時系列は、4巻5章(場面8と9の間)。
魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライムのハンス。
水の都、アルカンレティアの温泉を猛毒で汚染し、街の主要産業を壊滅させアクシズ教団の財源の元を断つという、回りくどい計画の実行犯にして、その正体は屋敷ほどもある巨大なスライム。
ウィズの協力もあって、そんなハンスをどうにか討伐した俺達は――
「いやまったく、なんとお詫びを申し上げたら良いか……。街が危機から救われたのは、アクア様達のご活躍の賜物です。本当にありがとうございます……!」
「いいのよ! いいのよそんな! 私はアクシズ教のアークプリーストとして当たり前の事をしただけなんだから。アクシズ教の戒律にはこうあるわ、悪魔滅すべし、魔王しばくべし。私に感謝してくれるというなら、その感謝はアクシズ教団に捧げてちょうだい。アクシズ教を、アクシズ教をよろしくお願いします!」
温泉にいたずらをしたと責められたり、女神アクアの名を騙ったと呆れられたりしていたアクアが、手のひらを返すような篤い感謝を受けて、調子に乗っていた。
そんなアクアを遠くから眺めながら、めぐみんが不安そうに。
「カズマ、止めなくて良いんですか? アクアが調子に乗っていると、また厄介事を起こしそうな気がするのですが」
「まあ、今回あいつが頑張ってたのは事実だしな。たまにはこんな日があってもいいんじゃないか? ていうか、アクシズ教徒の連中が周りにいるから関わりたくない」
「途中まで良い感じの事を言っていたくせに、最後のが本音じゃないですか!」
「そうだよ、悪いかよ! じゃあめぐみんが止めに行けば良いだろ!」
「嫌ですよ! 私だってアクシズ教徒とはもう関わり合いになりたくありません!」
俺とめぐみんのそんなやりとりを聞いていたダクネスが、真面目な顔で。
「おい二人とも、仲間が厄介事を起こすかもしれないというのに、放っておくとはどういうつもりだ? よ、よしっ、ここは私が……!」
「ぺっ」
「……んんっ……!?」
調子に乗るアクアを止めに行こうとしたダクネスが、アクシズ教徒に唾を吐かれ……。
「お前が厄介事を起こしてどうすんだよ! そのエリス教のお守りは仕舞っておけって言っただろ!」
「断る」
アルカンレティアに住む、数少ない普通の人達は、謝罪と感謝を告げて平身低頭するばかりだったが、アクシズ教団はさすがと言うべきかそれだけでは終わらず、際限なくアクアを甘やかして盛大な酒盛りを始めていた。
宴会の神様の信徒だけあって、コイツらは宴が好きらしい。
酒に酔っている隙を突いて入信書にサインでもさせられたら堪ったものではないので、俺は早々に自分の部屋に戻った。
――翌朝。
昨日はハンスとの戦いで疲れていたせいかぐっすり眠り。
やけに朝早く、スッキリと目が覚めてしまった俺は、湯治のために来ている事を思い出して朝風呂に入る事にした。
部屋を出て廊下を歩いていると、めぐみんとダクネスの姿を見かけて。
「カズマ、おはようございます。カズマがこんな時間から起きているとは珍しいですね。その格好、カズマもお風呂に入りに行くところですか」
「おはよう。昨日は疲れてて早く寝たから、早く起きただけだよ。お前らも風呂か?」
「……ん。せっかく温泉街に来たのだし、私達が源泉を守ったのだからな。私達もたまたま目が覚めてしまったし、この時間では他にやる事もないから、風呂に入る事にした。ウィズも誘おうかと思ったのだが、アクアの浄化に巻きこまれてグッタリしていたから、起こさないでおいた」
そんな事を話しながら一階に降りていくと。
食堂では、未だアクシズ教徒達が宴会をやっていて。
宴の中心でチヤホヤされ、酒を飲んで顔を赤くしたアクアが。
「あ、三人とも! 何よもう、いつの間にか部屋に戻っちゃって! そんなに眠たかったの? たっぷり寝たなら、次はたっぷり飲むってのはどうかしら? ほら、クリムゾンビアーが冷えてるわよ! こっち来てー、こっち来てー」
「お、お前……。物凄く酒臭いぞ。あんまり飲みすぎると、また吐くんじゃないか? そこら辺の調度品とか汚して補償金を請求されたら、お前が自分で支払えよな」
「まったく、いくら祝いの席とはいえ、一晩中飲んでいたのか? 悪いが、私は朝っぱらから酒を飲む気にはなれん。めぐみんも、その歳でこんな時間から酒を飲むと悪い癖がつくぞ」
口々に小言を言う俺とダクネスに、アクアは口を尖らせ。
「何よ二人してー! 良いわよ良いわよ、私はウチの子達と楽しんでるから! 後で入れてって言ってきたら、入れてあげるんだからね!」
そんな、よく分からない事を言って、騒がしいアクシズ教徒達の中に戻っていった。
騒がしい食堂を通り抜け、温泉の三つの入り口の前に立った俺達は。
「良い機会だし、ここは皆で混浴に入ってみるってのはどうだ? お前ら、女湯にしか入ってないんだし、混浴がどんな感じか知らないだろ?」
「お、お前という奴は……! またもっともらしい事を言いだしたな。よくもまあ、そこまで口が回るものだと感心する」
俺の言葉に、ダクネスが呆れたように言う中。
「そう言うカズマも、男湯には入った事がないんじゃないですか? 私達に混浴に入れと言うなら、私はカズマに男湯に入る事を勧めますが」
めぐみんがそんな事を……。
…………。
「なんだよ、分かったよ! じゃあ俺は男湯に行くから、二人は混浴に入れば良いだろ! 確かに俺は男湯の方は見てないから比べられないけど、混浴が広いってのは本当だよ。他に人がいなかったら、めぐみんがちょっとくらい泳いだって良いんじゃないか」
俺は、以前、めぐみんが浴場で言っていた事を引き合いに出して言い、怒った振りをして男湯に入り……。
脱衣場の入り口で潜伏スキルを使い、外の物音に耳を澄ませていると。
「……素直に男湯に行くとは予想外でしたね。どうしましょう?」
「ど、どうすると言われても。広い浴場というのは気になるが、しかし、こ、混浴……、混浴か……」
「仕方ありません。せっかくの好意を無碍にするのも悪いですし、ここは混浴に入ってみましょう。今の時間ならきっと貸し切りですよ。女湯のお風呂も大きかったですから、それより大きいというのがどのくらいなのか気になります」
「ああっ! ほ、本気か? 本気で入るのか? め、めぐみんはどうしてたまに男前なのだ……!」
計画通り……!
これで俺が後から入っていっても、混浴なのだから何もおかしくはない。
俺は念のため、そのまま男湯の浴場への引き戸を開け……。
そこには、すでに風呂に入っている男性客の姿が。
「……あ、どうも」
服を着たまま引き戸を開けた俺を不審そうに見る男に、俺は少し気まずく頭を下げた。
――しばらくして。
「……入らないのか?」
「シッ! 静かに!」
突っ立ったままの俺をますます不審そうに見る男に、俺は黙るよう身振りで伝え。
そして……。
「ほう! これは確かに、すごく広いですね。ここで泳げたら気持ち良さそうです!」
「だから泳ぐのはマナー違反だと……あ、こら! タオルを引っ張るな!」
来た――!
「失礼しました」
混浴の方から聞こえてくる声に、俺は男に声を掛けるとすぐに男湯を飛びだし、混浴へと……。
混浴の脱衣場の籠には、ダクネスとめぐみんの着替えが……。
ない。
…………?
なんで着替えがないのだろう?
いやでも、二人の声が混浴から聞こえてきたのは確かだ。
俺は逸る気持ちを抑えきれず、着ている服を手早く脱ぎ、腰にタオルを巻いて。
引き戸をスパンと開けると、中には――!
――誰もいなかった。
と、俺が呆然としていた、その時。
「まんまと騙されましたね! カズマの考える事などお見通しですよ!」
「……なんというか、ここまで予想通りだと怒るというより情けなくなってくるな。そこまでして女と混浴に入りたいものなのか?」
女湯の方から、そんな声が……。
…………。
俺が、男湯で聞き耳を立てている事を読んで、二人は混浴でさも入浴しているような会話をしてから、俺が混浴へ行く前に女湯へ移動していたらしい。
「『クリエイト・ウォーター』!」
「「ひゃああっ!」」
以前のように魔法で水を浴びせかけると、二人が悲鳴を上げた。
「畜生、男の純情を弄びやがって! お前ら覚えてろよ!」
「なんという逆恨み! 何が純情ですか、ただの性欲ではないですか!」
「こ、これが何人もの魔王軍幹部を討ち取った男だとは……。ベルディアやハンスが浮かばれないぞ! お前はもう少し、恥というものを知るべきではないか?」
「アクシズ教徒に唾吐かれて喜んでる変態には言われたくない」
「んくう……!?」
――騒がしい風呂から上がり。
昨夜も風呂には入ったから、俺にしては入浴時間が短く、上がったのは二人と同時で。
「カズマあああああっ! 貴様という奴は、貴様という奴は! いくらなんでも最低だぞ! 恥を知れ!」
俺が混浴から出ていくと、ダクネスがそんな事を言いながら掴みかかってきて。
「な、なんだよ。いきなりどうした? さっきのクリエイト・ウォーターを怒ってんのか? あんなのいつもの事じゃないか、そんなに怒るなよ」
「しらばっくれるつもりか! いいからさっさと私の下着を返せ! 街中でスティールするならまだしも、女湯の脱衣場に忍びこんで盗むなど、完全に犯罪ではないか! お前は、セクハラはしても肝心な時にヘタレで、犯罪まではしないと信じていたのに、見損なったぞ! どうせならスティールで私から直接盗んでいけば良いだろう!」
「はあー? いや、ちょっと待て、本当に待て。お前が何を言っているのかさっぱり分からん。ぱんつが盗まれたのか? 言っとくけど、それは俺じゃないぞ。俺はたった今、風呂から上がったんだから、盗めるわけがないだろ」
俺はそう言ってダクネスを引き剥がそうとするが、俺の力では興奮しているダクネスを引き剥がす事が出来ず。
そんな俺達の様子を見ていためぐみんが。
「ダクネス、落ち着いてください。どうやらカズマが盗んだわけではないみたいですよ」
めぐみんの言葉に、ダクネスが呼吸を荒くしながら俺を離し。
「……本当に、お前ではないのだな?」
「おい、いい加減にしろよ? 違うって言ってるだろ。大体、お前の言う通り、女湯の脱衣場なんか入ったら完全に犯罪じゃないか。俺がお前の下着を盗むなら、屋敷にいる時にやってるよ」
「そ、そうか。そうだな。……すまない、取り乱した」
「お風呂から上がったら、ダクネスのぱんつがなくなっていたんですよ。それで、さっきカズマが覚えていろよと言っていたので、カズマが犯人だと思いこんでしまったようで……。いきなり下着がなくなっていたわけですから、気が動転してしまうのは仕方のない事と言いますか、その、疑われたカズマの気持ちも分かりますが、あまり怒らないであげてくれませんか?」
しょんぼりと肩を落とすダクネスに寄り添いながら、めぐみんがそんな事を言ってきて……。
…………。
「ちょっと待て。ということは今、ダクネスってノーパ」
「わあああああああ!」
「おっと、そんな直線的な攻撃が当たるか!」
「最低です! 最低ですよこの男! そういう事は思っていても口に出さないでください! あっ、ダクネス、あんまり激しく動くとスカートの中が見えますよ!」
俺は、泣きながら襲いかかってきたダクネスをひらりといなしながら。
「ひょっとして、混浴の方に忘れていったってオチじゃないだろうな?」
「混浴の方では着替えも手に持ったままでしたから、そんなはずないですが……一応見ておきましょうか」
俺達は混浴の脱衣場に入り、籠を一つ一つ見て回る。
しかし、どの籠にも何も入っておらず。
「……本当に盗まれたみたいだな。こういう場合って、どうするんだ? 宿に事情を話して、警察に通報して……」
「待ってくれ、警察はマズい」
俺の言葉に、ダクネスが真剣な顔でそんな事を言ってきて。
「警察はマズいって、なんでだよ? 今回は誰にも迷惑を掛けてないし、お前はただの被害者だろ?」
「私は貴族だ。庶民が貴族の下着を盗んだなどという事が知れたら、ただの窃盗よりも罪が重くなるだろう。場合によっては死刑もあり得る。犯人を許すつもりはないが、さすがにそれはやり過ぎだ」
「そんなの、お前が貴族だって事を隠して通報するとか」
「この街ではダスティネス家を名乗って、ハンスの手配をしたり、源泉のある山に入ったりしたから、私が貴族だという事を隠し通すのは難しい。それに、庶民の中に混じって過ごしているのは私のわがままだ。私を貴族と知りながら狙ったならともかく、そうでないのなら、犯人に重罪を課すのは不当だと思う。それは身分を偽っている私が負うべき責だろう」
「だからって、犯人をこのまま野放しにしておく気か? ぱんつ盗られたって俺にあんなに怒ってたくせに、お前、それで良いのかよ?」
「良くはない。良くはないが……」
犯人に不当な重罪を課すよりは、自分が我慢すれば良いと言うつもりらしい。
俺が何も言えずにダクネスを見つめていると、めぐみんがクイクイと俺の袖を引いてきて。
「……カズマ、いつものように、どうにか出来ませんか?」
そんなめぐみんの言葉に、俺は溜め息を吐いて。
「しょおがねえなあー!」
*****
――未だ騒がしい食堂にて。
俺は、一晩中飲んでいたくせに、まったく疲れていない様子のアクアに。
「なあ、お前らって、一晩中ここで騒いでたんだよな?」
「そーよ? カズマったら、変な顔してどうしたの? やっぱりお酒が飲みたくなったの? まったく、しょうがないわねえ! すいませーん、こっちにクリムゾンビアーを……」
「おいやめろ、注文しようとすんな。今ちょっとシリアスな感じなんだよ!」
俺は、どうしても俺達を宴会に巻きこみたいらしいアクアを黙らせ。
「実は、ダクネスのぱんつが盗まれたらしいんだが、ダクネスは貴族のあれこれで、警察に知らせたくないって言うんだよ。だから、俺達でどうにか犯人を見つけだせないかと思ってな。……おい、なんだこの手は?」
事情を説明する俺の手を、なぜかアクアがガッチリ掴んできて。
「捕まえたわよ! さあ観念しなさいカズマさん! ダクネスのぱんつをどこにやったの? ダクネスの事だから、本気で謝ったら許してくれるわよ! 私も一緒に謝ってあげるから、ごめんなさいをしなさいな!」
「ふざけんな、俺じゃねーよ! 俺が犯人だったら犯人捜しなんかするわけないだろうが! ていうか、このやりとりはさっきもうやったんだよ!」
「何よ、下着泥棒といえばカズマさんじゃないの! 最初に疑うのは当たり前じゃない! アクセルの街の人に聞いたら、きっと皆がカズマさんが犯人だって言うわよ!」
「それはやめろ、本気で言われそうだからやめろ。とにかく俺は犯人じゃないし、本当の犯人を見つけたいんだよ。そこでお前に、っていうかここにいるアクシズ教徒に聞きたいんだが、今日の朝に風呂の方に行った人って分かるか? 風呂の方に行くにはこの食堂を通らないといけないだろ。つまり、ここの風呂場は密室だったんだよ」
「……何言ってるのカズマ、この食堂は誰でも自由に出入り出来たから、お風呂にだって誰でも行けたわよ?」
「いや、そういう事じゃなくて」
と、頓珍漢な受け答えをするアクアに、俺がどう言ったものかと悩んでいた、そんな時。
下着を取りに部屋に戻ったダクネスと、ダクネスに付き添っていためぐみんがやってきて。
「ダクネスがうっかり部屋に忘れたわけではないようですね。宿の受付でも聞いてみましたが、落とし物として届けられてもいないそうです。どうですかカズマ、何か手掛かりは見つかりそうですか?」
「アクアがバカな事ばかり言うから、まだ何もしてないよ。おいアクア、アクシズ教の連中に、ここを通って風呂の方に行った人について聞いてくれないか」
「……? よく分かんないけど、分かったわ。ねえ皆、聞いてほしいんだけどー!」
俺は、アクシズ教徒達に話を聞きに行ったアクアを見送ると。
「風呂に行くには、ここの食堂を通らないといけないよな。食堂ではアクシズ教徒達が一晩中宴会をやってたらしいから、ある意味で風呂は密室だったって事になる。確か、衆人環視の密室ってやつだな」
「……密室?」
俺の言葉に、めぐみんが首を傾げる。
……あれ?
いまいちピンと来ていないめぐみんの様子に、俺は助けを求めるようにダクネスの方を見て。
「えっと、推理小説なんかでよくあるだろ。ほら、殺人事件が起きるやつ」
「殺人事件? いきなり物騒な話だな。これは私が下着を盗まれたという、それだけの話ではないのか? まさかまた魔王軍が関わっているのか……?」
「いや、それだけの話だよ。魔王軍は関係ない、今回のはただの盗難事件だ。そうじゃなくて、……そうか、ダクネスはお嬢様だけど脳筋だから推理小説なんか読まないよな。悪かったよ」
「バ、バカにするな! 私だって小説くらい読む! ……だがその推理小説というのは知らないな。めぐみんは知っているか?」
首を傾げながらのダクネスの質問に、めぐみんも首を傾げ。
「いえ、私も聞いた事がありませんね。どういうものなのですか?」
と、俺が二人に説明しようとしていた時。
アクシズ教の連中に話を聞きに行っていたはずのアクアが戻ってきて。
「カズマったら本当にあんぽんたんね……いひゃいいひゃい! この世界に、推理小説なんてあるわけないじゃないの。魔法があったり魔道具があったりするのに、推理小説なんて成立すると思う? それに、嘘を吐くとチンチンなる魔道具まであるのよ? 関係者を集めて全員に『あなたが犯人ですか?』って聞いたらどんな事件でも解決するのに、推理する必要なんてあるわけないじゃない」
「言われてみればそうだな」
俺が、推理小説というジャンルについてざっと説明しても、めぐみんもダクネスもよく分からないような顔をしていた。
密室からはテレポートで脱出できるし、死んだ被害者を蘇生させれば事件の真相を教えてもらえる。
そんな、ファンタジー世界の住人に、ミステリーを理解しろというのは無理がある。
それでも頭の良いめぐみんは、俺の言いたい事が分かったようで。
「つまり、ダクネスの下着を盗んだ犯人は、お風呂に行く時にアクシズ教徒達に姿を見られているはずだという事ですね」
「そういう事だ。それで、アクア、どうだったんだ?」
「ばっちり聞いてきたわよ! 任せといてねダクネス。私が水色の脳細胞で、ダクネスのぱんつを盗んでいった犯人をすぐに見つけだしてあげるから! ねえカズマさんカズマさん、温泉旅館で事件が起きたんだから、これってFUNAKOSHI案件よね? それとも、KATAHIRAかしら?」
ドヤ顔でわけの分からない事を言いだすアクアに、めぐみんが困ったような表情を浮かべ。
「そのFUNAKOSHIやKATAHIRAについては知りませんが、食堂を通った人を連れてきて、嘘を感知する魔道具を使えば解決ですね。意外と簡単に終わりそうで良かったです。ダクネス、ダスティネス家の権力に物を言わせて、警察署から嘘を感知する魔道具を借りてきてくださいよ」
「駄目よめぐみん。こういうのはね、人の知恵と論理だけで謎を解く事に意義があるのよ。……残念ね、ここにFUNAKOSHIやKATAHIRAがいたら、こんな事件は二時間で解決するのに」
「……嘘を感知する魔道具も人類の英知には違いないのでは?」
「そういうのは邪道よ。温泉、旅館、殺人事件と来れば、素人探偵がどこからか出しゃばってくるものなのよ。そしてのんびり温泉に入るサービスカットがあり、なぜか旅館に泊まって美味しいごはんをたらふく食べ、そのうちに誰でも気づきそうな事に最初に気がついて、警察に知らせれば良いのに勝手に犯人を問いつめ、逆襲されてピンチに陥るの」
いや、殺人事件は起きていないのだが。
アクアの言葉に、めぐみんが助けを求めるように俺を見て。
「あ、あの、カズマ? アクアが何を言っているのかさっぱり分からないのですが」
「そして最後には崖の上に行くんだな」
「あれっ!?」
俺とアクアが訳知り顔で頷き合っていると、めぐみんが驚いた声を上げた。
*****
アクアがアクシズ教徒達に聞いたところ、今朝、風呂の方に行ったのは、俺達を除いて五人四組。
全員が宿泊客だという。
サスペンスドラマのような状況が何かの琴線に触れたらしく、俄然乗り気のアクアにくっついて、俺達は彼らの話を聞きに行く事にした。
おっさんの場合。
「誰だあんたら。聞きたい事? なんだよ、まあ退屈してたとこだし、少しくらい相手してやっても良いけどな。……朝風呂? ああ、確かに入ったが、それがどうかしたのか?」
――何時に、どこに入ったのかしら?
「男湯だよ。六時少し前だったかな」
――その時、誰か他の人を見掛けなかった?
「入る時に爺さんとすれ違ったかな。あと、そこの兄ちゃんを見たよ」
――何か変わった事はなかったかしら?
「変わった事っつったら、そこの兄ちゃんが、服を着たまま引き戸を開けて、そのまましばらく突っ立ってたな。ありゃなんだったんだ? 混浴の方で声が聞こえてすぐに走って出ていったが……。ひょっとして、これって言わない方が良かったか、なあ兄ちゃん」
――ぱんつ盗った?
「盗ってねーよ。ああ、それで犯人捜しをしてるってわけか。残念だが、そりゃ俺じゃねーな」
老人の場合。
「なんだね、お前さん方は。随分綺麗な娘さんばかりのようだが、ワシに何か用かね? 朝風呂には入ったとも、老人は朝が早いのでな」
――何時に、どこに入ったのかしら?
「五時頃だったかのう。男湯に入ったよ」
――その時、誰か他の人を見掛けなかった?
「ワシが上がる時に、男が一人入りに来とったな。他には、風呂場では誰も見ておらん」
――何か変わった事はなかったかしら?
「そういえば、いつもより体が温まらなかったような気もするのう。温泉ではなくて、ただのお湯のような……。気のせいかもしれんが」
――ぱんつ盗った?
「無礼な事を言うでない! まったく、これだからアクシズ教徒は!」
お姉さんの場合。
「……は、話ですか? 分かりました。ええと、朝風呂には、入ろうとしたんですが……先に誰か入っていたようなので、そのまま戻ってきました。一人で静かに入りたかったので」
――何時に、どこに入ったのかしら?
「六時過ぎくらいに、女湯に入ろうと……」
――その時、誰か他の人を見掛けなかった?
「ええと、廊下で男の人とすれ違いました。それと、浴場にいる女の子の声は聞こえてきましたが、会ってはいません」
――何か変わった事はなかったかしら?
「と、特には……」
――ぱんつ盗った?
「……し、知りません!」
不倫カップルの場合。
「べ、別に私達は不倫しているわけではない。君達は何者だね? いきなり失礼じゃないか。話す事など何もない、帰ってくれ! ……いや待て、分かった! 話す、話すから私達の事を他の者達に話すのはやめてくれ。朝風呂? ああ、入ったさ。それが何か?」
――何時に、どこに入ったのかしら?
「混浴だよ。彼女と二人で入った。時間は……何時頃だったか? そうそう、五時半くらいか。……な、なんだ? そこの少年はどうしてそんなに睨んでくるんだ?」
――その時、誰か他の人を見掛けなかった?
「いいや、誰も。廊下では誰にもすれ違わなかったし、入浴中も他には誰もいなかったよ。おかげでしっぽりムフフと……おいやめろ、やめっ……、なんなんだこの少年は! 君は冒険者だろう、一般市民に暴力を振るうつもりか! クソ、どうして私の髪の毛を毟ろうとするんだ!」
――何か変わった事はなかったかしら?
「今起きてる! おい、君達も仲間ならこの少年を止めてくれ!」
――ぱんつ盗った?
「盗ってない! さっさと帰ってくれないか!」
――朝風呂に入ったという人達から話を聞いて。
女部屋ではウィズが寝こんでいるので、少し狭いが俺の部屋に集まった。
……あんな禿げ散らかしたおっさんでも愛人がいるというのに、俺と来たら。
「カズマ、バカな事で落ちこんでいないで、さっさとダクネスのぱんつを取り戻しますよ! 推理小説というのによれば、あの中に犯人がいるのですよね?」
「まあ、現実の事件が推理小説みたいに解決する事なんてほとんどないけどな。一応、あの中に犯人がいるってのは間違いないはずだ。俺達の直前に風呂から出ていった人が一番怪しいわけだが、……アクシズ教徒の連中が、誰が何時に通ったかまで把握しててくれればなあ」
宴会で騒いでいたアクシズ教徒達は、通った人物は分かっても、いつ通ったかまでは分からないらしい。
「うっ……ぐす……っ、わ、私はただ、話を聞いてただけなのに……。どうしてウチの子達をあんなに悪く言われないといけないの? ねえ聞いて! アクシズ教徒はあんまり他の人達の役には立たないかもしれないけど、皆、自分が面白おかしく生きるために一生懸命なのよ!」
ぱんつを盗んだんですかと不用意に聞いて、頑固そうな老人に、これだからアクシズ教徒はと叱られたアクアは、未だぐずぐずと泣いていた。
「それは俺達じゃなくてあの爺さんに言ってこいよ。そして説教されてこい。そんな事より、集めた証言からお前の水色の脳細胞で、誰が犯人なのか推理できないのか?」
俺が聞くと、めぐみんとダクネスが期待を込めた目でアクアを見て。
二人の視線を受けたアクアは。
「あのお爺さんよ! あのお爺さんが怪しいわ! あんなにアクシズ教を悪く言うような人だもの。きっとダクネスのぱんつを盗んで邪な事に使おうとするに違いないわ!」
そんな、どうしようもない事を言いだして……。
「というか、他人の下着を盗むとか、アクシズ教徒なら嬉々としてやりそうなんだが。むしろあの爺さんは、お前らのそういうところが嫌いなんじゃないか? 俺はあの爺さんは犯人じゃないと思うな」
「何よ、そういうカズマは誰が怪しいと思っているの? あんたの推理とやらを言ってみなさいな!」
「俺はあの不倫してたおっさんが怪しいと思う。あんな綺麗な女の人と混浴に入ってたんだぞ? あいつは絶対悪い事をしてる」
「はあー? カズマったら何を言いだしてるんですか? 不倫カップルって言ったら、犯人だと思ってたら途中で殺される役どころに決まってるんですけど!」
「……それは確かにそうだが、これは殺人事件じゃないぞ?」
「あの、二人ともちょっと待ってくださいよ。さっき聞いてた話と違うのですが。推理小説ってそういう感じなんですか?」
俺とアクアの意見に不満そうな声を上げるめぐみんに、俺は。
「おいめぐみん、水を差すのはやめろよな。めぐみんは推理小説に詳しくないから仕方ないが、俺達は真剣に考えてるんだ。ちなみに、めぐみんは誰が怪しいと思うんだ?」
「えっ、私ですか。……そうですね。下着を盗むには、私とダクネスがお風呂に入っている間に脱衣場に入る必要があります。私達は誰とも出会っていませんから、犯人は私達より後に女湯に入ってきたはずです。逆に言うと、私達より前にお風呂に入った人達は犯人ではないと言えますから、……お爺さんと不倫カップルは犯人ではないと思うのですが。お爺さんは、カズマと同じタイミングで入浴していたという男の人とすれ違いに出ていっているのですから、私達より前に入っていたというのは間違いないでしょう。不倫カップルが私達より後に入っている時間はなかったはずで、混浴には私達もカズマも入りましたが、その時には誰もいませんでしたから、彼らが私達より前に入っていたというのも嘘ではないのでしょう」
「「…………」」
推理小説に詳しくないはずのめぐみんの論理的な否定に、俺とアクアは気まずそうに黙りこみ。
アクアが気を取り直したように。
「ねえねえ、ダクネスは? ダクネスは誰が怪しいと思うの?」
「わ、私か? 私は正直、推理小説というのがどういうものなのかよく分かっていないのだが……、あの女性客は、私達に対して怯えているように見えた。下着を盗んだ事を後ろめたく思っているとしたら、ああいう反応になるかもしれない。しかし、女が女の下着など盗むものだろうか?」
それから、あーでもないこーでもないと好き勝手な推理を言い合ったが、結論は出ず。
二時間サスペンスに、二時間も掛からずに飽きたらしいアクアが。
「もー、ダクネスが嘘を吐くとチンチン鳴る魔道具を借りてきてくれたら良いんじゃないかしら」
……おい。
*****
――チリーン。
ダクネスが借りてきた、嘘を感知する魔道具が反応したのは。
「わ、私は何も、盗んでなんて……!」
お姉さんの、そんな言葉で。
青い顔をして小さなベルを見つめていたお姉さんは、やがてその場にへなへなと崩れ落ち。
「すいません、すいません……! いろいろストレスが溜まっていたというか……、魔が差したんです、出来心だったんです……! 本当にすいませんでした!」
俺達はお姉さんの部屋に入れてもらい、事情を聞く事に。
なぜかぱんつを盗まれたダクネスが、優しくお姉さんに寄り添って話を聞いてあげている。
「すまないが、まずは私の下着を返してもらえないだろうか。その、身に付けるものが他人の手に渡っていると思うと、やはり落ち着かなくてな」
「は、はい! すぐに……!」
そう言って、お姉さんは荷物から見覚えのあるぱんつを取り出してダクネスに渡し。
「……確かに。お、おいカズマ、人の下着をじろじろ見るものではないだろう」
「はあー? お前、脱ぎ散らかした服だの下着だの、そこら辺に放りだしてるくせに、今さら何を恥ずかしがってるんだよ?」
「お前という奴は! もっとデリカシーというものを持てと……! いや、今は良い。それで? 女であるあなたが、なぜ私の下着を盗んだりしたんだ? ストレスが溜まっていたと言っていたが、良ければ事情を聞かせてくれないか」
ダクネスが苦笑しながら、優しい口調でお姉さんに聞く。
お姉さんは目に涙を浮かべダクネスを見て。
「……私、その、女の人が好きで。女なのに、恋愛的な意味で女の人が好きで!」
「…………そ、そうか」
おっとダクネスが少し引いている。
「それで、少し前に好きな人に思いきって告白したんですけど、女同士とか無理って言われて普通にフラれまして……。今回、この街に来たのは、失恋旅行というか、そんな感じで……それなのに……、それなのにッ! この街はどこに行ってもアクシズ教徒が勧誘してくるし、わけの分からないイタズラをされたり、アクア様は同性愛も許してくださるとか聞いてもいない情報を教えてきたり、……ただ同性が好きだからってだけの理由であの人達と同じに扱われるなんて嫌に決まってるじゃない! 他にも、軽いセクハラをされたり、軽くないセクハラをされたりして、なんかもう頭がおかしくなってきまして! ノイローゼみたいな感じで! アクシズ教徒のイタズラのせいで感覚もおかしくなってきまして! じゃあもう私も下着盗るくらいオッケーかなって! かなって……! す、すいません、そんなわけないですよね、すいません……!」
途中からヒートアップし叫びだしたお姉さんは、急激にしょんぼりして何度も頭を下げ。
俺達のなんとも言えない視線がアクアに集まる中。
アクアは一枚の紙をお姉さんに渡し……。
「汝、迷える子羊よ。アクシズ教は全てが許される教えです。アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限り、全てが赦されるのです。それはもちろん、同性愛者も。女性なのに女性が好きな、そんなあなたにぴったりの教えではありませんか? あなたもアクシズ教に入信してみませんか?」
「おいやめろ。お前、今の話を聞いてなかったのか」
俺がアクアの後頭部を引っ叩くのと同時、お姉さんが奇声を上げながら入信書を破り捨てた。
・推理小説
独自設定。
日本人転生者が持ちこんでいるかもしれないけど、定着はしなさそう。