冬。
この世界での冬は、街の外を高レベルモンスターが闊歩する厳しい季節だ。
罪のない女子高生を救った事で命を落とし、異世界へと転生してきた俺は。
そこで人々が恐れる魔王軍の幹部であるベルディア、大物賞金首の機動要塞デストロイヤーの討伐に貢献し。
さらには大悪魔バニルまでも撃退して。
今は手に入れた屋敷と大金で、悠々自適に暮らしている。
そんな、冬のある夜の事。
夕飯を終えた俺は、カレンダーを見てふと気づいてしまった。
「……ん? あれっ? 今日ってひょっとして、クリスマスイヴってやつじゃないか?」
日本ではこの時期になると、テレビもネットもクリスマス一色になり、街を歩いていても飾りつけやらセールやらで、恋人のいなかった俺は四六時中煽られているような気分になったもんだった。
こっちでは誰も話題にしないからちっとも気付かなかった。
周りが騒いでいると鬱陶しく思ったが、何もないとなんとなく寂しい気がしてくる。
「今年のクリスマスは中止になりました」
と、俺の言葉を聞いたアクアが、モテないオタクの妄言みたいな事を言いだした。
「いや、お前は何を言ってんの? 中止も何も、こっちじゃクリスマスなんてやってないだろ。誰も何も言わないし、俺も今まで気付かなかったくらいだ」
「そんな事はどうでもいいの。あんた、クリスマスがどういうお祭りか知らないの? 知らないおっさんの誕生日を祝う日よ」
「おいやめろ、知らないおっさん扱いはやめろよ。あっちはアクシズ教なんかとは比較にならないくらいのデカい宗教だからな?」
「知らないおっさんの誕生日を祝うくらいなら、私の誕生日を祝ってよ!」
「えっ、お前今日誕生日なの?」
女神に誕生日とかあるのか?
「違うけど」
違うのかよ。
「どこの誰とも知らないおっさんを祝うよりも、すぐ傍にいる私を祝っといたほうがご利益があると思わない? もっと私を崇めてよ! 褒めて褒めて、甘やかしてよ!」
「……正直、お前よりも知らないおっさんのほうがご利益がありそうなんだよな」
「ちょっとあんたふざけんじゃないわよ! あんまりバカな事を言っていると、処される時に天気が悪くなる呪いを掛けてやるからね!」
「処される時点でもういろいろアウトだろ。そうなったら天気なんかどうでもいいよ」
俺がアクアをあしらっていると、姿勢良く紅茶を飲んでいたダクネスが。
「……そのくりすますいぶというのはなんなんだ?」
転生してきた日本人のせいで、冬将軍なんてバカなものが存在するこの世界だが、クリスマスは知られていないらしい。
「何って言われても。……クリスマスイヴってのは、クリスマスの前の日って意味だな」
「そうなのか。では明日がくりすますという事か。それで、くりすますとはなんなんだ?」
……クリスマス、か。
改めて訊かれると正直よく分からないが。
「まあ、アクアが言うように知らないおっさんの誕生日を祝う日だな」
「……まったく意味が分からないのだが。なぜ知らないおっさんの誕生日を祝わねばならない? その人物は何か偉大な事でもしたのか?」
「さあ? 俺にとってはクリスマスって言ったら、ケーキとチキンを食えて、プレゼントを貰える日ってくらいの認識だったからな。詳しい事は知らん。あっ、でも確か、そのおっさんは一回死んで生き返ったらしいぞ」
「……ほう? いや、それはおかしいな。蘇生に成功したのならば、称えられるべきはリザレクションの術者のほうだろう」
知らないおっさんの説明をする俺に、ダクネスが一瞬感心したような顔をするも、直後に首を傾げる。
「私に掛かればリザレクションなんてちょちょいのちょいですけど」
アクアがドヤ顔をしていたが、それはともかく。
「リザレクションなんか使ってないよ。それなのに生き返ったからすごいって言われてるんだろ」
「なんだと? いいかカズマ。意外と世間知らずなお前は知らないかもしれないが、そういった存在はアンデッドという。生者に仇なす危険な存在なんだ。私たちエリス教徒も、アクシズ教徒でさえアンデッドの存在を許していない」
「おいやめろ、お前と言いアクアと言い、宗教関係の人に真っ向から喧嘩売るのはマジでやめろよ。どうしてお前らはたまにめぐみんよりも好戦的になるんだよ?」
「ええっ! さ、さすがにめぐみんと比べられるのは不本意なのだが」
と、そんなダクネスの失言にめぐみんが。
「勝手に人を話題に出しておいて、その言い様はどうなんですか? 私がどれだけ喧嘩っ早いか教えてやろうじゃないか!」
「いたた! ま、待ってくれ! 胸を掴むのは……! おいカズマ、見ていないで助けてくれ!」
「お構いなく」
助けを求めるダクネスに、めぐみんに掴みかかられ形を歪めるとある部分を凝視していた俺は即答した。
「ああもう、お前という奴は!」
……今後はこいつらに知らないおっさんの話題を振るのはやめておこう。
って違う! クリスマスだよ!
アクアがバカな事を言いだしたせいでうっかり流されかけたが、クリスマスイヴだし少しくらいなんかやろうと思いついたんだった。
とはいえ、もう夜だし夕飯も食べ終わってしまった。
夜型の俺はともかく、他三人にとってはもう寝るだけといった感じの時間帯。
…………今さらパーティーってのもなあ。
俺が少しだけ悩んでいると、アクアが優雅な仕草で紅茶を飲みながら。
「そういえば、クリスマスイヴの夜にはサタンクロスが部屋に入ってくるかもしれないわ。みんなも気を付けてね」
「サタンクロス? 部屋に入ってくるのか? そいつが知らないおっさんのアンデッドという事だな?」
めぐみんを引き剥がす事に成功したダクネスが言い、めぐみんも手を止める。
……知らないおっさんをアンデッド扱いするのはやめてくれませんかね。
「サタンクロスはね、クリスマスイヴの夜に現れるの。寝ている良い子の部屋にこっそり入ってきて、枕元にプレゼントを置いていくのよ」
「知らないおっさんを祝う事と言い、お前たちの風習はさっぱり分からん」
異文化交流に戸惑った様子のダクネスが、ふと考えこむと。
「大体なぜ寝ている良い子の部屋に入りたがる? …………、性癖、か……? サタンクロスは良い子が好きなのか?」
「おいやめろ、サタンクロスさんに対して変態として共鳴するのはやめろよ。違うよ。一年間良い子にしてたらプレゼントが貰えるっていう、子供に言い聞かせるための言い伝えみたいなもんなんだよ」
「言い伝え? という事は、サタンクロスというのは実在するわけではないという事か。カズマはプレゼントを貰った事はないんだな?」
「いや、その……。まあ、クリスマスにプレゼントを貰った事はあるな」
子供の頃は、俺のもとにもサンタクロースが来た事があった。
すぐにサンタの正体が父親だと見破った結果、俺だけプレゼントが貰えなくなりそうになったりもしたが。
弟にバラさない事を条件に、その後もクリスマスプレゼントを貰えるよう交渉したのだ。
「ちょっと待て。サタンクロスは良い子のもとにだけプレゼントを届けるのではないのか? カズマは、その……」
「おいなんだよ、今じゃこんなんだが俺だって良い子だった時くらいあるぞ。いやふざけんな、今じゃこんなんってなんだよ。今だって俺は良い子だろうが! サンタだって高校入るまでは来てたからな!」
「サ、サンタ? サタンではないのか……? それに、コウコウとはなんだ? わ、分かった! よく分からないが分かった! そうだな、お前にも幼かった頃はあるのだし、その頃は今のように捻くれていなかったんだろう! 私が悪かった!」
気まずそうに口篭もるダクネスの肩を掴んでガクガク揺さぶると、ダクネスは発言を撤回し謝罪を口にした。
いや、今も捻くれてないし良い子なんだが?
「サタンクロスとは、なんとなく邪悪そうな名前ですね? この屋敷はアクアが結界を張っているので、邪悪な存在は入ってこられないと思いますが」
「いいえ、いくら私の超強い結界でも、サタンクロスには通じないわ」
俺とダクネスのやりとりを聞いていためぐみんが口を開き、それにアクアが答える。
「なんだと? アクアの結界はあのウィズでさえ入る事を躊躇うほどのものだぞ。一体何者なんだ、サタンクロス……!」
「まあ、その正体は……」
と、アクアがネタバレしようとしたその時、ダクネスが声を上げた。
「……そうか! プレゼントを残していくのは、ここまで入ってきたぞと宣言するためだな? 寝ているお前の枕元にまで簡単に入ってきたぞ、と。寝首を掻こうと思えば出来たが、今はまだ生かしておいてやろう、と。……そういう事だな?」
……どういう事だろうか。
「なんという事だ! 自室とは最も安全な、無防備になれる場所。そこを侵す事で、安全な場所などどこにもないと、暗にそう言っているんだな? それも、実際に手を下す事もなく、ただプレゼントを置いていくだけで! なんて狡猾な! そして、卑劣な……!」
「捕らえましょう! その厄介者を私たちの手で捕らえましょう! アクアも協力してくれますね? 邪悪系の相手にはあなたの力が一番効くはずです!」
「えっ」
すっかり勘違いした二人に巻きこまれ、ノリノリでからかっていたアクアが笑顔を引き攣らせる。
「…………実は俺、事情があってサタンクロスとは戦えないんだ。起きていても役には立たないだろうし、悪いが今夜は早めに寝かせてもらう事にするよ」
「そういう事なら仕方ないな。お前の事は私たちが守るから、今夜は安心して眠るといい」
「ありがとうダクネス。そうさせてもらうよ」
俺が早々に部屋へと引き上げようとすると。
「待って! 待って! カズマを寝かせるなんてとんでもない! その男はベテランの自宅警備員よ。サタンクロスとの戦いでは誰よりも役に立ってくれるわ」
「いやいや、俺なんか魔王軍幹部や大物賞金首と渡り合っただけで、コレといって特徴もない男だし、職業も最弱の冒険者だ。そんな俺があのサタンクロスとまともに戦えるはずがないだろ」
「カズマさんったら謙遜が上手ね? あのなんとかいうデュラハンの人とか、機動要塞デストロイヤー、それにあのインチキ悪魔を討伐したカズマさんなら、サタンクロスにも充分対抗できると思うの」
この女……!
「おいふざけんな、俺まで巻きこむなよ。この寒いのに夜通しサタンクロスとやらを待ち伏せるなんてやってられっか。お前がバカな嘘ついてあいつらをからかおうとしたのが原因なんだからお前が何とかしろよ」
「しょうがないじゃない! ネタバレしようとしたらダクネスがおかしな事を言いだしたのよ! ていうか、サンタと戦えない事情って何よ? 嘘ついてまで逃げるのはいくない! その事情とやらを言ってみなさいな!」
俺がアクアにコソッと文句を言うと、アクアもコソッと言い返してくる。
「俺は何も嘘はついていない。実在しない相手と戦う事は出来ないし、起きていても役に立たないのも本当の事だ。サタンクロスなんか来るわけないもんな」
「私だって何も嘘はついていないわ。サンタさんの正体は大体お父さんでしょう? 邪悪な存在じゃないんだから、私の結界が効かないのは当たり前じゃない」
「じゃあもう言っちまえよ。サタンクロスなんて本当はいません、全部作り話なんですって言って、ダクネスにごめんなさいすればいいだろ」
「この男、なんて事を言うのかしら! めぐみんがいるのにそんな事言ったら、ただでさえ頭に爆裂しか入っていないめぐみんが、サンタを待つ純真さまで失ってしまうじゃない! 女神としてそんなひどい事は出来ないわ! あと最近ダクネスには勝手に路上で石鹸を売った件で叱られたばかりだから、許してもらえないかもしれないのよ」
「お前、最後のが本音だろ。ていうか、石鹸売るのはやめろって以前俺も言ったのに懲りてなかったのか? もうお前は叱られといたほうがいいんじゃないか」
「ねえ待って! お願いだから見捨てないでよー!」
*****
――夕食の片付けを終え、風呂にも入って後は寝るだけとなった俺たちは、
「嫌なんですけど! もう寝たいんですけど!」
「なんで俺まで……」
なぜか完全装備で廊下に立っていた。
「なに、サタンクロスとやらが現れるのは今晩だけなのだろう? ひと晩くらいなら眠らずとも死にはしない。それより、部屋の中に不届き者が侵入する事のほうが問題だ」
「そうですよ、何がプレゼントですか忌々しい! 夜中に乙女の部屋に入る事の罪深さを思い知らせてやります!」
クエストに出る時の鎧を身に着け、上から防寒のためのマントを羽織ったダクネスと。
いつものローブの上にフード付きの防寒着を着ためぐみん。
二人はサタンクロス捕獲に向け気炎を上げている。
こいつらは夜中だというのにどうしてこんなにテンションが高いんだ。
「……言っとくけど、サタンクロスは良い子が寝てる時にしか来ないからな。お前らどう見ても良い子って感じじゃないし、起きてるからダメだと思うぞ。サタンクロスに来てほしいならさっさと寝ろよな」
「何を言っているんですか? 私ほどの良い子はそうはいませんよ」
「良い子は一日一爆裂なんてバカな事言って街の住民を脅かさないんだよ」
「…………」
良い子を主張しためぐみんが、俺の言葉に撃沈する。
「わ、わわ、私は良い子だと思う! 特に悪い事もしていないし、日々を堅実に、誠実に過ごしている!」
「どエムは悪い事に入ると思います」
「……!?」
同じくダクネスも一撃で黙り……。
「私ほどの良い子はそうはいないわね! 私のもとにはサタンクロスが来てくれるに違いないわ!」
「…………、お前は何を言ってんの? あいつらのところにはサタンクロスは来ないんだから、今夜はもう寝ようって話だろ? 張り合ってんじゃねーよ」
「……賢い私はもちろん知っていたわ。でも仕方ないじゃない、私が良い子なのは有史以前から決まっていた事なんだから仕方ないじゃない! サンタさんだってこの私を放ってはおけないに違いないわ!」
「ていうかお前、いくつなの? 有史以前とか言ってるけど、良い子って言えるような年齢なのか?」
「!!!!」
アクアも黙らせた俺は、三人を見回すと。
「そういう事だから、今夜はもう寝よう。解散だ解散」
「ダメですよ! 寝たらサタンクロスが来るのでしょう? そういう事なら、やはり今夜は朝まで起きていましょう」
「いや、お前らは良い子に入らないから、サタンクロスは来ないって結論が出ただろ? この屋敷には来ないから大丈夫だよ」
「カズマがいるじゃないですか」
「えっ」
「なんだかんだ言って、最後の最後に私たちを助けてくれるのはカズマじゃないですか。あなたがいつも頑張っているのは知っていますよ。そんなカズマの頑張りを、サタンクロスもきっと見てくれているはずです」
いつも何かと俺をゲス扱いしてくるめぐみんが、微笑みながらそんな事を……。
「そうだな、この男はなんだかんだ言って人のためになる事をしているし、良い子……? ま、まあ、良い子なのではないか!」
さらにダクネスまでもが、言いにくそうにしつつも俺を良い子扱いしてくる。
あっ、こいつら……!
「そこまで言うなら私たちはもう寝ますが、カズマは良い子なのですから寝ないでくださいね」
「ああ、お前が寝たらサタンクロスが現れるだろうからな。悪いが朝までひとりで起きていてくれ」
と、口々に俺を良い子扱いしてくる二人にアクアが。
「二人ともどうしちゃったの? カズマが良い子ならこの世界には悪い子なんてほんの少ししかいない事になっちゃうわよ?」
「はっ倒すぞ」
いや、アクアはこの際どうでもいい。
間違いない! この二人はサタンクロスとやらがホラ話である事に気付いている!
その上で、夜じゅう起きていてサタンクロスを捕まえようなどと言いだしたのは、アクアが二人をからかおうとした事への仕返しなのだろう。
俺まで巻きこんできたのは、サタンクロスの真相を黙っていたからか。
そっちがその気なら……
「いやいや、お前らが良い子じゃないって言ったのはあくまでも俺がそう思うってだけで、よく考えると判断するのはサタンクロスだからな。頭爆裂なめぐみんも、元気で良い子って事になるかもしれないぞ。めぐみんが寝るのも危ないんじゃないか?」
「……! いえ、私としても爆裂魔法でみんなに迷惑を掛けている事は分かっていますからね。それが分かっているのに止まらないというのは良い子とは言えないでしょう。その点、日々を真っ当に暮らし悪事にも加担しないダクネスは良い子だと思います」
俺の言葉に、知能の高い紅魔族なだけあって即座に状況を理解し、めぐみんがダクネスへとターゲットを移す。
「ええっ! わ、私は……、…………私は家を飛びだし冒険者などやっているし、それにその、……そうだ! 父が用意してくれた見合いも断ってしまったからな! あまり良い子とは言えないかもしれないな! そ、その……、アクアはどうだ? 何かと迷惑を掛けているが、周りはしょうがないなあと許しているし、お前に悪気はないからな。良い子と言えない事もないのではないか?」
「そうよね! やっぱりそうよね! ほらカズマ、分かる人には分かるのよ!」
俺たちが良い子の押し付け合いをしている事にも気付かず、ダクネスの言葉に嬉しそうなアクアへと。
「じゃあ、良い子のアクアはサタンクロスが来ないように今夜は起きててくれ」
「ひとりにしてしまってすいませんが、良い子ではない私たちは寝ても危険はありませんからね」
「すまないなアクア、後は任せる」
「「「朝まで見張りよろしく」」」
口々にそんな事を言う俺たちに。
「ふわああああーっ! 待って! ねえ待って! ひとりだけ起きてるのは嫌なんですけど! 待っててもサタンクロスなんて来るわけないんですけど! あんなの冗談なんですけど! 謝るから許して!」