神云々をアクアの妄想だと思っている二人が、口々にそんな事を言う。

 まあ、こいつが女神らしくないというのは俺も同意するが。

 

「おい、どういうこった? お前、この辺に来た事あったの?」

 

 俺がアクアに声を掛けると、アクアは思いだそうとしているのか、空中に視線を彷徨わせながらポツポつと。

 

「そんなわけないじゃない。この世界に来てから、街を出る時は大体カズマと一緒だったでしょう? 他には、めぐみんの爆裂散歩に付き合った時くらいだけど、こんなところまでは来てないし……」

 

 と、いう事は……。

 

 …………あれっ?

 

「ちょっと待て。じゃあこの川って、お前が浄化したとこと繋がってるって事じゃないか? ほら、あの檻に入れてお前を浸けた湖だよ! あの湖と繋がってるとしたら、そっちに行ったら街に辿り着くぞ。その気配ってやつの方向は分からないのか?」

 

 俺の言葉にキョトンとしていたアクアは、その意味するところを察するとドヤ顔で笑った。

 

「私を誰だと思ってるの? 水と言えば私なアクア様よ? この私に掛かれば、水に溶けこんだ神聖な気配を追いかけるくらい…………ほうほう? 私のくもりなきまなこで見たところ、気配はあっちのほうから感じるわね」

「でかしたアクア! これで帰れる!」

「……! ほ、本当? 私、役に立った?」

 

 アクアの顔がパーッと明るくなる。

 ……そういやコイツ、自分だけあんまり役に立ってない事を気にしてたな。

 

「おう、立った立った。よし、二人とも行くぞ」

 

 俺がめぐみんとダクネスに呼びかけると。

 

「……マジですか」

「棒を倒した事といい、一番参っているのはこの男なのではないか?」

 

 …………まあ、信じがたいというのは同意するけど。

 

 

 

 数時間後。

 俺たちは森の中を進んでいた。

 相変わらずパーティーの先頭で大剣を振っているのはダクネスだが、そのすぐ後ろで方向を指示しているのはアクアだ。

 俺はその少し後ろで、敵感知スキルを使いながら、めぐみんと食べ物を集めている。

 

「あらっ? なんだかあっちのほうな気がするんですけど」

「ほ、本当か? さっきから同じところをウロウロしていないか? さっきから言っている聖なる気配とはなんなんだ? クルセイダーである私には何も感じられないのだが……」

 

 川の傍は木々が密集していたり小石が転がっていたりして、歩くには少し離れたルートを通る必要がある。

 そのせいで川を見失わないようにと、アクアに案内役を任せていた。

 

「ダクネスったら心配性ね。水なら私の得意分野だし、この聖なる気配は自分のなんだから見失うはずがないじゃない。ここは泥船に乗ったつもりで、私にドーンと任せなさいな!」

「不安しかない」

「なんでよーっ!」

「おいお前らあんまり騒ぐなよ。声や物音に気付かれたら、潜伏スキルでもやり過ごせないかもしれないだろ」

 

 騒がしい二人に俺が後ろから声を掛けると、アクアとダクネスは顔を見合わせ静かになる。

 と、木の実を入れる袋を早くもパンパンに膨らませためぐみんが。

 

「カズマがアクアに任せるなんて珍しいですね。……あんまり疑うのもアクアに悪いですけど、本当に大丈夫なんでしょうか?」

「まあ、水と回復魔法に関する事なら、あいつもけっこう頼りになるからな。こないだもなんだかんだで湖の浄化は出来てただろ」

「言われてみれば。あれだけの規模の湖を半日程度で浄化するなんて、王都の凄腕冒険者でも出来るかどうか……。……というか、カズマがアクアを褒めるなんて珍しいですね」

「俺はいつだって本当の事しか言ってないだけだぞ」

「……それ、アクアに言ったら泣きますよ」

 

 俺とめぐみんがコソッとそんな話をしていると、前を行くダクネスが声を上げた。

 

「森を抜けたぞ!」

 

 ダクネスとアクアが木陰の向こうへと消えていき。

 その後を追って、俺たちも薄暗い森の中から明るい場所へと出ていく。

 ……ようやく。

 ようやく俺たちは、薄暗い森を抜け。

 崖下ではなく草原の端っこへと足を踏みだして。

 

「ねえ待って? ダクネス待って? なんかいるんですけど! いっぱいいるんですけど!」

 

 悲鳴を上げるアクアが指差す先には、モンスターの群れが。

 ……いや違う、数匹のワニみたいなモンスターが、数十匹規模のコボルトの群れと戦っているところだった。

 確かあのワニはブルータルアリゲーターとかいう、汚染された湖に棲んでいたヤツだ。

 二つの群れの激突に巻きこまれた俺たちは……。

 

「ダクネス、戻れ! 今ならまだ、森に戻って潜伏スキルを使えば何とか……」

「『デコイ』ッ! さあ、ワニでもコボルトでも掛かってくるといい! 仲間たちには指一本触れさせん!」

 

 あのバカ!

 

「ダクネス!? 私まだここにいるんですけど! そういうのは私が離れてからやってほしいんですけど!」

 

 アクアが泣いているのはどうでもいいとして。

 このところ潜伏スキルでモンスターをやり過ごし続け、ストレスが溜まっていたのか、ダクネスは俺の指示も聞かずに囮スキルを使った。

 敵対していたはずのモンスターの群れが、まとめてダクネスを狙ってきて。

 

「ああもう! こうなったらしょうがない、ダクネス、そのままモンスターの群れを突っ切って、川に飛びこめ! お前が川に飛びこんだ瞬間、めぐみんが爆裂魔法で全部吹っ飛ばす! 行けるな、めぐみん」

「当然です」

 

 俺がモンスターの群れの向こうに見える川を指差し指示を出すと、俺の隣に立っためぐみんが杖を構えマントを翻す。

 

「突っ切れだと? あの大量のモンスターの群れを、突っ切れだと!? カ、カズマ、まったくお前という男はどこまで私を……! 任された!」

「待って待って! ダクネス、一旦カズマのところに戻らない? 私の事はあっちに置いていってちょうだい!」

「却下だ。アクアは水の中でダクネスのフォローしてくれ!」

 

 すでにモンスターの群れに半分踏みこんでいたアクアは、今さらダクネスの傍を離れる事も出来ず、二人してモンスターの群れを突っ切っていく。

 

「わあああああー! カズマの人でなしー!」

「ふはは! さあ、かかってこい!」

 

 笑ったり泣いたりしている対照的な二人は、やがてモンスターの群れを突っ切ると川の中へと……。

 

「――『エクスプロージョン』!」

 

 二人が川に飛びこんだ直後、数日ぶりの見慣れた爆裂が解き放たれた――!

 

 

 *****

 

 

「あっ! サトウさん! 皆さんも、ご無事で何よりです!」

 

 夕方。

 冒険者ギルドに辿り着いた俺たちは、受付のお姉さんのそんな歓声で出迎えられた。

 酒場で飲んだくれている冒険者たちも、笑みを浮かべたりホッと息をついたりと、俺たちを心配していたっぽい雰囲気が伝わってくる。

 

「日帰りできるクエストのはずなのに、一週間も街に戻らなかったので心配していたんですよ。……えっ、遭難? そうですか、大変でしたね。そんなにボロボロになって……」

 

 受付のお姉さんが、目の端に涙まで浮かべ俺たちの帰還を喜んでくれるが。

 ……ボロボロになったのはついさっきですけどね。

 久しぶりすぎてテンションが振りきれためぐみんの爆裂魔法によって、俺とめぐみんは吹き飛ばされ土まみれになった。

 川に落ちた二人も、川から上がる時に土まみれになって全身が汚れている。

 

「い、いやまあ、……それほどでもありましたね」

「本当に、無事で何よりです。サトウさんのパーティーはあのベルディアを討伐したとして名高いのですが、アクセルで最も全滅しそうなパーティーとしてもよく話題に上るので……」

「あの、最も全滅しそうなパーティーってどういう事ですかね?」

「…………、クエストの報告でしたね? その事なんですが、……ええと、ゴブリン討伐の期限は一週間ですので、その……。期限切れでクエスト失敗という扱いになっていまして」

「そんな事より最も全滅しそうなパーティーってとこを詳しく……えっ? 失敗? いや、待ってくれ、討伐自体は一週間前にもう終わってたんですよ。ただ今まで報告が出来なかっただけで……。ええと、め、めぐみん! 冒険者カードを! 討伐記録にゴブリンが載ってるはずだ!」

「どうぞ、ゴブリンは私が爆裂魔法で倒しました」

「いえ、そういう事ではなくてですね……? 討伐クエストの期限は報告するまでという……、…………あの、このブルータルアリゲーターというのは、どこで討伐を?」

 

 めぐみんが差しだした冒険者カードを見たお姉さんが、どこか鋭い口調で質問してくる。

 

「それは遭難の最後のほうですね。アクアのお陰で帰り道が分かったっぽかったので、もう大丈夫だろうとすべての魔力を解き放ちました。場所で言うと、多分この辺りかと」

「ここは……、この川はアクセルの水源のひとつである湖に流れこんでいる川ですね」

「ええと、そ、そうですね。その川だと思います」

 

 なんだろうと思いつつ地図で確認した俺もうなずくと。

 

「……ブルータルアリゲーターは、毒素などで汚染された水域を好み、浄化されるとそこから離れるという性質があるのですが……。倒すと毒素を出します」

 

 …………。

 

「この川は湖の上流なわけで、ここでブルータルアリゲーターを倒したとなると、この街の水源が汚染された可能性がありまして。……その場合、その、……言いにくいんですけどまた罰金が」

「待ってください! ちょっと待ってくださいよ! 俺たち今まで遭難生活してたんですよ? それで、ゴブリン討伐の報酬も出ないのに、水源が汚染されたから罰金? 無理ですって、死にますって」

「そ、そう言われましても。規則でして……、……ええと、少しお待ちいただけますか? ゴブリン討伐の報酬だけでも出せないか、上に相談を……」

 

 慌てた様子でお姉さんがカウンターの奥へと引っこむと。

 やりとりを見ていた冒険者たちが、ニヤニヤしながら集まってきた。

 

「おう、カズマ。またクエスト失敗か?」

「ぶはははは! ベルディア討伐で一番活躍したくせに、一番全滅しそうってどういうこった? お前ら見てると飽きないなあ。いやあ、まったく。生き残って良かったな!」

「うるせー! 何が一番全滅しそうだバカにしやがって! 俺だってそう思うよ! 誰か代わってくれよ!」

 

 ゲラゲラ笑う酔っ払いたちに俺がツッコんでいると。

 

「まあそうカッカすんな。一週間も遭難してたって? 生きてただけ良かったじゃねーか。金もないんだろ? 生還祝いに今日くらいは奢ってやるよ。おーい、こっちにカエルの唐揚げ定食四つくれ!」

「ネロイドのシュワシュワもだ! 一番いいとこを持ってきてくれ! ベルディア戦ではお前らに助けられたからな、いつか借りを返したいと思ってたんだ」

 

 冒険者たちは照れ臭そうに笑いながら、そんな事を……。

 

「お、お前ら……」

「サトウさん! 許可取れましたよ! 遭難生活から生還した事から将来性を見越して、ゴブリン討伐の報酬に関しては便宜を図ります。でも、今回だけですからね? それと、ブルータルアリゲーターの毒素ですが、……後日調査をしてからでないと断言はできないのですが、アクアさんが浄化してくれたお陰で湖はとても清浄な状態になっているので、おそらく影響はないのではないかと……」

「マジですか。ありがとうございます。ありがとうございます……!」

 

 どうしよう。

 ちょっとうるっと来た。

 この世界に来てから、バイト先で畑からサンマを採ってこいと意味の分からない事を言われたり、チート転生者に理不尽な言いがかりを付けられたりと、人間関係ではあんまりいい事なかった気がする俺だが。

 チートとかハーレムとか、今さらそんな高望みはしない。

 こういうのでいいんだよ。

 

「おいみんな、生還祝いだ! 俺からも一杯奢らせてくれ!」

 

 感極まった俺が、絶対に後からやめときゃ良かったと思うような提案をして――!

 

 

 

 翌朝。

 目覚めた俺が見たのは、酒場の惨状だった。

 

「……なんでお前らはちょっといい話で終わらせてくれないんだ?」

 

 久しぶりに街に戻った俺たちは、深夜まで宴会してそのまま寝落ちしたのだが……。

 まず、テーブルがない。

 テーブルがあったはずの場所には不自然な空間があり、今はそこにボロボロになった冒険者たちが倒れている。

 俺の言葉にビクッと肩を震わせたアクアが。

 

「は、話を聞いてちょうだい」

「聞きたくないなあ……」

「聞いて! 違うの! 私は悪くないわ! だって、アクシズ教の女神として、宴会が盛りあがったら芸のひとつも見せずにはいられないでしょう? このテーブルは私の芸で消しちゃったわ。でもそれは仕方なかったの。カズマなら分かってくれるわよね?」

 

 …………。

 まあ、どうせそんな事だろうと思っていたので、コイツはいい。

 

「その後ろの人たちは?」

 

 室内でマントをバサッと翻すめぐみんが、倒れた冒険者たちを背景にドヤ顔していた。

 

「なんですか? 私は売られた喧嘩を買っただけですよ。遭難中の話をしたら、爆裂魔法をやっぱりネタ魔法じゃないかと言ってからかってきたので、我が破壊の力を思い知らせてやりました。あのアンデッドの群れを吹っ飛ばした私は、今や高レベル冒険者ですからね。この街の駆けだし冒険者くらいは素手で充分です」

「お、お前……。後衛職のくせにどうしてそう喧嘩っ早いんだよ? 遭難中に少しくらい忍耐力がついたんじゃないのかよ」

 

 そして……。

 

「で、このタルが壊れてるのは……」

 

 俺の言葉に、今度はダクネスが肩をビクッと震わせる。

 

「き、聞いてくれ。これはセドルの奴が、また腕相撲勝負を挑んできて……。あいつは負けそうになると、その服の下は筋肉でカチコチなんだろ、違うって言うなら脱いでみろよなどと煽ってきて、つい……」

「つい土台のタルごと壊したってか。お前どんだけ怪力なんだよ。その服の下は筋肉でカチコチなんだろ」

「す、すいません。筋肉でカチコチですいません……!」

 

 ダクネスが両手で顔を覆って静かになった。

 と、仲間たち相手に俺がネチネチ説教していると、いつの間にか俺たちのもとへとやってきた受付のお姉さんが。

 

「サトウさん? ある意味ではサトウさんが一番問題ですからね」

「……問題ってなんですか? 俺は何も悪い事はしてないし、誰にも迷惑は掛けてないですけど」

「では、そこで泣いている人たちはどうしたんですか?」

 

 お姉さんが指さした先には、身ぐるみ剥がれて泣いている冒険者たちの姿が。

 

「どうって、賭けに勝ったから身ぐるみ剥いだだけですけど」

 

 厳しい遭難生活を運ゲーで乗り切り、もう何もかも運任せにしたらいいんじゃないかという結論に達した俺は、宴会の余興としてちょっとした賭け事を始めた。

 最初は小遣い程度だった金額が、少しずつ大きくなっていき……。

 それでもどうせ泡銭だからと倍プッシュし続けたところ、どういうわけか一度も負ける事なく金はどんどん増えていった。

 結果として、俺のテーブルには金貨袋が積まれ、冒険者たちは衣服さえ失ったわけだが。

 

「だから俺言ったじゃん。幸運のステータスが仕事するようになったみたいだから、大金賭けるのはやめとけって言ったじゃん。こっちの言葉も聞かず、いつまでも勝てるはずがない、いつかは負けるはずだ、それは今かもしれない、なんて言ってバカみたいな金額賭けるからそうなったんだろ? 双方合意の賭けだったんだから文句を言われる筋合いはないと思う」

 

 俺の言葉に、受付のお姉さんはどこか引き攣った笑顔で。

 

「……なんていうか、お帰りなさい。サトウさん」

「いや、待ってくださいよお姉さん! 俺をそいつらと一緒くたにして厄介者扱いするのはやめてくれ!」

 

 

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